月面衝突閃光と小惑星観測を行う,可視光カメラシステム DELPHINUS
特集「エクレウスが見る宇宙」May 06, 2021. Published


超小型深宇宙探査機「EQUULEUS (EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft)」に搭載される「DELPHINUS(DEtection camera for Lunar impact PHenomena IN 6U Spacecraft)」は,月面衝突閃光と小惑星の観測を行うことを目的とした,可視光カメラシステムです。「いるか座 DELPHINUS(デルフィヌス)」は,全天 88 星座のうち 20 番目に小さな星座ですが,五つの 4 等星から成る形は美しく,夏の星座の片隅を彩ります。そして,全天で 2 番目に小さな星座である「こうま座 EQUULEUS(エクレウス)」と接しています。「いるか座 DELPHINUS」は,Dolphin(イルカ)のラテン語で「デルピーヌス」と発音しますが,米国 NASA のミッションで打ち上げられますので,本ミッションでは英語の「デルフィヌス」の発音を採用します。EQUULEUS ミッションでの愛称(略称)は「デルピー (DLP)」です。

学術用語としてして使用する星座名は平仮名またはカタカナ表記することが「文部省学術用語集 天文学編(増訂版)日本学術振興会」で定められています(占星術においては,その限りではありません)。
 

Image Credit : チームデルピー
 

ミッションの内容

1. 月面衝突閃光の観測(Lunar Impact Flash)

直径が cm - m のメテオロイド(meteoroid)と呼ばれる惑星間空間の微小天体が,秒速数 10 km という超高速で月面に衝突すると,その運動エネルギの一部が可視光から赤外線領域の光として観測されます。この発光を月面衝突閃光(Lunar Impact Flash)と呼びます。閃光の継続時間は,0.01 - 0.1 秒程度と短いため,観測には超高感度のビデオカメラが必要です。月面の表面積 3,800 万 km2 の 1/4 分程度(半月)をモニターできることから,地上の単点観測でモニターできる空の領域の約 100 倍を一度に見渡すことになり,地球での隕石衝突に匹敵する m サイズの大きさのインパクトフラッシュの観測確率が格段に向上します。また,月面衝突閃光は,地球から見て 5 - 9 等級と月明かりに対して暗いため,月の夜側(月の欠けて暗くなっている部分)でしか観測できません。地球から月面衝突閃光を観測する場合,夜側部分が大きくなる三日月頃の観測条件が良くなります。ところが,三日月の頃は,夜側部分に地球に反射した太陽光が当たるため,うっすらと見える「地球照(ちきゅうしょう)」と呼ばれる現象が背景光となり観測の邪魔になります。
 

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地球から行う月面衝突閃光観測では,
夕方か明け方の三日月頃だと,数時間程度しか連続観測ができない
地球照が約 13 等級の背景光としてバックグランドを上げてしまう
地球大気による減光の影響を受ける
などの観測の制約やバイアスが生じます。

一方,月の裏側の地球-月系ラグランジュL2ハロー軌道に停留する EQUULEUS からは,
長時間連続観測ができる(1 回の観測が 1 日以上になる)
地球照の影響をほとんど受けない
地球大気による減光の影響を受けない
というメリットがあります。
 

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一方で,
太陽や地球の直射光の影響を受けやすい
月の明るい部分(昼側)からの迷光の影響を受ける(これは地上観測でも同じ)
地球へ転送データ容量に制限がある
のようなデメリットもあります。

これらの対策として,
太陽離角,地球離角が45度以上,月の夜側が全体の 1/4 以上でかつ月面距離が 6 万 km - 2 万 km となる条件を全て満たす観測時間が十分に確保できる軌道設計
直射光をブロックし,迷光を観測に影響のない程度まで十分除去する遮光フードと迷光除去機能を搭載
月面衝突閃光の候補イベントのみをオンボード計算で抜き出して,地球へ転送する
を行っています。

