次世代太陽系探査
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「始原天体・スペースガード研究会」開催報告
Updated : October 31, 2016 - スペースガード
日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 24, No.1, 2015 掲載
奥村真一郎1,高橋典嗣1,中村良介2,伊藤孝士3,吉川真4,渡部潤一3,柳沢俊史4,阿部新助5,布施哲治6.
1.日本スペースガード協会, 2.産業技術総合研究所, 3.国立天文台, 4.宇宙航空研究開発機構, 5.日本大学, 6.情報通信研究機構.
この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第24巻(2015)1号 - PDF ]
1. はじめに
チェリャビンスク隕石の落下以降,世界的に地球接近天体への対応や回避方法の検討が求められている.また,「はやぶさ」によるサンプルリターンの成功により太陽系小天体への関心も高まっている.このような背景のもと,「はやぶさ」「はやぶさ2」によって可能となるサイエンスを視野に入れながら,天体の地球衝突,いわゆる「スペースガード」の問題も含めて議論する場として始原天体研究会と日本スペースガード協会が合同で「はやぶさ2」打ち上げ直前となる昨年11月に標記の研究会を企画した.
日本スペースガード協会では2008年以降毎年,関連する分野の研究グループや関連するテーマの研究会と合同で「スペースガード研究会」と称する研究会を開催している.今回は 7 回目の開催になるが,「太陽系小天体への再挑戦」というタイトルが付いた 5 回目の研究会以来 2 年ぶり,2 回目となる始原天体研究会との合同開催である.
図 1. 研究会の様子.
本研究会は2014年11月06日,07日の 2 日間にわたり,国立天文台三鷹キャンパスの大セミナー室にて開催された(図 1).アマチュアの活動家も交えて国内外から 60 名の参加があり,講演数も口頭発表 27 件,ポスター発表 5 件(うち 2 件は口頭発表と同内容)の申し込みがあり,盛会となった.
2. 講演概要
今回の研究会ではサブタイトルを「アジア地域観測ネットワークの構築」と定め,地球接近天体の追跡観測態勢の強化を計るための観測ネットワーク構築を目指し,その第一歩となるような議論の場を設けることを一つの目的とした.国際セッションとしてアジア太平洋地域における小惑星観測ネットワークに関するセッションを設け,ネットワークの構築に先駆けてすでに参加を表明していただいているアジア各国の関連機関に講演をお願いした.旅費の補助ができなかったためネット経由での参加がほとんどであったが,タイからは 2 名がこの日の研究会のために来日された.
本研究会のもう一つの大きな目的はスペースガード観測の現状を把握し,次期スペースガード望遠鏡の構想を実現させるための議論を進めることである.そのためにスペースガード次期計画に関連したセッションを用意し,開発中・構想中の望遠鏡や観測装置に関する議論の場を設けた.その他のセッションとしては小惑星,流星など始原天体のサイエンスセッション,スペースデブリの観測に関するセッションが設けられた.表 1 に研究会のプログラムを示す.以下,各セッションにおける講演の内容を簡単に紹介する.
