The Planetary Society of Japan

ブラウン惑星人の日々 May 2015

広島国泰寺高校非常勤講師 廣井孝弘

POSTED BY: Takahiro Hiroi | DATE: May 25, 2015

2週間の日本出張を終えて、昨晩ボストンに帰ってきました。時差ボケが意外と長く10日くらい続きましたが、公私合わせて10回くらい講演や特別授業や懇談会・食事会を持つことができ、とても実りある帰国であったと思います。幾つかの講演会では寛大な交通費・謝礼もいただき、私の母の介護費用の一部を払っている私としては非常に助かりました。皆さんの援助と激励には、今後とも、はやぶさ2や研究・教育で日本に貢献することでお返ししていきたいと思います。

前回は、自然豊かな高山の教会で講演をしてから富山に抜け、大阪に着いたというところで終わっていましたが、今回は、炭素質コンドライトを借用できなかったので、阪大での測定は前回からの HED 隕石と今回もう1つ HED 隕石と LL7 コンドライトだけでした。そのために、2日余りの短い日程でしたが、全部をこなすことができ、入射角の円錐の広がり角の測定もできました。前回問題のあった近赤外の InGaAs 検出器の1つも交換され、佐々木晶さんの分光計器製の機械はまた絶好調の調子になりました。波長分解能も 5nm 程度とわかりましたし、入射角の双方向性度も測定できて、どちらも RELAB の機械よりやや劣るものの、S/N 比はとても良いですし、早く測定できますし、これで次回論文を書く時の情報量が増えたと思います。

上画像:自家製SIMSの前で微笑む阪大宇宙地球の寺田さん(左)と河井さん(右)、そして生協食堂の領収書。

今回は、広島で授業および講演会をすることになったのですが、元は広島大学でセミナーをしに行こうとしていて、その際に阪大の寺田さんにお世話になりましたが、結局セミナーは流れてしまいました。それで今回、晶さんと同じ建物の1階上におられる寺田さんにお詫びとご挨拶に行ったら、アウトリーチの話に花が咲きました。いやあいろいろ苦労されているのだなあと思いました。その後、今まで一度も見学していなかった SIMS という質量分析器を見ますかと言われたので、そうですよね、すっかりうっかり忘れていましたということで、写真にあるように、寺田さんと助教の河井さんに機械の説明をしてもらいました。

今まで知りませんでしたが、こちらでは SIMS は独自のものを物理系の人たちと共同で作っているのですね。イオンを8の字型に飛ばすことで光路長を伸ばして質量分解能を上げ、空間解像度は Focused Ion Beam (FIB)で 0.1 ミクロンまで上げて、更にレーザーを使ってイオン化し、感度だけもっと上げないといけないということのようですね。右側のは私が生協食堂で食べたものの領収書で、何と1日に必要な栄養素のうちどれだけとれているかを示すようなものが自動的に計算されて出てくるようです。SIMS とはレベルが違いますが、成分分析をしているのだなあという意味と、阪大の図書館下の生協食堂では安くて健康的なものが朝から晩まで食べられますよという意味で載せておきました。

上画像:広島平和記念公園で最初に見に行ったあの有名な「過ちは繰り返しません」の言葉があるアーチと原爆ドームの写真。

水曜日の3時過ぎからは東北大中村研との Skype 会議で分光器の議論をし、夕方4時過ぎに阪大での活動を終えて、広島に向かいました。翌朝は自由時間で、念願の平和記念公園に行きました。上の写真は、あの有名な「過ちは繰り返しませんから」という言葉のあるアーチと原爆ドームです。この「過ち」というのは原爆投下のことでしょうか、それとも日米開戦のことでしょうか?どちらにせよ、アメリカの過ちでしょうね。なので、予定通り、オバマ大統領に今年は来てもらって、お詫びをしてもらいたいですね。

上画像:平和の鐘と、そこで宣誓とかしている生徒達。

次に行ったのは、平和の鐘で、次の写真にあるように、千羽鶴は何か別の多くのコーナーに入っていて、つりさげられておらず、中学か高校の生徒たちが順に並んで宣誓とかしていて近寄りがたかったです。外国人の男性に日陰の方で写真を撮ってもらいました。なんか、あまりにきちんと整理されすぎて、そして人が多く来すぎて、落ち着いて鐘の音を聞いてしんみり考える雰囲気ではなかったです。

上画像:人気のない動員学徒慰霊塔。

一番私が好んだのは、次の写真にある、動員学徒慰霊塔です。千羽鶴がかけられ、私の他にはフランスからの夫婦がちょっと離れていただけでした。若い学生たちが戦争に行かざるを得なかった時代は、我々の時代が如何に恵まれたものであるかを対照的に語ってますね。私が帰国するたびに中央線とかで人身事故による遅れとかありますが、こんな時代に自ら命を絶つのは無知もかなり原因としてあると思います。

