次世代太陽系探査
はやぶさ2からポストはやぶさ2へ : January 29, 2020. Latest
小惑星探査からの惑星科学
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 1
渡邊誠一郎(名古屋大学大学院環境学研究科、宇宙航空研究開発機構はやぶさ2プロジェクト)はやぶさ2プロジェクトチーム
※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
「はやぶさ」後継機として C 型小惑星をめざす「はやぶさ2」は開発の山場を迎えている.初期太陽系の記憶を留め,物質混合の指標に富む始原天体の試料を持ち帰り,鉱物 - 水 - 有機物相互作用による物質進化の多様性を実証し,地球への物質供給の様態を解明する.さらに宇宙衝突実験を行って微小重力瓦礫天体(微惑星アナログ)の物理特性を調べ,地下の物質を回収をも試みる.地上観測ではスペクトルも自転軸の向きも不確定な天体である.その天体の素顔をさまざまな装置で観測しつつ、そのデータからリアルタイムで運用オプションを選択し,着地と試料回収を試みる.洗練された技術による自在な運用が,科学成果を最大にする理工一体の探査の姿を連載していく.
今回から始まる小惑星探査機「はやぶさ2」の連載では,日本惑星科学会の皆さんにミッションのイメージを共有してもらうことを目的にしたい.私の「はやぶさ」のイメージは夜空を切り裂く火焔の長い尾, まさに火の鳥である.皆さんはどうだろうか.
手塚治虫の『火の鳥』. その「②未来編」で語られる人類の滅亡.ただi人残った山之辺マサトは火の鳥から宇宙生命(コスモゾーン)の神秘を明かされ,永遠の生命を与えられる,地球の復活を見守るために.
1. うなぎとはやぶさ
名古屋と言えば「ひつまぶし」,稚魚の不漁で昨夏は蒲焼きの高騰が話題となった.ウナギは孵化するとレプトケファルスと呼ばれる幼生を経てしらすうなぎ(グラスイール)となって日本沿岸に現れ川を遡る.ニホンウナギ(Anguilla jaPonica)の故郷は長い間謎だった.東京大学大気海洋研究所(2010年までは海洋研究所)の塚本勝巳のグループが 40 年にわたってその謎を追い続け,2005年06月には生後 2 日(ウナギは生まれつき耳石を持ち日輪が形成される)の幼生をグァム西方の海底山脈(西マリアナ海嶺南部)[1]で,2009年05月には卵をそのすぐ南の海域[ 2]で,それぞれ採取することに成功した.近くでは産卵期の親ウナギも捕獲され,ニホンウナギの故郷は解明された(読み物としては,例えば[3]),
著者(渡邊)は以前,フィリピン海プレートの拡大がニホンウナギの大回遊の起源ではないかという与太話を語ったことがあった[ 4].少なくとも,ウナギ属の種分化や幼生を海流に乗せて大量にばらまく拡散戦略の成功は,プレートテクトニクスによる大陸や地峡,海嶺,多島海などの配置変化と密接に結びついていたはずである.地球科学と遺伝子解析からうなぎの年代記が書かれていくことを大いに期待したい,
でも,何でうなぎなのか,はやぶさの話ではないのか.実は両者は私の中では妙に呼応する.地球に接近する多数の小惑星・隕石の楕円軌道と日本に襲来する多数のニホンウナギの回遊環路.小惑星に行ってサンプラで砂粒や塵を採取するサンプルリターンとグァム沖に出かけネットで仔魚や卵を採取するリサーチフィッシング.太陽系環境と放射年代を刻んだ小惑星の粒子と海洋環境を日輪に刻んだウナギの耳石、地球史に影響を与えた隕石の母天体を探る小惑星探査機のフライトと日本文化の一翼を担う食材の誕生地を探る海洋調査船のクルーズ、そして惑星科学と放射年代学から辿る海と生命の歴史と地球科学と分子系統学から遡る海と魚類の進化...
太陽系を回遊する小惑星の群れに切り裂くように飛び込み獲物を捕らえるはやぶさの一撃、イメージは共有してもらえただろうか.え、無理.そういう方は「うなぎ、はやぶさ」でググって欲しい.蒲焼が太陽電池パネルって…相模原と言えば「はやぶさ重」になるか、閑話休題.
