次世代太陽系探査
はやぶさ2からポストはやぶさ2へ : January 17, 2021. Latest
砂漠の中心で,カプセルを回収する
原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第30巻(2021)1号 - PDF
砂漠の中心で,カプセルを回収する
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 23
中澤暁(ISAS/JAXA)、はやぶさ2カプセル回収班
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
お読み頂いたあと感想等をお送り頂くと、編集者共に非常に喜びます。下段のフォームから。
(要旨)小惑星探査機「はやぶさ2」は,2020年12月に小惑星リュウグウのサンプルを地球に届けた後,次の旅へ向かった.この「はやぶさ2」が立ち上がったのは,ちょうど10年前,東日本大震災直後の2011年05月であった.プロジェクト化に向けた打合せや審査会を余震や計画停電などの中で必死に行ったことが思い出される.前例がないくらいの短期間で探査機を開発し,打ち上げから一連の小惑星近傍運用を終え,無事に地球帰還を果たせたことは当事者として非常に感慨深い.本稿では,カプセル回収班のとりまとめを拝命した筆者の視点を交えつつ,その最終フェーズである地球帰還とカプセル回収(日本への輸送を含む)について概説する.
1. はじめに
「はやぶさ(以降初号機と呼ぶ)」は工学衛星であった.「はやぶさ2」は一歩進めて科学衛星の位置づけとなり,非常に多くの分野がプロジェクトを支えた.
「はやぶさ2」に限らず探査機の開発フェーズは工学が主体となる.軌道設計から始まり,探査機ハードウェアの電気,熱,構造,センサ類など各サブシステムの開発,そしてそれらをまとめる運用設計,地上系の設計開発,多岐にわたるメンバーが支えた.特に初号機で大きなトラブルが発生した化学推進系やイオンエンジン系のチームは,「同じ轍を踏まない」という高いモチベーションで開発に臨んでいた.
小惑星近傍運用になると,カメラや分光計,レーザー高度計など理学チームの出番となる.とくに「はやぶさ2」では裾野が広がり,従来のリモートセンシング科学に加えて衝突実験のメンバーが加わった.人工クレータ生成は衝突実験の野外バージョンである.筆者もかつて衝突実験に少しだけ参画していたが,微小重力下で且つ実際の小惑星物質によるイジェクタカーテンを室内実験のように連続撮像できたことは感動であった.
そしていよいよ地球帰還とカプセル回収である.持ち帰ったサンプルは実際に手に取ることができ,物質科学の出番となる.そのためのカプセル回収活動は,後述のとおり探査機開発や運用とは大きく異なった地上ならではの技術が支えることになる.「はやぶさ2」は多岐にわたる理工学で支えられており,そこがまた面白味である.
2. 不具合はお宝
開発フェーズでは「地上でなるべく不具合を発生させ,軌道上に不具合を持ち込まないこと」をモットーの一つに掲げていた.人が作った以上,不具合はどうしても潜在している.それらをあぶり出すような試験を行い,地上で解決した上で宇宙に送り出すことを目指した.どこまで達成できたか目に見えないが,幸い「はやぶさ2」はここまで健全に運用できている.
初号機は種々の不具合やトラブルに見舞われた.ただし,それらの原因が分析され,Lessons Learned として「はやぶさ2」に引き継がれた.起こりうるトラブルとその再発防止策は非常に重要である.これまで「はやぶさ2」が順調なのはこれらの不具合のおかげである.先人の不具合はお宝である.
一方,初号機の地球帰還運用およびカプセル回収はノートラブルであった.これは裏を返すと,トラブルが内在していたとしても炙り出されていない可能性がある.回収計画の検討は慎重に行った.
3. 地球への帰還運用
リュウグウのサンプルをカプセルに収納した「はやぶさ2」は,2019年11月に小惑星を出発した.リュウグウへの往路は三年半かかったが,リュウグウと地球の相対位置の関係で復路は一年で地球に帰還した.この一年間は,探査機帰還運用とカプセル回収準備を同時並行しなければならない.探査機の確実な帰還のためには運用チームを削る訳にはいかないため,回収チームは JAXA のあちこちの部署の支援を仰いだ.
