The Planetary Society of Japan

月裏側高地物質サンプルリターンミッションの提案

Updated : October 31, 2016 - 月科学・探査

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 21, No.3, 2012 掲載

大竹真紀子1,荒井朋子2,武田弘2,唐牛譲1,佐伯和人3,諸田智克4,小林進悟5,大槻真嗣1,國井康晴6
1. 宇宙航空研究開発機構, 2. 千葉工業大学, 3. 大阪大学, 4. 名古屋大学, 5. 放射線医学総合研究所, 6. 中央大学

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第21巻(2012)3号 - PDF ]
 

要旨

従来,月の地殻組成は月採取帰還試料や月隕石の分析値を基に推定されてきたが,最近になって,月周回衛星“かぐや”データを用いた研究などにより,既存の月採取帰還試料とは異なる組成の,より早い分化段階で形成した始原的な地殻物質が,月裏側に存在する事が指摘されている. これら未採取の月裏側地殻物質を入手し,詳細な化学組成等の情報を得る事は,月高地地殻の組成,月マグマオーシャンの固化過程や熱履歴を知ることに加え,月・地球系の形成過程を考える上でも重要な課題である.本提案では,来る 10 年の惑星探査計画として,月裏側の高地地域から未採取地殻物質の採取帰還を行い,詳細な組成分析,同位体分析,組織分析,既存のリモートセンシングデータと比較するための分光測定,風化度測定など,さまざまな分析を行うことにより,これら科学目標達成を目指すミッションを提案する.
 

1. はじめに

月地殻組成を把握することは,地殻形成過程すなわち月マグマオーシャンの固化過程や組成を知る上で,非常に重要である.従来,月地殻組成の研究は月採取帰還試料や月隕石の分析[e.g., 1,2],リモートセンシングによる観測データなどを用いて行われてきたが,最近になり,月周回衛星“かぐや”など各国の月探査衛星によるリモートセンシング観測による成果を中心に,これまでの理解とは異なった化学組成の情報が得られつつある.例えば,月地殻に従来の推定よりも純粋な斜長岩が普遍的に存在する[3] ことや,月深部物質である可能性の高い,カンラン岩を構成していると推定されるカンラン石が,盆地周辺に分布すること[4] などが報告されている.また,月隕石から高圧相シリカ鉱物が見つかった事により,月面における隕石衝突現象に関する理解が深まっている[5,6].

これら採取帰還試料や月隕石の分析研究,リモートセンシングによる研究の全てにおいて,新しい成果が示すのは,これまでの月採取帰還試料の採取地は全て,月表面積の約 1/6 程度をカバーする円内に入る領域に限られており,それらの分析値が月地殻の代表値ではなく,これまでに採取されていない岩石がまだ多種存在すると言う事実である.
 

2. 提案ミッション概要

2 - 1. ミッションの目的

本ミッションでは,地球,月,火星など比較的大型の固体天体の進化や地球・月系の起源を知る上で,現状において天体形成直後の地質を直接的に調べる事ができる唯一の天体,である月を研究対象として,月マグマオーシャンの全貌を解明することを目的とする.探査手法として,月マグマオーシャンの全貌解明の鍵となる月裏側高地地殻の始原的試料を入手する,試料採取帰還計画を提案する.月周回衛星“かぐや”の最新成果をもとに,月裏側に月マグマオーシャンの痕跡が認められる試料が存在する事が指摘されている.ただし,リモートセンシングによる観測データだけを使って行う研究には限界があり,今後の月惑星科学の飛躍的な進展には,次段階としての試料採取帰還計画が必須である.月マグマオーシャンの痕跡が残る,試料未採取の月裏側地域から,アポロ試料とは全く異なる試料を持ち帰り分析することで,月科学だけでなく地球惑星科学を飛躍的に進展させることができる.
 

図 1. 高地地殻中の苦鉄質鉱物のMgナンバー分布(マグマの分化度指標)([7]から改訂).表に比べて裏側(経度 90~270°)の赤道よりやや北側の領域に Mg ナンバーが高い領域が存在し,表と裏で Mg ナンバーが異なる二分性が確認出来る.なお,最も Mg ナンバーが高いのは Freundlich-Sharonov と Dirichlet-Jackson 盆地の間の領域.本ミッションにおける着陸候補領域を白丸で示す.
 