2. はやぶさ2プロジェクトの経緯
小惑星探査機「はやぶさ2」は、「はやぶさ」の後継機として、地球接近小惑星(Near Earth Asteroids:NEA)の一つを訪れて、表面物質の地球への持ち帰り(サンプルリターン)を目指している(図 1).現在のところ、C 型小惑星 162173 1999 JU3 を探査対象天体として、2014年後半の打ち上げを目標にタイトなスケジュールで開発が進められている.NEA というのは、地球軌道に接近する小惑星で、もともと小惑星の故郷であるメインベルト(軌道長半径が 2.15 - 3.25 AU)にあったものが木星など他の惑星重力摂動によって運ばれたもので、数百万年から数千万年で太陽に飛び込むか、地球などの惑星に衝突するか、あるいは木星軌道以遠に放出されるかの運命にある過渡的な天体である.
はやぶさ2計画は2007年06月にプロジェクト準備審査を経てプリプロジェクトとなっていたものの、本格的な起動は2010年06月のはやぶさ帰還後であった.小惑星サンプルリターン技術実験を行う工学実証ミッションであったはやぶさに対し、はやぶさ2はその技術を使って始原天体からの試料採取を目指すという理学ミッションを持った探査機である.ただし、はやぶさは数々のトラブルに見舞われており、トータルな意味でのサンプルリターン技術が確立できたとは言い難かった.そのため、その技術をより確実なものにし、それを駆使して科学成果を最大限にするような運用を行うことがミッション成功の鍵となる.その意味でまさに工学と理学が一体となってすすめるべき探査であることがはやぶさ2ミッションの大きな特徴である.
はやぶさ2プロジェクトにはいくつかの課題があった.まずは非常にタイトな開発スケジュールのもと、基本設計は初号機を踏襲したものとなり,搭載機器についても初号機から踏襲するものは開発評価モデル(EM)や試作モデル(PM)を制作せずにいきなりフライトモデル(FM)を制作する方式が採られた.初号機制作から 10 年が経過し,調達/性能の観点から部品等を変更せざるを得ない中で,この方式での開発はリスクを抱えることを意味する.また,宇宙航空研究開発機構(JAXA)の中で,月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)が担当するミッションであるという形式的な理由から,宇宙科学研究所(ISAS)の宇宙理学委員会において科学的意義などの議論が行われて来なかった.そのため,正統性に疑念が持たれることとなった.さらに,はやぶさ2のサイエンスチームがはやぶさ初号機のグループから惑星科学コミュニティ全体へとなかなか広がらなかった.これはタイトなスケジュールと準同型機ということで理学的観点から搭載機器の工夫ができる自由度が少ないこともあったが,プロジェクト内外での コミュニケーションの少ないことが主要な原因であった.
こうした状況の下で,2010年9月には惑星科学研究センター(CPS)が主催した月惑星探査緊急討論会や,2010年日本惑星科学会秋季講演会での議論を踏まえ,2010年11月にはプロジェクトとコミュニティをつなぐ「はやぶさ2から考えるサイエンス研究会」が発足した.そ して同研究会の継続的な議論を通じて,2011年末までに搭載機器のサイエンス PI の交替を含む新メンバーのプロジェクト参加によるチーム強化が図られた,
また,2011年10月の ISAS 宇宙理学委員会ではやぶさ2の集中審議が行われ,同委員会の下にはやぶさ2タスクフォース(TF)[座長;渡部潤一(国立天文台三鷹 )]が設置された.プロジェクト外の小惑星や惑星物質,惑星形成論の専門家とプロジェクトのサイエンスを中心とするメンバーが参加して,2012年09月までに 14 回の会合を重ねた.2012年12月の ISAS 宇宙理学委員会に TF 活動総括が報告されたが,そこでは「C 型小惑星である 1999JU3 をターゲットとするはやぶさ2の科学の意義は高いものである.それを核にした,様々な宇宙科学分野を巻き込んだ分野横断的な議論の場を作り出していくことは可能であり,そして,そのことが日本において惑星科学だけでなく宇宙科学全体を盛り上げることにつながると強く確信する.そのために,宇宙理学委員会は,はやぶさ2への積極的関与を今後も続けるべきである,」と述べられている2,
TF の活動と軌を一にして全 JAXA でのプロジェクト推進体制の構築が進められ,2012年09月から10月にかけてプロジェクトマネージャとして國中均,サブマネージャとして稲場典康,プロジェクトサイエンティスト(PS)として渡邊誠一郎が就任し,吉川真はミッシaンマネージャとなるなど,プロジェクトの中核の体制強化が図られた.PS の渡邊は TF の流れを汲んでプロジェクトとコミュニティをつなぐ役割が期待されているが,ミッション経験が無いため,吉川真をはじめ安部正真・田中智・藤本正樹・小林直樹の ISAS の探査経験者と石黒正晃(ソウル大学)からなる PS チームを中核として,さらに観測機器チームや地上観測チームからのメンバーを加えた統合サイエンスチームを新設して,サイエンスをより強力に推進する体制が2012年のうちに構築された.
3. 小惑星探査の意義
小惑星探査はマイナーな天体を訪れる“おたく”的なミッションであるとの誤解が,主に惑星科学から遠い分野の研究者にあると言う.そもそも一天体だけを訪れる惑星探査は.全天の多くの天体に望遠鏡が向けられる天文観測衛星からすると普遍性に関する疑義がつきまとうらしい.『遊・星・人』の読者のほとんどには釈迦に説法であろうが,小惑星探査の意義について確認しておきたい.一言で言えば「小惑星の科学」ではなく,「小惑星からの惑星科学」を展開することに意義がある.
小惑星探査の第一の意義は小惑星が太陽系最初期の(場合によっては太陽系形成前にも遡る)記憶を留めている可能性があるという点にある.天体表面の単位質量の重力エネルギーは GM/R ≈ GρD2(ここで,G は万有引力定数 M,R,D,ρ はそれぞれ天体の質量と半径,直径,平均密度)であり,直径 1000 km の天体では,内部エネルギーに換算して 200 K 程度の温度に,運動エネルギーに換算すると,0.6 km/s 程度の速度に相当する.最大の小惑星ケレス[(1)Ceres] の直径 が 950 km であるから,かつてより大きな母天体を構成していなかったとすれば,集積によって融解や強い熱変成を受けた可能性は低いと考えられる(ただし,軌道離心率は大きいため,数 km/s 程度の衝突を経験し,局所的な熱変成を受けた可能性は残る).一方でベス タ [(4)Vesta] のように平均直径が 525 km しかなくても融解を経験したと考えられる天体があり,26Al のような短寿命核種が熱源と推定されている.しかし,26Al が熱源として有効なのは太陽系最初期の物質である Ca や Al に富む難揮発性包有物(CAI)の形成後数百万年以内であり,太陽系の最初期の分化過程と考えられる.つまり,小惑星は分化しているにせよしていないにせよ,太陽系形成直後の重要な情報を保持している可能性が高い.
特に天体形成後に組織が大きく変質するような高温を経験していない始原天体では,太陽系形成前後の記憶がプレソーラー粒子,CAI,コンドリュールなどの構成粒子毎に刻 まれている可能性がある.あるいはガスとの反応や母天体上での熱水が関与した鉱物反応(水質変成)を記録している可能性がある.特に含水鉱物や有機物などの低温物質が壊されずに残っていれば,こうした記憶が保持されている可能性は高い,これは,地球や月のように集積による高温を経験した大きな分化天体からは決して得られない情報である.
小惑星探査の第二の意義は,小惑星メインベルトにちょうど原始太陽系円盤(以下,円盤という)の雪線(snowline)が位置していたため,強い動径方向の組成勾配が期待され,円盤での固体物質の混合過程が記録され得ることである.雪線とは H20 がそれより内側では昇華し,外側では凝縮するような太陽を囲む境界線である.円盤中にダストが浮遊している間は雪線が地球軌道より内側まで入っていた可能性が指摘されているが.太陽放射が直接円盤中央面にも届くようになると小惑星メインベルト中に位置するようになる,
雪線より内側で は固体物質は岩石が主体となるが,外側では氷が主体となり,組成は大きく変化する.さらに有機物の昇華温度や分解温度なども雪線前後に分布するため,有機物組成も大きく変化する,小惑星の表面スペクトルがおおまかには、火星軌道のすぐ外側で高軌道傾斜角のハンガリア族が E 型,メインベルトの内側領域で S 型,中央で C 型,外側領域や木星軌道にあるトロヤ群で D 型と分布しているのは(図 2 参照),組成がそれぞれ,還元的で金属に富むエンスタタイトコ ンドライトタイプ,岩石主体で有機物に乏しい普通コンドライトタイプ,酸化的で有機物に富む炭素質コンドライトタイプ,低温有機物や氷を含むより低温物質(20QO年にカナダに落下した TagishLake 隕石などに相当するとの見解もあるが不確定)に対応していると考えられている(例えば,[5]).しかし,個々の天体の中でどの程度組成の不均一があるかは分かっておらず,探査によって,雪線付近での物質混合の程度が解読できると期待される.
小惑星探査の第三の意義は,地球への物質供給,とりわ け水や有 機 物の供 給につ いて の知 見 を得ることができることにある.地球は水の惑星と言われ るが。海洋の地球全体の質量に占め る割合 s は,
に過ぎない.ここで,R と ρ は地球の半径(6.4xlO3 km)と平均密度(5.5x103 kg/m3),as.ds,ρs は.それぞれ海洋の地表に占める面積比(O.71),海洋平均深度(3.7km),および海水の密度(1.0×IO3 kg/m3)である.地球全体に占 め る水の割合 と な る と,地表の水の97,5% は海洋にある が,マントル中に は海 洋の5?10倍程度の水が蓄えら れうる(例えば,[6]).しかし,これ を 考 慮 しても地球の水の質 量 比 は0ユ% 程 度に過 ぎず 非 常に小さい.地球のマントル中に は強 親 鉄元素 (白金族元素な ど鉄 と親和性が強 くコア形 成によってマントルか ら取 り除 か れ る元素)が 過剰に存在していて,地 球 集積の最 終ステージで付 け加 え られ た とす るレイトベニア(lateveneer)仮説が提 唱されている(例 えば,[7P,これ に従 えば,例 え,主 要 な集積 時の材 料 物質に水 が まった く入っていな くても,数 %の炭 素質コンドライ ト物 質 (含水量:1?10%)の レイ トベニアが付け加えら れ れ ば,地球の水の量は説明できる.
三年半の往路の,ようやく到着四ヶ月前の2018年02月26日になって,はやぶさ2の目(ONC-T)が初めて捉えた時も,リュウグウは,まだ,淡い 9 等星の光点に過ぎなかった.その後は,はやぶさ2は目的地を観ることもできず,06月03日までイオンエンジンの総力運転.
その運転終了後,プロジェクトのホームページを,メンバーとプロのクリエーターが想像したリュウグウの姿が飾った06月05日に,再びその本物の姿を ONC-T が捉えた.リュウグウは地球から見た最大光度の金星を超す明るさに輝いてそこにあった.距離は 3000 km を切り,目前にあるのに,この時になっても,まだ画素 3 ピクセル程の大きさで,形もわからない.ここからは,光学電波複合航法で,しっかりと相手を見つめながら近づいていく.毎日,少しずつ着実に大きくなっていくリュウグウ.モザイクの上にその形がおぼろげに浮き上がる.球じゃない?菱形かな! UFO 型?自転軸はどっち向き?直立では?これクレーターじゃない?まさにデススターだ!大岩は亀かね!赤道リッジに下りられるの?ボルダー多すぎだよ!白ごまがあるぞ!南北半球で温度が違うみたい!? LIDAR が測れた!ディスプレイの前で議論は尽きない.
図 1 は到着直前,わくわく感と不安感が交錯した三週間がクライマックスに達した時に撮影されたリュウグウ.画像の上は黄道面の北側.でも小惑星では右回り自転をする軸の向きを北極(正極)と定義するので,こちらは南極(負極).そこに鎮座する白い亀岩は,この自転位相では反対側にあって,やや見にくい.赤道の白く細い帯上にデススターのクレーターが黒い口を開ける.その右には三つ子のクレーター.そしてボルダーまたボルダー,10 m を超える岩塊があたりに散らばる.
06月27日午前09時35分(日本時間),最後の Tra-jectory Correction Maneuver(TCM)で化学推進スラスタを吹くと,はやぶさ2はリュウグウの玄関にぴたりと止まった.到着した玄関こそ Home Position,リュウグウ上空 20 km.太陽電池パドルも,ハイゲインアンテナも,カメラすら動かせない体が硬いはやぶさ2は,地球と小惑星重心を結ぶ線上にある,この玄関先を浮遊しながら,リュウグウの観測を続ける.何回か降下観測も交えながら,サンプル採取のためのタッチダウン候補地点探しをしていく.この記事を皆さんが読んでいる頃には,候補点が決まって,その運用準備に忙しいことだろう.そしてはやぶさ2を創り,この素晴らしい未知への世界にわれわれを運んでくれ,困難な近傍ミッションを支えてくれるプロジェクトの工学メンバーに深く感謝しつつ,竜宮城でのサイエンスの饗宴を今しばらく楽しみたい.
Image Caption :
図 1. ONC-T によって撮影されたリュウグウ .2018年6月26日 12:50(日本時間)頃の撮影.画像クレジット:JAXA,東京大,高知大,立教大,名古屋大,千葉工大,明治大,会津大,産総研.