2020年09月に,復路のイオンエンジン運用を終了した.初号機の反省を踏まえた「はやぶさ2」のイオンエンジンは完璧に役目を果たした.その後,地球離脱まで化学推進系が用いられた.軌道修正(TCM)は段階的に実施した(図 1).地球に近づきつつ二回の微調整を行った後,重要な TCM-3 を行った.それまでは地球を通過する軌道であったが,TCM-3 にて探査機は地球に突入する軌道に修正した.以降は,離脱運用をしない限り地球に落下してしまう.TCM-4 で微調整を行った後,12月5日にカプセルを分離した.軌道修正の機能をもっていないカプセルはそのままの軌道でオーストラリアのウーメラに向かって飛行した.そのままでは探査機もカプセルと一緒にオーストラリアに向かってしまうため,直ちに TCM-5 を行った.スラスタの仕様上限の長時間噴射を3回行い,地球に落下する軌道から全力で離脱した.初号機で大きな不具合のあった化学推進系も,「はやぶさ2」では大きなトラブルなく最後の大仕事まで完遂した.再発防止にむけて両サブシステム関係者の払った努力に敬意を表したい.
Image Caption :
図 1 : 地球帰還運用のシーケンス [1].「はやぶさ2」のイオンエンジン系,化学推進系は完璧に役目を果たした.
Credit : JAXA
4. 着地点選定と着地許可
「はやぶさ2」の軌道制約から,カプセルの着地点は南半球に限られている.着地点選定にはいくつか条件がある.広く(100km四方以上),平坦な陸地,植物が繁茂していないこと,人口が少ないこと,などが必要である.日本国内に着地させて回収できればどれほど楽で安心かと思うが,残念ながら日本には条件を満たす場所はない.
オーストラリアのウーメラ立入制限区域は,国防省が管理している実験用の広大なエリアであり(関東地方の約 4 倍!),オーストラリア国外からの飛翔体を受け入れる手続きも確立されている.初号機の実績もあり,当初から着地点の候補であった.ただし,オーストラリアとしては他国からの飛翔体を受け入れることに当然慎重になる.AROLSO ★1 と呼ばれる着地許可を得るために,回収チームは安全評価や環境への影響評価,緊急時の対応計画などを提出し,許可を求めた.万が一,探査機ごと地球に再突入した場合でも,探査機が大気圏突入時に全て溶融することも解析して提示した.結果的にこの審査に1年を要した.
★1) AROLSO: Authorisation of Return of Overseas Launched Space Object
前項の TCM-3 運用とカプセル分離運用も,オーストラリアの許可を得た上で実施することが AROLSO の条件であった.そのための安全担当官が実際に管制室に詰めた.実施直前にプロジェクトチームから探査機や管制システムの健全性を提示し,安全担当官が確認し,両者が確認書に署名した上で実施された.TCM-3 の許可が得られなければ,探査機は地球を素通りすることになる.探査機状態を示した際に各値の意味などをその場で質問を受ける時間的余裕はないため,何を提示して何をもって健全と判断するか,事前に丁寧に調整を行った.
5. 新型コロナウィルス対策
初号機の着陸許可が得られたのは地球帰還の約 4ヶ月前,とかなり直前であった.はやぶさ2では,早めに取得できるように地球帰還の1年以上前の2019年08月に申請した.初号機の実績から,申請すべき内容が分かっており筆者は少し楽観視していた.しかし,申請後に新型コロナウィルスの問題が発生した.あっという間に世界中に広がり,2020年03月に全ての渡航者のオーストラリア入国は禁止された.急に事態が難しくなった.
コロナの問題はいつ終息するか分からない.また,探査機は健全であるが,いつ初号機のようなトラブルに見舞われるとも限らない.コロナ問題が収まるまで地球帰還を延期する案は,大きなリスクをはらむため直ちに排除した.当初の計画通り2020年12月に地球帰還/カプセル回収を行う方針を固め,オーストラリアにも表明した.カプセル回収計画もコロナ問題対策を含めて見直し,オーストラリア政府の理解が得られるよう調整した.
コロナ対策では極力不確定性を減らすことを目指した.もっとも大きな対策はカプセル回収チームの移動方法であった.当初計画では数週間前に銘々オーストラリアに移動する計画であった.しかし,03月に日豪間の定期便はほとんどが運休となり,渡航手段がいつ途絶えてもおかしくなかった.そこで,まずは定期便の状況に左右されないようチャーター機で移動する方針を決め,入札など必要な手続きを開始した.チャーター機による移動は不特定多数との接触が回避され,オーストラリアにコロナを持ち込まないことと,カプセル回収班内でクラスターを発生させないこと,日豪双方にとって有効であった.計 73 名のオーストラリアへの移動は先発チームと,一週間後に移動する後発チームに分けた.筆者は先発であったが,14 名で貸し切りの B787 はなかなか貴重な経験であった.
入国時に 14 日間所定の場所で待機することが水際対策の国際的なスタンダードとなった.国によって異なるが,オーストラリアの待機は徹底していた.入国審査と検疫検査の後,用意されていたバスに乗せられ,あっという間に指定のホテルの部屋に一人ずつ収納された.食事は三回とも紙袋にいれてドアの前に届けられ,毎日健康確認の電話と警官(たまに軍人!)による対面の在室確認があった.廊下の突き当たりには警官が座って目を光らせており,とても息抜きに廊下に出られる雰囲気ではなかった.完全な運動不足なので,毎食の甘いデザートは我慢することにした.二週間ずっと一部屋で一人となるのでメンタル状態も懸念された.そこで全員が参加するリモートミーティングを毎夕行い,回収計画の確認を行うとともにメンバー間で会話する機会を設けた.
この二週間で 2 回の PCR 検査を受けた.オーストラリアで陽性が判明すると本人はもとより,判断によってはメンバー全員が足止めとなりうる.このリスクを回避するため,日本出国前にあらかじめ PCR 検査をうけて全員の陰性を確認して行った.検査後は日本でもホテルで隔離生活とし,空港への移動もチャーターバスを用いて感染対策を行った.ちなみに,オーストラリア政府のコロナ対策は経済維持よりも感染抑制を優先しているように見受けられる.世界的に拡がった第三波の抑制に成功し,2020年12月上旬の新規感染者数はオーストラリア全国でも 10 名前後であった [2].回収チームで感染者が発生していたら,確実に「はやぶさ2が日本から持ち込んだ」という見方をされてしまう.オーストラリアで全員の陰性が確認できたときは,正直ほっとした.
出張期間の長さも大きな問題であった.カプセル回収作業自体は準備と撤収を合わせて三~四週間であった.しかしコロナの問題のため,日本帰国後の待機も含めるとトータルで約二ヶ月の出張になってしまった.とくに帰国時には日本国内の発生数の方が圧倒的に多く,「我々の方がクリーンなのに」と思いつつ帰国後の待機生活を送った.カプセル回収への参加を決めてから出張期間が増えたメンバーが大半で,所属組織や部署,家族にはご迷惑をかけてしまったが,支えて頂いたことに大変感謝する.
6. カプセル回収にむけて
「はやぶさ2」のカプセル回収計画は「1 フェイル発生しても確実に回収できること」を基本方針とした ★2 .初号機の計画をベースとしたが前述の通り,初号機のカプセル回収では内在するリスクが必ずしも洗い出されていない.検討の結果,ビーコン受信局を増やして 5 局とし,マリンレーダおよびドローンによる探索を追加した.シーケンスの各所で発生しうるトラブル/リスクを洗い出し,対処できる計画になっているか丁寧に確認した.
★2) フェイル=fail.ここでは不具合や想定外事象の意.
月の軌道の少し内側,地球からの距離約 22 万 km で分離されたカプセルはそのままの軌道で地球に再突入する.軌道伝播誤差は大きくないが,大気圏突入後のジェット気流や地上風で流されるため,カプセルの着地予想域は 100 x 150 km の範囲となる.東京都が数個入る面積であり,闇雲に探しても到底見つからない.リュウグウのサンプルが納められているカプセル本体(インスツルメントモジュール)にはビーコン発信器が仕込まれており,ビーコンを頼りに探索する.着地予想域内にアンテナ受信局を 5 局配備し,ビーコンを受信した方位を集計する.インターネット網などない砂漠地帯であり,方位は衛星電話(口頭)で報告する.集まった方位から三角測量の原理で位置を特定するのである.非常に原始的であるが,その分インフラトラブルなどに強い確実な方法である.