 

図 2. かぐや搭載 γ 線分光計による月全球のTh濃度分布(2615 keV のカウントレート, cps)([8]から改訂) .表の大部分に比べて裏側(経度 90 ~ 270°)に Th 濃度の低い領域が広く存在することが解る.
 

“ かぐや ” による最新の月探査データは,マグマの分化程度の指標である Mg ナンバー(苦鉄質鉱物中の Mg /(Mg + Fe)モル%)が,従来知られていた月採取帰還試料値よりも高く[7](図 1),液相濃集元素である Th の濃度が最も低い[8](図 2)領域が,月裏側高地の Freundlich-Sharonov および Dirichlet-Jackson 盆地に挟まれた領域に,数 100 km スケールで存在することを示している(図中で表側は経度 0~90° および 270~360°,裏側は経度 90~270° の領域.図 2 から高い Mg ナンバーの領域は数 100 km の広がりを持つ).マグマから鉱物が析出する際に,固液分配作用により Fe に比べて Mg がより多く鉱物中に取り込まれ,また,Th は鉱物中に取り込まれにくいためマグマに濃集する.そのため,より多くの鉱物を析出した後のマグマ(分化したマグマ)は Mg ナンバーが小さく,Th 濃度が高くなり,そのマグマから析出する鉱物の Mg ナンバーも小さく,Th 濃度は高くなる事が知られており,これらパラメータはマグマの分化程度の指標として使われる.このことから,前述の“かぐや”による成果は,月裏側の該当領域に,表側よりもより分化度が低く,より早い段階でマグマオーシャンから固化した,始原的な未採取の地殻物質(高い Mg ナンバーの領域)が数 100 km スケールで存在する事を示唆する.これまでにも月の表と裏で地形や地殻厚などさまざまな違いがある事は指摘されてきたが,月裏側の高地地殻が表側よりも始原的である可能性を直接主張できる指標として,Mg ナンバーマップとTh マップを人類は初めて手にしたと言える,月裏側が表側よりも“始原的”になる理由としては,マグマオーシャンの固化時期には月の自転と地球周回速度のカップリングが起こっており,地球からの輻射などにより表側が裏側に比べて冷却が遅く,表裏の温度差による対流で地殻物質が濃集する裏側から地殻成長が進んだとするモデル[2, 9]や,表と裏で垂直分化過程が異なり,表側では分化の進んだマグマからしか地殻物質(斜長岩)が浮上できなかったとするモデルなどが考えられる.なお,月の自転と地球周回速度のカップリング時期は現状で未確定であり,マグマオーシャンの固化と同時期と想定することは可能である.
 

これまでの理解では,月高地地殻は Mg ナンバーが地球の初期地殻物質に比べて低い(Mg ナンバーは 50 から 70 程度)と考えられて来たのに対し,Ohtake et al.[7] で報告されているような,より高い Mg ナンバーを持つ地殻物質はこれまでに得られておらず(間接的ではあるが,月隕石中にこの領域起源と推定されているものは存在する[2]),その存在を直接的に確認し,Mg ナンバーの変化幅把握,詳細鉱物量比測定,年代測定などにより,地殻形成過程を考え,また月マグマオーシャンの組成(従来推定よりも高い Mg ナンバーを持つ可能性もある)や分化過程を推定することは,現在最も重要な科学目標の1 つである.

これらの理由から,複数ある試料採取帰還候補地のうち,月裏側高地から未採取地殻物質の試料採取帰還を行う事が最優先と考える.採取された試料について,地上における年代測定,主要・微量元素測定等さまざまな分析を実施することにより,以下の項目を明らかにする.

月裏側高地地殻の化学組成把握
月裏側高地地殻の化学組成を正確に把握するとともに,表裏の比較により月裏側地殻が表より本当に“始原的”なのかどうかを確認する.また,1 地点の試料採取により典型地質を理解するだけでなく,採取帰還試料の分析により,既存のリモートセンシングデータ上の 1 地点の真値を知り,この真値を使ってリモートセンシングデータの全体校正を行い精度を高める事で,全球レベルでの化学組成理解の精度を高める.

