107P/Wilson - Harrington サンプルリターン計画
特集「月惑星探査の来たる10年:第二段階のまとめ:その 02」

橘省吾1,浦川聖太郞2,吉川真3,中村良介4,石黒正晃5
1.北海道大学 2.日本スペースガード協会 3.宇宙航空研究開発機構 4.産業技術総合研究所 5.ソウル大学

※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 


要旨

地球外始原物質(より古い情報を記憶する物質)の科学は私たちの太陽系の歴史を銀河の歴史と実証的につなげる唯一の手段である.「はやぶさ」「はやぶさ2」の探査天体よりさらに始原的な情報が残されている可能性が高く,また来る10年に往復探査が可能な天体である107P/Wilson-Harrington(彗星/小惑星遷移天体)へのサンプルリターン探査を提案する.本探査計画は惑星物質科学の進展のみならず,太陽系初期につくられる揮発性物質を多く含む小天体の物理的特性を明らかにできる探査であり,惑星形成論においても大きな貢献をなすものである.
 

1. 始原物質を科学すること

太陽系内の多様な惑星や準惑星,衛星を生み出した材料といえるのが,小惑星や彗星といった現在も太陽系に数多に存在する小天体である.一部の小天体では天体規模の融解も起きず,集積したままの未分化な状態を保持し,初期太陽系でつくられた物質が保存されている(太陽系誕生以前の物質も一部保存されている).それゆえに,未分化な太陽系小天体は古い時代の情報を保存した「始原天体」とよぶことができる.

宇宙科学の究極の目標は,ビッグバン以降に冷却される宇宙のなかでどのようにさまざまな階層構造がつくられ,そのなかでいかにして地球に生命が誕生したかを明らかにすることといえる.過去の宇宙やさまざまな進化段階の天体,他の惑星系の観測的研究は,太陽系,地球,地球生命の普遍性や特殊性をさぐることにつながる.太陽系惑星探査は,太陽系における地球や生命の普遍性,特殊性の理解に迫る.また,地球や地球生命の理解は,地球科学分野の最大目標のひとつであり,マントル物質や太古代岩石の分析などから,多数のアプローチがなされている.始原天体起源物質の分析は,宇宙科学の範疇に含まれるが,アプローチとしては地球科学に近く,太陽系の歴史そのものを地球外物質から実証的に読み解くということになる.

人類はこれまでに始原天体由来と思われる物質を隕石や宇宙塵としてすでに手にしており,始原天体起源物質の分析研究は,宇宙科学・惑星科学の発展に大きく寄与してきた.例を挙げれば,太陽系元素存在度の決定[e.g., 1],太陽系誕生年代(CAI 形成年代)の決定[e.g., 2, 3],初期太陽系進化の時間スケール制約[e.g., 4,5],初期太陽系における高温過程(CAI,コンドリュール)の解明[e.g., 6],酸素同位体不均一と太陽系進化の関連の理解[e.g., 7],恒星内元素合成への制約(プレソーラー粒子)[e.g., 8],地球外有機物の発見[e.g., 9] などがそれにあたる(初学者向け教科書として,[10]なども参考にされたい).

電磁波を使っておこなわれる天文観測や探査機によるリモートセンシング観測では,情報が縮退してしまうことは否めない.しかし,地上での物質の詳細分析は,組織,構造,元素,同位体など多角的な情報を,より詳細に得ることができるという強みを活かし,上記のような進展を宇宙科学にもたらしてきた.
 

2. サンプルリターンがもたらしたエポックメーキングな発見

サンプルリターン探査で回収された物質の分析によって,太陽系科学を大きく進展させる発見がなされてきた.これまで人類が能動的に地球外から持ち帰った物質は,米国アポロ計画で採取された月岩石,旧ソ連ルナ計画で採取された月土壌,米国スターダスト探査機が採取した Wild2 彗星塵,そして日本の「はやぶさ」探査機が採取した小惑星イトカワ表面の塵である.原子レベルでは,ジェネシス探査機によって採取された太陽風粒子もある.

月土壌サンプル中の斜長石の発見から誕生したマグマオーシャン仮説[11]は,月に限らず,分化天体の初期進化に対する重要な制約となっている他,月の起源,内部構造およびその不均質に関する重要な情報が得られた.また,月試料の年代測定に基づくクレーター年代学は他の天体にも応用され,惑星地質学において重要なツールとなっている.

スターダスト探査機が Wild2 彗星から採取した彗星塵子[12]の大半は,小惑星帯からの隕石中の鉱物と同様に,太陽系平均的同位体組成をもつ粒子であった.また,試料中に,難揮発性包有物 CAI やコンドリュールといった始原隕石コンドライトに含まれる高温を経験した物質が含まれていることも明らかとなった.これらの事実は,初期太陽系において,内側領域(数 AU)から外側(彗星形成)領域(20 - 30 AU)への物質移動があったということを示唆する.

「はやぶさ」探査機の回収コンテナからは小惑星表面への二度のタッチダウン時に捕集したと思われる 1500 粒以上の微粒子が発見された.回収試料の初期分析によって,小惑星イトカワは太陽系最初期に誕生し,ひっそりと 46 億年を過ごした500 mの小さな天体ではなく,一度は 20 km を越えるような大きな天体として高温の時代を経験,さらに破壊・再集積といった過程を経て現在の姿になり,今なお太陽風の照射や隕石衝突によって,表層物質は破壊,移動,小惑星からの離脱を経験している活動的な天体であることがわかった[13, 14, 15, 16, 17, 18, 19].

ジェネシス探査機によって採取された太陽風粒子の分析によって,太陽風粒子の酸素同位体が CAI の持つ酸素同位体組成に近いことが報告された[20].CAI は,始原隕石のバルク酸素同位体組成や地球や月,火星の岩石に比べ,16Oに富む異常な酸素同位体組成を持つと考えられてきたが,CAIこそが太陽系の平均的酸素同位体組成を保持していることがわかった.これもまた宇宙で採取した物質の地上での高精度分析が可能であったからこその知見である.

これらいずれの発見も太陽系科学にとってはエポックメーキングなもので,私たちの太陽系観を大きく変えるものであった.
 

3. これからの始原物質科学と始原天体サンプルリターンの意義

月の石や太陽風粒子と異なり,始原天体由来と考えられる隕石や宇宙塵は地球上に沢山存在し,先に例を挙げたとおりの太陽系科学への貢献を成し遂げてきた.特に,近年の始原物質研究の進展により,始原物質形成の段階まで遡ると,地球や海,生命の原材料物質ともいえる鉱物,水,有機物が相互に化学反応を起こし,物理的に作用しあい,構造をつくっていることがわかってきた[e.g., 21, 22].すなわち,生命,海,地球の原材料物質は,太陽系最初期にはお互いに密接な関係を持ち,また,それらの相互作用の結果として,生命や海,地球を生み出す材料となった可能性すらある.「はやぶさ 2」計画において,リターンサンプル分析のサイエンスのひとつの柱はこの点で,地球に有機物がもたらされる前の小天体での最終進化を明らかにすることを目標としている.初期太陽系円盤→微惑星→地球という流れを追うことになる.

有機物や氷に関して,別の見方をすると,氷や有機物の主成分となる酸素,炭素,窒素は宇宙において,水素,ヘリウムに次いで多い元素であり,それらがつくる分子は天文観測でも分子雲や円盤の構造を調べるツールとして用いられてきた.今後,ALMA などを用いて,より高い空間分解能で C - H - O - N 系ガスの分子種や同位体組成の分布が見えてくることが期待される.始原物質中の主として固体の C - H - O - N 系物質から得られる情報は,天文観測によるガス情報に対して相補的なものとなり,観測天文学とあわせ,比較惑星系物質科学の展開が期待される.さらに,C - H - O - N 系物質は,低温の分子雲から原始惑星系円盤の高温期,小天体での熱過程において,相変化することで様々な固体をつくり,広い温度領域のイベントのトレーサーとなる物質ともいえる.したがって,分子雲での低温物質形成から,原始惑星系円盤の進化の普遍性や特殊性,初期太陽系円盤の詳細進化のトレースまで可能となる対象ということができる.地球外物質分析が太陽系を越え,初期太陽系円盤→太陽系母分子雲→銀河へと時間,空間を遡り,銀河の物質科学へと向かう流れといえる.

