土星衛星エンセラダスのプリューム物質の化学・生命探査
特集「月惑星探査の来たる10年:第二段階のまとめ」

関根康人1,高野淑識2,矢野創3,4,船瀬龍4,高井研2,5,石原盛男6,渋谷岳造5,橘省吾7,倉本圭7,薮田ひかる6,木村淳7,古川善博8.
1. 東京大学大学院新領域創成科学研究科、2. JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域、3. JAXA ISAS、4. JAXA JSPEC、5. JAMSTEC プレカンブリアンエコシステムラボ、6. 大阪大学大学院理学研究科、7. 北海道大学大学院理学院、8. 東北大学大学院理学研究科

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

エンセラダスの南極付近から噴出するプリュームの発見は,氷衛星の内部海の海水や海中の揮発性成分や固体成分の直接サンプリングの可能性を示した大きなブレイクスルーであるといえる.これまでカッシーニ探査によって,プリューム物質は岩石成分と相互作用する液体の内部海に由来していることが明らかになったが,サンプリング時の相対速度が大きいこと,質量分析装置の分解能が低いことなどの問題があり,内部海の化学組成や温度条件,海の存続時間など,生命存在の可能性を制約できる情報は乏しい.本論文では,エンセラダス・プリューム物質の高精度その場質量分析とサンプルリターンによる詳細な物質分析を行うことで,内部海の化学組成の解明,初期太陽系物質進化の制約,そして生命存在可能性を探ることを目的とする探査計画を提案する.本提案は,“宇宙に生命は存在するのか”という根源的な問いに対して,理・工学の様々な分野での次世代を担う若手研究者が惑星探査に参入し結集する点が画期的であり,我が国の科学・技術界全体に対しても極めて大きな波及効果をもつ.
 

1. 背景

“地球以外に生命を宿している天体は存在するのか”という問いに答えることは,人類の知的好奇心の究極に位置する科学的命題であり,21 世紀の惑星探査における大目標の一つである.近年のカッシーニ探査により,土星衛星エンセラダスの南極付近の割れ目から噴出する,水蒸気や氷微粒子からなるプリュームの存在が明らかになったこと[1] は,上記の大目標に迫りうる惑星探査上の大きな発見であろう.2008 年に行われた最接近フライバイにより,プリューム中には水分子の他に,塩化物や炭酸塩,ケイ酸塩鉱物,多様な有機分子も含まれていることが判明し,内部に岩石成分と相互作用を行う液体が存在することが強く示唆された[2, 3].木星衛星エウロパに代表されるように,太陽系内の生命生存可能性に対する氷衛星の重要性はこれまでも広く認識されていた.しかしエウロパの内部海は厚い氷地殻に覆われているため,内部海の海水や海中の揮発性成分や固体成分の直接サンプリングは技術的に非常に困難と考えられていた.この意味で,内部海の海水を宇宙空間に放出しているエンセラダス・プリュームの発見は,これまで理論研究の世界に留まっていた氷衛星の内部海の地質・地球化学や,想像に過ぎなかった地球外生命の存在を,実証的物質・生命科学の範疇に組み込むことを可能にし,さらに有機地球化学や極限環境生物学が外側太陽系において本格的に展開できる可能性を示した極めて大きいブレイクスルーであるといえる.実際,海水と岩石成分の熱水反応によって生成する H 2  を利用した,地球上のメタン生成菌や硫酸還元菌に類似した生命を一次生産者とするような生態系が,エンセラダスにおいても存在する可能性も議論されており[4],このような背景から,エンセラダスは国際的にも火星に並ぶ生命探査の重要候補天体に数えられるようになっている.
 

2. 次世代探査における解決すべき科学課題

カッシーニ探査により,エンセラダス内部海や地質活動の有無を確認することはできたが,以下のような疑問も同時に提起されている.例えば、

a)エンセラダスの内部海はいつどのように形成し,いつまで存続可能か,なぜ南極だけが活動的なのか,
b)アミノ酸等の生体関連分子を含む有機分子の化学進化はどの程度進行しているのか,生命前駆物質(あるいは生命活動)は存在しているのか,
c)内部海はどのような化学組成,温度,pH か,d)初期太陽系における揮発性分子の起源と分布に関して,エンセラダスの化学組成からどのような制約を与えられるのか,

などである.表 1 にカッシーニ探査機により得られた知見と新たに生じた謎をまとめる.これらの疑問に答えることは,エンセラダスにおける生命生存可能性を理解する上で不可欠であり,次世代探査において目指すべき課題である(表 1).
 

表 1. エンセラダスのプリューム組成と表面・内部構造に関して,カッシーニ探査機により得られた知見や示唆,それに伴い生じた新たな謎,そして今後の探査で明らかにすべき探査項目を示す.詳細な内容については,本文を参照のこと.

  プリューム組成 表面・内部構造
カッシーニ探査
による知見と示唆
・塩化物や炭酸塩の発見
・有機分子(炭化水素、シアン)の存在
→ 岩石成分と相互作用する
有機分子を含む内部海

・彗星組成に似た揮発性成分
・プリューム中の水のD/H比も彗星に近い
→ 原始太陽系円盤の土星形成領域の
氷微惑星組成を反映
・南北半球の表面年代二分性
・内部が非静水圧平衡
→ 南北に分化の度合い異なる可能性

・南極地域の高熱流量
内部海持続時間は短い?
・せん断応力による表面付近の加熱
→ 表面数m下にリザーバー?
問題点と目指
すべき探査項目
エンセラダスは生命を育む環境か?
内部海の化学組成、物理条件の制約
化学進化の進行度

初期太陽系土星領域の物理化学条件
円盤温度や揮発性分子の分布の制約

多様なガス種の分離
同位体比含む高分解能分析
サンプリング時の相対速度の軽減
生命生存環境の持続時間
内部海はいつどのように形成?
内部の加熱、プリューム噴出のメカニズムは?

潮汐変形の測定
全球重力場の測定

 

a)の内部海の形成時期・持続時間に関しては,内部構造が不明であることが,最大の不確定要因である.エンセラダスの表面クレーター年代は,南極付近で 1 億年以下であるのに対し,北極付近では 42 - 20 億年程度と極端に地質活動度が異なる[5].また,エンセラダスの内部は静水圧平衡になっておらず,南北方向で分化の度合いも大きく異なっている可能性が高く,内部海が南極周辺にしか存在しない可能性も示唆されている[1].さらに,エンセラダス南極付近で観測される熱流量(4 - 8 GW)は,単純な潮汐加熱モデルで予想される発生熱量よりも顕著に大きい[6].そのため,現在のエンセラダスは熱的に平衡状態ではなく,比較的最近におきた軌道の変化や天体衝突などの外的要因による加熱が一方的に冷えている途中の状態であるかもしれないとも言われている[6].あるいは,全球的な潮汐加熱に加えて,氷地殻表面の割れ目にかかるせん断応力による局所的な加熱が,高い熱流量や内部海の維持には重要なのかもしれない[7].前者の場合,エンセラダスの内部海の存続時間は,数千万年程度と短い可能性もあり[6],生命の誕生や進化に地質的時間スケールが必要であろうことを考えれば,内部海の存続時間の推定は生命存在可能性を考える上でも本質的である.また,後者の場合には,表面下数メートルという非常に浅い場所にも内部海が存在することになり,将来のレーダー探査や着陸掘削探査を考える上でも重要である.このような内部構造を決定するためには,探査機をエンセラダスの極周回軌道に投入し,全球的な重力場や潮汐による変位量を測定する必要があるが,カッシーニ探査機は今後これを行う予定はない.内部構造の推定はエンセラダスの熱史の理解に対して本質的に重要であり,a)の問題解決に直結する重要課題である(表 1).

b),c)の内部海の化学組成に関しては,カッシーニ探査機に搭載された質量分析器と宇宙塵分析器の質量分解能や分子種の分離方法に限界があったため,有機物やケイ酸塩の有無を確認できても,その化学組成や量を決定することができていない(表1).例えば,宇宙塵分析器の質量分析では,塩由来の Na のピークとケイ酸塩由来の Mg のピークが分離できておらず[3],それぞれの含有量やケイ酸塩組成には大きな不確定性が残っている.また,気体成分の質量分析においては,C2 炭化水素と N2,CO,あるいは C3,C4 炭化水素とシアン化合物であっても,これらを分離することはできておらず,観測される気体成分の質量スペクトルに対して複数の解釈が存在している[2].

さらに,カッシーニ探査機がプリューム物質のサンプリングを行う際の相対速度が大きいため(8.18km/s 程度),観測される気体組成がプリュームの本来の組成ではなく,熱分解成分との混合になっていることも重要な問題点である.例えば,プリュームに含まれる H2O や CO2 は,高速でサンプリングされる際に熱分解し,大量の H2 や CO が生成していることがわかっている[8].H2 は地球上でも微生物にとって最も重要な無機エネルギー源であり,CO や N2 の存否は内部の熱水活動の有無や温度条件を制約するため,これら分子の定量は極めて重要である.プリューム本来の組成の解明のためには,低速度でのサンプリングと高分解能測定が必要である(表 1).

d)の初期太陽系の化学進化に関しては,プリューム中の C, H, O, N を含む始原的揮発性分子や希ガスの量と同位体組成を明らかにすることで,原始太陽系円盤の土星形成領域の物理・化学条件を制約できる可能性がある.分子雲や原始太陽系円盤の外側領域では,始原的な揮発性分子がそれぞれの形成過程を反映した異なる同位体比をもっていた可能性があり,それらは原始太陽系円盤の内側領域で同位体交換反応などによって均一化されていくと考えられる[9-11].プリュームに含まれる揮発性分子種の組成や同位体組成が明らかになれば,原始太陽系土星領域における同位体の均一性や揮発性分子の気相と固相への分配,さらには同じ土星系衛星のタイタンの大気の起源を制約することもできる[12].また,Kr や Xe などの希ガスは,原始太陽系円盤においてそれぞれ異なる円盤温度で凝縮し氷微惑星に取り込まれるため,プリューム中のそれらの存在量比から土星系形成領域の温度を制約することも可能である.これらの物質科学に基づいた原始太陽系円盤への制約は,ALMA などの次世代望遠鏡による原始惑星系円盤の詳細な観測結果と比較されることで,一般的な惑星系円盤進化の理解や太陽系の普遍性の解明につながっていく.カッシーニ探査機ではこれまで,プリュームの主成分である H2O の D/H 比を測定することは成功している[2].しかしながら,あまりにも多様な分子種がプリュームに含まれていたため,NH3 や CO2 などに対して同位体比を測定することはできていない.また希ガスについても,カッシーニ搭載の質量分析計の測定レンジがたりず,円盤温度の重要な制約となる Xe の存在量は不明のままである.
 

3. 本提案による探査計画と科学目標

このような科学的背景と課題を踏まえ,我々はプリューム物質のその場分析ならびにサンプルリターンによる,エンセラダス内部海の化学組成の解明,初期太陽系物質進化の制約,そして生命存在可能性を探る探査ミッションを提案する.本提案の目的の一つにはエンセラダスに存在する可能性のある生命の採取・分析も含まれ,人類初の「現存する地球外生命」の直接探査を目指す点が革新的である.土星系衛星探査という技術的課題の多い探査計画のため,三つのミッション設計の候補を提案する(表 2).タイプ 1 は自由帰還軌道による単発フライバイ探査,タイプ 2 は土星周回軌道投入からのエンセラダス複数回フライバイを経ての地球帰還探査,タイプ 3 は土星周回軌道からエンセラダス極周回軌道投入・複数回の低速サンプリングを経ての地球帰還探査である.プリュームのサンプリング機会の多さとサンプリング速度の低さ,潮汐変位量の測定の可否から判断される,科学的優先度は,その高い順にタイプ 3 →タイプ 2 →タイプ 1 である.しかし同時に,この順で新規の技術開発要素も飛躍的に増えてくる.
 

表 2. 各タイプのミッションに対して,それぞれ概要,サンプリング機会と速度,探査機の電源及び推進方式,ミッション期間全体で要求される加速量(ΔV),開発体制,ミッション期間,費用概算,ペイロード重量,技術課題・問題を示す.タイプ 2 は探査機の電源・推進方式を ASRG(熱電変換効率を向上させた発展型の原子力電池: Advanced Stirling Radioisotope Generator)と化学推進の組み合わせ,もしくは電力セイルと電気推進の組み合わせのいずれを採用するかで開発体制や搭載可能ペイロード重量が異なるため,タイプ 2-1 と 2-2 に分けている.各タイプにおける ΔV と探査期間は検討の一例であり,より高い ΔV で短い探査期間に抑えた軌道設計も可能である.費用は,類似規模の国内外のミッションの費用を元にした概算である.

