次世代太陽系探査
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小惑星 Phaethon 探査提案
原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第21巻(2012)3号 - PDF
小惑星 Phaethon 探査提案
特集「月惑星探査の来たる10年:第二段階のまとめ」
荒井朋子1,春日敏測2,大塚勝仁3,中村智樹4,中藤亜衣子4,中村良介5,伊藤孝士6,渡部潤一2,小林正規1,川勝康弘6,中村圭子7,小松睦美8,千秋博紀1,和田浩二1,亀田真吾9,大野宗佑1,石橋高1,石丸亮1,中宮賢樹10
1. 千葉工業大学惑星探査研究センター,2. 国立天文台,3. 東京流星観測網,4. 東北大学大学院理学系研究科,5. 産業技術総合研究所,6. 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所,7. NASA Johnson Space Center,8. 早稲田大学高等研究所,9. 立教大学物理学科,10. 京都大学生存圏研究所
※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
地球近傍小惑星(3200)Phaethon は,ふたご座流星群の母天体であるが,彗星活動は乏しく,彗星と小惑星の中間的特徴を持つ活動的小惑星(あるいは枯渇彗星)と考えられている.また,ふたご座流星群のスペクトル観測から報告されているナトリウムの枯渇及び不均質は,太陽加熱の影響よりも局所的部分溶融を経た母天体の組成不均質を反映している可能性が高い.部分溶融の痕跡を残す原始的分化隕石中に見られる薄片規模(mm - cm スケール)でのナトリウム不均質は,上記の可能性を支持する.従って,Phaethon では局所的な加熱溶融・分別を経験した物質と,始原的な彗星物質が共存することが期待される.Phaethon は,太陽系固体天体形成の最初期プロセスを解明するための貴重な探査標的である.また,天文学,天体力学,小惑星・彗星科学,隕石学,実験岩石学などの惑星科学の多分野に横断的な本質的課題解明の鍵を握る理想的な天体である.本稿では,小惑星 Phaethon 及び関連小惑星の科学的意義と探査提案について述べる.
1. 背景
近年の小惑星・彗星探査,隕石研究,望遠鏡観測により,太陽系固体天体に関する古典的概念は見直され,新たな概念や視点が生まれている.その中でも特筆すべき主要課題を以下に挙げる.
1 - 1. S 型小惑星 ≠ 始原的物質
従来,小惑星は太陽系初期の始原的物質(溶融や熱変成などの分化を経ていない物質)から成ると考えられてきた.しかし,はやぶさが持ち帰った試料分析の結果,S 型小惑星イトカワ(540 m x 270 m x 210 m)は,直径 20 km 以上の母天体で800 度程度加熱を受けた物質が衝突・破砕を受け,破片が再集積して形成されたことがわかった[1].従って,小惑星の起源を理解するためには,小惑星の物質が始原的物質からどのような分化過程をどの程度経たのかを正しく理解する必要がある.
1 - 2. 小惑星物質の組成不均質
従来,惑星の組成は均質と考えられ,地上望遠鏡観測による小惑星の反射スペクトルと隕石の実験室分光データとの照合により,天体組成が議論されてきた[2, 3].2008年に地球に落下した小惑星 2008 TC3(直径 2 - 5 m)の天文観測及び隕石(Almahata Sitta)分析の結果,この小惑星が分化隕石(ユレイライト)と多種類の始原隕石(E, H, L コンドライト)の混合から成ることがわかり,小惑星の物質不均質性が示された[4, 5].
1 - 3. 隕石種と小惑星スペクトルタイプ相関の不整合
小惑星 2008 TC3 の落下前の望遠鏡観測による反射スペクトルから B(F)型小惑星に分類されていたが[4],主にユレイライト隕石を含む落下隕石からは母天体は S 型小惑星と推定されるため[6],天文観測と調和しない.B(F)型小惑星は,加熱脱水を経た炭素質コンドライト(CI / CM)に相当すると考えられているが[7-9],今のところ Almahata Sitta 隕石からは炭素質コンドライトは見つかっていない[4, 5].従って,隕石種と小惑星スペクトルタイプの従来の単純な相関関係に見直しが必要となってきた.
