次世代太陽系探査
はやぶさ2からポストはやぶさ2へ : March 10, 2020. Latest
C 型小惑星をもちかえる
原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第22巻(2013)4号 - PDF
C 型小惑星をもちかえる
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 04
橘省吾(北海道大学大学院理学研究院)はやぶさ 2 サンプラーチーム
※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
「はやぶさ 2」計画では,地上での汚染や大気圏突入によるサンプリングバイアスのない C 型小惑星試料を地質情報とともに複数地点から採取し,地球にもちかえることをめざす.リターンサンプル(< 5 mm) の詳細分析と,リモートセンシング機器,小型ランダーで得る天体スケール(km)から表層粒子スケール(cm - mm)での構造・物質・熱といった現在の情報をリンクさせ,対象小惑星(1999 JU3)そのものの形成と現在までの進化を理解するだけでなく,太陽系の誕生から最初期の物質進化,そして,地球の海や生命の材料となる揮発性元素の最終進化の場としての小惑星の役割を明らかにする.
1. 地球外物質をもちかえる
地球の外に飛び出し,地球外物質をもちかえるサンプルリターンミッションはこれまで惑星科学に大きなブレークスルーをもたらしてきた.アポロ計画ではおよそ 400 kg にもなる月岩石試料の回収に成功し(1969 - 1972),マグマオーシャン仮説,クレーター年代学といった太陽系固体天体の形成,進化の理解への重要な概念,ツールを生み出した.スターダスト計画では Wild2 彗星から放出された塵の回収に成功し(2006),彗星塵が小惑星帯からの隕石中の鉱物と同様に,太陽系の平均的同位体組成をもつ粒子であることがわかった.初期太陽系円盤内側領域(数 AU)から彗星形成領域(20 - 30 AU)までの物質移動があったということが示唆されている.ジェネシス計画は太陽風の回収に成功した原子レベルのサンプルリターンである.地球帰還時(2004)に地面に衝突するというアクシデントはあったが,太陽風が地球より軽い酸素(16O)に富み,太陽系最古の物質 CA(I 難揮発性の鉱物からなる隕石構成要素)の酸素同位体に近いことが明らかとなった.「はやぶさ」計画は日本初のサンプルリターンミッションであり,近地球 S 型小惑星イトカワに二度着陸し,当初予定していたサンプリング方法ではなかったが,1500 粒以上の表面岩石粒子の採取に成功した(2010).回収試料の分析は,小惑星イトカワがかつては直径 20 km を越える微惑星であり,破壊・再集積の結果として,現在の姿となり,今なおその表面は太陽風照射や隕石衝突といった地質活動が起きていることを明らかにした.
これらにつづくサンプルリターンミッションが「はやぶさ 2」である [1].
2. 次なるターゲットは C 型小惑星
太陽系小天体の一部は天体規模の融解が起きず,集積したままの未分化な状態を保持し,初期太陽系でつくられた物質や太陽系誕生以前に形成された物質が保存されている.これらの天体の破片として地球に落下してきた隕石(コンドライト)の分析によって,太陽系元素存在度や太陽系誕生年代が明らかとなり,初期太陽系での物質進化の年表がつくられている(例えば[2]).
小天体起源の太陽系始原物質の科学は,(1)太陽系史をそれ以前の母分子雲や銀河での物質進化史につなげ,(2)初期太陽系から惑星誕生までの化学進化を追うことをめざすものである(図 1).初期太陽系は分子雲から恒星・固体惑星までの十数桁の密度上昇を伴う構造変化の場であり,この大きな物理的変化は,温度や圧力変化を生み出し,物質の化学的変化も引き起こす.この大規模変化を起こす初期太陽系を始点とし,(1)は分子雲,銀河という時間をさかのぼる流れであり,(2)は微惑星,原始惑星,惑星という私たちの地球や生命につながる流れである.近年の始原物質研究の進展のひとつは,スターダスト計画での彗星有機物の発見を含めた地球外有機物研究であるが,地球外有機物に地球外水(氷)を含めた C - H - O - N 系物質は(1),(2)両者の研究を推し進める重要な対象であることもわかってきた.
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図 1. 太陽系始源物質に記憶される銀河から地球までの物質進化.
Image : 遊星人
例として,重水素や 15N に濃集した地球外有機物が発見されており,低温の分子雲や初期太陽系円盤外縁部でつくられた有機物ではないかと考えられている.また,Wild2 彗星中有機物は,隕石中有機物に比べ,N / C 比や O / C 比が高く熱変成が進んでおらず,より始源的情報をもった有機物である可能性が示されている(例えば [3, 4]).これらの有機物は(1)の流れで起こる低温の化学反応を追うことが可能な物質である.
微惑星での液体の水が促進した有機物の化学反応の証拠も見つかっている.始原隕石中有機物を加水分解して得られるアミノ酸の L 体過剰が隕石の水質変成の程度と相関している可能性が指摘されている他,粘土鉱物の存在量と L 体過剰との関連も報告されている(例えば [5, 6]).同一隕石において,水質変成が進んだ岩片ほど,低温起源と考えられる同位体過剰をもつ有機物の量が少ないという報告もある.これはひとつの小惑星で水の作用が地域的または時間的に異なった可能性を示唆するものである.小惑星は地球に有機物や揮発性成分をもたらした可能性の高い天体であり,そこで起きる有機物の多様化は,地球に有機物がもたらされる前の最終進化であるということができる.すなわち,小天体での有機物多様化を明らかにすることは,初期太陽系円盤→微惑星→地球という時間の流れのなかで惑星や生命の材料物質がどのような変遷を遂げたかという(2)のサイエンスに対応する.特に有機物の変遷を明らかにすることは地球での生命誕生の初期条件を与えることにもなり,宇宙における生命の普遍性や特殊性を考える際のひとつの出発点であるともいえる.
C - H - O - N 系物質(特に有機物)は低温の分子雲から原始惑星系円盤の高温期,小惑星での熱過程において,相変化することで様々な固体をつくり,分子雲から小惑星までの長期間にわたる広い温度領域のイベントのトレーサーとなる物質ともいえる.しかし,その性質ゆえに長期間のプロセスが混在し,解読を難しくしている.C - H - O - N 系物質からの地球外物質科学をさらに展開していくための努力を世界の研究者はおこなっているが,結晶構造をもち,化学組成がはっきりと決まるため,異なった条件での化学反応の証拠が鉱物種の違いとして残りやすい鉱物とは異なり,有機物は多様な化学組成を持ち,条件の変化が構造,官能基,化学組成,同位体など種々に連続的に変化するため,鉱物学・岩石学の手法の適用が困難という本質的問題もある.C - H - O - N 系物質の多様化に重要な役割を果たす水も液体(や気体)として小惑星内を移動し,鉱物や有機物にその痕跡を残しながら,小惑星から失われていくため,さらに解読を困難にする.
この問題の本質的部分を解決するために重要なのは,プロセスが起きた場の情報を得ることである.地球外物質科学において,試料の地質学的情報が欠落していることは古くからの問題であったが,C - H - O - N 系物質を基軸とした次世代の地球外物質科学にはプロセスが起きた場の情報は特に重要である.それが可能となるのは,サンプルリターン探査のみである.リモートセンシング観測で小天体スケールでの水や有機物の分布をさぐり,その情報に基づき,回収試料の分析データから小惑星プロセスを解読する.分子雲,円盤でのプロセスの場に立ち戻ることはできないが,小惑星プロセスは探査機によるその場観察で天体スケールでのプロセスの規模や前後関係を調べるという地質学的調査が可能である.
サンプルリターンの優位性はそれだけではない.太陽系の始原水や始原有機物の科学をおこなうにあたって,地球上で発見される始原物質試料の場合,地球上での汚染や揮発成分の損失が起こりうる,水や有機物に関して,完全な始原情報を得ることは難しい.また,水や有機物を多く含む始原物質ほど強度が低く,大気圏突入時に燃え尽きるというバイアスがかかっている可能性がある(実際,宇宙塵には超炭素質物質などが発見されているが,隕石としては存在しない).また,地球上で発見される試料の場合,そもそもどのような天体のどの部分から来たものであるのか知ることができないという大きな欠点がある.
初期太陽系を結節点に分子雲,銀河へと時間を遡り,また地球や海,生命と進化を辿るのに最適だと考えられる小惑星は,炭素質コンドライトとの関連が示唆され,地球の揮発性元素の供給源であった可能性もある C 型小惑星である.炭素質コンドライトはイトカワのような S 型小惑星を起源とする普通コンドライトとは異なり,小惑星での大規模な熱変成を受けておらず,小惑星以前の太陽系の歴史がよく保存されている.普通コンドライトの場合,熱変成を受けているものが多く,また熱変成の程度をリモートセンシングで判別することは困難であるため,初期太陽系以前の情報をもつ試料のサンプルリターン計画を立てることは難しい.その点で,C 型小惑星はより始源的物質を回収できる見込みが高い天体である.また,炭素質コンドライトはメインベルト小惑星の大半を占めるC型小惑星起源と考えられているにも関わらず,地上に落下する隕石のなかでも 3 % 程度しか存在せず,稀少な存在である.これは軌道もしくはサンプリングバイアスのためと考えられるが,地上の隕石コレクションの内,初期太陽系の歴史を概観できる試料は実は少ない.宇宙塵には始源的物質がよりよく保存されている場合が多いが(プレソーラー粒子量や有機物量など),その小さなサイズのためにどのような天体でどのようなイベントを経験したのかについて理解するのが困難である.
「はやぶさ 2」計画では,太陽系の誕生・初期進化,地球の海や生命の材料物質の最終進化を記憶していくことが期待される C 型小惑星からの初めてのサンプルリターンをおこなう.リモートセンシング機器,小型ランダーを用いた天体スケール(km)から表層粒子スケール(cm - mm)での構造・物質・熱といった現在の情報に,採取試料(< 5 mm)の詳細分析をリンクさせ,時空間スケールを大きく拡張した情報を得る.地上での汚染や大気圏突入によるサンプリングバイアスのない真の C 型小惑星試料を地質情報とともに採取する初めての機会であり,これまでの隕石分析とは一線を画し,対象小惑星(1999 JU3)そのものの形成と現在までの進化を理解し,初期太陽系で物質がどのように進化し,地球や海,生命の材料となったのかに関する物質科学的制約を与えることをめざす.
3. 「はやぶさ 2」リターンサンプルが語るのは
「はやぶさ 2」計画では,C 型小惑星 1999 JU3 のリモートセンシング観測,表面リターンサンプルの地上分析から,1)微惑星から小惑星に至るまでの熱変成とそれに伴う物質進化の紐解き,2)衝突破壊・合体のプロセスを含めた小天体物理進化の謎解き,3)小惑星での鉱物・水・有機物相互作用による有機物複雑進化過程の探索,4)原始太陽系円盤内での高温物質から揮発性物質までの物質混合・循環の解明 をめざす.リターンサンプル分析では,これらの 4 つの目標の下に,銀河・分子雲,初期太陽系円盤,微惑星,メインベルト小惑星,近地球小惑星といった進化ステージごとの物質進化を追うことを目標とする.銀河物質や初期太陽系円盤物質を保存しつつ,かつ,母天体での変成・変質作用,軌道変化による表面変質などさまざまな物質進化過程を経た物質が混在していることが予想される近地球 C 型小惑星からのリターンサンプルだからこそ,我々に多くの情報を語ってくれるはずである.
リターンサンプルは我々の予想もしないことを語り始めるかもしれない.それはもちろん大歓迎であるが,まずは以下に挙げるような項目について,話をじっくりと聴きたいと考える(表 1).
表 1:「はやぶさ 2」リターンサンプルでめざす科学
※ レイアウトの都合で、画像化しました.
3 - 1. 銀河,分子雲の化学進化 __ 太陽系の化学的初期条件
(1)太陽系始源物質にはプレソーラー粒子とよばれる太陽系形成以前に進化末期の恒星周囲で形成された微粒子が一部含まれる.プレソーラー粒子は,太陽系の平均的同位体組成とは極端に異なる同位体組成をもつことが特徴である.これまでの地球外物質の分析研究により,始原隕石に比べ,宇宙塵により多くのプレソーラー粒子が含まれていることが知られている.強度の小さい炭素質コンドライトは地球落下時の破壊によって,地上での回収にバイアスがある可能性を考えると,1999 JU3 からの回収試料にプレソーラー粒子が宇宙塵レベルの存在度で含まれる可能性はある.この場合,プレソーラー粒子の量や質でこれまでの地球外試料を凌駕する可能性がある.2020年代にはプレソーラー粒子から年代情報を引き出す分析技術が確立されていることも期待されることもあり [7],1999 JU3 回収試料においてもプレソーラー粒子研究を初期分析のターゲットとし,恒星内元素合成,銀河化学進化,星間空間物質進化など,銀河の化学進化ならびに太陽系の化学的初期条件の解明に向けた貢献をめざす.
