NASA InSight Mission「インサイトが解き明かした火星の核心」

原文 : January 03, 2023 - How InSight Revealed the Heart of Mars


NASA 火星着陸機 InSight(インサイト)がミッションを完了するにあたり、初めて赤い惑星の内部を調査するために設計されたミッションからの主要な発見のいくつかを振り返ってみたい。
 

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(上段左から)インサイト着陸機の初自撮り、風と熱シールドの展開、初めての衝撃波検出、(下段左から)取得した火星の大きな地震の地震図と音、火星内部の地震波、埃まみれになった着陸機の太陽電池パネル。
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Image Credit : NASA/JPL-Caltech/University of Arizona
 

四年以上にわたって火星の「鼓動」に耳を傾けてきた NASA は、赤い惑星のミッションが終了するのに伴い、インサイトランダーに別れを告げようとしている。12月21日、火星の大気中の塵や太陽電池パネルに付着した塵によって、着陸機がミッションを継続するのに十分な電力を生成できなくなったため、科学者たちは2022年末、火星の内部を研究する世界初のミッション終了を宣言した。

ミッションがどのように機能し、何を発見したか、そしてミッションの科学と工学をどのように学習の場に持ち込むかについて説明する。
 

How It Worked(インサイトの仕組みについて)

インサイトは火星だけでなく、地球や月、すべての岩石質の惑星の形成過程を研究する上で必要な情報を明らかにするために設計された着陸機だ。これは、二つの主要な科学的目標を達成することが目的であることを意味する。
 

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インサイト着陸機搭載の三つの主要な科学ツールである、SEIS、HP3、RISE の位置。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech/University of Arizona
 

まず、火星がどのように形成され、進化してきたかを理解すること。そのためには、火星のコアの大きさと構成、地殻の厚さと構造、マントル層の構造、火星内部の温度、熱流量などを調査する必要がある。

二つ目は、火星の地殻変動を調べるために、火星地震の規模、頻度、その場所を特定すること、そして火星に衝突して地震波を発生させる流星群の頻度を測定することを重要な項目としてミッション後半に持ち上がった。

エンジニアは、研究者が火星に関するこれらの疑問に答えることができるように、インサイトに三つの主要な科学ツールを装備した。

SEIS は、地球で地震を記録する機器と同様な地震計で、火星の地震波を測定した。赤い惑星上を通過するこれらの波は、通過する地域について科学者に多くのことを教えてくれる。さらに、その波が火星地震によるものか、隕石の衝突によるものかを知る手がかりにもなる。
 

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SEIS 装置のドーム状の上部のすぐ向こうに見える、遠くに漂う雲の様子。
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Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

インサイトの Heat Flow and Physical Properties Package(HP3)は、火星に 16 フィート(5 メートル)潜って、異なる深さの温度を測定し、熱が表面に向かってどのように流れるのかを監視するように設計された機器だった。しかし、「モグラ」と呼ばれるこの自己ハンマー型探査機器は、火星着陸地点のレゴリス下の岩盤が予想外の硬さであったため、なかなかうまく掘ることができなかった。エンジニアたちは、着陸機と探査機器の実物大模型を使って、インサイトの環境を地球上に再現し、この問題の解決策を探った。インサイトのロボットアームに取り付けられたスクープを探査機器に押し付けるなど、機器を表面に侵入させるための解決策をテストした。この取り組みは、遠く離れた宇宙機でエンジニアがどのように問題を解決していくかを試す素晴らしい実例となったが、結局、火星で試した今回の試みは、どの解決策も探査機器を地表に侵入させるには到らなかった。

インサイトの三つ目の実験「RISE」は、探査機の無線アンテナを使って、火星表面での着陸機の位置を正確に測定するものだ。火星はその内部構造によって運動が変化し、ふらつきが生じる。インサイトの位置を測定することにより、火星の内部に存在するコアなどの層状構造をより深く理解することができた。
 

What We Discovered(私たちが見つけたもの)

インサイト搭載の観測機器は、火星の地殻、マントル、コアの深さだけでなく、それらの組成を理解することも可能にした。また、火星の活動がいかに活発であるかも明らかにした。
 

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インサイト搭載の地震計により、火星の内部層をより深く理解することができた。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

The Structure of Mars(火星の構造)

火星の表面から中心部にかけて、火星の地殻は予想以上に薄いことがわかった。SEIS が検出した地震波から、地殻は地球の地殻と同じように三つの層で構成されていることがわかった。地殻の一番上の層は深さ約 6 マイル(10 km)、より密度の高い地殻の層は、フェルシック(鉄分を多く含む)物質を含み、地表から約 25 マイル(40 km)下まで伸びている。地震や隕石の衝突による地震波が表面や内部に広がると、表面下の層に反射して、目に見えない地下物質の存在が判明することがある。この反射波がどのように変化するかを測定することで、火星の地下構造をさらに深く知ることができる。

火星には、地球と同じように、地殻と上部マントルで構成される硬い層がある。火星の岩石圏は地表から約 310 マイル(500 キロメートル)下に広がっており、その後、地球のマントルに比べて比較的低温のマントル層へと移行する。火星のマントルは地表から969 マイル(1,560 キロメートル)まで広がり、そこで惑星のコアと接する。

火星のコアを測定したところ、予想以上に大きく、半径 1,137 マイル(1,830 キロメートル)であることが判明した。この情報をもとに、火星のコアの密度を推定したところ、予想よりも密度が低く、鉄に混じって軽い元素が含まれていることが判明した。また、火星には液体の核があることも確認された。地球には液体の外核と固体の内核があることが知られているが、火星にも固体の内核があるかどうかを知るには、インサイトから戻ってきたデータをさらに研究する必要がある。
 

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インサイトの測定値と円周率を使って火星の核の密度を計算する。” 「Pi in the Sky」算数チャレンジをやってみる
Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

今後、「インサイト」のデータを分析することで、火星がどのように形成されたか、磁場はどのように発達したか、コアはどのような物質でできているかなど、さらに多くのことが判るかもしれない。
 

Marsquakes(火星地震 or 火星震)

インサイトは、火星が非常に活発な惑星であることを発見した。SEIS 装置を火星表面に設置した後、合計 1,319 回の火星震が検出された。最大のものはマグニチュード 5 と推定され、2022年05月に検出された。

地殻がプレートと呼ばれる大きな分断層に分かれ、絶えず移動して地震を引き起こす地球とは異なり、火星の地殻は1枚の固いプレートでできており、例えば貝殻のような形に見える。しかし、惑星が冷えてくると地殻は収縮し、断層と呼ばれる割れ目が発生する。この断層が火星地震の原因となり、その発生する地震波を計測することにより、いつ、どこで、どれくらいの強さの地震が起きたのかが判る。
 

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この「Pi in the Sky」シリーズの数学の問題では、円周率を使って、インサイトが記録した仮想の火星地震のタイミングと場所を特定する。” チャレンジしてみる
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Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

インサイトが検出した強い火星地震のほぼすべてが、ケルベロスフォッサと呼ばれる地域から発生しており、この地域は過去数百万年以内に溶岩流が発生する噴火があったと考えられる火山性地域である。火山活動は、地表に溶岩が流れなくても地震が発生するもう一つの方法となり得る。軌道上の周回機からの画像には、この地域の崖から落下した巨石が写っているが、これはおそらく大きな火星地震によって揺り動かされたものだろう。
 

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この地震図は、これまで地球外の惑星で検出された最大の地震を示す。マグニチュード 5 と推定されるこの地震は、2022年05月04日にインサイトによって検出された。この地震を音波で表現したものを ” こちら ” 聞くことができる。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

逆に、インサイトから火星直径の約 1/3 の距離にある、火星で最も大きな三つの火山があるサーシスと呼ばれる火山地帯では、地震を検出しなかった。しかし、この地域が地震活動をしていないとは限らない。火星の液体コアの大きさによって、インサイトの位置にはシャドーゾーンと呼ばれる、地震波が通過しない領域が形成されているからだ。
 

Meteorite Impacts(隕石衝突)

2021年09月05日、インサイトは火星の大気圏に突入した隕石の衝突を検出した。この隕石は、少なくとも三つに分裂され、地表に到達してクレータを残した。NASA MRO(マーズ・リコネッサンス・オービタ)が衝突地点の上空を通過し、三つのクレータの位置を確認し、の画像を撮影した。
 

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マーズ・リコネッサンス・オービターが撮影した画像で、2021年09月05日に火星で発生したメテオロイドの衝突によってできたクレーター(青色)を示している。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech/University of Arizona
 

火星衝突の専門家であるブラウン大学の Ingrid Daubar(イングリッド・ドーバール)は、「三年間、衝突を捉えるのを期待していた。非常に美しいクレータ群だ」と語った。

火星の大気の密度は地球の 1 % 以下と薄いため、天体は火星大気圏に突入しても表面に到達するまでに蓄積される熱と圧力による崩壊がない場合が多い。この事実と、火星が小惑星帯に近いにも関わらず、SEIS で検出される風や大気の季節変化によって生じるデータの「ノイズ」のために、隕石の衝突を検出するのが難しい場所であることが明かされた。

2021年09月の隕石衝突が確認されたことにより、科学者たちはこれらの隕石衝突の特徴的な地震波形を特定することができた。この情報をもとに、インサイトの過去のデータを振り返ったところ、2020年に一つ、2021年に二つの三つの衝突を特定した。科学者たちは、既存のデータから、データのノイズに隠れていたかもしれないさらに多くの衝突を見つけられるのではないかと期待している。
 

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インサイトに搭載された地震計が検出後に、マーズ・リコネイサンス・オービターが捉えた隕石衝突の様子をコラージュしたもの。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech/University of Arizona
 

隕石の衝突は、惑星表面の状態を理解する上で非常に重要な要素だ。地球のような惑星では、風、雨、雪、氷が風化作用として働き、地表の形状を摩耗させる。また、プレートテクトニクスや活発な火山活動により、地球の表面は定期的に更新されている。火星の表面は古く、地球と同じプロセスを経ないため、隕石衝突のような過去の地質学的イベントの記録がより明白に残っている。現在の火星で見られる衝突クレーターを数えることで、科学者は表面形状モデルを更新し、初期太陽系で起こった衝突の数をより正確に推定することができ、火星の表面年齢を細かく推定することができる。
 

Why It's Important(なぜ重要なミッションなのか)

インサイトが着陸するまでは、着陸機、探査機、周回機、フライバイ探査機など、すべての火星ミッションが火星の表面と大気を研究していた。しかし、インサイトは火星内部の深部を調査する初めてのミッションであった。

インサイト・ミッションが終了しても、地球に戻ってきたデータを研究者がさらに調べることで、このミッションの科学と工学は何年にもわたって赤い惑星と太陽系に対する我々の理解に貢献し続けることだろう。
インサイトの科学者とエンジニアによる最新の研究結果は、” ミッションの Web サイト ” で閲覧できる。
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Japanese Translation : A. IMOTO TPSJ Editorial Office