「はやぶさ2」が目指す C 型小惑星「1999 JU3」


昨年(2015年)、一般公募で「Ryugu(リュウグウ)」と命名された 1999 JU3 ですが、以下の本文は仮符号のままで解説します。一部、内容も改訂しました。
 

はやぶさ2探査機が「1999 JU3」に接近中です。池下章裕さんによるコンセプトです。
 

2003年05月09日に地球を旅立ち、2年4ヶ月ほどかけて「はやぶさ」が到達(2005年09月)した小惑星「イトカワ」。あれ?でも今度の対象天体は記号の羅列ですよね。C 型小惑星「1999 JU3」という呼称、どのように違うのだろう?
ということで、「はやぶさ」がイトカワを目指した理由、「はやぶさ2」が「1999 JU3」を探査する目的などを復習も兼ねてそのあたりを解説します。

尚、このページ内の文章に関する責任は、「MEF 運営事務局 Editorial Office」にあります。ご批判や修正しろ、または「よく頑張った」等の激励は ” こちら宛 ” にください。決して JAXA やその他の公共機関に質問等はしないでくださいね。
 

C 型小惑星「162173 1999 JU3」という呼称

~ C 型小惑星「162173 1999 JU3」~と書いてみました。はやぶさ初号機が探査した小惑星「イトカワ」という名前とは似ても似つかないですね。実は、イトカワも最初は S 型小惑星「25143 1998 SF36」という別の「呼称」がありました。

まずは、C 型小惑星ですが、C 型ってどう考えても血液型ではありません。このタイプの小惑星は、地球に落ちてくる ” 「炭素質コンドライト」隕石 ” と同じ鉱物組成を持つと見られており、有機物(観測により、「含水シリケイトという、水を含んだ鉱物の存在が推測されている」)を含み、その天体の形成はイトカワなどの S 型「普通コンドライト」よりも低温領域であると考えられています。

これらの分類は、通常、地上分光観測による天体のスペクトル分析で行われますが、「1999 JU3」のように小さな天体の大きさや詳細な ” 反射率 ” データを得るため、2009年に、「赤外線天文衛星あかり」に搭載された ” 近・中間赤外線カメラ(IRC) ” による計測と、「すばる」望遠鏡の ” 冷却中間赤外線分光撮像装置(COMICS) ” による計測で得られた中間赤外領域のデータからそれらを推定しました。

スペクトルには主要なものとして、D,P,C/K,T,B+G+F,Q,V,R,S,A,M,E,などがあります。

コンドライト - 北大地球化学研究室発表論文 ” 隕石を作った初期太陽系プロセス ” から - Publications on 1998

コンドライトを顕微鏡やルーペで観察すると,コンドリュールと呼ばれるミリメートルサイズの球状物質がミクロンサイズの微粒子のマトリックス中に埋まっているのが見られる.このような不思議な組織は,地球や月の岩石にはみられない.化学組成の類似性から, コンドリュールは宇宙空間においてマトリックス微粒子が瞬時に溶融固結した結果であることがわかった.しかし,この加熱現象の機構や場については,依然謎につつまれている.コンドリュールやコンドライトに相当する物質の形成は太陽系形成初期にのみ起こった不思議な出来事で,現在の太陽系ではこれに相当する物質進化過程はもはや営まれていない.

 
 

小惑星(登録)番号 - 162173


小惑星の一覧(Wiki)です。Wiki にリンクしています。
 

初めに、「162173...」ですが、これは「小惑星番号」と言って、新たに発見されて 3回以上の観測から軌道要素を決定(この時点では誤差が大きい)し、 ” 国際小惑星センター(IAU,MPC) ” から仮符号(次に説明)が与えられた後、複数回の追跡観測を行って誤差を小さくし、数年先、10年先の軌道を確定(複数回の ”  ” を含む)すると、その時点で小惑星センターに正式登録され登録番号が与えられます。観測を続けるうちに迷子になったりして長い間登録されないままの天体も多くあります。

で、「...1999 JU3」が「仮符号」です。「はやぶさ2」が打ち上げられて探査対象天体にイトカワのような名前が付くまではこの「仮符号」が呼称となります。何ていう名前が付くのでしょうね。楽しみです。JAXA も今の時点(2015年02月)では悩んでおります。次で「仮符号」の登録方法を説明します。
 

仮符号 - 1999 JU3


MPC 小惑星仮符号リストです。
 

小惑星番号と前後しましたが、まず、左の四桁の数字はもちろん発見年です。次の左側のアルファベットは発見月を表します。「A~Y」までの(I、Z)を除いた24個のアルファベットで、それぞれの月を前半後半(01~15、16~月末)に分けて区分します(下に一覧を書きました)。

二番目のアルファベットとそれに続いた数字は、発見された半月のなかでの発見順となります。アルファベットは「A~Z」(やはり’I’は除く)の25個となりますが、26個目の発見は?とここで数字が使われます。...A1 が26番、...B1 が27番目となっていくのです。ということは、51番目は?もちろん...A2 となりますよね。ということで、「1999 JU3」は、1999年、5月前半の95番目に発見されたとなりました。パチパチ。

ちょっと疑問が湧いてきました。発見年と最初のアルファベットは良~く意味が解りますが、じゃ後は数字で順番を表せばすんごく理解し易いのに、と思いますよね。話せば長~~くなります。本当に…。もうこの辺で「Wikipedia」に渡してしまおうか、、、いいえ、ダメです。かつて、様々な場所で勘違いをしたままだった前歴のある編者にとっても復習なんだから。
 

以下、仮符号の発見月を示すアルファベットです。スマホポジションで表がうまく表示しない...。もう一度、CSSのお勉強もしないと;;

01月前A後B|02月前C後D|02月前E後F|04月前G後H|05月前J後K|06月前L後M|07月前N後O|08月前P後Q|09月前R後S|10月前T後U|11月前V後W|12月前X後Y
 

発見順=右のアルファベットの A から数えて何個目 + 25(使用する全アルファベット数) X 示された数字...ということで、「1999 JU3」は、「J」の月(5月前半)の、20 + 25 x 3 = 95(番目)

実際には、 ” マサチューセッツ工科大学リンカーン研究所(MIT Lincoln Laboratory) ” 、アメリカ空軍、アメリカ航空宇宙局 (NASA)による、LINEAR(LIncoln Near-Earth Asteroid Research)プロジェクトによる小惑星サーベイで検出されたもので、そのなかで1999年05月10日に検出され、この月前半の95番目に発見されたものが「1999 JU3」となります。
 

以下、小惑星サーベイを行う主なプロジェクトの一覧です。

The LINEAR Project
MIT Lincoln Laboratory: LINEAR(MIT サイト):1996年~

The Spacewatch Project
The Spacewatch Project(アリゾナ大学サイト):アリゾナ大学小惑星サーベイ.1984年~

NEAT(near-Earth asteroid tracking)
NEAR-EARTH ASTEROID TRACKING/JPL:NASA/JPL プログラム.1995年~2007年

LONEOS(Lowell Observatory Near-Earth Object Search)
LONEOS Description:LONEOS 概要.1993年~2008年

Catalina Sky Surveys
Catalina Sky Survey (CSS) Homepage:CSS サイト.1998年04月~
 

仮符号~むかし話からイトカワまで~


ケレスなど。
 

19世紀後半になると小惑星の発見が相次ぎ、それまでの一番目が「1883A」、二番目は「1883B」では追いつかなくなりました。(1801年に ” ケレス ” (Ceres)が発見され、 ” パラス ” (Pallas)、 ” ジュノー ” (Juno)と続いて1807年に ” ヴェスタ ” (Vesta)が見つかる。その後、五つ目の ” アストラエア ” (Astraea)の発見は1845年となる)一つだけのアルファベットは現在のような発見月ではなく発見順でした。発見数がZを超え、ここでアルファベットが二つになります。

「AA、AB~AZ」から続いて、「BA、BB~BZ」というように、やはり二つ目も発見順を示すものでした。さらにこの 2 個のアルファベットは年次が変わってもリセットされず、1916年には発見数がついに「ZZ」まで達したのです。おお!ここで数字かっ、と思われますが、そのまま「AA」に戻すこととしたのです。まあ、当時は現在のような高精度な観測機器もなく、一回りするころには年次がどんどん進んで行くだろうということだったのでしょうが、今それをすると同じ「仮符号」が年間幾つ生まれるのだろう、、、なんて思ってしまいますね。最近の登録カタログを見てると胸焼けが...。

現在の「仮符号」は1925年に使用され始めました。細かな改訂もありました。

さて、イトカワですが、前述のように、「25143 1998 SF36」という名前が最初にありました。で、現在では、「小惑星番号 25143 イトカワ」という名前に変わりました。番号は残ったけれども「仮符号」が消えちゃいました。

そもそも、「仮符号」とは、発見されて後、 ” 軌道要素 ” の確定などを経て、それまでの確定された天体(仮符号は小惑星に限らない)と重複しないことを確認出来るまでの暫定的な呼称なのです。その後は、発見者主導のもと、「イトカワ」や、「たこやき」、「阪神タイガース:1994 TU14(命名者はMEFメンバー、 ” 安部正真さん ” )」などと命名されていきます。「1999 JU3」は未だ命名されておりませんので、「仮符号」でそれを表しているというわけです。後、細かなところですが、「仮符号」のアルファベットの大文字小文字は区別すること(原則大文字です)、年代のあとには空白を置くなど。

もう一つ。本当は「1999 JU3」と書くのが原則なんですが、「1999 JU3」でも問題ありません。当然やろ…。
 

「イトカワ」の命名は、2003年08月06日付の小惑星回報 ” MPC(scientific journal) ” にて公開されました。「はやぶさ」が旅立って間もなく3ヶ月になろうとする暑い夏の日でした。地球上の北半球日本国においては…。
 

探査候補天体として「1999 JU3」が選ばれたのは?

当サイト内を読み込んで頂くと「なるほど」と合点してもらえると思いますが、「はやぶさ」、「はやぶさ2」プロジェクト共に多くの MEF メンバーがそのプロジェクトに参加しておられます。

2000年05月に発足したMEFは、その当初より「ポストはやぶさ(MUSES-C)」ミッション実現の叩き台となるレポートの作成を第一の目的として活動を続けてまいりました。

その中で七つの探査案が提唱され、レポート完成時には「統合ミッション案」として、 ” 小惑星族マルチフライバイ&サンプルリターン ” と、 ” スペクトル既知 NEO マルチランデブー&サンプルリターン ” の二案が ” MEFレポート ” で詳説されました。残念ながら、 ” マルチフライバイ ” や ” マルチランデブー ” といった複数の天体を訪問するミッションとはなりませんでした。

昨今の財政状況、それと2009年の『事業仕分け』などという「ピーxーxーxー沙汰」があり予算の獲得に苦労したことと、その予算計上決定の遅れが現在の探査案に影響してしまったということなのでしょうか...。

実際には、2006年当時、「はやぶさ」の地球帰還が危ぶまれたときに「はやぶさ2」準備チームが出来て、それが現在の「はやぶさ2」プロジェクトチームの原点です。当然、そのメンバーの中には多数の MEF 会員が存在していたのは言うまでもありませんが。
 

逸れた話を戻します。「はやぶさ」が探査した「イトカワ」は、S 型小惑星というタイプの天体です。「はやぶさ2」が候補天体とした「1999 JU3」は C 型小惑星で、水や有機物を多く含んでいる可能性が、分光観測や ” 赤外線天文衛星あかり ” などによる観測で明らかとなっています。

探査目的としては、宇宙空間に浮かぶ微小天体においてそうした成分がどのように存在するのか?またこれは研究者に限らない興味ですが、地球上に存在する水や有機物などと宇宙空間に在るものとの関係は?つまり生命誕生の起源に触れることの出来る研究( ” 次期太陽系始原天体探査ミッション検討例 ” )となるのではないかという天体なわけです。さらに言いますと、彗星が撒き散らす宇宙塵と小惑星のそれとの関係や、地球上に落ちた隕石などとの相関、、、などなどがあります。

C 型に限らず、それぞれの小惑星には太陽系形成史の記録が刻まれており、探査機を使ってその記録を回収することによって惑星科学という学際領域に新たな知見をもたらすのです。
 

162173 1999 JU3」探査候補天体選択のプロセス


...
 

2007年07月から2008年04月までの、木曽観測所、鹿林天文台、UH88、石垣島天文台、美星スペースガードセンター、Steward 天文台における可視測光観測から導かれた「162173 1999 JU3」の物理データを以下に書きます。

自転周期:0.3178 ± 0.0003日
自転軸:黄経 327.3 ± 10°、黄緯 +34.7 ± 10°
軸比(アンプリチュード法):a : b : c= 1.3 : 1.1 : 1.0
軸比(Kaasalainen のモデル):a : b : c= 1.22 ±0.10 : 1.05 ±0.04 : 1.0
絶対等級(V-band):18.82 ± 0.02 V等級
Slope parameter:- 0.110 ± 0.007
 

さらに、これまでに得られた可視測光観測の結果と、Subaru望遠鏡、赤外線天文衛星AKARI(Hasegawa et al., 2008)とSpitzer宇宙望遠鏡(Campins et al.,2009)の赤外線観測と合わせ、熱慣性を考慮した自転軸の向きと形状モデルと、新たに得られた物理データは以下の通りです。
(上下のデータ、画像は ” 次期小惑星探査機はやぶさ2の探査候補天体の観測 ” (PDF)からお借りしました。)

自転軸:黄経 73°、黄緯 -62°
熱慣性:200-600 J m-2s-0.5K-1
ジオメトリックアルベド:0.070 ± 0.006
直径:0.87 ± 0.03 km


1999 JU3の形状モデルを熱慣性をそれぞれ、弱い場合(左)と強い場合(右)を仮定した結果を図5に示した。 図6は、Mullerの形状モデルを使って、可視ライトカーブを再現したもので、観測点とよく合っていることが分かる(~次期小惑星探査機はやぶさ2の探査候補天体の観測~から)。
 

上記と同じ報告書から、小惑星探査候補天体の測光観測のデータ一覧です。スマホ、大丈夫かなあ...。念のために、表下にイトカワと 1999 JU3 のデータを書いておきます。

~「はやぶさ」計画以前からの取り組みとして、探査機の行きやすい(指標としてΔVが小さい)地球接近小惑星(NEA)について、スペクトル型(表面組成の特徴で分類)を判別する多色測光観測や自転周期を得るためのライトカーブの観測を行ってきた.その結果が以下の表.~
データ右横の(+)は、その観測で初めて得られたデータです。ΔVの一番小さいのがイトカワで、二番目が「1999 JU3」ですね。イトカワと「1999 JU3」のデータは以下の通りです。

Name ΔV(km/s) Class Period(day)
(25143) Itokawa 4.630 S 0.505515
(162173) 1999 JU3 4.657 C 0.3178(+
(141018) 2001 WC47 4.793 D(+ -
(10302) 1989 ML 4.881 X -
2001 QC34 4.980 S 0.79167
(65803) Didymos 5.117 X 0.094167
(136618) 1994 CN2 5.150 D,X(+ >0.58
(67367) 2000 LY27 5.166 - -
(163000) 2001 SW169 5.241 - -
(52381) 1993 HA 5.306 - -
2002 TD60 5.372 S 0.118792
(136617) 1994 CC 5.410 - -
(1943) Anteros 5.422 S 0.11956
(3361) Orpheus 5.528 V(+ 0.149167
(141424) 2002 CD 5.593 C(+ -
(85585) Mjolnir 5.598 D(+ -
(206378) 2003 RB 5.674 S(+ >0.67
(163692) 2003 CY18 5.750 - -
(5797) Bivoj 5.769 S(+ 0.11275
(68278) 2001 FC7 5.772 C(* -
(11284) Belenus 5.781 X(+ -
(138404) 2000 HA24 5.792 S(+ -
(137799) 1999 YB 5.874 S 0.1649(+
2005 TF 5.902 S(+ -
(154007) 2002 BY 6.050 X(+ 0.62(+
(153591) 2001 SN263 6.069 C 0.14267
(14402) 1991 DB 6.118 C 0.0946
2006 GB 6.328 X(+ -
(85867) 1999 BY9 6.340 - 0.65(+
(142348) 2002 RX211 6.350 S(+ 0.2006(+
(65679) 1989 UQ 6.379 CB(+ -
(171819) 2001 FZ6 6.500 - -
(138175) 2000 EE104 6.522 - -
(4015) Wilson Harrington 6.575 CF 0.2979(+
(159467) 2000 QK25 6.608 X(+ -
(164202) 2004 EW 6.738 C(+ 0.42083(+
(163899) 2003 SD220 7.816 D(+ -
2003 UC20 8.675 C(+ -


(25143) Itokawa:ΔV(km/s) - 4.630. スペクトル分類 - S. 自転周期 - 0.505515
(162173) 1999 JU3:ΔV(km/s) - 4.657. スペクトル分類 - C. 自転周期 - 0.3178
 

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

我々人類が存在する地球は、「1999 JU3」などの小天体と比べると太陽系においては巨大な天体です。金星や火星とともに「岩石惑星」の代表天体であるわけで、原初の面影を残さない天体であるとも言われます。

これは、原始の太陽系時代には星雲ガスなどの塊であったものが、自ら大きな重力を持つ巨大な天体へと成長する過程で、その天体を構成する成分組成が大きく変遷していったからです。こうした天体を分化天体と呼び、「1999 JU3」のように原初の容をほぼ有したままの天体を未分化天体といいます。「1999 JU3」を~解剖~する理由の一つです。
 

Notes: MEF Editorial Office

Next Article:私たちが目指す小天体~小惑星:第一編~

 

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Modified : March 23, 2017

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