日米の大同 & 小異
遊星人の海外研究記 その 2 : January 15, 2021 Published

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第29巻(2020)1号 - PDF


門屋辰太郎

Department of Earth and Space Sciences / cross - campus Astrobiology Program, University of Washington


この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 


1. はじめに

学位取得後まもなく渡米をし,おおよそ二年半の間,アメリカ・ワシントン大学シアトル校 (UW) で研究を行ってきました (図 1) .
 

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図 1. ワシントン大学.左手前の建物に地球・宇宙科学専攻が入居しています.
Credit : 遊星人
 

学生時代に三ヶ月間 , ペンシルバニア州立大学 (Penn. State) で研究をしたことも合わせると,それなりにまとまった期間を英語圏で生活してきたことになります.では,あなたは海外で生活をしたかったのですか?と問われると,目の前のことを追いかけるうちに海外に出てしまったというばかりで,特に海外生活を強く志す意志も忌諱もなかったのが正直なところです.

このような意識で海外生活を始めてしまった,非常に狭い範囲の体験記ですが,一つのケーススタディとして読んでいただければ幸いです.
 

2. シアトルで生活を始めるまで

私は,学部の卒業研究から博士課程まで東京大の田近先生の元で指導を受けました.田近先生のお人柄や研究室メンバーの雰囲気,何よりここでの研究テーマが自分に合っていたこともあり,修士や博士課程への進学段階では特に転学・留学をすることは考えていませんでした.

大学院に進学する前の海外経験は,片手で余るくらいの観光旅行と学部時代に参加した中国での野外調査実習,そして高校のプログラムとして参加したオーストラリアでの二週間のホームステイ語学実習でした.加えて,大学院進学後に四度の国際学会参加.取り立てて多くも少なくもない経験だと思います.ただし,英語漬けの二週間をオーストラリアで経験したことが,英語で生活することに対する心理的なハードルが下がる最初の転機でした.

二つ目の転機は,ペンシルバニア州立大学 ( Penn. State)に三ヶ月間滞在し, 研究をしたことでした.高校の同級生が近くにいて,また滞在先から日々の活動までお膳立てされていたホームステイの時と違い,ビザの取得から住居・ライフラインの契約まで,単身で初めて経験する海外生活でした.ただ, 三ヶ月という比較的短い期間だったこともあり,ひとまず研究に没頭していたらホームシックを感じることもなく,あっという間に滞在期間が終わってしまったというのが,この時の正直な感想です.

このように二週間・三ヶ月とステップを踏んで海外滞在を経験したことで,海外生活に対する心理的なハードルが徐々に下がっていたことが,その後ふらっと海外に出てしまう,大きな要因だったと考えています.
 

3. いざシアトルへ

2017年,博士課程を修了し,応募していた複数の公募の中の一つ,そして唯一採用されたのが UW の Catling 教授のもとでの Research Associate でした (助教という訳が出てきますが,要はポスドク研究員) .唯一,採用された公募でしたし,海外での生活に対してハードルがなかったこともあり,ここにいかないという選択肢はありませんでした.

当時のメールから時系列を振り返ると,02月21日に応募書類を送付,03月15日に書類の一次選考を通過したと連絡が届き,05月17日に書類の2次選考通過の連絡とオンラインでの面接日程の調整,実際の面接は連合大会直後の05月29日でした.

面接は,これまでの研究経過や私自身の進路の希望,採用時のプロジェクトについて計一時間ほど話し,一週間程度で合否の連絡を送るという説明を受けて終了.しかし,ここから二週間近く音沙汰のない状況が続きます.06月12日にしびれを切らして,駄目元で確認のメールを送ったところ,折り返しのメールで採用通知を受けたのが翌13日.上位候補が辞退した上での採用だったのだろうと思うのですが,諦めずにメールを送ってみて良かったです.

アメリカに留学する方の多くが取得するのが J-1 ビザ (交流訪問者ビザ) です.J-1 ビザ取得には DS-2019 という, 受け入れ機関発行の書類が必要で,この DS-2019 が UW から届いたのが,採用通知から一ヶ月がたった07月10日ごろ.同じくビザ取得に必要な,アメリカ大使館での面接を受けたのが08月03日.アメリカ大使館に預けたパスポートが,ビザ付きで返ってきたのが08月10日ごろ.そして,シアトルに到着したのが08月15日でした.応募をしてから半年,採用通知を受けてからも二ヶ月と,かなり慌ただしくバタバタと渡航準備・手続きをしたことを覚えています.

このように,UW への着任時は二ヶ月で渡航手続きをしたのですが,これはかなり短い方のようです.例えば,Penn. State 滞在時にも J-1 ビザを取得しましたが,この時は,渡米が決まってから DS-2019 が発行されるまでに約二ヶ月,大使館での面接までにさらに約一ヶ月,渡米は面接からさらに約一ヶ月後と,手続きを開始してから実際の渡米まで四ヶ月あまりを費やしました.こうした手続きの進行速度は,受け入れ機関のやる気と大使館での面接の予約状況に大きく左右されるため,なかなかスケジュールが読めないなという印象です.
 

4. 研究のこと

いよいよシアトルでの研究生活が始まりました.が,研究に関しては日本にいた時と全く変化はないというのが,二年余りを過ぎた現在での全体的な感想です.“海外研究記”という割には,海外ならではの研究の苦労が特にないというのが,本稿を書くにあたっての一番大きな苦労であるくらいです.私自身は,院時代から現在までシミュレーションを用いた研究を行なっているため,日々大学に通い,論文を読んで,モデルを作り,コードに落として,計算を走らせ,結果を図示・解釈していく,というのが研究の一連の流れです.この大きな流れは,日本でもシアトルでも全く変わっていません.

東大の時との大きな違いといえば,セミナーの形式です.週二でセミナーに参加しているのですが,こちらでのセミナーは,学内の参加者が自分の研究を発表・議論するというものではなく,外部から講演者を招き,その研究発表を聞くというスタイルが主です.ただ,こうしたセミナーの形式に関しては,日本国内・国外の差というよりも大学間の差の方が大きく,例えば Penn. State の時には,研究室ごとにセミナーを行い,そこで各自の研究の進捗を発表・議論をするという,私が日本で経験していたものと近いスタイルで行っていました.

UWでのセミナーに関して一つありがたいのが,希望者には外部の講演者と1対1で議論をする時間が設けられていることです.毎回希望者が多く,またこの予約は先着順のため,うかうかしていると機会を取り逃がすこともままあるのですが,それでも今まで論文でしか名前を見たことがなかったような方と話し,疑問をぶつけたり,あるいは自分の研究を紹介したりできる,非常に貴重な機会だと思っています.

セミナーに関して一つ衝撃的だったのが,論文購読会です.私の参加する,Cross-Campus Astrobiology program では隔週で論文購読会があるのですが,学生とポスドクだけで開かれるこの会の開催場所が大学近くのパブ.毎回,お酒を飲みながら論文について議論をしており,かつその費用は大学から援助されています.お酒を飲みながらでもきちんと議論をするだろうという,大学から学生への信頼と,お酒を飲みつつ論文について楽しく議論をしようという考え方に,驚きました.

論文に関していえば,学生さんの論文を書くことへのハードルの低さにも驚いています.実験をして結果が出たら,レポートを書く感覚で文章にまとめるというような,ある種の気軽さで論文執筆を始めている印象です.翻って私は,かなり気合いを入れないと英文が書けないため,どうしても筆が遅くなってしまいます.こうした論文を書く気楽さは,そもそも英語が母語であるということに加え,文章を書くトレーニングをきちんと受けていることが原因のように思います.例えば,私の所属する環境学専攻にはテクニカルライティングの授業が3つあり,ここでは論文や学会発表,一般向け科学記事やプロポーザルの書き方について学んでいるそうです.英語に慣れていて,執筆技術もあれば,当然,論文を書くことへのハードルも下がりますよね.
 

5. 海外での生活のこと

滞在先の家は,ビザの手続きに目処が立った段階で探しました.Penn. State 滞在時も現在も,大学が提供しているサービス (“ 大学名 + housing” で検索するとなんらかの情報が引っかかるはず; 残念ながら UW では大学運営の仲介サービスは最近無くなったようですが ★1) を利用し,物件の契約を行いました.

★1 - UW の例 : https://www.ielp.uw.edu/life-at-theuw/housing/ (2020/01/15閲覧)

Penn. State 滞在時は集合住宅の半地下のワンルーム (studio と呼ばれます) を借りました.ただし,家具なし物件のため,家具のレンタル・サービスを利用せねばならなかったこと,水道・電気・ネットワークの契約を自分でしなければならなかったこと,そして,アメリカは基本的に年単位の賃貸契約であるため,三ヶ月だけの賃貸では違約金を支払わなければならなかったことから,費用がかなりかさんでしまいました.今思えば,三ヶ月であればホテルで生活したほうがよかったかなとも思います.

一方,シアトルでは一軒家の studio 部分を間借りしています.地上階には大家さんが生活しておられるものの基本的に行き来はなく,また家具付きで光熱費等込みの賃貸料であるため,Penn. S tate 時に比べ費用が安く抑えられました.

どちらの契約も日本にいる間にメールベースで行なったため,内見はしませんでした.一方,最初の一週間はホテル滞在でその間に家を探したという,他の方の経験も聞いたことがあります.結果的に,どちらの住居にも満足していますが,見切り発車の契約は大きな賭けでしたので,内見をしない契約は当然ながらお勧めできません.

生活に関して大きく変わったのは,自炊をきちんとするようになったことでしょうか.日本にいるときは,外食やコンビニで買ったお弁当が主だったのですが,シアトルでは外食をするとどうしても高く,また市販の惣菜にバリエーションもあまりないため,どうしても自炊をせねばならなくなっています.幸い,シアトルには日本人が多いこともあって,日系のスーパーが市内にあり,そこではお米に醤油,味噌にみりんまで購入することができます (図 2).このため,やる気さえあれば,食材に関しては特に問題がありません.
 

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図 2. 旧日本人街にある日本語で書かれた案内標識.この地区に,日系スーパー,そしてマリナーズの本拠地Tモバイルパーク (旧セーフコ・フィールド) があります.
Credit : 遊星人
 

アメリカというと車社会のイメージが私の中にはありました.しかし,シアトル市内のみであれば,バスや地下鉄等の公共交通機関の利用のみで特に不便なく生活することができます.実際,ワシントン州発行の免許を所持していますが,シアトル市内で運転をしたことはこれまでありません.運転免許の取得は,ワシントン州と日本との相互協定により,日本での運転免許を所持していれば試験が免除されています ★2.同様の協定は,他の州とも結ばれているようです.

★2 - 運転免試験相互免除の例 : https://www.seattle.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000234.html (2020/01/15閲覧)

日常生活で驚いたことといえば,犬に関する文化があります.大型犬から小型犬まで,しっかりとトレーニングされた犬を連れて歩いている人を街中で見かけるのですが,彼らはバスにも乗ってきます.時に,座席に大人しく座っている犬の姿は,日本ではなかなか見られないものかもしれません.また,学内でもよく犬が闊歩しています.私のオフィスがあるフロアには,少なくとも二頭の犬がおり,うち一頭は定期的にフロアをパトロールし,各オフィスを訪問してはおやつを要求してきます (図 3).私自身は犬が好きなので大丈夫なのですが,犬が苦手な方にとってはぎょっとする状況かもしれません.
 

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図 3. オフィスをパトロールし,おやつを要求するロッキー先輩.滴るよだれの量がすごい.
Credit : 遊星人
 

アメリカ生活で一番大きな苦労は,言葉の問題を除けば,水回りに関することです.トイレは,温水洗浄便座なんてものはありませんし,また気をつけていないとよく詰まります.また,前述した通り,半地下の部屋を借りているため,大雨が降ると雨水が浸入してくるということもありました.

お風呂に関しては,シャワーからお湯を出そうと思っても水しか出ないということがよくあります.おそらく,湯水を貯めておく水槽が小さいのだろうと思うのですが,タイミングが悪ければ,例えば大家さんが使った直後にシャワーを浴びると,シャワーのお湯が突然冷水になるなんてことさえあります.当然,浴槽にお湯を貯めることはできず,唯一この点に関しては日本に帰りたいと思うばかりです.
 

6. 英語を使った生活のこと

三年弱の間アメリカで生活をしていますが,英語での生活にはいまだに苦労を感じています.というよりも,むしろ周りに苦労を強いているといった方が正確かもしれません.

仕事の面に関して言えば,英文を読んだり書いたりする経験がある分,比較的マシな状況です.そもそも人と話をする機会がそれほど多くないという状況もあるのですが,英語での議論をする際には,ある程度の原稿や想定問答,また要点をまとめた文書資料を事前に用意できるため,なんとかなっています.ただしこれは,特に研究に関しては何か聞くべき中身があるはずだというスタンスでこちらの発言を聞いてもらえることと,そもそも一対一であれば,こちらのペースに合わせて相手が話してくれているということが大きいかもしれません.何はともあれ事前準備の必要性を感じる毎日です.

日常生活に関しても,日々の買い物程度であれば,応対のフォーマットが決まっているため,あまり苦労は感じません.しかし,グループランチや懇親会等,グループでの雑談には,会話についていくのに精一杯で,その輪に加わることはほとんどできません.また,こちらではバスで隣り合わせになった人やタクシーの運転手から話しかけられることもよくあるのですが,事前準備が当然出来ない,このような状況には,毎回あたふたしてしまいます.

英語に関して一番の懸念は,教育に関するものです.今後のキャリアを考えると教育経験も積んでいくことが必要で,例えば同僚のポスドクは実際に授業を行ってその経験を積んでいます.一方,私の英語ではまだまだ授業をするレベルに程遠く,この点で大きな遅れを取っていると感じています.

いずれにせよ,きちんと英語で生活をしていくためには,ただ英語圏で生活をするだけでなく,意識的に様々な機会で英語を使うことをしていく必要があります.この点,まだまだ試行錯誤を繰り返しているような状況で,今後も精進が必要だなと考えています.
 

7. さいごに

たまの日本帰国時,特に帰国初日に会った方には,”そんなに話す人間だったっけ”と驚かれることがよくあります.日本とは異なる文化圏で生活をしていることで知らず知らずのうちにストレスがたまり,日本語で会話できる機会にはそれが一気に噴出しているようです.

しかし,ストレスを感じているだけかと言われると当然そんなことはありません.今まで暮らしてきた文化や気候の違う環境で生活することは新鮮で (図 4),それ自体を楽しく感じています.また,研究に関して言えば,日本にいようと海外にいようと,その中身にも苦労にも達成感にも変わりはありません.シアトルにいても日本にいた時と同じように,一つ一つ課題に取り組み,これによって充実した生活を送ることができています.今後この経験がどう役に立っていくのかはさておき,少なくともこの数年間の経験は非常に楽しいものでした.
 

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図 4. 大学から臨むレーニア山.コーヒーの商品名にも使われている山です.タコマ富士とも呼ばれる,綺麗な山影ですが,冬場などは特に曇りの日が多いため,なかなかその姿を見られません.逆に,レーニア山を見ることができると,幸せな気持ちになります.
Credit : 遊星人
 

日本を離れて以来,残念ながら,なかなか秋の惑星科学会に参加することができていません.ただ,連合大会内には参加し,そこでみなさまにお目にかかれることを楽しみにしております.これからどこで生活していくのかさっぱりわかりませんが,今後ともよろしくお願いいたします.
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office