The Planetary Report
You are here: Home / The Planetary Report / 1997
フランク・ドレイク
H.G.ウエルズ曰く、「連綿たる日々の果ての何時か、今は人類の頭脳と肉体の奥深く潜む存在がこの世に生まれ出で、凡人たる我等が踏み台の上に立つが如くいとも容易くこの地球の上に立ち、莞爾として彼方の星星の中に手を指し広げるであろう。」と。 カール・セーガンは、まさにウエルズが思い描いた存在そのものだ。
ブルース・マレイ
カール・セーガンはアンチ・ヒーローがよしとされ、指導者たる権威が世の賛美でなく、好んでおとしめられた時代におけるまさしくヒーローであった。それは、征服をよしとする古典的なヒーローではなく、知力と知性を以って生涯を貫いたヒーロであった。
アン・ドルーヤン
カール・セーガンの偉大な貢献の一つは、真理を科学的探求に求めたことでした。たとえ、それが心地よからず、危なげで、恐ろしい響きを醸すものでも。真理を目指して。
故カール・セーガン博士の年譜
1934年11月09日 | 米国ニューヨーク州ブルックリンで、父サミュエル・セーガンとレイチェル・グルーバー・セーガンとの間に誕生 |
1954年 | シカゴ大学で文学士を取得 |
1955年 | シカゴ大学で理学士を取得 |
1956年 | シカゴ大学で物理学士を取得 |
1957年 | リン・アレクサンダーと結婚、ドリオンとジェシーの男児二人をもうける | 1960年 | シカゴ大学で天文学および天文物理学の博士号を取得 |
1960~1962年 | カリフォルニア州立大学バークレイ校で天文学の Miller Residential Fellow となる |
1962~1968年 | ハーバード大学で助教授として教鞭をとる |
1962~1974年 | 科学誌 Ikaros の編集長に就任 |
1964年 | ハーバード大学より A. Calvert Smith Prize を得る | 1968年 | リンダ・ザルツマンと結婚、男児ニコラスをもうける |
1968~1970年 | コーネル大学にて放射線物理学および宇宙探査の準教授(Associate Professor)として教鞭をとる |
1969年 | NASA Apollo Achievement Award (NASAアポロ計画功労賞)を受賞 |
1970~1977年 | コネール大学教授および同大学放射線物理学・宇宙探査研究所副所長 |
1971年 | 米ソSETI合同会議にアメリカの代表として出席 | 1972年 | NASA Exeptional Scientific Achivement Medal(NASA 科学功労特別賞)を受賞 テレビ番組 Tonight Show with Jonny Carson(ジョニー・カーソン・ショウ)に初出演 |
1973年 | 著書 Cosmic Connection、引続き Mars and the Mind of Man を出版 |
1975年 | Other worlds を出版 |
1977年 | コーネル大学の天文学および宇宙探査の David Duncan 教授として教鞭をとる 著書 The Dragons of Eden(人類の知性の進化に関する考察)を著す. 1978年度のピューリッツア文学賞(Pulitzer Prize for Literature)を受賞 更に、Murmurs of Earth(ボイジャーの星間飛行記録)を刊行 NASA公共奉仕功労賞(NASA Medal for Distinguished Public Service)を受賞(1981年に再度受賞) |
1979年 | 惑星協会を共同設立 初代会長に就任(1996年迄) | 1980年 | 著書 Cosmos がテレビ化され、PBS局から放映される |
1981年 | アン・ドルーヤンと結婚、男児サムと女児アレクサンドラをもうける 著書 Cosmos で George Foster Peabody賞と Hugo賞を受賞。 米国ヒューマニスト協会より Humanist of the Year賞を受賞 |
1983年 | 米国航空協会より John F. Kennedy Astronautics賞を受賞 |
1985年 | 妻ドルーヤンと共著で Comet を出版。 Contact(小説) およびNuclear Winter(核の冬:核戦争後の世界)を著す |
1986~1996年 | カリフォルニア工科大学ジェット推進研究所(JPL)の非常勤特別科学者(Visiting Distinguishied Scientist)に就任 | 1987年 | 旧ソ連宇宙飛行士連盟より Tsiokovsky Medal を受賞 |
1990年 | 米国物理学教師協会より Oested Medal を受賞
著書 A Path Where No Man Thought を著す. リチャード・ツルコとの共著で Nuclear War and the End of Arm Race を著す |
1991年 | 米国天文学協会より Masursky Award の惑星科学部門賞を受賞 |
1992年 | 妻ドルーヤンと共著で Shadows and Forgotten Ancestors を著す |
1994年 | 米国科学アカデミーより公共福祉賞授賞する。 著書 A Pale Blue Dot(日本語タイトル「惑星へ」)を著す |
1996年 | 著書 Demon-Haunted World(副題:Science as a Candle in the Dark論説集)を著す |
1996年12月20日 | 逝去 |
1997年 | 著書 Contact が映画化される |
Creating a better future by exploring other worlds and understanding our own.