上画像:特別授業および懇談会を行った広島国泰寺高校。

そして、午後に行ったのが、次の写真にある、広島国泰寺高校です。割と名門の高校と聞いていて、スーパーサイエンス高校であるということで、最初にいきなりメールした際には、放課後の時間に1クラス40名くらいを相手にお願いできますか、ということでしたが、後に、やはり授業時間に2時35分から理数系2クラス80名を相手に授業をしてもらい、放課後3時55分からは1年生の科学部も含めて懇談会をしてもらい、始めに話題提供もしてください、ということになりました。

いつもの様に、はやぶさでの私の戦いと、はやぶさ2の概要、そして懇談会では地球・月系の不思議と ID 理論の話もしました。授業の時は45分しかなかったので、はやぶさ2の内容は超スピードで飛ばし、懇談会では質問が後から後から止まらず、次に行くところがあるので、5時くらいに打ち切りにする必要がありました。

印鑑を持参するように言われ、「何故必要なんだろう?」と思い理由を伺ったところ、なんと授業時間中にするには、実際に辞令をもらって非常勤講師となり、宣誓書に押印する必要があったのでした。これを見て、夏だけ極地研の特任教授になった時を思い出しました。私は日本で永久職に就けない運命にあるのかもしれません。

今週はまた時差ボケとの戦いをしながら NASA 科研費関係のプリゼンなどにも備えないといけない時期です。やれやれ。。。
 

現在、来阪中!

POSTED BY: Takahiro Hiroi | DATE: May 19, 2015

二週間も間が空いてしまいましたが、先週日曜日から多くの皆さんと同じタイムゾーンの日本にいます。昨日到着した大阪大学の待兼山会館という職員宿舎でこれを書いています。時差ボケがほぼ治ったとはいえ、五時には目が覚めてしまいます。

この一週間余り、すでにいろんなことがありました。前回と同様にエア・カナダの羽田便で日曜日の夕方に到着して、立川の極地研の豪華なゲストハウスに泊まりました。今回から宿泊料金が 1000 円ほど値上がりしたのがちょっときついですが、まあ設備の充実度を考えれば仕方ないかもしれません。宇宙研のロッジに比べると二倍以上になってしまいました。

その後、東北大学の中村智樹研に行き、私の隕石サーベイで見つかったいくつかの特殊なスペクトルを示す試料に関する共同研究の議論と、1年ちょっと前に導入された Bruker の FT-IR 機器のデータを RELAB や阪大の分光計器のデータと比較する活動をしました。その三日間のうちに、隣の宮城教育大学で教鞭をとる高田俶子さんの授業にゲスト講師として招かれて、はやぶさミッションで私が如何に自分の隕石の分光学研究の成果を活用し、国益のために戦ったかを話しました。東北大でも講座セミナーをして、炭素質コンドライトの分光サーベイを如何に今後の始原的小惑星探査ミッションに役立てられるかを説明しました。S 型の時と違い、C 型の小惑星は本当に難しい、挑戦だらけですが。

そして週末は各務原に帰省でしたが、早目に金曜日のお昼に着いて、母校の蘇原中学校で、お昼の給食の時間に10分ほど、社会で活躍している先輩のお話というものをしました。はじめは音声だけと思ったのですが、何と映像も配信されてしまい、普段着で、かつ、うちわを扇いでいるところも写ってしまったようです:)とにかくまあ、好評だったとは思いますが、中三の甥っ子は、「東大に入ってしまった」といったのはまずかったんじゃないの?と言ってました。そうかもしれないですが、まあ私の素直な回想でした。

中学の帰りには、施設に入っている母を見舞い、風呂を掃除して、私の古い本などを整理しました。アメリカに持って帰る余裕はないので、量子力学関係の本は阪大の学生たちに分けるとして、Picture Bible はその辺の教会に寄付し、卒業研究で Safronov の惑星生成論の本を解説した数冊の手書きノートだけ記念に持っていくことにしました。

上画像:名市大での講演会の様子。玄関で私と映っているのは企画実現に尽力された成瀬さん(中央)と山田さん(右端)、そして最後の写真で私と話しているのは准教授の三浦均君と学生さん。

翌土曜日は、おそらく思い出に残る濃厚な一日でした。写真にあるように、二時から名市大で講演会をするということなのですが、今回は地球子ども村の小学生たちが二度目に私の講義を聴く機会なので、同じ内容ではいけないし、難しいものも困るしということで、数週間悩みました。それで、まあ 2-3 割わからなくても、一つでも記憶に残り、また 100 人中 1 人でも偉大な科学者になる子が出ればよいのではと思い、思い切って反射スペクトルのグラフを使うことにし、目に見えない近赤外光で如何に鉱物の同定ができるかを説明しました。はやぶさ・はやぶさ2の科学ミッションを語るときにやはり究極的には避けられないので、今回導入しました。

講演は、はやぶさ・はやぶさ2での私の貢献と、ID 理論につながる内容で、今回は国立天文台が Youtube に上げている地球・月系の形成の CG も活用させてもらいました。幸い、最後までみな清聴してくださり、質問も多く出て、最後にはサインをくださいという子供たちが 10 人くらい並んできたので、いろいろインスピレーションを働かせてふさわしい言葉を書いて贈りました。四半世紀前に学問界から見放されて逃げるように渡米した自分が、このようなことをしているのはなぜだろうか。はやぶさという私にとって天使のような存在が、日本に一大フィーバーを起こし、はやぶさ2へと続いている。そこで自分にかけられた期待は何なんだろう。そんなことを考えます。はやぶさのドラマは世間をあなたに注目させるためにあったのでは、と言ってくれた人もいました。

