The Planetary Society of Japan

次世代太陽系探査

研究会「太陽系小天体への再挑戦」の開催報告

Updated : October 12, 2016 - はやぶさ2からポストはやぶさ2へ

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 22, No.1, 2013 掲載

吉川真(宇宙科学研究所), 中村良介(産業技術総合研究所),高橋典嗣(日本スペースガード協会)

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第22巻(2013)1号 - PDF ]
 

1. はじめに
 

図 1. 会場の様子.
 

小惑星探査機「はやぶさ」の人気がまだ冷めていない中,「はやぶさ2」が本格的に動き出した.イトカワサンプルの分析も進行している.また,すばる望遠鏡や赤外線天文衛星「あかり」での小天体観測も行われている.さらには,理論や実験によっても,太陽系小天体について新たな知見が得られている.このように,現在は,まさに太陽系小天体の科学が本格的になった時代と言ってよい.このような背景のもとで,「太陽系小天体への再挑戦」研究会が開催された.
 

 

この研究会は,始原天体研究会,「はやぶさ2」サイエンスチーム,日本スペースガード協会の3つのグループが合同して企画されたものである.まず,始原天体研究会(代表:中村良介)であるが,この研究会は,1998年から「レオニード流星群観測小研究会」として,そして2004年からは始原天体研究会として開催されてきたものである.2000年前後のしし座流星群の時,アマチュアとプロとで情報交換しながら観測しようという趣旨で毎年1回か2回開催されていた.しし座流星群の後もプロアマの両方が参加する太陽系小天体についての研究会として継続されてきた.二つ目の「はやぶさ2」サイエンスチームであるが,「はやぶさ」を引き継ぎ,より拡大・強化されたサイエンスチーム(プロジェクトサイエンティスト:渡邊誠一郎氏)である.もちろん,「はやぶさ2」が行うサイエンスについて,検討・機器開発・研究をするチームである.そして三番目がスペースガード協会(NPO法人,理事長:高橋典嗣)であるが,スペースガード協会では,2008年から毎年「スペースガード研究会」というものを開催している.テーマはスペースガード(天体の地球衝突)であるが,毎回,関連する分野の研究者とジョイントして開催してきた.これまで,「天体力学N体力学」,「1m級型望遠鏡による天体観測」,「スペースデブリ」,「時間変動観測」というテーマで関係する研究グループと共催しており,今回が第5回目となる.今回の研究会の取りまとめは日本スペースガード協会が行った.

以上のような背景のもとで,2012年11月25日に,宇宙航空研究開発機構(JAXA)の相模原キャンパスにて開催された.プロアマ合わせて約70名の参加者があり,非常に盛会となった(画像1)
 

2. 講演内容

研究会のプログラムを表1 に示す.合計23 件の研究発表を5つのセッションに分けて行った.ここでは,各講演について簡単に紹介する.

表 1 : 「太陽系小天体への再挑戦」研究会プログラム

はじめに
第5回スペースガード研究会(「太陽系小天体への再挑戦」研究会)の開催について - 吉川真
セッション 1 【流星・小惑星】
同時多点観測による微光流星の軌道分布調査 - 藤井大地・松本桂
小惑星Itokawa の宇宙風化と重力地形の関係 - 阿部新助・Hayabusa/NIRS,LIDAR チーム
高軌道傾斜角を持つメインベルト小惑星の可視光分光観測 - 岩井彩・伊藤洋一・寺居剛
(624 )Hektor の詳細な測光観測結果 - 浜野和弘巳
太陽系におけるトロヤ群天体の軌道安定性について - Patryk Sofia Lykawka・Jonathan Horner・Thomas Mueller
仮想小惑星の太陽風環境下における帯電状態に関する数値解析 - 金正浩・八田真児
日本人による多重小惑星の発見 - 佐藤勲
太陽系小天体名の発音調査 - 佐藤勲
セッション 2 【はやぶさ2・1999JU3】
「 はやぶさ2」プロジェクトの現状 - 吉川真・渡邊誠一郎・國中均・「はやぶさ2」プロジェクトチーム
162173 ) 1999 JU3 の国際キャンペーン測光観測 - 黒田大介・石黒正晃・長谷川直・はやぶさ2地上観測グループ
1999 JU3 の分光観測と「はやぶさ2」分光観測への展望 - 杉田精司・黒田大介・亀田真吾・長谷川直・鎌田俊一・廣井孝弘・安部正真・石黒正晃・遠徳尚・吉川真
小惑星1999 JU3 関連流星群の調査 - 上田昌良
セッション 3 【サーベイ】
すばる望遠鏡次世代広視野撮像装置Hyper Suprime-Cam による太陽系小天体サーベイ - 寺居剛・吉田二美・HSC サーベイ太陽系グループ
あかり指向観測モード IRC スロースキャンによる小惑星の観測 - 長谷川直・臼井文彦・黒田大介・瀧田怜・Thomas G. Mueller
多様なカタログデータから見えてくる小惑星帯の姿 - 臼井文彦・長谷川直・春日敏測・石黒正晃・黒田大介・大坪貴文
地球近傍ダストの起源 - 石黒正晃・Hongu Yang・Yoonyoung Kim・臼井文彦・上野宗孝・向井正
セッション 4 【スペースガードセンター】
スペースガード研究センターの紹介 - 高橋典嗣・吉川真
美星スペースガードセンターにおけるスペースデブリ観測 - 西山広太
TDI モードの応用による人工衛星/ スペースデブリの光度短周期時間変動観測 II - 奥村真一郎・浦川聖太郞・西山広太・坂本 強・浅見敦夫・橋本就安・高橋典嗣・吉川真
富士山山頂での観測可能性の調査 - 坂本強・浦川聖太郎・吉川真
Sub-km サイズ地球近傍小惑星2011 XA3 の高速自転 - 浦川聖太郎・阿部新助・大塚勝仁
セッション 5 【将来ミッション】
来る10 年+小天体関連の各ミッション提案の概要 - 中村良介
太陽系小天体探査プログラムワーキンググループ準備チームの今後の活動 - 吉川真
全体討論

 

2 - 1. セッション 1

セッション 1 では,流星や小惑星ついて多様な話題の発表があった.まず,流星については,4台のビデオカメラによる多点同時観測により数千個の同時観測に成功している研究が報告された(藤井・松本).中には,「はやぶさ2」の探査天体である 1999 JU3 に似た軌道の流星も観測されている.

小惑星についてでは,「はやぶさ」のデータを用いてイトカワの宇宙風化について調べた報告(阿部)によると,宇宙風化と重力傾斜やクレーター地形との間には顕著な相関があるということである.

望遠鏡による観測では,高軌道傾斜角を持つメインベルト小惑星の可視光分光観測(岩井・伊藤・寺居)と(624)Hektorの詳細な測光観測(浜野和)の発表があった.軌道傾斜角が大きい(10 度以上)では,小さいものよりも D 型小惑星の割合が大きいことが報告された.また,(624)Hektor は D 型の木星トロヤ群小惑星であるが,長期にわたるライトカーブ観測や多色測光観測が行われ,自転や形状等についての詳細なデータが報告された.

理論的計算では,トロヤ群天体の軌道安定性についての報告(Lykawka・Horner・Mueller)があった.太陽系形成時の微惑星が木星型惑星のトロヤ群天体としてどのくらい存在できるのかを数値的に調べた結果,40 億年間存在できた割合は木星で 25%,海王星で 1 .5% であり,土星と天王星では 0% であった.

小天体の研究会としてはユニークな発表として,太陽風による小惑星の帯電についての報告(金・八田)があった.宇宙機帯電解析ツールを小惑星に適用して,小惑星の昼間側と夜側についての帯電状況が推定された.また,多重小惑星についてはまだ日本人による発見はないが,掩蔽やライトカーブの観測で衛星の存在が確実視されている小惑星の紹介(佐藤)があった.さらに,太陽系小天体についての発音の調査とその日本語表記についての詳細な報告(佐藤)もあった.
 

2 - 2. セッション 2

セッション 2 は「はやぶさ2」についてのセッションである.まず「はやぶさ2」プロジェクトの概要と現状の紹介(吉川・渡邊・國中・他)があった.「はやぶさ2」プロジェクトは現在,フライトモデルの製作中で,2014年度冬期の打ち上げを目指して進行中ということである.

最近の大きな進展として,「はやぶさ2」の探査対象天体である小惑星 1999 JU3 の観測結果についての報告が2件続いた.最初に測光観測についての国際キャンペーンの結果の報告(黒田・石黒・長谷川・他)があり,12 の天文台で得られたライトカーブのデータを解析することで,絶対等級,G パラメータ,アルベドなどの値を正確に決めた他,自転に関する解析状況についての報告があった.

次に可視光分光観測の結果についての報告(杉田・黒田・亀田・他)があった.1999 JU3 は C 型小惑星であることは分かっているが,その精密なスペクトルデータが得られると,探査のための事前検討に非常に有効である.ここでは,GEMINI-S 望遠鏡による可視光分光観測データより,この小惑星が比較的高温で加熱脱水を経験した CM2 隕石に似た物質で覆われている可能性が高いことが報告された.

小惑星 1999 JU3 に関連した流星群についての調査(上田)も行われた.2008 年から2011 年までの観測では,この小惑星に由来した流星群は観測されなかったということである.
 

