リュウグウの地名
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 17

野口里奈1,嶌生有理1,吉川真1,宮本英昭2,小松吾郎3,渡邊誠一郎4,1,石原吉明5,佐々木晶6,平林正俊7,平田成8,本田親寿8,出村裕英8,杉田精司9,津田雄一1,はやぶさ2プロジェクトチーム.
1 - 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所, 2 - 東京大学大学院工学系研究科, 3 - Universita d'Annunzio, 4 - 名古屋大学大学院環境学研究科, 5 - 国立環境研究所, 6 - 大阪大学大学院理学研究科, 7 - Auburn University, 8 - 会津大学先端情報科学研究センター, 9 - 東京大学大学院理学系研究科

※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 


要旨

リュウグウ表面の地名が国際天文学連合(IAU)の Division F(Planetary System and Bioastronomy)の Working Group for Planetary System Nomenclature(以降,国際天文学連合ワーキンググループ)で審議され,2018 年の年末に承認された.ここでは地名の紹介と決定までの経緯について紹介する.
 

1. はじめに

2018年06月初旬,巡航フェイズからアプローチフェイズに移行した小惑星探査機はやぶさ2は,光学航法を実施するためリュウグウの ONC-T 撮像を開始した.数ピクセルだったリュウグウの姿は接近するにつれて次第に大きくなり,運用室からサイエンスチームに日々最新の画像が伝えられていた i).リュウグウは事前想定と異なり,円錐を二つ組み合わせたそろばんの珠のような形状(top shape)であり,黄道面にほぼ垂直な逆行自転を示していた.そのため,画像の上方向が小惑星の北極なのか南極をすぐに判別することは困難であった.そこで,リュウグウの南北と自転方向を把握するため,はやぶさ2プロジェクトチーム内では特徴的な地形にニックネームをつけて運用を進めていた.リュウグウの最も特徴的な地形は,天体直径の 2 割近くに逹する巨大クレーター(通称デススタークレーター [1],現在のウラシマクレーター(Urashimacrater))であった.また,南北の分別は南極の巨大ボルダー(通称カメボルダー ii),現在のオトヒメサクスム(Otohime Saxum))と巨大な地溝(通称ザキヤマ,現在のトコヨフォッサ(Tokoyo Fossa),ホウライフォッサ(Horai Fossa))が有用であった.その他にも,自転位相を把握するために,赤道近くの特徴的な一対のボルダー群(通称岩上さんと岩下さん,後者は本初子午線の基準となった現在のカタフォサクスム(Catafo Saxum)),周囲より著しく明るい点(通称白ごま),周囲より黒いボルダー(通称黒岩さん,現在のキンタロウクレーター(Kintaro crater)内のボルダー)などがニックネームとして呼ばれていた.しかし,リュウグウの表面地形について世界中の研究者と議論する際,あるいは論文として紹介する際に,同じ地形がチーム外の研究者には別の名前で呼ばれるといった問題が生じかねない.そのため,国際的に通用する正式名称を命名する必要がある.そこで,国際天文学連合(IAU)に申請することをめざして,2017年09月にチーム内でリュウグウ表面地形に名称を付ける議論を始めた.
 

i). 当時の様子はプロジェクトホームページ http://www.hayabusa2.jaxa.jp を参照されたい.
ii). ある方向から見ると亀のように見える.浦島太郎が助けた亀は,実は乙姫の化身だったとする説もある.
 

2. 経緯

地球外天体上の地物の名称は,国際天文学連合のワーキンググループへ提案し,ワーキンググループで承認されることにより正式名称となる.そのため,リュウグウの地名についても国際天文学連合のルールに則って命名を進めることとした.新たな太陽系天体上の地名を国際天文学連合に申請するには,まず,その天体での地名を貫くテーマを決める必要がある.例えば,金星(Venus)では「女神の名前」がテーマとなっている.そこで,2018年01月にプロジェクト内でテーマが募集された.海外メンバーを含むプロジェクト内での議論で,リュウグウの地名のテーマとして「世界のお城の名前」,「各国語での竜(ドラゴン)の名称」,「深海の生物の名称」などが提案された.2018年06月末,最終的に命名テーマは「子供たち向けの物語に出てくる名称」に決定した.これは,リュウグウという名称が浦島太郎という物語に由来するものであり,また日本だけで無く世界の物語を対象にできるので,インターナショナルにも受け入れられやすいと判断したためである.このテーマについて先行して国際天文学連合ワーキンググループに提案を行なった.

