The Planetary Society of Japan

東大新報 - 惑星科学のすすめ

Modified : January 09, 2017 - 太陽系惑星科学の勧め

『東大新報』1998 掲載

廣井孝弘
ブラウン大学 地球・環境・惑星科学科上席研究員
 

2 章. 太陽系生成論の歴史

2 - 1. 太陽系の特徴とそれから推測される起源

太陽系の起源については、おそらくギリシャ時代から哲学的に論じられてきたに違いない。トレミーによって大成された天動説的な世界観においては、ただ単に神の創造は完全な円運動によって構成されるとして、多くの円運動を複雑に用いて説明していた。そういうモデルにおいては、惑星の運動は複雑で時には逆行もするため、その起源を論ずるのは簡単ではなかったろう。ところが、チコ・ブラーエとケプラーの観測・計算によって、惑星が太陽を中心とする単純な楕円軌道上を運動しているとして説明できる基盤ができ、ガリレオ・コペルニクス・ニュートンといった天才たちが、現在の美しい太陽系の姿を解明したと思われる。更にその後の天文観測、惑星探査、月探査、隕石などの試料の研究などによって、太陽系の起源を探るための鍵は一層豊富になった。

では、現在解明された太陽系の特徴を振り返ってみて、その起源を探るヒントとしてみよう。まず前述のように、全ての惑星が太陽を焦点の一つとする楕円軌道を回っているわけであるが、それらがほぼ同一平面状に存在する事である。更に、各惑星の自転方向やその周りの衛星の公転・自転方向も大体はこの平面状で惑星公転と同方向である事である。これらのことは、太陽系の惑星達がどこかから太陽にランデブーして集まってきたのではなく、太陽の周りに平らな星雲のようなものがあってそれから固まってできたのではないかという示唆を与える。

次に、太陽に近い惑星から順にその特性を見ていくと、水星は小さくて衛星を持たず、金星は地球と同じくらいの大きさで衛星を持たず、地球は衛星(月)を一つ持ち、火星は突然小さくなるが二つの衛星を持ち、その外側には小惑星帯があり、その後はガスを大量に持つ巨大惑星である木星・土星へと続き、一般に衛星の数が多い。この傾向は、太陽系の原始星雲が固体とガスの混合でできていて、太陽からの距離によってそれらの混合率や大きさ、更には衛星の数が決まったという示唆を与える。そのことは、ボーデの法則として知られている、各惑星の太陽からの平均距離がある数列に従っている事とも関係があるに違いない。

また、月をはじめとする多くの天体の表面にはクレーターと呼ばれる隕石衝突の跡がある。時にはその天体の直径に近いような大きなクレーターも見つかる。クレーターの大きさは実際にそのクレーターを作った隕石の大きさでなくて衝突エネルギーに相関があるので、必ずしも大きな物体が衝突したとは限らないが、現在小惑星帯に残っているような岩石片が多く存在して天体に衝突したと考える事は妥当である。これは、太陽系の固体物質が小さい微粒子から出発したとしても、その過程でそれぞれが大きく成長して、末期には大きい物体同士の巨大衝突が起こる時代を迎えた事を示唆する。そう考えると、自転軸が異常に傾いていたり自転が公転の逆だったりする惑星もあることは、末期に巨大天体が衝突して偶然そうなったと言える。
 

2 - 2. 太陽系生成論の標準モデル

太陽系がいかにできたかを漠然と考えるのみならば、カントの星雲説とかも含まれるであろうが、定量的にしっかりと太陽系生成論を展開したのは1969年のサフロノフの著書が最初であろう。1970年代になって、日本においては恒星の形成理論で有名な京都大学の林グループが惑星系の生成論を展開した。その後はウェザリルなどが取り組んできたようにコンピューターシミュレーションで多体問題を直接扱うことが主流になってきた。しかし依然として解析的な太陽系生成論は現象の本質を探る面で重要である。

1980年代に確立された標準モデルと呼ばれる最も一般的な太陽系生成論は、前節で述べたような自然な推測に沿っている。太陽系は、太陽系星雲とよばれる塵(固体微粒子)とガスの混合体が回転をしながら固まって太陽と惑星系が同時に生成したと考える。これは、現在の太陽系が持つ回転角運動量の保存則から導かれる。しかし、初期の太陽系星雲の総質量はわからないので、適当に推定することになる。一般には、現在知られている太陽系の固体質量を足しあわせて塵の質量を求め、ガスの質量は、塵の質量に見合うように太陽系元素存在度から求める。太陽系の元素存在度は、太陽大気と原始的な炭素質コンドライトの組成から求められる。その結果は、太陽系星雲は現在の太陽質量の1.3%増程度の質量になる。そのようなガスと塵の混合体が回転していると、塵の粒子は回転による遠心力と太陽からの重力の合力を受けて、公転面上へと沈んで行く。そうしてできた塵の沈殿層は重力不安定を起こして分裂を始め、微惑星と呼ばれる天体が多くできる。そして微惑星が太陽の周りを公転しながら合体成長して惑星や衛星ができるわけである。その過程で星雲内のガスは散逸していくが、木星型惑星はそのガスを重力で取り込んで現在のような巨大なガス惑星となり、地球型惑星はガスを取り込まず、それらを構成する固体物質内に取り込まれていた揮発性元素が脱ガスして大気ができた。

