The Planetary Society of Japan

次世代太陽探査

天体の衝突物理の解明(Ⅵ)「衝突と物質科学」参加報告

Updated : October 31, 2016 - 天体衝突物理

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 20, No.1, 2011 掲載

黒澤耕介(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所)

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第20巻(2011)1号 - PDF ]
衝突研究会ウェブサイト:[ 天体の衝突物理の解明 (VI) 「衝突と物質科学」発表要旨等
 

2010年11月4日.6日に ” 北海道大学低温科学研究所 ” において,「天体の衝突物理の解明」研究会(以後,「衝突研究会」)が開催された.衝突研究会は天体の衝突現象に関わる実験研究,観測,探査,数値計算の専門家が毎年集まり,研究成果を議論し合う場である.6 回目となった今回は,「衝突と物質科学」と題し,隕石中の衝撃痕跡についての専門家の方々 4 名をお招きしてご講演いただいた.また,その他にも 28 件の口頭発表と 12 件のポスター発表があった(表 1).本稿では研究会での講演内容や全体を通しての雰囲気について紹介する.
 

表 1 : 天体の衝突物理の解明(VI)プログラム.* は招待講演を示す.

11月04日(木)
13:00-13:30 石原吉明(国立天文台)「はやぶさリエントリーの地上観測」
13:30-14:00 弓山彬(電通大)「「はやぶさ」再突入カプセルからの輻射に関する研究」
14:10-14:40 荒井朋子(千葉工大PERC)「隕石と小天体に残された太陽系初期の物質分化の痕跡」
14:40-15:10 杉田精司(東大新領域)「ベイズ推定法を用いた修正ガウス法による惑星物質分析の試み」
15:10-15:40 長勇一郎(東大地惑)「惑星探査機によるK-Ar年代のその場測定法の開発」
15:55-16:15 荒川政彦(神戸大理)「イトカワ再探査と宇宙衝突実験」
16:15-16:35 高木靖彦(愛知東邦大)「「はやぶさ2」衝突の科学」
16:35-17:05 池崎克俊(阪大理)「はやぶさ2のサンプル回収模擬実験」
17:20-17:50 新居見励(阪大理)「スターダスト衝突トラックの模擬実験:トラック形状と突入物質密度,サイズの関係」
17:50-18:20 道上達広(福島高専)「月,火星の縦穴構造とその形成に関する実験的研究」
18:30 ~ 懇親会&ポスターセッション
 
11月05日(金)
09:00-09:30 境家達弘(阪大理)「レーザー誘起衝撃波を用いた高温高圧下の鉄の音速計測」
09:30-10:30 *木村眞(茨城大理)「隕石と衝撃現象:序論」
10:30-11:30 *富岡尚敬(岡山大地球研)「超高圧相から読み解く小天体の衝突過程」
11:45-12:15 関根利守(広島大理)「衝撃変成度の定量化に向けた新しい検討」
12:15-12:45 永木恵太(阪大理)「高強度レーザーを使った衝撃圧縮回収実験と惑星科学への応用」
13:45-14:45 *三河内岳(東大理)「火星隕石中カンラン石の黒色化:衝撃変成作用による鉄ナノパーティクルの形成とその存在意義」
14:45-15:45 *三村耕一(名大環境)「衝撃によるマーチソン隕石中の水素・炭素同位体比の変化」
16:00-16:30 諸田智克(ISAS/JAXA)「月の衝突盆地の層序と放出物厚の推定」
16:30-17:00 上本季更(東大/JAXA/ISAS)「鉱物学的観点からみた巨大衝突盆地の表層構造」
17:00-17:30 大竹真紀子(ISAS/JAXA)「オリエンターレ盆地リングの地質」
17:30-18:00 鎌田俊一(東大理)「衝突盆地の粘性緩和から推定された月裏側の熱進化」
18:00 ~ ポスターセッション
 
11月06日(土)
09:00-09:30 大野宗祐(千葉工大PERC)「阪大レーザー研での硫酸塩岩組成の衝突蒸気雲の化学組成測定実験」
09:30-10:00 黒澤耕介(東大新領域)「衝突蒸気雲の膨張過程における電子の役割」
10:00-10:30 羽村太雅(東大新領域)「斜め衝突によるCNラジカル合成の時間分解分光/撮像観測」
10:45-11:15 桂木洋光(九大総合理工)「粉体と液滴の衝突現象における粉体液体物性の効果」
11:15-11:45 田中秀和(北大低温研)「サブミクロン粒子衝突の分子動力学シミュレーション」
11:45-12:15 岡本尚也(神戸大理)「高空隙率焼結体への衝突圧密」
13:15-13:45 柳澤正久(電通大)「高速度衝突実験:多孔質衝突体の場合」
13:45-14:15 高沢晋(神戸大理)「衝突破壊強度の標的サイズ効果」
14:15-14:45 藤田幸浩(名大環境)「衝突破壊におけるラブルパイル構造の影響に関する実験的研究」
15:00-15:30 岡本千里(ISAS/JAXA)「分化天体の衝突破壊条件と鉄隕石の放出」
15:30-16:00 関根康人(東大新領域)「Giant impacts in the Saturnian system」
 
ポスター発表
桂武邦(神戸大理) 「鉄レゴリスへの衝突クレーター実験」
鈴木絢子(CPS) 「粉体への衝突現象で見られるエジェクタ地形の分類」
嶌生有理(名大環境) 「超高空隙率雪試料の引張強度」
羽倉祥雄(神戸大理) 「焼結体への衝突クレーター実験結果の小惑星クレーターへの適用」
和田浩二(千葉工大PERC) 「サイズ比のついたダストアグリゲイトの衝突」
中村昭子(神戸大理) 「レゴリス層によるレゴリスの衝突減速」
小野瀬直美(ARD/JAXA) 「衝突形成クレーターの半径計測に関する提案」
門野敏彦(阪大レーザー研) 「秒速10km以上での衝突による発光:X線および可視での計測」
黒澤耕介(東大新領域) 「宇宙速度衝突による珪酸塩の電離」
青井宏樹(電通大) 「高速度カメラによる衝突閃光の測光Ⅲ」
保井みなみ(原子力研) 「圧子圧入試験による氷・岩石混合物の局所的変形強度の計測」
横山立憲(総研大/極地研) 「角礫岩コンドライト中にみられるアルカリ元素に富む岩片は,衝撃溶融によって形成されたか?」
菅原春菜(名大環境) 「アミノ酸の衝撃化学」

 

招待講演のトップバッターであった茨城大の木村眞氏からは「隕石と衝突現象:序論」と題し,隕石中の衝撃変成の程度による分類や衝撃作用の年代学的研究に関する話題など,衝撃変成研究の導入部分を丁寧に紹介していただき,シロウトである筆者にも非常に分かりやすい発表であった(図 1).つづく富岡尚敬氏の講演では,隕石鉱物の高圧相転移から衝撃変成過程における温度・圧力履歴を復元する際には圧力保持のタイムスケールの考慮が重要であることや,隕石の高圧相転移現象は静的高圧場である地球型惑星深部の構造やダイナミクス解明においても重要であることが強調されていた.三河内岳氏の講演では,火星隕石中に見られるカンラン石の黒色化の原因として,衝撃加圧による鉄ナノ微粒子の生成によることを衝撃回収実験により実証したこと,鉄ナノ微粒子生成によって反射スペクトルが変化するため,衝撃変成を受けた天体でのリモセンデータの解釈には注意を要すること等が述べられていた.三村耕一氏の講演では,マーチソン隕石の衝撃回収実験の結果に基づいて,衝撃作用によって水素・炭素の同位体比が変化することや,多重衝撃でも単衝撃と同様な同位体変化を示すこと等が紹介されていた.以上の 4 件の招待講演では,それぞれ 1 時間づつの持ち時間が用意されていたにもかかわらず,大いに議論が盛り上がり,時間が超過しても質問が止まなかった.
 

図 1. 講演会の様子
 

隕石関連の発表としては上記以外にも,隕石中に見られる太陽系初期の物質分化の痕跡とその鍵をにぎると思われる小惑星 Phaethon に関する発表(荒井)や,カソードルミネッセンス(CL)法を用いた衝撃変成度の定量化に関する発表(関根 (利)),高強度レーザーを使った衝撃圧縮回収実験の発表(永井)があった.筆者は普段から隕石の衝撃変成研究についての最新情報にふれることが無かっただけに,今回たっぷりと話を聴けたことは非常に有意義であり,隕石中に見られる衝撃痕跡から隕石母天体における衝突・破壊履歴復元に向けて,化学分析と衝突実験,理論研究との継続的な情報交換の必要性を改めて強く感じることができた.隕石関連以外の発表も,衝突現象をそれぞれ独自の手法によって精力的に研究を進めており,どれも興味深いものであった.以下からは筆者が個人的に興味を持った発表を中心に講演内容について紹介したい.

 

衝突現象素過程の実験的,理論的研究に関する発表では特に,高空隙率,様々な標的サイズ,層構造,ラブルパイル構造,エアロジェルなど,標的に工夫を凝らした衝突実験の発表が多くあった(新居見,岡本(尚),柳沢,高沢,藤田,岡本(千)).結果の複雑性を見ると系統的に整理していくことはなかなか遠い道のりであるように感じたが,どの衝突条件も現実で起こりえるだけに,それらの詳細研究を押し進めることは重要である.粒子の衝突現象に関する研究は 2 件あった(桂木,田中).衝突現象における粒子の挙動は非常に複雑である.粉体層に液滴を低速衝突させる実験では,粉体の粒径や衝突速度によって様々なクレータ形状がつくられていたのが興味深かった.その他にも,衝突蒸気雲に注目した研究が3件あった(大野,黒澤,羽村).衝突蒸気雲の詳細研究は衝突によって引き起こされる大気組成変化や生命前駆物質の供給過程を理解する上で重要である.また,衝突蒸気雲の膨張過程における電離/電子再結合の効果を評価した発表では,この効果は衝突蒸気雲の膨張速度を変化させるほど大きいものであり,月形成の成立条件を変える可能性があることが報告された.大型レーザーで達成された高温高圧下での純鉄の音速計測では(境家),巨大惑星の核の圧力領域に相当する条件下での音速データを取得できていたことに驚いた.

昨年,日本国内を大いに盛り上げた「はやぶさ」のリエントリー観測に関する講演が 2 件あった(石原,弓山).「はやぶさ」帰還の意義は技術力の実証とイトカワ試料の獲得だけでなく,隕石落下時の大気中におけるアブレーション過程解明のための参照データや,将来の耐熱材料の開発のためのカプセル表面温度の参照データとしても重要である.「かぐや」データを用いた月のクレーターに関する発表が 4 件あり,すべて直径 300 km 以上の巨大衝突に盆地に関するものであった(諸田,上本,大竹,鎌田).このような巨大スケールの衝突過程と衝突構造のその後の変形過程についてはいまだ不明な点が多く,探査データから示唆される結果と実験・理論研究に基づいた理解との間には大きな隔たりがある.これを解決するためには探査・実験・理論の面から相補的かつ戦略的に研究を進める必要がある.近年,月や火星で成因不明の縦穴構造が発見されている.これの成因に関する衝突実験研究の発表もあった(道上).

将来探査や新たな探査データ解析手法に関する講演が 5 件あった.はやぶさ 2 で搭載予定である衝突装置やサンプル回収の模擬実験(高木,池崎),イトカワの再探査とイトカワで行う衝突実験の提案(荒川),反射スペクトルデータを用いた物質分析手法の改良(杉田),惑星探査機による K - Ar 年代のその場測定のための装置開発(長)の発表であった.リモセンデータを使った惑星表面の年代決定を専門としている筆者としては,サンプルリターン無しに探査機がその場で年代を決めることができることで絶対年代とリモセンデータのキャリブレーションがより容易に進むだけに,その場年代決定装置の実現に強い期待を抱いた.

衝突研究会の最後を締めくくる講演では土星系衛星の奇妙な特徴(衛星質量の大部分がタイタンに集中していること,中型衛星の岩石.氷比には大きなばらつきがあり,軌道距離と無関係であること)を説明するための仮説が発表された(関根 (康)).それは,円盤内でのガスと衛星との相互作用によって起こされる“衛星落下”と衛星間の巨大衝突で説明するものである.研究会三日目でやや疲労していた脳を目覚めさせる程の興味深い仮説であり,最後まで質問が絶えなかった.

ポスター発表のコアタイムは初日と 2 日目の講演終了後に設けられた(図 2).初日は懇親会も兼ねられており,お酒を片手に持ちながらの議論が活発に行われていた.やはり,たわいもない質問でもどんどんぶつけ合えるような雰囲気づくりには生ビールは有効である.
 

図 2. ポスター発表の様子
 

 

本会は研究会といっても堅苦しいものではなく,発表中の質問が歓迎されるなど,セミナーのような自由な雰囲気で進められている.ちょっとした疑問でも気兼ねなく質問できる点はこの研究会の最大の長所の一つであろう(そのためか,個々の発表に持ち時間が設定はされているものの,質問者はもちろん,座長もそれほど時間を気にせずに議論に参加するケースもあるので,大幅に時間が押すことがしばしばあるが…).衝突研究会は来年度も開催予定である.テーマは未定であるが,次回も衝突研究の周辺分野の専門家を講師にお招きし,天体衝突現象解明に向けた新しい方向性を議論する場となるであろう.その機会が更なる研究交流の促進と衝突研究分野の進展につながることに期待したい.

最後になりましたが,本研究会の開催に尽力された世話人の方々,低温科学研究所の方々に感謝します.また,この報告を執筆する機会を与えてくださったのは和田浩二さんでした.有り難うございました.
 

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

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