The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1999

 

宇宙探査への偉大な挑戦

昨年11月にNASAの宇宙科学副長官の職を辞したウエズレー・ハントレスは、テキサス州ヒューストンで開催された年次総会でアメリカ天文学会の年次総会で、第2回カール・セーガン賞を受賞しました。セーガンの後を継いで惑星協会長となったブルース・マレイが、カールの死(1997年12月)の1年後に第1回カール・セーガン賞を受賞しています。
受賞記念講演で、彼は宇宙における人類の未来について大胆な見解を述べました。講演の中で彼は、探査を目標を特定するよりむしろ次代のより野心的なゴールを目指して、そのために必要な科学技術を一歩一歩構築することにより、人間とロボットによる探査を融合して、その領域を着実に拡大することを主張しています。以下は、彼の講演の抜粋です。講演の全文は、” 惑星協会 ” のウエブサイトでみることができます。[ 1999年03月/04月 ]

Charlene M. Anderson(本誌編集主幹)

 

来るべき20年間には、我々が描いているような「宇宙探査におけるインフラ」としての火星軌道の輸送デポは実現するとは思われない。しかしいずれの日にか、そのような他の惑星への輸送施設が出来ることは先ず間違いない。
 

 

カール・セーガン博士が存命であったら、私の提言を理解してくれるであろうと思います。そういう意味で、私の提言が皆さんにとって何か啓蒙的なものになることを願うものです。博士の手法は、じわっと相手を啓蒙することでした。そうすることで、科学と探査がもたらす感動を(一般の人々に)理解してもらおうと願ったのです。私がお話しすることそれ自体は、たいして重要ではありません。大切なのは、私の提言が皆さんを触発し、21世紀における宇宙探査の目標と戦略について、皆さんが考えて下さるようになることなのです。

1998年晩春、NASAの宇宙科学局は新千年紀を迎えるにあたって、宇宙開発大挑戦計画(Grand Challenge for Space Exploration)なる21世紀における宇宙探査計画の大綱を策定しました。これに盛り込まれた項目は、

1.太陽系の歴史を探りと運命を予測すること
2.火星やエウロパなど、太陽系で液体の水を持つ可能性のある全ての天体における生命の証拠の探索の対象とすること
3.太陽以外の恒星系の惑星探査を行ない、最終的に地球型の惑星を見つけること
4.探査機を近傍星に送ること
5.地球軌道を越える人間が探査を行う斬新的かつ系統的な有人探査計画を遂行すること

以上の挑戦事項にどう対応するのか、検討してみることにします。
 

項目 1.及び 2.

太陽系の探査において個々の天体へ到達するためには、それぞれ異なった対応が必要とされます。探査可能な天体を対象に、ミッションを易より難へ検討を進める。具体的には下記のとおりです。

地球近傍物体(NEO)
小惑星や彗星のような近地近傍物体(NEO)は、飛翔エネルギーからみると、到着は最も容易である。超小型の探査機の編成で、こうした小天体を多く探査することができます。この種の探査は、NEOが将来地球に及ぼす危険の対応に役立ちます。またNEOを探査することにより、NEOが惑星の形成に果した役割に関する我々の理解を深め、今後の宇宙探査や地球近傍物体が地球の資源供給源となる可能性について詳しいデータを得られるでしょう。


月の探査を復活させる理由は沢山ありますが、中でも重要なのは、更に地球・月系の歴史について学ぶことです。月のクレーター形成の記録を調べると、地球初期の小惑星の衝突頻度やクレーターの大きさの分布がわかります。月の土の層や岩石の層の年代を確定することにより、太陽の歴史やその将来の進化がわかります。

火星
火星探査は月の探査より難しい。火星探査の最も重要な理由は、過去に存在したか、あるいは現存する生命の証拠を探すことです。ロボットによって、火星生命の証拠が見つかったとしたら、火星の有人現地調査は間違いなく必要になるでしょう。この他火星の探査には、地球以外の惑星の進化を理解することや、未来の有人探査に有用となる資源の存在を見極めることなどが含まれます。

外部太陽系
外部太陽系は、ロボット探査の独占領域となるでしょう。主な目標は、地表下に海洋が存在する可能性のある木星の衛星エウロパ、表面に液体炭化水素と有機物の雪を持つ土星の衛星タイタン、生命の起源の前駆的有機分子をはじめ最も原始的な太陽系形成物質を持つ彗星などです。

ロボット・コロニー
太陽系における更に進んだ探査の構想として、ロボット・コロニー(ロボットの自律的操作で運用される遠隔科学調査基地)があります。ロボット・コロニーは時々補給を必要としますが、基本的には永続的かつ自律的基地であり、宇宙空間、火星、月、その他どこにでも展開できるインテリジェント基地であります。到達した惑星での実地調査ができ、後の有人(探査)活動のお膳立てすることもできるでしょう。
 

項目 3.

21世紀前半の半世紀に、人類は太陽以外の恒星を回る地球型惑星の撮像に初めて挑戦することになるでしょう。このミッションで得られる画像は、1968年にアポロ8号が宇宙で初めて撮影した地球の画像よりも、はるかに大きな影響を人類の意識に及ぼすでしょう。我々はすでに、その画像を得るための技術が何か分かっています。それは宇宙干渉計を使う撮像技術で、宇宙空間に配列された多くの望遠鏡を一つの観測機として作動させることです。この技術の完成は可能と思われますが、しかしその適用領域をどこまでに限定するのかが難しいのです。
 

項目 4.

他の星を周回する地球型の惑星が発見されると、近傍の恒星に探査機を送りたいという思いが増幅していきます。これは、太陽系以外の惑星の撮像よりもはるかに大胆な挑戦です。近傍の星に探査機を送るために必要な技術が何かは分かっていますが、その星に探査機を到着させる推進技術が何かは分かっていません。

そのようなミッション用の探査機を考案するには、搭載知能、ロボット工学制御、修理・補修、ナビゲーション、通信などのような技術に飛躍的な進歩が必要です。しかし、個々の技術を段階的かつ継続的に発展させることで、我々は宇宙のはるか彼方まで到達することが出来るでしょう。まず太陽圏を探査し、ついでカイパーベルト、それからオールトの雲、恒星間環境を、そしてついにケンタウルス座のアルファ星へのフライバイに探査機を送り出すと言う具合に。
 

項目 5.

有人探査の目的地は火星です。有人火星ミッションの実現性は、長い時間費やした技術に進歩を重ねることで高められます。こうした漸進的な方法で行われる火星ミッションは「一気呵成に火星へ」ではなく、実現に向けて着実に戦略的にアプローチすることにより、結果的にはるかに少ないリスクと高い確実性を伴った有人探査へと連動していくことになります。従って、「火星探査」の枠組みを越えた成果をもたらすことになるでしょう。こうした有人火星探査では、国際宇宙ステーションが地球軌道における主要な戦略拠点として位置づけられることになります。容易な有人探査実現のためのアプローチから解説しましょう。

ラグランジュ点L1もしくはL2における宇宙望遠鏡
費用対効果を検討して、有人ミッションがロボットによるミッションよりも宇宙望遠鏡や干渉計の建設、運用、維持のためには効率的であることがわかれば、地球軌道以遠の領域における有人探査の第一歩として、地球軌道に有る国際宇宙ステーションからL1またはL2(5つあるラグランジュ点のうちの2つ。ここでは地球と太陽の引力が平衡状態になる)へ人間と物資を輸送できる深宇宙往還機を建造することになるでしょう。

この深宇宙往還機(SDSS)には、地球軌道を離脱してL1又はL2までの 150万km を往復し、数日間から数ヵ月間に及ぶ宇宙望遠鏡の建設や補修の作業を行なう人間を支援する能力を持つことが必要です。この場合のエネルギーの必要量は、アポロ計画のどのミッションよりも少なくて済みます。SDSSの第一号は、後の地球軌道・火星軌道往還機往へと発展する第一歩になるでしょう。

月面探査
エネルギーとハードウェアの観点から、次の段階は、月の重力を上手に利用した往復運搬能力を持ったSDSSです。この場合、SDSSは国際宇宙ステーションと月軌道を往復し、宇宙望遠鏡より重い観測装置をL1又はL2へ運ぶことになります。この月のミッションには、次の2つの新しいハードウェアを必要とします。

1.月シャトル:SDSS(月の軌道上)と月面間におけるクルー及び観測装置の往復運搬
2.月における住居基地:有人月面探査を支えるためのモジュール(棟)

小惑星探査
NEO(地球近傍物体)の有人探査のエネルギーは、月面探査より少ないけれども、距離はより長く旅の時間は余計にかかる。SDSSは、こうした長旅、小惑星との遭遇及び基地(小惑星の表面における作業を可能にするために、ほぼ一定の距離を置いて小惑星の回転ペースに合わせて移動する基地)を維持するのための新しい能力が必要になります。それはまた、月の住居基地と同じように、小惑星の地表を探査する人間を保護するモジュールです。

火星の衛星フォボス(又はデイモス)の観測所
火星ミッションの最終目標は、有人探査と最終的にはコロニー(定住基地)の建設です。その第一歩は、火星表面での有人活動を支えるために火星に行き来する宇宙ステーションの建設です。幸いにも、火星の近くには宇宙ステーションの建設基盤となる衛星のフォボスとデイモスがあります。フォボスあるいはデイモスの基地には、当初は人間が定住することになりますが、最終的には、火星基地への交替要員用の恒久施設に改良されることになる。衛星基地の観測所は火星の表面、天候などのモニターを行ないます。衛星の基地から打ち上げられ無人探査機は、科学的調査を行なったり火星コロニーを建設するための機材を運搬します。

火星の表面探査
火星表面の有人前進基地を支えるために、必要なあらゆるシステムを持つフォボス基地を拠点として、SDSSは2つの新しい施設を基地に運ぶ。MOSS(Mars Orbit to Surface Shuttle)と呼ばれる火星軌道―火星間を往復するシャトルと火星居住基地(Mars habitat)です。 MOSSにおける当初の活動はロボットによるもので、火星の有人前進基地を建設するためのMH、支援ハードウェア及び補給物資を火星表面に設置することである。この作業が完了すると初めて、有人操縦のMOSSがフォボス基地から火星へ到着する。クルーが火星で活動している間、MOSSは待機して次のクルーと交替するために彼らをフォボスの基地に運搬する。

火星以遠の探査
火星の有人探査はまだ先の話しになるでしょう。しかし、21世紀の宇宙探査に向けて、我々にサインを送る天体があります。無人探査機のミッションにより、木星の衛星エウロパの氷殻の下で海洋が発見され、そして水中ロボットが海洋の中を泳ぐ生命体が見つけられたとしたら、エウロパに人間を送りたい願望は抑え難いものになるでしょう。現在のところ、エウロパ周囲の強烈な放射線の環境では、探査機の中の人間を即死に至る状況から守る術はない。しかし、何か方法はある筈である。例えば、エウロパの氷の下に十分深く潜るまで、磁性的に(エウロパの放射線から)人間を遮断しておくある種の磁気の「まゆ」なら人間を保護することが出来るかもしれません。

今後何年間にも及ぶ太陽系や以遠の恒星の探査で我々が何を発見するか、誰も予言できません。1990年に発見された火星の水(の痕跡)、火星初期の生命と思われる証拠、エウロパの氷殻下の海洋(が存在する可能性)、我々の太陽以外の恒星を回る惑星、それに地球初期に誕生した生命体とそれが今も健在であることなど、一体誰が予言し得たでしょうか。私の17歳の息子が言うように、「これから先何が起こるかわからない」のです。その時に備えて準備万端整えるようにしようと、私は考えています。

筆者のハントレス氏は、NASA本部の宇宙科学副長官を務め、現在ワシントン・カーネギー財団の地球物理学研究所の所長である。
 

大きい方の衛星フォボスは、火星に至る有益な基地となる衛星である。重力がほとんどないため、フォボスは比較的着地や探査がし易い。人間が定着し、ロボットを火星に送り込んで調査を行なう基地基盤として利用することが出来るであろう。
 

 

Creating a better future by exploring other worlds and understanding our own.