NASA キュリオシティローバー「火星で採取した興味深い炭素の痕跡を科学する」

今回採取し測定した炭素は、地球上の生物学的プロセスで見られるものと関連を持つ。キュリオシティのサイエンティストたちは、この奇妙な炭素が我々に見せるシグナルについて諸説明を行った。
 

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Image Credit : NASA/JPL-Caltech/MSSS
 

NASA 火星探査機キュリオシティが火星の表面から採取した粉末状の岩石サンプルを分析した結果、いくつかのサンプルに、地球上では生物学的プロセスと関連している種類の炭素が豊富に含まれていることが判明し、科学者による発表が行われた。

この発見は非常に興味深いものではあるものの、必ずしも火星古代に生命が存在したことを確定させるものではない。科学者たちは古代のバクテリアによって形成された堆積岩や、生命によって形成された複雑な有機分子等の多様性など、火星における古代または現在の生物学的プロセスの決定的な証拠をまだ見つけ出してはいない。

2021年12月にメリーランド州グリーンベルトにある NASA ゴダード宇宙飛行センターを退職するまで、キュリオシティに搭載された火星のサンプル分析(SAM)化学ラボの主任研究員を務めた Paul Mahaffy(ポール・マハフィー)は、「我々は、ゾッとするほど興味深いものを火星で見つけているが、我々が生命を特定したと述べるには、さらにもっと多くの確信的な証拠が必要となる」と述べた。
「我々は、生命存在を肯定するものではない炭素の変遷サインを見ているだけなのかもしれないのだ」
 

キュリオシティは、2022年01月18日発行の「National Academy of Sciences journal(米国科学アカデミー紀要:PNAS)」に掲載された研究報告書で、検出された異常な兆候の炭素についていくつかの説明をしている。その仮説は、地球上の炭素シグナルから部分的に導き出されたものであるが、二つの惑星は非常に異なっており、地球の例に基づいて決定的な結論を出すことはできないと科学者は警告している。
 

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キュリオシティが分析する炭素の研究に参加したゴダードの宇宙生物学者、Jennifer L. Eigenbrode(ジェニファー・L・アイゲンブロード)は、「最も難しいのは、地球を離れ、私たちが持っている偏見を捨てて、火星の化学、物理、環境プロセスを基底に置いて思考することなのだ」と語っている。アイゲンブロードは以前に、キュリオシティの国際チームを率いて火星表面で無数の有機分子(炭素を含むもの)を検出した実績を持つ。

「我々は、火星現実に向けて心を開き、既成概念にとらわれない考え方をする必要がある」とアイゲンブロードは繰り返す。
 

キュリオシティの科学者がこれまでに論文で提示した生物学的説明は、地球の生物存在にヒントを得て記されたものだ。地球上でのプロセスから導くと、

~表面に生息する古代のバクテリアがメタンを大気中に放出し、紫外線によってそのガスがより大きく、より複雑な分子に変換される際にユニークな炭素シグネチャーを生成したと考えられている。これらの新しい分子は表面に降り注ぎ、現在では火星の岩石の中に独特の炭素の痕跡とともに保存されているはず~

となる。
 

生物学的プロセスではない説明として、あと二つの仮説がある。ひとつは、火星大気中の二酸化炭素ガスと紫外線の相互作用によって炭素を含む新しい分子が生成され、それが表面に沈降した可能性があるというものだ。もうひとつは、数億年前に太陽系が巨大な分子雲を通過した際に、今回検出されたような炭素が分子雲に豊富に含まれており(これはこれで非常に稀な想定)、これによって炭素が火星表面に残されていった可能性があるという仮説だ。
 

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ペンシルバニア州立大学のキュリオシティ研究員で、炭素の研究を率いた Christopher House(クリストファー・ハウス)は次のように語った。
「三つの説明はすべてデータに適合している。これらの仮説から真実を導くためには、より多くのデータが必要なのだ」

火星表面に存在する炭素を分析するために、ハウスのチームは、SAM ラボ内にある波長可変レーザー分光器(TLS)を使用した。SAM は、火星のゲール・クレータにある地質学的に多様な場所から採取した 24 個のサンプルを華氏約 1,500 度(摂氏 850 度)に加熱し、内部のガスを放出させる実験を行った。TLS は、その加熱の過程で放出された還元炭素の一部から同位体を測定する役割を担った。同位体とは、中性子の数が異なるために質量が異なる元素の原子のことで、惑星の化学的・生物的進化を理解する上で重要な役割を担っている。

