熱撮像で明らかにされた始原的小惑星の超高空隙な特徴
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 21

岡田達明1,2,福原哲哉3,田中智1,坂谷尚哉3,嶌生有理1,荒井武彦4,千秋博紀5,出村裕英6,神山徹7,関口朋彦8,「はやぶさ2」TIR チーム
1.宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 2.東京大学 3.立教大学 4.足利大学 5.千葉工業大学 6.会津大学 7.産業技術総合研究所 8.北海道教育大学

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要旨

小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載された中間赤外カメラ TIR によって,C 型小惑星 Ryugu に対して全球の高解像度サーモグラフィ(熱撮像)が史上初めて実施された.表層温度と日変化から導出される熱慣性から,Ryugu の表面を覆う岩塊や岩片の大部分が,典型的な炭素質コンドライト隕石と比較して非常に高空隙な物質で構成されていることが分かった.この高空隙な性質は,表面重力の小さい始原的小惑星に共通であると考えられる.太陽系初期の微惑星も同様に高空隙で低強度の物質で構成されていたと考えられ,惑星形成時の力学進化過程の考察に影響を与える可能性を提起する重要な発見である.
 

1. はじめに

われわれの住む地球は 1 G の重力下にある世界であり,石と言えば稠密で硬いものという先入観があるが,微小重力下の世界では石がどのような物理的性質をもつのかよく分かっていない.例えば炭素質コンドライトが地球大気に突入する際には,大気中で崩壊して大部分が損失してしまい,強度の高い部分だけが地上まで到達して隕石として発見される.元の天体の平均的性質は少なくとも,発見された隕石よりも脆弱であることは確実である.

C 型小惑星は小惑星帯の雪線外側で最も多く存在する種類の小惑星であり,水や有機物など揮発性成分を含む炭素質コンドライト隕石の母天体と考えられるが [1, 2],その物理的性質はほとんど分かっていない.小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星 162173 Ryugu を訪れるまでは [3,4],NEA RShoemaker がフライバイ観測した253 Mathildeが唯一の直接観測された C 型小惑星であった [5].その半径ほどの直径をもつ複数の巨大クレータが天体を崩壊させずに形成されていることから,Mathilde は全体として非常に高空隙であり,収縮することで衝撃波を減衰させられる構造であると推察される.Ryugu が Mathilde のように大部分がフカフカの「新雪」が堆積したような小惑星である可能性もあれば,小惑星25143 Itokawaのような岩塊がむき出しになったラブルパイル天体 [6],すなわち母天体が衝突破壊によってばらばらになった後で再集積して形成された「瓦礫の寄せ集め」の可能性もある.探査機で直接観測できるのは表層だけであるが,ラブルパイル天体の場合,表面には前世代の内部構造を構成する物質が岩塊として陳列された状態にあり,実質的に母天体の内部構造の探査を行うことに相当する.

 「はやぶさ2」には小惑星 Ryugu の現在の表層,そして母天体の内部構造についての物理的特徴を調べることを目的に中間赤外カメラ(TIR)を搭載した(図 1) [7].この装置は身体の健康チェックや非破壊検査に使用されるサーモグラフィと同じ原理のものであり,金星探査機「あかつき」搭載の中間赤外カメラ LIR と同型である [8].本報告では TIR による Ryugu の全球熱撮像を実施した初期成果について報告する.なお,本報告は Nature 誌(Online 版2020年03月16日,冊子版2020年03月26日付)に掲載された論文 [9] を基に説明を補足して分かりやすく記載したものである.
 

Image Caption :
図 1. 「はやぶさ2」搭載の中間赤外カメラのセンサ部(TIR - S).
Credit : JAXA
 

2. 到着前の小惑星 Ryugu

「はやぶさ2」の探査対象である小惑星 Ryugu は,地上観測によってある程度の特徴が事前に判明しており [10],スペクトル型は C 型,直径は約 0. 85 km,自転周期は約 7.63 時間,反射率は約 0.05,熱慣性は 150~300 JK-1 s-0.5 m-2(以下,tiu)程度の地球近傍小惑星である.自転に伴う反射強度の変化が小さいことから,球形に近い形状とされていた.「はやぶさ 」の第一の目的がC 型小惑星からのサンプルリターンであるため,スペクトル型が C 型で,エネルギー的に往還運用が可能な地球近傍小惑星であり,かつ着陸によるサンプルの回収が可能なように比較的自転周期が遅いことが条件であり,計画段階でほぼ唯一の探査対象であった [11].

