何故、地球近傍天体なのか


地球近傍天体と呼ばれる彗星や小惑星は、見た目にはあまり重要な太陽系の一員のようには思えません。しかし、地球を含む太陽系の歴史とその未来を知る上で際立って重要な存在です。セーガン博士が、その重要性について語ったものです。[ 1996年07月/08月 ]

Carl Edward Sagan
 

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オシリス・レックスが捉えた小惑星ベンヌ。
Image Credit : NASA
 

直径 1 km 以上の小天体が、二千個余り地球の至近距離を公転している。これ等の小天体の中には小惑星帯で生まれたものもあり、ルーツを辿ると外部太陽系からやって来て一生を終えたり、まさに終えようとしているものもある。地球近傍天体(NEO)は、そのほとんどが一千万年から一億年の時間枠で、引力によりその軌道に狂いが生じて地球近傍の軌道に入り込んだり飛び出したりする。従って、NEO は火星以遠の惑星探査よりはるかに低コストで、小天体を研究するまたとないチャンスを与えてくれる。

NEO は、惑星を作った初期微惑星の純度の高いサンプルで、太陽系の起源となった太陽星雲を解く糸口になる。NEO の中には他の NEO よりも物理的・化学的変遷を経たものもある。例えば、小惑星トータティスのようにダンベル型の NEO は、微惑星が降着した残骸で、地球や他の惑星を作った過程を内包している可能性を秘めた大変興味を掻き立てる NEO である。

NEO には炭素質の組成を持ったものがある。彗星と小惑星の誕生で派生した有機分子は、約 40 億年前の地球生命の誕生に主要な役割を果たした。地球の大気圏に入ってくる彗星には、熱でその大部分が破壊されたか、あるいは変質した有機分子が見られる。成層圏で採取された彗星の残骸に含まれる微小分子の累積質量はあまりにも少ないので、その化学組成を確定することは極めて困難である。従って、炭素質の NEO を調べることは、生命の起源を解決する重要な糸口になるかもしれない。

多くの隕石が地球上で収集されているが、これ等の隕石には物理的及び化学的な面でも、太陽系内の特定の小惑星や彗星に関連ずけられるものはない。これ等の隕石が彗星や小惑星のどの種族と関連付けられるのかはっきりと分からない。地球の大気圏に突入すると、燃え尽きて我々には知られることのない降着性の弱い NEO が存在する可能性はある。

約 6500 万年前、地球上の恐竜とその種族の 75 % が絶滅したのは、直径 10 km の NEO の衝突のためらしい。1908年のシベリア・ツングースカ事件、最近米国空軍がそのデータを公表した地球大気に突入した小天体、特に、木星に衝突した 20 個余りのシューメーカー・レビー 9 彗星の破片、これ等はいずれも危険な物体の衝突が地球でも起こりうることを示す出来事である。このような文明を危機にさらす衝突は、21世紀には最大限千回にほぼ一回の割合で起こり得る。

NEO の軌道や未探査の NEO の物理的、化学的特性を幾分でも解明するためには、すべての大型 NEO の目録の作成が必要となる。NEO に関するグラウンド・トルースを得るためには、遠隔測定の観測が必要である。 地球に危険をもたらす可能性のある NEO には、トランスポンダー(中継装置)を設置しなければならないかもしれない。

NEO の種族は、おそらく非常に降着性の強い物体から弱い綿玉のようなものまで多岐にわたる。地球に衝突する軌道に入った NEO をその軌道から逸らせたり、あるいは破壊しなければならない時がいずれ訪れるとして、その備えをするためには、多種多様の NEO に実際に触れることが不可欠となろう。例えば、NEOを破壊するために絶縁核兵器を使う場合、 カップリング定数は NEO の種類で異なる。

21世紀には、NEO によってもたらされ様々な危険を事前に察知するために、長期有人宇宙飛行能力を開発することは当然と考えられるであろう。 月に行くよりも容易な NEO もある。 地球にとって緊要な NEO に 30 日ほど滞在して帰ってくるミッションに要する時間は、1年間以内で済む場合もある。NEO ミッションの困難度と危険性は、月と火星ミッションの中間である。

これは火星と関連してくるが、NEO への無人・有人ミッションで、ローバー(探査車)、遠隔測定、サンプル採取、持ち帰るサンプル・リターン、バーチャル・リアリティーによる宇宙開発技術の機会が生まれ、人間の長期宇宙滞在の実験の場となる宇宙ステーションやその他の手段が当然と考えられることになる。同じように、NEO を観測したり探査することは、本来、国際的な枠組みの問題である。何故かといえば、NEO の衝突の危機に直面しているのは、地球上の何人も平等だからである。ハウス・サイエンスや宇宙委員会の提案したスペース・ガード計画においては、NEO の対応は国際的な枠組みでされなければならないとしている。

NEO は、新たなそして未知の環境探査の代表例であり、多くの点で、月よりも興味がそそられる。
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office