それでは、火星と木星の間の小惑星帯はなぜできたのであろうか?微惑星がお互いに合体成長するためには、それらの衝突力が重力による合体力を上回らないようにしなければならない。もし衝突の速度が大きすぎたり角度が浅すぎたりすれば、合体せずに飛散する。太陽の重力のみを受けてすべての微惑星が円軌道を回っていれば、お互いの相対速度は小さいが、異なる楕円軌道の微惑星同士では相対速度は大きくなりうる。木星は非常に巨大な惑星となったので、その周りの惑星は太陽からの重力のみでなく木星からの重力の影響を強く受けて軌道が変化しやすくなり、お互いの相対速度を増すことになって、衝突の際に合体しにくくなった。その結果、小惑星帯には大きく成長し得なかった微惑星のなごりや、成長した後壊れてしまったものがいびつな形の岩石として存在していると考えられ、火星が小さいのも同様に木星の重力の影響の結果だと考えることができる。
 

2 - 3. 太陽系生成論の問題点と物質科学からの視点

ではそのような簡単なモデルが前節で述べたような現在の太陽系の姿をいかに説明できるかを調べてみよう。微惑星の合体成長の速さは、各惑星軌道での公転運動の速さに比例するので、水星・金星・地球・火星といった地球型惑星系では比較的早く、木星・土星などの外惑星では遅くなる。ところが、木星のようなガス型の惑星は太陽系星雲に存在したガスを取り込んでおり、成長に時間がかかりすぎるとガスが散逸してしまってそれは不可能になる。ということは、地球型惑星軌道ではガスの散逸後に惑星が(ガスを捕まえるに足る重力を持つまで)成長を遂げ、木星型惑星軌道ではガスの散逸前にすでに惑星は大きく成長していなければならない。ガスの散逸が太陽に近い地球型惑星軌道で早く起こったと仮定するのはもっともだが、それでも木星型惑星の成長は遅すぎて話にならない。上記のように微惑星が等しい大きさで足並みを揃えて成長するのでなく、いくつかが突出して大きくなって他をことごとく吸収していくという暴走成長モデルに基づけば成長に要する時間は短縮されるが、それでも木星型惑星の成長が地球型惑星よりも遅いことには変わらない。

一つの回答としては、木星軌道には意外と多くの材料物質が存在していて、ガスを捕獲できるだけの大きさに成長するのが意外と早かったという可能性がある。例えば、木星軌道ぐらいまで遠くなれば、たとえ太陽活動が活発であったとしても、水が氷として存在できる距離であると思われる。また、その他の低温物質(アンモニアの氷や含水鉱物)もより豊富に存在しうるはずである。一般にそのような物質は強度が小さいので、衝突の際にお互いに合体しやすく、それゆえに惑星成長が早く進んだという可能性である。

標準的な太陽系生成論のもう一つの問題は、隕石からの証拠との兼ね合いにある。隕石の 90 % 以上を占めるコンドライトは、その中にミリメートルのオーダーの大きさのコンドリュールという球状の物質を多く含んでいる。コンドリュールは高温で瞬間的に融けてできたものであり、その周りを埋めるマトリックスとは熱的歴史が違って、両者は機械的に混合合体されたように見える。特に炭素質コンドライトの一部には高温では壊れてしまう物質が多く含まれている。太陽系星雲が静かに固まっていったのではそのようなコンドライトを大量に作る事は不可能で、例えば、他の太陽系で観測されたような双極分子流のように、物質が太陽近くにまで落ちて熱せられた後に、低温の遠くまでまた飛ばされるような仕組みを考えねばならない。

また、そのような機構は、塵が静電力によってミリメートルオーダーまで成長する段階と、隕石のようなメートルサイズのものが微惑星となる過程との中間的の過程を説明しうる。センチメートル程度の物体は、静電力も重力も弱く、コンドライトのように柔らかいマトリックスがクッションのようになって合体するのが理想的に思われる。コンドリュールが小惑星帯のみでなく、より遠くまで飛ばされたとすると、前述の木星軌道付近での惑星成長速度を早くするのにも貢献しうる。

以上のような問題点は数え切れないほどあるだろうが、重要な点は、最近の物質科学的な研究によって太陽系生成論に対する制約が一層厳しくなってきた事である。コンピューターの進歩によってより複雑なシミュレーションが年々できるようになってくるので、いずれは微惑星のパラメーターとして力学特性のみならず化学・鉱物特性も入れてシミュレーションをできる時が来るであろう。そうなれば当然、衝突によって物質が揮発したりするわけであるから、塵とガスの化学的相互作用も考慮する事になろう。ずっと以前に竹内均先生などがおっしゃていた化学的太陽系生成論である。
 

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CATEGORY: 次世代太陽系探査

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