表 1 : 「 始原天体・スペースガード研究会」プログラム
■ はじめに
高橋典嗣(日本スペースガード協会)
■ セッション 1 <始原天体>
・「マルチインパクト仮説による小惑星帯と隕石の起源」種子彰(SEED SCIENCE Labo)
・「地球近傍小天体 2014 RC の観測キャンペーン」浦川聖太郎(日本スペースガード協会)
・「石垣島天文台 105 cm むりかぶし望遠鏡による太陽系始原天体の観測」花山秀和(国立天文台)
・「国際宇宙ステーションからの流星観測プロジェクト「メテオ」」荒井朋子(千葉工業大学)
・「地球三大災害における小惑星衝突による地球と生命体への影響研究」三浦保範(山口大他)
・「チェリャビンスク隕石シャワー等における炭素含有物生成」三浦保範(山口大他)
■ セッション 2 <スペースガード次期計画>
・「次期スペースガード望遠鏡の構想と動向」高橋典嗣(日本スペースガード協会)
・「小望遠鏡群を利用した地球接近天体早期発見システムの開発」柳沢俊史(JAXA)
・「岡山光赤外線 3.8 m 望遠鏡計画について」栗田光樹夫(京都大学)
・「木曽広視野 CMOS カメラ Tomoe による太陽系始原天体の探査」菊池勇輝(東京大学)
・「MTSAT を用いた日本及び周辺地域の晴天率調査」坂本強(日本スペースガード協会)
・「DEBDAS 地上観測網の構築」山岡均(九州大学)
■ セッション 3 < Asteroid Observation Network in Asia-Pacific Region >
・「Proposal for Asteroid Observation Network in Asia-Pacific Region」Makoto Yoshikawa(JAXA)
・「Thailand’s Robotic Telescope Network for NEO and Space Debris Observation」Saran Poshyachinda(National Astronomical Research Institute of Thailand)
・「NEO Survey and alarming of China」Haibin Zhao(Purple Mountain Observatory)
・「The DEEP-SOUTH: Round-the-clock Physical Characterization of NEOs in the Southern Hemisphere」Hong-Kyu Moon (KASI)
・「Observing facilities accessible from Taiwan and recent Taiwan-Japan collaborations」Daisuke Kinoshita (National Central University)
・「Optical Observations and Co lor Survey of Near Earth Asteroids」Chien-Hsien Lin (Space Science Institute, Macau University of Science and Technology, Macau)
・「Asteroid Observation in Mongolia」Namkhai Tungalag (Research Center of Astronomy and Geophysics, Ulaanbaatar, Mongolia)
・「Observations of Small Bodies and Space Debris Information System in Indonesia」B. Dermawan (Bosscha Observatory and Astronomy Research Division, Bandung Institute of Technology)
・「Finding NEOs in the Context of an Agency Grand Challenge」Lindley Johnson (NASA HQ)
■ 4 <スペースデブリ>
・「暗いストリークを用いた軌道上物体検出手法」田川真(九州大学)
・「微光な移動天体の追跡方法に関する研究」上津原正彦(統計数理研究所)
・「美星スペースガードセンターにおける人工物体の光度変化観測」西山広太(日本スペースガード協会)
・「TDI モードの応用による人工衛星/ スペースデブリの光度短周期時間変動観測 III」奥村真一郎(日本スペースガード協会)
・「スペースデブリの光学観測およびその回転について」小田寛(宇宙航空研究開発機構)
・「低軌道デブリの地上光学観測システムの検討」黒崎裕久(宇宙航空研究開発機構)
■ ポスター
・「オールト雲起源新彗星の力学進化と銀河潮汐力」伊藤孝士(国立天文台)
・「2014 年ほうおう座流星群予報」齋藤雄大(日本大学理工学部航空宇宙工学科)
・「小惑星イトカワの地球衝突せば」上原和也(JAEA/JAXA)
・「マルチインパクト仮説による小惑星帯と隕石の起源」種子彰(SEED SCIENCE Labo)
・「木曽広視野CMOS カメラTomoe による太陽系始原天体の探査」菊池勇輝(東京大学)
2 - 1. セッション 1(始原天体)
セッション 1 では様々な専門分野の講演者から始原天体に関する多様な話題の提供があった.月の形成や小惑星の形成を原始惑星の分裂衝突で統一的に説明しようとする非常にユニークな内容の講演(種子),09月に発見されたばかりの地球近傍小惑星2014RCが地球に接近した際にキャンペーン観測を実施した結果の速報(浦川・花山・高橋 他),続いて石垣島天文台の紹介と「むりかぶし望遠鏡」による様々な観測への取り組みや太陽系始原天体の観測成果の紹介(花山・石黒・渡部 他)があった.ISSからの流星観測プロジェクト「メテオ」に関する発表(荒井・小林・山田 他)は打ち上げ失敗という不幸な出来事の9日後の講演であったが,予備機の早期打ち上げを目指して努力されている旨の報告が成された.また,防災・減災という観点から小惑星衝突と地球外活動を論じる講演(三浦)と,隕石の地球突入時の燃焼による炭素含有物生成に関して論じる講演があった(三浦).