熱慣性はバルク密度 ρ,熱伝導率 κ,定圧比熱 Cp の積の平方根 √ρκCp で表される物理量であり,表層の物理状態,特に粒径,空隙率,ラフネスなどの特徴の指標となる.熱慣性が小さいほど昼夜の温度差がより大きくなり,熱慣性が大きいほど昼夜の温度差がより小さく,また最高温度の到達時刻が遅延する傾向がある(図 2).自転する小惑星について朝から夕方まで(夜の領域も含めて)の温度日変化が得られれば,各地点の熱慣性が導出できる.
 

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図 2. 太陽距離 1 au,自転周期 7.63 hr のとき,凹凸の無い熱慣性Iの表層での温度日変化.
Credit : 遊星人
 

小惑星の直径と熱慣性の関係が過去の研究で整理されており [12],一般に天体サイズが大きいほど熱慣性が小さい傾向があることが知られる.これは天体衝突に伴うクレータ形成時のイジェクタが,天体重力の大小によって表層に堆積しやすいかどうかの指標と考えられていた.つまり,より大きな天体ほど細粒のレゴリスが多く堆積するため空隙が多く,熱慣性が小さい.一方で小さい天体ほどレゴリスの堆積が少ないため表面の空隙が少なく,熱慣性が大きい.直径 1 km 程度の天体の熱慣性が,典型的な隕石の熱慣性よりも小さい理由はよく分かっていなかったが,微隕石の衝突や熱応力によって生じる破砕物がレゴリスとして堆積している可能性が挙げられていた.

Ryugu の場合,熱慣性 150~300 tiu を説明する表層状態として,粒径数~10 mm 程度の砂礫質のレゴリスに,稠密な岩石からなる岩塊が点在するような状態が想定された [10].「はやぶさ2」の到着前に検討されていた模擬小惑星(Ryugoid と称する)では,大部分の表面がレゴリス(熱慣性 300 tiu)で,そこに稠密な岩石で構成された岩塊(1600 tiu)が点在すると仮定された [9] .そのため,「はやぶさ2」が到着直後に実施するような,小さい太陽角 でRyugoid の昼側を観測すると,高熱慣性の岩塊が低熱慣性の周辺土壌に比べて低温の斑点(Cold Spot)に見えるような結果が予測されていた(図 3) [9].
 

Image Caption :
図 3. 模擬小惑星R yugoid の熱撮像の様子.岩塊(Cold Spot)とレゴリスの熱慣性が 1600 及び 300 tiu [9]. (原画像 [9] から改編)
Credit : 遊星人
 

3. 到着!小惑星 Ryugu

2014年12月3日に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は,1 年後の地球スイングバイを経て,2018年06月27日に小惑星 Ryugu から 20 km の距離のホームポジションに到着した [3].TIR による Ryugu のファーストライトは06月06日で,1 画素以下の点光源として検知された [13].接近中も徐々に大きく明るくなる Ryugu を継続的に観測し [14],ついに到着した直後の06月30日に,第 1 回目の1自転全球観測を実施した [9].太陽距離 0.987 au,太陽位相角 18. 5° で,Ryugu の視直径は 50 画素分,1 画素あたり約 18 m の空間分解能で,1 自転(6° 毎に 1 枚)の熱撮像を実施した.これが史上初めて実施された小惑星の全球高解像度熱撮像である.

実際に観測された小惑星 Ryugu は,コマ型の形状で自転軸がほぼ公転軌道に垂直の逆行自転であった [4,15].南極付近に最大の岩塊 Otohime(長径 160 m 以上)があり,そのほか大小の岩塊が存在するが,小惑星 Itokawa にみられたような平坦地は存在しないことが分かった [6,16].

TIR による熱撮像観測では,表面温度が二次元的に分かる.昼側表面の温度は 300~370 K で,形状モデルによる凹凸を考慮(面素内の微小凹凸によるみかけの輝度変化は考慮しない)した熱モデル計算 [17] によって導出される熱慣性の値は地上観測の結果と整合する値(約 300 ± 100 tiu)であることが分かった [9].但し,到着前の予測と異なり,Otohime などの岩塊は Cold Spot にはなっておらず,岩塊と周辺土壌では温度もその日変化の特徴も同様であった.この熱慣性の値は,通常の炭素質コンドライト隕石(> 600~1000 tiu [18])に比べて低い.即ち Ryugu は稠密な岩塊ではなく,チョップしたら壊れるほどの高空隙な状態であれば説明できる.一方,表層全体が約 1 cm サイズの砂利で覆われている場合も同様の特徴となり得るため,より高解像度の観測による確認が必要であった.
 

4. 高解像度の熱撮像

2018年08月01日に「はやぶさ2」は高度 5 km まで低下して,ホームポジションよりも4倍の空間分解能で Ryugu を観測する「中高度観測」を実施した [3,4].太陽距離 1.057 au,太陽位相角 19.0° で,より高解像度で観測することによって科学的精度の向上を図るとともに,着陸地点選定のための情報収集が目的であった.TIR は中高度観測において,1 画素あたり 4. 5 m の空間分解能で 1 自転分の熱撮像を実施した(図 4)[9].
 

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図 4. 高度 5 km の中高度観測からの小惑星 Ryugu の熱撮像(4 方向):a) Otohime(オトヒメ岩塊), b) Catafo(カタフォ岩塊), c) Cendllion(サンドリヨンクレータ),d) Momotaro(モモタロウクレータ), e) Kibidango(キビダンゴクレータ), f) Urashima(ウラシマクレータ), g) Ejima(エジマ岩塊), h) Kintaro(キンタロウクレータ), i) Tokoyo(トコヨ地溝帯), j) Brabo(ブラボークレータ), k) Kolobok(コロボッククレータ), l) Ryujin(リュウジン尾根=赤道リッジ)(原画像 [9] から改編).
Credit : 遊星人
 

Otohime など最大級の岩塊だけでなく,直径 10 m 以上の多数の岩塊やその他の代表的地形が検知された.その結果,岩塊の温度はやはり周辺土壌とほぼ同じであった.形状モデルの凹凸を考慮し,日陰や向き合う面同士の自己加熱の影響を取り入れた熱モデル計算 [17] の結果と比較すると,みかけの熱慣性は,ホームポジションと同様に 300 ± 100 tiu 程度でよく一致した(図 5)[9].
 

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図 5. 中高度観測での TIR の熱画像(緯度 0°)と数値計算(凹凸無し)の比較: a) 観測結果, b) -i) 熱慣性 50, 100, 200, 300, 400, 500, 750, 1000 tiu の場合の熱計算結果.(原画像[9]から改編)
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可視カメラ ONC の撮像で発見された,部分的に堆積物に覆われている岩塊について,堆積物に覆われた箇所と覆われていない箇所で温度がほぼ同じであることが確認された [15].それは岩塊と堆積物(おそらく周辺土壌と同様のもの)の熱慣性がほぼ一致することを意味する.即ち,周辺土壌は1日(自転周期の 7.63 時間)に熱が浸み込む深さ(スキンデプス:D ~ 35~35 mm)よりも大きいサイズの高空隙な岩塊で覆われていることを示唆する.

Ryugu の温度日変化には大きな特徴がある.午前から南中時,午後にかけての温度変化が,平らな表面を仮定した場合の単純熱モデルによる計算結果に比べて変化に乏しく平坦であり,かつ日没後にわずかに見える夜間領域で温度が急降下する(図 6).
 

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図 6. 中高度観測時の TIR 熱画像(緯度 0°)と温度分布 : a) 1 自転中の最高温度, b)-g) 各点 b-g での温度日変化と同地点の熱慣性別計算結果(凹凸無し)との比較.(原画像 [9] から改編)
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このような特徴は,極端に激しい凹凸のある表面に対してみられることがモデル計算では示されていたが [19],実際の惑星探査で確認された実例は過去になかった.表層の熱慣性とラフネスを数値モデル化した計算例では,熱慣性 327 ± 127 tiu,ラフネス 0.4 ± 0.05 で近似的に表すことが可能である [20].より詳細な計算結果と議論については後続の論文にゆだねる [21].彗星では同様に温度日変化の乏しい例として,9P/Tempel 第1彗星,103P/Heartley 第 2 彗星のフライバイ時に観測されているが [22],それらの表層状態は確認できていない.Ryugu では表面凹凸を詳細に確認できる初めてのチャンスであり,より高解像度での観測が期待された.
 

5. 降下運用中の超高解像度観測

2018年09月以降,「はやぶさ2」は表面着陸探査用の小型ホッピングローバ(MINERVA-II)[23] や欧州協力による小型ランダ(MASCOT = Mobile Asteroid Surface S COuT)[24] の分離運用や,サンプル回収のための 2 回のタッチダウン運用(TD1,TD2)とそのリハーサルのために,低高度への降下運用を開始した.TIR では高度 500 m 以下に到達後,ローバ・ランダ分離運用では高度 60 m まで,タッチダウンリハーサルでは高度 20 m まで熱撮像を実施した(ターゲットマーカ分離やタッチダウン時には高度 10 m 以下まで実施).前者の最高空間分解能は画素当たり約 54 mm,後者は約 18 mm である.一例として,太陽距離 1.273 au,太陽位相角 10. 8° で2018年10月15日に実施された TD1 リハーサル A 運用(TD1 - R1 - A)での熱画像を示す(図 7)[9] .
 

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図 7. 2018年10月15日の TD1 リハーサル降下運用(TD1 - R1 - A)中の熱画像:a) 13:34:44 (UTC) ,高度 78.8 m での撮像,b) a) 内の Cold Spot を含む温度分布,c) 13:44:20 (UTC),高度 21.9 m での撮像,d) c) 内の Cold Spot を含む温度分布.(原画像 [9] から改編)
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どの降下運用でも,表層の大部分が岩塊や長径 100 mm 以上の岩片で覆われていることが分かった.岩塊は土砂で覆われておらず,さざれ石のように岩石中の組織まで観察できるものが多く存在することが分かった.また,一部の岩塊はやや平坦な境界を持つものも含まれることが TIR でも確認された.

頻度は少ないものの,周囲よりも 20 K 以上低い,明らかに低温の岩塊が存在することが分かった(図 7)[9].到着前に存在を予測していた Cold Spot に相当する.この岩塊の熱慣性を輝度温度から導出すると 600~1000 tiu 程度であり,典型的な炭素質コンドライト隕石の熱慣性 [18] と同等であることが分かった.つまり,高空隙な岩塊の中に,普通の隕石のような岩塊がわずかに含まれている.これは同じ母天体内の深部でより高い圧密を受けた部分で形成されたかもしれない.あるいは衝突破壊をもたらした衝突天体の破片が残った外部起源の可能性も残される [25].

TIR の結果は,MASCOT 搭載カメラ MasCAM による表層撮像によって調査された結果と整合的である [26].すなわち,大部分の岩塊の表面はカリフラワー状のデコボコで脆弱そうであり,また,ごく一部の岩塊の表面は比較的平面的であり,そしてレゴリス状の細粒土壌は見られない.また,MASCOT 搭載熱放射計 MARA によって,一か所のみであるがデコボコ表面の岩塊の熱慣性を一昼夜に渡って計測された結果が約 282(247~375)tiu であり [27],TIR の全球観測の結果と整合することが分かった.すなわち MASCOT が観測した岩塊は Ryugu 上の典型的な岩塊であり,Ryugu の表面は同様な状態が全球的に広がっているのだろう.
 