(2)分子雲や初期太陽系円盤外縁部に起源をもつと考えられる重水素や 15N に富んだ有機物に関しても同様の期待があり,超炭素質宇宙塵同様な有機物に富んだ試料が回収された場合には,低温起源有機物含有量も高い可能性がある.太陽系最初期の低温環境の物理化学条件を解明するための試料が手に入ることが期待される.
3 - 2. 初期太陽系円盤物質進化
(1)始原隕石コンドライトにはバルク化学組成,鉄の酸化還元状態,酸素同位体化学的多様性があり,化学的に分類されている.一部の隕石には化学グループの異なる岩片が入っていることが知られているが,小惑星規模で化学的多様性があるかどうかはわかっていない.複数地点からの回収試料のバルク元素組成,同位体組成を調べることで,小惑星の化学的バリエーションの有無が明らかになる.スターダストサンプルリターン計画で指摘された初期太陽系円盤での物質混合と合わせて,初期太陽系で化学的多様性をもつ惑星材料物質がどのように集積したのかを考える上での重要な知見となる.
(2)始原的コンドライトの特徴的構成物質は,初期太陽系円盤で高温を経験した物質(CAI,コンドリュール)である.回収試料中の高温物質の分析より,それらの形成条件を推定する他,Pb - Pb,Al - Mg などの同位体系を用いた年代測定法によって,年代を決定する.回収試料が熱変成度の低い場合には高温物質に記憶される年代は,母天体形成以前にそれらが形成された年代であるため,1999 JU3 の形成年代の制約となる.
(3)現在までの惑星物質科学では未解明であるが,初期太陽系円盤での有機物進化過程を読み解くことも目標となる.原始惑星系円盤赤外分光観測によって,温度の高い(~ 650 K)C2H2 など有機物の高温分解生成物と考えられる分子が見つかっている.円盤条件での有機物の構造変化,組成変化,同位体変化を読み解き,バルク組成や高温物質とは異なる物理化学条件での円盤進化を明らかにする.
3 - 3. 微惑星での熱変成,水質変成,鉱物.水.有機物相互作用による有機物の多様化
(1)形成直後の微惑星においては,短寿命放射性核種の壊変熱などによって天体の加熱が起こる.温度が上がり(> 800 K 程度),水が抜けてしまう場合,もしくは元々微惑星に水がほとんど存在しない場合には,熱の影響が鉱物組成や種の変化(熱変成)として記憶され,温度が上がらず(< 500 K 程度),水が系に存在する場合には,水が促進する化学反応が起こり,水の痕跡が含水鉱物として残る(水質変成).回収試料の岩石学的,鉱物学的観察により,熱変成,水質変成の程度を調べる.Pb - Pb, Al - Mg, Mn - Cr 年代測定によって,変成プロセスが起きた年代も明らかにする.
(2)これまでに知られている炭素質コンドライトの水質変成年代は CAI 形成から 400 万年程度である [8].1999 JU3 からの回収試料にも水質変成の証拠があり,CAI 形成から 100 万年以上後の年代が出た場合,1999 JU3 にはイトカワ同様により大きな母小惑星が存在し,内部で水質変成を受けた後に破壊,再集積を経験したということが示唆される.水質変成を受けた CM コンドライトには角礫岩化したものが多いこともこのシナリオと調和的である.母小惑星が存在した場合には,表面複数地点のサンプリングによって,母小惑星の異なる深さでの水質変成を受けた試料の回収が期待でき,母小惑星の構造・熱史の復元も可能になる.このような復元は隕石試料の分析からは不可能である.
(3)有機物が見つかった場合には,バルク組成や官能基の存在度と水質変成や熱変成の程度との相関を調べる.生命材料進化の最終進化の場として注目する分析対象のひとつは,不溶性有機物(隕石中有機物の 70 % 以上を占める)を加水分解して得られるアミノ酸の左手過剰の程度および含水鉱物存在度・水質変成程度との相関である.
(4)プレソーラー粒子,低温起源有機物は初期太陽系最初期高温イベントや母天体熱変成プロセス,水質変成を生き残った物質であるため,それらの残存率はリモートセンシングデータや回収試料の分析結果とあわせることで,初期太陽系,微惑星で起きた熱や水が関わるイベントの程度を測る指標となる.
3 - 4. メインベルト小惑星としての歴史
(1)微惑星形成後,数千万年の後には熱源もなくなり,微惑星はその後,45 億年あまり メインベルト小惑星として過ごし,この間に起こる主たる地質学プロセスは衝突である [9].衝突による衝撃変成は結晶構造のひずみや溶融脈や高圧鉱物の存在として確認されるため,岩石学的,鉱物学的観察で判断可能である.溶融脈がある場合には,脈の K - Ar 年代測定などで衝突年代の決定もおこなう. また, 不溶性有機物の CXANES(エックス線吸収端近傍構造)スペクトルから有機物中の結合情報が得られるが,衝撃変成でスペクトルが変化する可能性も指摘されており,有機物からも衝突に関する情報を抽出する.これらの情報は探査機によるクレーター解析などと統合され,メインベルト小惑星としての衝突史を明らかにする.
(2)回収試料が巨大岩盤起源である場合,表面滞在期間が充分に長いことが予想され,ラブルパイル天体形成以降,銀河宇宙線が継続して照射されている可能性が高い.試料中の銀河宇宙線生成核種(3He, 21Ne など)量から銀河宇宙線照射年代を求めることで,ラブルパイル形成年代への制約(下限値)を与えることができる.
(3)ラブルパイル天体であるかどうかの判定には小惑星内部の空隙率も判断基準となる.天体質量および体積から空隙率を求めるために回収試料のバルク密度を求める.
3 - 5. 近地球小惑星表面での物質進化 - 小惑星地質学・太陽系天体力学
(1)イトカワサンプルの分析で,小惑星は現在においても表面は地質活動が続いていることが新たに発見された [10, 11].1999 JU3 回収試料に対しても,宇宙風化プロセス(鉱物表面風化層)や宇宙風化年代(太陽風希ガス)を決定し,また,岩盤以外の地点からの採取試料中の銀河宇宙線生成核種量からも粒子の表面滞在期間を求め,C 型小惑星での宇宙風化プロセスを初めて明らかにする. 粒子表面構造や粒子形状を含め,宇宙環境と小惑星表面との相互作用を明らかにする.
(2)1999 JU3 表面から数 cm 深さまでの試料は(表面滞在時間にもよるが)太陽光照射による熱変成を被っている可能性がある.回収試料の熱変成度(含水鉱物の真空中加熱による脱水など),宇宙風化度,太陽風・銀河宇宙線照射年代,試料回収地点(赤道/極(自転軸との関係),レゴリス/岩盤)などから近地球小惑星としての熱変成を総合的に評価する.
(3)近地球小惑星は力学的には 1000 万年程度の寿命と考えられている.回収試料から近地球小惑星への軌道進化がいつ起こったかについての制約を試みる.太陽宇宙線(Solar Cosmic Ray: SCR)フラックスはメインベルトと地球近傍軌道では異なる.SCR 生成短寿命核種はその寿命と生成率とのバランスで定常状態に達するが,SCR フラックスが変化した際に定常状態まで到達する時間は核種ごとに異なる.SCR 生成短寿命核種(10Be, 26Al, 36Cl, 41Ca, 53Mn, 81Kr など)の相対存在度を求め,定常状態への移行状態を調べ,軌道進化が起きた時期を推定する(ただし,試料深さなどの仮定も必要となるため,厳密に求めることは難しい).
4. 天体表面複数地点から試料をもちかえる「はやぶさ 2 」
「はやぶさ2」ではターゲット小惑星 1999 JU3 の表面複数地点から,異なる環境で進化した(元天体の異なる深さで進化した可能性)試料の採取をおこなう.前節に述べた銀河・分子雲,円盤,微惑星,メインベルト小惑星,近地球小惑星の各段階を記憶する試料という観点からは,
A)銀河・分子雲,円盤:熱変成・水質変成を受けていないサンプル
B)微惑星:熱変成・水質変成の進んだサンプル
C)小惑星,近地球小惑星:天体表層サンプル
が,おおまかには望ましい.それぞれをサンプリングできるのが理想である.熱変成を受けていないかどうかの判断は容易ではないが(鉱物組成の非平衡性を調べる必要あり),水質変成の証拠は分光で判断可能.水質変成は低温で起こるため,熱変成による高温を経験していないという点で,含水鉱物存在地点から A),B)を記憶する試料が採取される可能性が高い.また,表層サンプリングをおこなうことにより,C)の記録(特に近地球小惑星表面での宇宙風化)は残されている.したがって, 含水鉱物の特徴(0.7 μm,3 μm 吸収[12])が確認できるレゴリス状表面が採取地点のひとつの候補である.他の候補としては,水質変成の証拠がみえないか弱い地点である.これらの領域は熱変成を受けている可能性があるが,不溶性有機物含有量(IOM)が多い(0.55 μm 吸収)地点などからは CR コンドライト的試料が得られる可能性もある.表面に物質の多様性が認められない場合,岩盤からのサンプリングが候補となる.この場合,小惑星表面の宇宙線照射年代からラブルパイル形成年代の制約が可能となる.また,三回を予定する試料採取の三回目の候補は,衝突装置(SCI)[13] で掘削する地下試料であり,表面プロセスの影響が最小限の試料が得られることが期待される.
回収試料の最低必要量は,局所分析技術や微小量試料分析技術の進展により(2020年までにはさらなる進展も望める上に,それを見越した技術開発も分析研究者はおこなっている(例えば [7, 11, 14, 15])),微小試料からでも情報を引き出すことは可能になっているが,天体の典型的特徴・平均的特徴が含まれるために,重量として 100 mg 程度の試料をすることが望まれる(サイズは数 mm 程度の試料まで得られることが望ましい).複数地点で,これだけの量のサンプル採取を実現するために,「はやぶさ 2」サンプラーでは弾丸発射型の「はやぶさ」サンプラーを踏襲しつつ,いくつかの改良を加える(図 2).
(1)天体表面 3 箇所でのサンプル採取をおこない(最大約 5 mm),それらを個別に格納する,
(2)バックアップ手段として,サンプラーホーン先端部に爪を付け,表面粒子を持ち上げ,サンプリングする,
(3)サンプルコンテナを密封する(地球大気下,一週間で 1 Pa 以下の大気混入),
(4)サンプルコンテナ開封前に揮発性成分を回収する,
(5)サンプルを格納したサンプルキャッチャの開封時の作業性を高める,
(6)地上物質の汚染を最小限化するための事前洗浄とともに汚染可能性のある物質を事前にモニターする
ことを実現する.なお,回収試料の分析のための最低必要量は 0.1 g であるが,サンプルキャッチャには 10 g 以上の試料を格納することは可能であり,また,地上試験などで一回の着陸ごとに g オーダーでの回収を可能とする条件の探索もおこなっており,より多量の試料回収もめざす.
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図 2. 「はやぶさ2」サンプルコンテナ(左),サンプルキャッチャ(右)の模式図.
Image : 遊星人
このようなサンプラーの特性に応じ,また試料ハンドリングに必要な技術,分析手法を考慮し,キュレーション,初期分析で取り扱う試料は,採取地点ごとの特徴を残す粗粒粒子(0.1 mm 以上),コンテナ内の試料格納室間で混合の可能性のある細粒粒子(0.1 mm 以下),揮発性物質 の 3 つに区分するのが望ましいと考える.細粒粒子は試料格納室間の隙間などから混合の可能性があるが,天体表層の平均的情報を得,また宇宙風化の記憶を残す試料として重要な意味をもつ.
キュレーション活動においては,細粒粒子については,「はやぶさ」回収試料のキュレーションで得た知見 [16] がおおいに役立つことになるが,「はやぶさ 2」で回収が期待される g オーダーの試料の重量の大半は mm サイズの有機物を含む可能性のある岩石試料であるため,それらのカタログ化のための作業項目や汚染管理,将来に向けての保管などについて,入念な準備が必要となる.
また,リターンサンプルの一部について,一定期間,元素・同位体分析(非破壊分析を含む),鉱物・組織観察(非破壊分析を含む),ガス分析,有機物分析などを実施し,ミッションの科学目標の達成をめざす.その際,小惑星のリモートセンシングから得られる天体全体および試料回収地域の地質情報と比較・検討し,天体の歴史を紐解き,初期太陽系の物質進化を描く視点が重要となると考えている.
5. 太陽系大航海時代の船「はやぶさ 2」
21 世紀に入り,スターダスト,ジェネシス,はやぶさと相次いだサンプルリターン.2020年代は太陽系大航海時代がさらに本格化することが期待される.「はやぶさ 2」に続き,2010年代半ばに打ち上げ,近地球 B 型小惑星 Bennu からの試料回収をめざすのが NASA の OSIRIS-REx 計画である [17].また,近地球 C 型小惑星 2008 EV5 からのサンプルリターンをめざす MarcoPolo - R が ESA Cosmic Vision 2015 - 2025 の中型ミッションの最終候補となっている [18].いずれのミッションも C 型もしくはそれに類似した小惑星からのサンプルリターンをめざし,その根底となるサイエンスは「はやぶさ 2」との共通点が多いが,OSIRISREx,MarcoPolo - R ともに「はやぶさ 2」とは異なるサンプリング戦略を採択し,天体表面の一箇所から「はやぶさ 2」より多量のサンプルを持ち帰る計画である.「はやぶさ 2」は試料量ではそれらのミッションに敵わないが,「はやぶさ」のサンプリング技術を確実なものとし,かつ「はやぶさ」の実績を踏襲し,天体表層の複数地点でのサンプリングをおこない,新たな工夫を用いて,揮発性物質の損失や汚染のないよう密封し,サンプルリターンを持ち帰る.複数地点での試料回収,コンテナの密封という点は独自のもので,他のミッションと相補的である.それぞれのリターンサンプルのもつ意味をはっきりと位置づけ,国際協力体制をつくり,試料分析をおこなうことで,C 型小惑星の多様性,普遍性を明らかにしていく.
本格化する太陽系大航海時代の幕開けを担う船「はやぶさ 2」[19] がもちかえる C 型小惑星を楽しみにしておいていただきたい.
謝辞
渡邊誠一郎プロジェクトサイエンティストには原稿を確認いただき,有意義なコメントをいただきました.本稿はサンプラー理学 PI,初期分析 PI としての立場だけでなく,太陽系の進化に興味をもつ惑星物質研究者としての私見も加えて書かせていただきましたが,「はやぶさ2」サンプラーの開発や分析項目の何年にも渡る検討のなかで,チームのメンバーはもちろんのこと,実に多くの方々の協力や激励をいただいています.ありがとうございます.
参考文献
[1] 渡邊誠一郎,はやぶさ2プロジェクトチーム,2013,遊・星・人 22(1),23.
[2] 松田准一,圦本尚義編,2008,宇宙・惑星化学(地球化学講座 2) (培風館).
[3] 藪田ひかる,スターダスト1次分析有機物チーム,2007,遊・星・人 16(4),299.
[4] 癸生川陽子,2013,遊・星・人 22(1),14.
[5] 高野淑識,大河内直彦,2010,遊・星・人 19(4),254.
[6] 藪田ひかる,2010,遊・星・人 19(1),28.
[7] 江端新吾,2010,遊・星・人 19(4),295.
[8] 藤谷渉ほか,2012,遊・星・人 21(4),350.
[9] 木村眞,2011,遊・星・人 20(2),132.
[10] 野口高明ほか,2013,遊・星・人 22(2),78.
[11] 馬上謙一ほか,2013,遊・星・人 22(2),86.
[12] 廣井孝弘,杉田精司,2010,遊・星・人 19(1),36.
[13] 荒川政彦ほか,2013,遊・星・人 22(3),152.
[14] 牛久保孝行,2010,遊・星・人 19(4),287.
[15] 奈良岡浩,2013,遊・星・人 22(2),94.
[16] 矢田達ほか,2013,遊・星・人 22(2),68.
[17] http://osiris-rex.lpl.arizona.edu/
[18] https://www.oca.eu/MarcoPolo-R/
[19] 國中均,2013,遊・星・人 22(2),109.
Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan