深宇宙探査技術実証機デスティニー・プラス(DESTINY PLUS)の計画概要とサイエンス

太陽の子・塵の母「Phaethon」をフライバイ! その 01
June 01, 2024 Published.

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第33巻(2024)1号 - PDF



荒井朋子 : 千葉工業大学

小林正規(千葉工業大学)、石橋高(千葉工業大学)、吉田二美(産業医科大学、千葉工業大学)、木村宏(千葉工業大学)、平井隆之(千葉工業大学)、岡本尚也(千葉工業大学)、洪鵬(千葉工業大学)、山田学(千葉工業大学)、和田浩二(千葉工業大学)、千秋博紀(千葉工業大学)、秋田谷洋(千葉工業大学)、Ralf Srama(Universitat Stuttgart)、Harald Kruger(Max Planck Institute)、Sean Marshall(University of Central Florida)、佐々木晶(大阪大学)、薮田ひかる(広島大学)、石黒正晃(ソウル大学)、中村智樹(東北大学)、大塚勝仁(東京流星観測網、千葉工業大学)、渡部潤一(国立天文台)、伊藤孝士(国立天文台、千葉工業大学)、大坪貴文(産業医科大学、千葉工業大学)、阿部新助(日本大学)、関口朋彦(北海道教育大学)、浦川聖太郎(日本スペースガード協会)、廣井孝弘(Brown University)、紅山仁(東京大学)、諸田智克(東京大学)、橘省吾(東京大学)、三河内岳(東京大学)、松浦周二(関西学院大学)、伊藤元雄(海洋研究開発機構)、山口亮(国立極地研究所)、野口高明(京都大学)、中村メッセンジャー圭子(Exploration Laboratories)、小松睦美(埼玉県立大学)、小松吾郎(Università d'Annunzio、千葉工業大学)、出村裕英(会津大学)、平田成(会津大学)、金田英宏(名古屋大学)、柳沢俊史(JAXA 調布航空宇宙センター)、黒崎裕久(JAXA 調布航空宇宙センター)、巽瑛理(JAXA 宇宙科学研究所)、矢野創(JAXA 宇宙科学研究所)、吉川真(JAXA 宇宙科学研究所)、尾崎直哉(JAXA 宇宙科学研究所)、山本高行(JAXA 宇宙科学研究所)、餅原義孝(JAXA 宇宙科学研究所)、徳留真一郎(JAXA 宇宙科学研究所)、豊田裕之(JAXA 宇宙科学研究所)、西山和孝(JAXA 宇宙科学研究所)、今村裕志(JAXA 宇宙科学研究所)、高島建(JAXA 宇宙科学研究所)
 

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(要旨)深宇宙探査技術実証機デスティニー・プラス(DESTINY PLUS (+))は,理工一体でふたご座流星群母天体である小惑星(3200)Phaethon の高速フライバイ観測に挑む計画である.2025年度の打ち上げを目指し,現在開発を進めると共に,目標天体 Phaethon の地上観測を継続的に行っている.本連載では,DESTINY+ の計画概要,目指すサイエンス,プロジェクト化の経緯,搭載観測装置,地上観測,地上研究や他の探査計画との連携,サイエンス推進に係る活動などを紹介していく.
 

1. はじめに

深宇宙探査技術実証機デスティニー・プラス(以下 DESTINY+)は,開発中の小型の固体燃料ロケット「イプシロン S」を利用して打ち上げられる小惑星探査計画である.理工連携により,小惑星の近傍を通過して観測を行う「フライバイ」探査技術を獲得し,小天体探査の機会拡大を目指す.工学ミッションは ISAS が,理学ミッションとサイエンスの推進は千葉工業大学が中心となり計画を進めている.搭載機器の一つであるダストアナライザは,DLR との国際協力でドイツのシュツットガルト大学が開発を行う.理学ミッションでは,ふたご座流星群の母天体である活動的小惑星 Phaethon の高速フライバイ撮像を行うと共に,1 au 付近の惑星間ダスト・星間ダスト,Phaethon 周辺ダスト粒子の質量分布,速度,飛来方向,化学組成のその場直接分析を行う.現在,2025年度の 打ち上げを目指して開発を進めると共に,フライバイ観測の準備として目標天体 Phaethon の地上観測を継続的に行っている.本連載では,ミッション概要,目指すサイエンス,プロジェクト化の経緯,搭載観測装置,地上観測,地上研究や他の探査計画との連携,サイエンス推進に係る活動などを紹介していく.本稿では連載第一弾として DESTINY+ 計画の概要を解説する.
 

2. 経緯

DESTINY+ は Demonstration and Experiment of Space Technology for INter planetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Science の略称で,前半が工学ミッションの目的である「深宇宙探査技術の実証実験」,with 以降の後半は理学ミッションの目的である「小惑星(3200)Phaethon(フェートンまたはファエトンと呼ばれる)のフライバイ及びダストサイエンス」を表す.その名の通り,工学実証機に理学観測が相乗りする形で実現した理 工一体ミッションである.理学ミッションは,2010年度に日本惑星科学会で行われた「月惑星探査 来る 10 年検討」(以下,「来る 10 年検討」)の公募 [ 1 ] に応募した「小惑星 Phaethon 探査提案」[ 2 ] が基となっており,日本惑星科学会からのボトムアップ提案がプロジェクト化した初めてのケースである.トップサイエンスを抽出する第一段階では,小惑星探査パネルで高い評価を得るも,フラッグシップミッション(中型計画)向きではないという理由から第二段階の選定から外れた[ 3 ].その後も,国内外の理工関係者と議論を重ね,助言や協力を得ながら,探査実現の機会を独自に模索し続けた.提案当初はサンプルリターンを目指していたが,技術的実現性を考慮してフライバイに変更した.フライバイでも天体表 層物質の化学組 成情報が欲しいので,ダストの化学組成をその場で直接分析可能なダストアナライザの開発実績のあるドイツチームと協議の上,ダストアナライザの搭載を決めた.また,工学ミッションへの相乗り可能性を探り,2011年度に設立された DESTINY ワーキンググループにオブザーバとして参加した.本計画の前身となる工学実証ミッション提案 DESTINY の理学 活用例の一つとして,ISAS の「2013年度イプシロン搭載宇宙科学ミッション」の提案 募集に応募したが,最終審査で不採択となった.その後,Phaethon フライバイを理学ミッションに加えた理工一体ミッション提案 DESTINY+ として,ISAS の「2015年度公募型小型計画 2 号機」の提案募集に再応募し,2017年08月に選定された.その後も,X 線天文衛星「ひとみ」の事故の影響による審査の延期や提案の見直しで生じたコスト・重量増加問題を乗り越え,2020年06月01日にプリプロジェクト化(プロジェクトの前段階),2021年05月01日にプロジェクト化された.2022年12月に基本設計審査を通過し,現在は詳細設計を進めている.2022年10月12日のイプシロン 6 号機失敗及び2023年07月14日に発生したイプシロン S ロケット第 2 段エンジンの地上燃焼試験事故を踏まえて開発スケジュールを見直し,2023年10月27日の宇宙政策委員会宇宙科学・探査小委員会において,DESTINY+ の打上げを2024年度から2025年度に変更する方針が提示された(図1).
 

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図 1:DESTINY+ プロジェクトのスケジュール.
画像クレジット: 遊星人
 

3. ミッションの目的と目標

DESTINY+ の理工共通の目的は,小惑星の近傍を通過して観測を行う「フライバイ」探査技術を獲得し,小天体探査の機会拡大を目指すことである.工学ミッションと理学のミッションの目的と目標を表 1 に示す.以下にそれぞれのミッションの目的・目標設定の背景と根拠を示す.
 

表 1a:工学ミッションの目的と目標(DESTINY+ ミッション要求書からの抜粋).

ミッション目的 ミッション目標
EMO 1 電気推進の活用、範囲拡大 EMG 1 電気推進航行技術の発展
EMG 1. 1 高性能電気推進航行機
従来の電気推進航行機の二倍の航行能力を有し、惑星周回軌道で電気推進航行が可能な宇宙機を実現する.
EMG 1. 2 高度な軌道変換
電気推進を用いた軌道変換により地球圏を脱出する
EMG 1. 3 運用性向上
電気推進運転中の運用性を向上する
EMO 2 小天体探査の拡大 EMG 2 フライバイ探査
EMG 2. 1 フライバイ
Phaethon の輪郭とライトカーブから全球形状を明らかにする.
EMG 2. 2 マルチフライバイ(エクストラミッション)
フライバイを複数の小天体に対し実施する.

 

表 1b:理学ミッションの目的と目標(DESTINY+ ミッション要求書からの抜粋).

ミッション目的 ミッション目標
SMO 1 地球飛来ダストの実態解明 SMG 1 地球飛来ダストの実態と由来の解明
SMG 1. 1 惑星間ダスト
惑星間におけるダスト毎の物理化学特性を調べ、由来(彗星 or 小惑星)に制約を与える.
SMG 1. 2 星間ダスト
1 au まで流入する星間ダストのフラックス及び化学組成を明らかにする.
SMG 1. 3 Phaethon 周辺ダスト
1 au における Phaethon からのダスト放出有無を明らかにする.また Phaethon 周辺のダストの質量分布と化学組成を調べる.
SMG 1. 4 ダストトレイル
ダストトレイル構造の内と外で、ダストのフラックス、質量分布、到来方向、速度、化学組成を調べ、優位な差異の有無を評価する.
SMG 1. 5 Phaethon からの分裂天体周辺のダスト(エクストラミッション)
Phaethon からの分裂天体周辺のダストの質量分布と化学組成を調べる.
SMO 2 地球飛来ダストの特定供給源である流星群母天体の実態解明 SMG 2 地球飛来ダストの特定供給源である流星群母天体の実態の解明
SMG 2. 1 Phaethon のグローバル形状
Phaethon の輪郭とライトカーブから全球形状を明らかにする.
SMG 2. 2 Phaethon のセミグローバル地形
Phaethon の日照域の三次元形状を明らかにする.
SMG 2. 3 Phaethon 表層のローカル地形
Phaethon 表層のローカルな地形を明らかにする.
SMG 2. 4 Phaethon 表層の物質分布
Phaethon 表層の物質分布をローカルな地形と関連付けて明らかにする.
SMG 2. 5 Phaethon からの分裂天体の形状、表層地形、及び表層の物質分布(エクストラミッション)
マルチフライバイにより、Phaethon からの分裂天体候補である小惑星 2005 UD などのグローバル形状、セミグローバル地形、表層のローカル地形、及び表層の物質分布を明らかにする.

 

3 - 1. 工学ミッションの目的と目標

宇宙科学研究所が宇宙科学・探査計画をまとめた宇宙科学・探査ロードマップ(2013年制定,2019年改訂)[ 4 ] は,基本となる考え方として以下に示す「具体的な進め方」が提案されている.
1. イプシロンロケットを活用して地球周回軌道からのサイエンスを適正規模のミッションでタイムリーに実現する一方,衛星探査機の小型化・高度化技術などの工学課題の突破から惑星探査への展開も図る.
2. 2. 太陽系探査科学分野は,小天体探査から惑星科学を推進することにおける世界でのリーダーシップを意識しつつ,工学課題克服・技術獲得と連携しつつ大型ミッションによる本格探査に備える.

上記提案を踏まえ,DESTINY+ では宇宙工学を先導する航行・探査技術を獲得して,次世代の深宇宙ミッションの発展に資することをミッションの目的とする.この目的を実現するために目指す二つのミッション目標を以下に示す.

(1)電気推進航行技術の発展
比推力の高い電気推進は,探査機自身に大きな増速能力を要求するミッションにおいて有効であり,遠方の天体への到達・往復が必要なミッションでの活用が見込まれる.はやぶさ1, 2で実績を積み重ねてきた μ 10 イオンエンジンの能力を充分に活用するためには,惑星周回や月スイングバイ・太陽潮汐力と電気推進軌道変換を組み合わせた高度な軌道計画・航法技術の獲得や,電気推進運転中の運用性向上が必要である.DESTINY+ では従来の電気推進航行機の航行能力を高め,惑星周回軌道上で電気推進航行が可能な高性能電気推 進航行機を実現する.電気推進を用いた高度な軌道変換による地球圏脱出と,電気推進運転中の運用性向上が達成されれば,中型計画による小惑星探査や月・惑星探査,小型計画や相乗り打ち上げによる深宇宙探査に至るまで電気推進活用範囲が広がり,様々な応用ミッションが可能になる.また,その過程で開発・実証される様々な先端要素技術(薄膜軽量太陽電池パドル,先端的熱制御デバイス,スパイラル軌道上昇,機器の小型化・高性能化)も,様々な形で多方面に応用可能である.

(2)フライバイ探査技術の獲得
従来フライバイ探査は,誘導精度や観測方向変化率の制約から近接観測が困難な天体に対し,限られた時間で低分解能の観測しかできない,ランデブー探査の前段階の最低限の探査手法とされていた.しかし,先進的なフライバイ探査技術の獲得により,惑星・小天体探査の質と量の拡大ができれば,小型計画や他ミッションへの相乗り等,多様な探査機会の活用が可能となり,今後の惑星・小天体探査において有効な手段となり得る.また,太陽系内外における未知の小天体との遭遇による観測は,フライバイ探査と同様の手法となるため,千載一遇の機会を捉える技術ともなる.DESTINY+ では,電波光学複合航法・誘導・制御による近接フライバイ及び機上ベースの光学情報に基づく自律追尾撮像による高分解能クローズアップ観測を相対速度の大きな高速フライバイで実現し,これを複数の小天体に対し実施するマルチ・フライバイを目指す.

上記の目標達成のため,高度な軌道変換技術,地球周回軌道上でのイオンエンジン運転,それを可能にする高出力密度の薄膜軽量 SAP や先進的熱制御といった新規技術を実証し,イプシロン S ロケットを活用した低コスト・高頻度な深宇宙探査を可能にするプラットフォーム実現する.また,「ひさき」「あらせ」の小型衛星標準バス,はやぶさ,はやぶさ2のイオンエンジンのヘリテージを有効活用し,メーカ選定から打ち上げまで 4 年間の短期開発を実現する.
 

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図 3:イプシロンSロケットに搭載される DESTINY+ 探査機及びキックステージ.
画像クレジット: JAXA
 

3 - 2. 理学ミッションの目的と目標

年間 4 万トンを超える塵(ダスト)が地球外から地表に供給されている [ 5 ].それらの分析結果からダストには,一般的に炭素や有機物が含まれ [ 6 ],それらの量は炭素質隕石の数倍以上であることがわかってきた [ 7 ].小惑星や彗星が地球に衝突した場合,地表への供給質量はダストに比べ圧倒的に大きいが,大気摩擦による減速が効かず,地表激突時に生じる高温により有機物の大部分が分解してしまう.そのため,大気摩擦により効率的に減速するダストは有機物供給に有利であると理論研究も示している [ 8 ].以上から地球外有機物の持ち込みに最も寄与する輸送媒体はダストであると考えられている.近年,地球外由来の炭素や有機物が地球生命の前駆物質になりうるという仮説検証を目指し,惑星科学や天文学において分野横断的な手法でダスト研究が精力的に進められている.DESTINY+ の理学ミッションは,地球に飛来するダストに着目し,上記の仮説検証のため「地球生命の前駆物質の可能性がある地球外からの炭素や有機物の主要供給源と考えられる地球飛来ダスト及びその母天体の実態解明」を目指し,以下の二つの目的と目標を設定する.なお,これらの目的を掲げる DESTINY+ は,はやぶさ2や MMX を含む ISAS の小天体探査戦略の一翼を担う.

(1)地球飛来ダストの実態解明
一つ目の目的は,惑星間空間における地球飛来ダストの物理特性(速度、到来方向、質量分布)及び化学特性を明らかにし、地球飛来ダストの実態を解明することである.探査機が地球から Phaethon へ向かう経路は,ダストが地球に飛来する経路の逆方向に相当する.探査機は,地球低軌道へ打ち上げられた後,地球スパイラル軌道を徐々に高度を上げ月まで到達する.月をスイングバイし,地球圏脱出後は惑星間空間を航行し,ふたご座流星群のダストトレイルを経て,母天体である Phaethon に到達する.探査機は地球へのダストの輸送経路を遡りながら,その場でダスト粒子の物理特性(速度,到来方向,質量分布)及び化学組成を継続的に観測する.惑星間空間でダストをその場直接分析することで,大気圏突入時の加熱の影響を受けない真のダストの化学特性の情報が得られる.また,Phaethon に到着するまでの惑星間空間やダストトレイルと Phaethon 近傍でのダストの観測データを比較することで,流星群母天体から放出したダストが地球に飛来するまでに,物理化学特性にどのような違いが生じるのか調べることができる.得られたデータから,惑星間ダストの粒子毎の由来理解と,太陽系に流入する星間ダストの化学組成の理解を目指す.

(2)地球飛来ダストの特定供給源である流星群母天体の実態解明
二つ目の目的は、流星群母天体である活動的小惑星におけるダストの生成・放出機構を明らかにし,地球へのダスト供給機構に係る新たな知見を得ることである.また,太陽近傍で著しく加熱された小惑星の地形と地質を明らかにすることである.流星群ダストは,地球の軌道と交差する軌道を持つ彗星や小惑星から放出されたダストが,それらの天体の軌道に沿って帯状に分布したダストトレイルを経由して地球に飛来する.そのため,流星群ダストの由来天体(流星群母天体と呼ぶ)は,地球に有機物や炭素を含むダストを供給する天体として重要な研究対象である.DESTINY+ の目標天体である小惑星 Phaethon は,三大流星群の一つであるふたご座流星群の母天体である [ 9 ].諸元を表 6 に示す.Phaethon の直径は約 6 ㎞ で,地球に衝突する可能性のある天体としては最大級である.大きい軌道離心率と軌道傾斜角を持ち,近日点距離が 0.14 au と小さい.近日点付近では小惑星の表面は 1000 K 以上に加熱され,太陽回帰毎に増光と尾の出現が観測されている [ 10 - 12 ].このように Phaethon は彗星と小惑星の特徴を併せ持つため,活動的小惑星に分類される.これまで地上望遠鏡や宇宙望遠鏡により様々な観測が行われたが,Phaethon からのダスト放出メカニズムは諸説あり,地球からの点光源での観測データからは未だその実態はよくわかっていない.DESTINY+ では Phaethon を空間分解して天体形状,表層地形および物質分布を観測し,太陽に焙られた活動的小惑星からのダスト放出機構の解明を目指す.
 

4. DESTINY+ が取り組む三つの理学課題

ダストという媒体により地球にもたらされる有機物や炭素の供給源は,スノーライン外側で生まれた始原的小天体であり,地球を生命居住可能環境にするために必要な水,有機物,揮発性物質を豊富に含む.始原天体は太陽系初期に形成後,太陽系における位置,軌道,天体サイズなどに応じて進化し,彗星から始原的小惑星という多様性を持つに至った.楕円軌道を持つ彗星は,太陽接近時に太陽加熱により水氷や揮発性物質が昇華することでガスを放出し,それに伴い表層のダストも放出する.放出されたダストのうち,サイズが数ミクロン以下のものは,太陽輻射圧の影響を受け,彗星の軌道から外れ,惑星間空間に供給される.惑星間空間を漂うダスト(以下,惑星間ダスト)は黄道面(地球などの惑星が太陽を公転する軌道面)に沿って公転しながら太陽の重力により,徐々に太陽に落ちていく.その途中で地球周辺を通過するダストは地球重力により地球に飛来する(図 2 の ① の経路).これらのダストには太陽系の様々な始原天体由来のダストが含まれる.

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図 2:地球に飛来するダストの輸送経路.
画像クレジット: 遊星人
 

もう一つの経路は流星群のダストトレイル経由である(図 2 の ② の経路).流星群とは,地球軌道と交差する軌道を持つ彗星や小惑星から放出した数百ミクロンサイズ以上のダストがその天体の軌道に沿って帯状に分布するダストトレイルを地球が通過する際に多量の流星が観測される現象である.数百ミクロン以上のダストは,地球大気圏を通過する際に高温高圧のプラズマ状態となり発光するため流星として観測される.これらのダストは供給源の天体が特定されている点で科学的意義が非常に高い.流星群の母天体は一般的に彗星であるが,ふたご座やしぶんぎ座流星群のように小惑星由来のものもある.DESTINY+ は,地球飛来ダストの輸送経路に着目し,次の三つの理学課題に取り組む.

(a)惑星間ダストの全体像及び粒子毎の由来制約
惑星間ダスト(IDP)は不特定多数の始原天体由来のダストの混合である.これまでも IDP の全体像理解を目指し,様々な手法で研究が進められてきた.地上回収試料(南極氷床コア,海底堆積物),成層圏回収試料(航空機,気球),地球周回軌道での回収試料(たんぽぽ),サンプルリターンによる彗星ダスト試料の地上分析(米国スターダスト),地球周回軌道での長期ダストカウント(LDEF), 地上望遠鏡あるいは地球周回衛星搭載観測装置による黄道光の可視赤外線観測(Wizard,COBE / DIRBE, あかり,あかつき,WISE,HELIOS,SMEI),そして地上あるいは地球周回軌道からの流星観測(METEOR)[ 13 ] など多岐に渡る.黄道面に広がった惑星間ダストが太陽光を反射して見える黄道光の低いアルベド ( 0.06 ± 0.01) から 90 % が彗星からの寄与であるという説 [ 14 ] や軌道モデル計算からは彗星寄与が 25 % 以下とする説 [ 15 ] あるいは成層圏で回収された惑星間ダストの He 濃度分析結果から小惑星と彗星の寄与度は同程度する説 [ 16 ] など,IDP への彗星,小惑星の寄与度や全体像は現状不明である.また,航空機により成層圏で回収された IDP サンプルの内,彗星由来とされる Porous, an hydrous IDP と小惑星由来とされる Smooth, hydrous IDP の量比はよくわかっていない.DESTINY+ では,惑星間空間で IDP のその場直接分析を行い、粒子毎の軌道特性と化学組成の両方の情報を得ることで由来に制約を与える.また,成層圏で回収された惑星間ダストや地上で回収される南極微隕石はサイズによって大気圏突入時の加熱の影響を受けているが,DESTINY+ では,惑星間空間での IDP のその場分析により,地球大気圏突入のバイアス無しの地球飛来ダストの物理化学特性が得られる.

(b)1 au に流入する星間ダストの化学組成の調査
IDP の中には 5 % 程度の存在度で星間由来のダストが存在することがわかっている.これまでの探査で,HELIOS , GALILEO, ULYSSES , CASSINI ミッションでもダストアナライザによって星間ダストが観測されている.一般的にダストサイズは 1 ミクロン以下で,IDP に比べると小さい.ローカルな星間雲の赤外線観測では,ダスト成分もガス成分も C,N,O に富み,ダスト成分の約 40 % は有機物だと推定されている [ 17 ].一方,土星探査機 Cassini 搭載の Cosmic Dust Analyzer(CDA)で観測された 36 個の星間ダストの組成はケイ酸塩鉱物のみで,有機物は検出されていない [ 18 ].ローカルな星間雲が有機物に富むのに対し,太陽系内で観測された星間ダストに有機物が検出されていないことは大きな問題となっている.存在頻度が低いため,これまでの探査では統計的な議論 をするのに十分なサンプル数を確保できていない.DESTINY+ では 2 年間以上に及ぶ惑星間航行中に継続的にダストを観測し,1 au まで入り込む比較的大きいサイズの星間ダストの物理化学特性をその場分析し,太陽系内の星間ダストの有機物や炭素の有無や存在度の明らかにすることを目指す.

(c)活動的小惑星からのダスト放出機構の理解
近年の地上望遠鏡やハッブル望遠鏡観測では,小惑星軌道を持つ彗星や彗星活動を見せる小惑星が小惑星帯で発見され,小惑星表面に氷や有機物が見つかっている.一般的には彗星起源である流星群の中には,ふたご座流星群のように母天体が小惑星のものもある.彗星と小惑星のそれぞれの特徴を合わせ持つような天体(メインベルト彗星,枯渇あるいは休眠彗星及び活動的小惑星)の発見が相次ぎ,軌道進化や物質進化などの進化度合いに応じて段階的な天体の存在が明らかになってきた.Phaethon は炭素質(B 型)の地球近傍小惑星であるが [ 19 他 ],太陽回帰毎に増光と尾が出現し [ 10 - 12 ] ,ダストトレイルも観測されている [ 20, 21 ].太陽観測衛星 STEREO 搭載の可視カメラで観測された増光と尾の出現は当初,少量のダスト放出に起因すると考えられていたが [ 10 - 12 ],太陽観測衛星 SOHO 搭載の分光カメラの観測により,Na 原子の放出によることが明らかになった [ 22 ] .また、直径約 1 km の小惑星 2005 UD は,Phaethon から分裂したと考えられており [ 23 ],Phaethon 自身は小惑星帯にある太陽系最大のメインベルト小惑星 (2) パラスから分裂した可能性が示唆されている[ 24 ].

地上望遠鏡や宇宙望遠鏡観測の点光源データからは,Phaethon のダスト放出機構や小惑星の分裂機構を理解することは難しい.ダスト放出機構の可能性として,揮発性物質(ナトリウムなど)の昇華に伴うダスト噴出 [ 25 ],熱歪みによるひび割れ含水鉱物の加熱脱水に生じたダストの太陽輻射圧による放出 [ 26 ], 静電力をドライバとしたダスト放出 [ 27 ] , 高速回転によるダスト放出,などが考えられる.Phaethon の自転周期は 3.6 時間であり,直径 5 - 6 km の天体としてはやや速い [ 28, 29 ].短周期(1.4 年)で太陽回帰するため,YORP 効果の影響で自転がさらに加速された場合,高速回転による分裂やダスト放出が起こりうる.高速回転を繰り返した場合,赤道方向に扁平した形状になる.

また,ふたご座流星群の発光輝線の地上分光観測から太陽組成に対してナトリウムの枯渇が報告されている [ 30, 31 ].また,ふたご座流星群のダスト密度が他の流星群に比べ非常に高い(約2.6 g cm-3)ことが示唆されている [ 32 ].ふたご座流 星群ダストあるいは母天体表層が太陽加熱あるいは他の熱源による加熱の影響で Na 濃度に不均質が生じた可能性がある [ 33, 34 ].Phaethon の自転軸が大きく傾いていることにより南北半球表層での太陽加熱度の差異 [ 35 ] やそれに起因する粒度の差異 [ 36 ] も示唆されている.近日点付近で南半球や低緯度地域での急激な温度変化に伴うナトリウム昇華がドライバとなりダスト放出が起こるモデルも提案されている [ 25, 27 ] . DESTINY+ では Phaethon の天体形状,表層地形および地形に伴う物質分布を観測しダスト放出機構解明の手がかりを得る.また,Phaethon 周辺のダストの化学組成をその場直接分析し,ナトリウムの濃度や不均質有無を調べる.
 

5. DESTINY+ の探査機システム概要

DESTINY+ 探査機はイプシロン S ロケ ットで打ち上げられる [ 37, 38 ].S には synergy, speed, smart, superior, service の複数の意味が含まれる.DESTINY+ 探査機の仕様を表 2 に,探査機外観を図 4 に示す.高性能深宇宙航行機を実現するための電気推進系は,機体下部に搭載され,総増速量 4 km/s 以上,最大推力 40 mN を実現する [ 39 ].システムの総質量としては「はやぶさ2」から 2 割の軽量化を目指す一方で,宇宙航行能力(増速量)の倍増を目指している.電気推進系を運転するために必要な大電力は,薄膜軽量太陽電池パドル(出力 / 質量比約 100 W / kg)により確保する [ 40 ].太陽電池パドル展開時の全長は約 9.1 m,スパイラル軌道上でも継続的に電力を確保し,電気推進系の運転を可能にするため一軸回転が可能である.
 

表 2:DESTINY+ 探査機システム仕様の概要.

ミッション期間 6.2 年(打ち上げ~ Phaethon フライバイ~地球スイングバイ)
質量 483 ㎏(打ち上げ時の推薬含む)
打ち上げロケット イプシロン S ロケット + キックステージ
軌道 初期投入(230 km x 37000 km、軌道傾斜角 30.44 °)~月高度(38 万 km)~ Phaethon 遷移軌道
姿勢制御 三軸制御
通信周波数帯 X 帯、アンテナ構成:LGA 及び MGA
電源 高効率薄膜軽量電池パドル、リチウムイオン電池
推進 µ 10 イオンエンジン、RCS(ヒドラジン)
熱制御 ループヒートパイプ
耐放射線性 約 64 krad(3 mm 厚のアルミシールド)

 

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図 4:DESTINY+ 探査機の外観図.LGA: 低利得アンテナ,MGA: 中利得アンテナ,RTP: 可逆展開ラジエータ, STT: スタートラッカ,TCAP: 惑星追尾望遠カメラ, MCAP: マルチバンドカメラ,DDA: ダストアナライザ.
画像クレジット: JAXA/カシカガク
 

6. 観測機器

理学ミッション目的と目標を達成するための観測は,ダスト粒子毎の物理化学特性を直接分析するダストアナライザ「DESTINY+ Dust Analyzer(DDA)」,小惑星望遠モノクロカメラ「Telescopic Camera for Phaethon(TCAP)」, 可視近赤外マルチバンドカメラ「Multiband Camera for Phaethon(MCAP)」の三つの機器で行う(図 5).TCAP 及び MCAP の開発は千葉工大が,DDA の開発はドイツのシュツットガルト大学が中心となり進めている.

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図 5:理学観測装置
画像クレジット: 遊星人
 

(1)カメラ
DESTINY+ 探査機が Phaethon を最接近距離 500 ± 50 km で相対速度秒速 36 km で高速フライバイする際,TCAP と MCAP の二台のカメラで Phaethon の観測を行う.それぞれの簡単な仕様を表 3 に示す.図 6 に Phaethon フライバイ時の理学撮像シーケンスの概要を示す.TCAP による詳細地形観測と MCAP による表層の反射スペクトル観測により,Phaethon からのダスト生成・放出機構に係る知見が得られると共に,太陽光により著しく加熱を受けた小惑星の様相が世界で初めて明らかになる.
 

表 3:TCAP および MCAP の仕様.

  TCAP MCAP
有効径 114 mm 20.8 mm
焦点距離 787,7 mm 99 mm
視野角 0.81 deg x 0.81 deg 6.5 deg x 6.5 deg
画素数 2048 x 2048 2048 x 2048
画素視野角 7 µrad/pixel 54 µrad/pixel
重量 11.17 kg 2.7 kg
波長   425, 550, 700, 850

 

Image Caption :
図 6:Phaethon フライバイ時の撮像プロファイル.
画像クレジット: 遊星人
 

(1-1TCAP
TCAP は可視波長域のモノクロ追尾望遠カメラである.Phaethon を追尾しながら, ライトカーブ,日照域の 3 次元形状やローカルな詳細地形を,Phaethon からの距離に応じて観測する(図 6).TCAP は最接近の 約 7.5 時間前(自転周期 3.6 時間の約 2 倍の時間)から,Phaethon を空間分解して撮像が可能になる.最接近フライバイ時は,幅広い太陽位相角で最高空間解像度約 3.5 m/ピクセルで表層の地形を観測する [ 41 ].Phaethon のフライバイ観測時の視 線方向の相対角速度が 4 deg/s 以上と大きく,探査機の姿勢のみによる追尾が困難であるため,1 軸の追尾機構(駆動鏡)を持つ [ 42 ] . 高速で通過する Phaethon を自動追尾により,できるだけ長い時間カメラの視野に入れ,ブレずに撮像することは,技術的な挑戦である.このワンチャンスの挑戦的観測を確実に成功させるため,追尾撮像シミュレーション検討 [ 43 ],隕石を用いた模擬撮像試験や地上・機上校 正計画の検討 [ 44 ] を鋭意進めている.TCAP はフライバイ観測実現に必要な Phaethon の検出および同定,相対軌道制御のための光学航法,Phaethon の自律追尾撮像のためのオンボード光学航法への画像情報の提供も行う衛星バス機器の機能も有する.TCAP 画像を用いた光学電波複合航法により,最接近 500 km の高速フライバイを実現する.地心距離 0.32 au の地点におけるフライバイでは往復伝播遅延が 5 分強あるため自律機能による撮像が必須である. 最接近 7.5 時間前までに TCM(軌道修正)を終了し,自動制御へ移行する.

(1-2MCAP
MCAP は可視から近赤外にかけての観測波長を持つマルチバンドカメラである.Phaethon 日照域の物質観測を実施する.MCAP は Phaethon から約 1000 km の距離で約 40 m/ピクセルという空間分解能で,可視域の 4 波長(425, 550, 700, 850 nm)で天体表面の反射分光特性を測定し,スペクトルの傾きや形状から表面の物質分布を調べる [ 41 ].高速フライバイのため,フィルターホイールを用いた時間差で異なる波長の観測ができないため,複眼式の光学系により複数の波長を同時に観測する.MCAP のスペクトルデータと TCAP のグローバル及びローカルな詳細地形データの統合解析により,地上望遠鏡観測が示す自転位相によるスペクトル不均質 [ 19,45 など ] の原因解明を目指す.

(2)DDA
DDA は衝突電離型のダスト検出器と陽イオン型の飛行時間型質量分析計(TOF - MS)が一体となった観測装置で,米国の土星探査機カッシーニに搭載されたダストアナライザ(CDA: Cosmic Dust Analyzer)の改良版である [ 46 ].数 10 nm から数 10 μm のサイズのダスト粒子毎の質量,速度,飛来方向,化学組成を直接分析することが可能である(表 4). フライバイ探査では表層の物質回収や天体表層に着陸して分析はできない.その代替手段として,Phaethon 周辺に漂うダストを DDA の衝突電離による質量分析で,Phaethon 表層物質の情報が得られることが期待される.
 

表 4:DDA の性能.

項目 性能
Measurement items Mass, velocity, charge, incident angle, chemical, composition of detected dust particles
Mass range 10-19 - 10-19 kg
Velocity range 5 - 100 km/s
Charge range 2 x 10-15 - 5 x 10-13 C
Measurement accuracy Mass < 1 order TBD
Velocity < 10 %
Charge < TBD C
Incident angle < 10 deg
Sensor area > 0.02 m2
FOB (half cone angle) ≥ 13 deg ( Angle between target normal and line from the target center to the edge of sensor aperture )
Atomic mass range 1 - 1000 u
Mass resolution ( M/dM ) > 100

 

衝突電離型の TOF - MS では,センサー内のターゲット板にダスト粒子が衝突した時のエネルギーによって加熱されたダスト粒子物質が 高温のプラズマになり,衝突した部分のターゲット板の物質と一緒になってクラスタ分子イオンとなったものを加速して TOF - MS 分析を行って質量分析を行う.衝突速度にもよるが,有機分子や微量元素から主要元素までの化学組成の分析が可能である.二軸制御可能なジンバルを有するため,太陽系に流入する星間ダストの到来方向にセンサーを向けた観測が可能であり,センサー劣化防止のためセンサー面への太陽光入射を防ぐことができる.

ダスト粒子毎の軌道情報(速度及び飛来方向)から,飛来方向が予測される太陽系に流入する星間ダストと惑星間ダストの区別を行い,惑星間ダストの粒子毎の由来(小惑星または彗星)を大まかに判別し,さらにそれらのバルク化学組成情報に基づき,構成鉱物や有機物の有無や組成を推定し,軌道情報に基づく由来判別の検証とさらなる由来への制約を目指す [ 47 ].

DDA の観測データの解釈には地上校正が極めて不可欠である.DDA の質量分析では,探査機上で高速衝突電離したイオンを観測する.衝突電離という現象を地上で模擬するために加速器は不可欠である.また,DDA が観測するのは,複数の鉱物種や有機分子から構成されるダスト粒子である.DDA の観測で得られるダスト粒子のバルクの質量スペクトルから,含まれる鉱物種や有機分子種を推定するためには,予め地上でダストに含まれる可能性のある既知の組成を持つ模擬微粒子を使い,加速器を用いて装置に衝突させるなどして,端成分の質量スペクトルを取得しておく必要がある.2023年現在,地上校正実験に用いる静電加速器のシュツットガルト大学への移設が完了し,日独の共同チームによる地上校正準備が進められている [ 48 ] .
 

7. ミッションプロファイルと運用フェーズ

DESTINY+ 探査機はイプシロン S ロケットとキックステージで地球周回長楕円軌道(230 km x 37000 km)へ打ち上げられた後,「はやぶさ2」の技術を継 承したイオンエンジンを使 い,約 1 年半かけて地球を周回しながら徐々に高度を上げ,約半年で数回の月スイングバイにより地球重力作用圏を脱出した後,Phaethon に向かう軌道に遷移し,さらに約 1 年かけて Phaethon に接近する(図 7)[ 49, 50 ].
 

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図 7 : DESTINY+ 探査機のミッションプロファイル.
画像クレジット: 遊星人
 

Phaethon の軌道は離心率と軌道傾斜角が大きいため,地球軌道との相対速度が大きく,サンプルリターンやランデブーが困難である.そのためフライバイが実現可能な探査手段となる.Phaethon の軌道周期は約 1.4 年であり,1.4 年毎に地球軌道近傍を通過する.フライバイは Phaethon の降交点(2028年01月フライバイの場合、地心距離約 0.32 au , 日心距離約 0.91 au)で行う.黄道面内にいる状態で,地球出発後に地球とは位相をずらし,Phaethon と降交点で会合できるようにタイミングを計る [ 49, 50 ].Phaethon のフライバイ完了後,エクストラミッションとして Phaethon から分裂した可能性がある小惑星 2005 UD や他の小天体のフライバイ計画も検討している [49, 50].

Phaethon フライバイ時の最接近距離は 500 km ± 50 km である.500 km は TCAP により Phaethon がぶれずに追尾撮像が可能であり,かつ Phaethon 由来のダストが観測できる可能性があるという両方の条件を満足する最小距離である.Phaethon から 500 km の距離における Phaethon 由来のダスト観測個数の見積もりは,探査機が Phaethon をフライバイする 日心距離 1 au 付近では Phaethon はダスト放出していないという観測結果を踏まえ [ 51 - 53 ],Phaethon 表層への微隕石衝突によるイジェクタクラウドに起因するダストのみが存在すると仮定した.その結果,Phaethon の表層状態に大きく依存するが,数個(直径 600 nm のダスト)から数 100 個(直径 100 nm のダスト)の Phaethon 由来のダストが存在すると見積もられている [ 54 ] .

各運用フェーズで実施するイベントを表 5 に示す.Phaethon 観測データのダウンリンクが 完了する地球スイングバイ(表 5 のフェーズ 6 )までをノミナルミッション期間とする.ミッション要求に係る理学観測は,月スイングバイ後の惑星間を航行するフェーズ 4 及び Phaethon フライバイを行うフェーズ 5 で行う.フェーズ 2 の地球周回スパイラル軌道上昇期間及びフェーズ 3 の月スイングバイ期間中は,探査機の運用に支障のない範囲でカメラの機上校正のための撮像やダストアナライザによる IDP,月由来ダストや人工微小デブリの観測を行う計画である.
 

表 5:DESTINY+ の各運用フェーズにおけるイベント.

  期間 運用フェーズ 主なイベント
1 約 1 か月 イプシロン S ロケット+キックステージにより、地球周回長楕円軌道に投入、初期チェックアウト 電気推進を含む搭載機器の初期機能確認
2 約 1.5 年 電気推進によるスパイラル軌道上昇 放射線帯脱出(近地点高度 20000 km 到達)の後、遠地点高度が月重力影響圏(30 万 km)到達、星間および惑星間ダスト、デブリの観測
3 約半年 月スイングバイ 複数回の月スイングバイを実施して、地球の重力圏を脱出し、Phaethon 遷移軌道へ接続
4 約 1 年 Phaethon 遷移軌道 星間および惑星間ダストの観測、ダストトレイルの観測
5 約 1 か月 Phaethon 同定 TCAP 画像による Phaethon 同定
約 5 日 Phaethon に対する相対軌道制御 電波・光学複合航法により Phaethon に対する相対軌道決定・軌道制御を実施
数時間 Phaethon フライバイ観測 最接近 7.5 時間まで姿勢変更・軌道修正マヌーバを行い、その後は TCAP による自動追尾観測、MCAP による観測、DDA による Phaethon 由来ダストの観測
6 約半年 地球スイングバイ Phaethon 観測データダウンリンク、星間および惑星間ダストの観測
7 - 小惑星遷移軌道、マルチフライバイ観測(エクストラ) 他の小惑星へ向かいフライバイ観測

 

8. 目標天体 Phaethon の事前理解のための地上観測の重要性

Phaethon は科学的意義の高さと特異な性質から太陽系で最も観測されている小惑星である.1983年10月11日に赤外天文衛星 IRAS により発見されて以来,世界中の地上望遠鏡や宇宙望遠鏡により観測され,DESTINY+ の観測目標天体となってからはさらに活発に観測されている.最新の諸元を表 6 に示す.
 