1 - 4. 彗星と小惑星の遷移的相関
従来,彗星と小惑星は全く異なる軌道要素,物理・化学特性を持つと考えられてきた.しかし,近年の地上望遠鏡やハッブル望遠鏡観測から,小惑星軌道を持つ彗星が見つかったり,メインベルト小惑星で彗星活動が報告されたり[10-12],小惑星で氷や有機物が検知されたり[13-15],彗星と小惑星の間の過渡的天体(枯渇彗星または活動的小惑星)が存在することが明らかになってきた.
1 - 5. 流星群-小惑星(枯渇彗星)の相関
一般的に,流星群は彗星起源であることが知られている.近年,地球近傍小惑星を起源とする流星群が見つかっており,親子関係が確実な7 個は共通して軌道傾斜角が大きい[16].これらの流星群の母天体である小惑星は,メインベルトの最も外側に存在する彗星と小惑星の過渡的天体由来であると示唆されているが,その起源や物質についてはよくわかっていない.
1 - 6. 彗星と小惑星における水の存在形態
スターダストミッションで持ち帰られた彗星 81P/Wild 2 の試料が主に無水ケイ酸塩鉱物から成ることから,彗星では水は固体の状態で存在し,ケイ酸塩鉱物の水質変成を生じないことが明らかになった[17].従って,望遠鏡観測で含水鉱物の吸収スペクトルが確認されなくても,小惑星や彗星に(固体の)水が存在する可能性はある.一方,C 型小惑星の(24)Themis(直径 198 km)及び(65)Cybele(直径 273.0 ± 11.9 km)の表層から氷が観測されており[13-15],小惑星でも固体の水が存在する場合もある.
2. 小惑星 Phaethon 及び関連天体の概要と科学的意義
小惑星 Phaethon 及び関連天体は,前項に挙げた太陽系科学の最新主要課題と密接に関連する特徴を持つため,Phaethon 探査により,複数の科学目標の同時達成が可能である.以下に,Phaethon 及び関連天体の概要と科学的に特筆すべき項目を述べる.
2 - 1. 概要
Phaethon は,直径 4.7 ± 0.5 km,自転周期が 3.6 時間のアポロ型の地球近傍小惑星で,大きい軌道傾斜角(22.2 度)と小さい近日点距離(0.14 AU)を持つ[18他].アルベドは 0.11 ± 0.02 と低く[18他],青いスペクトルを持つ B(または F)型小惑星である[2, 3].青いスペクトルを持つ B / F 型小惑星は近地球型小惑星の中で 5 % 程度と少なく[3],その中でも Phaethon は最も青い天体である[19].Phaethon はふたご座流星群と同一の軌道要素を持つため,ふたご座流星群の母天体と考えられている[18, 20, 21].また,小惑星 2005 UD(直径 1.3 ± 0.1 km, 自転周期5.24 hr)[22, 23], 及び小惑星 1999 YC(直径1.4 ± 0.1 km,自転周期 4.50 hr)[24] は Phaethon と類似した軌道要素をもち,同じスペクトルタイプを有するため,ふたご座流星群と同様,Phaethon の分裂(または衝突破壊)破片だと考えられている(PGC ; Phaethon-Geminid Complex[22]).さらに,B 型のメインベルト小惑星である Pallas が Phaethon と軌道相関を持つことから,Phaethon が Pallas の分裂天体である可能性が示唆されている[25].
2 - 2. 彗星活動無しの流星群母天体
一般的に流星群は彗星由来であると考えられている.しかし,Phaethon はガスジェットやダストトレイルなどの彗星活動が確認されておらず,枯渇彗星あるいは岩石彗星の可能性が高い[26-30].ふたご座流星群流星体のバルク密度(2.6 g cm-3)が,典型的な彗星の密度より 2 - 3 倍大きいことは,枯渇彗星と調和的である[31].近年,近日点通過時に二倍の増光が報告されており,微量のダスト放出によるものだと考えられているため,小規模な彗星活動が間欠的に存在する可能性がある[32].従って,Phaethon は,流星群の母天体である彗星 - 小惑星の過渡的天体であり,課題項目 1.4 と 1.5 の理想的研究対象である.
2 - 3. 組成不均質性
Phaethon の望遠鏡観測から,紫外域スペクトルに著しい多様性が報告されており,原因は物質の不均質性(含水鉱物の存在度や加熱度合い)だと考えられている[7-9].また,分裂天体である 2005 UD は B(または F)型小惑星,1999 YC は C 型小惑星である[2, 3].2005 UD は輝度の多様性を持つことから,不均質な表層物質の可能性が示唆されている[33].B 型及び F 型は C 型のサブグループであり,物質的に類似するが加熱変成度が異なると考えられている[7-9].C 型小惑星である 1999 YC は,Phaethon の変成度の異なる部分を代表しているのかもしれない.また,Phaethon と Pallas は,可視域のスペクトルが大きく異なるが,これも元天体の物質不均質性に起因するのかもしれない.Phaethon 及び関連天体のスペクトル多様性は Phaethon の物質不均質性を支持するものであり,課題項目の 1.2 と 1.3 の実証対象として最適である.
2 - 4. 太陽輻射熱による加熱脱水?
C 型小惑星や彗星はニュートラルあるいは赤いスペクトルを持つ[34 他].B(F)型小惑星は,C 型同様にアルベドが低いが,青いスペクトルを持ち,0.7 μm の含水鉱物の吸収がないため,加熱脱水を経た CI / CM タイプの炭素質コンドライトに相当すると考えられている[7-9].Phaethon が B(F)型スペクトルを持つことは,彗星活動のない枯渇彗星(岩石彗星)であることと調和的である.一方,近年観測された Phaethon の二倍の増光は,表面温度の上昇による亀裂や内部の含水鉱物の熱変成によるダスト発生が原因であると考えられており,内部には氷あるいは含水鉱物が存在する可能性がある[32].近日点距離(0.14 AU)での太陽輻射熱により加熱脱水は十分に起こり得る[35].また,Phaethon は自転軸の傾きが大きいため,太陽輻射熱の影響は緯度に依存し,北半球のほうが南半球よりも太陽加熱の影響が大きい[35].そのため,加熱脱水の影響差異が,表層の反射スペクトルの不均質を生じている可能性もある.
あるいは課題項目の 1.6 で挙げた小惑星(24)Themis,(65)Cybele のように,Phaethon 形成当初より,含水鉱物は存在せず,氷と無水ケイ酸塩鉱物で構成されていて,太陽加熱により氷が昇華してしまった可能性もある.彗星―小惑星の過渡的天体の形成過程において,水が液体で存在したのか,固体で存在したのか,Phaethon 探査によって明らかになる.近日点距離が非常に小さい枯渇彗星(活動小惑星)である Phaethon ゆえに,課題項目の 1.6 を解決する鍵を握る.
2 - 5. Na 不均質が示す部分溶融可能性
ふたご座流星群の最近の観測から,太陽組成に対して著しいナトリウム(以下 Na)の欠乏が報告されている(表1)[36, 37].他方,別の報告では,太陽組成の倍程度の Na が報告されている(表 1)[38].これらの報告は,ふたご座流星体が Na に枯渇すること,及び流星群内でNa濃度が不均質であることを示す.Na は 900 K 以上で(Na を含む斜長石などから)昇華するため,太陽輻射熱による加熱温度がこの温度を超える場合は,太陽加熱の影響が考えられる[37].これまでの流星観測研究から,近日点距離が 0.1 AU 以下の流星群(例えば,散在流星(近日点距離 0.03 AU),みずがめ座流星群(近日点距離 0.07 AU)からは Na 欠乏が観測されているが,近日点距離が 0.1 AU 以上の流星群からは Na 欠乏は観測されていない[37].従って,ふたご座流星群の Na 欠乏は,太陽加熱の影響ではなく,母天体の Phaethon に由来する可能性が高い.
表 1 : ふたご座流星群の元素組成 [36].太陽組成に比べ Na 濃度の欠乏及び不均質が見られる.
Gemind (this study) |
Solar abundance (Anders & Grevesse 1989) |
Geminid other research (Trio Rodriguez et al. 2003) |
|
Fe/Mg | 0.43 ± 0.07 | 0.84 | - |
Ca/Mg | 0.0031 ± 0.0005 | 0.057 | 0.017 ± 0.009 |
Ni/Mg | 0.078 ± 0.012 | 0.046 | - |
Na/Mg | 0.0036 ± 0.0005 | 0.054 | 0.10 ± 0.03 |
Mn/Mg | 0.0072 ± 0.0011 | 0.0090 | 0.0054 ± 0.0020 |
Cr/Mg | 0.0082 ± 0.0012 | 0.013 | 0.0078 ± 0.0035 |
均質な始原的物質から,Na の濃度不均質を生じるためには,加熱溶融による物質分別が必要である.炭素質コンドライトの加熱脱水過程では,Na 濃度の不均質は生じないことが実験からわかっている[39].コンドライト中の Na は,主に斜長石に含まれるため,斜長石の存在度が不均質になることで Na 不均質が生じる[40, 41].コンドライト隕石が 1000 度程度の加熱で部分的に溶融すると,低融点の Fe - Ni - S 金属メルトと Na や K に富むケイ酸塩メルトの二種類が生じ,溶け残り部分は Mg に富むかんらん石や輝石を含むことが実験岩石学的にわかっている.この溶融分別現象に伴い,Na に富む溶融液相と Na に乏しい溶け残り固相が生成し,結果として mm - cm スケールで Na 不均質が生じることが原始的分化隕石の分析から示されている[40-47](図 1).ふたご座流星群の粒子サイズは 1 - 10 mm であるため[31],ふたご座流星群で観測された Na 不均質は mm - cm のスケールで生じていると考えられ,原始的分化隕石で確認されている Na 不均質の空間スケールと一致する.従って,母天体である Phaethon 上に,同様の空間スケールで Na 不均質が存在することが考えられる.
Image Caption :
左図 1, 右図 2 : 部分溶融により mm から cm のスケールで Na 濃度不均質が生じている原始的分化隕石 LEW 86220 ロドラナイト.(図 1)偏光顕微鏡写真(写真幅 1.2 cm).金属メルト,Na に富むケイ酸塩メルト及び Na に乏しい溶け残り固相が mm から cm のスケールで共存する.(図 2)図 1 の点線で囲まれた部分の元素マッピング図(図幅 0.9 cm).青(Na)は主に斜長石,赤(Fe)は金属鉄と硫化鉄,緑(Mg)は主にかんらん石が分布する [40].
Image : 遊星人
また,小惑星 2008 TC3 と Almahata Sitta 隕石の研究から,B(F)型天体―分化隕石(ユレイライト)との関連が示唆されている.ユレイライトはかんらん石の集積岩であり,部分溶融液が分別した溶け残り固相に相当すると考えられている.Almahata Sitta 隕石中に,コンドライト(. 太陽組成)に比べ Na に枯渇する溶け残り固相であるユレイライトと,コンドライトが cm スケールで混在することから,小惑星 2008 TC3 にも,Phaethon と同様に Na 不均質が存在した可能性が高い.Almahata Sitta 隕石の母天体であった B(F)型小惑星 2008 TC3 は地球に衝突して観測は不可能である.Phaethon の探査により,B(F)型天体の物質不均質性,加熱変成度合(加熱脱水,部分溶融),氷の存在有無など,天文学,隕石学,太陽系科学における最先端の重要課題解明が可能になる.
3. 探査の科学目標
小惑星 Phaethon 及び関連天体の科学的意義と特異性を最大限に生かし,太陽系科学の本質的課題解決に迫るミッションを目指す.大きい軌道傾斜角により生じる探査工学的な制約を考慮して,探査手法の可能性を段階的に示し,それぞれの科学目標を示す.
3 - 1. フライバイ観測
Phaethon 表層の組成不均質性と形状観測.彗星活動がある場合は,ダストテイル(あるいは周辺ダスト)及び噴出ガスの物理・化学と特性の観測,軌道要素の詳細観測.また,軌道計画上,2005 UD 及び 1999 YC のマルチフライバイ観測が可能な場合は,同様の観測を 2005 UD 及び 1999 YC に対しても行う.複数の関連天体の表層観測は,Phaethon の内部構造・組成探査と等価である.
3 - 2. インパクタによる衝突及びフライバイ観測
上記のフライバイ観測後に,内部構造及び組成の観測を行うために,インパクタによる衝突を行う.衝突後に,ダストの物理・化学特性を(後続衛星にて)その場観測を行う.インパクタによる衝突は,彗星活動の弱い Phaethon のダスト発生を促す目的のためでもある.
3 - 3. サンプルリターン,インパクタによる衝突,及びフライバイ観測
上記のインパクタによる衝突,及びフライバイ観測に加え,ダストを採集し,サンプルリターンを行う.リターンサンプルの鉱物分析により,Phaethon 物質の正確な同定,物質の不均質性,分化(加熱)過程による影響評価(Na などの揮発性成分の挙動)を行う.また,酸素同位体比分析により地球近傍小惑星の起源特定が可能になる.リターンサンプルには,コンドライトより始原的な物質(彗星様物質)から,始原的物質が太陽加熱を受けた物質,部分溶融を経たエコンドライト的物質などが含まれることが期待される.太陽系形成史における,物質分化の分岐点に相当する主要プロセスや分化のメカニズムを解明するための複数の手掛かりが同時に得られる可能性が高く,少量のサンプルから複数の科学目標を同時に達成できる.
4. 探査の観測内容
3節で挙げた複数の探査手法可能性を視野に入れ,小惑星 Phaethon 及び関連天体の多角的観測・分析を計画している.(1)(2)及び(4)はフライバイ探査で,(2)及び(3)はインパクタによる衝突後のフライバイ観測で,(5)はサンプルリターン探査(衝突前 and / or 衝突後)でそれぞれ行う.Phaethon の関連天体である小惑星 2005 UD 及び 1999 YC のマルチフライバイ観測が可能な場合,(1)及び(4)の観測を行う.
(1)固体表層の形状及び組成の観測(可視域単バンドカメラによる地形観測,マルチバンドカメラや連続分光カメラによる紫外から赤外波長域の反射スペクトル測定,XRS 及び GRS による表層の元素分布測定)
(2)周辺のダスト及びガスの物理・化学特性の観測(ダストモニターによるダストの密度・粒径分布測定,ガスアナライザ,質量分析器によるガス・ダストの組成分析)
(3)内部構造及び組成の観測(インパクタによる衝突)
(4)軌道要素の詳細観測
(5)リターンサンプルの分析(鉱物組織・組成分析,元素組成分析,同位体組成・同位体年代分析,酸素同位体比分析,希ガス分析,宇宙線照射履歴分析など)
5. 惑星探査の長期的展望に於ける本提案の意義と位置付け
小惑星とは,太陽系初期にガスとチリから構成される原始太陽系星雲から,惑星や衛星が形成・配置する過程で,惑星に成りそこなった天体であり,太陽系惑星の形成過程解明の鍵を握る.しかし現状,小惑星の起源,形成過程,形成後の進化過程については,よくわかっていない.これまでの小惑星探査の成果や隕石分析や望遠鏡観測結果に基づき,太陽系形成過程に関する最新の概念や仮説を実証するために,最適の小惑星を標的に,遠隔観測,着陸観測,サンプル採取を行うことが,これからの小惑星探査の目指すべき姿と考える.
Phaethon 及び関連天体(PGC)は,これまでの隕石研究,流星研究,小惑星の望遠鏡観測から積み上げた研究成果の融合により,探査の科学目標や科学シナリオを特定できる点で,発見型の小惑星探査とは一線を画す.PGC は太陽系科学の本質的課題と密接に関連し,天文学,天体力学,小惑星・彗星科学,隕石学,実験岩石学などの惑星科学の多分野に横断的な本質的研究課題を解明する鍵を握る天体群である[48, 49].また,PGC の場合は,流星体観測から元素組成の情報が得られているため,反射スペクトルと元素濃度の双方が揃っている貴重な研究例である[50]. 従って,Phaethon あるいは PGC 探査により,上記の複数の科学目標の同時達成が可能であり,Phaethon は最適かつ理想的探査標的天体である.このようなは科学的効率の高い探査は,他の天体では不可能で,Phaethon という特異な天体ゆえに実現可能である[51].また,Phaethon は小惑星パラスの分裂破片の可能性があるため,メインベルトまで行かずに,メインベルト小惑星の探査が実現可能である点も特筆すべきである.