特に炭素は、地球上に現存するすべての「生きもの」に含まれている構成元素であり、常に大気、水、地表を循環しているため、同位体の測定によって様々な疑問を紐解く重要な役割を担うと理解されている。

例えば、地球上の「生きもの」は、食物の代謝には小さくて軽い炭素 12 を使い、より重い炭素 13 では光合成が行われる。したがって、古代の岩石中の炭素 12 が炭素 13 よりも著しく多い現実は、他の証拠と併せて科学者にとっては、生命に関連した化学反応の痕跡を見ていることを意味する。このふたつの炭素同位体の比率を調べることで、地球科学者は、どのような種類の生命体が、どのような環境で生きていたかを知ることができるのだ。

キュリオシティは、火星の大気や隕石から採取した試料の大半が、驚くほど多量の炭素 12 を含んでいることを発見した。これらのサンプルはゲールクレーターの五か所から採取されたもので、研究者たちは、すべての場所の古代の表面状態が良好に保存されていたということも調査結果に関連するかもしれないと報告している。

~火星で検出された炭素のシグナルを生み出すプロセスは、地球上では生物学的なものと言える。ただし、火星環境は地球とは非常に異なり、同じ説明が火星に通用するのか、それとも他の説明があるのかの解明が必要だ~

火星は 45 億年前の地球とは異なる炭素同位体比での形成過程を経た可能性があり、それは非常にユニークだ。火星は地球より小さく、冷たく、重力が弱く、大気中のガスも薄く成分も違う。さらに言えば、火星の炭素は生命が存在しなくても循環している可能性が見える。

「地球上の炭素循環の大半に生命活動が関与しており、そのため地球における炭素循環には、私たちがどうしても理解できない部分がある。なぜなら、どこを見ても生命でいっぱいだからだ」と、ワシントン D.C. のカーネギー科学研究所に所属するキュリオシティ研究チーム、Andrew Steele(アンドリュー・スティール)は語る。

スティールは、科学者たちは火星での炭素循環を理解する初期段階にあり、したがって同位体比やそのような比率をもたらす非生物学的活動をどう解釈すればよいかを考えていると指摘する。2012年に赤い惑星火星に到着したキュリオシティは、地表の炭素同位体を調べるツールを備えたの探初めての着陸探査車だ。これまでのミッションでは、火星大気中の同位体比に関する情報を収集しており、科学者は地球上で収集された火星隕石と比較する。

「火星の炭素循環を明らかにすることは、そのサイクルに生命がどのように適合しうるかを理解する上で絶対に必要なことなのだ」とスティールは言う。
「我々地球上に生きる人類をはじめ総ての動植物は、当に上手くこの循環を行うことができたが、火星において我々は、その炭素循環を定義し始めたばかりなのだ」。

キュリオシティは今後も炭素同位体の調査・測定を続け、古代の地表がよく保存されていると思われる他の場所を探査車が訪れたときに、今回と同様の兆候が見られるかどうかを確認する予定である。メタン生成微生物が関与する生物学的仮説をさらに検証するために、キュリオシティ・チームは、火星表面から放出されたメタンプリュームの炭素含有量を分析したいと考えている。
探査機は2019年に予期せずそうしたプリュームに遭遇したが、その機会が再び訪れるかどうかを予測する方法はない。もしその機会を得ることが出来なかった場合、このキュリーシティのよる研究は、NASA 探査機「パーシビアランス」を運用するチームに向けて、

~炭素のサインを確認し、それが生命から来るものかどうかを決定的に判断するために収集すべき最適なサンプルの種類についての指針になる~

と研究者は指摘する。パーシビアランスは、将来地球に持ち帰ることを想定して火星表面のサンプル収集続けている。

キュリオシティ・ミッションは、南カリフォルニアにある NASA ジェット推進研究所が主導しており、JPL はカリフォルニア工科大学が管理している。
 

Written by Lonnie Shekhtman
NASA's Goddard Space Flight Center, Greenbelt, Md.

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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Japanese Translation : A. IMOTO TPSJ Editorial Office