カッシーニ探査機 : エンセラダスの地下海に海底熱水活動!


この記事のポイント

カッシーニ探査機(注1)による観測結果の解析により、土星の衛星エンセラダス(注2)の地下海から噴出される海水中にナノシリカ粒子(注3)が含まれていることを明らかにした。

地下海でナノシリカ粒子が生成されるためには、地球の海底熱水噴出孔(注4)のような熱水環境が、現在もエンセラダス内部に存在している必要があることがわかった。

原始的な微生物を育みうる環境が、地球以外の太陽系天体に現在も存在することを初めて実証したものであり、地球外生命の発見に向けた大きな前進である。


概要

土星の衛星エンセラダスは、内部に液体の地下海を持ち、海水がプリュームと呼ばれる間欠泉として宇宙に噴出している。しかし、このような地下海の具体的な環境の特定は行われておらず、生命の生息可能性に関する議論も空想の域をでるものではなかった。
東京大学 大学院新領域創成科学研究科の関根康人准教授、海洋研究開発機構 海洋地球生命史研究分野の渋谷岳造研究員らは、日欧米による探査と実験の綿密な連携によって、エンセラダスの地下海に海底熱水環境が存在することを明らかにした。

欧米チームはカッシーニ探査機のデータから、プリュームとして放出される海水中にナノシリカ粒子が含まれていることを明らかにした。日本チームはエンセラダス内部の環境を再現する実験を行い、ナノシリカ粒子が生成するためには岩石からなるエンセラダスのコアと地下海の海水が、現在も90℃を超える高温で反応していることを示した。
初期の地球の海底熱水噴出孔は生命誕生の場の有力候補であり、現在もそこで得られる熱エネルギーを使い微生物が生息している。本成果は、生命を育みうる環境が地球以外にも今の太陽系に存在することを初めて実証したものであり、長い太陽系探査の歴史においてもエポック・メイキングな発見といえる。
 

発表内容

図 1:カッシーニ探査機によって撮影された、エンセラダスの南極付近の割れ目から噴出するプリュームの写真。
Image credit: NASA/JPL-Caltech
 

エンセラダス(エンケラドス、エンケラドゥスとも称される)は土星の氷衛星の1つであり、直径500キロメートル程度の天体である。この小さな衛星が、世界中の科学者の視線を集める理由は、南極付近の地表の割れ目から地下の海水が間欠泉のように宇宙に噴出していることにある(図 1 上)。アメリカ航空宇宙局(NASA)のカッシーニ探査機は、プリュームと呼ばれる間欠泉の中を通過し、海水に塩分や二酸化炭素やアンモニアなどのガス成分、有機物が含まれることを明らかにしてきた。さらに重力データから、南極周辺の地下に広大な地下海が存在し、岩石からなるコアと接していることも明らかになっている(図 2 下)。地下海が存在する天体は、木星の衛星エウロパなどこれまで複数見つかっている。しかし、厚い氷地殻に阻まれているため、地下海を直接調べることは困難であった。その点、エンセラダスは海水を宇宙に放出することで、内部の様子を直接調べる機会を与えてくれる貴重な天体である。
 

図 2:今回明らかになったエンセラダス内部の様子。南極付近の地下に岩石コアと触れ合う広大な地下海が存在しており、海底にはおそらく広範囲に熱水環境が存在している。南極付近の割れ目から地下海に由来したプリュームが噴出している。
Image credit: NASA/JPL-Caltech
 

2005年のプリューム発見以降、エンセラダスに関する知見が得られるたびに、生命存在の期待も高まっていた。しかし、解決されていない重要な問題も残されていた。それは、地下海に生命が利用できるエネルギーは存在するのかという点である。地球上の生命は、太陽からの光エネルギーや地球からの熱エネルギーに依存して生命活動を行っている。特に、太陽光の届かない深海の海底熱水噴出孔では、地球の熱エネルギーを使って生きる原始的な微生物が存在する。このような海底熱水噴出孔は、初期の地球においても生命誕生の場の有力候補になっている。しかし、太陽光の届かないエンセラダスの地下海に、そのような熱水環境が存在するのかこれまで明らかではなかった。

関根准教授らは、プリューム中に含まれる海底の温度の指標になる物質 “ナノメートルサイズの岩石の微粒子” に注目した。カッシーニ探査機に搭載されたダスト分析器は、探査機と衝突した微粒子の組成を調べる測定器であり、探査機が土星周回中にナノメートルサイズのシリカに富む謎の微粒子と何度か衝突していたことを明らかにしていた。ナノシリカ粒子は地球上では比較的ありふれた物質だが、宇宙においては稀である。なぜなら、地球上での主なシリカの生成過程が、高温の水が岩石と触れ合うことで岩石成分が熱水に溶け、その熱水が急冷することでシリカが析出するものだからである。したがって、ナノシリカ粒子は水と岩石が反応を起こしている物的証拠となりうる。

米コロラド大学のスゥ(Hsu)博士を中心とするアメリカとドイツの研究グループは、ダスト分析器の詳細なデータ解析を行い、これらナノ粒子がほぼ純粋なシリカからなること、そしてこれらが土星を周るエンセラダスの軌道周辺に存在していたことを明らかにした。つまり、ナノシリカ粒子はエンセラダスの地下海で形成され、プリュームと共に宇宙に放出されていたのである。しかし、ナノシリカ粒子の存在だけから、具体的な地下海の温度条件を推定することは難しい。なぜなら、ナノシリカ粒子の生成は、温度だけでなく、岩石や海水の組成、pHにも依存し、これらの条件は地球とエンセラダスでは大きく異なることが予想されるからである。
 