地名はむやみやたらとつけられるものではなく,科学的重要性や天体に対する大きさなど制約がある.議論には,惑星地質学の専門家を含むプロジェクトメンバー有志(以下,地名コアメンバー)が参加した.2018年07月に地名命名会合を 2 回開催し,ボルダーの地形タイプ名や命名すべき地形,名称案について,ONC(光学航法カメラ)チームが主体となって作成したたたき台やイトカワでの命名経緯などを元に議論した.同時に,チーム内から名称案を募集した(セクション 4 を参照いただきたい).先行して申請したテーマの提案は2018年09月26日に認められたという連絡を受けた.そこで,命名すべき地形の選定とその命名について議論し,2018年10月12日に13個の地名を国際天文学連合ワーキンググループに提案した.その後,2018年10月30日にワーキンググループから返事があり,四つの地名について潜在的問題が指摘されたため,地名コアメンバーにてそれらの第二名称案を議論し,2018年11月08日に再申請した iii).最終的に,9個の名称はチームの提案通りに,残り四つの名称はワーキンググループによる修正の上承認されたという連絡を2018年12月19日に受けた.リュウグウの地名マップを図 1-2 に,リュウグウ表面の地名一覧を表1に示す.
 

iii). 2018年12月12日に Oz とその第二名称案であった Gekirin が却下されたため,Swimmy を再提案した.
 

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図 1. リュウグウの地名マップ.(画像クレジット:JAXA,リュウグウの画像は ONC チーム(JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研)による)
Image : 遊星人
 

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図 2. リュウグウの地名とその位置.(画像クレジット:JAXA,リュウグウの画像は ONC チーム(JAXA, 東京大, 高知大, 立教大,名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研)による).
Image : 遊星人
 

表1: リュウグウ表面の地名一覧.

名称 タイプ 地形の説明 元になった物語 名称の由来
リュウジン ドルサム 赤道リッジ 浦島太郎 日本 乙姫の父である龍神から
ウラシマ クレーター リュウグウ最大のクレーター 浦島太郎 日本 亀を助けた漁師
サンドリヨン クレーター 赤道リッジの外にあるクレーターで最大のもの シンデレラ フランス シンデレラのフランス語 1
コロボック クレーター 赤道リッジ上にあるクレーターの典型 コロボック ロシア 家から逃げ出した小さな丸パン 2
ブラボー クレーター 赤道リッジ上にあるクレーターの典型 ブラボーと巨人 オランダ 巨人に勝利した勇敢な若者 3
キンタロウ クレーター リュウグウで 5 番目に大きいクレーター 金太郎 日本 足柄山で育った怪力の男の子
モモタロウ クレーター リュウグウで 4 番目に大きいクレーター 桃太郎 日本 桃から産まれて鬼と戦った少年
キビダンゴ クレーター リュウグウで 6 番目に大きいクレーター 桃太郎 日本 桃太郎が仲間に分け与えた食べ物
トコヨ フォッサ リュウグウ最大の溝状凹地 浦島太郎 日本 常世の国,海のはるかかなたにある理想郷
ホウライ フォッサ リュウグウで 2 番目に大きい溝状凹地 浦島太郎 日本 蓬莱,海中にある理想郷
カタフォ サクスム リュウグウの本初子午線の基準となったボルダー ケイジャン民話 アメリカ 辿った道を見失わないよう印をつけた賢い少年 4
オトヒメ サクスム リュウグウ最大のボルダー 浦島太郎 日本 龍宮城に住み,浦島太郎をもてなし玉手箱を送った女性
エジマ サクスム リュウグウ形成史の鍵を握るボルダーのひとつ 浦島太郎 日本 浦島太郎が亀を助け,龍宮城へ旅立った磯(絵島が磯)

 
1「シンデレラ」で提案したが,国際天文学連合ワーキンググループがオリジナルのフランス語に修正した.
2「ピーターパン」で申請したが,コピーライトの問題があるため,ワーキンググループが変更した.
3「スリーピング・ビューティー」(眠れる森の美女)で提案したが,文字数が長すぎるという指摘を受け,「ブラボー」と修正提案し認められた.
4「オズ」で申請したが,カロン(冥王星の衛星)で使われていたため,ワーキンググループが変更した.
 

3. 新しい地形タイプ:サクスムの誕生

太陽系の天体表面には山や谷など様々なタイプの地形があるが,今回リュウグウでは 4 タイプの地形について申請した.峰や尾根を指すラテン語が語源のドルサム(Dorsum),円形凹地であるクレーター(Crater),溝や地溝を指すフォッサ(Fossa),そしてリュウグウの特徴である岩・岩塊(ボルダー)である同じくラテン語が語源のサクスム(Saxum)である.実はこのサクスム,今回の申請を通じて設けられた新しい地形タイプなのである.

リュウグウ表面には数多くのボルダー(岩,岩塊)が分布している.どこを見ても,岩,岩,また岩…という様子はリュウグウの特徴であり,探査機のタッチダウンを阻む要因となっている.さらに,分光観測によって,南極に存在する巨大ボルダー(オトヒメサクスム)はその大きさだけでなく,物質や表面状態を示す可視光スペクトルも,その他の地域とは異なるという特徴があることが明らかになった.当該ボルダーはリュウグウ形成史を考える上で最も重要な地形であるため,命名対象にしたいという強い希望がプロジェクトから出た.しかし,ボルダーへの命名は前例がなく,タイプ名すら存在しなかった(はやぶさ初号機の探査では,小惑星イトカワ表層の巨大ボルダーへの命名は認められなかった).そこで我々は,地名申請と同時に,ボルダーのタイプ名も合わせて提案・申請した.地形タイプ名は通例ラテン語であるので,ボルダーのタイプ名としてサクスム(Saxum,ラテン語で岩・石の意味)を提案した.その結果,国際天文学連合ワーキンググループからは条件付きでボルダーへの命名が認められ,そのタイプ名は我々が提案したものがそのまま採用された.その条件とは,(1)提案されたボルダーは小惑星上に存在すること(惑星,衛星,彗星,その他の天体上のボルダーは不可),(2)提案されたボルダーが天体直径の 1 % 以上の大きさであること,(3)提案されたボルダーが科学的重要性を持つこと(本初子午線の基準であるなど)である.こうして新しい地形タイプ:サクスムが誕生したのである.
 

4. 命名案の募集

命名テーマは「子供たち向けの物語に出てくる名称」と決定した後,国内外のチームメンバーから命名案を募集した.その結果,合計 21 名(うち海外メンバー 8 名)から合計 167 個の名称が提案された.チーム内から提案された名称の例を表 2 に示す.しかし,提案された名称が全て使用できるわけではない.まず,別天体上の既存の地名や既存の小惑星名は基本的に使用できない.例えば,「エルマーとりゅう(My Father's Dragon)」に出てくる Elmer と Boris はすでに月のクレーター名で使用されており,「星の王子さま(Le Petit Prince)」は小惑星名として使用されているため,使用できない.また,著作権の問題を避けるため,100 年以上前の物語が好ましく,普通名詞は使用できない.このように名称を整理した後に,地名を付けるべき地形とその名称について地名コアメンバーを中心に議論した.
 

名称 国/地域 日本語名称 元になった物語
Bambi Austria バンビ バンビ
Thumbelina Denmark おやゆび姫 親指姫
Malifice Europe 眠れる森の美女 眠れる森の美女
Snufkin Finland スナフキン ムーミン
Sniff Finland スニフ ムーミン
Ensliga Finland おさびし山 ムーミン
le Petit Prince France 星の王子さま 星の王子さま
Sleuth France スラウギ号 十五少年漂流記
Schneewittchen Germany 白雪姫 白雪姫
Momo Germany モモ モモ
Atreyu Germany アトレーユ はてしない物語
Fuchur Germany 幸いの竜フッフール はてしない物語
Hexenhaus Germany おかしのおうち ヘンゼルとグレーテル
Gretel Germany グレーテル ヘンゼルとグレーテル
Hansel Germany ヘンゼル ヘンゼルとグレーテル
Maya Germany みつばちマーヤ みつばちマーヤの冒険
Laci Hungary ラチ ラチとらいおん
Lucignolo Italy ランプウィック ピノキオ
Pinocchio Italy ピノキオ ピノキオ
Geppetto Italy ゼペットじいさん ピノキオ
Tamatebako Japan 玉手箱 浦島太郎
Onigashima Japan 鬼ヶ島 桃太郎
Donburako Japan どんぶらこ 桃太郎
Akaoni Japan 赤鬼 桃太郎
Aooni Japan 青鬼 桃太郎
Shutendoji Japan 酒呑童子 金太郎
Hidohdoh Japan はいどうどう 金太郎
Issunboshi Japan 一寸法師 一寸法師
Kozuchi Japan 打ち出の小槌 一寸法師
Warashibe Japan わらしべ長者 わらしべ長者
Ikkyu Japan 一休さん 一休さん
Suttonton Japan すっとんとん おむすびころりん
Gon Japan ごんぎつね ごんぎつね
Guri Japan ぐり ぐりとぐら
Gura Japan ぐら ぐりとぐら
Begoishi Japan べご石 気のいい火山弾
Giovanni Japan ジョバンニ 銀河鉄道の夜
Campanella Japan カムパネルラ 銀河鉄道の夜
Naranoki Japan 楢の木大学士 楢の木大学士の野宿
Terutehime Japan てるて姫 てるて姫
Daidarabotchi Japan でいらぼっち でいらぼっち
Korpokkur Japan(Ainu) コロポックル アイヌ伝承
Niraikanai Japan(Ryukyu) ニライカナイ 沖縄伝承
Swimmy Netherlands スイミー スイミー
Miffy Netherlands ミッフィー ミッフィー
Pippi Sweden ピッピ 長くつ下のピッピ
Heidi Switzerland ハイジ アルプスの少女ハイジ
Nello UK ネロ フランダースの犬
Dorothy US ドロシー オズの魔法使い
Toto US トト オズの魔法使い
Elmer US エルマー エルマーとりゅう
Boris US りゅう エルマーとりゅう
Blueland US そらいろこうげん エルマーとりゅう
Dolittle US ドリトル先生 ドリトル先生