表 6:Phaethon の最新諸元.

    参考文献
軌道長半径(au) 1.271 [ 80 ]
近日点距離(au) 0.140 [ 80 ]
遠日点距離(au) 2.403 [ 80 ]
軌道離心率 0.890 [ 80 ]
軌道傾斜角(deg) 22.260 [ 80 ]
Tisserand パラメータ 4.510 [ 80 ]
公転周期(year) 1.430 [ 80 ]
自転周期(hour) 3.6039 [ 28, 29 ]
絶対等級(V バンド) 14.250 [ 76 ]
幾何アルベド 0.08 - 0.13 [ 77 ]
サイズ 6.4 x 6.1 x 4.6 km
vol. equiv. 5.05 km(dia.)
[ 79 ]
スペクトル型 B(SMASS)、F(Tholen)  

 

DESTINY+ の高速フライバイ中に,ほぼ自動観測で行う一発勝負のミッションを成功させるためには,事前に地上から探査標的天体をできる限り詳細に観測することは重要である.2017年12月16日に Phaethon は地球から約 1000 万 km(0.07 au)の距離まで接近した.これほど地球に接近したのは1974年以来であり、次の接近機会は2093年である.この千載一遇の機会に世界中で多くの観測が行われた [ 55, 56 ].測光観測や分光観測からは自転周期や反射スペクトルが精度よく求められた [ 45, 57 - 61 ].また,偏光観測から,Phaethon が太陽系天体の中で最大の直線偏光度を持つことが明らかになった [ 62 - 67 ].世界最大級の電波望遠鏡である米国のアレシボ天文台のレーダ観測により,天体の形状や表面の地形の情報が得られ、南北半球に 1 - 2 km サイズの陥没地形が存在することがわかった [ 68 ].さらにアレシボの観測データを用いて 3 次元形状モデルが得られ,はやぶさ2の目標天体であるリュウグウや米国の小惑星探査機オサイリス・レックスが探査中のベンヌと同様に,Phaethon は赤道一帯が盛り上がったコマ型の形をしていることがわかった [ 69 ].1 au 付近での Phaethon からのダスト放出有無を調べるため,ハッブル宇宙望遠鏡による可視観測や Very Large Telescope による熱赤外観測が行われたが,ダストの放出は確認されなかった [ 38 - 40 ].

アレシボのレーダ観測と米国の赤外線探査衛星 NEOWISE の観測から求められた天体サイズ [ 70 ] に比較的大きな開きがあり(前者は直径 6.1 km,後者は直径 4.6 km),それにより天体表面の反射率の推定誤差が大きいことが課題として残った.天体の真の大きさと形を直接知る方法として,小惑星による恒星食の観測がある.一般的に Phaethon のような小さいサイズの小惑星では,軌道決定精度が十分でないために恒星食の予報精度が悪いが,Phaethon の場合は2017年の地球接近時に多くの観測が行われたことで,軌道決定精度が著しく向上した.さらに,最近,ESA の位置天文衛星 Gaia により恒星の位置もこれまで以上の精度で決定され,これらの相乗効果で Phaethon による恒星食の予報がこれまでにない精度で出された.2019年07月29日にアメリカ南西部で観測された Phaethon による 7 等星の食は,NASA や米国の天文家及び 研究者の協力により歴史的成功を収め [ 71 ],10月16日には日本でも Phaethon による 11 等星の恒星食の観測に成功した [ 72 ].その結果,アレシボの観測から推定された天体サイズより 6 % 小さく修正された [ 73 ].

一方,最新の推定天体サイズには依然として 10 - 20 % の不定性があり,それにより Phaethon の反射率にも同程度の不定性がある.Phaethon フライバイ時自動追尾撮像を行う TCAP の撮像条件を正確に決定するためには,これらの不定性をさらに小さくする必要がある.そのため,2021年10月04日に中国四国地方及び韓国南部で [ 74 ],2022年10月21日に北海道中部にて Phaethon による恒星食観測を行った [ 75 ] . また,太陽位相角が小さくなる10月から12月にかけて,京都大学せいめい望遠鏡で測光・分光観測[ 76 ],西播磨天文台及び東広島天文台にて偏光観測を行った [ 77 ].上記の統合観測の結果,アルベド及び天体サイズの精度が向上され,アルベド値 0.08 - 0.13, 直径 5.2 - 6.6 km が求められた [ 75, 78 ].さらに,これまでの熱赤外 観測データを統合し,再解析を行った.これらの観測及び解析結果を用いて,Phaethon の形状モデルの改訂を進めている.最新の形状モデルは図 8 に示す [ 79 ].今後も,探査機が Phaethon に接近する直前まで,地上観測を継続して高速フライバイに備える.
 

Image Caption :
図 8 : Phaethon の最新形状モデル(2023年03月03日時点)Sean Marshall 作成.6.4 x 6.1 x 4.6 km, vol. equiv. 5.05 km (dia.).
 

9. 終わりに

2010年の日本惑星科学会「来る10年検討」での Phaethon 探査提案が,小型計画での工学実証機への理学ミッションの相乗りという形で,DESTINY+ としてプロジェクト化され,2025年度打ち上げを目指し鋭意計画を進めている.「高速フライバイ」という新たな探査技術の獲得により,「行ける天体」から「行きたい天体」の探査手段が得られ,今後のわが国の小惑星探査の探査対象や頻度の拡大につながることが期待される.「はやぶさ」「はやぶさ2」の成功で我が国が世界をリードする特定の天体をじっくり調査する(ランデブー型)サンプルリターンと,DESTINY+ で技術獲得を目指している一回の探査でより多くの天体をクイックに観察・偵察サーベイするフライバイの組み合わせにより,太陽系の小天体探査が戦略的に効率よく遂行されることを期待する.
 

荒井朋子さんの TPSJ 掲載論文・記事

小惑星 Phaethon 探査提案
月隕石研究による最新の月の描像
 

参考文献


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Akira IMOTO

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