The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1999

 

探査機NEARの捲土重来

[ 1999年11月/12月 ]

Robert Farker, David Dunham, Bobby Williams

 

2001年のバレンタインデイ、ミッションの最終日、NASAは探査機NEARを小惑星エロスの地表に瞬間的に接地させ数百メートル上昇させる、タッチアンドゴー(touch-and-go)オペレーションを決行するかもしれない。この試みで、探査機NEARがエロスの地表につけた「足跡」の画像が撮られるであろう。この作戦が成功すれば、エロスの地表の特徴に関する重要な情報が得られるであろう。
 

 

1988年12月に初めまでは、NEARミッション関係者は、順調に探査機NEARを小惑星433エロスの周回軌道に投入できるものと信じきっていた。何故かと言えば、それまで事はすべて計画通りに進んできており、探査機NEARも次のような素晴らしい成果をあげてきていたからである。

太陽電池のエネルギーを動力とする探査機の飛行距離の新記録(太陽から 2.19AU)を樹立したこと
C - タイプ(炭素質)小惑星マチルドの探査を初めて行ったこと
1998年1月の地球フライバイで、南極の素晴らしい画像を得たこと
 

12月20日から、ミッション・チームは小惑星エロスとの遭遇に必要な3週間で5回におよぶ推進機の燃焼操作を始めることになっていた。1回目の操作では、探査機の二薬推進方式の大型ロケット・エンジンを15分間燃焼させる必要があった。1997年7月3日、推進機の大型ロケット・エンジンは既に7分間の燃焼操作無事に終え、1998年1月23日に予定された地球スウィングバイに向けた軌道修正を完了して順調に飛行を続けていた。こうした実績からから、燃焼時間が2倍強になるとはいえミッション・チームにとっては、12月20日のエンジンの燃焼操作については懸念材料は何もなかった。

1999年1月10日、5回目(最終回)のほんのわずかな時間のエンジンの燃焼で、エロスとの遭遇の作業は完結するはずであった。エロスとの遭遇日(1月10日)は、探査機の操作する技術上の理由からではなく、ロマンティックな配慮から決定されたのである。つまり、NEARミッションのジーン・シューメーカー主任とイリーナ夫人との結婚5周年の日であり、エロスはギリシャ神話の「愛の神」だからである。ということで、この日が探査機NEARとエロスのランデブーに最も相応しいということになったのである。このダブル・イベントを永遠に祝福する証として、ジーン夫妻は、発見した小惑星1998JNを改めて、小惑星5957イリーナと命名した。

1月10日の午後、ジーン夫妻の結婚記念日と探査機NEARと小惑星エロスのランデブーを祝うパーティは予定どうり始められた。しかし、残念なことには祝杯を上げるわけにはいかなくなってしまった。探査機に異常が発生したためである。そしてランデブーは中止された。しかし結果的には、ランデブーの中止により探査機が助かることになった。災い転じて福となったのである。
 

1998年12月20日、暗い日曜日

1998年12月20日午後5時(米東部標準時)、探査機NEARのエロス・ランデブー作戦は始められた。5時21分頃、小型推進機の「安定燃焼」を示すドップラー信号がジェット推進研究所(JPL)の管制室に到着し始めた。探査機-地球間の片道の光時(light time)は 20.7分である。安定燃焼は予定通りに進行していた。次の段階であるニ薬推進エンジンの点火も予定の時間に始まっていたように思われた。しかし、この時に突然異常が生じた。

ドップラー信号に、わずかながらニ薬推進エンジンの燃焼の異常が見られた。そして、ニ薬推進エンジン点火後37秒間、探査機とのコンタクトが全くとれなくなってしまった。悪いことには、ナビゲーション・チームが正しいドップラー・データを入手して、二薬推進エンジンの不具合の理由を突き止めることができるまでにさらに2時間もかかってしまった。このドップラー・データで、ニ薬推進エンジンは点火後1秒も経たないうちに停止したことが分かった。さらに悪いことには、探査機の信号が途絶える前にドップラー測定値に大幅な乱れが生じた。 (下のグラフを参照)
 

