次世代太陽系探査
はやぶさ2からポストはやぶさ2へ : January 28, 2020. Latest
サンプルリターンミッションからの試料受入れ
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 14
安部 正真(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所地球外物質研究グループ、太陽系科学研究系、総合研究大学院大学)圦本尚義(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所地球外物質研究グループ、太陽系科学研究系、北海道大学)
※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
サンプルリターンミッションは惑星探査の最終形態のひとつであり,今後も新たなサンプルリターンミッションが世界中の惑星探査計画において実施されることが予想される.JAXA でも,はやぶさ,はやぶさ2の帰還試料受入れを通して,設備や受け入れ態勢が強化されつつある.本稿では,これまでの経緯を含め、JAXA におけるサンプルリターンミッションからの試料受入れの現在,過去,未来について紹介する.
1. はじめに
本稿のサブタイトルにも含まれている「サンプルリターンミッション」の意義については,[1]で述べられていますが,サンプルリターンは惑星探査の最終形態のひとつで,リモートセンシング観測や着陸機を用いたその場観測では行えない,詳細な試料分析が行えることや,観測(分析)機器を探査機に搭載する必要がないため,試料帰還後の最新の分析装置で分析できること,また重量やサイズの制約が無いため大型の装置が使えることが特徴です.そのため,たとえ持ち帰る量が少量でも,多くの科学成果や知見が得られることが期待できます.
はやぶさ帰還試料の試料受入れ作業については,[2], [3]で詳細が述べられています.これら帰還試料の受入れ作業を始め,初期記載,分配,保管,管理を含んだ作業の総称を「キュレーション」と呼んでいます.はやぶさ帰還試料の初期分析成果については,2012年の Science 特集号で,その後の詳細分析については,2014年の MAPS(Meteoritics and Planetary Science)特集号でまとめられています.日本語では,ISAS ニュース2016年09月号や,日経サイエンス2016年10月号などにまとめられています.
JAXA キュレーション施設では,これまではやぶさ帰還試料として約 700 粒子が回収され,カタログ化されています. その成果は毎年 JAXA-SP において Hayabusa Sample Catalog として出版されるとともに,毎月粒子カタログのデータベースを更新して,地球外物質研究グループの HP より公開しています[4].
現在も,はやぶさ帰還試料の国際公募分析が行なわれており,提案書をレビュー評価し採択された研究課題に対して試料提供を行っています.最近では粒子表面に刻まれた微小クレータの統計的研究の成果[5]や個別粒子の 40Ar/39Ar 年代測定からイトカワ母天体の衝突破壊年代研究の成果がでています[6].
2. はやぶさ・はやぶさ2帰還試料の特徴
はやぶさ,はやぶさ2の帰還試料は,既知の天体から産状が分かった状態で持ち帰られるということ以外に,サンプル収納容器に封入される形で帰還することにより,試料がその天体にあった状態が保存され,地球大気などに触れることなく,地球物質による汚染が少ない(コントロールされている)ことが特徴として挙げられます.これは NASA が進めているサンプルリターンミッションによる帰還試料とは異なる特徴です.
そのため,JAXA キュレーション施設では,そうした特徴を損なわずに帰還試料を取り扱うことを原則としており,はやぶさにおける試料容器の開封作業では,クリーンチャンバーを用いて真空環境で行われ,その後の試料ハンドリングも高純度でドライな窒素環境下で行われました.はやぶさ2では,探査対象が揮発性物質を多く含むと考えられている C 型小惑星であるため,サンプル容器の密封性を高めるためメタルシールが採用されており,サンプル容器内のガス採取を帰還カプセルの回収地点で実施します.またサンプル容器内の一部の試料を真空環境下で回収する計画で,その機能を持つ専用チャンバーを準備中です.