2 - 2. セッション 2(スペースガード次期計画)
セッション 2 ではスペースガード観測の次期計画に関連して,開発中や構想中の望遠鏡,観測装置についての講演とサイト調査に関する講演があった.チェリャビンスク隕石の落下以降,より暗い(小さい)地球接近小惑星の早期発見が求められているが,これに関連して口径 3 m 級の軽量・広視野望遠鏡により直径 10 m 以上の地球接近小惑星を地球衝突の三日前までに早期発見しようとする構想の紹介(高橋),一方で小望遠鏡を多数設置し,画像処理によって高速移動する暗い地球近傍小惑星を検出しようとする計画の提案(柳沢・黒崎・小田・田川)があった.建設中の京大・岡山 3.8 m 望遠鏡についての講演ではその進捗状況を紹介する中で,高速駆動を実現する軽量化技術などの新しい技術要素が地球接近小惑星やスペースデブリの監視網構築に有効であることが協調されていた(栗田・岡山 3.8 m 望遠鏡開発メンバー・SEICA開発メンバー).木曽観測所で開発されている広視野CMOSカメラについては,CCD とくらべて高速読み出しが可能であることから秒単位もしくはそれ以下の時間変動を引き起こす現象の観測への応用が期待され,多くの人が関心を示していた(菊池・酒向・土居 他).また将来の新望遠鏡設置を見据えたサイト調査の一環として,運輸多目的衛星 MTSAT の赤外画像を使用し,現地で取得されたスカイモニターの画像を参照することにより衛星画像のデータに修正を加えた夜間晴天率の調査結果の発表があった(坂本).セッションの最後には,地上と衛星からの宇宙デブリ3次元観測網 DEBDAS 構想の紹介があり,その地上観測網の構築についての講演があった(山岡・花田・吉川).
2 - 3. セッション 3(アジア太平洋地域小惑星観測ネットワーク)
セッション 3 は「Asteroid Observation Network in Asia-Pacific Region」というタイトルのもとで,アジア各国をネット中継して国際セッションという形で開催した.最初の講演で,この小惑星観測ネットワークの目的,ネットワーク構築の現状と将来計画などについての報告があり(Yoshikawa・Watanabe・Takahashi),続いてタイから来日された2名による講演では,NEO とスペースデブリの観測モニタにも供されることになるロボット望遠鏡を北半球と南半球に設置する計画について紹介があった(Poshyachinda・Kirdkao).以下はネット中継による各国からの発表が続く.中国からは Purple Mountain Observatory(紫金山天文台)の Near Earth Object Survey Telescope の紹介と最近の小惑星観測の成果,中国における NEO 観測ネットワークの現状,将来計画に関する講演があり(Zhao), 続いては韓国から, 進行中の KMTNet (Korea Micro-lensing Telescope Network)プロジェクトのために南半球のチリ,南アフリカ,オーストラリアに設置された 3 台の望遠鏡の,“Deep Ecliptic Patrol of the Southern Sky (DEEP-SOUTH)”プロジェクトへの利用について報告があった(Moon・Choi・Kim).これら 3 台の望遠鏡は経度方向に均等に離れた位置にあり,24 時間体制で南天の監視が可能となる.台湾からは Lulin observatory(鹿林天文台)の紹介と,小惑星と彗星の研究に関連した最近の日本との協力関係についての報告があり(Kinoshita),続いてマカオからは,台湾,中国,アメリカの協力により地球近傍小惑星のカラーバリエーションを調べる観測について紹介があった(Lin・Ip).モンゴルの Research Center of Astronomy and Geophysics からは,ISON プロジェクトの協力により Khureltogoot observatory に導入された広視野望遠鏡での NEO 追跡観測に関する講演(Tungalag・Schmalz・Voropaev・Molotov),またインドネシアからはティモール島での新しい観測サイトの構築とアジア太平洋地域観測ネットワークの構築に合わせた小天体・スペースデブリ観測手法の開発についての講演があった(Dermawan・Putra・Hidayat 他).最後にアメリカから,NEO 観測プログラムに関して NASA で進行中の活動内容,特に国連が支持し推し進めようとしている国際的な活動との関連についての話題と将来の NEO 観測活動計画についての紹介があった(Johnson・Abell).
2 - 4. セッション 4(スペースデブリ)
セッション 4 ではスペースデブリに関連する講演が 6 件あったが,そのすべてが光学観測の技術的な内容に関係するものであった.最初の2件は微光なデブリを検出するためのアイデアに関する講演である.デブリ観測時には望遠鏡の動きに対して高速移動する物体は観測画像の中で線上に伸びたストリークとして現れるが,画像データをストリークの方向に足し合わせることによりノイズに埋もれて見えなかった物体を検出する手法の提案(田川・柳沢・黒崎 他)と,ベイズ統計的手法により,各画像フレーム上の微光な移動物体の位置や速度を推定・追跡する手法についての検討結果(上津原)についての講演があった.続いて美星スペースガードセンターにおけるデブリ観測に関する講演が 2 件あり,人工天体の光度変化観測への取り組みの中でデータ処理・データ解析用に開発したソフトウェアの紹介(西山・奧村・高橋・吉川)と,露出をしながら電荷転送を行う TDI 方式によるCCD読み出しを応用して測定した 0.1 秒程度の短時間の光度変動を検出した結果についての報告(奥村・西山・高橋・吉川)があった.最後に JAXA 研究開発本部から,JAXA 所有の Australia Remote Observatory(オーストラリア・リモート観測所)にある18cm望遠鏡で直線運動検出法を用いて検出した移動物体のライトカーブに関する報告(小田・黒崎・柳沢・田川)と,多数の光学センサ(小型望遠鏡)を経度方向に離れた2地点に設置することにより低軌道デブリの高精度軌道決定が可能になるシステムについての紹介があった(黒崎・柳沢・小田).
2 - 5. ポスター講演
この研究会では口頭セッションに加え,ポスター発表の場も用意した.口頭での発表と同じ内容のポスター発表が 2 件,ポスターのみの発表が 3 件あった.ポスターのみの3件の発表内容について以下に紹介する.1 件目のポスターは,太陽から距離 800 A.U. 以遠の領域を飛行する彗星が銀河潮汐力を受けた場合の影響について考察した結果の紹介(伊藤・樋口),2 件目は 289P/Blanpain(ブランパン彗星)からの放出ダストについて 4 次元計算を行い,ほうおう座流星群の予報を行った結果の紹介(齋藤・佐藤・阿部),3件目は,イトカワクラスの小惑星が地球に衝突した場合のシミュレーション結果と衝突を回避する手段についての考察結果を発表するポスターであった(上原).
3. まとめ
1日半という短い時間であったが,以上のように太陽系始原天体のサイエンスからスペースガードの次期計画,スペースデブリの観測まで幅広い分野について活発な議論が行われ,チェリャビンスク隕石の落下以降のスペースガードの状況,それを取り巻く情勢についても理解が深まったのではないかと思っている.またアジア各国からもネット経由で多くの発表があり,今後国際的な協力関係を進めてゆく上で非常に有意義な時間となった.アジア太平洋地域小惑星観測ネットワークや次期望遠鏡計画についてはここで十分な議論が出来たわけではないが,これらの計画を実現するための「はじめの一歩」としての有意義な研究会であったと考えている.なお,講演の資料(集録)は後日,「スペースガード研究 7」として刊行するとともに,日本スペースガード協会・スペースガード研究センターのウェブ上 ” http://www.spaceguard.or.jp/RSGC/results.html ” でも公開する予定である.
最後に,会場を提供していただいた国立天文台,講演していただいた皆様,そして裏方として雑務を手伝っていただいた明星大学の山田遥子さん,福石美貴子さん,日本スペースガード協会の根本しおみさん,国立天文台の青木真紀子さんにはこの場を借りて深く感謝の意を申し上げたい.
” HTML 編集 - ウェブ編集室 ”
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