この図表は、エロスに接近する探査機NEARに起った不測事態の原因を探るために、ミッション・チームが探査機に送った緊急指示である。図面の左から右へ走るらせん状の線は、カリフォルニア南部のゴールドストーンにある口径 70m のパラボラアンテナ(NASAとJPLが共同運用している深宇宙通信網アンテナ)が受信したドップラー追跡データである。搭載推進機が「安定燃焼した」200秒間は、順調な速度を反映して、データは緩やかな傾斜を示している。12月20日午後10時24分(UCT)、ニ薬エンジンが点火して推進機は加速されたが、わずか秒速 0.17m だけで予定の速度をはるかに下回った。加速後37秒間.、データは一定した線を示しているが、図表の右端に見られるように、データ・ポイントがまばらになり、信号が消えた。27時間の沈黙の後に、NEARは送信を再開した。
 

緊急事態が発せられ、NEARミッション・チームは探査機と交信を回復すべく終夜懸命な作業を続けた。翌朝になっても探査機は沈黙したままであった。回復に一縷の望みを託すとすれば、それは探査機の送信機が電力不足のために自動的にオフの状態になっていることであった。もしそうだとすれば、送信機は24時間後に作動し始めるはずである。12月21日の午後依然として探査機NEARとの交信はできず、多くの人達が探査機の行方不明を心配し始めた。12月21日午後8時1分、突然奇跡が起こった。オーストラリアのキャンベラにある深宇宙通信網(DSN)基地が、探査機NEARの信号を受信した。探査機は無事だった。はらはらドキドキの27時間だったが、ミッションの管制室にはようやく生気が戻った。
 

グッド・ニュースとバッド・ニュース

12月22日早朝、探査機の状況を正確に記録した工学データがダウンローダされた。良いニュースの内容は次の通りであった。

推進機のダメージは全くなかった。
搭載フェール・セーフ・ソフトウエアが問題を解明して、探査機をセーフ・モードに切り換えた。
エンジンの停止の原因は、水平加速(lateral acceleration)のスパイクの動きが搭載ソフトの設定限界を上回ったためであることが分かった。
 

バッド・ニュースの内容は次の通りであった。

探査機は一応作動したものの、もとの状態には遠く及ばず事態は依然として深刻な状況にあった。エンジンの停止で、探査機の姿勢は定まらず、バッテリーの電力のレベルは危険な域まで低下していた。
姿勢を安定させるために、燃料のヒドラジンを 30kg 予定より余分に消耗した。
ヒドラジンのために、カメラが少し汚れた。しかし、この程度の汚れでは高画質の画像の撮影には大きな障害となるとは考えられない)
 

言うまでもなく、探査機を完全に回復させることが最大の問題であった。さらに、NEARミッションを事実上中止に追い込みかねない別の大問題もあった。従って、プロジェクト・チームは、問題の発生を防止するための新たな操作の方法および緊急事態の対応策を設定した。また、このように多量のヒドラジンの損失は全く予想外であった。エロスとの遭遇は可能であるが、燃料の大量消費のために探査機の回復の目途が立たなくなってしまった。燃料をもう 15kg 消費してしまっていたら、探査機NEARとエロスのランデブーの可能性は完全になくなっていたであろう。

幸いにも、探査機NEARには不測の事態を想定したミッション・デザインが組み込まれていた。つまり、燃料のリミット・レベルが高く、その結果、不測の事態に対応できる様々なオプションが含まれていた。このミッションの最も優れた点は、対応オプションの柔軟性であった。しかし、この時点では、事態に対応するためにどのオプションを選択すべきか、あれこれ考えをめぐらせる余裕はなかった。12月23日に迫ったエロスのフライバイの準備に着手しなければならなかった。
 

エロスのフライバイ

エロスのフライバイまで24時間を切り、エンジニアや科学者は、 探査機NEARの追跡手順を更新するために徹夜で作業を続けた。エロスと探査機との相対位置がはっきりしないため、重要領域を走査して、探査機NEARの最接近時にエロスの画像を確実に得られるようにしなければならなかった。不運だったのは、推進機の燃焼の予定外の消耗と探査機の姿勢を改善する作業のために、探査機は想定コースから大きく外れてしまっていた。このため、最接近時の距離が当初の 1000km から 3827km にずれてしまった。

