はやぶさ帰還ニコ生中継 : 準備編


小惑星探査機「はやぶさ」とのつきあいは打ち上げの3年前、小天体探査フォーラムで中の人と知り合ったのがはじまりだ。そのはやぶさがオーストラリアに還ってくる。この10年の集大成としてぜひとも現地で出迎えたかったが、いかんせん先立つものがなかった。「ネットがあるさ」と自分に言い聞かせ、おとなしく日本から見守るつもりでいた。

だが、当日の月齢が新月だと知って欲求がぶりかえした。降るような星空のウーメラ砂漠で、はやぶさの最期を見届けたい。

悶々としながらTwitterのタイムラインを見たら、ちょうどドワンゴの川上会長がいた。いちかばちか「20万円くれたらオーストラリアではやぶさの取材します!」とねだってみたところ、意外にもOKがもらえた。

実はそれ以前から公式ニコ生ではやぶさ特番をやる話があって、私はスタジオ側にゲスト出演することになっていた。その段取りを勝手に変えて、スタッフに迷惑をかけてしまった。わがままを言った以上は相応の仕事をしようと思って、はやぶさの帰還プロセスを徹底的に調べた。

事前に把握すべきは以下の3点だった。

(1) 再突入の時刻
(2) 正確な進入経路
(3) ビーコンの詳細

はやぶさの進入経路はどうなるか?

カプセルはWPA(ウーメラ制限領域)という、オーストラリア空軍とアボリジニしか入れない場所に落下する。WPAを南北に縦断するように、スチュアート・ハイウェイという由緒ある幹線道路が走っていて、この道路だけは誰でも通れる。はやぶさの予想落下地点は前後100km×幅10kmほどの危険領域が設定されていたが、この領域の一部がスチュアート・ハイウェイと重なることはわかっていた。その重なる部分が通行止めになることもわかっていたが、いつ、どこが通行止めになるかはわからなかった。

JAXAの情報提供はかなり消極的だった。着地したカプセルが横取りされるのを恐れたのだろうか。あるいはサンプル容器が空だった場合の失望や批判を恐れて、この帰還イベント自体を盛り上げたくなかったのかもしれない。その心配は理解できるが、報道が大手マスコミに握られていたのは10年も前のことだ。ネットには熱心な支持者がいるのだから、もっと大胆に情報提供してもよかったと思う。

だが、TCM(弾道調整)が順調に進んで、JAXAも次第に自信をつけてきたのだろう。声援が異様なほどの盛り上がりをみせたのも後押ししたかもしれない。6月8日、こんな図が発表された。
 


 

「図は正確ではありません」というのが悩ましいが、ともかくグレンダンボから見た最高光度点の方位・仰角と時刻がわかった。最高光度になる高度は論文その他の情報から60km~50kmとされていた。これで最高光度の直下点を三角法で割り出せた。結果はGoogle Earth上にプロットした。
 


 

上の図の白い線が推定した進入コースだ。推定が当たっていたのか、誤差と偶然が重なったのかわからないが、コースは速報されたカプセル着地点とぴったり重なっている。時刻が本当に現地時間なのか、相模原の宇宙研を取材した喜多充成さんに頼んで確認してもらったが、間違いなしとのことだった。
それにしても、この時刻はかなり前からわかっていたはずだ。地球は自転しているし、はやぶさは弾道突入で融通がきかないから、場所が決まれば時刻も決まる。「23時頃」などといわず「22時52分頃」と発表してくれれば、生中継番組を企画できたテレビ局も多かったのではないだろうか。

このコース推定を信じるとして、どこから観測すればいいだろうか。

報道陣はグレンダンボに集まるらしい。そこはまた、方探(方向探知)チームの拠点になることも伝え聞いていた。方探チームは連日グレンダンボから出発して着地予想地点を取り囲むように展開し、方向探知の練習をする。したがってグレンダンボは、光跡観測というよりは着地点の観測適地と思われた。

我々の観測地は進入コースの北側に設定した。現地の状況を見ながら、クーバーペディからスチュアート・ハイウェイを南下して、光跡をなるべく高い仰角で、かつ横方向から撮影できる位置に陣取ることにした。

はやぶさの撮影と通信回線の確保はNVSのnecovideo氏が担当した。彼は公式ではなくユーザーニコ生企画として今回の中継を計画していた。そこへ公式番組が相乗りした格好だ。

私はそれに加えて、ビーコンの受信を思い立った。
 


 

図のように、はやぶさは大気圏突入の3時間前、小惑星サンプルを収めたカプセルを分離する。はやぶさ本体は空中で焼失するが、カプセルは地上に着陸する。回収班に見つけてもらうために、カプセルは降下中にビーコンと呼ばれる電波信号を発する。
カプセルは大気圏突入時の減速Gを検出してタイマーが起動し、高度10kmになる頃合いで熱シールドを投棄、パラシュート放出と同時にビーコンを送信し始める。カプセルが着地しても送信は続くが、おそらく地形に遮られて受信できなくなるだろう。

ビーコンが届けばカプセルの制御システムに電源が入り、パラシュートが放出されたことがわかる。もしパラシュートが放出されても、きちんと開かなければカプセルは短時間で落下する。その速度はわからないが、ありそうな数字として秒速55m(地表付近)としよう。10km落下するのに3分未満だ。パラシュートが正常に開傘すれば秒速10mで着地するというから、10分以上かかる。大雑把な見当だが、ビーコン送信が5分以上続けば軟着陸するとみていいだろう。

このようにビーコンは多くの情報を与えてくれる。たとえ曇ってもビーコンは受信できるから、手ぶらで帰らずにすむ。だが、その周波数や電波形式など、詳細は不明だった。

5月にカプセル回収チームの人とスナックで飲む機会(” 大阪府堺市 MEF 十周年オフ会開催 ”)があったので、相手が酔っぱらうのを見計らって詳細を聞き出そうとした。かなりしつこく食い下がったのだが、彼は最後まで口を割らなかった。さすが中の人、プロジェクトの失敗につながるようなことは口が固い、と逆に感心したものだ。
 

仕方なくGoogleで検索するうち、意外にもビーコンの詳細が引き出せてしまった。打ち上げ後についた愛称 hayabusa ではなく MUSES-C を検索ワードにするのがコツで、ISASのサイト内に英語のレポートがあった。
Unique Single Stage Parachute System and Qualification by Balloon Drop Tests

レポートは打ち上げ前、2003年のもので、当時はまさかはやぶさがこんな人気者になるとは思ってなかったのだろう。また『はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語』(吉田武著、幻冬舎新書)にも「242MHz」という記述があった。してみるとJAXA側に質問したことによって、相手の判断で秘密にされてしまったのかもしれない。

ビーコンの周波数は242.0MHz、FMモード、1024Hzと2048Hzの音響信号を1秒おきに繰り返す。前面の熱シールドを投棄したあと、鉛直に1/4?のホイップアンテナが立つ。つまり垂直偏波だ。

私だったら単純なCWにするところだが、FM変調をかけているところに余裕を感じる。おかげで受信もやりやすくなった。CW・SSBモードのない広帯域受信機でいけるし、特徴的な可聴音になるから、番組視聴者に伝えやすい。

ビーコンについて番組の打ち合わせで話したところ、スポンサーである三才ブックスの斎藤さんが「ラジオライフの編集部にかけあって機材を揃えましょう」と言ってくれた。ラジオライフは業務無線の受信趣味の雑誌だからノリノリで協力してくれて、さらに「第一電波工業さんに特注アンテナをお願いしてみます」と言ってくれた。第一電波工業は私も愛用しているアマチュア無線用アンテナのトップメーカーで、242MHzにマッチした八木アンテナを設計してくれた。
 


 

その設計図をもとにラジオライフ編集部が市販アンテナを改造して組み立てた。受信機のイヤホン端子からアンプ付きスピーカーとICレコーダーへの接続ケーブル類も製作されて、万全の機材が揃った。(観測編に続く)
 

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野尻抱介

宇宙作家クラブ

Author : Hosuke NOJIRI