土星の衛星エンセラダスの低温火山爆発
遊星百景 その 9

佐伯和人 : 大阪大学大学院理学研究科

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 


要旨

こんにちは.火山が大好きな佐伯です.今回,遊星百景に登場させていただくにあたり,どの火山地形にしようかと考えた末,火山ではないかもしれないが火山だと思いたい,エンセラダスの噴泉を取り上げることにしました.氷衛星の研究者も火山ファンにしてしまおうというたくらみです.

下図 1 は土星探査機カッシーニがとらえた,土星の衛星エンセラダスから噴き出す水氷の画像です.この噴泉は,しばしば間欠泉(geyser)と呼ばれています.たまに低温火山爆発(Cryovolcanic eruption)と表現したものも見かけますが,これは,間欠泉でしょうか,火山でしょうか?どう呼んでも同じでしょ,というご意見もあろうかと思いますが,そこにこだわってみたいと思います.

間欠泉と火山爆発のイメージの違いを語る前に,地球の火山爆発っぽくない火山爆発をご紹介したいと思います.
 

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図 1. 土星探査機カッシーニが撮影した,土星の衛星エンセラダスの南極付近の水氷の噴出.2009年11月21日に撮影されたもの.
Image : NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
 

皆さんは,カメルーン共和国のニオス湖(図 2)をご存知でしょうか.ニオス湖は火山の火口に水が溜まった火口湖です.水深 230 m の湖底のどこからか,火山ガスである二酸化炭素が供給されているのですが,高い水圧のために発泡せず,しかも,二酸化炭素が溶け込んだ水は密度が高くなるので,二酸化炭素が湖底に溜まり続けます.ところが1986年,湖水に溶け込んだ二酸化炭素が何かのきっかけで突然発泡し,発生した大量の二酸化炭素によってふもとの谷筋のいくつもの村で約 1800 名の人命を奪いました[1].私は昨年までの 5 年間,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)でほぼ毎年ニオス湖に通って,湖水中の音速変化を利用して溶存二酸化炭素量を簡単にモニターする方法を開発し,機材とノウハウをカメルーン政府に供与しました[2].
 

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図 2. ニオス湖の自噴式ガス抜きパイプの筏にのる著者.2016年03月撮影.調査プロジェクトが始まった2011年には,噴水の高さは,20mを越えていたが,深層水の順調な脱ガスにより,噴水の勢いは弱まった.
Image : 遊星人
 

それはさておき,ニオス湖の突然の発泡は,湖水爆発(Limunic eruption)と呼ばれています.普通の間欠泉とはしくみが違います.間欠泉の噴出の主な原因は水の沸騰による発泡です.液体を構成する主要物質である水そのものが地下で加熱されて水蒸気へと相転移して体積膨張を起こし,噴出の原動力となります.一方,火山の主たる爆発の原因は,マグマの中に溶けていた揮発性物質が減圧発泡することによります.つまり,マグマそのものが気体に変化するわけではありません.ちなみに,揮発性物質はほとんどが水蒸気であとは,二酸化炭素,硫化水素などが続きます.ニオス湖では,液体を構成する主要物質の水は相転移せず,溶けていた二酸化炭素が減圧発泡して爆発します.発泡のしくみを考えると,ニオス湖はやはり,間欠泉ではなく,マグマの爆発に近いのです.

実は,火山爆発にも,地下水をマグマが加熱することで起こる水蒸気爆発というものもあります.しかし,本当にマグマが噴き出す火山爆発の代表は,マグマが発泡するマグマ爆発だといえるでしょう.ただ,水蒸気爆発は元となる熱エネルギーの割に大きな爆発になります.なぜなら,マグマ中の揮発性物質が発泡した時の体積膨張は 100 倍のオーダーなのに対して,水の相転移による体積膨張は 1000 倍のオーダーなので,効率的に爆発の運動エネルギーを発生させられるからです.元の熱エネルギーが小規模なために,御嶽山で起きたような水蒸気爆発事故の予知は難しいと言えます.
 

さて,私のこだわりがおわかりいただけましたでしょうか.実際のところ,「間欠泉」という言葉や,「火山爆発」という言葉の定義は,発泡の様式によるものではありません.しかし,間欠泉というと「液体そのものの相転移」を,火山爆発というと「液体に溶存する揮発性物質の発泡」をイメージする私の感覚もご理解いただけたのではないかと思います.エンセラダスやエウロパの噴泉は果たしてマグマ爆発的なものなのか,間欠泉的なものなのか,それとも別のしくみによるものか?それは,まだよくわかっていないようです.マグマ爆発的なものだったらいいなあと思います.だって,間欠泉よりマグマ爆発の方がそそられますから.個人の好みはさておき,実際のところ,氷衛星の噴泉の研究を始める方は,地球の間欠泉だけでなく,マグマ爆発のモデルも理解の助けになるかもしれませんよ.おためしあれ!
 

参考文献

[1] Kling, G. W. et al., 1987, Science 236, 169.
[2] Saiki, K. et al., 2016, Geological Society, London,Special Publications 437, 185.
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office