DELPHINUS は,1/3 インチ CCD を用いて 1/60 秒おきに間断なくビデオ撮影を繰り返します。電気ノイズや宇宙線などの類似閃光による誤検出をなるべく防ぐ目的で,隣り合った 2 台のカメラで月面衝突閃光の同時観測を行います。探査機上の DELPHINUS 専用 FPGA(Field-Programmable Gate Array)と CPU によって,同時刻に同位置に発生した発光を月面衝突閃光候補として自動検出を行い,イベント候補画像のみを地球に送信する仕組みになっています。
 

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DLP による月面衝突閃光観測の科学的意義

月面衝突閃光観測で期待される最大の科学的成果は,地球周辺の直径 cm - 数 10 cm サイズのメテオロイド・ダストの個数分布とその時間変化(フラックス)が明らかにされることです。地上の望遠鏡で観測される直径数 10 m サイズ以上の小天体(小惑星や彗星)の個数分布と,光やレーダーを用いた流星観測で計測される直径 μm - mm サイズのダストを繋ぐ領域を,DELPHINUS による月面衝突閃光観測で埋めることができます。地球大気圏に突入した場合に金星よりも明るい大火球となるような直径 cm - 数 10 cm サイズのメテオロイドは数が少ないため,観測可能な天空領域が限られた地上観測では非常に稀にしか観測されません。一方,月面全体が月面衝突閃光を通したメテオロイドの望遠鏡代わりになることで,検出確率が数 10 倍に向上して統計的に意味のある十分な数の観測が可能になります。NASA が口径 40 cm クラスの望遠鏡を使い約 8 年間で捉えた月面衝突閃光数(約 300 イベント)を,口径 4 cm 足らずのカメラを搭載した DELPHINUS による延べ一か月程度の観測(約半年のミッション期間中)で達成できる見積りです。
 

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月面上で 200 個以上のクレーターが新たに同定され,直径が 10 m 以上のクレーターの総数が現在のモデルによる予測を 33 % 上回っていることが,NASA のルナー・リコネサンス・オービターによって発表されました(Speyerer et al., Nature 538, 13 October 2016)。現在でも月面にはmサイズのクレーターが形成されるようなメテオロイドの衝突が起きていることが定量的に示されました。月面衝突メテオロイドを定量評価を行うことは,人類が再び月面に降り立ちインフラ整備を進めて行く上で,メテオロイドの月面衝突環境評価や月面衝突予報が欠かせなくなることが予想されます。人類初の「月面衝突閃光の宇宙からの観測」と「月面(裏)衝突閃光の観測」を実現させることが第一目標です。
 

2. 小惑星とミニムーン (Asteroids & Mini-Moons)

地球に接近する地球近傍小惑星やメテオロイドが地球に近接遭遇した際に,地球の重力に捕獲されて「地球の第二の月」になることが,近年の理論的研究と観測結果から明らかになってきました。これらの天体を総称して,「一時的(地球重力圏)捕獲天体 (TCOs = Temporarily Captured Orbiters)」とか「ミニムーン(Mini-Moons)」と呼びます。地球の月と異なるのは,ミニムーンは,力学的運動中心は太陽でありつつ,地球の周りを回るように運動する天体です。直径が 3 - 6 m 程度と推定される小惑星 2006 RH120 は,2006年09月から2007年06月までの 1 年弱,ミニムーンになっていたことが判明しました。また,2016年には,100 年ほど前にミニムーンになったと考えられる直径 40 - 100 m 程度の小惑星 2016 HO3 が発見され,今後数百年間も引き続きミニムーンであることが予想されています。理論モデルによると,直径 1 m のミニムーンは常に 2 個,10 cm サイズだと常に 1000 個ものミニムーンが存在していることが示唆されています。実際に,ミニムーンが地球大気圏に突入した火球も発見されました。流星の 0.1%(1000 個に 1 個)は,ミニムーン由来であるとも言われています。典型的なミニムーンの地球との相対速度(対地速度)は,約 2 km/s と超低速であるため,探査機によるランデブーが容易であることが明白です。一方,2016年現在,地球近傍小天体(NEOs = Near-Earth Objects; 多くは小惑星)は,約 15,000 個発見されており,月軌道の内側まで侵入する NEO も毎年のように発見されるようになりました。現在の既知のカタログからも,ミッション期間中に DELPHINUS で観測可能な彗星・小惑星はありますが,観測可能なミニムーンや NEO が発見され次第,臨機応変に対応する予定です。
 