わが国では,はやぶさ探査の成功に引き続き,はやぶさ 2 計画が進められている.これらの経緯を踏まえ,日本の固体惑星探査の長期的展望の中で,小型 - 中型プログラムによる小惑星探査を日本の強みとし,小惑星探査の分野で今後も世界を牽引する存在を目指すことが望ましいと考える.従って,はやぶさ及びはやぶさ 2 で培った工学的技術と理学的知見を継続的に発展させていくと同時に,発見型の小惑星探査から,より科学目標を絞った「戦略的小惑星探査」を実現する上で,Phaethon 探査は重要なマイルストーンとなると確信する.また,Phaethon 探査は,探査科学と従来の地球惑星科学の多岐に渡る手法を有機的にリンクし,分野を横断して相乗効果を上げることが期待できることも特筆すべきことである.
6. 実現に向けて必要となる技術課題
6 - 1. サンプルリターン,インパクタによる衝突,及びフライバイ観測
地球軌道と 1.4 年周期で会合するため,一回の探査で複数回のフライバイ観測が可能である.従って,軌道計画の観点で可能であれば,これらの関連小惑星も合わせてマルチフライバイ観測を行う計画である.現在, 深宇宙探査技術実験ミッション DESTINY(Demonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage)級の探査機を利用した探査実現性検討を進めている.Phaethon は軌道傾斜角が大きいため,フライバイ探査は黄道面と Phaethon 軌道との交点で行う.探査機側は黄道面内にいる状態で,地球出発後に地球とは位相をずらし,Phaethon と上述の点で会合できるようにタイミングをはかる(図 2).
Image Caption :
左図 a, 右図 b : 図 a は、黄道面に投影した Phaethon 軌道,地球軌道,及びフライバイ探査機の軌道例.図 b は、黄道面に垂直な断面から見た Phaethon 軌道と地球とフライバイ探査機の軌道例.フライバイ探査は黄道面と Phaethon 軌道との交点(□点)で行う.□点では,地球は毎年12月中旬この点を通過し,Phaethon のダストスワームであるふたご座流星群に遭遇する.
Image : 遊星人
フライバイ探査での会合点では, 探査機と Phaethon との相対速度は約 30 km / s と大きい.インパクタによる衝突やサンプルリターン探査の場合,相対速度を 10 km / s 程度まで下げる必要があり,Phaethon と同じ軌道面に探査機を投入する必要がある.そのためには,地球との相対速度を上げ,地球スイングバイで軌道面を変える必要がある.軌道面を 22 度傾けるためには,地球との相対速度(V∞)が約 11 km / s にする必要があるが,これを実現するためには金星スイングバイあるいはイオンエンジンを用いることになる.その場合,探査機規模としては DESTINY 級で可能かもしれないが,イプシロン級の打ち上げ機では厳しく,打ち上げ時に惑星間に脱出させてくれる規模の打ち上げ機会が必要となる.また,他の探査との打上げ機会共有があれば,小型プログラムでも可能である.
Phaethon は NASA の Deep Impact ミッションや OSIRIS - Rex ミッションの候補天体であり[52-53],衝突観測については先行研究の検討内容も考慮する[52].
6 - 2. 搭載機器検討
過去あるいは現在進行中の彗星探査(Giotto,Rosetta,Stardust,Deep Impact など)や小惑星探査(NEAR,はやぶさ,はやぶさ 2,OSIRIS - Rex など)の搭載機器で,Phaethon 探査に適した機器を検討中である.小型プログラムでの搭載可能性を念頭に,機器の選定や検討を進める予定である.
6 - 3. サンプルリターン方法
Phaethon は上記の会合地点(1 AU)では彗星活動が活発でないため,ダストトレイルの密度が低いことが予測される.従って,能動的衝突あるいは破壊により,ダスト生成を促す必要があるかもしれない[50, 54].方法としては,一回の探査で 2 機の小型衛星を打ち上げ,一機目でフライバイ観測後に Phaethon に衝突させ,二機目でダストサンプルリターンを行う.あるいは,ダストのその場観測を行うなど,最適のミッションデザインについて,今後検討を進める予定である.また,国内外の Phaethon 研究の専門家に協力を仰ぎ,地上望遠鏡や衛星搭載望遠鏡による Phaethon の継続的観測を行う計画も検討している.
参考文献
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Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan