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台湾における天文研究
台湾における天文研究
遊星人の海外研究記 その 4 : April 15, 2021 Published
原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第29巻(2020)1号 - PDF
松本侑士
Institute of Astronomy and Astrophysics,Academia Sinica
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
1. 中央研究院 天文及天文物理研究所に至るまで
私の在籍する中央研究院天文及天文物理研究所(Academia Sinica Institute of Astronomy and Astrophysics, ASIAA)は台湾における国立天文台に相当するような研究機関です.元は1928年に南京に設立されましたが,その後台湾において2010年に正式に復興された,比較的新しい研究機関にあたります.ASIAA は台北市にある国立台湾大学(國立臺灣大學)のキャンパスの北側にある天文數學館の 10 階から最上階である 14 階に入居しています(図 1). ASIAA からは毎年ポスドクの公募が出ています.また東アジア中核天文台連合(EACOA)の 一員でもあるため EACOA Research Fellowship における所属先としての選択も可能です.
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図 1. ASIAAの入居する国立台湾大学天文數學館(中央2棟).
Credit : 遊星人
私が ASIAA を知ったのも,これらの公募を通してのことです.私の ASIAA への応募は,実は複数回に及びます.不採用,折り悪く辞退といった経緯を経て,2017年12月に着任に至りました.私の選出においては,受け入れ研究者である Pin-Gao Gu 博士の強い後押しを受けてのことだと聞いています.私が初めて Gu 博士に会ったのは,2010年に石垣島で開かれた、惑星系形成の国際研究会でのことです.当時はたいして議論等をしたわけではありませんでしたが,そういえば会ったことがある,程度のつながりから公募に際しコンタクトを取りました .この結果,受け入れ研究者としてご助言をいただき,現在は共同研究を行うに至っています.
台湾のビザの申請は台北経済文化代表処で行いました.ASIAA のフロントオフィス(事務部)に書類と作成方法について指示をいただいており,特に取得に苦労はありませんでした.渡航準備はつつがなく終わりましたが,着任に際しては,夕方退職した足でスーツケースを2つ持ってフライトし,夜に台湾桃園国際空港についた後はフロントオフィスにピックアップしてもらったタクシーに乗って ASIAA の 最寄りのホテルまで運ばれ,翌日朝に着任と慌ただしかったことを覚えています.
2. 研究生活
着任後のポスドク生活については,基本的には日本でのポスドク生活とほぼ変わりません.ASIAA の公用語が英語なこともあり,セミナーや議論,また ASIAA の理論グループのミーティングや後述するポスドクミーティング等あらゆる場所で英語で生活しています.英語が話せればやっていけますし,英語からは逃げることができないといった感じでもあります.
日本でのポスドク生活との違いとして感じることの一つがポスドクの意見が強く,また重視されている点です.海外からのポスドクのリクルーティングを重視しているためか,欧米でポスドク生活を過ごしていた方が多いためか,ポスドクの ASIAA への意見や要望のためのミーティング (ポスドクミーティング) が行われ,また所長とポスドクの意見交換会も年に一度行われています.これらでは , ポスドクの給与や年次休暇数が海外と比べて少ない等の“意見”もよく出ますが,自分の着任時におけるトラブルや研究費について,あるいは勤務時間と観測時間のズレについてなどの意見や要望も活発に出ています.実際に研究費がプロジェクトと独立に与えられる新しいポスドクポジション(Distinguished Postdoctoral Fellow)が2019年に設立されており,ポスドクの意見を受け入れて研究所を良くしていっているという印象があります.
ASIAA は,そのメンバーに台湾以外の出身者が多く含まれている,かなり国際色の強い研究所です.2020年09月14日現在,ポスドクおよそ 30 名の 2/3 程度が台湾以外の出身で,日本人 5 名の他,欧米,またここ数年でインド系の方も多くなってきたように思います.ファカルティはおよそ 30 名の内 10 名程度が台湾外出身で,ほぼ日本人です.日本人ファカルティが多いという点では,日本人がポスドクをしやすい環境かもしれません.私もセカンドスーパーバイザーは高見道弘博士に担当していただいています.ファカルティについては,ここ数年で ALMA などを用いた研究で成果を上げている台湾出身の研究者が増加している印象です.この辺りの人を中心に原始惑星系円盤の研究について盛り上がってきていると感じています.
ASIAA は国立天文台のような機関ですが,ファカルティ数に表れるように,その規模は国立天文台ほど大きくありません.台湾の天文学会(中華民国天文學會, ASROC)もほぼパラレルセッションなしに二日間の日程であり,単純な規模としては惑星科学会よりも小さいのではないかと感じます.このように規模が小さくなると,1. 天文分野全体の中で分野に強弱が大きく現れる; 2. 個人の研究分野が広めに扱われるようになる,といった影響があるように思います.1 点目は装置や予算の投入先に応じて自然と分野の偏りが生まれるためでしょう.また台湾内の主要な研究所や大学のファカルティの専門分野に,台湾の強い研究分野が依存しているようにも思います.私の専門である惑星系形成の理論研究分野については,近年 ASIAA の Min-Kai Lin 博士のグループが活発に研究していることもあり,私の着任当初よりも分野が活発になってきているように思います.欧米や日本ほどの規模がないため,台湾では PI として研究グループを立ち上げて分野を盛り上げていくことがより重要なのではないかと感じています.
2 点目については,例えば私の場合,惑星形成の特に力学過程が専門であるというよりも,惑星や太陽系の専門家のようだ,と関連分野の研究者が少ないので少しぼんやりと広く研究分野を扱われるような感じでしょうか.この点が功を奏したのか,講師として台湾内で呼んでいただくこともあります.またそのように知識を求められるので,少し広めに知識を仕入れておこうというモチベーションにもなっています.
一方でこちらからコンタクトを取りにいかないと,同じ分野の研究者と議論する機会が減少してしまうようにも思います.この点において ASIAA のポスドクは,元々台湾外出身や台湾外でポスドクを経験している方が多いので,台湾外の研究者と共同研究をすることで解消していることが多いようです.私も ASIAA 理論グループのサポートを受けて,学会ついでに国立天文台にはしばしばお邪魔して議論させていただいています.これは,広く台湾外の研究者を台湾に招いたり ASIAA を周知する効果もある一方で,ASIAA 内部での共同研究が生じにくい原因の一つであるように思います.
3. 台北での生活
台北についた当初はホテル生活をしていました.基本的には最初にフロントオフィスに二週間分ホテルを予約してもらい,その間に賃貸を探すことになります.日本では新築や築浅が好まれますが,台湾ではこのような物件は多くの場合トラブルに見舞われるため,避けた方が無難です.私の契約した賃貸はあまり築浅というわけではありませんでしたが,トイレのケーブルの水漏れや温水器のトラブル等に見舞われています.台湾での物件探しは,既に誰かが入ったことのある条件の良い物件で,かつトラブル対応の良い大家さんとうまく出会えるかがポイントなので,台湾人か台湾に精通している方の協力なしではなかなか困難です.私は,日本人スタッフに内見・契約をサポートしてもらう仲介業者に依頼し,賃貸契約を済ませました.これは早くホテル生活を解消すること,また契約とその後の言語的なサポートを期待してのことでしたが,結果的に.上記のトラブルにも即座に対応して頂ける大家さんを紹介していただけており,悪い手ではなかったと認識しています.もう一つ,台湾での部屋決めにおいて避けた方が良いのが,南向き最上階です. 夏が長く暑い台湾においては直射日光の多い部屋は避けたほうがよいということです.私は賃貸及び ASIAA の居室を最上階に決めた後で知りました.
台北では,日系企業がそれなりに進出しており,日本と同じように生活環境を整えることができています.大型の百貨店といえば三越やそごうですし,またニトリなども進出しており,賃貸契約後に家具等を買い足す際もスムーズに終わりました.
飲食店についても日系企業が多く進出しています.台湾では外食が安く,また単身者向けの物件にはキッチンがほぼないため,食事は外食で済ませることになります.水餃子の店などにも通ったりしていますが,日系の飲食店が豊富にあることでだいぶストレスなく過ごせています.
台湾では国民皆保険が完備されおり,医療費が日本よりも安く,渡航前に医者に通い詰めなくとも,十分台湾で医療を受けることが可能です. 一部では日本語か英語での受診ができるところもあります.また健康診断も行われており,健康的に生活しやすい環境が整っています.ただ保険適用外の医療は高額です.私は胃を痛めた際に,日本語で受診可能な外国人向け外来を利用しましたが,ここでの医療は保険適用外でまた通訳費が入り,数万円程度の医療費がかかりました.幸いこの費用は日本で加入しておいた保険が適用され,事なきを得ました.
台湾といえば長い夏が特徴的です.12月01日の着任時にスーツを着て来たら昼の暑さに後悔したことを覚えています.一方で短い冬は思っていたよりも寒いです.単純な気温では 10 ℃ を切ることは稀ですが,台北では冬が雨のシーズンであり,低温多湿と低温サウナにずっと入っているような気分になります.また台湾ではエアコンに暖房機能がないことも多いため,暖まれる場所がなく,二~三ヶ月の間着膨れして凌ぐことになります.この冬の間は月に何度か温泉に温まりに行っています. 台湾付近ではフィリピン海プレートが沈み込んでおり,台湾も広い範囲に温泉が存在しています.台北市付近にもいくつかの温泉が存在しており,特に冬の間は重宝しています.
私が台湾で最も長い時間を過ごしているのは, ASIAA の存在する国立台湾大学においてでしょう.国立台湾大学の前身は台北帝国大学ですが,その初代総長である幣原坦博士は古在機構で有名な古在由秀博士の祖父にあたるようです.国立台湾大学キャンパスの南側には台北帝国大学時代からの建物も残っています(図 2).
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図 2. 国立台湾大学校史館.台北帝国大学時代の1929年に建造され,現在は国立台湾大学の歴史についての展示がなされています.
Credit : 遊星人
一方で北側には,ASIAA のある天文數學館など,比較的新しい建物が多く建てられています.また北側には総合体育館が建てられていますが(図 3),この体育館は一般向けの用途に開かれているようで,ライブやコンサート,同人系のイベントなどが開かれています.休日まれにコスプレをした方が体育館から天文數學館まで溢れかえっていることもあります.台北帝国大学時代の建物があり,一方で体育館という資源を活かして現代的なイベントも開かれている様子はどことなく台湾らしさを感じています.
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図 3. 国立台湾大学総合体育館 (中央).2001年に完成し,同年から学外からの活動も受け入れているようです.これとは別に体育館もあります.
Credit : 遊星人
台湾においても大学はある種市?の公園のような扱いがされているのか,国立台湾大学のキャンパス内でも散歩やジョギングをしている方,また親子連れなどを見かけます.ASIAA の目前には醉月湖という池がありますが,この付近ではキャンプ用具を出してくつろいでいる方々を見かけることもあり,自由だなと感じています.
4. 結び
台北生活は日本に近いけれど少し異なる,日本から一歩踏み出した海外といったように感じています.一方で ASIAA は国際色の強い研究環境です.この三年ほどで日欧米とはまた少し異なる環境にある台湾における天文研究を体験したようにも思います. 現在は COVID-19 により情勢がよくありませんが,ASIAA ではコロキウム講演者の募集も広く行っています.コロキウム講演者であれば ASIAA によるサポートを受けて滞在することも可能です.ご興味あれば私,あるいは分野の近いファカルティにご連絡ください.
本稿の執筆を勧めていただいた黒澤耕介博士,また執筆に際しご助言いただいた高見道弘博士に感謝いたします.
Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan