MEF 十四周年に寄せて


MEF 十四周年、おめでとうございます。

これまで積み上げられてきた歴史に。
そして、その歴史を築き上げてきたすべての皆さんの叡智と努力と成果に、心から賛辞を送らせていただきます。

事務局長も書かれている通り、この14年で宇宙開発を取り巻く状況は大きく様変わりしました。
はやぶさが宇宙に向かって飛び立った2003年当時は。
宇宙開発に関心を持ってくれている層は、一部にコアな層を内包しつつも、ごく限られたものだったと思います。
それが、3年前の彼の帰還と前後して、かの旅路をテーマとした映画が4本も作られるようになるとは、打ち上げ当時は誰も予測し得なかったでしょう。
(「祈り」を加えれば、計5本になります)

そして、その社会的関心の高まりをもたらしたものは。
正に MEF に籍をおく方々が、初代はやぶさがまだ構想の揺籃期にあることから、各自の立ち位置から実践的な活動を続けてきていただいた中で培われたものであり、そうした道筋を切り開いていただけたことに、新参の会員として改めて敬意と感謝をお送りします。

ただ、言うまでもありませんが、宇宙開発に対する関心の高まりは、よい面ばかりではありません。
東日本大震災等の自然災害、少子高齢化に伴う社会インフラの再整備など、やらねばならぬことが山積している今の日本にとって、国家予算規模で取り組むべき優先順位の高い事業は目白押しです。

そのような状況下。
宇宙開発にかかる巨額の費用が知られるにつれて。
宇宙開発とは、人類にとって壮絶な無駄遣いか。
あるいは、未来への先行投資、はたまた夢へのパスポートなのか。
こうした議論は、宇宙開発賛成派、反対派を問わずうんざりとさせるほどに繰り返されてきました。

もちろん賛成派の間でも様々な答えが存在するであろうこの問に対する回答について、それでもそのいずれのベクトルにも合力されていてほしい方向性とはなにか。

前回(13周年)に寄稿させていただいた文では、そうした観点から言葉を紡がせていただきました。

更に、その末尾にも触れさせていただきましたが、昨今の日本の特に若年層における宇宙開発に向けた熱量は、確実に低下してきていると感じています。
もとよりこれは宇宙開発に限ったものではなく、未知への探究心といった本来科学が健全に発展深化していくためにもっとも必要なモチベーションが、社会の成熟と引き換えにロストしつつあるといった方が、より適切かもしれません。

ではどのようにすれば、日本の小惑星探査は、ひいては日本の宇宙開発は輝きを増すことができるのかについて、この機会に少し考えてみたいと思います。

といっても、答えは明白で、巨額の原資と高度な科学技術力が必要となる宇宙開発の性質を考えるとき、方法論としては国家としてのハードパワー(軍 事力、経済力を主軸とする国力)とソフトパワー(対外的に見た国家の社会的価値)を、如何に宇宙開発に振り向けていくか?ということになります。

このあたりは、鈴木一人氏の「宇宙開発と国際政治」(岩波書店刊)にも詳述されていますが、国によって様々なスタンスの違いはあるものの、日本の宇宙開発の歴史を考えた場合には、少なくとも錦の御旗として押し立てるのはソフトパワーとならざるを得なかったという経緯があります。

繰り返しますが、宇宙開発には巨額の費用が必要です。
いきおい、その推進には多額の税金が投入されるがゆえに、ステークホルダーたる国民に対して、その費用対効果をわかりやすく示す(あるいはオブ ラートで包んで分からなくしてしまう)工夫が必要となります。

例えばアメリカでは冷戦期に端を発したハードパワーへの傾注によって、関連市場が大きく広がりました。宇宙開発でメシを食える人が増えることは、 ステークホルダーに対して宇宙開発を推進するための非常に大きな説得力となります。

日本においても、戦後の荒廃した国土を復興させるための公共事業や原子力を始めとする電源開発事業は、そうした位置づけをもっていました。

しかしながら、第二次大戦の敗戦を契機として、宇宙開発は全く異なる路線を歩まざるを得なくなりました。
(このあたりは、昔、拙ブログにまとめたことがあります。よろしければご笑読ください。
http://blog.goo.ne.jp/...

その結果、日本としては宇宙開発の原動力の軸足をソフトパワーに依らざるをえなくなったことは、先述したとおりです。
また、このあたりは僕が申し述べるまでもなく、MEF の皆さんであれば文字通り肌で体感されている部分だと思います。

しかしながら、ソフトパワーだけでは限界にきているのでは、という思いもあります。
そのトレンドがピークに達したのは、先の民主党政権時代の事業仕分けにおける”二番で…”発言だと思います。幸い、そこから少し潮目は変わりつつ有りますが、まだその変化は弱いと感じています。
また、バブル崩壊後、増大を続ける日本の債務残高を考えるとき、今本当に費用を投じるところはそこなのか?という反対派の声に対して、夢や可能性、ロマン、知的探究心といった感覚的な言葉以外に、もっと強力なエンジンを僕たちは持つことが必要だとも感じています。

では、それは何なのか。
身も蓋もない言い方をすれば、実利です。
本来は、そうした世俗的な営みからは切り離されたところで思う存分やりたい研究に時間と労力を費やせることこそが研究者の理想だろうとは思いますが、豈図らんや現実はいつも散文的なものです。
もっともこれは、宇宙開発のみならず、すべてのジャンルにおいて当てはまる公式ですが。

国民の生活に直結する農業政策でさえ、自給率改善派と輸入拡大による国際分業派がしのぎを削り、そこに既得権益団体が絡んで更に問題を複雑化している有り様です。

ましてや、小惑星探査や深宇宙開発を推し進めることが、日本にとってどれほどの価値と意味を持つものなのか。
その答えをきちんと示せない限りは、目先の景気にもよるでしょうが、GDP がもはやかつての勢いを望むべくもない状況下にあっては、国家が宇宙開発に投じることのできる原資(=税金)は今後も低減傾向とならざるを得ないでしょう。

そして、現実はまさにそうした状況となっています。
(宇宙開発利用関係予算の現状 平成24年07月 内閣府宇宙戦略室作成資料より)
http://www8.cao.go.jp/... - PDF -

もちろん、こうした課題はとっくに認知され、もう10年近くも昔に JAXA 2025 が策定され、や JAXA 産学連携といった形で取り組みが行われています。
更には、学生たちによる宇宙開発フォーラムも、その歩みを着実に進めていてくれています。

それでも。
世界に目を向ければ、アメリカではすでに数年前から民間企業が ISS への物資輸送を実現させ、弾道軌道での宇宙旅行ももう募集が行われている状況です。

こうした派手な営みだけをことさらに進めたい訳ではありませんが、わかりやすい”見える化”という意味では、非常に大切なポイントだと思っています。
そして、そうした分野が実際に投資モデルとして成立しうるということを、スペース X 社等はビジョンとして投資家に指し示し、それが受け入れられたからこそ、多額の先行投資と準備期間を必要とするビジネスモデルにも関わらず、各投資家に先行者利益をもたらす事業と判断され、同社は企業活動を 進展させることができました。

それは、現代のミダス王とまで称されるイーロン・マスクという稀代の投資家、実業家の手腕や信用力でもあり、スペースX社が提示した事業計画を受けて巨額の先行投資を決断した NASA の、スペースシャトルの退役を受けて、ロシアにこれ以上宇宙への人員輸送ミッションを依存する訳にはいかな いという政治的事情もあったでしょう。

とはいえ、どんなチャンスも、それを活かすことができなければ、なんの意味もないことは言うまでもありません。
そして、そのチャンスを確実にものにした結果。
スペース X 社は、設立後わずか12年 ~松浦晋也氏曰く”日本の4倍速”という、シャア顔負けのスピード~ で、有人宇宙飛行を実現しようとしています。
(米スペース X、日本の“4倍速”で有人飛行へ 日経ビジネス 2014/6/3)
http://business.nikkeibp.co.jp/...

より低コストで、大量の人貨を宇宙に運び上げる価格破壊が実現すれば。
宇宙開発は、ハードパワーとしても費用対効果を度外視した国家の威信という時代遅れのモデルではなく、経済力という十分にステークホルダーに対する説得力ある新たな切り口をもって取り組むことができるビジネスモデルを手にすることができるでしょう。

小惑星探査が、実利とどのような形で結びつくことができるのか。
未だ夢物語と思えるこの分野でも、アメリカではすでにはやぶさ帰還の1年前の2009年に、プラネタリー・リソーシズというベンチャー会社が立ち上がっています。

日本でも、堀江貴文氏がファウンダーとなって SNS 社が立ち上がっています。
こうした民の営みに対して、官がどのようにサポートできるのか。
そして、目指すべき通過点やゴールをどのように設定していくのか。

奇しくも今年は、故・糸川英夫氏がペンシルロケットの開発に着手してからちょうど60年となります。

戦後、様々な枷の中で、その進むべき道筋を模索しながら今日の様々な成果に行き着いた日本の宇宙開発も、これを機により実利的な路線へのシフトを考えるべきのかもしれません。

そうしたロードマップが広く認知されてこそ、小惑星探査を含む宇宙開発への投資の必要性に説得力を与えることができるのではないでしょうか。

もちろん、餅は餅屋の言葉にもあるとおり、それぞれがプロフェッショナルな領域で、そうした営みへのアプローチを行っていくことが肝要とは思いますが、それでも科学が、ただ純粋に科学であることを許された時代はもう終わりを告げようとしているのではないか。

そうした社会的環境の中で、小惑星探査を軌道に載せていくために、ではお前は何ができるのだ?という重い自問を抱え、その答えを模索しつつ、15周年に向かい皆様とともに歩ませていただければと思います。

~平成26年06月13日の夜 彼が散ったはるか南の空に思いを馳せて、虎之児を飲みながら~

2014年05月25日 MEF 運営委員:谷口也寸志

 

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Modified : March 23, 2017

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