6. 低熱慣性の小惑星

C 型小惑星 Ryugu の熱慣性が約 300 ± 100 tiu 程度であることが判明したが [9],同様に NASA の小惑星探査機 OSIRIS-REx による B 型小惑星 101955 Bennu の観測でも同程度の低熱慣性が得られており [28],低熱慣性は始原的小惑星で一般的な性質である可能性が高い.小惑星のサイズと熱慣性の関係において,大きな天体ほど低熱慣性である原因はレゴリスの堆積によると考えられるが,小型の小惑星が隕石よりも低熱慣性である原因は,以前に考えられていたレゴリスの堆積による影響ではなく,高空隙な岩塊が表層を覆っているためであると考えられる(図 8) [9, 21] .
 

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図 8. 小惑星の直径と熱慣性の関係の図(原画像 [12] から改編)に到着前の予測 [10],小惑星 Ryugu の平均熱慣性,Cold Spot の熱慣性と典型的な炭素質コンドライト[17]との比較.
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C型小惑星で熱慣性約 300 tiu の場合,熱伝導率は約 0.1 W m-1 K-1,空隙率は 30~50 % に相当する [9,27].なお,Ryugu のバルク密度が 1190 ± 20 kg m-3 [4] であることを説明するには,炭素質コンドライト隕石(CI:~2420 kg m-3 や CM : ~2960 kg m-3)[18] を仮定すると,さらに 50~60% 程度の空隙が必要になる.Ryugu を構成する岩塊や岩片の間の隙間(macro - porosity)は大きく見積もっても 20 % 以下(実際はもっと小さい)が妥当であり,岩塊内部の空隙率(micro - porosity)が 50 % 程度はあると考えられる.

以上より,小惑星 Ryugu の表面を覆う岩塊や岩片は,通常の隕石のバルク密度が半分になるほどの「超」高空隙で脆弱な構造であると考えられる.また,岩塊の周辺土壌は熱の浸み込み深さ(スキンデプス)である約 35 mm よりも大きなサイズの岩片が大部分を占めるため,熱物性的には岩塊と同様の振る舞いになると考えられる.岩塊や岩片で覆われる表層は TIR の観測波長帯(約 10 μm)に対して激しい表面凹凸のある状態であり,温度日変化が平坦な特徴を示すと考えられる.
 

7. 小惑星 Ryugu の形成史

小惑星 Ryugu の形成シナリオについて既に提案されているが [15],TIR の観測によって以下のように制約されるだろう.1) 原始太陽系の星雲ガス中で形成された微粒子(太陽系前駆物質も含まれる)から付着によって超高空隙でフワフワの塵が形成され,徐々に成長した.2) 多少の圧密は受けるものの,高空隙な状態を保持したまま成長してゆき,微惑星が形成された [29].3) ある程度(数 10 km 以上)のサイズになると内部で熱変成や水質変成がある程度は進行するとしても,Ryugu 母天体ではそれらに伴う圧密過程は低度にしか起きなかった(圧密不完全で高空隙な状態のまま).相対的に高温高圧となる天体の深部では圧密がより進行し,通常の隕石が形成された可能性はあるが,母天体の体積の大部分では高空隙率な状態が保持された.4) 大規模な衝突破壊によって分裂し,バラバラになる.5) 破片が再集合して,緩く寄せ集まったラブルパイル天体が形成された.その際,元の天体の内部構造の様々な深さにあった高空隙な物質が岩塊として表層に点在した.Cold Spot となる「普通の隕石」的な岩塊は深部から来た岩塊の可能性があるが,破壊の原因となった衝突天体を起源とする可能性もある(岩塊に S 型小惑星的な分光特性を示すものがあり,それらは衝突天体起源と考えられる [25]).周辺土壌は細かい高空隙な衝突破片であるか,岩塊がその後の隕石衝突や熱応力によって破砕し,堆積したものである.6) YORP 効果 [30] などによる自転速度の変化等によって,緩く寄せ集まったラブルパイルが変形・流動して現在のコマ型の形状になった [4].
 

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図 9. 小惑星 Ryugu の形成シナリオ.大部分の岩塊が低熱慣性(高空隙率)であり,ごく一部が「普通の隕石」程度であることを説明するモデル.(原画像[9]から改編)
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このシナリオでは,超高空隙でフワフワな塵から出発し,地球の岩石のような稠密で硬い岩石になったことが一度もなく,常に高空隙であり続けたという仮説で,現在の Ryugu のほぼ全球の岩塊が高空隙な状態に保持されている理由を説明している [9].これは小惑星 Ryugu(および小惑星 Bennu)だけでなく,太陽系史を通じて低重力な天体では一般的に起きる現象と捉えるのが妥当だろう.太陽系内で現存する小惑星で低密度な天体は同様な過程で形成され,高空隙な物質(micro - porosity が高い)で構成されていると考えられる [31].おそらく C 型小惑星でも一般的な性質であり,炭素質隕石が大気突入時に崩壊して固い部分のみ生き残るのはこの性質のためと考えられる.また,高空隙率によって可視近赤外の反射率の低下とスペクトル形状の変化を生じるため,どの隕石のスペクトルともよく一致しない原因にもなるだろう.

この高空隙な特徴は,太陽系初期の微惑星も同様に当てはまる.高空隙に伴う衝撃減衰の効果により,衝突時のクレータ形成や破壊の進行が低減し,その結果として天体成長のタイムスケールを変化させるなど,惑星形成過程にも影響を与えるだろう [32].小惑星 Ryugu は塵から稠密な固い天体に至る惑星形成過程の途中にある状態を具現するものかもしれない.

以上の議論は小惑星 Ryugu の物質が炭素質隕石と同様の物質であることを前提としているが,ESA の彗星探査機 Rosetta が探査した67P/Churumov- Gerasimenko 彗星の塵の質量分析で判明したように [33],有機物が半分以上を占める高炭素質物質によって低バルク密度と低熱慣性を実現している可能性は否定できない.これらの問題の解決には2020年12月に帰還予定の Ryugu サンプルの分析が期待される [34].
 

7. まとめと今後にむけて

「はやぶさ2」搭載 TIR による,惑星探査史上初の「熱撮像」によって,C 型小惑星 Ryugu を構成する物質が典型的な炭素質コンドライト隕石よりもずっと高空隙である特徴を捉えることに成功した.おそらく C 型小惑星に一般的な性質であり,また重力の大きな原始惑星に成長する前の段階の微惑星にも共通する一般的な性質であったと考えられる.小惑星探査機「はやぶさ」で初めて人類が「ラブルパイル小惑星」を見たのと同様に,「はやぶさ2」では「高空隙な岩塊からなる小惑星」を確認した最初の例となった.この特徴は今後,惑星形成過程などに実例として応用されることになると期待される.

熱撮像による探査方法の有効性が実証されたことから,今後の探査計画においてスペクトル型の異なる様々な物質からなる小惑星や,直径が異なり表面重力の異なる小惑星に対して熱撮像を実施することは極めて有意義である.例えば「はやぶさ2」の帰還後に運用を延長し,別のスペクトル型や直径の小惑星を訪問することができれば,新たな知見が得られるだろう [35].欧州の小惑星探査計画 Hera は二重小惑星 Didymos の探査を実施する予定であるが,Hera に熱撮像カメラの搭載が計画されており [36],実現すれば史上初の S 型小惑星の熱撮像が実現でき,太陽系科学の発展に大きく貢献できると期待される.
 

謝辞

小惑星探査機「はやぶさ2」の開発や運用を通じて本研究の実現に協働して頂いた全ての「はやぶさ2」プロジェクトの関係者,科学的議論に参加した「はやぶさ2」国際サイエンスチームのメンバーの多大なる協力に感謝する.本研究は日本学術振興会科学研究費(JP26287108,JP17H06459),および JSPS Core-to - Core プログラム「惑星科学国際研究ネットワークの構築」の助成を受けている.
 

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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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