3. はやぶさ2試料受入れ設備の検討
はやぶさ2試料受入設備の検討は,2015年06月に開かれた第 1 回仕様検討委員会から本格的にスタートしています.当時,はやぶさ2の初期分析チームはまだ PI しか決まっていなかったため,JAXA キュレーションチームのほかに,はやぶさ2サンプラチーム,JAXA と試料受入れ準備に関する協定や共同研究契約を結んだ機関,JAXA キュレーション施設で行う初期記載フローの検討に協力いただいたメンバーに加えて,NASA/JSC や,はやぶさ初号機の初期分析チームからも参加いただき,これまで2016年12月までに計 9 回の会議を行い,クリーンルームの仕様やクリーンチャンバーの仕様を決めました.図 1 にはやぶさ2用クリーンルームおよびクリーンチャンバーの設置レイアウト一次案を示します.
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図 1. はやぶさ2用クリーンルームおよびクリーンチャンバー設置案.
Image Credit : 遊星人
試料受入れ設備の製作担当メーカーは,仕様検討委員会の検討と平行して,入札方式で決定されています.はやぶさ初号機では,受注担当メーカーは 1 社で,その下に各担当メーカーが入る方式をとりましたが,予想されるコストが高いことから,はやぶさ2では,JAXA 側が各担当をとりまとめるインテグレーション方式をとっています.担当メーカーは2016年08月から2017年02月にかけて決定され,2018年夏までにクリーンルームおよびクリーンチャンバーを完成させる予定で進められています.図 2 は2018年02月時点でのはやぶさ2試料受入れ設備の状況の写真です.
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図 2. はやぶさ2用新クリーンルームと設置されたクリーンチャンバーの一部.
Image Credit : 遊星人
はやぶさ2の試料受入れ設備やキュレーション作業フローの詳細については,別途機会を設けて述べるとして,今回は,JAXA におけるサンプルリターンミッションからの試料受入れの体制や経緯について紹介したいと思います.
4. はやぶさ以前
はやぶさ以前は,JAXA としては組織だってサンプルリターンミッションの試料受入れを行ってはおらず,研究者が個人レベルでアポロサンプルやスターダストサンプルを借り受け,研究するという方式でした.
はやぶさプロジェクトがスタートした後も,プロジェクト予算は試料受入れ設備の製作に充てるだけで,人材の確保は2006年に開発員 1 名を基盤技術分野で採用できただけで,残りは,太陽系科学研究系(当時は固体惑星科学研究系)の教育職が併任で開発を進める形でした.2010年06月に開始した,はやぶさ帰還試料の受け入れ作業についても,任期付招聘職員 2 名の増員はありましたが,JAXA 内の人員では不足のため,初期分析チームの協力により,JAXA 外から宇宙研に数名が長期滞在する形でキュレーション作業に参加してもらい,その後に続く初期分析への試料分配までが遂行されています.
2013年のはやぶさプロジェクトの終了後も受入れ試料の国際公募研究への配分や将来への保管管理が必要であるため,任期付職員やプロジェクト研究員,派遣職員などの協力でキュレーション活動を維持してきましたが,限られたマンパワーでキュレーション業務を遂行しなければならない状況が続いていたため,はやぶさ帰還試料分析の研究成果創出や成果公表に十分な時間がさけられない状況でした.
5. はやぶさ以降
2011年05月にはやぶさ2プロジェクトが発足し,その後2012年10月にかけてプロジェクトの体制強化が行われているころ,JAXA のキュレーション活動についても新展開がありました.
2011年08月に初期分析の成果が Science 誌に掲載され,12月には NASA への試料提供を,NASA と JAXA の覚書(MOU)の取り決めに従って開始しています.続いて2012年01月に国際公募研究を開始し,2012年02月には最初のサンプルカタログが発行されています.また,JAXA のキュレーション活動は,はやぶさプロジェクトが終了にともない,2013年03月からは JSPEC(月・惑星探査プログラムグループ)から宇宙研の C-SODA(科学衛星運用・データ利用センター,現在は科学衛星運用・データ利用ユニット)管轄下に置かれることになりました.
2013年11月には第 1 回宇宙物質科学シンポジウム(HAYABUSA 2013 シンポジウム)を開催し,2014年02月には初期分析成果の第二弾が MAPS に特集号として掲載されています.
2015年07月にはキュレーション活動を C-SODA から切り離し,地球外物質研究グループという独立した組織として,プログラムディレクタの下に,他のプロジェクトと並列する形で発足することとなりました.はやぶさ2の試料受入れ設備の検討が本格化したのもこの頃です.その後,キュレーション活動はプロジェクトのような時限ではなく,基盤技術的な位置づけで,永続的に進めることができるよう,研究基盤・技術統括の下に再配置されています.2016年03月からグループ体制が整い始め,業務改革と研究成果創出を推進し,現在は,キュレーション分野だけでなく,搭載科学機器開発分野や宇宙物質合成分野の活動も開始して,産官学を巻き込んだ,物質科学研究コミュニティーとの連携を進めています.
6. JAXA キュレーションの特徴
JAXA キュレーション施設で扱っている,サンプルリターンミッションの帰還試料は,現時点でははやぶさのみで,2020年からはやぶさ2の試料を受け入れる予定となっています.
はやぶさ帰還試料については,先に述べたように,現在もその受入れ設備は稼働中で,はやぶさ2についても,新クリーンルームが完成し,今年の夏には試料受入れ用専用クリーンチャンバーが据付完了となる予定です.
はやぶさ,はやぶさ2帰還試料採取機構(サンプラー)の特徴は,それらの試料容器が密封されていることで,帰還カプセルを地上で回収した時点でも雰囲気遮断環境を保持できる設計となっています.JAXA キュレーション設備では,その帰還試料の持つ特徴を損なわないよう,帰還カプセル回収後のキュレーション活動においても,極力雰囲気遮断環境を維持することを原則として作業を行っています.具体的には,試料容器の開封は真空環境で行い,試料の取り出しや観察も高純度な窒素環境下で行っています.試料分配に関しても,専用の窒素封入密閉容器に試料を封入して配分できるようにしています.
また,はやぶさでは,帰還試料サイズが最大でも 100 μm 程度と小さかったため,専用のピックアップツールである静電マニピュレータを開発しています[7].この技術は,宇宙塵の研究などで行われてきた試料ハンドリング方法を,ドライな窒素環境下でも行え,かつ極力試料を汚染しない手法として改良したものです.NASA/JSC からも職員が視察に来るほどで,JAXA 独自の技術ともいえます.
さらに JAXA キュレーションでは,小さな試料を汚染することなく扱えるだけでなく,そのハンドリング装置やツールの洗浄を独自でも行っていること,また試料を取り扱う環境をモニターしていることも特徴のひとつです.
洗浄については,NASA/JSC を初めとして,他分野の研究機関も含めて参考にしながら,独自に開発を進めています[8].
はやぶさ2では有機汚染についても有機物質研究者などから情報収集して,専用のメタルクリーンベンチを導入するなど,施設の整備に注力しています.
7. 将来のサンプルリターンミッションの試料受入れに備えて
サンプルリターンミッションは惑星探査の最終形態であるとともに,今後の惑星探査で主流の形態となりえるものです.実際,はやぶさ2に続いて,米国では OSIRIS-REx という小惑星サンプルリターンミッションが進行中です.また日本でも MMX(火星衛星探査)がフォボスまたはダイモスからのサンプルリターンを目指して進行中です.その他,月からのサンプルリターン,火星からのサンプルリターン,彗星核からのサンプルリターンミッションの具体的な検討が進んでいます.これらいずれにも JAXA キュレーションは関係しており,継続して帰還試料の受入れおよびキュレーション作業が行える態勢を維持しつつ,惑星物質科学コミュニティーの中核となりえるよう,また他分野,他機関,産官学との連携を進めるべく,体制強化,スキルの強化を継続します.
参考文献
[1] 矢田達ほか, 2007, 日本惑星科学会誌 16, 170.
[2] 安部正真, 藤村彰夫, 2011, 日本惑星科学会誌 20, 185.
[3] 矢田達ほか, 2013, 日本惑星科学会誌 22, 68.
[4] https://hayabusaao.isas.jaxa.jp/curation/hayabusa/index.html
[5] Matsumoto, T. et al., 2018, Icarus 303, 22.
[6] Jourdan, F. et al., 2017, Geology 45, 819.
[7] 藤村彰夫, 2011, 静電気学会誌 35, 255.
[8] 唐牛ほか, 2014, 地球化学 48, 211.
Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan