ソーラー電力セイル探査機によるトロヤ群小惑星探査および宇宙赤外線背景放射観測
特集「月惑星探査の来たる10年:第二段階のまとめ」

中村良介1,松浦周二2,船瀬龍2,矢野創2,森治2,津田雄一2,吉田二美3,高遠徳尚3,小久保英一郎3.
1. 産業技術総合研究所. 2. 宇宙航空研究開発機構. 3. 国立天文台.

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

原始太陽系円盤を構成していた初期物質を探るためには,惑星形成時の熱変成の影響を免れた小惑星・彗星・惑星間塵といった小天体の研究が不可欠である.なかでも木星のラグランジュ点付近に存在するトロヤ群小惑星は,小惑星と彗星の間をつなぐ天体であり,原始太陽系円盤の物質分布や微惑星の成長・移動プロセスを調べる上で重要なターゲットである.本稿では,日本が世界に先駆けて実証したソーラー電力セイル技術を用いたトロヤ群小惑星探査ミッションを提案する.この探査は(1)トロヤ群小惑星の詳細な物質組成や熱史・衝突史を調べることで,その起源と進化を明らかにする,(2)惑星間塵の空間分布を測定することで,彗星・小惑星からの生成率や軌道進化に関する理解を深め,その結果を他の惑星系に応用する,(3)惑星間塵の影響の少ない小惑星帯以遠からの宇宙赤外線背景放射観測によって,宇宙初期に形成された第一世代の星を調べる,という科学目標をあわせ持つ,惑星科学・天文学・宇宙工学の融合ミッションである.
 

1. はじめに

2010年05月21日,金星探査機「あかつき」とともに小型ソーラー電力セイル実証機イカロス(IKAROS = Interplanetary Kite-craft Accelerated by Radiation Of the Sun)が打ち上げられた.イカロスは06月09日には膜面の展開に成功し,その後,太陽光による加速および膜面の方向調整による軌道・姿勢制御を実現し,名実ともに世界初の光子帆船となった[1].また薄膜太陽電池による太陽光発電を実現し,深宇宙探査における大面積薄膜太陽電池の利用可能性を拓いたことも,イカロスの大きな成果のひとつである.本稿では,イカロスの後継となるソーラー電力セイル探査機にて木星をフライバイし,ラグランジュ点付近にあるトロヤ群小惑星のランデブー探査を行うことを提案する.面積 2000 m2 の薄膜太陽電池で得た大電力により高性能のイオンエンジンを駆動し,光子加速とのハイブリッド推進を実現する.トロヤ群のような遠方の天体を探査する場合,長期にわたるクルージングフェーズは不可避である.大型ミッションの機会が限定されつつある状況下で,このクルージングフェーズを積極的に活用するために,惑星間塵および宇宙赤外線背景放射の観測を行う.まず 2 節で,全体の科学的意義をまとめた後,3 節で搭載機器とミッションシナリオを提示する.4 節では,欧米で提案されている類似ミッションとの比較を行う.

南半球の表面年代が若いということは、この地域における地質活動が活発であることを意味している。実際、南極付近には虎縞模様(Tiger stripes)と呼ばれる複数のリッジ(尾根、稜線)が見られる(図 1)。このリッジは、約 130 km に渡って並行して伸びており、平均的な地表面温度(約マイナス 200 ℃)に比べると、リッジ周辺の温度は約マイナス 90 ℃ と周囲に比べて 100 ℃ 以上も暖かい。では、このような地質活動の駆動エネルギーは、何に起因するのだろうか。それを解くヒントは、この衛星の氷地殻の下、衛星内部にある。
 

2. 科学目的

2 - 1. トロヤ群の起源と進化

最近になって,彗星のようなコマ活動を示すメインベルト小惑星がいくつも発見されている.P/2010 A2 や Scheila のように衝突によってダストが放出された例もあるが[2, 3],133/P や 176/P のように複数回にわたって活動している天体では,揮発性物質の昇華によってダストが放出されていると考えられている[4].Main-belt comets と呼ばれるこうした天体は,活動していない時には C 型小惑星とまったく区別がつかない.逆に言えば,多くの C 型小惑星が内部あるいは表面付近に多量の揮発性物質を保持し続けている可能性がある.実際 Themis や Cybele といった C 型小惑星では,その表面に水氷や有機物由来の赤外線吸収が発見されている[5].彗星と小惑星の間には本質的な違いはなく,単に含まれる水や有機物の多寡によって便宜的な区別をつけるしかないのだろうか?あるいは小惑星と彗星では形成場所が異なる(~Snow line をまたぐ)ために,氷/岩石比が非連続的に変わっているのだろうか?

こうした疑問に答えるための鍵となるのが,太陽 = 木星と正三角形を成す位置(ラグランジュ点 L4 および L5)の近辺に存在するトロヤ群小惑星である.その起源については,(A)木星形成時に近傍で形成された微惑星のごく一部が,そのまま安定領域にトラップされた[6](B)木星と土星の平均運動共鳴によって海王星がより遠方に移動した時に,海王星よりも遠くで形成された天体が内側に運ばれて形成された[7] という二つの説が提唱されている.(A)の古典的シナリオでは,もともと木星領域に存在していた天体のほとんどは,木星の摂動によって内惑星領域やオールト雲に飛ばされ失われてしまう.長周期彗星の供給源であるオールト雲は主に天王星・海王星領域に起源を持ち,短周期彗星は海王星以遠の微惑星の生き残りであるとすると[8],トロヤ群小惑星は短周期彗星とも長周期彗星とも異なる起源を持つ,原始太陽系の貴重な「化石」となる.一方(B)のシナリオ(いわゆるニースモデル)では,トロヤ群小惑星はカイパーベルト天体とほぼ同じ海王星以遠の領域で形成されており,その組成は短周期彗星やケンタウルス天体に近いと予測される.長周期彗星の重水素/水素比は地球の海洋よりも高いのに対して,最近観測された短周期彗星(ハートリー第二)の重水素/水素比は地球の海洋とほぼ一致する[9].(B)のシナリオが正しい場合には,トロヤ群小惑星上の水や有機物は原始地球に持ち込まれたものと共通の起源を持つのかもしれない.いずれにせよ,トロヤ群小惑星は太陽系の起源と進化を語る上で最重要な研究対象のひとつであり,その探査が原始太陽系円盤における物質分布や微惑星の成長・移動プロセスに重要な制約を与えることは間違いない.
 

2 - 2. 惑星間塵の詳細モデル構築

彗星活動や小惑星同士の衝突によって放出された塵は,太陽の周囲をめぐる惑星間塵となる.惑星間塵は太陽光を反射し,黄道面を中心に半値幅 30 度程度の広がりを持つ黄道光として観測される.赤外線観測衛星 IRAS や「あかり」,あるいは地上からの黄道光観測によって,彗星の軌道にそったダストトレールや[10],ここ数百万年以内の小惑星の衝突破壊によって形成されたダストバンドが発見されている[11].また惑星の重力摂動は,惑星間塵の軌道進化に影響を与え,平均共鳴軌道付近のダストリングや塵円盤輝度分布の南北非対称性を生成する[12].我々の太陽系の塵円盤と生成源である彗星や小惑星,さらには摂動源である惑星の軌道との関係を記述するモデルを構築し,そのモデルを他の恒星の周囲に存在する塵円盤に適用することで,太陽系外の惑星系に存在する彗星や小惑星さらには惑星に関する情報を得ることができる[13].たとえば,すばる望遠鏡は,画架座 β 星の周囲に存在する塵円盤中に,惑星の重力摂動によるレゾナンスリング構造を発見した[14].その後 VLT 望遠鏡で直接検知された惑星は,まさにすばるの塵円盤観測から予測された位置に存在していた[15].塵円盤の微細構造の観測は,中心星スペクトルのドップラーシフトやトランジット観測と並ぶ,有力な惑星検出手法になりうるのである.
 

2 - 3. 宇宙赤外線背景放射観測による初期宇宙探査

すばる望遠鏡は,星周塵円盤の観測を行うのみならず,最も遠い(~古い)銀河の発見記録も更新し続けている[16].初期宇宙の量子ゆらぎは,再結合期のマイクロ波背景放射の温度ゆらぎとして観測される非常に微小な密度ゆらぎを生み出す.密度ゆらぎは宇宙の膨張に伴って成長し,やがては銀河や銀河団などの現在の宇宙に見られる巨大な天体スケールの構造を形成する.再結合期から現在見つかっている最遠方の銀河の時代までの間には,宇宙最初の星形成の時代があったと考えられるが,そこは観測的に未開の時代である.しかし,この時代であっても(1)宇宙年齢1 億歳ごろに宇宙で初めて誕生したと考えられている第一世代の星からの放射(2)あらゆる系外銀河の重ねあわせからなる背景放射(3)宇宙創成時以来残存している未知の素粒子の崩壊光子,といった成分は存在し,それは宇宙赤外線背景放射として我々に届いているはずである[17].この宇宙赤外線背景放射を観測するための最大の障害が,前景にある黄道光や大気光である.地球近傍の宇宙空間からの観測で大気光を避けることはできるが,黄道光を避けるためには惑星間塵の密度が低くなるところまで行って観測を行わなければならない[18].微細構造を含む惑星間塵の正確なモデルを構築し,それを小惑星以遠での観測データから正確に差し引くことで,宇宙背景放射の可視.中間赤外域での正確な測定が初めて可能となる.
 

3. ミッションシナリオと期待される成果

木星スイングバイを行う場合の探査機の軌道例を図 2 に,また搭載予定観測装置の概要を表 1 および表 2 に示す.

Image Caption :
図 2. 黄道面北側から見た探査機軌道.軸上の数字の単位はキロメートル.左側は地球スイングバイから木星に至るまでの,右側は木星からラグランジュ点の探査対象天体に到達するまでの軌道.
Image : 遊星人
 

表 1 : 小惑星および惑星間塵観測装置とその探査対象.オプションでない必須の観測装置については,過去の探査機に搭載された類似装置の実績を示している.

観測装置 探査対象 過去のミッションの類似装置
多色望遠カメラ クレーターやボルダーの分布,熱変成度,
含水鉱物や無水珪酸塩の吸収帯,宇宙風化
はやぶさ1・2 AMICA
Mass < 2.5 kg. 観測波長域は 380,
440, 550, 640, 750, 860, 950 nm
広視野カメラ 惑星間塵の空間構造 はやぶさ1・2 ONC-W1
Mass < 3 kg.
観測波長域は, Pioneer と同じ
440/640 nm,シリケイト吸収の存在する950 nm
可視・赤外線イメージング分光計 水(1.4/1.9/3 um)・有機物(.3.4)・
含水鉱物(2.2-2.4)などの吸収帯
海外機器を AO で調達
Mass < 5 kg,Power < 5 W
M3,VNIR の後継機
中間赤外線カメラ 熱慣性,鉱物分布 あかつき/はやぶさ TIR Mass < 4.5 kg.
ダスト検出器 惑星間塵の空間構造 イカロス ALADDIN 有効面積 ~ 4 m2
検出サイズ > 10-12 g Mass < 1 kg
レーザー測距計(オプション) 重力測定(内部構造) はやぶさ1・2 LIDAR
ガンマ線検出器( オプション) ガンマ線バースト イカロス GAP
ローバー(オプション) 表面温度,鉱物組織,元素 はやぶさ 1・2, ミネルバ, MASCOT
紫外分光計( オプション) 揮発ガス のぞみ UVS, かぐや UPI

 
 

表 2 : 可視・赤外線背景放射観測装置の仕様.4 つの波長域で,星間ダスト放射や黄道光熱放射成分の重要なスペクトル構造の観測と,それを用いた前景成分の評価を行う.赤方偏位 z = 10-20 の第一世代星のライマン端や ライマン α 線の特徴的スペクトル構造の検出が期待される可視・近赤外域(0.8-2μm)が,本ミッションでのコア波長域と位置づけられる.想定される総重量は 30 kg.

波長帯 可視 可視 - 近赤外 近赤外 中間赤外
観測波長域[mm] 0.4 - 0.8 0.8 - 2.1 2.1 - 4.5 4.5 - 9
検出器 CMOS HgCdTe HgCdTe HgCdTe
アレイサイズ 642 1282 642 642
波長分解能 30 30 30 30
スリット視野 2秒 x 1度 1秒 x 1度 2秒 x 1度 2秒 x 1度
望遠鏡サイズ 15 cm φ 15 cm φ 15 cm φ 15 cm φ
画素視野 1秒 x 1秒 0.5秒 x 0.5秒 1秒 x 1秒 1秒 x 1秒
検出器温度 -  < 90K  < 60K  < 40K
望遠鏡温度 -  < 200K  < 100K  < 60K

 

この例では,探査機は2019年に打ち上げられ,約 2 年間の電気推進による加速フェーズ(EDVEGA [Electric Delta-V Earth Gravity Assist]フェーズ)を経て2021年に地球スイングバイを行う.その 2 年後に木星でのスイングバイを行い,7 年後の2028年に L4 のトロヤ群小惑星アキレスに到達する.その間のクルージングフェーズでは,表 1 の中のダスト検知器によるその場観測と広視野可視カメラによる黄道光観測,さらには表 2 に示される仕様の観測装置で赤外線背景放射観測を行う.ミッションが長期にわたるため,機上でのフラット補正および感度劣化補正手法の開発が重要な検討項目となる.
 

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図 3. 探査機本体と宇宙赤外線背景放射観測装置の視線方向(Line-Of-Sight=LOS)と視野(Field-Of-View=FOV)の位置関係.セイルとつながっている中央のスリップリング(黒色部分)は自転しているが,観測装置やアンテナは慣性系に固定されている.
Image : 遊星人
 

惑星間空間での塵の光学観測は,地球より内側ではヘリオス探査機で,外側ではパイオニア探査機でそれぞれ行われている[19].しかし,どちらも広視野 CCD カメラではなく視野の狭い Photometer(光度計)による観測であり,詳細な空間構造を捉えられるほどの分解能がなかった.木星軌道に到達するまでのクルージングフェーズで,複数の異なる地点から広視野可視カメラによる黄道光観測を行うことで,小惑星ダストバンドや彗星ダストトレールの三次元構造が明らかになるだろう.軌道進化モデル計算との比較により,ダストの放出率や放出年代にさらに詳細な制約が与えられることとなる[11].また宇宙赤外線背景放射用の中間赤外観測装置と合わせて,塵の反射率や組成を調べることも可能である[10].ダスト検知器によるその場観測では,黄道光の明るさを支配している数十.数百 μm の塵よりも,一桁小さいサイズレンジの塵を観測する[20].両者を統合することで,日心距離によるサイズ分布の変化を導出し,惑星間塵全体に対する彗星・小惑星の寄与割合を明らかにする.宇宙赤外線背景放射観測装置は,黄緯の高い領域も観測する必要があるため,望遠鏡視野と探査機スピン軸(.黄道面内・反太陽方向)の成す角度 θ(図 3 参照)を 45° に設定する.スピン軸まわりの位相角(φ)を,一定のステップで変えながら定期的に観測を行うことで,天空上の 1° 幅のドーナッツ状領域を観測できる.図 2 に示される探査機の軌道に沿ってスピン軸が天空上を回転してゆくと,反太陽方向を見ているドーナッツ状の視野は黄経方向に徐々にシフトしてゆく.図 1 に示されるように,黄道光の明るさは小惑星帯を超えると地球軌道付近よりも二桁近く小さくなるため,第一世代の星からの近赤外域.中間赤外域での放射を直接検知することが期待される.
 

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図 1. 宇宙赤外線背景放射と前景放射(主に黄道光)および望遠鏡熱放射(望遠鏡の放射率 ε は 3 % を仮定)との強度比較.太陽からの距離 R は天文単位(AU)で表されている.これまでに観測された宇宙背景放射の値は,観測値から惑星間塵モデルによって計算された黄道光成分を差し引くことで得られている.小惑星帯よりも遠方で観測を行うことで,この不定性を大幅に小さくすることが可能となる.また近赤外域においては,赤方偏移を受けた第一世代の星からの光を直接検出できる可能性がある.
Image : 遊星人
 

ターゲット小惑星に到着後は,はやぶさ・はやぶさ2 同様に対象天体から太陽側に離れた場所でランデブーしながら小惑星全体のマッピングを行う.可視多色望遠カメラおよびイメージング分光計は,ターゲットから数千 km 離れた位置から,50.200 m/pixel の空間分解能で 100 km のアキレス全体を視野に収める.後述するように,表面の大部分は過去の熱履歴や宇宙風化の影響により,目立った吸収のない「赤い」スペクトルを示すと予測されるが,大きなクレーターの壁や底,あるいは温度の低い極域には,氷や有機物あるいは水質変成鉱物が存在する可能性がある.こうした重要な領域については,小惑星に数百 m まで接近して高空間分解能での観測を行い,氷・有機物・水質変成鉱の吸収帯を探索する.平常時は,「はやぶさ」と同様に,太陽-探査機-小惑星が一直線に並ぶ線上に探査機を保持するが,この位置からはずれても太陽角の制約(45 度程度)の範囲内で姿勢を変更し,小惑星を指向することが可能である.また,より正確な質量測定のために周回軌道への投入や,クルージングフェーズの小惑星フライバイ観測も,現在検討がすすめられている.

2.1 節で述べた(B)のモデル(いわゆるニースモデル)が正しいとすると,トロヤ群は短周期彗星と同じ起源を持つ.実際トロヤ群の大部分を占める D・T・P 型の小惑星と,彗星核の可視・赤外線(400~2500 nm)スペクトルは非常に良く似ており,どちらも波長が長くなるにつれて反射率が高くなる.一方,これまでに Giotto, Deep Impact, Stardust 等の探査機が観測した短周期彗星核の典型的なサイズは数 km であるのに対して,アキレスの直径は 100 km を超えている.つまり本ミッションでは,(海王星以遠の)短周期彗星と同じ領域で形成され,より大きく成長した天体を観測できる可能性がある.一般的に,より大きなサイズに成長した天体ほど大きな熱・水質変成を受ける.たとえば C 型小惑星由来だと考えられている炭素質コンドライトのうち,CI や CM といったタイプは多量の含水鉱物を含んでいる.こうした隕石の母天体には,小惑星同士の衝突あるいは母天体上での短寿命放射性核種の崩壊熱によって液体の水が存在し,その水が無水シリケイトと反応して含水鉱物が形成されたと考えられている.これまでの地上観測では,トロヤ群天体では 3 μm 帯の含水鉱物による吸収は発見されていない[5].一方 400~2500 nm ではほぼ同じスペクトルを示すメインベルトの D 型小惑星 Irmintraud や木星の近傍をまわる衛星テーベ・アマルテアには 3 μm 吸収が存在する[5, 21, 22].この 3 μm 吸収帯の有無は,天体の経験した水質変成度の違いを反映していると考えられる.探査機に搭載されたイメージング分光計による観測では,衝突による一時的な高温を経験したクレーターの底などに,水質変成を受けた鉱物を発見できる可能性がある.またアキレスの母天体が Ceres やカイパーベルト天体なみのサイズ(~1000 km)にまで達していたなら,母天体上でのローカルな加熱・氷溶融過程を反映した変質帯が見つかるかもしれない.

ターゲット天体の選択は打ち上げ時期に依存する.かりに L4 で最も大きい(360 x 210 km)ヘクトルへ行ければ,NASA の探査機 Dawn が行う岩石質・炭素質の巨大小惑星(Vesta~500 km,Ceres~950 km),さらには New Horizons が行うカイパーベルト天体(~1000 km)の探査結果と比較することで,微惑星成長に伴う物質分化プロセスが天体サイズや原始太陽系円盤内の位置とどのように関連しているかを調べることができる.逆にできるだけ小さい天体をターゲットとすれば,短周期彗星と同じ起源を持ち同程度の熱変成を受けた天体を見ることができるかもしれない.ヘクトルは直径 15 km 程度の衛星を持っているため,彗星アナログ天体(衛星)とカイパーベルト天体のように分化した天体(本体)を同時に観測できる可能性がある.
 

3. 他国の類似ミッションとの比較

本提案と類似のトロヤ群探査として,欧州では ESA cosmic visionにTrojan Odyssey ミッションが提案された[23].このミッションは,ヒルダ群および複数(典型的なミッションシナリオでは 5 つ)のトロヤ群小惑星へのマルチフライバイミッションである.最近の近赤外線スペクトルサーベイでは,トロヤ群小惑星のスペクトルの傾きが 2 つのグループに分離できることが報告されている[24].また 3 節で述べたたように,天体のサイズの違いは,水質変成度の違いに反映されている可能性がある.こうした多様性を捉えるためには,Odyssey のような複数天体へのフライバイミッションは非常に有効である.本提案のように単一の天体を詳細に調べるランデブー探査と,複数の対象を一度に調べることのできる Trojan Odyssey のようなマルチフライバイ探査が相補的な関係にあることは言うまでもない.搭載観測装置もほとんどが共通しているため,一方の探査機にもう一方の観測装置を提供するかたちの国際協力が可能である.欧州は,Dawn 探査機に搭載された VNIR のような可視・赤外線のイメージング分光計において多くの実績を持っており,こうした装置を日本側の探査機に搭載するメリットは大きい.

米国においては,2013~2022年の NRC Decadal Survey においてトロヤ群ランデブーミッションが New Frontier ミッションの 5 つの候補のひとつになっている[25].化学推進+原子力電池を利用する基本案の予算は2015年度ベースでおよそ 9 億 4 千万ドルと見積もられており,日本のミッションの数倍の規模に達する. 欧州同様に米国も Mars Reconnaissance Orbiter 搭載のCRISM,あるいはインドの月探査機チャンドラヤーンに搭載された Moon Mineralogical Mapper(M3)といった小型の可視・赤外線イメージング分光計を開発している.イメージング分光計は膨大なデータを生成するため,データ受信に関する国際協力が重要となる.実際に「はやぶさ2」では,M3 を小型化した Mini M3 の搭載と,Deep Space Network によるミッションデータ受信が検討されたこともあった.

着陸後に,ランダー・ローバーによるその場探査ができれば,上空からのリモートセンシングだけでは得られない元素組成や岩石組織などの貴重な情報が得られる.実際 Decadal Survey のミッション検討では,近地球小惑星 EROS のランデブー探査を行った NEAR/Shoemaker 探査機のように,ミッションの最後に小惑星表面に着地する可能性についても言及されている[25].しかしながら,もっとも科学的な価値が高いのは,宇宙風化や衝突の影響の少ない新鮮な内部物質のサンプルリターンであることは言うまでもない.2.1 節で詳述したようにトロヤ群天体の内部に揮発性物質が存在する可能性は十分にある.もちろん,はやぶさ2 で宇宙衝突実験や高精度誘導の実績を積んだ後であっても,トロヤ群小惑星の内部物質を取得し地球に持ち帰ることは工学的にチャレンジングな課題である.しかし欧米よりもはるかに規模の小さい日本の予算・コミュニティが,同じような科学テーマを同じような切り口で実行するだけでは欧米の類似ミッションに太刀打ち出来ない.だからこそランデブーでは NEAR/Shoemaker に先行された「はやぶさ」は,サンプルリターンミッションとなったのだ.現在ソーラー電力セイル WG では,トロヤ群に到達するまでの経路の最適化などにより,マルチランデブーさらにはサンプルリターンを行う可能性についても検討がすすめられている.ソーラー電力セイルをはじめとする世界最先端の深宇宙探査技術にさらに磨きをかけ,惑星科学・天文学・物理学・鉱物学・宇宙生物学にまたがる広いコミュニティからの支持を集めることで,「宇宙・惑星系・生命の起源」に迫る本ミッションを実現させたい.
 

参考文献

[1] Tsuda, Y. et al., 2011, Acta Astronautica 69, 833.
[2] Kim, J. et al., 2012, Astrophysical Journal 746, L11.
[3] Ishiguro, M. et al., 2011, Astrophysical Journal 741, L24.
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[17] Matsumoto, T. et al., 2011, Astrophysical Journal 742, 124.
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[19] Leinert, C. et al., 1998, Astronomy and Astrophysics Supplement Series 127, 1.
[20] Yano, H. et al., 2012, The 39th COSPAR Scientific Assembly, B0.5-0002-12, COSPAR2012 Abstract CDROM.
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[22] Takato, N. et al., 2004 Science 306, 2224.
[23] Lamy, P. et al., 2012, Experimental Astronomy 33, 685.
[24] Emery, J. P. et al., 2011, Astronomical Journal 141, 25.
[25] http://sites.nationalacademies.org/SSB/SSB_059331
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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