. 小惑星名で使用されているため使用不可
. 他天体地名で使用されているため使用不可
 

5. オトヒメ問題

天体名称がリュウグウであるため,代表的な地形には浦島太郎のお話に出てくる名称をぜひ使いたいという強い希望がプロジェクト内からあった.しかし,地名には普通名詞が使えない.すなわち,鯛やひらめ,亀すら不可で,採録可能なものは浦島太郎,乙姫などに限られる.そこで,リュウグウで一番大きいクレーターにはウラシマクレーター(Urashima crater),南極付近にある一番大きいボルダーにはオトヒメサクスム(Otohime Saxum)と名付けることにした.これらはリュウグウの形成史を考える上で非常に重要な要素となるからである.また,2019年2月22日に実施されたタッチダウン運用における着地点のニックネームは,はやぶさ2プロジェクトメンバーの多数決によって「たまてばこ(Tamatebako)」となった iv, v)

しかし,オトヒメはすでに使われてしまっていた!金星(地名は女神シリーズ)にオトヒメトーラス(Otohime Tholus)という地名がすでにあり,提案当初は国際天文学連合ワーキンググループに断られてしまった.しかし,オトヒメは浦島太郎の話に出てくる超重要人物であり,龍宮城由来のリュウグウにいないとなると玉手箱がもらえないことになってしまう(というのは冗談だが).プロジェクト内からオトヒメという地名をどうしても使いたいという強い希望が寄せられたため,地名コアメンバーで文章を練って再提案したところ,国際天文学連合ワーキンググループに承認された.

リュウグウの特徴は top shape と呼ばれる形状であり,北極から見るとほぼ円形となっている.この赤道の尾根について,龍宮城の主で乙姫の父である龍神からとってリュウジンドルサム(Ryujin Dorsum)と名付けた.これは地名コアメンバーからの「龍がとぐろを巻いている感じと似ている」「ウロボロスに通じる」という意見から付けられた.

オトヒメサクスムの両隣には,赤道方向に延びる大きな溝(地溝)がある.浦島太郎の物語において龍宮城は乙姫が住む海の底にある不思議な場所であるが,実は様々な物語で異世界として登場し,蓬莱(ホウライ),常世(トコヨ),ニライカナイなどとも呼ばれていたそうである.そこで,オトヒメサクスムに隣接するこれらの溝について,常世と蓬莱からとってトコヨフォッサ(Tokoyo Fossa),ホウライフォッサ(Horai Fossa)と名付けた.

ウラシマクレーターの南にボルダーがある.一説によると,浦島太郎が亀を助け龍宮城に旅立った地は絵島が磯という場所であるそうだ.そこでこのボルダーをエジマサクスム(Ejima Saxum)と名付けることにした.

ウラシマクレーターの両隣にも大きなクレーターがある.西には南北にくっついた二つのクレーターがある.この様子が「お腰にきびだんごをつけた桃太郎」を想起させたので,北側をモモタロウクレーター(Momotaro crater),南側をキビダンゴクレーター(Kibidango crater)とした.一方,東には内部に黒く大きなボルダーがあるクレーターがある.これが「マサカリ担いだ金太郎」を連想させたため,キンタロウクレーター(Kintaro crater)と名付けた.
 

iv). 「プロジェクタイルを打ち込んだらお宝がたくさん飛び出してきたことが玉手箱のイメージと重なる」とのプロジェクトメンバーの意見より.
v). あくまでもニックネームであり,原稿執筆時点において国際天文学連合ワーキンググループで認められた正式名称ではない.
 

6. 海外の物語由来の地名

リュウグウには海外の物語由来の地名も名付けた.MASCOT 着陸地点のニックネームは,MASCOT チームによってアリスの不思議の国(Alice's Wonderland)と命名された vi).このニックネーム選考の最終候補には,シンデレラ(Cinderella),ピノキオ(Pinocchio),スリーピング・ビューティー(Sleeping Beauty, 眠れる森の美女),オズ(Oz),ピーターパン(Peter-Pan)が挙げられていた.そこでこれらを主要な地形の地名として申請した.しかし,これらは申請通りの採用とはならず,修正申請もしくはワーキンググループによって修正・変更された.

スリーピング・ビューティークレーター(Sleeping-Beauty crater)として申請した赤道リッジ上のクレーターは文字数が多すぎるという指摘を受け,ブラボークレーター(Brabo crater)と修正提案し認められた.ブラボーとは,プロジェクトの海外メンバーから提案された,ベルギーのアントウェルペン(アントワープ)を舞台としたオランダの物語「ブラボーと巨人」に出てくる巨人を退治した英雄の名前に由来している.ベルギーの銘菓「アントワープの手」のモチーフとしても有名である.

シンデレラクレーター(Cinderella crater)として申請した赤道リッジ外の最大クレーターは,ワーキンググループによって原作の一つシャルル・ペローの原題に基づくフランス語読みのサンドリヨンクレーター(Cendrillon crater)に変更された.シンデレラはヨーロッパの昔話が様々な地域で物語化されたようで,特にドイツのグリム童話とフランスのペロー童話集が有名である.

ピーターパンクレーター(Peterpan crater)として申請した赤道リッジ上のクレーターは,コピーライトの問題があるため,ワーキンググループによってロシア民話に由来するコロボッククレーター(Kolobok crater)に変更された.コロボックというのは,森で様々な動物に出会う「おだんごパン」の名前だそうである.

リュウグウの本初子午線の基準となったボルダーは,提案当初,オズの魔法使いからとってオズサクスム(Oz Saxum)として申請した.オー(O)は数学で原点を示す文字であり,リュウグウの座標原点として適当であると考えたためである.しかしながら,すでにカロン(冥王星の衛星)のリザーブリストに載っていたため,ワーキンググループによってケイジャン民話 vii) に由来するカタフォサクスム(Catafo Saxum)に変更された viii).また,MINERVA-II1 の着地点にはトリトニス(Tritonis,ミネルバ生誕の地が由来)がニックネームとして名付けられた ix)
 

vi). あくまでもニックネームであり,原稿執筆時点において国際天文学連合ワーキンググループで認められた正式名称ではない.
vii). アメリカ,ケイジャン料理で有名.
viii). 第二名称案として逆鱗(Gekirin,リュウジンドルサム上にあるため),第三名称案としてスイミー(Swimmy,数あるボルダーの中でも特別重要なものであるため)を提案したが受理されなかった.
ix). あくまでもニックネームであり,原稿執筆時点において国際天文学連合ワーキンググループで認められた正式名称ではない.
 

7. おわりに

以上が国際天文学連合によって認められたリュウグウの地名および着陸地点のニックネームである.今後も特徴的な地形について論文で議論する際に必要であれば,随時地名を検討・申請していく予定である.リュウグウのどこにどんな物語を登場させるのがよいか,アイディアがあればはやぶさ2のプロジェクトメンバーにぜひお聞かせいただきたい.
 

謝辞

命名の申請にあたっては,国立天文台の渡部潤一氏にサポートいただいた.国際天文学連合ワーキンググループのTenielle A. Gaither氏(アメリカ地質調査所)には,プロジェクトからの提案に丁寧に対応していただき,手続きの円滑化にご協力いただいた.申請資料の作成にあたり,東京大学の菊地紘氏と逸見良道氏に協力していただいた.以上の皆様に感謝申し上げます.
 

参考文献

[1] 渡邊誠一郎, はやぶさ2 ロジェクトチーム, 2018, 遊星人 3,27.
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office