東京を基準として解説したもの - 倉敷科学センター 三島和久

「はやぶさ2」の地球最接近の時間は19時7分ごろ。地球の北極側上空より接近し、北太平洋上空で3100キロまで最接近、この前後10分程度地球の影に潜入。この後、南極側上空へ遠ざかっていく。 日本から見た「はやぶさ2」は地球最接近後に地平線下に達してしまうため、日没後の天文薄明終了時(東京では18時00分ごろ)から、地球影潜入(18時57分ごろ)までが観測可能な時間帯となる。東日本ほど日没が早いため、より長い時間、観測が可能となる。

18時00分ごろ北西のりゅう座付近に位置している「はやぶさ2」は、地球接近とともに東へ移動、移動速度を上げながら18時45分ごろには北極星のすぐ近くを通過。きりん座を経て、北東のぎょしゃ座に至り、18時57分前後、地球の影に潜入し見えなくなる。「はやぶさ2」の飛行経路は場所によって変わるため、個々の観測場所で計算された位置予報を入手し観測計画を立てる必要がある。 この間の仰角は30前後を維持しているため、北西-北-北東方向が開けた場所が観測地として好ましい。
 


 

画像:各地での「はやぶさ2」の飛行経路(地平座標プロット)

るさと移動量を勘案すると18時20分から50分までの30分間がおすすめ。特に18時44分から45分にかけては北極星のすぐそばを通過する。

探査機のような金属光沢をもつ箱物は、観測者向かって反射光量に不確定要素が大きく、明るさの予想が非常に難しい。光度は基準となる傾向に沿って算出していくが-1等級(明るい)~+2等級(暗い)の変動幅があって当たり前(場合によってはさらに大きく外れることもある)なので、あくまでも目安として受け止めて欲しい。上記の光度は最大値を見込んだもので、実際にはもうちょっと暗めに見えることが予想される。見ごろとなる18時20分から50分の時間帯で10~13等級の予想。

2003年6月19日には火星探査機「のぞみ」の地球スイングバイ観測に成功したという実績があるが、この時の明るさは約15等級。この時の反射率の条件を「はやぶさ2」に当てはめると、上記の光度より0.6等級暗い見積もりとなる。

「はやぶさ2」の地球最接近時の対地速度は秒速10キロ。わずか30分の時間で北西から北東へと北の空を駆け抜けていく。観測が可能となる18時前後はまだゆっくりとした動きであるが、18時30分以降の増速はすさまじく、地球影潜入直前には満月を5~6秒で横切るほどのスピードで移動する。この時間帯に眼視で「はやぶさ2」を狙う際は、フットワーク軽く正確に視野を変えられる機材を選びたい。

18時00分~18時30分(明るさ12~14等級:移動量 0.3~1.0分角/秒)りゅう座(北北西、仰角30度前後)
移動がまだ遅いため、集光力のある写野が狭い大型望遠鏡でも導入しやすい。

18時30分~18時50分(明るさ10~13等級:移動量 1.0~3.4分角/秒)りゅう座-こぐま座-きりん座(北北西-北-北北東、仰角35度前後)
移動が速くなり導入や追跡が困難になってくる。天の北極付近に達するため、ドイツ式赤道儀を使用する場合は、導入が困難となるので特に注意が必要。

18時44分~18時45分(明るさ11~12等級:移動量 2.0~2.2分角/秒)こぐま座(北、仰角35度前後)
北極星のそばを通過するのがこのころ。撮影機器のポインティングに自信がない場合は、北極星をターゲットにして、そのそばを通過する時間に撮影を行う「待ち伏せ作戦」が有効。

18時50分~18時57分ごろ(明るさ10~11等級:移動量 3.4~5.5分角/秒)きりん座-ぎょしゃ座(北北東-北東、仰角30度前後)
増光もしてくるが、移動がさらに速くなる。焦点距離1000mm+一眼レフフルサイズの写野でも30秒以内に通過してしまう速さ。かなり手際よく撮影を進めていかなければならなそう。星数も少ない星野だけに、入念な導入計画を立てておくことをおすすめする。

探査機は天文薄明が終わる18時00分の時点で0.3分角/秒の速さで移動しており、時間が経過するにつれてどんどん加速していく。つまり恒星追尾をしても「はやぶさ2」は「点」ではなく、移動した軌跡が「線」となって写る。長く露出を与えても探査機自体をはっきりとらえることができないため、可能な限りカメラの感度を高く設定し短時間露出で撮影していくことになる。F値(口径比)の小さな明るい光学系を使うのも有効。
 


 

画像:地球から2万8千キロまで接近した小惑星2012 DA14、移動のため数秒露出でも光跡となる.

移動する探査機を撮影するには、架台が固有移動に応じて追尾してくれることが理想であるが、そういった機能を有する機材は限られている。対象の移動が速くなってくると導入が困難となり、いたずらに時間が経過してしまうといったことがよく起こる。観測地と撮影機器の写野の広さが決まったら、探査機の飛行経路を調べて、経路上の写野に入ってきそうな星と通過時間をリストアップしておくとよい。撮影時はリストアップした星を手がかりに、写野や構図を定め、通過時間が迫ってきたら連写を始めるという「まちぶせ作戦」の方がかえって効率がよかったりもする。信頼できる位置予報を元に、事前の飛行経路の割り出しや撮影時の正確な時間管理が重要となるので、この点は注意しておきたい。

南東北から九州にかけての地域では、18時44分から45分にかけて「はやぶさ2」が北極星の周辺を通過する。一例を挙げると、焦点距離500mm+フルサイズ一眼レフカメラを使う場合あれば、写野の長辺を天頂-地平線方向に合わせ、北極星を視野の中心に据えると写野のどこかを探査機が通過してくれるはず。天の北極星野の数秒露出なので恒星追尾もしなくてよいと割り切ることもできる。直焦点撮影の経験が浅い方は、この方法でトライいただきたい。

もちろん暗い探査機をとらえる可能性を少しでも高めるため、観測スキルがある方は、北極星のどのあたりを通過するかを調べて構図決めを行い、探査機の経路をカメラの写野の中央に収める工夫を行っていただきたい。
 


 

画像:北極星付近を横切る「はやぶさ2」(北関東での2分間のシミュレーション)

「はやぶさ2」と同条件とはいかないが、いくつかの人工衛星を使ったテスト撮影事例を示したい。
「はやぶさ2」が11等級より明るくなってくれれば、アマチュアの機材でもとらえられる可能性は高くなると思われる。しかし、移動の速さを鑑みると18時20分から50分の間で6倍以上増速する。撮像機器の特性に詳しくないため実際にそうなる確証はないが、理論上は2.5倍移動量が大きくなると1等級分、6.25倍で2等級分写りにくくなると推測される。探査機が暗いが移動量が少ないうちに撮影した方がいい結果になるか、移動量は大きくとも探査機が明るくなった方がいい結果になるか、こればかりは実際に撮影してみなければ分からないというのが実情である。

加えて探査機に太陽光線が照射する位相角を考えると、当初は探査機の背面方向から当たっていたものが、地球接近が近づくにつれ、正面方向からの照射に移り変わっていく。これは、移動量が小さな時間帯は予想より暗めに、移動量が大きくなるにつれ明るくなる傾向があるということができる。
ただ、人工衛星のような箱物の金属光沢のある物体からの反射光量は不確定要素が多く、位相条件の善し悪しに関わらず、明るめに見えたり暗めに見えたりすることも多いので、予想通りにならないことを前提に観測計画を立てていただきたい。
 


 

画像:欧州の測位衛星「ガリレオ8」
1)欧州の測位衛星「ガリレオ8」 移動量0.6分角/秒 光度11~12等級 ε-180ED(f=500mm、F2.8)+ニコンD800 ISO12800相当 露出2秒
18時20分ごろの探査機の移動量に相当(探査機の光度は12~13等級の予想)
 


 

画像:磁気圏観測衛星「あけぼの(遠地点付近)」
2)磁気圏観測衛星「あけぼの(遠地点付近)」 移動量4分角/秒 光度9~10等級 ε-180ED(f=500mm、F2.8)+ニコンD800 ISO12800相当 露出2秒
18時50分ごろの探査機の移動量に相当(探査機の光度は10~11等級の予想)

今回の「はやぶさ2」の飛行経路は夜空の低めの領域を通過しているため、関係ない人工衛星も周辺に数多く存在している。撮影した画像にたまたま人工衛星が写り込んでしまう可能性が十分にある。何か光跡らしいものが写ったからといって、すぐに「はやぶさ2」とは断定できないということを心得ていただきたい。すべての人工衛星の位置関係を考慮して、人工衛星の写り込みの可能性を排除するのはかなり困難なことなので。
 


 

画像:はやぶさ2の経路と人工衛星(30分間のプロット)

1)正確な撮影時刻を元に、背景の星と予報された「はやぶさ2」の位置を照合
2)複数コマを撮影して予報される移動方向に整合しているか確認

といった確認プロセスを経るだけでも、誤認の可能性をかなり下げることができると思われる。こういった確認作業を後々確実に行う上でも、「正確な撮影時間」や「星空のどの領域を撮影したか」という情報はしっかり記録に残しておきたいものである。特に写野内に写っている恒星のカタログNo.などを記録しておくと、報告の際に同定作業の助けとなる。

1)撮影のハイライトとなる時間帯は18時20分から18時50分過ぎまでの約30分間
2)北西-北-北東方向の見晴らしがよい場所が観測地として好ましい
3)光度が11等級より暗いと予想されるため、眼視より写真観測が主体となるか
4)基本として望遠鏡or望遠レンズによる直焦点撮影、高感度、短時間露出で撮影
5)「はやぶさ2」が天の北極付近を通過するのでドイツ式赤道儀を使用する場合は注意
6)「はやぶさ2」の飛行経路は場所によって変わるため、必ず観測地で計算された位置予報を使う
7)「はやぶさ2」の飛行経路上にターゲット定める「まちぶせ撮影」が有効か
8)撮影場所や撮影時刻はできるだけ正確に記録する
9)「はやぶさ2」の同定のしやすさから、恒星追尾を行い背景の星は点像であることが好ましい
10)人工衛星の写り込みの誤認を避けるため、必ず複数コマ撮影して移動方向を確認する

単に撮影ができればよい場合には、写ったものが人工衛星の誤認でないか確認を行わなければならないケースもあるので、数秒のオーダーでの時刻精度と、「はやぶさ2」の移動量や移動方向が把握できるよう、複数コマの撮影や露出時間の情報が必要である。

さらに、腕に覚えがあり撮影された位置を「はやぶさ2」の軌道(JAXAの電波による決定軌道)と比較してみたい人は、できるだけ正確な時刻(0.1秒精度)の記録にも挑戦いただきたい。

株式会社アストロアーツより販売されている「ステラナビゲーター10」では、「はやぶさ2」を表示するための「はやぶさ2・シミュレーションパック」が公開されている。このアップデータをインストールすれば、星空の中での「はやぶさ2」の位置を自在に表示することができるようになるため、観測計画を立てる上で強力な助けとなる。ソフトをお使いの方はぜひ活用したい。

http://www.astroarts.co.jp/products/stlnav10/tips/151030/

なお、現在の「はやぶさ2」の予報位置は、今後の軌道修正などによって変化するため誤差(通過時刻で1分程度)が生じることが想像される。直前(数日前)に最新の軌道データが更新される可能性があるので、はやぶさ2プロジェクトからの最新の軌道情報や、ステラナビゲータのアップデート情報など、観測前には必ず最新の動向に注目いただきたい。

「はやぶさ2」の撮影機材が決まったら、テスト撮影を試みていただきたい。
 


 

画像:天の赤道付近の星を恒星追尾をしないでテスト撮影.

天の赤道周辺の星を恒星追尾をしないで撮影すると星は光跡となって写る。この時の移動量は0.25分角/秒。はやぶさ2の観測が佳境を迎え始める18時20分の移動量が約0.5分角/秒なので、半分の移動量となっている。恒星追尾で数秒間、途中で追尾を止めて数秒間撮影すると、以下のような写真になる。(天の赤道から離れるほど、日周運動による星の移動量は小さくなるので注意)

星図と比べながら写っている限界の星の明るさを調べ、たとえば限界が11等級であった場合、はやぶさ2の18時20分前後の撮影なら、10等級まで明るくなってくれないと撮影は難しいかも?といった判断の拠り所になる。

合わせて、静止衛星を対象としたテスト撮影も試みていただきたい。
 


 

画像:オリオン星雲付近を通過する静止衛星でテスト撮影

静止衛星の移動量は恒星追尾をした場合、約0.25分角/秒と「はやぶさ2」より小さいが、撮影機材での写り具合を推し量るのに役立つ。この時期の夜中ごろ、オリオン星雲(M42)付近は静止衛星が並んでいる領域と重なる。オリオン星雲を連写で30分近く撮影し続けると、ゆっくり移動していく静止衛星の光跡をいくつかとらえることができる。静止衛星の光度は明るいもので10等級、暗いもので14等級であることが多いので、まずこの静止衛星が余裕で写らなければ「はやぶさ2」が撮影できる可能性も小さいと考えることができる。
以上