月の縦孔・地下空洞探査計画
「かぐや」地形カメラによるマリウスヒルの蛇行谷の中にある直径 65 m の深い穴付近。
SELENE「かぐや」による月面観測データにより、日本が人類史上初めて見出した孔に一番乗りして、その内部や周辺について理学的な調査を行う計画です。月面基地として最適な環境であることを確認して、国際社会に理学的データを提供することを大きな目的としています。
日本が得意とするロボット技術を駆使して初の縦孔探査を実現する計画です。将来、火星の縦孔や、峡谷などの、水や生命の痕跡があるかも知れない場所の探査を可能にするための技術の開発も大きな目的です。
「UZUME」とは、Unprecedented Zipangu Underworld of the Moon Exploration(古今未曾有[ここんみぞう]の日本の月地下世界探査)の略称です。今後、探査が月(Moon)から、火星(Mars), 小天体(Minor bodies), 水星(Mercury)へと拡大していったときも、この名前が使えます。
私達UZUME計画が目指すのは、月、火星、そしてその先の宙です。私達は、UZUME計画で月や火星の縦孔・地下空洞を探査し、多くの科学的に興味あふれる月惑星科学の課題の解決を目指しつつ、究極的には、人類の月や火星での活動拠点の構築、そしてまた、火星での生命探査を目指しています。
ではなぜ、「月、火星での人類の月面活動拠点の構築」、そしてまた、「火星での生命探査」、「月惑星科学の課題の解決」を目標とするのでしょうか。ここで、私なりの考えを述べさせていただきたいと思います。
火星を探査する乗組員とローバを描いたアーティストコンセプトです。” Humans on Mars ”
Image Credit: NASA/Pat Rawlings, SAIC
私達、日本は、2011年3月11日、未曾有の震災、津波、そして原発事故に見舞われました。1000年に一度の震災と言われました。しかし、1000年に一度といえども、起こるのものなのです。我々は、そんな自然の脅威、猛威を思い知らされました。大規模な隕石衝突もいつ起こるか、わかりません。科学の知識は、文明を滅ぼすような隕石衝突の確率がとても低いと、教えます。しかし、それでも、いつ何時、起こるか分からないのです。であれば、我々人類は、なにかしらその対策の準備をしておく必要があるのでは無いでしょうか?その準備の一つが、宇宙に活動拠点を構築すること、更に言うなら人類の生存の場を拡げること、だと思います。そこに、UZUME計画の重要な意義があると思います。
「世のため、人のために研究するな」と私は大学時代に多くの先生方に教わってきました。「世のため」「人のため」などという価値基準は、どんどん変わっていきます。そのような他人任せの価値基準のもとに研究などをしていたら、最先端の研究に突き進んでいく時に立ちはだかる大きな壁(これは研究者なら、必ず当たるもの)に行く手を阻まれた時、乗り越えることが難しい、ということなのだと思います。それより、本当に、心の底から自分が面白いこと、好きなことを、やるべき、、というのが大学での教えだったと思っています。その観点から、やや実利学的な分野で、「世のため」「人のため」を殊更強調し予算をとろうとすることには、私は抵抗感がありました。人々の危機意識をあおり、それでもって予算を取ろうとするならば、私は、侮蔑にも似た気持ちを覚えたことでしょう。
しかし、震災を経て、また歳を重ねて、私は、科学的研究成果を、世のため、人のため役立てる活動は、必要だと思うようになってきています。科学者も、自分が興味有ることとして行った研究のその成果が、「結果として」世のため、人のためになるならば、非常にうれしく思うことでしょうし、それは決してすべて否定することでもないと思います。震災前でしたら、隕石衝突の可能性をもって人類の宇宙進出を肯定しようなどとは、毛頭も思わなかったかと思います。しかし、破壊的な隕石衝突の可能性が0でない限り、我々は、その対策を少しでも始めることは必要なのだと思います。特に、一朝一夕で、地球への巨大隕石衝突対策などできるものではないと思います。更にまた、私達が予想できる、あるいは予想できないような地球環境の変化も、生じるかもしれません。地球が我々人類に、住み心地良い環境を未来永劫提供してくれるという保証などされていないのです。
だからこそ、人類が宇宙へ活動拠点を拡げていくこと、その知識・技術と経験を深め、更に実際のインフラ(設備)を構築していくことは、人類にとって、本質的な課題なのではないでしょうか。また、宙へ出て初めて見えてくる地球のことも多くあるのは間違いないです。
ジャンプする John Young です。” Apollo Moon Flags Still Standing ”
Credit: NASA/Charlie Duke.
1969年、人類は月にその一歩を記しました。しかし、1972年以降、人類が月へ訪れる事はありませんでした。それは何故か。いろいろな理由があるかと思います。しかし、その最たるものの一つとして、月の過酷な環境のことがあるかと思います。月は大気や磁場を持たないために、その表面では、数十億年前ほどではないにしても小さな隕石の直接爆撃を数多く受けており、また、温度は-150℃以下の極寒の14日間の夜と、100℃を超える灼熱の14日間の昼が交互に繰り返される、人類が活動するには厳しい環境です。そしてなにより、絶え間なく降り注ぐ放射線。時には一回の太陽表面爆発でも致死量に相当する放射線が月面に、もたらされることがあります。このような表面で人類活動領域を拡げるなど、当時の技術ではとても困難だったことでしょう。しかし、そのときから50年近くを経た今、大きく状況は変わってきました。技術は進歩し、知識は深まりました。そして何より、日本の月探査機SELENE(かぐや)が月の表面下に存在する巨大な地下空洞へ通じる縦孔の発見は、人類にとって、大きな飛躍のきっかけとなるはずです。
縦孔と、らしきもの。
Credit: NASA
縦孔は、数10m規模のものは10近く見つかっていますが、SELENEが見つけた三つの縦孔は最大級のものであり、その底は地下空洞へ連なっていることも確実です。この三つの縦孔は、月面でも「オアシス」と思われるような所であり、将来、国家レベルの戦略的重要拠点などという見方で所有権争いが生じるかもしれません。しかし、考えても見て下さい。本格的に月へ人類が活動拠点を築こうとしているこの「現代」において、「国家」という概念のもとにその占有権を争うなど、人類の「退化」的思想・行為に他なりません。この縦孔の探査、地下空洞での基地建設は、人類の「進化」につながる事業として行われるべきなのです。
そこで、私は思うのです。だからこそ、日本が主導して探査を行うべきだ、と。日本は、古来から、「和」をもって尊しとなす国でした。日本こそは、世界の国々が「和」を築くのをとりまとめていくことをすべき、そしてできる国だと思います。もちろん、日本の探査機で、縦孔を人類史上初めて見つけたということもあります。しかし、それ以上に、日本が月の縦孔・地下空洞探査を負う理由、UZUME計画を実施する理由が、ここに、私にはあると思うのです。
次に、月の先にある火星探査で目標とする「生命探査」について、述べてみたいと思います。
火星は、大気があるといっても非常に薄く、その表面は、やはり隕石や放射線が降り注ぎます。特に(地球の)生命にとって致命的である紫外線が、火星の表面での生命の存在を難しくしていることは間違いないでしょう。その意味では、火星にも見つかっている縦孔、そしてそれに続く地下空洞こそは、生命が今でも存在している可能性が一番高い場所です。火星に生命探査をしに行くならば、火星の地下空洞が最も重要であることは疑いようがありません。
火星でみつかっている「穴」。
Credit: NASA
では、そもそも何故、地球外生命を探査するのでしょうか?これまで、私は、その意義について疑ったことはありませんでした。「知的生命体としての人類は、地球外に生命が存在するかどうかを知ることは、疑いなく最も『根源的な』要求だ、、」と。しかし、「根源的な要求」とはなんでしょう?本当に、誰もがその欲求を持つのでしょうか?地球のある植物の詳細を知ろうとする知的欲求と、どう差があるのでしょうか?私は、こんなこと考えたこともありませんでした。しかし先日、私が学生時代より尊敬してきた先生(科学分野の方です)に、UZUME計画の話をさせていただいたとき、「火星生命探査の重要性を説明してみろ」、と、問われて、十分に答えられなかったのです。そこで、もう一度、火星生命探査の意味を考えてみました。
もちろん、その答えの一つは、「なんだか、分からないけれど、興味がある。」「面白そう。それで何が悪いのだ」という、ものでした。それはそれで、きっといいのではないかと思っています。しかし、更にもう少し、他にも無いだろうか、と考えていました。そして、たどり着いた考えは、先に述べた目標である「人類の活動領域の拡大」に関わるものでした。
「いずれ、人類は、その活動領域の場を、月へ、そして火星へと拡げていく。そのとき、当然、我々は、他の生命体と遭遇することになる。そのとき、その生命体をどう理解するのか、は、必然的に重要な課題となるはずだ。地球外生命によって、そこへ進出していこうとする人類は、危害を加えられるのか?或いは、食物として利用出来るのか、、」。これだ、と思いました。「我々にとって、敵となるにしても、利用出来るものとなるにしても、それら地球外(火星)生命体を知ることが大事だ」。これが、私が得たものでした。しかしながら、それでは不十分だと、その後、思うことになります。
その考えは、あるテレビ番組を見ていたとき、日本に来ていた外国人の日本に対して評価のコメントを聞いたときに、ハッ、と浮かびました。その方の日本評は「日本の文化は、自然を対立するものとみず、共にあるものとして見ることが根源にある」というものでした。これを聞いてハッとしたのです。先に考えついた考えは、地球外(火星)生命体を「害するものか」か「利用すべきもの」か、敵対か従属という関係の中で捉えようとしていました。しかし、もっと目指すべき意識があったのです。それこそ、その外国の方が見つけて下さった日本人に古くから根付く「自然とともにある」、つまり「共生」という思想です。地球外(火星)生命体と遭遇したとき、我々が行うべき事は、相手を知り、そして可能ならば「共生」させてもらう、ということなのだと思います。決して、人類を害するものとして駆逐を前提にしたり、常に地球人類の自己保存のためだけに利用するだけなど、短視眼的にみるのではあってならないのだと思うのです。
日本は古来より、他者と共に生きる意識が高い国だと思います。一方で、遺憾ながら、先の大戦では、その考えが独善的に先行しすぎて、返って近隣諸国に大きな苦しみと痛みを与えてしまいました。しかし、私は我が国は、その反省を大いにしてきたと思います。そう信じます。だからこそ、日本は、将来火星生命探査を、人類の代表として主導していくべき国だとも思うのです。もちろん、そのときには日本だけでなく、世界が国家の壁を越えて、共に月へ、そして火星へと向かっているかと思います。そしてそのとき、私達が祖先が受け継いできた日本人としての、人においても自然においても、他者とともに生きる、という感性・意識が、人類の火星探査、火星開発において、とても大事な役割をなすのでは無いか、出来るのでは無いか、と思うのです。
こうしたことを考えて、ますます、日本人こそが、月へ、火星へとむかう人類の中でも、主導的な役割を果たすべき、果たすことができるのでは無いかと思うようになってきました。
やがて、月へ、火星へと向かう中で、地球に国境が無くなる時がくるかもしれません。いや、むしろ、月へ、火星へと向かうからこそ、国境がなくなってくると思います。それこそ、人々が、武器による威嚇や戦いによってではなく、平和を実現していくことにつながるはずです。
UZUME計画は、こうした人類の平和的な発展を進める事につながっていく、つなげていくべき計画であるべきと思っています。
以上、” UZUME Home ” から転載
春山純一
月の縦孔で最初にみつかったマリウス丘(ヒル)の縦孔は、英語で表記すると、「Marius Hills Hole (MHH)」となります。
孔の位置は、北緯14.2度、東経303.3度、月の平均半径1737.4kmからの高さは、マイナス1.65kmです。月の一番大きな海領域(黒いところ)である「嵐の大洋」の中程に位置しています。
孔の形は、ほぼ円形ですが、詳しく見ると若干いびつな形をしていて、長径 59m、短径50mです。深さは、約50mと推定されています(※)。
(※)最初の報告では、深さは80mに及ぶかもしれないと計算されましたが、その後のより精度の高い画像情報を基に、計算し直された結果、50m程度の深さと計算されています。
(春山ら、2012年、Springer社発行「Moon」内掲載論文)
★ 上左画像参照
月の縦孔が最初にみつかったマリウス丘(ヒル)は、月の嵐の大洋の中程に位置する、差し渡し300kmにもおよぶ、火山が寄席集まるようにして出来た「複合火山体」で、月面最大の火山地域です。地形カメラデータを基にして作った標高データでわかるように、マリウス丘の中央やや東部にもっとも標高が高いところがありますが、おおよそ、1~2kmと非常になだらかな山体です。また、数多くの小さな「ドーム」状の火山が見られるのも、マリウス丘の特徴です。
縦孔が見つかったのは、マリウス丘の西側斜面に存在する、溶岩の流れた痕「リル」地形の中に、でした。
★ 上中央画像参照
