The Planetary Society of Japan

次世代太陽系探査

はやぶさ2:経緯と計画概要

Updated : October 12, 2016 - はやぶさ2からポストはやぶさ2へ

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 19, No.1, 2010 掲載

高木靖彦1,平田成2,橘省吾3,中村良介4,吉川真5,はやぶさ2プリプロジェクトチーム.
1. 愛知東邦大学, 2. 会津大学, 3. 東京大学, 4. 産業技術総合研究所, 5. 宇宙航空研究開発機構.

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第19巻(2010)1号 - PDF ]
 

要旨

「はやぶさ」に続く小惑星探査計画「はやぶさ2」が最初に提案されてからの約 4 年間の経緯と,計画の概要をまとめた.その中で,ミッションの目標と,それに基づき選定された搭載機器の仕様についても簡単に述べる.
 

1. 「はやぶさ」から「はやぶさ2」へ

2010年1月末現在,小惑星探査機「はやぶさ」は6月中ごろのサンプルカプセル地球帰還に向けて最後の電気推進エンジンの運用を行っているところであり,2003年5月の打上げ以来 7 年におよぶ旅が終わろうとしている.「はやぶさ」の挙げた数々の成果については様々な所で紹介されているので,改めてここで紹介をする必要はないと思う.その後,回収サンプルの分析が続くことになるが,1996年の開始以来 14 年( 1993年の WG 開始からは 17 年) に渡るプロジェクトも一つの区切りを迎えることになる.「はやぶさ」の成果を活かして次へと続けていくことが,今我々に求められていることである.

「はやぶさ」後継の探査機に関する議論は,公式なものとしては,「はやぶさ」打上げ翌年 2004年に JAXA 宇宙科学研究本部理学委員会の元に作られた「小天体探査 WG」において開始された.その初期の議論において重要であったのは,次はどのような天体へ行くかという点であった.「はやぶさ」が「行ける」天体へ行ったのに対して,次は「行きたい」天体へ行くという点では皆の合意が得られていたが,「はやぶさ」のターゲットが S 型小惑星であるイトカワであることから,小天体の進化・分化過程を詳しく理解するために分化天体 (例えば V 型小惑星) へ行くべきであるという意見と,太陽系初期の理解を深めるために,より始原的な小天体へ行くべきであるとの意見が出されていた.個々人の学問的興味の問題もあり,この議論を収束させるのは難しいものがあったが,C 型から D, P 型さらには CAT 天体というように,順番に始原的な天体への探査を進めていこうという意見が大勢になっていった.「はやぶさ」がイトカワに到着するころには,次は C 型という合意がほぼ得られるようになった.

2005年の後半,「はやぶさ」がイトカワに到着し遠隔探査や何回かの接近降下を行う中で,小天体探査に関する様々なノウハウを蓄積していった.また,大きな成果を挙げた一方,小型ローバの小惑星表面への降下や,完全な形でのサンプル採集機構の作動などいくつかの目標は達成できなかった.このようなノウハウが拡散してしまう前に,「はやぶさ」の同型機を用いて再度の探査を実行し,果たせなかった目標を達成しようという機運が2006年初頭にかけて急速に生まれてきた [1].国民世論の大きな盛り上がりもあり,WG を作って数年かけて提案していくという通常の手順とは異なる方法で提案をしていくこととなった.その後,一連の審査により「JAXA が早急に行うべきミッション」との判定を得て,2007年6月にはプリプロジェクトとなった.目標天体は,小天体探査 WG での議論を踏まえ C 型小惑星とすることとなり 1999 JU3 が選ばれた.しかし,既存の計画の間に後から入ることとなったため予算上の制約は大きく,その後の進捗は思うようには進まないこととなった.

一方,小天体探査 WG ではさらに進んだ形の始原天体探査の検討が進められていた.そこで,「はやぶさ」の同型機を速やかに打上げてC型小惑星の探査・サンプルリターンを行う「はやぶさ2」と,それに引続いて,大きく進歩させた機体・観測機器で D, P 型小惑星,あるいは CAT 天体を目指す「はやぶさ MkII」というシリーズの計画の枠組みが合意されていった.その頃ヨーロッパでは,2015-2025年の打上げを想定した Cosmic Vision と呼ばれる枠組みが開始され,その中で近地球小天体からのサンプルリターン計画が検討され始めていた.その検討に小天体探査 WG も積極的に参画をし,パリ天文台の M.A. Barucci さん,ニース天文台の P. Michel さんを中心としたヨーロッパの惑星科学者のグループが2007年に提案した近地球小天体サンプルリターン計画に JAXA がシニア・パートナー (ESA がジュニア・パートナー) として参加することとなった.ターゲット天体としては,大変に挑戦的ではあるが,CAT 天体である小惑星 4015 番 Wilson-Harrington (彗星としても 107P の番号が付いている)が当初は第一目標とされた.

計画の名前として,ヨーロッパ側から日本に馴染みのないエーゲ海の小島の名前が最初提案されていたが,日本の納税者にも分かりやすい名前としてマルコ・ポーロとなった.余談になるが,13世紀のマルコ・ポーロがヨーロッパ (ジェノバ) に帰還した後に口述筆記された旅行記は,日本では『東方見聞録』として有名であるが,原題は『世界の記述』 ("La Description du Monde") である.21世紀のマルコ・ポーロが持ち帰ったサンプルにより『新世界の記述』あるいは『太陽系の記述』を表そうという計画の名前としては,単にアジアとヨーロッパを結ぶものという以上のものがある秀逸な名前だと思われる.

小天体探査 WG の中では,「マルコ・ポーロ」=「はやぶさ MkII」であり,「はやぶさ2」に引続く計画として位置づけられていた.Cosmic Vision の第一次審査は通過したが,「はやぶさ2」が進捗をせず打上げ時期を当初の2010-11年から2014年以降に変更せざるを得なくなり,日本側で「はやぶさ2」と「マルコ・ポーロ」をほぼ同時に進行することが能力・人員等の面で難しい状況となった.また,ヨーロッパ側でも惑星科学者とESAのエンジニア等で異なる都合・思惑が様々に混在する中で進んでいたようである.特に帰還カプセルはヨーロッパ側が主体となって製作することになっていたが,14 km/sec の再突入速度に耐えるカプセルの開発を 2018年の打ち上げに間に合わせるのは不可能という事が明らかになった.その条件では,Wilson-Harrington はターゲットにはなりえず,可能性のあるターゲットが四つ挙げられたが,最有力は「はやぶさ2」と同じ 1999 JU3 ということになってしまった.「はやぶさ2」と同じターゲット天体へ行き同じような科学探査を行い,かつ経費の大半を日本側が持つ計画を進め続けるということは,「はやぶさ2」計画は撤回すると宣言するのに等しい状況である.

この場合,打上げ時期が数年延びることになるだけでなく,通るかどうかが不明な (必ずしも高いとは言いがたい) Cosmic Vision の審査に全てをかけることになってしまう.もし通らなければ,2004年の小天体WG発足以来続けてきた様々な努力は水泡に帰し,最初からやり直しになってしまう.約 10 年が虚しく過ぎただけとなる.このような状況のもと,日本側で検討に参加している者の総意として,マルコ・ポーロにシニア・パートナーとして JAXA が参加することからは撤退しようという決断を2009年の春に行なった.ただし,JAXA はジュニア・パートナーとしてシニア・パートナーの ESA に協力をし,数年にわたって築いてきたヨーロッパの研究者との協力関係は「はやぶさ2」においても崩さないよう努めることも決めた.ヨーロッパの研究者には,この決断を概ね了解してもらえたものと思っている.これらの決断に合わせて,停滞気味の「はやぶさ2」を推し進めるために,衝突機を加えることにより計画をより魅力的なものにする検討が始められた.その後,多くの研究者の参加を得て検討が精力的に進められ計画が作られてきた.

以下では,はやぶさ2プリプロジェクトチームがこの数ヶ月行ってきた,科学目標・搭載観測機器などの検討結果の一部を紹介する.
 