DLP による小惑星観測の科学的意義

地上望遠鏡と連携してミニムーンや NEO を DELPHINUS で観測することにより,天体の位置測定から軌道決定に貢献し,明るさの時間変化から自転周期決定に貢献できることが考えられます。ミニムーンや NEO を観測(あるいは発見)するための長時間シャッターモード(露光時間 ~ 30 秒まで)を DELPHINUS は搭載しています。更に,ランデブー可能なミニムーンや NEO が発見された場合,EQUULEUS がフライバイを試みることも想定されますので,近接撮像を行う際の高速シャッターモード(露光時間 1/4000 秒まで)を DELPHINUS は用意しています。将来の宇宙資源利用には,ミニムーンや NEO などが採掘対象になることが有力で,「シスルナ空間(Cis-Lunar region)」に人類の活動範囲が広がり,地球-月系ラグランジュ点が宇宙物資輸送の港として考えられていますので,EQUULEUS ミッションは,将来の宇宙資源利用のパイオニア的存在になることが期待されます。
 

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ラグランジュ点から月面衝突閃光を狙え!
ISASニュース 2021年04月号(No.481) [PDF: 2 MB] から

NASA からの要請

2016年02月、宇宙科学研究所にて、柳澤正久(電気通信大学)、矢野創(ISAS)、船瀬龍(東京大学)に私が招集される形で、エクレウスに搭載するオプション機器が検討されました。世界初の宇宙からの月面衝突閃光観測は、「将来の有人探査を推進するのに役立つものであること」という NASA の要請にも合致し、超小型で実証する意義は大きいと意見が一致しました。デルフィヌス(いるか座)「DELPHINUS : DEtection camera for Lunar impact PHenomena IN 6U Spacecraft)」は、夏の夜空に「エクレウス(こうま座)」と並ぶ小さな星座から名を冠しています。
 

地球にぶつかる天体は,月面にもぶつかる

彗星や小惑星を起源とする直径 μm - m(質量換算10-15 - 104 kg)の固体物質である流星体(メテオロイド)が秒速数 10 km で地球大気に突入する際の発光現象が「流星」です。一方、大気の無い月面にメテオロイドが直接衝突すると、「月面衝突閃光(Lunar Impact Flash、以下 LIF)」が可視光から近赤外波長域で発生します。地球から観測される典型的な LIF は、直径数 cm - 数 10 cm のメテオロイドの衝突に伴う、明るさ 5 - 10 等級、継続時間 0.01 - 0.1 秒の閃光で、1999年の「しし座流星群」の際に初めて観測された現象です。
 

なぜ月面を使うのか?

直径数 cm 以上のメテオロイドが地球大気に突入した場合は、「火球」となります。一方、地上から見上げた夜空の約 100 倍の大きさの月面夜側のLIFを観測することで、稀にしか現れない火球サイズのメテオロイドの地球-月への衝突頻度とサイズ分布を効率的に調査することができます。近年、NASA の月周回衛星 LRO による月面高解像度撮影から、数年以内に形成された直径 43 m 以下のクレーターが 200 個以上発見されています。さらに衝突に伴うクレーター放出物のうちレゴリスと呼ばれる細かい粉体は低重力下の月面では遠方まで飛ばされ、従来理論より 100 倍も速い約 8 万年で月面表層数 cm を覆い尽くすことが分かってきました。つまり継続的な LIF 観測は、メテオロイドの衝突と放出物飛散による月有人活動へのリスク評価に関わる、重要な月面環境モニターともいえます。
 