図 3:エンセラダス内部で予想される熱水環境の温度条件と熱水中に溶けているシリカ濃度の関係。黒丸(●)は実験結果(pH 8.8 - 9.0)を示しており、実線が実験結果に基づく理論で予測される値を示す。破線はエンセラダスの地下海の温度(0 ℃)でのシリカの溶解度を示す。実線の色の違いは pH の違いを示す。この図の各 pH で、実線が破線を上回る温度のとき、熱水が 0 ℃ まで冷却するとシリカの析出が起きる。実際、300 ℃ での実験で得られた溶液を 0 ℃ に冷却すると、右下図の電子顕微鏡写真のようにナノシリカ粒子が析出する。
Image credit : UT 東京大学

 

そこで、関根准教授を中心とする日本の研究グループは、プリュームで観測される二酸化炭素やアンモニアを含む水溶液と、初期の太陽系に普遍的に存在していたかんらん石や輝石(注 5)の粉末を用いた熱水反応実験を行い、エンセラダス地下海の環境を明らかにした。その結果、エンセラダス内部の反応でナノシリカ粒子が生成するためには、90℃以上という熱水環境が必要であること、また熱水のpHは 8~10のアルカリ性であることがわかった(図 3)。さらに、ナノシリカ粒子は海水中で数年以内という短時間で大きな粒子まで成長してしまうことから、これらが熱水環境で生成してから宇宙に噴出するまでの時間は長くても数年であることを示した。関根准教授らは、これらの結果に基づき、エンセラダスの海底に地球の海底熱水噴出孔に似た熱水環境はおそらくエンセラダスに広範囲に存在し、それが現在でも活発に活動しているという内部モデルを構築した(前述図 2)。

本成果は、エンセラダスに液体の水、有機物、エネルギーという、生命に必須の3大要素が、現在でも存在することを示すものである。35億年前の火星地表面には、液体の水が存在していたことが確実視されている。しかし、現在の火星は極めて寒冷で、かつ乾燥しており、生命を育みうる環境が存続しているのかはっきりしない。地球以外で生命を育みうる環境が現存することが実証されたのはエンセラダスが初めてあり、今回の成果は“生きた地球外生命の発見”という自然科学における究極のゴールに迫る大きな飛躍である。これまで火星に集中していた太陽系生命探査は、エンセラダスという新たな候補天体を得て、今後大きな広がりを見せることが期待される。 - End of Text.
 

本発表は、NASA-欧州宇宙機関(ESA)-東京大学-海洋開発研究機構の国際共同プレスリリースである。本研究の一部は、以下の研究費を受けて行われた。

科学研究費補助金 若手研究(A)・新学術領域研究 (関根康人 26707024・23103001)
自然科学研究機構 新分野創成センター宇宙における生命研究分野プロジェクト(関根康人)
科学研究費補助金 新学術領域研究 (鈴木勝彦 20109006)

 


発表書誌

誌名: Nature
出版社: Nature Publishing Group
論文タイトル: Ongoing hydrothermal activities with Enceladus
著者: H.-W. Hsu*, F. Postberg*, Y. Sekine*, T. Shibuya, S. Kempf, M. Horanyi, A. Juhasz, N. Altobelli, K. Suzuki, Y. Masaki, T. Kuwatani, S. Tachibana, S. Sirono, G. Moragas-Klostermeyer, R. Srama(*の著者は、本研究に対して同等の寄与を行った)
発表予定日: 2015年 3月 12日
DOI番号: doi:10.1038/nature14262
 

問い合わせ先

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻
関根康人 (せきね やすひと)准教授
Email:sekineアットマークeps.s.u-tokyo.ac.jp

海洋研究開発機構 海洋地球生命史研究分野
渋谷岳造 (しぶや たかぞう)研究員
takazosアットマークjamstec.go.jp
 

用語解説

(注1)
カッシーニ探査機は、NASAによって開発され、1997年に打ち上げ、2004年に土星系に到着した土星系探査機である。現在(2015年3月)も進行中の探査であり、2017年まで継続して土星とその環や衛星の観測を続ける予定である。

(注2)
エンセラダスは、土星の第2衛星である。木星や土星などの外側太陽系の惑星の周りをまわる衛星は一般的に氷衛星を呼ばれ、木星の衛星イオを除き氷と岩石を主成分とする。見かけは氷の塊のように見えるが、氷と岩石の割合はおよそ1対1程度であることが多い。エンセラダス、木星の衛星ガニメデやエウロパなどは、内部が分化しており、岩石からなるコアを持ち、外側に氷を主成分とするマントルを持つ。

(注3)
ナノシリカ粒子は、主にシリカ(二酸化ケイ素:SiO2)からなる、ナノメートルサイズの微粒子である。地球上では温泉などにも含まれ、温泉水が青白濁した色をなす原因の1つでもある。

(注4)
熱水噴出孔とは、一般的に地殻内部に浸透した水が、熱で加熱されて地殻外に噴出する噴出口のことを指す。これが海底に存在する場合、海底熱水噴出孔と呼ばれ、陸上にある場合には温泉や間欠泉などと呼ばれる。深海に存在する海底熱水噴出孔では、噴出する海水中に溶存した水素や硫化水素などの還元剤を利用して生きる微生物や、それを捕食する深海生物が存在していることが知られる。

(注5)
かんらん石や輝石は、主にマグネシウムや鉄を含むケイ酸塩鉱物である。隕石中にも多く含まれ、初期太陽系に普遍的に存在していた鉱物であると考えられている。
 

責任編集 - A. IMOTO.TPSJ Editorial Office
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