次世代太陽系探査
はやぶさ2からポストはやぶさ2へ : January 17, 2021. Latest
SCI 衝突実験とDCAM3 の観測
原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第29巻(2020)4号 - PDF
SCI 衝突実験とDCAM3 の観測
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 22
門野敏彦 : 産業医科大学
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
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「はやぶさ2」探査機は Small Carry-on Impactor (SCI) と呼ばれる衝突装置を持っており, それを小惑星 Ryugu に打ち込み, その様子を DCAM3 と呼ばれる分離カメラで撮影します. 3 億 km 離れた本物の小惑星の表面に, 実験室と同程度の 2 km/s の速度で大きな飛翔体(十数 cm)を衝突させる実験です [1].
この実験が行われた2019年04月05日金曜日の朝7時前, 私は宇宙科学研究所の B 棟, 管制室に入りました. 大学院生からポスドクの五年半,宇宙研に在籍しましたが, 管制室は初めてです. 最初は入口付近にこっそり居ましたが, あとから来た方々に押されて, 混んでいるのにそこだけなぜか空いている場所に移動しました. そこはプロジェクトマネージャー席の後方で, しばらくしてから, ちょうどそこを撮影するためのカメラの視線方向であることに気付きましたが既にもう他の場所は空いていませんでした ★1 .
★1) カメラの上方には探査機の高度が出ていて, そのカメラに気づいてしまってからは, 高度を見たら視線を下げてそのままカメラを見てしまい, 何度もカメラ目線になってしまいました.
11時半頃, SCI 衝突実験が行われます. 探査機は「SCI を分離した」「DCAM3 を分離した」などの信号を送り管制室で受け取るのですが, 探査機が信号を出してからそれが地球に届くまでは時間差 ★2 があります. SCI が動作する予定の時刻が過ぎ,探査機から「SCI 動作 = SCI 実験が実行された」という信号が届くまで, 荒川氏と時計を見ながら「実際にはもう衝突していますよね」「うん, 光の速さは遅いね ★3」などと話しているうちに, 無事 SCI が動作したという信号が届きました.
★2) 3 億 km / 光速~17分.
★3) この荒川氏の発言はどこで漏れたかネットに「本日の名言」と書かれていました.
しばらくして朝からまったく言葉を発せず話しかけられても返事もしない小川氏と, 彼と一緒にずっと DCAM3 の開発を進めてきた澤田氏が「DCAM3 が生きている」という信号が来たのを確認し, 静寂の管制室で突然二人が雄叫びを上げました ★4. その後, いつもの小川氏に戻りました (図 1).
★4) DCAM3 開発についての小川氏と澤田氏の苦労は [2].
Image Caption :
図 1. 当日の管制室の様子.
Credit : JAXA
DCAM3 の画像データが送られてくるのは, その日の夕方04時頃であろう, ということで, とりあえず, 控え室として解放された管制室の向かいの会議室で居眠りを始めました. ところが, 02時過ぎ嶌生氏が「何やってるんですか, もう出てますよ」と起こしに来て,「ん, 何が」「いいから来い」と運用室に連れて行かれました. 運用室はめちゃ混みで, 荒川氏から「門野くん, 何やってたの」と言われながら人をかき分け一番奥のモニターの前で「どうだ」という顔で座っている白井氏のところまで行き画面を見ると, おー, エジェクタが飛んでいるではないですか! 予定よりはやくデータが降りてきて, 白井氏の速攻解析の技が冴え, DCAM3 のアナログ画像が現れ, エジェクタが飛んでいる様子が映っていたのでした. 衝突が確認され, ちょうどいい案配に漆黒の宇宙空間を背景として飛んでいます. しかし, 見慣れた実験室の結果と違って左右対称ではなく北側のみ. その場で荒川氏と杉田氏と, なぜ非対称か, 衝突点付近南側に何かあるのでは ★5, という話になりました.
★5) これはその後のONCによるクレーター画像により確認されました [3].
ここに至ってもなお,「まだわかりません, まだわかりません」と言いながら運用室から管制室に戻る (SCI の開発を率いてきた) 佐伯氏を見て, 50 を過ぎて涙腺がゆるくなっている荒川氏と私はもらい泣きをするのでした.
夜にかけて DCAM3 のデジタル画像も降りてきて, 澤田氏に「デジタルとアナログ, 両方載せてよかったですね」と言うと深くうなずいていました.
SCI 衝突実験は, DCAM3 によってその場でエジェクタの様子を時系列で撮影することができたこと, 事前と事後の画像からクレーターの様子を探査機本体に搭載されたカメラ ONC で確認できたという意味で, 3 億 km の彼方で室内実験と同じ事ができました ★6. ONC と DCAM3 の観測でわかったことは, 大小さまざまな岩塊で構成されている Ryugu 表層に形成されたクレーターのサイズは, これまでの室内実験で得られている重力支配域 ★7 でのスケーリング則を SCI の衝突条件で適用した結果と合っていること [3], 表層と下層は構成粒子のサイズ分布が異なっていること [3-5], 二回目のタッチダウンの場所にもこのクレーターから飛び出したエジェクタが堆積しているであろうこと [3], 1 m 近い岩塊が多数, 宇宙空間に飛び出しているが衝突点付近にあった数 m の岩塊はクレーター内に残っていること [3,4] などなどです.
★6) TIR (熱慣性) や NIRS (3 赤外線)など他の計測機器でも SCI クレーターに関連して興味あるデータが取れているようです.
★7) 標的の強度がなくクレーター形成が重力の影響のみで決まる状況.
近年の小惑星探査から小惑星の表面は多様なサイズの粒子・岩塊で構成されていることがわかってきました. ところが, 構成粒子が単一サイズでない標的への衝突実験は系統的に行われていません ★8. そのため, たとえば今回のような衝突条件に対して, どのようなサイズ・初期位置の岩塊が掘削流に乗って宇宙空間に飛び出せるのか/乗れずにクレーター内に残るのか, などは, よくわかりません. 小惑星表面から脱出することができる岩塊のサイズは地球に飛来する隕石のサイズや小惑星表面の岩塊サイズ分布の進化にも影響しますので, 今後はサイズ分布を持つ標的に対しての衝突実験を系統的に行い, クレーターやエジェクタの様子をあらためて調べなくてはならないようです. このような標的が複雑な場合には, 衝突実験と粉体を取り扱う数値計算を相補的に行っていくことも重要かと思います.
★8) 近年, 表面が大きな岩塊で覆われているときのクレーター径 [6] や, 大小, 二種類の粒子が混合されている場合のエジェクタの模様 [7] など, 構成粒子が単一サイズでない場合での結果が報告され始めています.
最後に, 惑星探査とどう関わるかという問題についてです. 探査というのは何百人というものすごい人数が関わり, 10 年以上の時間をかけ, 何十何百億というお金をつぎ込み, すべてが桁違いで, 得られるデータは世界で唯一無二, 科学的価値は計り知れません. 今回, 私がずっと実験室で行ってきた衝突実験と同じ事が実際に宇宙で行われるということで参加させてもらいましたが,「おー, 自分が実験室でやってきたことが宇宙で起こっている」という感覚を得られたことについては, やはり何物にも代えがたく, そういう場に立ち会えてそのデータを基に論文を書けたのは本当に楽しかったです ★9. ただ, 探査にも光と影があり, ものすごい人数であるがために個性が発揮できないこともあるし, 10 年という年月の間, ずっと論文が出ないかもしれない, お金が足りなくて途中で中止になり, それまでの苦労が水の泡になることもあります. 若い人, 特に大学院生がそこに全てを捧げるのはあまりにリスクが大きいでしょう ★10. しかしながら, この 30 年, 宇宙研の内外でずっと日本の惑星探査を支えて頑張った多くの方々のおかげで, 私が大学院生の頃とは大きく状況が変わ りました ★11. いろいろな探査が動いて結果が出ている現状では, おそらく, 大学院生も含めた若い方にとってリスクの少ない関わり方がいろいろあるはずです. 実験, 理論, 機器開発, マネージメント. 何でも良いので, 小さいことでも自分が楽しく思えそうな事が探査にあれば ★12, 参加してみると他では得られない体験ができるのではないかと思います. 探査自体も多様な人材が参加すれば内容も充実してさらに面白いものになるでしょう ★13.
★9) 荒川氏は記者会見で人生最大の喜びと言いました.
★10) 大学院生の頃はそういう探査の悪口を散々言っていたので, 当時から宇宙研に居た T 氏からは「宇宙研に探査しに来たらぶん殴る」と言われていました. 今回, 宇宙研に探査しに来たのですが, 実際はぶん殴られず, 良いデータがでたことを友好的に喜び合いました; T 氏の心の広さに感謝します.
★11) 私自身は悪口だけ言って外に出て, 何も貢献できませんでした.
★12) 自分で楽しく面白いと思える部分がないとしんどいのは, 探査に限らずどんな研究にでも言えることですが.
★13) 佐伯氏は「これから先も泣けるミッションをやっていきたい」とコメントしています.
査読がないと果てしなく余計なことを書いてしまうので, このあたりで終わりたいと思います.
謝辞
文中, 実名で書くことを許していただいた方々, コメントをいただいた皆さまに感謝します. ここで紹介した SCI 衝突実験と DCAM3 の運用と成果は「はやぶさ2」プロジェクトメンバーのご協力で成し遂げられたものです. ありがとうございました. このような文章の掲載を許可してくれた遊星人編集長にも感謝いたします. (本文および脚注の内容については私個人の感想です)
参考文献
[1] 荒川政彦 他,2013,遊星人 22, 152.
[2] 小川和律 他,2019,遊星人 28, 231.
[3] Arakawa, M. et al., 2020, Science 368, 67.
[4] Kadono, T. et al., 2020, ApJL 899, L22.
[5] Wada, K. et al., 2020, submitted to A&A.
[6] e.g., Tatsumi, E. and Sugita, S., 2018, Icarus 300, 227.
[7] Kadono, T. et al., 2019, ApJL 880, L30.
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