ただしビーコン発信器は打ち上げ後,一度も動作確認ができていない.リュウグウ近傍で発信しても確認のしようがないため,カプセル分離から回収は一発勝負となる.そのためバックアップが必須である.火球観測から軌道を求める光学観測や,マリンレーダを用いた探索を並行して行った.NASA から航空機の提供を受け,曇天に備えて雲上からの光学観測も行った.更に,暴風雨などで地上からの観測が全滅する可能性もあるため,事後に探索できるドローンも準備した.実際,ウーメラは乾燥しているが場所によってはブッシュや池もある.着地点の状況によってはすぐにカプセルを発見できないケースもありうる.その場合には,数日かけてドローンとヘリコプターで探索する計画とした.あらためて,宇宙と異なる地上のオフノミナル要素の多さを痛感した.
カプセル回収計画の概要を図 2 に示す.回収チームの専門性はまちまちである.大気圏突入の宇宙機軌道解析や光学観測による軌道解析,電波観測のノウハウ,ドローンの飛行技術,さらにサンプルの科学分析や取扱の技術が加わる.探査機開発や運用,リモートセンシング技術とは大きく異なる.しかも回収作業は10年に数回しか行われず,人と技術の維持も課題である.今回は,初号機の経験者に加わってもらいつつ,今後のミッションのために若手にも加わってもらった.
Image Caption :
図 2 : カプセル回収計画概要 [1].
Credit : JAXA
回収作業の地上局は非常に広い範囲に点在することになる.各地上局には二~三名が配備され,組立やオペレーションのために毎日宿泊施設から通った.未舗装のダートをオフロード仕様の四輪駆動車で,遠いチームだと片道 150 km を“通勤”しなければならなかった.標識もない通勤には,オーストラリア国防省のスタッフにエスコートしてもらった.
今回のカプセル回収で大きな困難となったのが気温であった.初号機の回収は06月で南半球の冬であった.今回は12月であり夏に当たることは事前から想定していた.2018年,2019年の同じ時期に事前調査やリハーサルを行い気候の確認を行っていたのだが,運悪く今回地上局を設置したその二日間に熱波が到来した.初日の最高気温が 40 ℃ 超,二日目は 45 ℃ 超であった.湿度は数%と非常に乾いており,日本では想像できない気候である.砂漠の炎天下では汗も乾いてしまい,事前の自覚無く急に熱中症になりうる.当日朝に急いで連絡を回し,二日目の作業は午前のみとした.
もう一つの困難も荒天,とくに強風であった.初号機も「はやぶさ2」も満天の星空をカプセル火球が流れていく写真が有名であるが,はっきり言ってあの天候はたまたまである.砂漠地帯のため晴天ばかりと思われるかもしれないが,オーストラリアは普通に低気圧が通過する.今回,週に一度のペースで嵐に見舞われた.地球帰還の前夜も強風であった.運用か天候が一日ずれていたら,とぞっとしながら大きく揺れる木々を見ていた.また,前述の熱波を乗り越えてようやくアンテナを設置した直後もひどい嵐であった.夜になって急に風が強まり,あまりの風の音に夜中に二,三回目が覚めたほどであった.翌日にアンテナ 1 局が倒壊しているとの連絡を受けた.写真を見せてもらったが,脚部が破損し,八木アンテナの部分がぐにゃりと曲がっていた.焦ったが冷静を努め,1 局減らして探索することを想定し始めた.しかし現品を見たアンテナチームはハンマーで叩いて修復し,数日後には見事に復帰した.
天候ばかりでなく,インフラに対する注意も必要であった.オーストラリア都市部はもちろん整っているが,一旦内部にはいると携帯電話も繋がらない.連絡手段の欠如は非常に危険であり,衛星電話が必須である.四輪駆動車もオフロード仕様であってもパンクもよく発生したため,必ず複数人や複数台で移動するルールとした.万が一の遭難に備えて,車には飲料水を必ず積んだ.また,夜になると“通勤路”にカンガルーやエミューが飛び出してくるため,必ず明るいうちに帰宿することとした.本誌読者には南極や海外僻地での経験者がいると思う.それに比べればまだまだではあるが,それでも日本での常識を切り替えて,想像力を働かせる必要があった.
7. いざ,カプセル回収
準備段階のトラブルやエピソードはまだまだあり書ききれないが,本番は報道の通り非常にスムースであった.報道だけでは現地メンバーの苦労や焦りが伝わっていないのが少しもどかしい.
前夜の嵐が収まって当日は晴れであった.カプセルの大気圏突入は現地時刻で明け方04時,カプセル分離はその12時間前であった.筆者は昼頃に本部に“出勤”し,カプセル分離をモニタした.探査機の健全性が確認され,オーストラリアの安全担当官から許可が得られた.事前調整の甲斐があり,当日はスムーズにことが進んだと後で聞いた.カプセル分離のタイムラインコマンドが 探 査機にアップロードされ,気がつけば途切れがちなスピーカから分離成功を喜ぶ拍手と喝采が聞こえた.少しの喝采の後,TCM-5 が実施され,探査機は地球の脇を抜ける軌道に入った.超ロングシュートが放たれた.キーパー正面に飛び込んでくることを強く願った.
ウーメラでは夕方に各アンテナ局や観測拠点への人員配置が完了した.機器の動作チェックやキャリブレーションを実施した後,各自仮眠をとった.各観測拠点にはベッドを備えたトレーラーハウスを用意していたが,本部には仮眠室などなかった.何人かはちゃっかり宿から枕を持参し,床の上で仮眠をとっていた.
午前02時から作業を再開した.光学観測の航空機も離陸し,各アンテナ局も準備を完了して午前04時を迎えた.本部から約200km離れた観測点から「カプセル発光を確認!」,そして数分後には「ビーコン受信!」の報をうけた.無事パラシュートが開傘し,ビーコン発信器も機能していることを表していた.第一の安堵であった.アンテナ局の受信結果が本部のスクリーンに映し出された.5 局の方位は綺麗に一点で交わっていた.ハンマーで叩いて直したアンテナ局も健全であった.事前のコンティンジェンシーケース訓練では,2 局と 3 局が別々の交点を示したらどうするかなど悩んだが杞憂となった.カプセルは風によって東へ流されていったが,事前の予報通りであった.約 20 分間の追尾の後,高度が低くなって「ビーコン消感」した.そこから更に風に流されることを考慮して,着地推定点を特定した.別途計測していたマリンレーダや,オーストラリア国防省の C - バンドレーダの結果とも非常によく整合していたのも安堵であった.
ビーコンで推定された着地点は数 km の誤差がある.この後は,探索ヘリコプターに搭載したアンテナでビーコン信号を受けながら探した.ヘリコプターは05時過ぎに現場上空に到着した.ビーコンは受信していたが,日の出前である.サーチライトではなかなか目視確認ができなかった.ヘリコプターの燃料も怪しくなってきた06時過ぎ,ようやく低木に引っかかっているパラシュートとインスツルメントモジュールが確認された.大きな安堵であった.報告された緯度経度にもう一台の輸送用ヘリコプターが向かい,09時半頃には本部に運び込まれた.
高度 10 km で分離された二つのヒートシールドにはパラシュートがついていないため,別の場所に着地する.ビーコンも搭載していないため,アンテナでは探せない.しかしドローンが威力を発揮した.想定されたエリアを連続撮像し,自作の識別ソフトがあっという間に見つけ出した.ドローン担当者からは「間違いないから!裏表も言ってあげようか」と自信たっぷりの衛星電話を受けた.もう一つのヒートシールドは,ヘリコプターのパイロットらが飛行中に見つけていた.念のため風上から風下にむけた飛行していたのが功を奏し,そのルート上で見つかった.
やきもきしつつもあっという間で,気づけば夕方前,15時半にはカプセルの全てのパーツを回収し本部に届いていた.この日最後の安堵であった.数日かけての探索も覚悟していたが,結果的には着地して約 11 時間であった.22 万 km のロングシュートを無事キャッチした.
以降はカプセル/サンプルチームの出番であった.インスツルメントモジュールからサンプルコンテナを取り出し,新鮮なうちにガス採取が行われた.分析は順調に行われたが,結果の解釈にサンプルチームは慎重であった.サンプル起因のガスが検出されればサンプルがちゃんと採取されている証拠になったが,この時点ではコンタミ混入も否定しきれなかった.タッチダウン時の映像からサンプルが採取されていることに疑いは無かったが,ウーメラで確証を得るには至らず持ち越しとなった.
カプセルが地球大気に突入してから 100 時間以内にサンプルを JAXA 相模原キャンパス地球外試料キュレーションセンターに運び込むことが要望されていた.そこで,カプセルは回収後直ちに日本に輸送する計画としていた.カプセルを積み込んだチャーター機は12月08日深夜00時(現地時刻)にウーメラ空港から日本に向けて離陸した.疲れも溜まっていたが多くの関係者が見送った.ウーメラでのとりまとめ役としては一区切りであり,大きく安堵した瞬間であった.カプセルは同日11時半(日本時刻),相模原に運び込まれた.大気圏突入から 57 時間後であり,目標を大きく上回る短時間で相模原への輸送が完了した.しかも開封したところ,大粒のサンプルが 5.4 g 確認された.全てが順調であった.偶然の要素もあり,次また同じ結果が得られることが必然ではないが,今回の結果を大いに喜びたい.
ウーメラに残ったメンバーは数日かけて各機材の撤収,梱包を行った.各アンテナ局に散っていたメンバーも本部に集まってきた.全メンバーとは約 10 日ぶりの再会であった.日本に帰国する前,メンバー数十人でインスツルメントモジュールの着地点を訪れた.途中からは車でも近づけないため,最後の 1 km 弱は徒歩であった.初号機のひらけた着地点とは様子が異なって木が茂っており,間をよけながら進んでたどり着いた.パラシュートが引っかかっていた木の下をみんなで指さし,「ここに着地した!」と記念写真を撮った(図 3).
Image Caption :
図 3 : 着地点で記念写真 [3].インスツルメントモジュールのあった場所には日豪の国旗を立てた.
Credit : JAXA
8. おわりに
「はやぶさ2」の一部メンバーでは「映画をつくらせない」をモットーとしていた.初号機は数々のトラブルと,それをリカバーした関係者の不屈の努力と技術がドラマとなって全国展開の映画が3本作られた.ありがたい話であるが,エンジニアとしては,起伏なく完璧にミッションをこなすことが目標である.映画に向かない内容であることを誇りに思いたい.随所で幸運にも支えられたが,打上げからカプセル回収まで大過なく完遂でき,このモットーを達成できたプロジェクトチームを自画自賛したい.
リュウグウのサンプルの分析がまさにこれから行われる.探査機は次の小惑星に向かい,一方で次のサンプルリターンミッションが立ち上がりつつある.サンプルリターンミッションではリモートセンシングデータに加えて,回収した物質からも知見が得られる.惑星科学の多角性が一層増すことは大きな進歩である.バトンは物質科学に渡され,別なバトンは次の探査に渡される.本シリーズタイトル通り,転生を繰り返す火の鳥のようなバトンリレーが科学の発展に繋がるであろう.まずは,今回のカプセル回収の Lessons Learned を次のミッションに引き渡すことで,回収班のバトンの責任を果たしたい.
参考文献
[1] 「はやぶさ2」記者説明会(2020/12/4)説明資料より(本稿に合わせて微修正)
[2] オーストラリア保健省ホームページより( https://www.health.gov.au/news/health-alerts/novelcoronavirus-2019-ncov-health-alert/coronavirus-covid-19-current-situation-and-case-numbers )
[3] はやぶさ2ツイッターより( https://twitter.com/haya2_jaxa )
お読み頂いた感想等の投稿フォーム
お名前は本名以外でも構いません。Email アドレスは自動返信用であり、収集・公開しません。
Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan
Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office