はやぶさ2試料の揮発性成分分析

火の鳥「はやぶさ」未来編 その 29
May 14, 2024 Published.

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第32巻(2023)2号 - PDF

岡崎 隆司
九州大学大学院理学研究院
 

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(要旨)小惑星リュウグウの物質が2020年12月に探査機はやぶさ2によって地球に持ち帰られた.その後,1 年間の初期分析期間を経て,様々な科学的成果が得られている.著者は初期分析の一つである揮発性成分分析に携わった.再突入カプセル回収時のサンプルコンテナのガス採取・分析,リュウグウ固体試料の揮発性成分分析により,リュウグウ試料の経験した出来事の物理化学情報や年代学的情報が得られた.本稿では揮発性成分分析チームの活動について紹介する.
 

1. はじめに

小惑星探査機「はやぶさ2」は小惑星リュウグウ近傍での多くの運用を遂行し,2020年12月に小惑星試料を地球に持ち帰った.半年後の2021年06月,帰還試料は六つのサブチームからなる初期分析チームに配分され,1 年間限定の科学分析がスタートした.筆者は初期分析サブチームの一つ,揮発性成分分析(Volatile)チームのリーダーとして初期分析に従事することができた.一方,はやぶさ2ミッション初期段階からサンプラー(SMP)チームにも属しており,試料採取・保存機構の開発にも参加した.試料を配分してもらう側でありながら,試料を持ち帰る側の仕事もやらせていただいたことになる.そのせいもあり,揮発性成分分析に使用する試料量についても,「もしも想定外に回収量が少ない場合」を強く想定し,数ミリグラムの試料量でも遂行可能研究計画を策定した.また,SMP チームとしての活動としてオーストラリア現地でのカプセル回収隊に参加させていただき,サンプルコンテナ中のガス分析も Volatile チーム,SMP チーム,はやぶさ2キュレーションとの共同作業としておこなった.

本稿では Volatile 班としての活動であるコンテナガス分析とリュウグウ試料分析の裏側的な話を紹介したい.Volatile チームとしての科学的成果については [ 1 - 3 ] に報告しており,詳細についてはそちらをご参照いただきたい.
 

2. カプセル回収・ガス採取

はやぶさ2再突入カプセルは2020年12月にオーストラリアで回収され,帰還から 57 時間後という短時間で JAXA 相模原のキュレーション施設に持ち込まれ,リュウグウ試料の回収が行われた.当時のカプセル回収 班の活動に関してはすでに [ 4, 5 ] において解説されている.ここではカプセル回収の一部として行った,サンプルコンテナに封入されていたガスの採取・分析について述べたい.

はやぶさ2のサンプルコンテナは金属だけで構成されたシール構造(メタルシール)を持っており [ 6 ],小惑星試料を宇宙空間で密封して持ち帰ることが計画された.密封して持ち帰るだけでなく,密封空間に溜まったリュウグウ試料起源の揮発性成分を分析するができる構造も持たせた [ 6 ].小惑星からのガス試料のサンプリングは世界初の試みであり,その科学分析の成果は小惑星試料の保存状態,つまり地球大気突入時の温度上昇や衝撃の影響,地球大気混入による汚染などの情報を与えてくれるため,工学的にも科学的にも重要である.ところが,カプセル回収当時はコロナ禍であり,カプセル回収のためのオーストラリア入国人数を制限することが検討された.そこで,もしオーストラリアでのガス採取作業を諦め日本にカプセルを持ち帰った後でガス採取などを行った場合,どの程度の科学的損失があるか,SMP チーム内で検討した.サンプルコンテナはヒートシールド(アブレータ)の一部と連結されており,これらを分離せずに専用輸送容器に入れてオーストラリアから日本に空輸する計画であった(図 1).
 

