次世代太陽系探査
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東大新報 - 惑星科学のすすめ
Modified : January 09, 2017 - 太陽系惑星科学の勧め
『東大新報』1998 掲載
廣井孝弘
ブラウン大学 地球・環境・惑星科学科上席研究員
6 章. 日本の惑星科学の将来
6 - 1. 日本の惑星科学の研究のあり方
第1章でも述べたように、惑星科学の歴史はまだ若く、特に過去の 30 年間に飛躍的発展を遂げながら惑星科学という定義自体を形成してきたといえる。ところが、その間の日本の惑星科学の研究の多くはアメリカの NASA が取ってきた試料やデータをもらったり、その方針に追随するという側面が多大にあったことを認めねばならない。もちろんNASAの良いところはどんどん取り入れるべきだが、日本独自の研究が望まれるところである。近年においては、宇宙科学研究所や宇宙開発事業団を中心として様々な惑星ミッションが進行しており現在火星に飛んでいる「のぞみ」の他、月に地震計(ペネトレーター)を埋め込んで内部構造を探る PLANET-A 計画、月の表面および重力を詳細に調査する SELENE 計画、近地球小惑星から試料を取ってくる MUSES-C 計画、そして水星の電磁気圏および表面の観測といった日本独自の計画がどんどん進行している。それらはすばらしいものであるが、NASA が計画しているミッションの数と多様性に比べるとまだまだである。
日本のミッションが NASA のミッションと異なるところは、日本では研究所や政府が上から指示して計画を始めることがありがちなのち対し、NASA は研究費の申請のように一般の科学者から公募を募っていろいろなミッションのアイディアを出させ、それらを競争させて相互審査によって採択するという、下から上がるという方式であることである。惑星ミッションというものは長期的展望が必要なのですべて平面的競争というわけには行かないだろうが、政府の基本方針の枠内でなら研究者間に競争があればある程よい。そのような自由競争を阻害するような要素、例えば研究者の世界の派閥、衛星を作る特定の企業と政府との癒着、専門分野間の偏見といったものは、ミッションの成功に非常に大きな障害となる。日本の研究者達は大いにその点を肝に銘じるべきである。
ミッション以外の基礎研究については、以前に述べたように南極から大量に回収される隕石、最近回収が始まった宇宙塵、そして将来の小惑星や月からの試料を通して物質科学的な方向からの研究は絶えず続けられるべきである。しかしながら、それのみではミッションとの関わりは弱く、両者を結びつけるリモートセンシングの基礎理論と実践に力を入れるべきである。それも、地球用の資源衛星の多くのように空間解像度は高いが波長バンドは数えるほどしかない物でなく、空間方向も波長方向も解像度と数において多いものが惑星リモセンには要求される。それらは、鉱物学・岩石学・隕石学の裏付けられたリモセン理論によって解釈されるべきである。そのような分野の発展を日本の惑星科学界は非常に怠ってきたことを反省し、今からでも人材と設備において力を入れるべきである。
6 - 2. 日本の惑星科学の教育の未来
現在惑星科学者として活躍している研究者の多くは、「惑星科学科」のような学科ができる前に地球物理・地質・鉱物・天文・物理・応用数学・生物といった従来の学科で勉強してから大学院か就職してから惑星科学に入った者が多い。現在は学部時代から惑星科学専門の学科に入ることができ、大学院もそのまま上に行くことができる。それは一見良いようだが、心配すべきことも多い。
まずは、惑星科学科で教えること以外の上記のような既成の基礎科学を学ぶ機会が減っていることである。特に秀でた専門のない学生が惑星科学科なるものに多く出てきてしまうのは危険である。また、惑星科学が境界領域で自分自身の学科を持たなかった時代に多くの人材が他分野から流入したことで現在のレベルの惑星科学界ができたわけで、そのような分野間の交流を途絶えさせてはならない。
そして何より重要なのは、大学での授業および大学院での研究指導の内容は、世界中の惑星ミッションや観測といった最新のデータと解釈に基づいて、常に進歩していかねばならない。日本の惑星科学の学生も教官も、一般に地道な研究をしっかりしていてもその研究結果が持つ意味、惑星探査との関連、そしてどの様にその結果を発表すべきかという点において、アメリカの学生や教官に劣ることが多い。もちろんそのような教育を高校などのレベルまで下げていったら理想的である。NASA はそのような努力を怠らずに続けている。
学生が惑星科学に関して日本で学べることは、正直言ってアメリカで学べることよりも劣っている事が多い。さらに、大学院で博士号を取ってアメリカでポスドクなどをすれば、世界の惑星科学の最先端を経験できる可能性が高い。また、アメリカの研究者達と同等な立場でアメリカで研究職についていく日本人が増えれば、日米の惑星科学界の交流のための橋渡しとして貴重な存在となりうる。しかし、日本の学問界も政府もそれを本当には助けていない。日本育英会は、奨学金返還を免除される就職口を日本の研究機関のみに限っているし、大学院を出てから 5 年以内にそのような職につかずにアメリカなどで研究をしていたら、その後日本で教授とかになって20年とか勤めても、一切返還は免除されずに全額を返さねばならない。かく言う私も過去 6 年間も奨学金を返還しつづけており、ブラウン大学でもらえる一ヶ月の給料以上の額を毎年返さねばならない。日本で安住して大学に勤める同様な世代の研究者達は、私と比べて 2 倍ぐらいの年額の給料をもらっているのに奨学金は免除になっているのに、このような事態は日本育英会の恥とまで考えられかねない。そのような日本政府の矛盾した態度と日本の大学の閉鎖的人事を改善しなければ、惑星科学はおろか学問全体がいずれは困難を迎え、つけを払わされる時が来るであろう。
最後に、この連載を愛読してくださった方々に感謝いたします。様々な問題点もあからさまに書きましたが、現在の惑星科学者の皆さんも学生の皆さんも、日本の惑星科学の将来に希望を持って注目し、それに貢献していく人々が増えていくことを願っています。
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