太陽系の始原水や始原有機物を研究するにあたって,氷・鉱物中の水,有機物およびそれらと共存する鉱物が相互関係を保った試料を分析することが重要であるが,地球上での汚染や揮発成分の損失が起こりうる隕石や宇宙塵などから,水や有機物に関して,完全な始原情報を得ることは難しい.また,水や有機物を多く含む始原物質ほど強度が低く,大気圏突入時に燃え尽きるというバイアスがある可能性もある(実際,宇宙塵には超炭素質物質などが発見されているが[23],隕石としては存在しない).さらに,地球上で発見される試料の場合,どのような天体が母天体なのか,また,母天体のどの部分から来たものであるのか知ることができない.スターダスト探査で回収された彗星塵中の CAI やコンドリュールが宇宙塵として地球に降ってきても,我々はおそらく小惑星帯起源の塵だと判断することだろう.

「私たちはどこから来たのか」を考える人類が「地球」「海」「生命」の材料を追い求め,それらが生まれた場の進化を理解したい,さらには銀河とのつながりを知りたいと考えることは自然な帰結である.そのための情報は,太陽系最初期の始源水や始源有機物に残されている.これらの始原物質を手にするための手段は,それが地上に降ってくるのを待つことではない.科学的根拠をもとに目標天体を定め,自らの意志と技術によって,そのありかを訪ね,欲しい始原物質を探し当てて,地球上の実験室に持ち帰ることでのみ実現できる.
 

4. 107P/Wilson - Harrington サンプルリターン計画:概要と科学目標

太陽系小天体への探査計画は,我が国でも「はやぶさ 2」プロジェクトが進行中であり,世界各国でもこれからの 10 年に向けて,開発や立案が進んでいる(表 1).サンプルリターンの第一の対象となる小惑星は,可視・赤外線反射スペクトルを用いて分類され,太陽からの距離の違いに応じて,支配的な型が S → C → D と変化する.反射スペクトルの違いは小惑星を構成する物質の違いを反映し,初期太陽系には太陽からの距離に応じた惑星材料物質の分布の違いがあったことを示唆する.「はやぶさ」が訪れたイトカワは S 型小惑星に分類され,近地球型小惑星では最も多く存在するタイプの小惑星である.S 型小惑星は普通コンドライトの母天体であることがイトカワ粒子の分析から示された[13, 14]. 一方,「はやぶさ 2」,OSIRIS - REx,MarcoPolo - R などがサンプルリターンをめざす C 型小惑星は炭素質コンドライトとの類似性が指摘されており,また,D 型小惑星は Tagish Lake 隕石という特殊な炭素質コンドライトとの類似性が示唆されている.さらに遠方にはカイパーベルト天体,さらにオールト雲天体,そしてそれらが太陽に接近する軌道を持つことで生まれる彗星が存在し,これらの天体群には氷や揮発性有機物の固体が含まれていると考えられる.彗星核は将来めざすべき探査候補天体であるが,活動している彗星核に降下し,確実なサンプリングをおこなうことは技術的に非常に難しい.Stardust ミッションでは,高速フライバイ時にエアロジェルを利用して塵を捕獲し地球に持ち帰った.回収試料からは有機物が発見され,また,回収試料の熱水抽出によって,アミノ酸であるグリシンの存在が確認されている.しかし,高速衝突のためにサンプル(とくに揮発性物質)はかなりのダメージを受けており,氷や有機物の始原物質のサンプルリターンに成功したとは言い難い.また当初は彗星からのサンプルリターンをターゲットとしていた欧州の Rosetta も,途中でランデブー+ランダーによるその場分析へと計画を変更している.

彗星ではないが,最近の観測でメインベルト帯にありながら彗星のような尾が認められる小惑星が発見されている. このような天体をメインベルト彗星(MBC)という.元々は外惑星以遠でつくられた小天体が惑星移動に伴う力学的影響でメインベルトまで散乱された可能性もある[24].MBC が彗星活動を起こす原因として,他の小天体の衝突によるダストの放出,熱的な影響による氷成分の昇華,あるいはその両方(衝突により露出した表面下層からの氷成分の昇華)という説が考えられている.これまで発見された 9 つの MBC のうち,133P/Elst - Pizarro, 176P/LINEAR, P/2005 U1(Read)は力学進化シミュレーションにより,メインベルト外側に位置するテミス族小惑星を起源とすると言われている[25].テミス族小惑星には比較的高い割合でB型小惑星が存在している.テミス族の B 型小惑星のうちいくつかには,分光観測により含水鉱物の存在が示唆されている.さらに,テミス本体では,水氷や有機物が検出されている[26].このように理論,観測の両面からメインベルトに,水や有機物を含む非常に始原的な天体が存在しえることが強く示唆されている.
 

表 1 : 現在・将来の小天体サンプルリターンミッション.

ミッション(機関) ターゲット天体 探査方式 期間 現状
Dawn(NASA) Vesta/Ceres ランデブー 2007-2015 運用中
New Horizons(NASA) Pluto他太陽系外縁天体 フライバイ 2006-2020頃 運用中
Rosetta(ESA) 67P/Churyumov-Gerasimenko
(短周期彗星)
ランデブー/着陸 2004-2015 運用中
Phobos-Grunt (Russia) Phobos (火星衛星) サンプルリターン 2011-2014 失敗
Hayabusa-2(JAXA) 1999 JU3(C型小惑星) サンプルリターン 2014-2020 開発中
OSIRIS-REx(NASA) 1999 RQ36(B型小惑星) サンプルリターン 2016-2023 開発中
NEOSSat(CSA) 地球近傍小天体(スペースガード)
NEO
観測 2011-2013 開発中
Human NEO(NASA) NEO 有人 2025- 開発中
MarcoPolo-R(ESA) 2008 EV5(C型小惑星) サンプルリターン 2020年代 Cosmic Vision
選抜過程
Comet Surface
Sample Return(NASA)
彗星核 サンプルリターン 2016- New Frontier
選抜過程
Trojan Rendezvous
& Tour( NASA)
トロヤ群小惑星複数 フライバイ 2019- New Frontier
選抜過程
Comet Hopper(NASA) 46P/Wirtanen(短周期彗星) 着陸 2016-2023 Discovery
選抜過程
ソーラー電力セイル
(JAXA)
メインベルト小惑星・トロヤ群小惑星 フライバイ/ランデブー 2020年代 WG段階
Hayabusa-MkII(JAXA) D型小惑星/枯渇彗星 サンプルリターン 2020年代 WG段階
Triple-F(ESA) 79P/duToit-Hartley(短周期彗星) サンプルリターン 2020年代 WG段階

 

4 - 1. 107P Wilson-Harrington

MBC は太陽系の形成の様子を解き明かすために鍵となる天体であるが,メインベルト外側に軌道をもつ小天体をターゲットに,来る 10 年にサンプルリターン探査を実現するのは困難である.そこで,107P/Wilson - Harrington を探査天体として提案する.107P は地球近傍小天体であり,1949 年の発見時に尾が検出されたが,その後の観測では彗星活動が認められていない[27].現在の外観は小惑星と同様であり,彗星から小惑星へと遷移した天体(彗星/小惑星遷移天体)と考えられる.小惑星番号(4015)も合わせてナンバリングされている.107P の軌道は,a = 2.640 AU,e = 0.624,i = 2.784° でありアポロ型の地球近傍小天体である(表 2).軌道進化シミュレーションにより時間を遡ったとき,その起源は 65 % の確率でメインベルト外側領域の小惑星,4 % の確率で木星族彗星であると考えられている.可視測光観測から,スペクトル型は C 型と F 型の中間(CF 型)と報告されている.F 型 は B 型に酷似したスペクトル型であり,B 型程ではないがやや青みがある.また,可視分光観測では B 型小惑星である(3200)Phaethon と良く似たスペクトル型を示す.赤外線天文衛星スピッツァーの観測から直径 3.46 ± 0.32 km,アルベド 0.059 ± 0.011 と報告されている.自転周期はこれまで,6.1 時間[28] と 3.556 時間[29] という 2 つの報告があったが,2009 年から 2010 年にかけておこなわれた地上観測キャンペーンにより,7.15 時間あるいはその半周期である 3.58 時間がもっともらしいとわかった[30](表 3).この地上観測では,ライトカーブから 107P の自転方向,形状,運動状態なども推定している.図 1 に,7.15 時間と仮定した時のライトカーブを示す.通常の小惑星は 1 回の自転の間に 2 回の光度変化が表れるが,107P は 1 回の自転の間に同じ振幅を示す光度変化が 6 回表れる.6 回もの光度変化が起こるライトカーブの解釈として,六角形形状,タンブリング,クレーター地形,衛星の存在が考えられる.図 2 に六角形形状を仮定した形状モデル,図 3 にタンブリングを仮定したの場合の形状モデルを示す.
 

表 2 : 107P/Wilson-Harringtonの物理諸元.

軌道長半径:2.639888 AU 離心率:0.624139
公転周期:4.29 年 軌道傾斜角:2.7839°
近日点引数:91.3630° 昇交点黄経:270.4868°
直径3.46:±0.32km アルベド:0.059±0.011
スペクトル型:CF (C.B型)  

 

表 3 : 107P/Wilson-Harrington の運動状態とサンプルリターンミッションの実現可能性.

自転周期 運動状態など 全回転運動量ベクトル(自転軸)方向 形状の3軸比 実現可能性
7.15時間 タンブリング 黄経=310°黄緯=-10°
黄経=132°黄緯=-17°
1.0:1.0:1.6 困難
六角形形状 黄経=330°黄緯=-27° 1.5:1.5:1.0 可能
衛星を伴う 黄経=330°黄緯=-27° 不明 衛星のため注意深い運用を要求
3.58時間 クレーター地形 不明 不明 やや速い自転のため,注意深い運用を要求

 
 

Image Caption :
図 1. 自転周期を 7.15 時間と仮定した場合の 107P/Wilson - Harrington のライトカーブ.
Image : 遊星人
 

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図 2. 六角形形状を仮定した場合の形状モデル.(左)自転軸方向からの俯瞰,(中央)左図の右側から見た赤道方向の俯瞰,(右)左図の下側から見た赤道方向の俯瞰.
Image : 遊星人
 

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図 3. タンブリングを仮定した場合の形状モデル.(左) 自転軸方向からの俯瞰,(中央) 左図の右側から見た赤道方向の俯瞰,(右) 左図の下側から見た赤道方向の俯瞰.全回転運動量ベクトルを中心に 2.38 時間で歳差しながら,7.15 時間で自転している.章動角が65゚ であるため,中央図,右図は65゚横倒しとなる.
Image : 遊星人
 

六角形形状の場合,3 軸(長軸:短軸:自転軸)の長さ比は 1.5:1.5:1.0 となり,自転軸方向は黄経 = 330°,黄緯 = - 27° 付近となる.タンブリングを仮定した形状の場合,3 軸(長軸:短軸:自転軸)の長さ比は 1.0:1.0:1.6 となる.このとき,全回転角運動量の方向は黄経 = 310°,黄緯 = - 10° あるいは黄経 = 132°,黄緯 = - 17° 付近となる.タンブリングの歳差周期は 2.38 時間,章動角はおよそ 65° となる.一方,この地上観測キャンペーンは位相角(太陽 - 107P - 観測者の角度)50° 付近の時期におこなわれており,クレーターのような地形があれば,斜め方向からの日射のため影が生まれる.この影によっても,ライトカーブ中に光度振幅が生まれる可能性がある.この場合,1 回の自転の間の光度振幅回数は 3 回と考えることができ,自転周期は 3.58 時間となるが,3.58 時間の周期では,[29] の観測データに対して周期性が表れるものの,[28]のデータに対しては周期性が表れないという問題がある.位相角の小さい時期(例えば,2013 年 5 月頃)の追観測で,ライトカーブの振幅回数に変化が表れるかなど確認することで,タンブリングの有無の決定などが可能になるだろう.ライトカーブ中の減光が衛星による掩蔽現象であるという可能性も否定できないが,直接的に衛星の存在を示唆する観測結果は得られていない.なお,自転の方向はいずれの解釈であっても,逆行回転であることがわかっている.
 

4 - 2. 科学目標

107P は過去に彗星活動を起こしていたこと,軌道力学から推定される元軌道がMBCと同様にメインベルト外側の可能性が高いこと,さらにスペクトル型が C~B 型であることから,元々 MBC のような天体であり,現在のような NEO 軌道に進化した後に,他天体衝突や太陽熱の影響で彗星活動を起こしたという仮説が成り立つ.もし,MBC のような天体であれば,水氷や有機物を含んでいることが期待できる.一方,107P の軌道は太陽熱の影響を強く受ける NEO 軌道である.それにも関わらず,1949 年の発見時を除き彗星活動は見られないことから,表面に豊富な水氷や有機物は存在しない可能性もある.このような状況から推測すると,1949 年の彗星活動は他天体衝突により表面が削られ,表層下の氷の層が露出し,熱的な影響で氷成分が揮発したことが原因であるかもしれない(実際,地上観測で示したタンブリング,クレーター地形という解釈は他天体衝突を示唆する).あるいは氷の層が露出せずとも,衝突で表層の地層が薄くなったことで氷成分が揮発することも考えられる.このような特徴をもつ 107P のサンプルリターン探査では以下のような科学目標を設定する.
 

(1)宇宙低温物質を用いた初期太陽系円盤進化学

107P は彗星が小惑星へと遷移した天体(彗星/小惑星遷移天体)である可能性が高いため,その地下物質には,私たちがまだ手にしたことのない太陽系初期の氷や天体での変成をほとんど受けていない有機物がそのままの形で保存されていることが充分期待される.これらの物質を採取し,分子雲から初期太陽系円盤で小天体が形成されるまでの歴史を紐解く.具体的には,採取試料の鉱物種や組成,組織から天体での熱や水による変成の程度を精査し,変成程度が最小限もしくは未変成部分に存在する有機物や氷から,分子雲から太陽系最初期にかけての有機分子の進化(分子雲で有機物の複雑化はどこまで進んだのか,分子雲でつくられる同位体異常はどのように消えるのか),氷の進化(太陽系最初期の氷の酸素,水素同位体組成は太陽,地球とどのように違うのか,氷の酸素同位体と鉱物酸素同位体はどのような関係をもつか)を明らかにする.彗星活動のためにサンプル採取ができない場合も想定し,表面にランダーを着陸させ,ガス成分の組成や同位体の分析もおこなう.これらの知見を基に,分子雲から初期太陽系円盤までの揮発性物質の進化・混合に関する知見を得,ALMA や TMT など電波や赤外線で得られる様々な進化段階の原始惑星系円盤や分子雲における揮発性物質の分布や進化と合わせ,比較惑星系円盤進化学を展開する.これにより我々の太陽系における水や有機物の進化の普遍性,特殊性の議論が可能になる.
 

(2)彗星/小惑星遷移天体の実体解明

彗星/小惑星遷移天体の構造や運動,軌道進化,表面熱変成などの実体はいまだ不明である.もし,NEO 軌道をもつ天体に,水氷や有機物が発見できれば,ニースモデルで提唱されたように,始原的で未分化な小天体が軌道進化に伴い太陽系内部にまで広く分布していることを立証することとなる.107P の直径は 3.46 km であるが,このサイズは小天体の物理特性を調べる上で,興味深いサイズである.イトカワおよび「OSIRIS - REx」,「はやぶさ 2」ターゲット天体である 1999 RQ36,1999 JU3 の直径は,それぞれ約 550 m,560 m,900 m である.小天体の強度支配領域と重力支配領域の境界はおおよそ直径 1 km 程度であるため,直径 3.46 km の 107P の地形や地質が明らかになれば,イトカワ,1999 RQ36,1999 JU3 の探査結果と合わせて強度支配領域から重力支配領域へ変遷するにつれて,小天体の構造や地形,地質がどのような変化するのか包括的に理解することができる.また,表面回収試料には近地球軌道への軌道進化以降の太陽光による表面熱変成の効果が残されていることも期待され(現在の軌道で最表面は 100 ℃ 近くまで上昇する可能性がある),氷成分をまったく含まない最表面有機物を内部有機物(や氷)と比較して,表面での熱プロセスを明らかにする.

上記,科学目標に基づき,ミッションのサクセスクライテリアをまとめる.
 

ミニマムサクセス彗星小惑星遷移天体である 107P を訪れ,その場リモートセンシングをおこなう.形状,体積,質量,空隙率といった基本的な物理情報から内部構造の推定をおこなう.衝突体による掘削痕の観測によって,内部の直接観測をおこない,水氷をはじめとする揮発性物質,有機物の検出を試みる.イトカワや 1999 JU3,1999 RQ36 との相違点を見いだし,太陽系小天体の地形や内部構造に対する包括的な知見を得る.ランダーを着陸させ,表面物質の組成や軽元素同位体組成を測定する.

フルサクセスミニマムサクセス項目に加え,リモートセンシングにより安定的な自転状態であることが確認された後,表面にタッチダウンし,サンプル採取をおこなう.最表面試料,内部掘削試料など異なる進化段階を保持していることが期待される複数地点での回収をおこなう.回収サンプルは冷凍状態で地球に持ち帰り,始原天体起源の有機物や氷の研究を展開する.氷が含まれていた場合には,世界初の地球外氷のサンプルリターンとなる.

エクストラサクセスサンプルカプセルを地球に投下した後,次の探査候補天体へ向かい,その場リモートセンシングを引き続きおこなう.探査天体数が増えることで,探査した天体同士の比較検討という,新たな研究段階へとステップアップする.現在,世界中の大規模サーベイ望遠鏡により,新月期には 50 天体以上の地球近傍小天体が発見されている.今後 10 年の間に,マルチランデブーが可能な地球近傍小天体の発見は十分期待できる.
 

4 - 3. 搭載候補機器

多バンド可視カメラ地上観測により判明した C~B 型というスペクトル型の確認をおこなう.地上観測の空間分解能では,表面の地域の違いによるスペクトル型の分布を検出することは困難であったが,探査機からの高空間分解能観測によって,地域によるスペクトル型の違いや偏りを検出し,スペクトル型の分布マップを作成する.スペクトル型の確認のためには,少なくとも測光精度~10 % が必要であり,より詳細な調査をおこなうためには~1 % の測光精度が理想的である.1μm 付近まで波長域を長くとることで,D 型小惑星との区別が可能となるため,波長域は 0.4 μm から 1 μm 程度までを想定している.

レーザー測距/重力場計測装置107P の直径,形状,表面地形,重力といった基本的な物理情報を取得する.そこから,密度や空隙率を求め,内部構造を推定する.クレーターの数や直径,深さから 107P の表面でどのような衝突履歴があったのか調査する.それにより,107P の彗星活動の原因として他天体衝突という仮説が可能であるのか判定する.目標精度は~7 % とする(はやぶさ実績値と同程度)(体積計測目標精度:~5 %,重力計測目標精度:~3 %).

可視-赤外分光イメージャ0.4 - 4 μm 程度の波長域で分光イメージを取り,鉱物,水,有機物の空間分布をマッピングする.波長分解能 10 nm 程度,空間分解能はグローバルマッピング時には 10 m 程度,着陸候補地点や人工衝突掘削地点の観測には 1 m 程度を想定する.

中間赤外カメラ温度,熱慣性の全球マッピングをおこなう.これにより,低高度からのリモートセンシングがおこなえない領域についても,表面を構成する物質の粒径や岩塊の存在を推定することができる.「はやぶさ 2」と同程度の機器を予定している.

ランダー天体表面で内部構造,表面状態観察,物質分析をおこなう.地中レーダーを搭載し,数~数十 m 深さでの反射面の存在の有無や構造から,氷や空隙の存在深さ・状態を調べる.可視.近赤外領域の多バンド撮像ができる顕微鏡システム,< 1.4 μm 波長領域の分光イメージャを用いて,リモートセンシングより 1~2 桁詳細な空間スケールでの物質分布,地質構造を調べる.飛行時間型質量分析計もしくは波長可変レーザー分光計を用いて,表面揮発性物質の化学組成,同位体組成測定をおこなう.熱量測定もおこなう.ロボットアームの搭載が可能であれば,天体地下 10 cm 以深部の掘削もおこない,内部の撮像,掘削試料の分析をおこなう.蛍光X線分光器,LIBS など多元素分析装置も搭載候補である.

サンプラー「はやぶさ」「はやぶさ 2」に搭載するプロジェクタ発射型サンプラーはより強度の小さいことが期待される 107P においても有効な試料採取手段のひとつと考えられる.ただし,層序が保たれないこと,衝突時に揮発性物質の逃散がありうることなどの欠点も考えられるため,他の方法での試料採取もおこなう.コアラーによるサンプリングがひとつの候補である.コアラーは「はやぶさ 2」でも検討はされたが,表面強度が不明な点やコアラー回収時の巻き込みトラブルの可能性などから搭載が見送られた.物質強度が弱いことが期待される 107P 表面では実現可能性は高まる.「はやぶさ 2」では揮発性成分をコンテナから逃さないシール方法の開発をおこない,また地上回収直後に揮発性物質のみを先に回収する準備をおこなっている.それらの手法は本探査でも有効である.サンプル収納部の新規要素としては,世界初の地球外氷サンプルリターンをめざすべく,冷凍装置付きサンプルカプセルの開発をおこなう.もしくは Triple F ミッション(表 1)で検討されているように,カプセル分離までは探査機側で冷却し,カプセル切り離し後は,サンプルコンテナとカプセル表面との間に低熱伝導率,大熱容量の物質を用い,温度状況を極力抑えるという手法もありうる.
 

5. ミッション実現性および実現に向けて必要な技術課題

107P の軌道傾斜角は 2.7839° と小さいため比較的探査機が訪れやすいものの,ΔV は 6.9 km/s 程度であり,「はやぶさ」および「はやぶさ 2」の推進エンジンで探査することは困難である.しかし,探査が不可能ほど大きな ΔV ではなく,μ20 イオンエンジンのような新たな技術開発で到達可能であると期待される.地上観測が示す 107P の自転軸方向は黄緯30°以下程度と低く,やや横倒しで自転している.そのため,全球マップを作成するのは困難であるかもしれない.ただし,地上観測による自転軸の推定は不定性が大きく,現状で全球マップの作成が不可能であるかどうか断言できない.また,タンブリングを起こしていれば,その複雑な回転状態からタッチダウンによるサンプル採取は困難である.しかし,先に述べたように回転状態に関しても様々な解釈が考えられる.いずれにしても今後の地上観測でより詳細な情報を収集する必要がある.2020 年頃までに数回以上の観測好機があるので,継続的な観測をおこなうことで形状やタンブリングの有無について,確度の高い情報が得られることだろう.衛星の有無については,ライトカーブに急激な減光が表れないため,衛星存在の可能性は高くないと思われるが,必要に応じて,レーダー観測をおこなうことで確認できるであろう.現状,様々な不確定性はあるが,107P は地上観測によって,ミッション実現のための様々な問題点を他の小天体に比べ,早期に浮き彫りにできているとも言える.

搭載機器については,必要最低限のリモートセンシング観測の実施には「はやぶさ 2」と同程度のもので可能である.ただし,サンプリングが可能かどうかは保証されないため,表面物質の観察や分析をおこなう着陸機の搭載は必須であるため,その開発が重要課題である. 日本単独での開発が困難な場合には,Rosetta や「はやぶさ 2」の着陸機開発の実績を持つ DLR など海外の機関との協力などを仰ぐことも検討すべきであると考える.サンプル採取に関しては,水氷や有機物といった揮発性物質をどのように安定的に回収するのかについては技術検討する必要がある.

6. まとめ

天文学の進展で我々は開闢直後の宇宙の姿や太陽系外の惑星の姿まで知ることができる.しかし,天文学で得られる情報は主として光子からで,様々な情報がそこに縮退されている.それに比べ,地球外物質からは光のみからは決して得られないより深化した情報を得ることができ,人類の知の広がりに大きな貢献をすることができる.2020 年代以降,世界の宇宙機関で計画されている太陽系探査には,サンプルリターン計画が多く含まれる.サンプルリターン探査は,到着した天体でその場観測のみをおこなう惑星探査計画と違い,回収試料をその時代の最先端手法で地上分析できる点が最大の利点である.サンプルリターン探査のひとつの流れはより始原的な物質(より古い情報を記録する物質)を持ち帰り,太陽系の歴史を銀河の歴史とつなげることであろう.物質科学の銀河系への広がりである.それゆえに各国で小惑星や彗星へのサンプルリターンが計画され,その長期展望のなかに,107P の探査も位置づけられる(工学的見地からもより遠くのより始原的天体からのサンプルリターンをめざすためのマイルストーンとなりうる).107P のサンプルリターン探査を通じ,我々は始原天体の物理的特性を把握し,さらに表面および地下試料の採取により,10 年の内に手にしうる最高の始原物質から,銀河,太陽系,地球とつづく時間の流れを追うことができる.
 

謝辞

今後の世界各国のサンプルリターン計画について,矢野創氏にご教示いただきました.また,査読者の中村智樹氏,木多紀子氏には大変有益なコメントをいただきました.ここに記して御礼申し上げます.
 

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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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