SELENEが打ち上がって二年後、米国は、LROという月探査機を打ち上げました。LROには、全球観測用の広角カメラ(100m画素解像度)と、超高解像度ピンポイント観測用狭角カメラ(1m画素解像度)が搭載されていました。SELENEの発見した縦孔の位置情報は、LROチームにも伝えられ、その情報を基に狭角カメラを使っての詳細な観測がなされました。 LROの画像から、多くのことがわかります。
1 ) 地下に巨大な地下空洞がある
画像から、孔には底があることがわかります。もし底が、試験管のようであれば、他のクレータの底のように見えるはずです。しかし、そうなっていません。底と、孔の垂直な壁との間が、明らかに、つながっていません。つまり、壁と底の間には、縦孔の直径を超える巨大な空間、地下空洞が存在しているといえます。
2 ) この孔には、ほぼ平らな底がある
孔底に見られる日照部分と日陰部分の境界は、孔の表面の縁が投影された部分になります。この底での境界と縁の形状が一致します。もし、孔の底に山があったり、へこみがあれば、孔の底の境界と、表面の縁の形状は一致しません。つまり、底は平らなのです。もし空洞の天井が崩れて、縦孔ができたとすると、その瓦礫があってもいいはずですが、ありません。これは、非常に大きな謎です。
3 ) 周りに大きな岩やクレータが無い
孔の周りに、少なくとも半径100mの周りには、mサイズの大きな岩がありません。したがって、中からガスが抜けた際にこの孔が出来たとは考えにくいことになります。岩だけで無く、数10mサイズのクレータもありません。100m程度のピンポイント着陸精度があれば、この領域に着陸する際の安全性がかなり、いえることになります。また、着陸点からの、孔への接近も、用意であるといえます。
★ 上右上段画像参照
LROの斜め撮像
上の二枚の画像は、LROが衛星を斜めに傾けて、縦孔を撮影したものです。左は、東側から、右は西側から、撮ったもので、それぞれ、地下の空洞をのぞき見る形になっています。こうした画像から、マリウス丘の縦孔の地下空洞の天井は20mに、奥行きもまた10m以上にも及ぶことが、わかりました。
★ 上右下段画像参照
小型月実験機構想. SLIM (Smart Lander for Investigating Moon)とは、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究し、それを小型探査機で月面にて実証する構想です。
HAKUTOは、2008年にGoogle Lunar X PRIZEへの挑戦に触発された本業で宇宙開発に携わった経験者達によって設立されました。(名称は日本の伝承の白兎に因む)
超小型探査機による深宇宙探査ミッションの可能性を切り開くべく、東京大学において世界で初めて 50 kg 級の深宇宙探査機バスの実証に成功した PROCYON に引き続くものです。
地球を飛び立ち、ソーラーパネルを展開している月周回衛星「かぐや(SELENE)」です。このあと、月探査における人類最高解像度の全球マッピングなどを行い、次期月探査への大きな扉を開けました。
月の縦孔・地下空洞について、SELENE(かぐや)の発見から UZUME 計画まで、初めて詳細に紹介した書籍。「アマゾン Kindle、ロビー出版」
著者:春山純一
縦孔とその周辺探査による月の最終期マグマ活動の解明
2009年のある日,春山さんが部屋に入ってくるなり「孔が見つかった」とやや興奮気味に教えてくれました.確かにその画像を見ると天体衝突でつくられたクレーターとは明らかに深さが異なる「孔」があったのです ...
諸田智克:名古屋大学大学院 環境学研究科
ロボットと月の孔へ向かう夢と期待
地球上であっても縦孔を降りていって同じような探査を行うことができるロボットは簡単ではなさそうですが,屋外の自然環境,人が入ってゆくには危ない環境へのロボット応用へつながり地上での波及効果も高い夢と感じています ...
稲葉雅幸:情報理工学系研究科
「月の縦孔探査かるた」でアウトリーチ
UZUME計画が何としてでも成功するよう、アウトリーチで盛り上げていきたいと案を練りました。その第1弾が「月の縦孔探査かるた」という科学コミュニケーションツールの開発です ...
新井真由美:日本科学未来館
日本惑星協会における月探査への取り組みの重要な足掛かりとなるプロジェクトです。アウトリーチ活動も活発で、協会として何かお手伝いできることはないか、春山先生といろいろ打ち合わせを行っております。
当協会の取り組みや手法について、ご意見を頂ければ嬉しいです。