名市大で准教授をしている三浦均君にも声をかけておいたので、学生さん二人を連れて参加してくださいました。写真の最後に写ってますね。最初に玄関で真ん中に白衣姿で写っている美しい成瀬朝香さんが企画してくださったものです。100 人くらいの小学生と父兄たちが参加していました。難しい内容だったので、もうよろしいです、と言われるかと思いましたが、11月の帰国の時もよろしくお願いしますということで、更に面白くわかりやすくためになる内容のために自他への良き挑戦として受け止めました。

上画像:成瀬さんの弓道教室とその後の懇親会の様子

その後の弓道レッスンも強烈な体験でした。毎月のように明日香さんが開催しておられるもので、弓をひねることなど予想もしないトリックがあり、西洋のアーチェリーとは全くいがう日本の伝統の技をこなすのは容易ではないなあと思いました。三浦君と学生さんたちも参加され、楽しく弓道初体験をさせてもらいました。近辺の皆さんにもお勧めしますよ。その後は、懇親会に行き、講演会と弓道教室の感想を皆で話しながら、楽しい異次元空間を過ごしました。終わったら12時近くでした。

いつものように山田さんがプリウスで名古屋駅前の私のホテルまで送ってくださいました。明日香さんは内部が真っ赤なポルシェに乗っておられるし、初めての体験だらけでした。遅ればせながら、誕生日プレゼントとして、お二人には私がファンクラブに入っているシンガーソングライター星野睦子の最初の CD を差し上げました。

日曜日には、今回初めて高山の教会に行き、午後には富山に抜けて一泊し、月曜日の朝、阪大に実験に来たという経緯です。昨日から雨が降っていますが、今日は晴れていく予報ですね。大阪都構想の否決と、橋下市長の政界引退宣言はショックですが、いつかまた機会があることを期待しています。次のアウトリーチ活動は、広島国泰寺高校での授業です。また来週ご報告します。
 

既に帰国中?

POSTED BY: Takahiro Hiroi | DATE: May 05, 2015

上画像:ブラウン大キャンパスに花が咲く春の様子

しばらく寒い日々が戻っていましたが、木々に花が咲き、今週末は暖かく、明日は 80度F を超えるようです。写真にあるのは、私が朝歩くブラウン大のキャンパスの道と、実験室から見た裏の芝生の光景です。もちろん、気温の上下が激しい国なので、来週末は 60度F 台に戻るようですが。

こういう季節って服装をどうしたらよいか迷うもので、来週から日本に行くのに、講演会で着るスーツを冬服にすべきか夏服にすべきかなどと迷ってしまいます。北は仙台から南は広島まで行くので、それも更なる気温の幅を生み出してしまいます。

さて、前回予告しましたように、木曜日にはブラウン大学でなく、NASA SSERVI 研究費の下で共同研究をしている、Darby Dyars 教授がおられるマサチューセッツ州立大学 Amherst 校に行ってきました。しばらく前から、いろんな試料を RELAB で測ってあげていましたが、今回、Bruker 社の新しい FT-IR 機が入ったので、その設定やデータの質を視察に行くのが主たる用事でした。

行ってみると、東北大学の中村智樹君のところに入った機械と同じような外見ですが、ビームスプリッターの自動切り替え器が丸く大きく突き出していて、かなりの勇壮な長めでした。ただ、細かい改良すべき点もあったので、それらを指摘し、波長校正試料を測定させてもらい、今後の方向性を示唆して短い訪問は終わりました。次はうちのボスの Ralph と一緒に行こうかと思っています。

なにしろ、朝8時の最初のバスに乗っても到着は11時過ぎで、帰りは1時間くらい先の Springfield まで送ってもらって、そこから2時間ちょっとかけてボストンに6時半過ぎにたどり着きました。車を持っていればよかったのですが、自動車も免許も10年以上前に放棄してしまったのでしょうがありません。

今回の訪問を通してわかったことは、NASA の科研費をもらって高い機械を買ったとしても、それを使いこなしたり改良できる人材がいなければ価値は半減するもので、やはり世界最高レベルの人材を輩出し続ける大学や国がその分野を制するのだということです。日本は、私の例をはじめとして、そのことを肝に銘じて、惑星科学の分野でも最高の人材を自国の大学や研究所に採用していかないならば、将来に希望はありません。ここでは何度も繰り返してきたことなので、耳にタコができている人にはお詫び申し上げますが、残念ながら日本にとっては何度繰り返しても足りないことなのです。

日本出張まで1週間を切った今、次回は日本から発信しますので、よろしくお願いします。最後に、講演会などの最終予定の一部を掲載しておきます。

5月12日(火)午後1時から宮教大でゲスト講師として授業
5月13日(水)夕方5時から東北大でセミナー
5月16日(土)午後2時から名市大で講演会
5月21日(木)午後2:35から広島国泰寺高校で特別授業・懇談会
 

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