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火星生命の検証
火星から飛んできた隕石 ALH84001 が注目を浴びている。本文は、発見者が語る隕石探索の紀行文である。筆者は、コロラド州デンバーの米国南極調査計画所に勤務しています。現在、南極のマクマードにあるクレイ研究所の試験主任として5ヵ月間南極に滞在中。現職前は、ジョンソン宇宙センター南極隕石研究所で10年間調査主任を務めた。[ 1997年01月/02月 ]
Bruce Jakosky(現MAVEN主任研究員)
宇宙空間を隣り合わせで回っている似通った二つの惑星。36億年前、地球と火星は生命を生み出すことができたのだろうか。当時、二つの惑星には生物反応と認められる化学反応を起こし、これを維持するのに十分な有機分子、液体の水そして熱などの必要要素が備わっていた。
毎日のように「エイリアン、地球に来る」と新聞は書き立てている。しかし、その報道記事には、地球外生命の存在に得心がいく科学的な根拠は全く見られない。地球以外の惑星に存在していると思われる生命探査の対象として、火星はこの太陽系の中で最も可能性のある惑星のように思われる。しからば、なぜ火星は地球外生命に適した場所なのだろうか。昨今話題になっている「火星の隕石」は、実際に火星から飛来したのだろうか。そうだとすれば、その隕石から火星について何が分かるのだろうか。火星生命の化石だとする説には、説得力があるのだろうか。
1976年に火星に着陸したバイキング探査機は、生命の兆候があるかどうか土壌の生物実験を行なった。実験の結果、生命の存在に結びつく強力な証拠は何も発見されなかった。隕石が火星から飛来したという新たな事実に鑑みて、バイキングの実験結果を再検討すべきなのだろうか。この問題について取り組むためには、先ず惑星としての火星を理解する必要がある。
火星は生命にとって必要不可欠な要素を、全て持ち合わせていたようである。言い換えれば、少なくともその歴史の一時期において、地表に液体の水、生命に力を与えるエネルギー源、そして炭素、酸素、窒素、および水素のような生命維持に不可欠な元素を持っており、生命の存続に十分安定した環境が存在していたようである。
火星の直径は地球の約半分で、大気を保持し続けるのに十分な大きである。火星の大気は基本的に一酸化炭素で構成され、その厚さは地球の大気の 1% 以下である。大気の薄さと太陽から地球よりも約1.5倍も離れているため、火星の平均気温は約摂氏-55℃と水の凍結点以下である。
薄い大気の気圧は低いので、液体の水はたちどころに蒸発してしまう。液体の水が無くなることは、火星表面の生命には深刻な問題となる。更に火星の地表を紫外線の放射から防ぐ十分なオゾンが欠如すると、そのために多量の水酸過酸化水素(hydrogen peroxide)のような酸化物が発生して有機体と反応するため、生命が存続することは難しくなると思われる。
地質過程
しかし、上に述べたことは、火星の歴史過程のすべてに当てはまるわけではない。過去のある時期においては、火星の気候や環境は現在とはかなり異なっていたかもしれない。例えば、火山の噴火のような地表の再生、あるいは風や水による浸食により火星の過去の気候を知ることができる。何故なら、地表の再生や浸食のために火星の古い地表が全て消し去られてしまった訳ではないからである。形成が約40億年前に溯る地域もあり、様々な地質単位の衝突クレーターの数から判断すると、40億年前から現在に至るまで存続した地表も見られる。
このように様々な地質過程の振る舞いは、火星の地質の歴史を知る糸口となる。地表の再生がもっと急速に行われる地球や金星には、このような地質の歴史を知る糸口はない。地球上で、35億年前の岩石を見出すのはほとんど不可能に近い。火星では、クレーターが集中している南半球がこの年齢である。