と言うことは、搭載カメラの分解能が直径約 400m になることである。それでも、人類初の地球近傍小惑星との遭遇で、エロスのスペクトルデータと222枚のクローズアップ画像を得た。そして、次のようなエロスに関する新たな情報が得られた。
 

クレーターで覆われた細長いエロスには、少なくとも 20m のリッジ(線状の尾根地形)が見られる。
不規則な形状をした大きさが約33 x 13 x 13km の天体である。
エロスの質量(地上からのNEAR追跡で得られた)と予測体積から算出して、エロスの密度は約 2.5 ± 0.8立方センチメートルの間である。(ちなみに、水の密度は、1立方センチあたり 1.0 である)
衛星(最小サイズが 50m まで)は発見できなかった。
エロスの極の正確な位置は得られなかった。
 

エロスとの遭遇で得られた画像は、次のフライバイ・ミッションではさらに興味深い画像が得られることを予測させるに十分な出来栄えであった。次のフライバイでは、探査機NEARは、約 5m の分解能でエロスの表面を撮影することになる。これは、従来の最高分解能画像の80倍になる。また、時折飛行高度をさらに下げて、エロスの地形の詳細な画像を得る計画である。
 

1998年12月23日、探査機NEARがフライバイの時に撮影した自転するエロスの17態。 エロスからの近接距離は、1万1000km~3830km である。太陽光を浴びたエロスの面は、探査機NEARが昼の領域から夜の領域に移動するにつれて縮小しているように見える。
 

 

探査機NEARのUターン

ミッションの科学者がエロスの画像を「堪能」している間、他のスタッフ、特に、探査機の設計や操作を担当するスタッフは、エロスとの遭遇を成功させるために探査機NEARを正しい軌道に戻す作業に懸命であった。取りあえず、1999年1月末か7月、または2000年2月と5月の間のいずれかの時期に探査機をエロスと遭遇させることを想定した。しかし予定外の燃料の使い過ぎのために、1999年1月末の実施は先ず不可能で、間に合っても、7月の遭遇が精一杯であることがわかった。こうして、2000年2月14日のバレンタインデーに、エロスとの遭遇を行うことがが決定された。
 

太陽―エロスを結ぶ線に対する探査機NEARの動き
 

このグラフは、設定された探査機NEARの最新の飛行軌道である。1999年1月3日、推進機を強力に燃焼させて、探査機をエロスに向けて反転させている。ニ薬エンジンの燃焼による反転操作は成功し、ミッション関係者は安堵した。何故かといえば、以後、推進機の燃焼を相当抑えることができるからであった。因みに、1月3日の秒速 932m の飛行速度に比べ、秒速 21m 以下で済むからである。しかも、この速度では、ニ薬エンジンを使う必要もなかったからでもある。

1月20日のクリーン・アップ操作と8月12日の中間軌道修正で、探査機の目標をエロスの周辺に定めた。図2の通り、1999年においては、探査機NEARの位置は比較的エロスの近く(100万km 以内)であったことに注目していただきたい。2000年2月2日、エロスの軌道に到着して2月14日に周回軌道に移行し、探査機NEARは遂に 330 x 500km の楕円軌道を周回し始めることになる。
 

エロスの軌道周回

エロスの軌道周回に移る少し前に、探査機NEARはエロスの太陽光を浴びた面から 200km 先をフライバイする予定である。このフライバイの目的は、1% 以上の精度でエロスの質量を確定すること、地表の目標位置を数ヵ所決定することおよびエロスの自転方向詳しくを知ることである。つまり、エロスの質量、慣性モーメント、回転状況、重力バランスおよび設定した地表の箇所の状態についてさらに詳しい情報を得ることである。

フライバイの初期では、高い軌道から地表を 20m の分解能で撮影する。そして探査機が 50 x 50km の円軌道に移行した時点では、5 x 10m の分解能で地表を撮影する。また2001年のミッションの最終段階に於は、探査機NEARはわずか 500m の至近距離から設定箇所の地形を撮影する。この場合、幅 10cm の小さい地形の識別まで可能になるのである。

NEARミッションの科学目的は、エロスの画像を得ることに限られたわけではない。探査機NEARには、マルチスペクトル・カメラの他に、近赤外線分光計、磁力計、ガンマ線・X線分光計、レーザー高度計および放射線科学装置が搭載されている。近赤外線分光系計は地表の鉱物の構成を測定する。この測定により、鉱物の含有量の変化と地形の関係を確定し、地質過程と地質科学過程との関係を明確にすることができる。ガンマ線・X線分光系計は 12 の主要元素の存在比を測定し、小惑星と隕石の組成の関連を調べる。レーザー高度計のデータは、エロスの天体としての形状と表面地形を確定するために使われる。磁力計と放射線科学装置は、エロスの内部の様子を明らかにする。
 

太陽から見たエロスを周回する探査機NEARの様子(最初のNEARミッション時)
 

上の図は、太陽から観測したエロスをめぐる探査機NEARの代表的な周回軌道を図示したものである。軌道とエロスは一定の比率で縮小されているが、探査機がその限りではないことは明らかである。探査機NEARの軌道は、常にエロスと太陽が結ぶ面に対して 30度以内になるように制御される。この視角は探査機NEARの軌道を示すの都合がよい。図に示された軌道方向の場合は、探査機NEARの太陽電池パネルは太陽に向けられている。探査機NEARがゆっくりとエロスの軌道に移行するにつれて、搭載科学機器はエロスを指向する。

図の上のフレームには、エロスの自転軸が太陽とエロスが結ぶ線に対して垂直であることに注目して下さい。エロスが太陽を回る軌道を進んだ約7ヵ月後、エロスの自転軸は太陽-エロスの線に一致する。エロスの南極は太陽に向いているので、北半球は暗くなっている。NEARが初めてエロスに到着する2000年2月は、エロスの北極はほとんど太陽に近い方向を向いているだろう。
 

NEARのタッチ・アンド・ゴー作戦

探査機NEARによる小惑星エロスの軌道周回は、綿密に設定された予定に従って行われることになるが、2001年、特にミッション最後の5週間における計画はより弾力的に且つ冒険的になるであろう。ミッションの科学者は、さらに近接距離で小惑星エロスを探査したいという強い願望を持っている。従って、探査機は高度を下げてエロスの上空 2~5km を数回通過するであろう。ミッション最終日にあたる2001年2月14日には、探査機NEARはエロスの南極上空約 1km までゆっくり降下する。探査機NEARは高利得アンテナを地球に向けて固定して速やかに画像と科学データを送信する。

最後に、探査機NEARはエロスの表面に瞬間的に接地して約 500m 上昇する、いわゆるタッチ・アンド・ゴーを試みるかもしれない。この試みが実現すれば、探査機はエロスの地表に付けた「己の足跡」を撮影して地球へ送ってくるので、エロスの地表の化学組成や構造について貴重な情報をもたらすことになるであろう。同時に、このトライアルにより、工学的な意味で、探査機が小惑星のような小天体の着陸する際の非常に貴重な経験をすることになるので、将来の小惑星ミッションに大貢献をすることになるであろう。2003年、日本のミューゼズ - Cミッションは小惑星1989MLネレウスに着陸予定である。

1998年12月20日、探査機NEARはほぼ致命的とも言える逆境に遭遇した。しかし、この逆境を克服し、ミッションを挫折の危機から救い勝利をつかみとるチャンスを得た。これは、堅実にして果敢なミッション設計に負うところが大きい。もし全て順調に事が運んでミッションを終えることができるとすれば、探査機NEARは、周回軌道投入の失敗から甦って予定通り目標の天体に到達する史上初の探査機となる。

(注:2001年2月12日、米東部標準時間午前3時02分、探査機NEARは小惑星エロス に軟着陸した。機体のシステム、搭載科学機器は着陸後も作動していた。こうした好条件から、2月14日、NASAはさらに10日間、ミッションを続行することを決定した。このミッションの目的は、小惑星エロスの地表及び地表下を構成する物質の化学組成や構造を調査する事である。典型的なS - タイプの小惑星の謎がかなり詳細に解明されるものとの期待が高まっている。編集部)

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