マグマオーシャンからの地殻固化年代および固化過程理解
Borg et al. [10] によって,表側で採取された典型試料とされる高地地殻物質に対して従来よりも若い年代が報告されており,このことから,高地地殻はマグマオーシャンからの浮揚により生成したとする従来の考えに対し,疑問が提示されている.このような既存の採取帰還試料および表側由来と考えられる月隕石に含まれる地殻物質と,新しく採取する裏側の地殻物質の固化年代([10] で使用されている 207Pb - 206Pb, 147Sm - 143Nd, 146Sm - 142Nd など)を比較することにより,表裏での固化時期差異(有無)を調べる.これにより,マグマオーシャン固化過程に実測の時間軸を初めて導入する.

地殻固化時のマグマオーシャン組成推定
裏側の高地地殻物質の主要・微量元素組成から,地殻が固化した時点でのマグマオーシャンの組成を推定する.その推定値を用い,表側試料から想定されていたマグマオーシャン組成との比較や,岩石学的研究成果と合わせる事で,バルクとしてのマグマオーシャン組成とその分化過程を定量的に理解する.

月・地球系の形成過程理解
上述の研究により月マグマオーシャンの組成が推定できれば,月・地球間でマグマオーシャンの組成を比較し,月・地球間での組成差(もしくは類似性)が,現在,月・地球系の形成過程として最も有力とされる巨大衝突説により説明でき得るのか検証する事により,月地球系の形成過程を理解する.
 

2 - 2. ミッションの成功基準

本提案においては,未採取地殻物質の試料採取帰還が最優先科学目的であるが,加えて,探査領域には飛散物として Freundlich-Sharonov や Dirichlet-Jackson,SPA(South-Pole Aitken)盆地の衝突溶融固結物が存在すると考えられる事から,着陸点でレゴリスを採取し,その中に含まれる衝突溶融固結物から各盆地の形成年代が推定できれば,それら形成年代が後期重爆撃期に対応するのかどうか,後期重爆撃期の有無を議論する事ができ,さらに科学成果が大きい.具体的には,レゴリス中粒子の溶融組織,組成と存在量等から支配的な衝突溶融固結物の種類と組成等特徴を把握し,それらとリモートセンシングによる着陸点周辺にある盆地の化学組成や,着陸点と周辺盆地との位置関係から推定される衝突溶融固結物存在度を基に,各盆地起源の衝突溶融固結物グループを対応づける.一方で衝突溶融固結物各グループの Ar - Ar 等年代測定を行うことにより,各盆地の形成年代を推定する.なお,最優先の科学目的のために必要な試料は,衝突による変成等影響をなるべく受けず地殻形成時の状態に近い物質を採取するという観点から,岩石片が適しており,高空間分解能を持つ分光カメラを用いる事で,岩石片中でも組織観察から溶融組織のなるべく少ない試料を選定する.一方衝突溶融固結物試料採取の目的では,レゴリスでかつ溶融組織および粒子形状を持つ試料を選定する.

最優先科学目的である未採取地殻物質の試料採取帰還と,同時に達成できる可能性のある盆地の衝突溶融固結物の試料採取帰還の2 つについて,その重要度から,本ミッションの成功基準を以下のように設定する.

必要最小成功基準:
最優先科学目的に適合する未採取地殻試料を地上に持ち帰る
基本成功基準:
試料選別を行った上で未採取地殻試料を必要量地上に持ち帰る
最大成功基準:
未採取地殻試料に加えて衝突溶融固結物試料を持ち帰る

試料採取帰還は本来,1 カ所で全ての重要な月科学が解明されるものではない.これまでの成果をふまえて,高地地域の他にも液相濃集元素に富む領域(PKT:Procellarum KREEP Terrane [11])など複数の重要地域が認識されていることから,試料採取帰還計画はシリーズ化すべきである.ただし,今回の提案ではシリーズ化は検討の範囲外であると想定されるため,シリーズ化を前提とせず,それら重要地域の中でも最重要な,裏側高地からの試料採取帰還に限定して議論している.なお,今回提案する裏側高地からの試料採取帰還が実現されれば,月高地地殻の組成理解と関連して行う研究は,それ自体で十分な科学的成果が得られるものであり,シリーズ化して初めて成果が得られるという性格のものではない.

試料採取帰還のシリーズ化を考える場合の,他の試料採取候補地点としては,PKT や PKT と高地境界,表の典型地殻などがあげられる.
 

2 - 3. 着陸地点

着陸地点としては,前述の Mg 値や Th 量など情報から, 裏側の Freundlich-Sharonov から Dirichlet-Jackson 領域(図 1 の白丸領域)を提案する.なお,Th の低い領域は一部月表側にもあるが,Mg ナンバーが高い領域は裏側のみに存在するため,着陸地点は裏側が必須である.

また,リモートセンシングデータから,目的とする始原的な地殻物質は該当領域に数百 km の広がりを持つことが解っており,着陸点は高地の大型盆地間でレゴリスに覆われた普遍的な場所でよく,クレータ内・周辺など特殊な場所に着陸する必要は無い.
 

2 - 4. 他提案との協調

本提案では,月面からの試料採取帰還を行う事により,地球上に持ち帰った試料の地上詳細分析を実施することにより前述のサイエンス目的達成を目指すが,月面でより重要な試料を選定する目的や,衝突による生成物の分析による盆地年代の推定の目的においては,その場年代測定ミッションなど,その場観察のできる観測機器およびミッションとの協調が有効である.今後,この点についても検討を行う予定である.
 

3. 探査機構成および運用

探査機の構成は周回機,着陸機と帰還カプセルからなり(オプションでローバを検討),着陸機に搭載するマニュピレータと分光カメラを用いて,周辺数 m の範囲から簡易な試料選定をした上で試料収集を行う.採取する高地地殻物質である斜長岩の岩石片は,現地に存在する主要な岩石であり,着陸機周辺の岩石のほとんどが該当すると期待される.採取試料として望ましい未変成の斜長岩試料の存在頻度については判断材料が少ないが,アポロ計画による表側高地探査における頻度から想定すれば,充分であると考えられる.その頻度の確認も含めて,試料の選定は以下の手順でおこなう.a)結晶質岩石チップのピックアップ,b)分光観測(可能であれば主要元素測定)による斜長岩同定,c)組織観察による角レキ岩化,再溶融・変成等2 次過程を受けたかどうかを識別し,受けないものを選定する.なお,組織観察には搭載を想定している高空間分解能の可視・近赤外分光カメラを用い,これによりレキ化の状態を識別する.

試料選定後,帰還カプセルにより試料を持ち帰る.持ち帰る試料量は,基本案として 1 試料につき分析に必要な質量 30 g x 10 種とし合計で300gを想定する.1 試料 30 g は各試料全量の内,1/3を今後の研究のために保存し,1/10 を主要科学目的以外の公募研究等で利用,17 g で全岩化学組成,薄片製作,同位体測定,分光測定,宇宙風化度測定等を行う想定の場合であり,着陸点その場観察により現地の試料組成ばらつきが大きく,試料種を増やす必要がある場合には最低1 試料 10 g 程度とすることもあり得る.ただし,主要科学目的達成に必要な最低試料質量については,分析手法を含めた詳細化とともに,試料採取手法や試料帰還システムの能力とのトレードオフも必要であり,今後引き続き検討を行う.また,基本案としての 10 種試料の内訳は,地殻物質岩片が 5 種,レゴリスが3 種,レキ化過程把握(レキ化影響が小さい地殻物質岩片との比較対象のため)と想定しているが,これについても今後検討を行う.

なお,周回衛星を常に地球から可視となるラグランジュ点近傍のハロー軌道に投入しておき,ミッション期間中に試料選定・採取等行う際の地上との通信手段を確保する.
 

4. ミッションの科学目標,および「惑星探査の長期的展望」に於ける本提案の位置づけ

本提案で行う裏側高地地殻からの試料採取帰還は,第一段階地球型惑星固体探査パネルにおいて,“ 2. 年代学・物質科学の展開による月惑星進化の解明 ” に対応づけられる.特に,従来データの不確定性をなくし,初期進化の描像をより具体化することが,今後の重要な科学目標と考えられると記述されているが,中でも不定性の第二としてあげられている“表層物質の組成”の詳細な把握においては,いかにその場観測によるデータ取得技術が向上しようとも,試料採取帰還に勝るものはない.その意味で,本提案は“表層物質の組成”の詳細な把握を行い,さまざまな推定やモデルに結論を出すための最適,かつ唯一の探査である.なお,第一段階地球型惑星固体探査パネルに対して,本提案に関連した提案が複数なされている[12-15].
 

5. 搭載観測機器の候補,およびミッション科学目標との関係

観測機器としては,基本案では試料選別のための可視・近赤外分光カメラを想定している.このカメラを着陸機のマニュピレータ周辺に搭載し,試料の反射スペクトルを 1 mm / pixel 程度の高空間分解能で観測することにより,目的とする試料であるかどうかの識別と,持ち帰ることが可能なサイズ・形状であるのかどうかを判断する.さらに着陸点周辺岩石の組成や状況を把握し,持ち帰る試料の分光データと周囲との比較を行うための,中距離用分光カメラの搭載が望ましい.また,マニュピレータによる試料採取のために,やや広角の単バンドカメラが必要である(マニュピレータの稼働領域などによっては1 台でなく複数カメラが必要な場合有り).
 

6. 科学目標の達成に必要な観測精度と被覆率

6 - 1. 月面で行う観測

前述の科学目標達成のため,下記の試料採取および採取地点周辺の分光観測が必要である.

試料の総質量:
目標 300 g(Minimum success では 30 g 程度以上).
・サイズ:
レゴリス(10.30 g 程度),小岩片(最小 2,3 mm から 2,3 cm 径程度).
・種類(個数):
基本案はレゴリス 3 箇所,小岩片 5 個(1 試料 30 g)で,場合によりレゴリス 10 箇所,小岩片 20 個程度(1 種の質量が 10 g かそれ以下)も想定する.
・化学組成:
高地物質+(最大成功基準では衝突溶融固結物試料).
・試料採取領域:
基本成功基準では着陸機周辺数 m 範囲の試料採取.最大成功基準ではローバを用いて着陸機周囲 1 km 程度からの試料採取.試料採取対象の観察には高空間分解能の可視・近赤外分光カメラを用いる.
・試料採取地点周辺の観測:
着陸機搭載の中レンジカメラにより,着陸機周辺 1.2 km 程度領域の分光観測データを取得する.観測機器として,SELENE-2 に提案中の分光カメラ ALIS と同程度のカメラを想定する(参考:ALIS提案書[16])
 

6 - 2. 地上で行う試料分析

採取した試料に対し,地上で行う分析項目を記述する.ここで記述する分析項目以外にも多くの有効な分析項目が存在するが,ここではそれらのうち主要なもののみ挙げる.

全岩化学組成分析:
主要元素,微量元素,希土類元素等の分析を行う.
岩石組織観察:
薄片顕微鏡観察,SEM観察等を行う.
鉱物化学組成分析:
各鉱物やガラス部の化学組成を把握する.
同位体分析:
年代測定に用いられる崩壊性元素や安定同位体の分析を行う.
分光測定:
既得のリモートセンシングによる分光観測データと比較・評価するための可視.近赤外波長,赤外波長における反射スペクトル測定.
宇宙風化度測定:
特にレゴリスについて,月面で太陽風や微小隕石衝突による宇宙風化作用をどの程度受けたかの測定を行う.
 

7. 開発体制

現在想定している開発体制を以下に示す.

大竹真紀子:
試料選定用分光カメラ PI 担当,かぐや搭載分光カメラ(MI)PI の経験有り.
 
荒井朋子:
採取試料選定法検討担当,隕石,アポロ試料分析経験有り.
 
武田弘:
採取試料の目標設定担当,隕石,アポロ試料分析経験有り.
 
唐牛譲:
帰還カプセル最適化検討を担当(帰還カプセルは,はやぶさのサンプラーをベースに考える),試料キュレーション検討,はやぶさの帰還試料キュレーションの経験有り.
 
佐伯和人:
着陸機搭載周辺観測用中レンジ分光カメラ PI を担当,SELENE-2 に分光カメラ PI として提案中.
 
諸田智克:
試料選別,試料採取等運用全般を担当,複雑な運用を行った.かぐや搭載観測機器 LISM の運用,コマンド作成を担当の経験有り.
 
小林進悟:
計測機器放射線耐性評価,計測機器の運用中取得データ解析を担当,かぐやの γ 線データ解析経験あり.
 
大槻真嗣,國井康晴(工学系):
試料採取機構(マニュピレータを想定)担当,SELENE-2 用マニュピレータ,および次期月探査WGで行ってきた試料採取帰還計画の検討経験有り.
 

8. 技術課題

8 - 1. 試料採取技術

着陸機に搭載するマニュピレータを用いて試料採取を行う.マニュピレータは,SELENE-2 をはじめ将来探査に向けてこれまでにも検討されており,技術的に大きな課題は無いが,国内ではマニュピレータを用いた試料採取の実績がないことから,目的に合った適切なサイズや機構等,引き続き検討が必要である.マニュピレータを用いた試料採取は,月探査だけでなく火星等他の天体探査に置いても応用可能な汎用的な技術であり,開発必要性は高い.
 