2. 科学目標と搭載機器

これまで隕石をはじめとする地球外物質の研究によって,原始太陽系での始源物質は無機鉱物,氷 (もしくは含水鉱物),有機物の集合体であるということが明らかになってきた.始源物質に含まれるこれらの無機鉱物,氷・鉱物中の水,有機物はそれぞれ,その後,地球となり,海をつくりだし,生命となった原材料物質といえる.しかも,最近の研究から,それらの物質が相互に化学反応を起こし,物理的に作用しあい,構造をつくっていることがわかってきた.すなわち,生命,海,地球の原材料物質は太陽系最初期にはお互いに密接な関係を持ち,また,それらの相互作用の結果として,生命や海,地球の材料物質となりえたということができる.

この相互作用を調べることを理学目標の中心におき、「はやぶさ2」計画全体としては,

1.C 型小惑星の探査により,小天体にある鉱物・水・有機物の相互作用を調べる.
2.小惑星の再集積過程・内部構造・地下物質の直接探査により,小惑星の形成過程を調べる.
3.「 はやぶさ」で試みた新しい技術について,ロバスト性,確実性,運用性を向上させ,技術として成熟させる.
4.衝突体を天体に衝突させる実証を行う.

の 4 点をミッション目標としている.この内,3 と 4 は工学目標であり,2 と 4 はミッションの拡張が行われ衝突機が加わったことに伴う目標である.

これらのミッション目標に基づき検討されている観測項目・装置などについて以下では紹介する.ただし,字数の関係もあるので概要にとどめる.詳細は,計画が進んだ段階で各担当者によって紹介されることと思う.

2 - 1. 科学観測機器

前述のミッション目標に基づき搭載科学観測機器の目標を

(a)宇宙風化・鉱物分布・粒系(熱慣性)の表面マップを作成し,もっとも科学的価値の高いサンプリング地点を選ぶための基礎情報を提供する (新鮮なサンプルの取得支援).
(b)詳細な地形観測および重力測定からラブルパイルかどうかを明らかにし,衝突によって形成されるクレーターおよび放出物の観測から,小惑星内部の構造/組成と再集積過程を調べる (内部構造と再集積過程の探査).

とおいた.この目標の基本部分は「はやぶさ」に搭載された観測機器で得られるのでそれを基本に置きながら,ターゲット天体の違いや,その後の小惑星研究の進展を考慮して,仕様の検討,機器の選定を行った.その結果,

・多バンド可視カメラ
・レーザー測距計( LIDAR)
・近赤外線分光器
・中間赤外線カメラ
・ローバとその搭載観測機器

をノミナル搭載科学観測機器とした.このうち,多バンド可視カメラとレーザー測距計は,「はやぶさ」と同様に航法機器としても使用するものである.
 

多バンド可視カメラは,光学系,受光器 (CCD) などは「はやぶさ」の AMICA とほぼ同様のものを想定している.したがって,空間分解能も同じ 0.1 mrad/pixel (高度 1 km で 10 cm) になる.一方,多色フィルターに関しては変更する予定である.AMICA では,地上望遠鏡での小惑星観測用に考えられた ECAS(eight-color asteroid survey) フィルターセットに準拠した帯域幅が 100 nm 程度ものを用いていた.「はやぶさ2」では,10 nm 程度の狭帯域のフィルターを用いることで,厳密な比色定量や過去の探査機 (例えば NEAR) による画像データとの比較などを可能にすることをめざしている.また,700 nm 付近に存在する含水鉱物による吸収帯に対応するバンドを使うことで,可視カメラによっても含水鉱物の分布を調べるようと考えている.

レーザー測距計は,「はやぶさ」の LIDAR の小規模改良版であり,「はやぶさ」での測距精度 5 m(高度 5 km)と同程度の精度を実現できると考えている.

近赤外線分光器は,「はやぶさ」で搭載していた波長 0.8 ~ 2.1 μm の表面反射スペクトルを観測していたものとは異なり,波長 1.7 ~ 3.4 μm のスペクトルを観測する仕様のものである.この波長を観測することにより,水(OH 基/ H2O 分子)に起因する吸収の分布から小惑星の水質変成過程,また表面温度の分布と時間変化から熱物性の情報を得ることをめざす.波長 1.7 ~ 3.4 μm での測定を実現するため,「はやぶさ」の近赤外線分光器で用いていた InGaAs のリニアダイオードアレイに代えて,InAs のリニアアレイを検出器に用いることを検討している.この波長域では HgCdTe 検出器を用いることが多いが,水銀やカドミウムを用いるため国産されていない問題があった.そこで,最近国内でも開発が進められている InAs を用いることにした.スターリングエンジンのような冷凍機を用いずとも電子冷却でも使えることも InAs メリットである.しかし,3 μm 位の波長になると装置そのものからの熱輻射が無視できず,どのようにして装置からの熱輻射を検出器に入れないか,あるいは装置そのものを冷やすかといった方策を鋭意検討しているところである.

中間赤外線カメラは,この夏打上げられる金星探査機「あかつき」に LIR という名前で搭載される装置を「はやぶさ2」用にしたものであり,非冷却マイクロ・ボロメターを検出器に用いる.観測する波長は,近赤外線分光器よりも長い 8 ~ 12 μm である.この波長を観測することにより,最高到達温度,熱慣性のグローバルマッピング,サンプリング地点等の局所地域の詳細な温度・熱慣性測定などをめざす.近赤外線分光器で水(OH 基/ H2O 分子)に起因する吸収を測定するときに,小惑星表面からの熱輻射の量を正解に見積もり差引くのにも役立つ.

ローバは,「はやぶさ」に搭載した MINERVA 相当のものであり,小型カメラと外部温度計が科学観測機器として搭載される.オプションとして,MEMS 振動センサも考えられている.

以上のノミナル搭載科学観測機器の他に,様々な条件が整えば搭載するオプション機器として,

台目ローバとその搭載観測機器
レーダー
蛍光 X 線分光器
短波長側近赤外線分光器

が挙げられている.

「はやぶさ」に搭載されていた蛍光 X 線分光器は,太陽X線により励起された蛍光 X 線を観測する装置であり,「はやぶさ2」が小惑星に滞在する2018 ~ 19年は太陽フレアの発生確率が低いことが予測されるためマッピング観測等が困難と判断されオプションの扱いになっている.短波長側近赤外線分光器は,「はやぶさ」に搭載された近赤外線分光器の小規模改良版であり,波長 0.8 ~ 2.1 μm の小惑星表面反射スペクトルの観測を行う.鉱物組成,宇宙風化を調べるためには有用な装置であるが,前述の 1.7 ~ 3.4 μm の近赤外線分光器の優先度が科学的に高いと判断されオプションとなっている.レーダーは,周波数 600 MHz を中心とする LFM 信号により深さ数十 m までの内部構造を分解能 25 cm で調べようとするものであるが,過去に月や火星で行われたレーダー探査とは周波数や高度が違うために開発要素が多いと判断されている.

さらに,海外から機器搭載の意思表示が幾つかなされているが,これらは相手国において予算が確保できるか等不確定要因があるので,ここでは具体的な名前を挙げることは控える.
 

2 - 2. サンプリング装置

小惑星表面の資料を採集するサンプリング装置が最も重要な搭載科学機器であることは,「はやぶさ2」においても代わらない.数グラムの弾丸を 300 m/sec 程度の速度で小惑星表面に打ち込み,表面から飛び上がってくる物質をホーン型の収集装置でサンプルコンテナへ導くという原理や基本的デザインも「はやぶさ」の時から変更はない.ただし,衝突機により作られたクレーターの底からサンプル採集を可能にするようにホーンを長くするなどの変更は検討されている.打ち上げロケットのノーズフェアリングへ収納する時に収まらなければならないという条件がホーンの長さに対する一番の制限であったので,打上げロケットが「はやぶさ」の時の M-V から変更されることにより制限が緩和され検討が可能になっている.

また,弾丸により砕かれた小さなサンプルだけでなく,ある程度の大きさのサンプルを収集するために,シリコン粘着材による粘着式サンプル採集機構を追加することの検討も行われている.サンプルが付着した採集機構部は,従来型のホーンの横に付けられたガイドによりカプセルに収納される方法などが考えられている.ある程度の大きさのサンプルが回収されれば,そこから得られる科学的知見は大きく増えるとともに質も上がると期待される.

それ以外にも,カプセルの地球大気への再突入・着地時における地球物質によるコンタミの危険性を下げるため,カプセルのシール材の変更なども検討されている.これらの点は,「はやぶさ」のカプセル帰還後に行われるレビューの結果も踏まえて,さらに検討が進むはずである.

これらの改良を加えたサンプリング装置により,数十 μm ~ μm サイズで総重量 1 g 以上のサンプルを採集することが可能と考えている.そのサンプルを分析することにより,鉱物-水-有機物の相互作用を調べることになる.
 

2 - 3. 衝突機

衝突機は,2009年春にミッション・スコープの拡張が行われた時に追加されたものであるが,ミッション目標の「再集積過程・内部構造・地下物質の直接探査」の部分に関わる重要な装置である.
 

図 2. 小惑星滞在中の幾何学的諸条件 [9]
 

最初は,電源系・通信系・軌道姿勢制御系を持った独立した宇宙機が着陸帰還機と同時に打上げられ独自の太陽周回軌道を巡った後に小惑星に衝突する案が検討されていた.この場合,衝突機の重量は約 300 kg,衝突速度は 3100 m/sec となり,大きな衝突エネルギー得られる.しかし,(a)現状の検討では,小惑星半球のどこかには衝突する程度の衝突精度しか得られないと判断される.小惑星を外してしまう危険性も僅かではあるが有る.(b)衝突時期は太陽周回軌道によって決まる2019年8月に固定されてしまう.着陸帰還機が小惑星を離脱するまで約 4 ヶ月の観測期間があるが,北極域しか観測できない期間が多くを占めており (後述,図 2),南半球に衝突した場合にはほとんど観測できない可能性がある.(c)独立した衝突機であるために様々な部品材料による表面サンプルへの汚染が避けられない.特に,推進剤 (ヒドラジン) 残薬による汚染は,有機物関連の分析には大きな影響が出ることが心配される,という欠点があった.
 

 

図 1. EFPの仕組み (Wikipediaから)
 

そこで,着陸帰還機に衝突機(衝突装置)を搭載していき,小惑星近傍で発射させる代案が出された.発射機構として EFP (Explosively formed projectile [penetrator]) が検討されることとなった.EFP は,爆薬の爆轟により加速されたプレートが短時間のうちに弾丸状に変形しながら飛翔していくという非常に簡単な構造 (図 1) でありながら,2000 m/sec くらいの速度で衝突体を発射させることができる装置である.

発射される衝突体そのものの質量は,着陸帰還機に搭載可能な衝突機の重量から,姿勢制御系・着火系・構体 (爆薬ケース),爆薬などの重量を差引いたものとなる.現状の検討においては,約 2 kgと算定されている.したがって,独立した宇宙機が衝突する場合に比較して 2 桁以上エネルギーが落ちることになる.しかし,このエネルギーでも 2 メートル程度の衝突クレーターが作られ,宇宙風化に晒されていない内部物質の観測,新鮮な表面からのサンプリングができる可能性があると考えられている.さらに,衝突で発生する振動により小惑星表面に何らかの地形変動が生じ内部構造を推定するための手がかりが得られると推定されている.

この EFP に簡単な姿勢制御装置などが付いた小型の衝突機が,小惑星から 400 メートルの距離で着陸帰還機から分離され,200 メートル程度まで近づいた時に爆薬に着火され衝突体が発射される.小型衝突機そのものは,爆薬の燃焼により爆薬のケースなど共に破壊され,破片が四方に飛散する.したがって,着陸帰還機は,爆薬に着火する前に小惑星の陰に退避するような運用が必要になる.衝突の瞬間あるいは直後のクレーターや放出物の観測を着陸帰還機から行うことが不可能な点がEFPの欠点ではある.しかし,ある程度の範囲での誤差はあるが任意の場所に任意の時間に衝突させることができる利点がある.また,爆薬の燃焼が小惑星表面から数十メートルのところで起こることから,表面資料には汚染がほとんど起こらないことも実験により確認されている.

このように,独立型衝突機の(a)~(c)の欠点に対する科学的・技術的優位性を持っていることから,EFP を用いた搭載型衝突機を採用するこことなった.もちろん,現在の厳しい日本の財政事情,今般の世界的な経済状況の中で立案され,納税者の巨額のお金を使って実行されるプロジェクトにおいて,経費の点も大きく考慮されたことは当然である.
 

3. ターゲット天体

これらの機器を用いて探査するターゲット天体は,1999年5月10日にイトカワと同じ LINEAR により発見された小惑星 162173 番 1999 JU3 である.主な軌道要素を表 1 にまとめた.同じアポロ型近地球小惑星ではあるが,イトカワよりは小さな (約 2/3) 離心率と,大きな( 約 3.7 倍) 軌道傾斜角を持っている.結果として,地球出発時の ΔV,航行中のイオンエンジンによる加速,帰還時の突入速度とも「はやぶさ」の場合と同程度となり,ほぼ同型の探査機での往復探査が可能となる.
 

表 1 : C 型小惑星 162173「1999 JU3」と、イトカワの軌道要素.

  (162173)1999 JU3 (25143 )Itokawa
軌道長半径(AU) 1.190 1.324
離心率 0.190 0.280
遠日点(AU) 1.416 1.695
近日点(AU) 0.963 0.953
軌道傾斜角(度) 5.883 1.622
公転周期(年) 1.30 1.52
絶対等級 18.82 19.2
反射率 0.063 ± 0.006 ...
直径(km) 922 ± 48 535 × 2 94 × 2 09
自転周期(時間) 7.6272 12.132
自転軸方向(黄経,黄緯) 33 1°, + 20° 128.5°, - 89.66°
スペクトル型 Cg S

 

1999 JU3 は発見以来 10 年間に 3 回の衝があり,特に2008年2月には 0.164 AU まで接近した.これらの機会に世界中の望遠鏡や地球周回赤外線探査機 (あかり,Spitzer) による数多くの観測が行われ,様々な物理量がわかった [2, 3 ].

表面反射スペクトルに関しては,発見直後に可視領域での観測が行われて,目だった吸収帯の無い平坦な C 型の特徴を示した [4]( 本号・川上他の図 8).しかし,2007年7月の観測においては,鉄含有フィロシリケイトと関連付けられる 0.7 μm の吸収帯が観測されている [5].また,同年9月の観測では 0.6 μm に浅い吸収帯が観測されている.これらの事から,この小惑星表面には 2 つの地質区分があるのではないかと示唆されている [5].

大きさと反射率に関しては,「あかり」による中間赤外の観測から直径が 0.92 ± 0.12 km,反射率が 0.063 と得られた [6].直径はイトカワよりも一回り大きく,反射率は C 型小惑星の典型的な値である.Spitzer の観測からは熱慣性がかなり大きいという結論も得られている [7] .

自転状態に関しては,2007年初夏から2008年春にかけての観測キャンペーン以前は自転周期すら不明であったが,キャンペーンによる多数の光度観測の結果から 0.3178 ± 0.0003 日 (7.627 ± 0.007 時間) という周期が求められた [2].イトカワの 12.132 時間よりはかなり短いが,fast rotator と呼ばれるもの程は短くなく,着陸サンプル採集が可能である.この小惑星は,前述のように Marco Polo の探査対象の最有力候補になっており,2009年末に次の New Frontiers の最終候補 3 つの内の 1 つに選定された OSIRIS-REx (Origins Spectral Interpretation Resource Identification Security Regolith Explorer) の想定する探査対象の一つでもある.往復しやすい軌道だけでなく,自転周期がサンプリングに十分な長さであることも,この小惑星が選定される理由である.

2007年初夏から2008年春は 1 年近くにかけて広い位相角・方向から観測できる好機であったため,光度曲線の位相のずれ,振幅の変化から自転軸の向きも決められた.ここで重要な結果は,自転軸の向きの黄緯が +20° という点である.すなわち,ほぼ横倒しになっている.南北どちらかの極が日照になり,極近傍しか観測できない期間が数ヶ月は続くということであり,ミッション・シナリオを考える上では大変重要な情報である.また,光度曲線の振幅が小さいことからイトカワのような極端な形状をしていないことが推定される.さらに,光度曲線から逆問題解法により形状,自転周期,自転軸方向などを決める Kaasalainen の方法により,球形に近い形状も求められた [3] (本号・川上他の図 4)

以上の様々なデータをもとにまとめた物理量を表 1 の後半に示した.次の2012年5月と2016年7月の衝は条件が良くなく,最接近距離が 0.3 ~ 0.4 AU である.その次の衝( 内合) では 0.064 AU 程度まで接近するが,それは2020年末のカプセルが地球に帰ってくる時 (後述) である.したがって,ミッション・シナリオは表 1 にまとめられた現在までにわかっている値に基づいて検討していくことになる.
 

4. ミッション・シナリオ

火星探査の場合は,規則正しくほぼ 2 年 2 ヶ月ごとに打上げ機会が訪れるが,1999 JU3 のような近地球小天体の場合は離心率が大きいために,単純に会合周期のみで打上げ好機を決められない.加えて,「はやぶさ2」の場合はサンプルを持って帰還するための軌道が制約条件となり,小惑星近傍での滞在時間が十分にとれるかも考慮する必要がある.あるいは,観測期間中の地球-小惑星-太陽の位置関係も探査機のアンテナ配置などから制約となる.イオンエンジンで加速しなければならない速度量,運転時間もミッションを成功させるためには重要である.このような複雑な諸条件を全て勘案・最適化して打上げ時期,ミッション・シナリオの検討が進められた.

検討結果から2010-11年打上げが当初は想定されていたが,前述の通り予算的制約で不可能になり,次の機会である2015年末に地球を出発する案に現在はなっている.ただし,打上げから直接惑星間軌道へ投入するのではなく,「はやぶさ」と同じように EDVEGA( 地球-ΔV-地球フライバイ重力加速) という手法をとり速度を補うことを想定している.すなわち,2014年7月に打上げられた後約 1 年半は地球と並走する太陽周回軌道を航行し,2015年12月に地球をスイングバイし重力により加速し 1999 JU3 へ向かう.打上げを2014年12月に行い,地球スイングバイまでの期間を 1 年にする案がバックアップとなっている.この場合でも,多少条件は悪くなるがミッションは成立する.いずれの場合も小惑星到着は2018年6月,小惑星出発が2019年12月,カプセルの地球帰還が2020年12月となる(表 2).打上げからカプセル帰還までは,「はやぶさ」の当初計画の 4 年より永い 6 年~ 6 年 5 ヶ月となる.
 

表 2 : 打ち上げから地球帰還まで.

2014/07 打上げ (注:2013年時点ではこのウィンドウは無い)
2014/12 打上げ(バックアップ)(注:現在の公式発表である打ち上げ予定)
2015/12 地球swing-by
2018/06 小惑星到着
2019/12 小惑星出発
2020/12 カプセル地球帰還

 

((注)は、編集過程で挿入しました)
 

このシナリオで「はやぶさ」と大きく異なる点は,小惑星滞在期間が1年半に及ぶことである.地球と小惑星の位置関係の制約から決まったことではあるが,探査機の運用や科学観測の側面からは好ましいことである.この期間に,全球観測,ローバ/ランダの放出・その着陸の確認・観測データの収集,2 回以上の着地とサンプル採取,そのためのリハーサル,衝突機の放出と発射・衝突,その後の観測と様々なことを行わなければならない.この位の時間があれば多少余裕を持った運用ができるものと思われる.「はやぶさ」の 2 ヶ月半というのは,正直厳しいものがあった.

他方,1999 JU3 の公転周期が 1.3 年であり,前述のように自転軸が横倒しになっていることを十分に考慮した観測シナリオを準備しておく必要がある.小惑星滞在中の日心距離,探査機が地球-小惑星の線上にいた場合の位相角,探査機直下の小惑星緯度の変化を図 2 に示す [8].小惑星到着直後は北極域しか観測できず,かつ日心距離が小さく表面温度が高いので,波長 3 μm 帯での反射スペクトル観測による含水鉱物のマッピングには適しておらず,表面温度が低くなり全球観測ができる2018年11月ころが適当な時期である [8]といったことがわかる.ただし,その直後に太陽が地球と小惑星の間に入り,数週間は地球との通信ができない時期になること等も考慮しなければならない.さらに詳細な観測シナリオは今後詰めていくことになる.
 

5. おわりに

日本の現状においては,探査機は打上げられるまでに最低でも 5 年程度の年月が掛かってしまう.惑星探査機は,打上げられたら直ぐに観測できる天文衛星や地球観測衛星とは異なり,ターゲット天体に到達するまでの時間も必要になる.「はやぶさ2」のような近地球小天体への往復探査になれば,ホーマン軌道により半年くらいで到着する金星や火星探査機と比較しても数年は長く待たなければ結果が出ないことになる.昨今のように直ぐに成果が求められる状況においては,このようなプロジェクトに参加することには大きな躊躇いが生じることは当然である.しかし,最終的な探査結果が得られる以前の段階においても,検討・製作・試験,あるいは検討に必要な基礎実験から多くの成果は生まれていて,論文も書かれている.あるいは,検討に参加する中から自分の研究へのヒントが得られる場合もある.

往々にして手段と目的のすり替えが起こってしまう事が,この手のプロジェクトに付きまとう問題ではあるが,言うまでもなく探査は科学的真理を探究する手段の一つであって目的ではない.その点さえ間違えなければどのような時期にどのような形で参加するにしても,プロジェクトに参加することにより各自の研究に得られるものはあるはずである.気軽にとは言いがたいところはあるけれど,ぜひ気軽に参加してもらいたい.
 

謝辞

本稿は,はやぶさ2プリプロジェクトチームの検討結果を基にまとめたものですが,本稿に直接インプットのあった者のみを共著者にしています.小天体探査 WG (現在の太陽系小天体探査プログラム WG),および,はやぶさ2プリプロジェクトチームに参加され検討に加わった JAXA 内外 100 名以上のメンバーに感謝します.特に本稿内容に直接関係する部分の検討をされた北里宏平さん(会津大),矢野創さん,中澤暁さん,佐伯孝尚さん,照井冬人さん,津田雄一さん,南野浩之さん,岡本千里さん(以上 JAXA)に感謝します.また,小天体探査 WG の初代主査で初期の重要な議論を取りまとめられた藤原顯さんに敬意をあらわします.
 

参考文献

[1] 藤原顕ほか, 2006, 第6回宇宙科学シンポジウム講演集録, 1-08
[2] Abe, M. et al., 2008, Lunar Planet. Sci. XXXIX, Abstract #1594
[3] 川上恭子ほか, 2008, 日本惑星科学会秋季講演会,P118
[4] Binzel, R. P. et al., 2001, Icarus 151, 139-149
[5] Vilas, F., 2008, Astron. J. 135, 1101-1105
[6] Hasegawa, S. et al., 2008, PASJ 60, S399-S405
[7] Campins, H. et al., 2009, Astron. Astrophys 503, L17-L20
[8] 北里宏平ほか, 2010, 第10回宇宙科学シンポジウム講演集録, P2-88

校正時点の追記:マルコポーロは,残念ながら2010年2月中旬の ESA による第2次選抜で Cosmic Vision のミッション候補としては選ばれませんでした.

http://sci.esa.int/science-e/www/object/index.cfm?fobjectid=46553

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

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