2 - 3. セッション 3

セッション 3 では,小惑星のサーベイとダストについての研究が報告された.まず,すばる望遠鏡の次世代広視野撮像装置 Hyper Suprime-Cam(HSC)による太陽系小天体サーベイについての報告(寺居・吉田・他)があった.HSC は約 1.8 平方度を一度に撮影できるカメラであり,これを用いて近地球天体,メインベルト,トロヤ群,外縁天体,彗星など様々な太陽系小天体についての観測提案が紹介された.

一方,スペースからの観測として赤外線天文衛星「あかり」の小惑星観測(長谷川・臼井・黒田・他)がある.「あかり」の近中間赤外線カメラ IRC を用いて 88 個の小惑星についてアルベドと直径が計測された.このうち 25 個は,初めて計測されたものである.

このように観測データが増えてくると,天体のカタログも充実してくる.多様なカタログから小惑星帯を調べた報告(臼井・長谷川・春日・他)がなされた.現在,赤外線サーベイ衛星による小惑星カタログは,IRAS,「あかり」,WISE の 3 つがある.これらのデータと軌道・等級・スペクトル型などのデータとを合わせてみると,小惑星帯の多様性が見えてくる.

別の話題になるが,地球近傍ダストの起源についての報告(石黒・Yang・Kim・他)があった.一般にダストの起源は小惑星か彗星であると言われているが,黄道光や対日照の観測によりその起源を調べようという試みである.ハワイ・マウナケアでの観測の結果,ダストの光学特性は低アルベド小惑星や彗星核と矛盾しない結果になった.
 

2 - 4. セッション 4

セッション 4 は,日本スペースガード協会での研究の発表である.まず,日本スペースガード協会のスペースガード研究センターの紹介(高橋・吉川)があった.日本スペースガード協会では,天体の地球衝突や宇宙環境問題に取り組んでおり,小惑星やスペースデブリの観測を行っている.

まず,美星スペースガードセンターにおけるスペースデブリ観測についての紹介(西山)があった.スペースデブリは,通常の天体観測とは異なって,移動速度が一般的に非常に速いという特徴がある.そのような天体を観測するためのシステムやデータ処理についての報告があった.さらに,スペースデブリの光度の短周期時間変動の観測についての報告(奥村・浦川・西山・他)があった.スペースデブリの回収を行おうとする場合,その物体の回転情報を得ておくことが重要である.言わばスペースデブリのライトカーブの取得のために TDI (Time Delay Integration)という手法を用い,数十秒で明るさが変化していく様子が観測された.

全く別の可能性の検討として,富士山山頂での観測可能性の調査報告(坂本・浦川・吉川)があった.標高が 3700 m を超える富士山頂は,赤外線や紫外線による観測にとっては条件がよくなる.気象条件や晴天率などを確認するために,富士山山頂にスカイモニターを設置して調査を行ったところ,2012年夏の調査で約53%の晴天率であった.

最後に,地球近傍小惑星 2011 XA3 の自転についての観測報告(浦川・阿部・大塚)があった.この小惑星はサブ km サイズの地球接近小惑星であるが,ライトカーブと多バンド測光観測の結果,自転周期が約 44 分,タイプは C 型ないしV型であり,大きさは 170.250 m と推定された.高速自転小惑星としてはこのサイズは 2 番目に大きいものである.
 

2 - 5. セッション 5

最後のセッション 5 では,今後の宇宙ミッションの提案についての議論が行われた.日本惑星科学会で議論されている「来る10年」の検討における小天体関連ミッションの報告(中村)と JAXA の太陽系小天体探査プログラムワーキンググループ準備シーム(WGT)での検討の報告(吉川)がなされた.「来る10年」の検討では,エンセラダス探査,トロヤ群探査,枯渇彗星核探査,イトカワ再訪,フェイトン探査などが検討されているという報告があった.一方,小天体 WGT では,これまでは枯渇彗星核である Wilson-Harrington のサンプルリターンが検討されていたが,状況の変化を受けて,トロヤ群探査(サンプルリターンを含む)の検討を開始したとの報告があった.
 

3. まとめ

以上のように,たった1日の研究会にしては,非常に盛りだくさんの内容で,かつ,活発な議論が行われた研究会であった.研究会の後,参加者の一部が集まってさらに懇親会も行ったが,2日間くらいかけてよりじっくりと議論をしたかったというような感想も聞かれた.このように,太陽系小天体についての研究は急速に広がりを見せている.研究会のタイトルは「太陽系小天体への再挑戦」であるが,多数の「更なる挑戦」が今後も期待できそうである.今回の研究会が,プロとアマチュアの観測活動をさらに刺激して,探査や理論的研究などと相乗効果をもたらすことに少しでも役に立ったのなら幸いである.

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

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