Ryugu「石」分析チームによる科学成果

火の鳥「はやぶさ」未来編 その 30
May 18, 2024 Published.

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第32巻(2023)3号 - PDF



中村智樹(東北大学)

天野香菜(東北大学),松岡萌(産業技術総合研究所),黒澤耕介(千葉工業大学),二宮和彦(大阪大学),大澤崇人(日本原子力研究開発機構),木村勇気(北海道大学),玄田英典(東京工業大学),田中智(宇宙科学研究所),はやぶさ2初期分析「石」チーム.

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。また、お読み頂いたあとは感想等をお送り頂くと、主著者・編集者共に非常に喜びます。下段のフォームから。
 



(要旨)初期分析「石」分析チームではリュウグウのミリメータサイズのサンプル(探査機が 2 回目のタッチダウンで採取した最大サンプルを含む 17 粒子)を日米欧の放射光施設,ミュオン施設などを利用し物質分析を行った [ 1 ].その結果,リュウグウ母天体の原始惑星系円盤内での形成位置,集積物質の岩石鉱物学的情報,集積した氷の種類,天体内部での水との反応による化学進化,天体衝突の影響について知見が得られた.リュウグウサンプルには,水岩石反応の進行度が異なる物質が混在していることが判明した.リュウグウサンプルの物性(破壊強度,熱拡散係数,比熱,密度など)を実測した.この実測値を使って,リュウグウ母天体形成後の天体内部の加熱による温度経時変化,および衝突破壊プロセスの数値シミュレーションを行い,リュウグウの形成進化を再現した.
 

1.「石」分析チーム紹介

「石」とはリュウグウサンプルの粒っぽい粒子を指す.大きさは約 1 ㎜ 以上である.当然,粉っぽいサンプルもあり,それは「砂」と表現し,野口高明氏の「砂」チームの研究対象である.当初は我々のチームは「粗粒粒子の岩石鉱物チーム」のような覚えにくい名称であったが,野口さん,橘さんとの会話で,「わかりにくいので「石」と「砂」にしよう」と即決した.以来,国内は「石」チーム,海外は「Team Stone」として覚えていただいた.

中村はリターンサンプルの初期分析は 3 回目である.NASA の「スターダスト」計画,はやぶさ初号機のイトカワサンプルも解析した.その過程で,チーム構成については多くのことを学んだ.その Lessons Learned を生かして,石チームを慎重に作った.石チームは日,米,英,仏,独,伊,ベルギー,中国からの科学者からなる 12 グループ,総勢約 150 名の国際チームである.人数が多くなったのは Lessons Learned で得た中村の方針で,それぞれの分析グループのリーダーだけではなく,グループ全体で「石」チームに入ってもらい,高い意識で分析をしてもらうためである.「石」チームを構成する 12 グループは,有機的に組み合わされ,それぞれ具体的な役割がある.チームで特に力を入れたのは,1.探査機リモセンデータと回収サンプル分光データの接続,2.サンプルの物性分析とリュウグウ母天体の形成進化のシミュレーションの接続,3.放射光分析と電子顕微鏡分析との接続,である.以下,この三つの項目にこだわった理由を説明したい.
 

1 - 1. 探査機リモセンデータと回収サンプル分光データの接続

スターダスト,はやぶさ初号機ともにサンプル量が十分でなく,回収サンプルの反射スペクトルがきちんと測定できていない.一方,はやぶさ2ミッションでは十分な量のサンプルが回収されたため,観測で得られる小惑星の反射スペクトルと実際の回収サンプルのスペクトルを比較できる.この観点から「石」チームには東大・杉田氏らのリモセングループと隕石分光分析の国際グループの両方に加わってもらった.

単純に考えると探査機はリュウグウ表面のサンプルを採取したので,探査機で観測したリュウグウ表面のスペクトルとその表面から回収したサンプルのスペクトルは同じになるはずである.しかしながら,両者のスペクトルは完全には一致しない.比較すると,探査機で得られたスペクトルは含 水鉱物の吸収 深さ(赤外の波長 2.7 μm 吸収)が半分程度であるが分かった [ 2 ].これは探査機がサンプルを回収する際に弾丸を発射し,小惑星表面の石を砕いて回収するため,回収されたサンプルは衝突破壊で新しく露出した宇宙風化していないフレッシュな含水鉱物の表面が多いことを示唆する.一方,探査機が測定した小惑星の表面は宇宙塵爆撃に晒されて脱水したため 2.7 μm 吸収が浅くなったと考えられる [ 3 ].したがって,C 型小惑星のスペクトルも S 型小惑星のそれと同様に宇宙風化の影響を受けていることが分かった.
 

1 - 2. サンプルの物性分析とリュウグウ母天体の形成進化のシミュレーションの接続

リュウグウは水質変成後,破壊を経て形成されたラブルパイル小惑星である.最初に氷と岩石が集積し,リュウグウの母天体が形成された.その後,天体内部が昇温して,氷が溶け液体の水になり,水質変成が進行した.この水・岩石反応の時間‐温度変化を具体的に知るには,リュウグウ構成岩石の比熱とか,熱伝導度の実測値が必要である.母天体は最終的には破壊される.この場合も,どのように破壊されるかについて具体的に検討するには,リュウグウ構成岩石の破壊強度,弾性波速度などの実測値が必要である.したがって,リュウグウ母天体の熱進化,衝突破壊のシミュレーションをより正確に行うには,回収サンプルの物性分析を行う必要がある.この観点に基づき,「石」チームには,東工大・玄田氏リードのシミュレーショングループと,宇宙研・田中氏リードの物性分析グループに加わってもらった.これらのチームの共同作業から多くのことが分かった.例えば,母天体の衝突破壊の際は,衝突により高温高圧になるのは衝突面付近の大変限られた領域で,母天体の大部分は高温高圧を経ずに破壊されるということである.
 

1 - 3. 放射光分析と電顕分析との接続

物質分析では全体像の把握と個別の特徴的な岩片や結晶の分析の両方が求められる.探査機リターンサンプルのように貴重なサンプルにおいては,非破壊分析である放射光分析は重要である.日,独,仏の研究グループからなる放 射光分析の専門家が CT 分析によ る3 次元構造の把握,XRF 分析による元素の 3 次元分布の把握,XRD 分析による鉱物組み合わせの把握などを行った.CT 分析や XRF 分析で特定された特徴的な物質の一部は,東北大の松本氏らが FIB を用いて取り出し,SPring - 8 でナノスケールの解像度の放 射光 CT 分析を行い [ 4 ],その後,電子顕微鏡による観察を行った.東北大の中嶋氏は,数多くの樹脂や配合率,および研磨方法を検討し,多孔質なリュウグウサンプルの処理方法を検討した [ 5 ].そのようにして得られた研磨面を東大・三河内氏をはじめとする国際チームが詳細な電子顕微鏡観察を行った.
 

2. 多忙な初期分析

初期分析の期間(2022年06月から 1 年間)は,ちょうどコロナ禍の時期に重なり,多くの制限を受けた.それぞれの分析グループは,負けずに工夫を凝らして乗り切った.いくつかの分析グループの分析苦労話を,それぞれのグループの主要メンバーに記載してもらったので紹介する.
 

2 - 1. スペクトル測定グループ(天野氏,松岡氏)

「石」チームの一連の分析フローの最上流であった反射分光測定において,我々はリュウグウ試料を地球大気に触れさせることなく測定するためのセルを設計した(図 1).金属製のセルに試料や標準反射板を納め,分析波長域で透明な光学窓材を O リングと樹脂板でクランプするというしくみである.
 

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図 1:A. 大気遮断分光測定用セルに収められたリュウグウ粒子 C0002(上から三つ目の黒い物質).
B. 不夜城となった東北大学のグローブボックス.A のセル全体が窒素パージしたチャンバー(B)内に置かれている.
画像クレジット: 遊星人
 

リハーサルとして CI コンドライトを真空中で加熱して脱水させ,加熱後の試料を大気に曝すことなく分析し,反射スペクトルにおける分子水の特徴(特に波長 3 μm の吸収特徴)に基づいて,試料に水分の混入が起こらないかを調べた.成功の秘訣は,試料とともにセル内に収まる O リングから水分を除去する手順を加えたことであった.加熱された試料と O リングを同じ空間に密封すると,O リングに吸着していたわずかな水分ですら隕石試料に吸われてしまうようなのである.この結果,我々は試料に水分を吸着させない測定手順の確立に至った.

このほか工夫が必要となったのは,少量の暗い物質であるリュウグウ試料から,いかにして有効な反射スペクトルを得るかということであった.そのためにはリュウグウ試料を置くための試料皿にも可視光および赤外波長域でともに反射率が低く,顕著な吸収特徴を持たないものが望まれた.我々は植毛紙をはじめとするありとあらゆる黒い物質を買い集め,反射分光特性を調べた.そんな中,光陽オリエントジャパン株式会社が販売する「ファインシャット極」は可視および赤外波長域で反射率が 1 % 以下と暗く,シート状であるためにハンドリングにも難がなかった.リュウグウよりも暗い「極」により,反射率 2 % 程度のリュウグウの反射分光測定が実現されたのである.
 

2 - 2. ミュオンを使った非破壊元素分析(二宮氏,大澤氏)

初期分析においては,加速器から得られる素粒子であるミュオンを利用した元素分析実験を実施した.ミュオンは非破壊で軽元素を定量することが可能であり,リュウグウの石を破壊せずに,バルクの元素組成を得ることができた.この研究成果は,異分野の研究者が集まり,リュウグウ試料の分析に向けて団結した 10 年以上に及ぶ基礎開発と,いくつもの幸運と偶然が重なることによりもたらされた.

ミュオンは電子のおよそ 207 倍の質量を持つ粒子で,これが元素に捕まると非常に高いエネルギーの特性 X 線を発する.この性質はミュオンの研究者にとっては「当たり前」だっため,その素晴らしい応用可能性にまだ気付いていなかった.しかし2010年にミュオンの研究者と地球惑星科学者が邂逅することになり,全く新しい可能性が開けることになった.ミュオンを使ってリュウグウ試料を分析する計画はこうして始まった.

ミュオン元素分析法の開発は長期に及んだが,本分析法はリュウグウサンプルの分析の前までは数グラムという大きな試料にしか適用できなかった.これは負ミュオンビームを効率的に収束する方法が無いことと,加速器から得られるミュオンの強度が弱いことによる.我々はミュオンビームの特性を正確に理解することで,バックグラウンドを下げて感度を向上させ,10 mg の試料まで分析可能なシステムをどうにか完成させた(10 mg は十分多いと思われるだろうが,ミュオンの元素分析の常識から言えば破格の小ささであり,この苦労話だけで数ページは書ける).図 2 に示しているのは,グローブボックスを備えた測定システムの写真である.システムの内部はすべて銅でおおわれており,バックグラウンド信号が銅に由来するものしかないように工夫している.
 

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図 2:リュウグウサンプルのミュオン分析を行った多くの銅板を使って構築した J - PARC の実験システム.
画像クレジット: 遊星人
 

ミュオン分析は2021年の06~07月にかけて,茨城県東海村大強度陽子研究施設(J - PARC)で実施された.「石」チームの初期分析フローは,破壊分析を行う前のこの時期が実験を行える唯一の期間であり,試料配布後に分析の機会を得た.この時期は例年,加速器の運転を止めている時期であったが,関係者の多大な努力といくつかの「たまたま」が重なり加速器の運転期間が延長され,実際の分析ができる運びになった.実に幸運であった.

最後の,そして最大の幸運は,工学チームの神業に裏打ちされた「はやぶさ2」ミッションの大成功である.我々は今回 10 mg の試料までを分析可能なシステムを開発したが,使用できる試料がそれより少ないとどうしようもなかった.しかし今回 120 mg という,予想を遥かに超える多量の試料が提供されることになり,高精度の分析を行うことができたのは本当に幸運であった.

多くの幸運に支えられたミュオン元素分析実験であったが,当然のことながら入念なシミュレーションを行ったうえで実施したものである.その中で関係者を和ませた(実際のところ笑う所ではないのだが)エピソードを一つ紹介しよう.リュウグウ試料を実験施設まで運搬する際の破損から守るために,可能な限り振動を避ける運搬が求められた.中村は仙台の東北大から,茨城の東海村の J - PARC まで実際に車で移動して運搬のシミュレーションを行ったところ,一番揺れが大きかったのはなんと J - PARC のある原子力科学研究所内の道路であった.これを機会に道路整備の予算を確保していただきたいものである.
 

2 - 3. 電子線ホログラフィーによる磁場観察の舞台裏(木村氏)

電子線ホログラフィーを用いて,局所磁場観察を行う上で最も重要かつ難しい点は,オリジナルの磁区構造を失うことなく,残留磁場を記録している粒子を見つけ出し,透過電子顕微鏡(TEM)用の薄片化試料を作製することにある.事前の想定として最も可能性の高い鉱物はマグネタイト,次いでピロ―タイト(硫化鉄鉱物の一種)であった.通常であれば,汎用型の走査電子顕微鏡(SEM)を用いて組織観察や元素分析を行うことで,目的とする粒子を容易に見つけられる.しかし,今回は,そうはいかない.電子顕微鏡のレンズは一般に磁界型なので,試料に強い磁場がかかってしまう.地球の磁場が~50 μT なのに対して,アウトレンズタイプの SEM は~1000 μT と 20 倍強い磁場となる.そのため,粒子を探し出す方法として様々な手法や装置を検討した.その結果,日本電子製の卓上 SEM(JCM - 7000, Neo Scope)を一番小さな加速電圧(5 kV)で使用すれば,地球の磁場程度の環境下で,試料を観察 / 元素分析できることが分かった(図 3A).この条件では,空間分解能は低く,元素分析も大きな制限を受けるが,それでも 1 μm 程度の粒子であれば検出できることをオルゲイユ隕石を用いたリハーサル分析で実証できた.
 

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図 3:ホログラフィーメンバーによる磁区構造分析の様子.A. 卓上 SEM による磁性鉱物探索.B. FIB による薄片化.C. グローブボックスでの試料セット.D. ホログラフィー観察.E. S / TEM による構造解析を行い安堵するメンバー(中心が木村氏).
画像クレジット: 遊星人
 

続いて,集束イオンビーム(FIB)装置を用いて,TEM 観察用の厚さ 100 nm 程度の薄片化試料を作製するのにも気を使った.リュウグウ試料は想像以上に脆く,さらに,非常に強いチャージアップで試料が動いたり,脱落したりしてしまうのである.試行錯誤の末,冷却 FIB を用いて試料温度を - 90 ℃ に制御した環境下で,SEM モードを使わずに薄片化試料を作製した(図 3B).その後,試料が途中で脱落しないか幾度となく不安に駆られながら,グローブボックス(図 3C)とスパッタ蒸着装置を何度も往復し,カーボン蒸着で固定した TEM 試料を作製した.その結果,地球磁場を有意に超えるような磁場環境に晒すことなく電子線ホログラフィーで磁性鉱物の磁区構造を観察できた(図 3D).そして,この後に強い磁場を持つ汎用型の S / TEM を用いて目的の磁性鉱物であることを確認して,初めて安堵することができた(図 3E).
 

2 - 4. 数値計算および物性測定グループ(黒澤氏,玄田氏,田中氏)

数値計算サブチームは玄田がとりまとめとなり2019年はじめ頃に結成された.当初は玄田,黒澤,兵頭,脇田,杉浦で構成され,「石」チームの中では最小人数のチームであった.母天体の熱史と大規模衝突による破壊の数値計算を実行することを念頭において玄田がメンバーを選定した.途中から田中が率いる物性測定チームが合流した.数値計算サブチームの最初の任務は,リュウグウ,及びその母天体の起源と進化を解明するために必要なパラメータを洗い出し,物性測定チームに提案することであった.幾度かのオンライン会議を経て空隙率,音速,熱膨張率,断熱 & 等温体積弾性率,体積弾性率の圧力依存性,定圧比熱,熱拡散率,安息角,臨界応力を選定し,提案した.試料の少なさと測定の困難さから測定できなかったパラメータもいくつかあるが,最終的にはほとんどの基本的な機械物性,熱物性,さらに電磁気特性までも測定するに至った.

物性測定チームは2021年08月頃から定期的にオンライン会議を行い,測定スケジュールを入念に確認していた.ある会議で黒澤が何気なく物性計測後の試料はその後どうするのか?と尋ねたところ,田中が粉末にして赤外分光測定に回される予定と答えた.「えっ!?どうせ壊すなら強度を測れませんか?」と言ってみた結果,リュウグウ試料の 3 点曲げ実験が急遽スケジュールに組み込まれた.~1 mm 程度の強度が未知の試料に対して,確実にデータを得るには小型の専用治具を作成して 3 点曲げを行うのが最善という田中の判断であった.試験はピンポイントで11月07日,08日.田中が宇宙研の試験機のスケジュールを抑え,黒澤が測定治具の製作を担当した.千葉工業大学工作センターの村越茂氏にご協力いただき,なんとか間に合わせることができた(図 4).
 

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図 4:リュウグウの石の 3 点曲げ実験のために製作した治具,上が押し,下が受けである.取手部を通常の試験機のクランプで挟んで使用した.千葉工業大学工作センターで製作された.試験片はテスト用の地球の岩石.
画像クレジット: 遊星人
 

続いての困難は試料の側面が樹脂で固められていることであった.3 点曲げ実験の結果に影響を与えることは明らかで,事前に取り除く必要があった.そこで,千葉工業大学惑星探査研究センターにて保有していた CI chondrite simulant を油圧プレスでペレットに加工して,リュウグウの石に見立て,所有している刃物(Victorinox のナイフ,超音波カッター,工作カッター,カミソリ)で側面を切断するテストを行った.その結果,細胞切断用の極薄カミソリを選定した.実験当日は田中がこのカミソリで側面を切り落とし,樹脂を取り除くことに成功した.リュウグウの石は不思議な触感で刃がスッと入り,途中まではきれいに切れるが,さらに力を加えると切れ目から割れるような挙動であった.よく乾燥したハードタイプのチーズに近い(中村の感想).3 点曲げ実験では変位に従って応力が線形に増加し,ある時点で応力が急降下するという教科書的な脆性挙動を示し,当初の予想に反して美しいデータをとるに至った.なお樹脂が付着している切片,曲げ試験で破壊した粒子についても回収し,JAXA に返却した.

数値計算サブチームでは脇田,玄田が熱史計算を,黒澤,玄田,兵頭,杉浦が衝突計算を担当した.2021年の10月初旬に物性計測チームに試料が配布され,物性計測が始まった.その分析日報を受けて黒澤が衝突計算に必要な状態方程式(EOS)パラメータを作成し,玄田が数値計算に入れるテーブルを作成し,兵頭,杉浦が計算実行 & 後解析を行う体制で計算を進めていった.解析が進行するに連れて報告された物性値が速報値から変わっていくため,その都度計算をやり直すのに苦労した.12月に初期成果論文にまとめ始め,12月末には投稿した.なかなか大変だったが,世界で初めて小惑星物質そのものから得られた物性データを使った数値衝突計算を行い,確定値に近づいているという実感があり,例えるならライブ前日のような高揚感のある日々であった.論文にまとめていく過程で,最終版と思って黒澤が設定したパラメータの一部に解析途中の値が改訂されず使われていたことに気がつくという心臓が縮みあがる出来事があったのだが,パラメータ更新ごとに計算と作図をやり直すという流れができあがっていたため,投稿前に修正を間に合わせることができた.
 

3. リュウグウ形成プロセス

多くの分析結果を踏まえ,「石」分析チームから初期成果論文を発表した [ 1 ].この論文には多くのリュウグウサンプル研究の Seed が含まれている.論文本体のほか,100 ページを超える Supplemental material が付属する.今後のリュウグウサンプルの研究に参考になれば幸いである.論文の骨子は以下の通りである(多くの記述は,初期成果論文のプレスリリース [ 6 ] をもとに改編).

リュウグウサンプルの物質分析,物性測定結果を導入して行った数値シミュレーションの結果を図 5 に示す.以下に,どのような物的証拠がリュウグウサンプルに残されていたのかを説明する.
 

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図 5:リュウグウ母天体の形成進化プロセス [ 1 ].天体内部の温度分布や年代,衝突破壊のプロセスは数値シミュレーションで求めた.
画像クレジット: 遊星人
 

3 - 1. 母天体形成過程と形成領域

リュウグウサンプルには非常に弱いが磁場の情報が残されていた.この情報は,リュウグウの母天体が太陽系のもととなった原始惑星系円盤のガス中で誕生した可能性が高いことを示唆する.つまり,リュウグウは太陽から遠く離れた太陽光が届かない円盤ガスの暗闇の中で生まれたことになる.その領域は - 200 ℃ 以下の極低温であったと推定され,水の氷だけではなく,CO2 氷粒子も存在していた.サンプル中の最も二次的変質の弱い岩片(図 6)の情報から,岩石粒子の大部分は非晶質ケイ酸塩であり,加えてカンラン石,輝石,スピネルなどの無水ケイ酸塩,鉄鉱物や有機物であったと推定される.リュウグウ母天体は,その領域に存在していたこれらの岩石粒子と氷を取り込んで形成された.
 

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図 6:今回の分析で最大のサンプル(C0002)から発見された天体形成時の始原的な物質の特徴を残した岩片 [ 1 ].A. 岩片の全体像,B. 岩片の一部拡大,C.(B)と同じ領域の元素分布.赤色の粒子はカンラン石,または輝石.緑は硫化鉄,またはマグネタイト,青は Ca 炭酸塩.D. 岩片の全体像,E. 岩片の拡大像.数百 nm の大きさの非晶質ケイ酸塩や硫化鉄で形成される微粒子(GEMS - like と表示),およびカンラン石(Ol)などが主な構成物質.A - D は走査型電子顕微鏡画像,E は透過型電子顕微鏡画像.
画像クレジット: 遊星人
 

二次変質が進んでいないリュウグウサンプルから,太陽近くの高温下でできた粒子(Ca,Al に富む包有物やコンドリュール, 以下では高温微粒子と呼ぶ)を発見した(図 7).
 

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図 7:リュウグウサンプル中に発見された Ca,Al に富む包有物(CAI)とコンドリュール [ 1 ].A,B. Al-Mg スピネル(Sp),ヒボナイト(Hb),ペロブスカイト(Pv)などから形成される CAIs. 一部は層状ケイ酸塩(Ph)に変質している,C.- D. 溶融したカンラン石(Ol),金属鉄(FeNi),硫化鉄(FeS)から形成されるコンドリュール,F. 多孔質なカンラン石で,空孔の一部に Ca 輝石(CPx)を含む.A-C, E は走査型電子顕微鏡写真.D, F は透過型電子顕微鏡写真.
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このことはリュウグウ母天体の極低温の形成領域に,太陽の近くの高温でできた粒子が少量共存していたことを意味する.これらの高温微粒子はすべて小さく(約 30 ミクロン以下),小さな粒子が選択的に太陽近くから太陽系外側まで移動したと考えられる.これは,太陽系誕生時の内側と外側の大規模物質混合の証拠となる.

上に示したように J - PARC にてリュウグウサンプル 10 粒子(総計 126 mg)に対して行ったミュオンビームを使った元素組成分析(図 2)により,リュウグウの窒素や炭素を含め主要元素の存在度は CI 炭素質隕石(=太陽)に近いことが分かった.つまり,リュウグウの元素存在度は極めて未分化であることがわかった.一方,酸素濃度はリュウグウはオルゲイユ CI コンドライトよりも約 25 % 少なかった.これは CI コンドライトが地上に落下後,大気中の水分を吸収し,さらに大気下で酸化されたことを示唆する.
 

3 - 2. 母天体内部での岩石と液体の水による反応

上述したように,母天体集積時は氷を含む多様な固体微粒子の集合物であった(図 6).これらの原材料が母天体内部で水や CO2 と反応し含水鉱物や炭酸塩鉱物を形成した.水質変成時の水温は,変成時に形成された硫化鉄の安定関係や結晶構造などから,およそ 25~50 ℃ であったと推定される.

水質変成で形成された六角板状の硫化鉄(ピロータイト)結晶内部の数ミクロン径の空孔に閉じ込められた液体の水を発見した.水を凍らせて飛行時間型二次イオン質量分析計で分子種を調べると,水は塩や有機物を含む炭酸水であった.

リュウグウサンプルの多くは~1 ㎜ 程度の微小岩片が集まってできた角礫岩であった.これらの岩片を構成する鉱物が多様であることは,水質変成の際の条件の違い(水岩石比 W / Rなど)で説明できる.岩片は W / R < 0.2 でできた物質と,0.2 < W / R < 0.9 でできた物質があった.前者は母天体の表層付近の低温で氷が溶けにくかった環境でできた岩片(図 6)であり,後者は母天体内部の水が豊富な環境でできた物質であると推定される.その後の衝突で母天体が破壊され,母天体内部と表層の物質が混合された結果,現在のリュウグウには程度の異なる水質変成を経た岩片が保存されている.

興味深いのは,リュウグウの母天体内部で液体の水からテーブルサンゴのような形をした結晶が成長していたことである(図 8).どのような組成の水から晶出したのが未解明であるが,リュウグウ母天体の内部には地球の海に似た環境が存在していたと考えられる.
 

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図 8:リュウグウサンプルの表面に発見されたテーブルサンゴに似た形をした Cu と S からなる結晶 [ 1 ].極微小の薄い結晶が積層している.走査型電子顕微鏡写真.
画像クレジット: 遊星人
 

3 - 3. リュウグウサンプルの特性から推定されたリュウグウ母天体形成過程

上述したように,リュウグウサンプルの各種物性を測定した(図 4).今回の「物性」計測のハイライトは弾性波速度, 曲げ強度, 熱物性(比熱, 熱拡散率)の定量,電磁気学特性の定量である. 基本的な量を小惑星のリターンサンプルで計測できた世界初の例である.

リュウグウサンプルにはマグネタイトが多く含まれており,上述した木村氏のグループのホログラフィー観察により(図 3),特徴的な磁力線分布(渦状磁区構造:図 9)が確認された.この構造は一般のハードディスクよりも安定で,太陽系の年代(46 億年)以上の長期間,磁場を保持できる.マグネタイトの内部,および周辺の磁場はこの結晶が形成された当時の磁場を反映している.上述したように,リュウグウ母天体は,磁場を持つ原始惑星系円盤ガスの内部で形成され,その後の水質変成によりマグネタイトが形成された可能性が高い.
 

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図 9:A. マグネタイト微結晶に残された古地磁気の記録 [ 1 ].リュウグウ試料から切り出した超薄切片中のマグネタイト球状結晶の透過型電子顕微鏡像 B. C.磁束分布像.矢印と色は磁化の方位.粒子の内部に渦状磁区構造が見られる.粒子の外側に見られる磁力線はマグネタイトからの漏れ磁場である.
画像クレジット: 遊星人
 

リュウグウサンプル 16 粒子の体積を SPring - 8 で精密に求めた(空間解像度約 0.9 ミクロン).サンプルの質量は吸着水の影響を避けるため大気遮断のグローブボックス内で測定した.その結果,サンプルの平均密度は 1.79 ± 0.08 g / cm3 であった.この値は探査機からの観測で見積もった小惑星リュウグウ全体の密度(1.19 g / cm3)より大きく,小惑星内部に 30 % 以上の隙間があることを示唆する.このことは現在のリュウグウが母天体の破壊の結果形成された,第二世代のラブルパイルであることと整合的である.
 

3 - 4. 母天体の熱史と衝突破壊の数値シミュレーション

母天体の誕生から,天体内部の昇温,水質変成の経時変化,大規模な衝突破壊の数値シミュレーション(図 5)を,実際の小惑星サンプルの物性実測値を使って行った.小惑星から回収したサンプルの物性の測定結果を,その小惑星の形成進化の数値シミュレーションに使ったのは世界で初めてである.

放射性元素 26Al の崩壊熱による母天体内部の温度変化を数値シミュレーションで解析した.その結果,太陽系形成後 約 200 万年後に - 200 ℃ 以下の環境で母天体が誕生し,約 300 万年後に水質変成が始まり,およそ 500 万年後に天体内部の各所が最高温度(~50 ℃)に達したことが分かった,母天体の形成は一度に短時間でできたことを仮定しており,天体が段階的に成長した場合は,天体形成跡時期は 200 万年よりも早くなる.

リュウグウはかつてポラーナ,またはエウラリア小惑星族に属していたと考えられている [ 7 ].つまり,リュウグウの母天体が破壊されて,これらの小惑星族の小惑星が形成されたと考えられる.これらの族に属する小惑星の質量を合算すると,リュウグウ母天体は破壊前は直径 100 km 程度であったと考えられる.数値シミュレーションの結果,母天体の 1 / 10 程度の他天体が母天体に正面衝突すると,最大径が ~50 ㎞ 程度(ポラーナやエウラリアと同程度の直径)の天体と多くの小天体が形成されることが分かった.現在のリュウグウは,この衝突で発生した岩片が集合してできたと考えられる.

衝突シミュレーションの結果,衝突地点付近の非常に限られた物質のみが高温高圧を経験する(例えば,> 10 GPa に到達するのは母天体の 0.2 % 体積程度)が,破壊強度は低いので,母天体のほとんどの部分が破壊されるが,高温高圧を経験していない.このことは,高い衝撃圧,衝撃温度を経験したリュウグウのサンプルほとんど見つからなかったこと, 多くのリュウグウ粒子にクラックが観られることと整合的である.

多くのチームメンバーがコロナ禍の中,世界各地で同時進行的に分析を行ってくれた.オンライン会議で情報共有すればよいと簡単に考えていたが,メンバーは日米欧地球全体にいるので,どこかが昼な時は,他方は早朝,深夜なのでそんなに便利ではないと実感した.しかし,次々に発見があり,考察を重ねることでリュウグウの形成史が見えてくるにつれ,リュウグウサンプルにはこれまでの隕石研究からは決して見えていなかった情報が秘められていると確信した,今後は,集積時の円盤領域の物質の情報を残す部分に特化した研究を継続し,可能な限り太陽系の時計を巻き戻す作業に集中したい.
 

謝辞

本稿を書く機会を与えてくださった渡邊誠一郎氏に感謝します.
 

中村智樹さんの TPSJ 掲載論文・記事

火の鳥「はやぶさ」未来編 その10「地球からの小惑星物質回収」
火星衛星探査計画 MMX その 2「火星の月の攻略法」
 

参考文献

[1] Nakamura, T. et al. , 2022, Science 379, eabn8671.
[2] Matsuoka, M. et al., 2023, in press.
[3] Noguchi, T. et al., 2023, Nature Astronomy 7, 170.
[4] Matsumoto, M. et al., 2023, Submitted.
[5] Nakashima, D. et al., 2023, Meteoritics, in press.
[6] 東北大学理学部プレスリリース 2022年9月26日
https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20220926-12281.html
[7] Sugita, S. et al., 2019, Science 364, 252.
 



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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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