The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1996

 

プロジェクト・ベータ始動、セチ計画の飛躍的前進

待ち望んでいたセチ計画のベータ・プロジェクトが始動した。惑星協会のマクドノーが、新しいセチの可能性について語る斯界の権威の講演の要点を紹介する。筆者は惑星協会のセチ・プロジェクトのコーディネーターであり、教育ソフト「宇宙の冒険II」の作者である。[ 1996年03月/04月 ]

Thomas R. McDonough

 

画像は、下から見たベータ電波望遠鏡。この電波望遠鏡は、天空を走査して、様々な電波信号をとらえる。金属の「蜘の巣」で、飛来する電波信号はどんなにかすかなものでも捕捉できる。
 

プロジェクト・ベータ(Project BETA)が始動したのは、1995年10月のある好天の日であった。我々は、ハーバード大学から車で30分行った、マサチューセッツ州ハーバードの街中にあるハーバード・スミソニアン・アガシ・ステーション(天文台)にいた。色鮮やかに紅葉した林の中に、口径 26m のお椀形アンテナの無線望遠鏡が水平線をじっと見詰めるように佇立していた。

惑星協会の会員、科学者、ジャーナリスト、テレビ局の取材陣、すし詰めのバスで到着した子供たちなど数百人の観客が集まっていた。この観客は全員、惑星協会が行なう新しいセチ(Search for Extraterrestrial Intelligence)プロジェクトの開始を見るためにこの町にやってきた。

セチ・プロジェクトを手がける他の二つの組織の代表者もこの会場に到着していた。プロジェクト・フェニックスのフランク・ドレークとケント・カラーズ、そしてプロジェクト・セレンディプ(SERENDIP: Search for Extraterrestrial Radio Emission from Nearby Developed Intelligent Populations)のダン・ウェルシマーである。惑星協会の15年の努力が稔る日である。
 

セチ・プロジェクト開始までの経緯
1981年、ハーバード大学の物理学者ポール・ホロビッツは、NASAが建設した強力なセチ装置がある、カリフォルニア州マウンテン・ビューのエイムス研究センター(Ames Research Center)で講演を行なった際、スーツケース・セチ(Suitcase SETI)と彼が呼んだ、地球以外の文明から送られてくる信号を捉えるため、13万1000 の超狭域帯の無線チャネルを探査するコンピュータ制御の無線受信機の開発を発表した。

NASAが要求したセチの予算は、議会で葬り去られたが、設立間もない惑星協会とNASAの支援で、ホロビッツはこのプランを実行に移すことにした。ホロビッツはこのスーツケース・セチをある天文台にスーツケース・セチをプロジェクト・ベータが始まる天文台に設置し、名前をプロジェクト・センティネル(Sentinel)に変えた。
 

画像は、アルゼンチンのブエノスアイレスにあるメタII.
 

1982年、議会はNASAのセチ・プロジェクトを復活させた。1985年は、惑星協会のセチ計画大躍進の年となった。800万チャネルを擁するプロジェクト・メタ(META:Mega-channel Extraterrestrial Assay)が始動した。これはカール・セーガンと妻のアン・ドルーヤンの要請により、映画監督のスティーブン・スピルバーグが拠出した10万ドルの寄付金により実現したものである。その後、プロジェクト・メタと同じメタIIが、ホロビッツの多大の協力を得てアルゼンチンの科学者達により建設された。

メタは、非常に興味ある信号を幾つか発見したが、その信号は二度と捉えれなかったので、混信による可能性が高い。しかし、その信号源が実際に天空にあったのであれば、銀河系が発生源である信号がそうであるように、天の川に向かって集中するはずである。

目覚しい勢いで向上するコンピュータ・チップの性能に触発されて、次にホロビッツは、2500万チャネルを受信できる革新的な新しいプロジェクトを考えついた。彼はこの夢のプロジェクトを実現する装置を、ベータ(BETA:Billion-channel Extraterrestrial Assay)と呼んだ。これは狭い無線スペクトルの代わりに、地球以外の文明を探すのに最高の方法と考えられている1400~1720メガヘルツの「ウオーター・ホール」と呼ばれるより静寂な領域全体を捉える装置である。一気に40メガヘルツにパワー・アップすることにより、この装置は20億チャネルと同じ処理能力を持つことができる。

1991年、ベータ・プロジェクトは惑星協会の他に、ボサック・クルーガ慈善財団とNASAからも資金援助を得ることになった。(但し、NASAの支援は、議会がセチ計画の承認を再度拒否したので、間もなく停止された)。引き続いて、アドバンスト・マイクロ・デバイス社、フルーク社、ヒューレット・パッカード社、インテル社、そしてセチのパイオニアであるオハイオ州立大学のジョン・クラウス氏からも資金援助があった。

ベータ・プロジェクトで最も金がかかる部分は、メモリー・チップであった。このメモリー・チップは通常のパソコンよりも400倍以上の3ギガバイツのRAM(ランダム・アクセス・メモリー)が必要だった。その費用は10ドルになる。しかし、シリコン・バレーのザイリンクス社のスティーブ・トリンバーガーからセレンディップ・セチ計画に関する電話があった。彼はセレンディップ計画に寄付をするについて、この計画の真偽を確認したかったのである。私の返事は「イエス」であった。同時に、マイクロ・チップを提供してくれるよう彼に要請した。

彼は我々が必要としていたチップは製造していなかったが、トリンバーガーの同僚がアイダホのマイクロン・テクノロジー社のケビン・デュスマンに連絡をとってみたらとアドバイスをしてくれた。早速連絡してみた。大成功。マイクロン社はチップの提供を喜んで引き受けてくれた。
 

スイッチ・オン
「一千億個もの星が存在する銀河が一千億も存在する宇宙で、ここ(地球)で起こったことだけがユニークだとは信じ難い。」と、ホロビッツはこの素晴らしい秋の日に集まった人達に言った。「我々の銀河に高等生命が存在することを誰も証明できなければ、このアンテナの天辺から飛び降りてもよい。」とも言った。全員爆笑。
 

1983年、惑星協会の資金援助で始められたスーツケース・セチの生みの親、ポール・ホロビッツ博士.
 

更に続けて、「現在の無線技術を以ってすれば、至近の数百万のどの星にも一語につき1ドルで星間電報を打てる。ベータの能力は、例えば、隣接する2億5000万台の机に取り付けられた小型無線機を同じチャネルに合わせて一斉にスイッチオンして全員が聞くようなもの。」とホロビッツは言った。
 

画像は、セチのパイオニア、フランク・ドレイク博士がプロジェクト・ベータのスイッチを入れるところ(左側画像)
 

「これは、星間インターネットにログインするようなものです。そのため、地球上の有様を永久に変えてしまうだろう。」と語った。講演を終えると、ホロビッツはこの日の基調講演を行なうフランク・ドレイクを紹介した。ドレイクはセチのパイオニアで、1960年に初めて、新しいセチ・プロジェクトであるオズマ計画(Project OZMA)を行なった。現在は、カリフォルニア州にある民間のセチ研究所の所長である。この研究所以前、NASAのセチ研究部門で、現在はプロジェクト・フェニックスと呼ばれている。

講演の冒頭、ドレイクは裏話を披露した。「40年前になりますが、本日と同じようなセレモニーがありました。しかもまったく同じこの場所でです。」と語った。セレモニーはアンテナ(ベータとは無関係)の完成を祝うもので、そこにはこの日と同じように、大型ナイフのようなスイッチがついた電源盤が設えらていた。「本当の事をいうと、これは、何処にもつながっていない偽のスイッチだったのです。」と。

本当のところは、アンテナの架台の下に大学院生が隠れていて、空いた穴から外を見張っていた。全米科学財団の長官がその偽スイッチを押すと、その大学院生がこっそりと本物のスイッチボタンを押しアンテンナが始動したのである。そしてドレイク曰く、「その大学院生こそ、この私でした。」と。

ドレイクはスイッチとアンテナを繋いでいる電線を指して、「今回は事前にチェックしましたが、電線は確かにつながっています」言った。爆笑と拍手が起こった。

ドレイクのハーバード大学時代が、セチの歴史の変革時代となった。数ヶ月後のある夜、彼は望遠鏡で観測をしていた。「とても寒い夜で、雪がおよそ 30cm ほど降り積もっていた」。「私はプレアディス星団(スバル座星団)を観測していたところ、非常に美しい水素スペクトルを発しているのがわかりました。すると突然、このスペクトルに新しい信号が現れたのです」。

「しかし私が本当に驚いたのは、というよりむしろ鳥肌が立ったというべきかもしれませんが、このスペクトルの特徴は、その無線信号がプレアディス星団から発せられていた周波数とまったく同じであったことです。私がオズマ計画を発想するきっかけとなったのは、これがきっかけです。多分その無線信号は他の天体から発せられたものだと思いますが」。

これが後になって、我々が探し出せるかもしれない地球外の文明の数を推定する有名な「ドレイク方程式」を考え出すきっかけとなったのです。ドレイクが発見した無線信号は結果的には混信ということになったが、彼はセチのパイオニアになったわけである。

惑星協会のルイス・フリードマン専務理事は、ベータプロジェクトの通電式でスイッチを入れる栄誉を、抽選で惑星協会の会員の中から選ぶことにした。この役を引き当てたのは、マサチューセッツ州のニュートンからやって来たジム・バークであった。

バークとマイクロン・テクノロジー社のケビン・デュスマンとでスイッチが入れられた。音楽が吹奏され、アンテナは頭をもたげて行き、アルゼンチンのベータIIのアンテナが指している天空と同じ方向を指した。かくして、惑星協会の「星間の隣人探し」という大いなる飛躍の第一歩が始まったのである。

セレンディップは、惑星協会の資金援助により、ロスアンゼルス大学バークレイ校が始めた優れたセチ計画である。
 

シンポジウム
その夜、マサチューセッツ州のケンブリッジ大学で、シンポジウムが開催された。ホロビッツ、ドレイクおよびフリエードマンに、高等研究所(ニュージャージー州プリンストン)のフリーマン・ダイソンがパネリストとして加わった。ダイソンは、イギリス生まれの世界的な物理学者である。

彼は、「自然は常に、我々以上の想像力を持っていることを銘記すべきである。」と強調した。パルサー周囲の惑星やペガサス座51星の周囲で惑星系が発見されたことを例に挙げた。「二つの発見は、従来の常識とは全く相反している。パルサーが惑星を持ち、ペガサス座51星から水星-太陽間よりもはるか近距離に木星大の惑星が存在することなど想像できなかった。今までの常識では、どんなにものすごく大きい惑星でも蒸発してしまうはずの距離だから」と語った。

ダイソンは二つの仮説―1)惑星は主星の近くにだけ存在する。―2)惑星には知的な生物が存在する、に警鐘を鳴らした。「いずれもまこといかがわしい仮説です」との発言に、会場からどっと笑いが起こった。ダイソンはその理由を説明しはじめた。

ダイソンによれば、おそらく銀河には、恒星系に属さない惑星がたくさんあるだろう。恒星はガスや塵の雲が凝縮してできたと考えられている。この凝縮物質から惑星でなく、恒星が出来たのかそれは分からない。太陽の重元素で5000個の地球が出来たはずである。従って、銀河系の恒星1個につき、5000個の惑星が散在していてもおかしくない。

これが真実でないとしても、様々な文明は惑星の枠を超えて宇宙にコロニーを建設するだろう、とダイソンは考える。 「人類はこの地球を目茶苦茶にしているので、この非常に美しい地球環境を破壊から救うために、遠からずどこか他の天体に移住しそこでもっと自由に、もっと慎ましやかに生きるようになるだろう」と、ダイソンは推測する。

ドレイクは地球外の生命が発見された場合、セチに関する国際的な取り取り決めがどのようなもであるべきについて触れ、煎じ詰めれば、「人工物体により電波干渉や非知的自然現象に翻弄されないことと、個人が(知的生命として)感知した事は、即刻公表することである。」と語った。
 

セチの将来
政府援助によるセチ計画はメタII(惑星協会が一部資金を負担して建設され、アルゼンチンにより運用されている)だけである。他の全てのセチ計画は民間の研究所に委ねられている。惑星協会はBETAの資金援助に加え、メタIIを使ってどこか他所で探査を続るための科学者と設備の収容施設を捜している。

また、セチを啓蒙すべく、The Bioastronomy News(宇宙生物学ニュース)という季刊回報を発行している。

現在のセチ装置のパワーは、1960年に比べ倍増している。ベータは、オズマ計画のほぼ3兆倍も強力である。「セチのパワーは、限りなく増強されると思われる。何故なら、コンピュータ業界は、もっと強力なセチの装置を約束する新しい手ごろな値段の集積回路とコンピュータを製造している」と、ドレイクは語った。

「セチの達成は簡単でない。何年も掛かるかもしれない。何十年かもしれない。でも結局は、その艱難は乗り越えられる。なぜなら、ホロビッツが確約したように、彼方に文明が存在するからである。私もそう思う。その文明を見つけることがどの位難しいか、それはわからない。しかし、必ず見つけられる。それをここで、皆さんにお約束する」と、ドレイクは話しを結んだ。(文中敬称略)

注:セレンディップ(SEREVNDIP)とは、「高度に発達した近傍の知的種族から発せられる地球外的発信電波を探査すること(Search for Extraterrestrial Radio Emission from Nearby Developed Intelligent Populations)」で、スチュアート・ボイヤー博士の主導で始められた。このセレンディップはアレシボ電波望遠鏡に設置されて、天文学者が捕捉する電波信号なら何処から飛来したものでも検査する。

プロジェクト・ベータの実施の技術面を実質的に取り仕切ったセレンディップのダン・ワーシマー博士は、この新しいセレンディップ装置の完成にあたり、「NASAからの資金が全く無いので、惑星協会は、資金難の我々を救ってくれた」と語った。
 

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