8 - 2. 試料帰還技術

帰還カプセル本体は,“はやぶさ”に搭載されたカプセルを想定しているが,月面からの離陸後の地球軌道への帰還は,燃料検討等含めて新規技術である.ただし,1 次的な検討は次期月探査WGで行われた試料採取帰還計画の検討[17] において行われており,ある程度の実現性が確認されている.そのため,本技術開発に必要な期間(開発終了まで)は 3 - 8 年程度と想定している.次期月探査WGで行った検討では,試料帰還の手法として 2 つの方法,1)ダイレクトに帰還カプセルが上昇して帰還するケース,2)周回軌道上に衛星を残して置きそれを利用するケース,が検討されており,どちらの手法を選択するかによって開発要素やコスト等大きく異なるため,本ミッション実施に向けては早期のトレードオフが必要である.

なお,月への軟着陸技術は,表側への着陸で現在検討中の SELENE-2 ないし小型試験衛星 SLIM で実証されることを想定し,ここでは技術課題としてはあげていない.
 

9. まとめ

最近の月周回衛星“かぐや”データ等を用いた研究結果により,既存の月採取帰還試料の分析結果を中心に考えられてきた月地殻化学組成,地殻形成過程,月マグマオーシャンの組成などに更新が必要である事が明らかとなった.特に,月裏側の高地地域の一部に,既存の月採取帰還試料とは異なる組成の,より未分化な段階で形成した始原的な地殻物質が存在する事が指摘されており,これら月裏側地殻物質を入手し,詳細な化学組成等情報を得る事は,月高地地殻の組成,月マグマオーシャンの固化過程や熱履歴を知ることに加え,月・地球系の形成過程を考える上でも重要な課題である. この課題を解明するために最も有効な探査として,月裏側の Freundlich-Sharonov から Dirichlet-Jackson 領域に着陸し,未採取地殻物質の試料採取帰還を行い,地上分析による詳細な組成分析を行うミッションを提案する.この着陸地域は,盆地の外側であり盆地形成規模での水平,垂直方向の始原地殻の攪乱が盆地内部に比べて比較的少ない事が利点である.なお,探査地域における始原地殻の攪乱程度は,盆地により地殻深部もしくはマントルが掘削されていれば苦鉄質鉱物量が多くなると想定される事から,採取するレゴリスおよび岩石片中の苦鉄質鉱物量やレキ化程度等から推定する事ができる.
 

参考文献

[1] Warren, P. H., 1993, American Mineralogist 78, 360.
[2] Takeda, H. et al., 2006, Earth Planet. Sci. Let. 247, 171.
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[4] Yamamoto, S. et al., 2010, Nature Geoscience 3, 533.
[5] Ohtani, E. et al., 2011, Proc. Nati. Acad. Sci, USA 108, 463.
[6] Miyahara, M. et al., 2012, JpGU meeting, PPS05-05.
[7] Ohtake, M. et al., 2012, Nature Geoscience 5, 5384.
[8] Kobayashi, S. et al., Earth Planet. Sci. Let. (in press).
[9] Arai, T. et al., 2008, Earth Planets Sci. 60, 433.
[10] Borg, L. E. et al., 2011, Nature 477, 70.
[11] Jolliff, B. L. et al., 2000, J. Geophys. Let. 105, 4197.
[12] 荒井朋子 他,2010,第一段階地球型惑星固体探査パネルへの提案書,月コペルニクスクレータのリターン試料の年代分析による太陽系相対年代学(クレータ年代学)の検証と確認.
[13] 荒井朋子 他,2010,第一段階地球型惑星固体探査パネルへの提案書,月コペルニクスクレータからの地殻・マントル岩石の試料採取帰還.
[14] 荒井朋子 他,2010,第一段階地球型惑星固体探査パネルへの提案書,月の表裏地殻の試料採取帰還:月出発物質への同位体組成制約.
[15] 大竹真紀子 他,2010,第一段階地球型惑星固体探査パネルへの提案書,月の起源と進化における重要科学項目の解明.
[16] 佐伯和人 他,2009,SELENE-2 観測機器提案書 (ALIS).
[17] 次期月探査WG,2011,月サンプルリターンシステムの概念検討 (JAXA 報告書).
 

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

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