タギシュ・レイク隕石 ~ D 型小惑星由来の隕石 ~
エポックメイキングな隕石たち その 09. July 29, 2017. Published

藤谷渉:茨城大学理学部

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

始原的隕石の中でも炭素質コンドライトは化学的に未分化であり,太陽系生成期の情報を保存する物質であると考えられている.しかしながら,ほとんどの炭素質コンドライトは,原始太陽系星雲内での個々の隕石構成物質の形成環境と母天体集積後の反応(変成・変質作用)に関する情報を併せ持つため,この二つを切り分けることがこれまでの歴史を正しく解釈する上での重要な課題となっている.岩石学タイプ 3.0 の隕石は,「極めて始原的な隕石」と呼ばれ,母天体での変成作用の影響が極めて小さく,太陽系生成初期の母天体集積時の状態を最も保存していると考えられている.国立極地研究所が所有する Yamato(Y)-81020 は,極めて始原的な特徴を持つ数少ない CO3.0 コンドライトの一つであり,特に日本の研究者により多くの重要な成果が発表されてきた.
 

1. はじめに

本稿では,既存の化学グループには属さない炭素質コンドライトであるタギシュ・レイク(Tagish Lake)隕石について紹介する.この隕石は比較的最近落下したものであるが,太陽系物質の多様性や小惑星帯外縁付近の天体の性質,母天体における物質の変成過程を理解するための貴重な試料として認識されており,今日まで活発に研究されている.
 

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図 1. タギシュ湖の地図.矢印は火球の進行方向を,楕円はタギシュ・レイク隕石が発見・回収された場所を示す.理由は不明だが,Google マップ日本語版にはタギシュ湖がタギシュ・レイク隕石と表記されている.Google マップより(地図データ: Google).
 

タギシュ・レイク隕石は,2000年01月18日にカナダ北部のタギシュ湖に落下した落下目撃隕石である[1].この隕石が落下した冬の時点では湖は凍結しており,春に氷が溶けるまでこの隕石は液体の水にさらされることはなかった.地域住民のジム・ブルック(Jim Brook)は落下からわずか一週間後の01月25日に凍結した湖面から隕石の破片を発見し,26日にかけて回収した.回収した隕石は素手で触ることなくビニール袋に入れ,凍結した状態で保存された.その結果,極めて保存状態がよく地球上での汚染を最小限に抑えることができたのである.このように回収・保存された破片はおよそ 850 グラムにのぼる.これから説明するように,タギシュ・レイク隕石は始原的かつ特異な隕石で,非常に学術的価値の高いものであるが,その隕石がこのようによい状態で保存されていたのは幸運と言うほかないだろう.なお,春になって氷が溶けた後にも 10 kg 程度の隕石片が回収されており,隕石片が回収された場所は湖上で 16 km の長さの領域に及んでいる(図 1).
 

2. タギシュ・レイク隕石の物理的特徴

タギシュ・レイク隕石は密度が 1.6 g/cm3 ほどであり,これは CI や CM コンドライト(それぞれ 2.2 - 2.3 と 2.6 - 2.9 g/cm3)と比較して非常に小さい値である.そのぶん空隙率は高く,40 % ほどである.2000年に回収された直後,タギシュ・レイク隕石の細粒マトリクスは非常に脆かったと言われている.

タギシュ・レイク隕石のメテオロイドが大気圏に突入する際のさまざまな物理量は,衛星および地上からの火球の観測によって推定されている[1].それによると,タギシュ・レイク隕石のメテオロイドが大気圏に突入した時点での総重量は約 200 トンで,その質量の大半を大気中で失ってしまった.大気圏への突入速度は約 16 km/s,突入角度は 17° と非常に浅い.このことが,低密度・高空隙率で強度の低い物質が上空で粉々に破壊されることなく,ある程度の大きさのまま地表面に落下した要因となった.

後にも触れるが,地球の成層圏で回収される惑星間塵(Interplanetary Dust Particle: IDP)や南極氷床から回収される微隕石(Micrometeorite)を含む宇宙塵の中には,鉱物組成がタギシュ・レイク隕石に類似したものがかなりの頻度で見られる.一般に,IDP の密度はタギシュ・レイクと同様に小さく,その多くは脆いことが知られている.このことは,タギシュ・レイク隕石のような強度の低い物質の破片が宇宙塵として地球上に降着していることを示唆しているのかもしれない.つまり,このような物質は宇宙塵として地球上で回収することができる一方,隕石としてある程度の大きさのものを手にするのは難しいのである.
 

3. タギシュ・レイク隕石の構成鉱物と水質変成作用

タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的な特徴として特筆すべきは,その反射スペクトルが他のどの炭素質コンドライトとも異なり,D 型あるいは T 型小惑星のそれと類似していることである[2,3].Hiroi et al.(2003)は小惑星 308 Polyxo をタギシュ・レイク隕石母天体の候補として提案している[3].D 型小惑星の軌道長半径はほとんどが 3 AU 以上であり,普通コンドライトや他の炭素質コンドライトの母天体(S 型や C 型小惑星)よりも太陽から遠い位置に存在している.もし小惑星の形成した場所が現在の小惑星帯の位置だったとしたら,D 型小惑星は C 型小惑星より揮発性物質やプレソーラー粒子の存在度が高く,また,熱変成度の影響も小さい可能性がある.

タギシュ・レイク隕石は角礫岩の組織を示す.タギシュ・レイク隕石を構成する物質は主に層状ケイ酸塩のマトリクス,コンドルール,カンラン石の結晶片であり,水質変成の影響が顕著である[4].難揮発性包有物もわずかに確認できる.マトリクスにはマグネタイト,Fe-Ni 硫化物や炭酸塩鉱物が含まれる.マトリクスに含まれる炭酸塩鉱物の存在度は試料によって様々であり,初期分析における岩石学的記載では,炭酸塩鉱物に富む岩相と乏しい岩相が存在することが示されている.マトリクスを構成する層状ケイ酸塩鉱物は主にサポナイトであるが,蛇紋石をかなり含む部位も存在する.上述のような鉱物の組み合わせは多くの含水 IDP と共通しており,含水 IDP の母天体はタギシュ・レイク隕石の母天体に類似した D 型小惑星であると考えられる.
 

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図 2. タギシュ・レイク隕石の薄片の電子顕微鏡(反射電子)像.丸で囲った部分の薄いグレーに見える鉱物は粒子サイズの大きな(約 100 μm)の炭酸塩(ドロマイト).矢印で示したのはコンドルール.白く見えるものはマグネタイトや硫化物.他にも小さな岩片が観察でき,角礫岩であることを示している.[6]より改編.
Credit : 遊星人
 

ところで,タギシュ・レイク隕石には炭酸塩鉱物に富む岩相と乏しい岩相が存在すると述べたが,水質変成の程度やそれに伴う有機物の組成の変化などから,より多様な岩相が存在することが示唆されている[5].筆者もこの隕石から,今まで報告例のない大きい粒子サイズ(約 100 マイクロメートル)の炭酸塩(ドロマイト)を発見し,多様な岩相が存在することを裏付けるものとして解釈している(図 2).なお,この岩相はコンドルールや多量のマグネタイトを含んでおり,CI や CM コンドライトの組織とは異なる.このドロマイトが形成した年代は 53Mn-53Cr 年代測定から 4564 Ma と判明しており,これが地球外起源である(すなわち,地球上での風化作用によるものではない)ことは明白である.この形成年代は,他の水質変成を受けたコンドライト(CI や CM コンドライト)に含まれる炭酸塩鉱物の形成年代とほぼ同じである[6].すなわち,水質変成のタイミングはどの隕石母天体でもそれほど変わらなかったと考えられる.

タギシュ・レイク隕石には無水ケイ酸塩を含むコンドルールが観察され,CI コンドライト(岩石学的タイプ 1)のようにコンドルールや無水ケイ酸塩が存在しない隕石より水質変成の程度が低いと考えられる.このことから,岩石学的タイプは 2 とするのが妥当である.また,層状ケイ酸塩の鉱物種や炭酸塩鉱物の存在度および化学組成が異なること,多量のマグネタイトを含むことから,CM コンドライトとも区別される.このように,タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的観察から,この隕石は既存の化学グループには属さない特異なものであることが結論される.
 

4. タギシュ・レイク隕石の地球化学的特徴


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図 3. タギシュ・レイク隕石,CI,CM,CO コンドライト全岩の酸素同位体比を示す三酸素同位体図.タギシュ・レイク隕石の酸素同位体比は他のいずれの隕石とも異なるが,CM,CO コンドライトのデータ点の回帰直線上の 17, 18O に富む側にプロットされる.データは[1,14]より.
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よく知られているように,隕石全岩の酸素同位体比は隕石の分類をするうえで重要な分析値である.タギシュ・レイク隕石の酸素同位体比は,CI や CM コンドライトのいずれとも異なる[1].三酸素同位体図上で,タギシュ・レイク隕石は CM と CO コンドライトのデータ点の回帰直線上に,17, 18O に富む側にプロットされる(図 3).同じような温度で水質変成を経験しているとすると,酸素同位体比からタギシュ・レイク隕石は CM コンドライトよりも水を多量に含んでいると考えられ,その水/岩石比(酸素原子数比)は 1.2 と見積もられている[7].また近年,Cr 安定同位体比も隕石の分類に有用であることがわかり,Cr の最も中性子に富む同位体である 54Cr の存在度(54Cr 同位体異常)が隕石の化学グループごとに異なっていることが知られている.タギシュ・レイク隕石全岩の 54Cr 同位体異常は CM と CI コンドライトの中間的な値を示すが,ケイ酸塩相に限定すると同位体異常はすべての隕石の中でもっとも大きい[8].

タギシュ・レイク隕石の炭素含有量は 5.8 wt% であり,他のどのコンドライトよりも多い[9].有機炭素の存在量は 2.6 wt% で CM と CI コンドライトの中間的な値である.プレソーラー粒子であるナノダイヤモンドの存在量はおよそ 4000 ppm ですべてのコンドライトの中でもっとも多い.プレソーラー粒子の存在度が大きいということは,先に述べたように,タギシュ・レイク隕石のケイ酸塩相の 54Cr 同位体異常がすべてのコンドライト中で最も大きいということと関係しているのかもしれない.一方でプレソーラーケイ酸塩相の存在度は非常に低く,水質変成によって失われてしまった結果であると解釈できる.Fe をほとんど含まないカンラン石がマトリクスにごく少量しか存在しないことはこの解釈を支持しているであろう[10].

全岩の化学組成については,大まかに述べると,タギシュ・レイク隕石は CM コンドライトと比較して揮発性元素に富んでいるが,CI コンドライトよりは乏しい[11,12].難揮発性元素は逆の傾向を示す.このようにタギシュ・レイク隕石は CM と CI コンドライトの中間的な元素存在度パターンを示すように思える.しかし,揮発性・中程度の揮発性・難揮発性の三つの元素の比(例えば Zn/Mn と Sc/Mn 比)を縦軸・横軸にとったグラフに CM と CI コンドライトの組成をプロットすると,タギシュ・レイク隕石のデータはこれらの隕石のデータの混合線上にはプロットされないことがわかる.

以上述べてきたように,地球化学的な特徴からタギシュ・レイク隕石は炭素質コンドライトに分類され,非常に始原的な物質であるが,既存の化学グループには属さない特異な隕石であることがわかる.
 

5. おわりに

これまで述べてきたように,タギシュ・レイク隕石は非常に始原的で特異な隕石であり,既存の化学グループに分類することはできない.反射スペクトルのデータから,タギシュ・レイク隕石の母天体は D 型小惑星である可能性が高い.タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的観察あるいは地球化学的分析から,D 型小惑星は揮発性元素やプレソーラー粒子,水や炭素を多く含むこと,熱変成の影響をほとんど受けていないこと,密度が小さく空隙率が大きいことなどが明らかになった.このような特徴は,D 型小惑星が小惑星帯の外縁部に存在していることと整合的である.タギシュ・レイク隕石は D 型小惑星が起源だと考えられる数少ない隕石の一つだが(WIS 91600 という隕石も D 型あるいはT型小惑星由来かもしれない),宇宙塵にはこれに類似した試料が高い頻度で含まれている.直径 1 mm 以下の宇宙塵は地球へ年間(40±20)x 106 kg 落下し[13],この降下量は全地球外物質の降下量の 90 % 以上である.そのため,D 型小惑星由来の物質は地球上の水や有機物を含む揮発性物質の起源を理解するために重要であり,タギシュ・レイク隕石はそのための貴重な手がかりである.この隕石の詳細な分析によって,太陽系の揮発性物質の始原的な姿やそれが小惑星内で変成されていく過程が明らかになるものと期待される.
 

謝辞

木村眞博士,野口高明博士,岡崎隆司博士には本稿を執筆する機会を与えていただき,また,注意深く原稿を読んでいただきました.本稿を査読していだいた野口高明博士には有益なコメントをいただきました.ここに御礼申し上げます.
 

参考文献

[1] Brown, P. G. et al., 2000, Science 290, 320.
[2] Hiroi, T. et al., 2001, Science 293, 2234.
[3] Hiroi, T. and Hasegawa, S., 2003, Antarct. Meteorite Res. 16, 176.
[4] Zolensky, M. E. et al., 2002, Meteorit. Planet. Sci. 37, 737.
[5] Herd, C. D. K. et al., 2011, Science 332, 1304.
[6] Fujiya, W. et al., 2013, Earth. Planet. Sci. Lett. 362, 130.
[7] Clayton, R. N. and Mayeda, T. K., 2001, 32nd Lunar Planet. Sci. Conf. #1885 (abstr.).
[8] Petitat, M. et al., 2011, Astrophys. J. 736, 23 (8pp).
[9] Grady, M. M. et al., 2002, Meteorit. Planet. Sci. 37, 713.
[10] Nakamura, T. et al., 2003, Earth Planet. Sci. Lett. 207, 83.
[11] Friedrich, J. M. et al., 2002, Meteorit. Planet. Sci. 37, 677.
[12] Mittlefehldt, D. W. et al., 2002, Meteorit. Planet. Sci. 37, 703.
[13] Love, S. G. and Brownlee, D. E., 1993, Science 262, 550.
[14] Clayton, R. N. and Mayeda, T. K., 1999, Geochim. Cosmochim. Acta 63, 2089.
 

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Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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