火星最古の地表には地球の河川に似た渓谷があり、渓谷にはおおきさや外観が地球の峡谷に似た支流が見られる。支流はしばしば周囲が閉ざされたベイスン(basin : 小惑星の衝突や火山の噴火でなどでできた大孔)に流れ込み滞留して水域、即ち湖を形成する。火星の渓谷を形成した中心的なメカニズムが、地表の流去水か水を豊富に含んだ水域のいずれであるのかは明かではない。氷に覆われた表層下を流れる水流により、浸食されて形成されたのかもしれない。いずれにしても、初期の火星には、液体の水が豊富に存在したはずである。
液体の水は生命には不可欠である。バイキングが撮ったこの類の写真には、火星にはかつて液体の水が流れていたことを示す痕跡がたくさん見られる。水によって刻まれた流床は、太古の火星には、生命を支えていたかもしれない濃くて暖かい大気があったことを物語っている。
この写真に見られる白色と黒色の層で縁取られた茶色の塊が、有名な炭酸塩の小球体である。これ等のオレオ・クッキーに似た層は、それぞれ異なった組成の硫化鉄鉱物でできており、堆積した火星のバクテリアであると考えられている。
更に、古い地表の衝突クレーターは相当浸食されて、形成時の外観とは様変わりしてしまっている。衝突で堆積した噴出物の表層は破壊され、クレーターの縁は消し去られ、中央丘もデブリ(岩屑)で埋められてしまっている。しかし、破壊されたのは一部分だけで、液体の流去水で浸食された形跡を示すクレーターも少数ながら存在する。量的には、約35億年前の浸食率はその以降のほぼ1000倍である。従って、その時代の火星には、水は今日よりも大量に存在し、しかも安定していたということが容易に理解できる。
初期の火星環境下では、水は火星の表面に存在できたので、生命が生まれたと考えるのは妥当ではなかろうか。同じ時期に、地球では火星と同じように、水の浅瀬で生命が生まれたたようである。地球の生命は、微惑星の激しい衝突の末期(約40億年前)と35億年~おそらく35億8000万年前(最初の生命の印が岩石の中で発見された時)の間に、非常に短時間で生まれたに違いない。地球の生命が、その好適な条件下でそれほど短時間で生れたのであれば、これと同じ時期の火星でも、独自の生命が生まれたと考えられかももしれない。
火星の新しい地表には、火星生命の誕生に結びつく可能性のある二つのタイプの地質的特徴がある。一つは火星の北半球の多くの地域で、溶岩流で覆われ玄武岩が多く見れれ、オリンポス山(火星最高峰)のような独立火山がたくさん存在する。このような地質特性は熱源の存在と、その熱源が火星の歴史を通してずっと活動していることの証拠である。火星の隕石の年齢から推定すると、火星には過去2000万年間火山活動があり、現在でも活動しているかもしれない。二つ目は、火星の歴史の過程で破壊的な洪水が時々起こっていたことである。洪水の流路が地表下から出現しており、火星の地殻には大量の水が存在したことを示唆している。
地殻水と地熱源の存在は、火星の地表下には、おそらく熱せられた水が地殻の中を循環する熱水作用のメカニズムが存在していたことを示唆している。また、最新の時期まで火山活動があったことは、この熱水作用が今日にいたるまで活動してきたことと、おそらく現在も活動していることをも意味している。温泉は、地球の生命が誕生したと考えられる場所である。温泉の持つ化学環境により、生命の前触れとなる有機分子が作り出され、熱がそれにエネルギーの素を与えることは可能である。このように、火星の熱水作用のメカニズムにより、ほとんど何時でも生命が誕生し、あるいは生命が現在まで生存できる環境を作りだす可能性はある。様々な歴史の過程で、火星の地表や地表下に、生命に好適な環境が形成されたことは明らかである。
惑星間の連帯
仮に火星で生命が誕生しなかったとしても、火星に生命が存在する可能性は依然として残る。つまり、火星の地殻の岩石が、小惑星の衝突で宇宙空間に弾き飛ばされた可能性はある。これ等の岩石は太陽を回る軌道に投げ込まれ、そこから地球に飛来したと考えられる。また地球の岩石が飛び出して、火星に到達したとも考えられる。地球から飛んで来た岩石にバクテリアが存在していたとしたら―深い地殻にある岩石は事実そうである―火星にバクテリアが運ばれた可能性はある。また水が湧き出る温泉のようなオアシスに落下したとしたら、バクテリアは生き長らえて繁殖したかもしれない。つまり、地球で生まれた有機体が、火星に存在するかもしれないのである。
火星に実際に生きた有機体が存在したという根拠は、何なのだろうか。最近この問題をめぐって、1984年に南極大陸のアラン・ヒルズで発見された隕石ALH84001に議論が集中している。
南極大陸で採取された12個の隕石のうちで、このALH84001は、火星生命の痕跡を宿している可能性の最も高い隕石である。この隕石は、火星が形成されつつあった45億年前にできた最も古い隕石である。この隕石には、通常熱水が岩石の中を通過すると形成されるカルサイト(炭酸塩カルシウム:CaCo3)のような炭酸塩鉱物の岩脈がたくさん見られる。隕石の約10%は炭酸塩鉱物で出来ており、この中に生命の証となるものの化石が発見される可能性はある。炭酸塩は火星の歴史の中期、おそらく今から18億年前以内に堆積したと思われる形跡はあるものの、その年齢はうまく特定できない。
デービッド・マッケイ(ジョンソン宇宙センターから出向中)に率いられたNASAとスタンフォード大学のスタッフの混成調査班は、炭酸塩が生成した時期に存在したとされる幾筋かの生命を思わせる痕跡を見つけた。一本の筋だけでは説得性に欠けたが、筋をすべて合わせると、生命の痕跡のように思われた。
岩石の生命の痕跡
炭酸塩鉱物は、直径数百ミクロン(約0.001インチ)の「小球体」状の炭酸塩になって、岩石の基質の割れ目や隙間の中に散在している。これ等の小球体の外縁には、鉄分やカルシュウムが豊富な鉱物粒が層を成している。最も外側の層は、硫化鉄分の豊富な鉱物とマグネタイト(酸化鉄:Fe304)粒子を含んでいる。
これ等の鉱物は、非生物学的なメカニズムで生成するが、マグネタイト、硫化鉄鉱物や炭酸塩はそれぞれ全く別の化学条件下で生成し、同じ場所に存在することは有り得ないというのが、NASAの科学者の見解である。地球上のバクテリアは、この種の鉱物粒を単一の環境下の同じ場所で作ることができる。
NASAの科学者によれば、火星のバクテリアがこれ等の鉱物をALH84001の中で生成させたのかもしれないということである。これ等の鉱物粒の大きさは、ほぼ25ナノメートルで、形はバクテリアが作ったものに非常によく似ている。しかし、炭酸塩が非常な熱水(約摂氏680℃)の中に堆積した場合は、同じような層がその中に生ずる。
別の証拠は、多環式芳香炭水化物またはPAHと呼ばれる一種の有機粒子が隕石の中に存在することである。この化合物は、炭素の環で結合されたほとんどすべての有機物に見られる極ありふれた有機分子である。形は6個の炭素原子が環でつなぎ合わされた六角形で、丁度中庭のタイルのようにきちっとつなぎ合わされている。これ等の有機分子は、バクテリアの死による大きな有機分子の崩壊か、有機燃料の不完全燃焼のいずれかで生ずる。
いずれの過程でも、水素や酸素の一部が遊離し、その結果炭素が残されて複雑な分子が生成される。
PAHは星間空間でも生成され、隕石に取り込まれることが有り得る。事実、45億年前の生成以来、変化の最も少ないほとんどの初期の隕石には、PAHは共通して見られる。しかし、PAHが隕石の中で生成される過程は独特のもので、隕石が火星の表面から飛び出して地球に到達する間に、PAHがその中で生成されることは不可能である。またALH84001に見られるPAHが、星間空間で生成されて隕石に取り込まれ、初期の火星に到着し、そこでALH84001に取り込まれて宇宙空間に放出されたということは有り得ない。火星初期の環境や活発な地質活動の下では、PAHはそのような地表の状況から素早く避難しない限り、ほぼ間違いなく死んでしまったであろう。
ALH84001のPAHは、炭酸塩鉱物の中で発見された。これは隕石が地球に到着する間に汚染されたか、あるいは取り扱いの間に汚染されたかどちらなのだろうか。しかし、そのいずれでもないようである。この隕石に含まれるPAHの量の存在比は、地球上の特定の場所や南極大陸のそれよりずっと大きい。更に、PAHの存在比を隕石の外側と内側とで比較すると、外側の方が内側より少ない。ということは、PAHが外側から内側に広まっていったとは考え難い。
ALH84001と同じ年代の南極大陸で発見された他の隕石を分析すると、PAHの量はほとんど検出できないくらい少ない。最後になるが、隕石は採取や試験室では非常に慎重に取り扱われたので、汚染の可能性は非常に低い。
PAHの存在は、間違いなく火星に生命が存在したことの裏付けになるのだろうか。火星でPAHが生成したことは確かであるが、だからといってそれが生命誕生の裏付けになるとは限らない。しかし、PAHが火星のバクテリアの死骸から生成したのでないとすれば、その他の有機分子から生成したはずである。いずれにしても、これは火星に有機分子が誕生したことを示唆する初めての決定的な証拠であり、非常に興味深い。有機分子は生命が存在するために必要不可欠であり、従って、有機分子が存在したことは、必然的に火星の生態系の存在性に議論のレベルが引き上げられる事になる。
おそらくこれが最も興味深い点であるが、隕石に見られた生命の痕跡に関する最大の問題点は、それが地球上のバクテリアの化石に非常によく似た構造体をしている事である。このソーセージの形をした構造体の一部は、炭酸塩鉱物の中にしっかりと付着しており、従って、炭酸塩鉱物の形成と同じ時期にその中に堆積したに相違ない。この構造体は、岩石が二つに割れて露出した新しい炭酸塩の中に見られる。この構造体に関しては、ジョンソン宇宙センターのエバレット・ギブソンの話しが雄弁に物語っている。彼は構造体の一つを家で撮影した。微生物学者である彼の妻がその構造体を見て、「どの種類のバクテリアなのか」と彼に聞いたほど、実にバクテリアにによく似ていたということである。
隕石の中の構造体は地球上のバクテリアに非常にようく似てはいるが、大きな相違点が一つある。それは大きさで、地球上のバクテリアよりも10~100倍も小さく、直径が約100ナノメートル(約100万分の1)であることである。これは地球上のリボソームや(細胞再生の作用を持つ細胞の一部である)やビールスとほぼ同じ大きさである。リボソームもビールスも自己再生は不可能で、別個の機能を持っている。従って、両方とも生きた有機体とは考えられない。
ALH84001。現存する最古の火星隕石である。45億年余り前、火星の地殻を覆っていた何処かのマグマが固まってできた。後に起こった衝突で岩石に割れ目ができ、その中に水が浸入して、炭酸塩鉱物の塊が堆積した。この過程で、生物学的反応があったかもしれないし、あるいはなかったかもしれない。
構造体は小さすぎるのか
構造体は小さ過ぎるが故に、生き物の痕跡とはいえないのだろうか。明快な解答はない。小さいことは事実であるが、DNA連鎖の基幹対1000個に相当する数がその中に入る大きさではある。この構造体は、最小限とされている生命体よりは大きい。地球上で最も古く最も小さいバクテリアは、火星隕石の構造体よりは大きいが、地球上で最初の生命ではないことは確かである。どちらかといえば、地球最初の生命はより単純で、もっと小さく、おそらく火星の化石(構造体)と同じ大きさであったに相違ない。
火星の炭酸塩の中に生命が存在し得たかどうか、その境目となる重要な条件は、構造体が堆積した時の温度である。温度がが摂氏150℃以上であったとすれば、おそらく生命は存在することはできなかったであろう。
残念ながら、温度については確かな証拠となるものはない。ケース・ウエスタン・リザーブ大学のラルフ・ハーベイとテネシー州立大学のハリー・マックスイーンが中心となって行った炭酸塩中に存在する鉱物の分析では、おそらく摂氏650℃以上の非常な高温でも生命が生成することを示唆している。一方、NASAの研究によれば、鉱物の酸素同位元素の含有比率に応じて、摂氏0~80℃の範囲で生命が生成するとしている。しかし、宇宙空間に酸素が漏洩するため、酸素同位元素もこの漏洩の影響で減少する可能性があるため、このような低温を予測するのは誤りであり、摂氏40~250℃まで温度の幅が広がっても変わらないかもしれない。尤も低い温度の場合のみだが、この温度の領域で生命が存在し得たかもしれない。このように温度の推定の違いは、未だ解決されていない。
最近、イギリスのオープン大学のイアン・ライトとその研究グループが、ALH84001とEETA79001の南極大陸で発見された火星の隕石を調べた結果、両方の隕石に有機体が存在することを確認した。
ALH84001 の方が若く、2億年は経っていないことがわかった。これは、有機分子が非常な最近まで火星に存在していたことを意味する。この研究グループは、炭素同位元素の炭素13と炭素12の含有率を調べた。生物化学反応は、通常軽い同位元素を好む。従って、生き物の炭素13の含有率はその周囲より少ない。この特性が地球上の生命の特徴であり、38億5000万年もの間、地球上に生命が存在してきた証とされてきた。ライトグループは炭酸塩粒によっては、重い同位元素が相当消滅していたことも発見したが、これはおそらく生物活動が起こっていることを示唆しているのかもしれない。
左右2枚の写真は、ALH84001の新しい割れ目に沿って、堆積している極小のソーセージ型の構造体で、一部が炭酸塩の球体の中に付着している。この写真は高分解能走査電子顕微鏡で撮られたものである。この写真は、ソーセージ型の構造体は小球体が液体の水の中でできた時に存在していたことを示唆している。これ等の構造体は小さい粘度の棒か、火星のバクテリアの死骸かのいずれかである。
単純か複雑か、双方の手法について
以上、太古の火星生命について様々な論いを行なったが、果たして説得力のあるケースがあるのだろうか。この問題は、生物学的か非生物学的プロセスのどちらかで説明がつく。隕石の分析に取り組んでいる研究者は、すべての考察をひとつのプロセス、即ち、生物学に照らして行なう方が、幾つかの無関係な地質化学的プロセスに照らして個々の考察を行なうより単純明快であると考える。彼等は、火星生物学ですべてを単純明快に説明できるのではないかとしている。
一方、生物学的なプロセスは本来的に最も複雑な説明手法を伴い、しかも生物学的な手を考える以前に、非生物学的手法を除外せざるを得なくなるとする意見もある。このように議論を進めると、生物学的手法が最も優れているように思われるが、必ずしも地質化学的手法より優位にあるとも思われない。
それでは、どちらの手法が優れているのだろうか。この結論は、エキサイティングで刺激的である。しかし、今回のケースが火星生命の証拠として説得力があると信ずる人は、今のところ非常に少ない。更なる火星隕石の分析と火星の様々な箇所の分析が必要である。
それでは、火星のどこを探したらよいのだろうか。水の痕跡を辿るのがよいだろう。太古の湖底、河川の支流および火山性の温泉は、遠い過去に生命が存在することができた場所かもしれない。ずっと新しい時代、あるいは現在にいたるまでの時代に於も、新しい火山活動による温泉や地表下の水が、生命の存在する場所である可能性はある。
残念ながら、これ等の場所で何を探したらよいのか、それが明確でない。生命は非常に多くの異なった化学メカズムでエネルギーを得るので、火星環境の地質化学の知識なしでは、火星生命の化学反応を求める調査の対象を、具体的に何にしたらよいか特定できない。火星生命の発見のためには固定観念にとらわれずに、生命を示唆する化学現象(chemistry)を求め、水や生命が存在し得た筈の最適の場所を選ばなければならない。
隕石に見られる構造物が火星の有機体だとすることに異議が出るのは、その直径が約100ナノメートル(1ナノメートルは、1/10億メートル)という大きさのためである。典型的な地球のバクテリアは、この数百倍も大きい。しかし、1980年に、テキサス大学のロバート L.フォークと F.レオ・リンクにより、地球のナノバクテリアだとする鉱物性の構造体が発見された。写真は、このナノバクテリアを示したものである。すべての科学者がこの説を認めたわけではないが、これ等の有機体は、火星のバクテリアとされている構造体とほぼ同じ大きさである。
地球上の有機体には、その中でマグネタイトのような鉱物を作りだすもの種類は数多くある。写真はその体長の磁性粒子の糸を持ったバクテリアである。これと同じ鉱物性の粒子がALH84001の中に存在することは、この隕石がかつて生命が宿した可能性を示唆するひとつの証拠である。しかし、この写真に見られるバクテリアは、幅が350~500ナノメートルで、火星の生命体とされるものよりずっと大きい。
バイキングの生物実験の結末
1970年代にバイキングが行った、火星での生物実験の結末はどうなったのだろうか。火星には生命は全く存在しないことが、証明されたのではなかったのか。
バイキング・ランダーには、火星生命のテストのために3台の実験機器が搭載された。この実験の結果について、科学者は今も議論を続けているが、ほとんどの科学者は、現在の火星に生命が存在するとは信じていない。しかし、この微小有機体が生存していたであろう36億年前の火星は、今日とは非常に異なっていた。
生物活動の試験を行なった3つ実験の結果と、地表物質に有機分子が存在しないことから、当時、火星生に命は存在しないとする解釈は受け入れられた。しかし、バイキングの実験では、火星の有機体がそれによりエネルギーを得るであろうメカニズムについて、僅か1、2回しかテストしていない。このテストでは、炭素源として一酸化炭素か有機分子のどちらかが使われただけである。火星のバクテリアはネエルギー源として他の物質を代謝するかもしれないし、あるいはバイキングの実験条件とは全く異なった環境で、物質代謝を行なうかもしれない。
ALH84001の分析結果は、バイキングの実験の結論を再検討するべきであるということを意味するのだろうか。おそらくそういうことにはならないだろう。炭酸塩ができた時にその隕石が置かれた火星の地表の物理的化学的環境は、今日の火星とは非常に異なっていた。従って、隕石の中に生命の化石が存在していたとしても、その生命は今日の火星の地表では生きることはできないだろう。つまり、その生命は、酸化が非常に進んだ環境と液体の水の欠乏のため、すぐ死んでしまうだろう。
バイキングの生物実験の一つが、生命についてポジティブに反応したことは事実だが、だからといって、火星生命の存在に否定的な結論に、影響を及ぼすことにはならない。一つの(肯定的な)実験結果で、火星に生命が存在する事を結論付けることはできない。むしろ多くの実験結果を纏めた上で、それ等が生命の存在条件と一致しなければならない。バイキングの実験結果を総合すると、その着陸地点に強い地質化学的な反応はあったが、それは生物的な反応ではなかったということになる。言い換えれば、バイキングの実験方法は誤っていたか、その場所の選択が誤っていたかのいずれかである。
惑星科学者のナジン・バーローは、バイキングの撮影画像を調べ、ALH84001の発生源と断定するのに十分に古い地面を持つ二つのクレーターの正確な年齢を解明した。その一つは、太古の流水により刻まれた流床、エボリス渓谷(Evoris Vallis)の近くにある。ALH84001は、36億年前に水流に晒された痕跡を残している。
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