プラネタリー・ディフェンス : 実験的な小惑星ベンヌでの探査


12月03日(PST)、NASA OSIRIS-REx 探査機が地球を飛び立ってから数十億キロメートルの航行を経て、目標天体である ベンヌ(Bennu)に到達し、二年に亘って小惑星の詳細を調査するランデブー探査が始まった。太陽系の形成から取り残された古い瓦礫の塊を徹底的に調べ上げ、ベンヌの表面から小石や塵をサンプリングしたのち、2023年に地球に還ってくる。
 

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このアーティストコンセプトは、小惑星ベンヌを探査する OSIRIS-REx 宇宙機を示している。ミッションは、ベンヌの表面からのサンプルリターン、軌道に関する詳細な情報の取得を目指している。
Image Credit : NASA's Goddard Space Flight Center
 

惑星科学としては、我々が住む太陽系の地球近傍を形成する原始的な物質の断片を研究し、小惑星が生命形成物質を惑星や衛星に届ける際に果たした役割をよりよく理解することとなるだろう。

しかし、ベンヌ探査ミッションが明らかにするのは太陽系形成史だけではない。OSIRIS-REx 搭載の科学機器を使ってベンヌ上のボルダー(岩塊)を研究することにより、我々の未来を左右する事実が表れるのかもしれない。

潜在的に危険な小惑星(以下、PHA)を探知する NASA の惑星防衛調整局(Planetary Defense Coordination Office)の専門家は、小惑星を動かす力について詳細な情報を収集・分析しており、我々の地球との衝突コースについての予測精度を上げることになるだろう。

OSIRIS-REx ミッションが、これらの作業をどのようにサポートするかを以下に概説する。
 

ベンヌの動きはどのように予測されていくのか

ベンヌの規模は約 1/3 マイル、0.5 キロメートル幅で、地球表面に達するのに十分な大きさを持っている。多くの小さな宇宙物体は、大気中で燃焼していく。もしベンヌが地球に大きな影響を与えることがあれば、広範囲にわたる被害をもたらすだろう。NASA JPL(ジェット推進研究所)の地球近傍物体研究センター(CNEOS)の小惑星専門家は、ベンヌが来世紀後半に地球に極めて接近し、直に地球と接する可能性は 1/2,700 という試算を出している。

天文学者は、1999年に発見されて以来、数回の観測ののち、ベンヌの将来の軌道を推定している。
参照 : はやぶさ2が目指す C 型小惑星「1999 JU3」
観測者たちは、その形状、回転速度、軌道などを推定するために、およそ 6 年ごとの地球接近の際に、光学、赤外線、電波観測を行った。
「現在のベンヌは、探査機から数キロ圏内にいることは確実に判っている」と、CNEOS 研究者のスティーブン・チェスリー(Steven Chesley)、将来のベンヌ軌道を推定することになる OSIRIS-REx ミッションチームメンバーが言った。
 

ベンヌの将来軌道は何故予測できないのか

これまで科学者たちは、ベンヌの将来の軌道を太陽周辺の影響を基に予測してきた。彼らによる予測は、地上観測と数学的計算により、太陽、月、惑星、および他の小惑星によるベンヌへの影響であるが、実際には非重力要因のベンヌの挙動要素を加えて説明したものが必要となる。

天文学者は、これら複数のパラメータから、ベンヌが地球の500万マイル(0.05 AU 天文単位, 7.500万km)内に来ると予想される次の四つの正確な日付(2054年、2060年、2080年および2135年の09月)を予測することができる。これは地球の重力がベンヌの軌道に影響を与えるに十分な距離である。その過程により、太陽を周回して戻ってくるたびに小惑星がどの軌道を通るのかについての不確実性が高まり、ベンヌの将来軌道が2060年以降から次第に不透明になってしまうのである。

2060年、ベンヌは地球から地球・月間の約二倍(2.0 Lunar Distance)の距離を通過する。誤差は僅かだ。この軌道予想領域内での位置のわずかな違いは、将来の軌道上で大きく拡大され、ベンヌの軌道を予測することはますます困難になっていく。

結果として、この小惑星が2080年に地球軌道近傍に戻ったとき、チェスリーの計算によれば、軌道範囲は 9,000 マイル(14,000 キロメートル)幅となる。ベンヌの軌道が地球・月間よりも近づくことが予想される2135年までには、その軌道予測範囲は約 100,000 マイル(160,000 キロメートル)まで広がっていく。将来500年程度のなかで信頼できる予測としてのこの接近時が、地球へ最も近づくアプローチとなる。

「現時点で我々が持つ小惑星軌道データのなかでも、ベンヌについては最も信頼できる軌道データだ」とチェスリーは言う。
「ただし、2135年の遭遇の後のベンヌがどこに向かうのかは、今は正確には言えない」

ベンヌの軌道を追求するなか、将来の衝撃予測を濁らせる(muddying)別の要因がある。それはヤルコフスキー効果と呼ばれており、重力とは何ら関係ない。太陽の熱から生じるヤルコフスキー効果によってベンヌの軌道は微妙に変遷していく。

「将来のベンヌ軌道の予測可能性に影響を与える要因はたくさんあるが、そのほとんどは比較的小さい」
コロラド州ボルダーの(サウスウェスト研究所(Southwest Research Institute)の小惑星専門家 William Bottke と OSIRIS-REx ミッションに参加する科学者が述べている。
「最も大きな要因は、やはりヤルコフスキー効果だ」

ヤルコフスキー効果とは、1901年にポーランド(一説によればロシア)の土木技術者(Ivan Osipovich Yarkovsky)が最初に説いた予測で、この土木技術者の名前にちなんで命名された。彼は、太陽の光が小さな暗い小惑星の片側を暖め、数時間後に小惑星の高温側が冷たい暗闇に回り込むと、その熱を放つことを示唆した。これは、その回転方向に応じて、岩石パイルを少し太陽に向かって、または太陽から離れる方向に動く現象となる。ややこしいが、夕暮れ時と夜明け時には天体表面に温度差があり、熱放射量の違いから軌道に変化が生じるということだ。

ベンヌのケースでは、1999年にヤルコフスキー効果によって太陽方向に約 0.18 マイル(284 メートル)の軌道を移動させたと計算されている。実際、数十億年の間に火星・木星間の小惑星帯から現在の軌道にベンヌはある。もちろん、他の要因もある。しかし今、このヤルコフスキー効果によりベンヌの将来軌道の予測は困難を極めている。
 

小惑星とのフェイス・トゥ・フェイスは救いになる

OSIRIS-REx 探査機は、ベンヌの太陽系内での正確な位置と正確な軌道を決定するために、光学追跡画像をキャプチャし、電波による追跡シグナルを送信するために、搭載された一連の計測機器を使用する。既存の地上観測と組み合わせることにより、ベンヌの軌道が時間とともにどのように変化しているかを解明する。

さらに天文学者は、小惑星に対するヤルコフスキー効果を、その場で初めて観測することになる。彼らは探査機に、約二年間に亘る太陽の軌道上でのランデブー追跡を行い、重力とヤルコフスキー理論に基づいて予想される軌道を辿るのかどうかを調べるよう指示する。これにともなう現実と予測の間の差異は、ヤルコフスキー効果の理論モデルを改良することに大いに役立つ。

ただし、ヤルコフスキー効果をさらに深く理解するためには、ベンヌの熱測定値が重要になってくる。ミッションの中で、OSIRIS-REx は小惑星から放出される熱量とその熱源について観測し、小惑星に対するヤルコフスキー効果による変化を計算して、理論を再構築していく。

このミッションはまた、ヤルコフスキー効果に関する幾つかの未解決の問題に取り組む予定だ。

チェスリーの懸念のひとつは、小惑星の表面上にある巨大な岩石やクレータからの光が、光子が冷めるにつれて飛散する方向を変え、より勢いのある側から勢いを失い、それによって反対方向に小惑星を揺らしているのだろうか、ということだ。表面の揺れをマッピングすることでこれを解明しようとしている。

「天体表面の粗さがヤルコフスキー効果に影響を与えることはわかっており、そのモデルはある」とチェスリー氏は述べている。
「ただそのモデルは推測によるものであり、誰も実際にテストしてはいない」

「OSIRIS-REx ミッションが成功裏に完了すれば、ベンヌについての軌道予測は現在の約 60 倍の精度になる」とチェスリーは述べた。
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Japanese Translation : A. IMOTO TPSJ Editorial Office