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図 1:オーストラリア・ウーメラで回収された再突入カプセル(左写真)は現地に設置された Quick Look Facility (QLF)と呼ばれる施設で清掃,分解作業が行われた.アブレータとサンプルキャッチャコンテナだけの状態(中央図)になった後,コンテナガスの採取・分析が行われた.その後,輸送用密閉コンテナ(右写真)にサンプルコンテナは格納され,オーストラリアから日本に空輸された.メタルシール部(中央図の拡大図中赤丸で示した領域)の密閉状態が悪い場合,この部分を通じで固体や気体の混入・汚染が生じる.また,リュウグウ試料由来の揮発性成分も散逸する可能性がある.実際には,太陽風ヘリウムがコンテナには保存されており,地球での汚染は起こっていなかった.
画像クレジット: JAXA/遊星人
 

アブレータは主にカーボン素材からできており,発塵や地球大気・水分の吸着・放出による主な汚染源となりうる.万が一,コンテナの密閉状態が悪かった場合,アブレータに近接した状態にサンプルコンテナを長時間おいておくことは甚大な汚染につながる可能性が高い.一方,ガス採取・分析を現地で行うことでメタルシールの状態(大気混入レート)を把握できるため,輸送中に起きる汚染を回避・評価・管理できる.SMP チームとしての結論は,「オーストラリア現地でのガス採取・分析を行う」こととなった [ 5 ].実際には,コロナ前の当初計画よりも人的規模を縮小して行うことになったが,カプセル回収は順調に進み,コンテナガス分析作業も成功裏に終わった.ガス分析の結果から,コンテナの密封状態は保たれていることが確認でき,リュウグウ試料から放出された太陽風由来の希ガスの検出にも成功した [ 1 ].コンテナガスの同位体組成及び元素組成は,He と Ne 間でのみ元素分別した太陽風と地球大気の混合で説明でき,他のガスの混合では説明できない(図 2).結果として,はやぶさ2サンプルコンテナはよく密閉されており,リュウグウ試料には地球大気や水の汚染は起きていなかった.

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図 2:コンテナガスの同位体および元素組成.3 He/4 He 同位体比,36 Ar/ 20 Ne 比は分別しておらず,20 Ne/4 He 比だけが分別した太陽風と地球大気の 2 成分混合でコンテナガスの組成は説明ができる.他のガス成分(始原的 P1 ガス,プレソーラー起源の P3 および HL ガスなど)ではコンテナガス組成は説明できない.
画像クレジット: 遊星人
 

コンテナガス分析は SMP チーム・Volatile チームだけの成果ではなく,カプセル回収に携わった多くのチームメンバーの理解・協力・援助によって達成された.カプセル回収班は可能な限り早くカプセルの発見・回収に尽力してくださり,リュウグウ試料の質を高めるために多大な貢献をしてくださった.はやぶさ2ミッションの各チームが縦割り構造になっておらず,探査機運用・リモセン観測などのチームも帰還試料の価値を深く理解しており,ミッションとして最大の成果を上げることに全員が尽力したことの成果であろう.ミッション規模が海外に比べて小さいことがその理由の一つかもしれないが,技術や知見の継承だけでなく,チーム全体としての活動することの重要性の認識・共有が初号機から得た教訓として受け継がれていたのだろう.
 

3. 揮発性成分分析

著者が2016年に初期分析サブチームリーダーに応募した当初の研究計画では,Volatile チームのメンバーは 13 人(著者含む)であった.大規模な研究計画は著者の能力では統括することは難しいと考え,小回りの効くチームを目指したためである.計画採択後にメンバーと議論を進めていくうちに,最終的には 45 人となった.これまでの著者の生涯友人数より多い.

研究 計画は当初から三本立てであった.一つは上述のコンテナガス分析である.これはオーストラリア現場での分析に加え,超高真空のボトルに採取したガスをチームメンバーの研究施設(CRPG - Nancy,ETH,Washington Univ.,茨城大学,JAMSTEC,東工大,九大)にて揮発性成分の精密分析をするというものであった.複数の研究施設で共通の試料を分析することは,分析の確度を確認するための重要な常套手段である.今回,はやぶさ2コンテナガスを分析することで,このような機会を設けることができた.各研究所の責任者は著者も含め,各々のデータが他の研究所と合致するか否か,データを開示し合うまでかなり緊張した.結果は非常によく一致していることがわかり [ 1 ],皆胸をなでおろしつつ自らの分析能力に自信をつける事ができた.もし,データの不一致があったとしたら再分析の必要が生じ,論文投稿・受理は難航していたかもしれない.

残りの二つの分析項目としては,「intact」なリュウグウ試料に含まれる揮発性成分分析,中性子放射化した試料の分析の二つを計画した(図 3).
 

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図 3:Volatile チームの固体試料分析フロー.Volatile チーム初期分析用に配布された試料の大部分は,大気非暴露で分析が行われた(w/o Air-exposure で囲われた部分の分析項目).一部の試料は大気に暴露することになったが,nano - SIMS 分析や中性子を利用した分析,宇宙線生成核種分析など,様々な重要な分析に使用された.
画像クレジット: 遊星人
 

前者は,試料を大気に一度も晒すことなく,宇宙空間から持ち帰ったままの状態の試料に含まれる揮発性成分を分析することを目標とした.リュウグウ試料を段階的に加熱してガス成分を抽出・分析することで,試料の経験した温度,含まれる窒素及び希ガスの起源及び担体(host phase)の同定を行った.その結果,リュウグウの材料物質にはプレソーラー粒子が多く含まれること,試料全体の 1 割程度しか太陽風起源のガスを含んでいないこと,太陽風照射後は 100 ℃ 以上の加熱を経験していないことなどがわかった [ 2, 3 ].また,窒素同位体は粒子ごとに異なっており,一部の粒子には 15 N に富む窒素主体の化合物(アンモニウム塩?)が欠損していることがわかった [ 2 ].これらのガス分析は破壊分析であるため,事前に試料の鉱物・岩石学的情報を取得しておくことが重要であると考えた.直径 1 mm 程度の試料を 1 粒ずつ,特製のジグ(図 4)を使ってペレット状にして表面分析ができるようにした [ 7 ].
 

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図 4:Volatile チームで使用した特製ペレット作成ジグ.試料を銅ディスクに入れ,ステンレス球でダイヤモンドディスクに押し付けることで(左図),平滑面をもつペレット(右図)を作ることができる.
画像クレジット: 遊星人
 

電子顕微鏡観察,赤外分光を行い,試料の記載を破壊分析の前に行った [ 2 ].我々のチームに配分された試料は,バルク試料のものと類似した赤外分光スペクトルをもつ標準的なリュウグウ試料である(特殊な試料ではない)こと,CI コンドライト的鉱物組成の物質であることが事前の表面分析で確認することができた(残念ながら,現時点では 15 N に富む窒素主体の化合物は我々の電子顕微鏡観察や赤外分光では特定できていないが).ペレット化ジグなどの開発は2018年くらいから始めていたがカプセル回収などの準備などに追われ,試料分析開始直前の2021年04月くらいにようやく完成した.かなりギリギリであった.上述のとおり,ペレット化した試料は大気に触れることなく試料秤量とガス分析をする計画であった.それらに必要な道具類も同時期に一気に開発し,国内外のチームメンバーに使用方法などを説明し,配布したリハーサルグッズをつかって本番分析の準備をしていただいた.試料処理に必要な窒素グローブボックスや真空オーブンなどはカプセル回収直前の2020年11月末,オーストラリア・ウーメラのホテルでネット検索・選定し購入手続きを行った.すべての物品は2021年の05月にようやく揃った.そういったわけでチームメンバーへリハーサルグッズ配布は分析本番の直前(JAXA からの試料配布は2021年06月)になったが,それにもかかわらず,作業内容・操作方法をすぐさま理解し,分析を遂行してくれた.非常に研究能力の高く,寛容なメンバーに恵まれたと実感した.

三つ目の分析項目は,中性子を利用した分析である(図 3).ダイヤモンド容器に封入したリュウグウ試料に京都大学複合原子力科学研究所にて中性子照射を行い,生成された放 射性核種の γ 線分析による微量元素分析(中性子放射化分析 : Neutron Activation Analysis, NAA),その後,同一試料の希ガス同位体分析によるAr-Ar および I-Xe 年代測定を計画した.この分析では試料は中性子照射のために大気に晒されることになるが,貴重なリュウグウ試料を無駄なく使用することを目指し,NAA と Ar-Ar / I-Xe 分析をサブミリグラム以下の同一試料に対して行えるような分析手法を開発した.さらに,中性子照射の前に,ペレット試料を nano-SIMS(2 次イオン質量計)を用いた局所同位体分析も行うことにした(図 3).この分析によって,一つの微小試料の軽元素同位体組成,微量元素組成,Ar-Ar / I-Xe 年代測定という複合的な情報を得ることができた.nano-SIMS 分析では C, N, Si などについての同位体を測定し,プレソーラー粒子起源の同位体不均一を検出することができた.NAA では希土類元素や親鉄元素存在度を測定することができた.希ガス同位体分析では 129 I 由来の 129 Xe の過剰はわずか(129 I 由来でない始原的なものが大量に存在する)であり I-Xe 年代は決定できなかったが,いくつかのリュウグウ試料の Ar-Ar 年代が得られた.それぞれの分析結果の詳細については,現在公表に向けてまとめている段階である.
 

4. おわりに

はやぶさ2コンテナのメタルシール開発を2011年に開始し,2014年の打ち上げになんとか間に合わせることができた.2016年に初期分析サブチームリーダーに応募し,無事採択された.2017年から初期分析の具体的な分析フロー作成や試料処理・ハンドリング方法の検討,試料ペレット化ジグの基本設計を行った.同時にオーストラリア現地で使用したガス採取装置(GAEA)の設計検討を行った [ 8 ].2018 年には GAEA の立ち上げ・性能出しおよびオーストラリア輸送を想定したリハーサルを実施.2020年10月から12月にカプセル回収, コンテナ開封.2021年06月までに初期分析の最終準備.同年07月から初期分析をスタート.いくつかのトラブルはあったものの,固体試料分析を無事に終え,論文発表までこぎつけることができた.振り返るたびに,多くの方々の支え・協力の賜と実感する.特に,中性子放射化分析と Ar-Ar / I-Xe 分析は2014年から関本俊博士,白井直樹博士と三人四脚で右往左往しながら,7 年の歳月をかけて実現させることができた.彼らの協力のもと,なんとか試料封入容器の開発,分析条件の設定など,多くの課題を克服することができた.nano-SIMS 分析も石田章純博士と橋爪光博士に何度もテスト試料を用いた分析を行っていただいた.その他の分析も,多くの共同研究者や技術職員の方々にご協力頂いた結果である.感謝の言葉しかない.

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図 1:オーストラリア・ウーメラで回収された再突入カプセル(左写真)は現地に設置された Quick Look Facility (QLF)と呼ばれる施設で清掃,分解作業が行われた.アブレータとサンプルキャッチャコンテナだけの状態(中央図)になった後,コンテナガスの採取・分析が行われた.その後,輸送用密閉コンテナ(右写真)にサンプルコンテナは格納され,オーストラリアから日本に空輸された.メタルシール部(中央図の拡大図中赤丸で示した領域)の密閉状態が悪い場合,この部分を通じで固体や気体の混入・汚染が生じる.また,リュウグウ試料由来の揮発性成分も散逸する可能性がある.実際には,太陽風ヘリウムがコンテナには保存されており,地球での汚染は起こっていなかった.
画像クレジット: JAXA/遊星人
 

参考文献

[1] Okazaki, R. et al., 2022, Science Advances 8, 10.1126/sciadv.abo7239.

[2] Okazaki, R. et al., 2022, Science 10.1126/science.abo0431.

[3] 岡崎隆司, 2023, Isotope News 788, in press.

[4] 中澤暁ほか, 2021, 遊星人 30, 18.

[5] 澤田弘 崇, 2022, 日本 航 空 宇 宙 学 会 誌 70, 249.
https://doi.org/10.14822/kjsass.70.12_249

[6] Okazaki, R. et al., 2017, Space Sci. Rev. 208, 107.

[7] Okazaki, R. et al., 2022, Earth Planets Space 74, 190.
https://doi.org/10.1186/s40623-022-01747-7

[8] Miura, Y. N. et al., 2022, Earth Planets Space 74, 76.
https://doi.org/10.1186/s40623-022-01638-x
 



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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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