短期間でのカメラ開発

DELPHINUS の開発では、まず、高感度CCDイメージセンサ搭載で宇宙実績のあるワテック株式会社の T065 カメラモジュールを、北海道大学と東北大学から提供していただきました。また、太陽離角 45 度までの観測を達成し、月面の昼側からの迷光を低減する遮光板をセンサー前に設け、可視光の99.965%を吸収するカーボンナノチューブから構成される「ベンタブラック」を鏡筒内部のコーティングに採用した焦点距離 50 mm/F 1.4 レンズを、株式会社コシナの協力で新規開発しました。一方、毎秒 60 枚の VGA 白黒画像を連続取得して LIF 候補を機上でリアルタイム検出しながらクリップ画像を生成するための画像処理用 FPGA 基板は、イメージテック株式会社の協力で新規制作しました。また、電気ノイズや宇宙線などの誤検出を除外するため、2 台のカメラを搭載しています(図)。DELPHINUS の各種試験・性能評価、LIF シミュレーターや専用画像処理アルゴリズム開発などは、日大(布施綾太、増田陽介、針間匠作)、電通大(島田隆司、山本健司、小林凌)、東大(五十里哲・助教、藤原正寛、近藤宙貴、他)の学生らの研究テーマとしても取り組んできました。
 

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月面を巡る最新の動向

NASA 成層圏赤外線天文台「SOFIA」による航空機観測から、月面全体に水分子が存在することが示唆され、NASA 月大気・塵探査機「LADEE」に搭載された質量分析器により、年間を通した多数の流星群極大時のタイミングで月面から水蒸気が放出されていることが発見されています。これらの現象を理解する上でも、メテオロイドの月面衝突現象のメカニズムを詳しく知る必要があり、我々のグループでは、地上観測や室内実験にも取り組んでいます(図)。
 

将来の有人月面利用に向けて

地上観測による LIF の発生頻度は数時間に一回程度、流星群極大時では一時間に数回発生することもあります。NASA は、2006年からの観測で約 500 イベント、 2017年から観測を開始したギリシャの NELIOTA では約 100 イベントの LIF の観測に成功していますが、地上観測では、朔望月のうち三日月から半月の限られた観測期間に加え、地球で反射した太陽光が月面夜側を照らす「地球照」という悪条件が重なり、統計的な議論を行う良質なデータが不足しています。超小型6U探査機 EQUULEUS で向かう EML2 ハロー軌道から月面衝突閃光観測を実証し、将来の月周回有人拠点からの観測などにも繋げていきたいと考えています。
 


DELPHINUS の開発体制

阿部新助

P.I.(開発責任者) : 日本大学理工学部

co-PIs : 柳澤正久 (電気通信大学), 矢野創 (ISAS/JAXA),船瀬龍 (東京大学/ISAS),

コアメンバー : 布施 綾太, 増田 陽介,針間 匠作 (日本大学理工学部), 島田 隆司,山本 健司,小林 凌 (電気通信大学), 五十 里哲,藤原 正寛,近藤 宙貴,小栗 健士朗,井倉 幹大,工藤 匠,神代 優季 (東京大学),EQUULEUS チーム
 

協力 :
DELPHINUSは,国内メーカーである、

株式会社コシナ


ワテック株式会社


株式会社イメージテック


以上の三社と共同開発を進めております。

アウトリーチ・広報協力:日本惑星協会
 

DELPHINUS 搭載センサには,北海道大学(高橋幸弘教授グループ),東北大学(吉田和哉教授グループ)が開発を行った宇宙実績のあるワテック T065 センサを利用させていただいております。この場を借りてお礼申し上げます。

PI 阿部新助