  タイプ1 タイプ2-1
タイプ2-2
タイプ3
概要 事由帰還軌道 土星周回軌道 エンセラダス周回軌道
サンプリング速度、回数 > 7 km/s, 1回 > 4 km/s, 複数回 0.2 km/s, 複数回
電力源/推進方式 ASRG+化学推進 ASRG+化学推進
電力セイル+電気推進
電力セイル+電気推進
総ΔV 小 0 km/s 中 3 km/s 高 7 km/s
開発体制 日本主体+米国ASRG支援 日本主体+米国ASRG支援
日本主体+国際協力
日本主体+国際協力
探査機関 25年 14年 26年
費用 300-400億円 500-600億円 600-700億円
課題・問題 サンプリング機会低
ASRG製造リスク
安全性確保
ASRG製造リスク安全性確保
大型セイル開発・実証
大型セイル開発・実証

 

図 1 に示すように,タイプ 3 でエンセラダス周回軌道に投入するためには探査機のミッション全期間の増速量(ΔV)は 7 km/s 程度も必要であり,従来の化学推進の場合,打ち上げ重量の大半が燃料に費やされペイロード重量が十分確保できない.そのためタイプ 3 では高効率な電気推進が必須となる.タイプ 2 はタイプ 3 よりも小さい ΔV(3 km/s 程度)で実現でき,化学推進の場合(タイプ 2 - 1)であっても最小限のペイロード重量は確保できるが,より充実したミッションを行うためには,技術課題を克服してでも電気推進を採用する案(タイプ 2 - 2)も考えられる.
 

Image Caption :
図 1. ミッション全期間に要する増速量(ΔV)と必要な燃料の探査機全体重量に占める割合の関係.化学推進と電力推進では推進効率が異なり,一定以上の ΔV に対しては化学推進で十分なペイロード重量が確保できない.タイプ3のように大きいΔVが必要なミッションでは電気推進が必要.
Image : 遊星人
 

なお,各タイプの ΔV や探査期間,ミッション設計については,以下のような検討を行っている.タイプ 2 では,VEEGA(Venus - Earth - Earth Gravity Assist)と木星スイングバイを利用して約 8 年かけて土星に到達し,カッシーニと同様の方法で,土星最接近距離で減速した後,近土点上昇マヌーバを遠土点で実施し,土星周回楕円軌道に投入する.その後,タイタンスイングバイと探査機による ΔV を併用してエンセラダスフライバイ可能な土星周回軌道に投入する(ここまでの ΔV は約 1.1 km/s).土星圏からの離脱と地球帰還に要する ΔV は,ここまでのΔV と同程度を想定し,マージンも含めて総 ΔV 約 3 km/s としている.地球帰還に必要な飛行期間は約 6 年であり,往復のミッション期間は約 14 年とした.タイプ 3 では,打ち上げ重量を確保するために,土星までの片道 12 年の VVEEGA(Venus-Venus-Earth-Earth Gravity Assist)軌道を想定した.

エンセラダスフライバイ可能な土星周回軌道に投入(ΔV は約 1.1 km/s)した後,さらに 4 年以上費やして,レアやダイオーネ等の衛星スイングバイと探査機自身による ΔV を併用してエンセラダス周回軌道に入り観測運用を行う(ΔV は約 2.4 km/s).エンセラダス周回軌道・土星圏からの離脱と地球帰還に要する ΔV は,ここまでの ΔV と同程度を想定し,総 ΔV 約 7 km/s とした.表3 の値はミッションデザインの一例であり,エンセラダス周回軌道に至るまでの衛星スイングバイの利用の仕方によって,総 ΔV を増やしてミッション期間を短くすることも可能である.タイプ 2 および 3 では,電気推進による重力天体(土星・エンセラダス)周回軌道への投入を前提としているが,そのためには,化学推進ほどではないにしても,ある程度大きな推力が必要になる.電力セイルによる発生可能電力・電気推進エンジンの比推力(推力電力比)・搭載可能燃料重量等のバランスをとった設計が必要であり,今後のシステム設計の中で詳細に検討する必要がある.

サンプリング時のフライバイ速度の違いと周回詳細観測の可否で各タイプでの具体的な目標は異なるが,いずれのタイプでも,エンセラダスのプリューム内を通過する間に,(目標 1)固体粒子の捕獲とリターンサンプルに対する詳細な化学・鉱物分析,同位体測定,(目標 2)気体分子のガスクロマトグラフ分離と高分解能質量分析を行うことは共通している.タイプ 2 とタイプ 3 のミッションでは,上に加え(目標 3)レーザー高度計による地表面の測地,赤外分光計による表面物質マッピングと,(目標 4)Radio-tracer 法やカロリメトリーによる現場での生命探査を行う.表 3 には,タイプ別の Minimum success, Nominal success, Extra success をまとめている.ここでは技術的難易度とミッション時間に対応して,フライバイだけ(サンプル捕獲失敗でも)で達成される内容を Minimum,その場分析までで達成される内容を Nominal,サンプル帰還で達成できる内容を Extra と定義した.カッシーニ探査によって,プリューム内でも噴出部に近い高度(地表から高度 100 km 以下)では,比較的粒径が大きく塩化物や有機物に富む,内部海の組成を反映した氷粒子が多く存在することがわかっている[3].本探査計画では,探査機のプリューム通過高度を 100 km 以下(数 10 km)にし,内部海成分を反映したプリューム物質の捕獲を目指す.各タイプにおいて必要となる技術開発項目には,共通しているものも多く(例えば,プリューム粒子やガス成分の低温捕獲装置の開発など),我々はこれら技術の基礎開発を行いながら,三つのタイプ別の計画を並行して検討していくことを考えている.以下では各目標の概要を述べる.
 

目標 1. リターンサンプルの鉱物・有機物分析:初期太陽系進化,内部海の化学組成と化学進化への制約,生命存否の検証

スターダスト探査のように,氷微粒子や塩化物,ケイ酸塩,炭酸塩,有機物などをエアロゲルや金属板によりキャプチャーし,地球へサンプルリターンすることを目指す.タイプ 1,2 のミッションでは,サンプリング速度がそれぞれ 7 km/s,4 km/s と比較的高いため捕獲材としてエアロゲルと金属板を併用する.金属板を用いるのは,粒径が 1 μm 以下の微小粒子の捕獲にはエアロゲルは不向きなためである.タイプ 1 のサンプリング速度(7 km/s)では,含水鉱物や炭酸塩,有機物もキャプチャー時に脱水・熱分解してしまう可能性が高いが,鉱物の主要元素組成やその同位体組成,塩化物の組成は測定できる(表 3 参照).タイプ 2 の速度(4 km/s)では,地上衝突実験の結果をふまえると,含水鉱物や比較的難揮発性の有機物,氷に内包されたあるいは鉱物に吸着した生命高分子も保存され得ることが予想される(表 3 参照).一方,タイプ 3 のミッションではサンプリング速度が 200 m/s と低速であり,熱変成に弱い OH 基や NH2 基を含む水溶性有機物を,金属板だけでも本来の組成のまま捕獲することができる(表 3 参照).プリューム物質は,地球帰還まで密封状態で保たれることが望まれるが,万が一これが達成されなかった場合でもケイ酸塩や塩化物,有機物はかなりの確度で保存されるだろう.
 

表 3. 各ミッション・タイプにおける観測項目と科学目標のまとめ.フライバイのみで達成されるものを Minimum success,その場分析で達成されるものを Nominal success,リターンサンプルの分析で達成されるものを Extra success と区分している.観測項目の前の目的についた数字は,本文中の四つの目的に対応している.

目標 Minimum Success
(フライバイのみで達成)
Nominal Success
(その場分析で達成)
Extra Success
(サンプル帰還で達成)
ミッションタイプ1
自由帰還軌道
サンプリング
~7 km/s 1回
(目的3)表面地形マッピング
⇒表面進化の制約
(目的2)主要気体分子種の定量・同位体測定
⇒初期太陽系物質進化
(目的1)無水ケイ酸塩鉱物、塩化物のサンプルリターン
(目的2)高分子有機物の定性・定量分析
⇒内部海での化学進化
⇒初期太陽系物質進化
ミッションタイプ2
土星周回
サンプリング
~4 km/s 複数回
(目的3)表面地形マッピング
⇒表面進化・内部構造の制約
(目的2)主要気体分子種の定量同位体測定
(目的2)高分子有機物中におけるバイオマーカーの有無
(目的4)Raio-tracer / カロリメトリ―による生命探査
⇒生命の兆候
⇒初期太陽系物質進化
(目的1)無水ケイ酸塩鉱物、塩化物、含水鉱物、難溶性有機物のサンプルリターン
(目的1)水溶性有機分子の構造解明、同位体比測定
⇒内部海での化学進化
⇒内部海の組成推定
⇒初期太陽系物質進化
ミッションタイプ3
エンセラダス周回
サンプリング
~200 m/s 複数回
(目的3)表面地形マッピング
両極を含む重力データ
⇒表面進化・内部構造の制約
(目的2)主要気体分子種の定量・同位体測定、高分子有機物の定性・定量分析
(目的2)高分子有機物中におけるバイオマーカーの有無
(目的4)Raio-tracer / カロリメトリ―による生命探査
⇒生命の兆候
⇒初期太陽系物質進化
(目的1)無水ケイ酸塩鉱物、塩化物、含水鉱物、難溶性有機物のサンプルリターン
(目的1)水溶性有機分子の構造解明、同位体比測定
(目的1,4)エンセラダス生命の地球へのサンプル帰還
⇒内部海での化学進化
⇒内部海の組成推定
⇒初期太陽系物質進化
⇒地球外生命の発見

 

ケイ酸塩や塩化物,炭酸塩,有機物は,シンクロトロン放射光施設を使った顕微分光イメージング,nano-SIMS を用いた鉱物・化学分析と定量を行う.これらの化学組成に基づき熱力学平衡計算を行うことで,内部海水の主要溶存元素組成,アルカリ度や pH を推定する.有機物については,上記の分析方法で化学構造や組成を推定し,顕微分光法により鉱物・氷と有機物の接合状態を調べることで内部海での有機化学進化プロセスの解明に迫る.有機物については,さらに酸素・炭素・窒素・水素同位体比測定を nano - SIMS を用いて行う.低温・密封状態で地球へ持ち帰れた場合は,H2O の酸素および水素同位体分析(18O/16O,17O/16O, D/H)や,その他の主要な揮発性分子の同位体測定(15N/14N, 13C/12C, S 同位体)も合わせて行う.エンセラダス内部が形成からずっと低温に保たれていた場合,H2O や CO2 の酸素同位体比は原始太陽系星雲時のものを反映している可能性がある.その場合,これらの測定は酸素同位体に基づく初期太陽系物質進化モデル[9,10]の検証を可能にする.一方,内部の温度が上昇していた場合,同位体地球化学的手法を用いて,ケイ酸塩や水の酸素同位体比や,炭酸塩と CO2 の炭素同位体比の差異を使って内部海の温度や pH を制約することができる.これらの分析結果を,炭素質隕石中の有機物,はやぶさ 2 やジェネシス探査の結果と比較することで,初期太陽系揮発性分子の分布や物質循環の解明に迫る(表 3 参照).

主要な揮発性分子の同位体分析結果は,(目標 2)によって得られる可能性がある濃度情報と合わせることで,内部海や岩石核との間に起きると想定される様々な物理・化学反応プロセスの素過程を理解するだけでなく,その大まかなフラックスを推定することを可能とする.希望的展開としては,これらの主要な揮発性分子の同位体及び濃度分析結果から,非生物的な物理・化学反応プロセスのみでは説明できないアノマリーやミッシングリンクが発見されるかもしれない.そのようなアノマリーやミッシングリンクは,エンセラダスにおける生物学的プロセスの存在の可能性を示すものであり,「生命が存在しうるか」や「どのようなエネルギー源が利用可能か」を知る,極めて重要な第1 種情報となろう.さらに,より幸運に恵まれた場合,キャプチャーしたリターンサンプルの中から,生命関連有機分子あるいは現存する地球外生命の直接的な証拠も発見できるかもしれない.つまり,炭素二重結合に富んだ周期性高分子化合物や窒素・硫黄・リン化合物を含む核酸やタンパク質様の有機高分子,さらに物理的界面を有した有機高分子の集合組織の証拠の検出である.このような生命関連有機分子(あるいは生命自身の痕跡)の採取と化学進化への制約も Extra success に含まれる(表 3 参照).
 

目標 2. その場分析による主要分子の定量・同位体分析:初期太陽系進化,内部海の組成への制約,生命活動の兆候の発見

プリューム内に含まれる気体成分を高分解能質量分析計でその場分析する.搭載機器には,低質量から高質量(2.1000 Da以上)を m/Δm = 10000 - 50000 の分解能で分析可能(N2, C2H4, CO の分離も可能)なマルチターン型飛行時間質量分析計を用いる(図 2)[13].さらに,μ TAS(micro-Total Analysis System)技術を用いたガスクロマトグラフを質量分析計に組み合わせることで,主要気体成分を分離して質量分析計に導入し,より正確な定量や同位体組成測定を行う.エアロゲルや金属板での捕獲時の加熱により,固体粒子から蒸発してしまった成分についても,コールドトラップで一時捕獲し,段階昇温することで質量分析計に導入し分析を行うことが可能である.
 

Image Caption :
図 2. マルチターン型飛行時間質量分析計(市原ら2007).重量は 36 kg(ただし,真空下でのスペックを想定すると,さらに約 10 kg の軽量化が可能).縦 20 cm×横 20 cm への省スペース化も可能である.揮発性の低分子化合物の例では,窒素(N2, 28.0061 Da)とエチレン(C2H4, 28.0313 Da)の分離が可能である.
Image : 遊星人
 

これらのプリューム内の気体分析により,カッシーニでは困難であった,炭化水素やシアン化合物の定量や 100 Da 以上の高分子化合物の分析,各希ガスの存在量比の測定,水以外の主要な気体成分(CH4, CO2,NH3 など)の C, H, O, N 同位体分析を行うことができる(表3 参照).このような観測結果は内部海の化学組成や初期太陽系物質進化を解く鍵となるだけでなく,質量スペクトルにおける分析結果から生命活動の兆候を検出できる可能性もある(表3 参照).つまり目標1においても述べたように,高分子化合物や気体成分の検出において,想定される現場環境での物理・化学反応プロセスのみでは説明できない濃度組成・同位体組成・構造異性体組成が大きく偏った値が得られた場合(例えばアミノ酸エナンチオマーの濃度的・同位体比的偏りや一定の存在比や同位体比組成を示す炭化水素におけるメタンだけに見られる異常値),その偏りを生み出す非平衡プロセスの存在が推測され,その非平衡プロセスの原動力として生命活動の可能性を考えることができるだろう.さらに,プリューム内の気体分析から導かれる内部海での溶存気体成分の組成や存在量に基づき,内部海における生命活動を支えるエネルギー論的生命存在条件を理論的に推定することも可能になり,エンセラダス内部海での潜在的生命活動を支えるエネルギー獲得化学反応の組成や優占度の推定にも繋がる.
 

目標 3. フライバイおよび周回時の表面地形と重力測定による表面進化と内部構造への制約

周回時(タイプ 3)もしくはフライバイ時(タイプ 2)に,レーザー高度計と地形・可視赤外カメラによる表面地形の詳細な測地・マッピングを行う.エンセラダスは土星の周りを約 1.5 日で公転しており,ダイオーネとの潮汐による地形変化は数日のタイムスケールで現れると考えられる.内部海が南極に限定的だった場合と全球的だった場合では,全球的な地形変位パターンや強度も大きく異なることが予想される.タイプ 3 の場合,極軌道周回中に表面地形の変位を精密に求めることが可能であり,これに加えて探査機位置データから重力場を決定することで,両極間に内部構造や分化度の違いが存在しているのかを明らかにすることができる.このような内部構造や分化度のデータは,熱史や熱源への重要な制約となり,内部海の形成時期や存続時間の理解に欠かすことはできない.
 

目標 4. その場分析およびリターンサンプルに対する生命活性の探索:生命存否の検証

エアロゲルにより捕獲された氷粒子や鉱物粒子に「生きた地球外生命」が存在していた場合,長期間の復路や地球帰還時に何らかの影響で生命活動が失われる可能性が考えられる.そこでエアロゲルに捕獲された氷粒子や鉱物粒子の一部を用いて,帰還中の生命活性の検証実験を計画する.エアロゲルの一部を閉鎖空間において放射性同位元素でラベルした無機物(例えば 14CO214CO)や有機物(例えば 14C - glucose)を含む水溶液に浸出し,一定物理・化学条件でインキュベートを行う.放射線検出器が搭載できた場合,閉鎖空間中の気体成分の CO2 や CH4 の放射線を測定する事によって,非化学的プロセスによる有機物分解反応やメタン生成反応を測定する事ができる.一方,放射線検出器が搭載できない場合でも,地球帰還後回収された実験済みエアロゲルに捕捉されている物理的界面を有した有機高分子の集合組織に放射性トレーサーが取り込まれているかどうかを検出する事により潜在的生命代謝活動の存在を見極めることができる.このような帰還中の生命活性の検証実験の他,回収されたサンプルを用いて,ディープ UV レーザー顕微鏡,放射光による顕微分光分析による生命様組織の検出,nano-SIMS による生命様組織の元素・同位体解析等による生命の痕跡解析を行うと同時に,地球上でのより精密な放射性同位元素トレーサーを用いた生命活性の検証実験および超精密等温カロリメトリーを用いたエネルギー代謝検出実験を行い,現存する地球外生命の活性の証拠を探索する.
 

4. 我が国の特色をいかに生かすか:技術課題と国際協力

土星系という長距離・長時間の往復探査,さらに化学や生物学に比重を置いた挑戦的な探査であるため,必要となる新規の技術開発は少なくない.本節では,我が国の特色をいかに生かすかという点に重心を置き,必要となる技術開発をまとめると共に,諸外国による生命・化学探査に対する日本の貢献や協力体制について述べる.
 

4 - 1. 来る深宇宙生命探査時代における探査船「ちきゅう」の役割

エンセラダスからサンプルリターンを行う際に,考えておかなければならない重要な課題に惑星検疫がある.惑星検疫とは,地球と他の惑星・衛星の間における,探査機を介した意図しない生命の移動と相手天体上での拡散を防ぐための国際的取り決めである.これまでは主に,他の太陽系天体への着陸探査などにおいて,地球上の微生物の拡散を防止する取り決めがなされてきたが,近年では,火星や氷衛星といった生命が存在する可能性のある天体からサンプルを持ち帰る場合に備え,地球上の生命を守ることを目的とした惑星検疫の設定も検討されている[14].具体的には,そのようなサンプルの取扱について,重篤な病気を引き起こす細菌やウィルスを扱うバイオセイフティーレベル 4 に相当するような,実験室・施設内の物理的封じ込めの必要性も検討されているが,リターンサンプルの回収方法など多くの問題も残っている.バイオセイフティーレベル 4 の試料回収には,公海洋上が一つの候補地となりえる[15].公海は,外交上制約を受けない領域であり,かつパブリックコンセンサスを得やすい場所であるからである.

我々は一つの具体例として,JAMSTEC の地球深部探査船「ちきゅう」を利用したエンセラダス・リターンサンプルの洋上回収・一次分析を提案する[15].「ちきゅう」は,我が国が世界に誇る洋上巨大実験施設であり,掘削設備だけでなく,採取試料の地球科学的・生物学的分析を行う実験設備や保管のための冷凍設備など,洋上において一次分析から精密な二次分析まで行える研究設備を完備し,かつ研究目的に応じた研究環境の整備を行う事が可能なポテンシャルを有している.特に,極限環境における微生物含有サンプルリターンに際して,多くの新しい非汚染サンプル回収,汚染検出技術,研究方法論が構築されてきており,実際の研究において非汚染の状態で,その場の生物地球化学的役割や生物活性の定量,微生物群集の解析や培養・分離に成功している[16,17].我々はエンセラダス・リターンサンプルの回収・分析に際して,リターンサンプルを内蔵したサンプルコンテナを公海に着水させ,「ちきゅう」で回収し,非汚染のまま洋上で一次分析を行うことを提案する.これを実現するには,今後,「ちきゅう」における研究環境の一部を国際的な惑星検疫を満たすレベル(バイオセーフティレベル4)を有する施設として改造する準備が必要である.洋上での地球外リターンサンプルの回収分析方法を確立することができれば,火星を始めとする諸外国の生命探査においても,「ちきゅう」はサンプルの回収分析の有力な候補施設となり,我が国による国際的な太陽系探査に対する大きな貢献にもなる.
 

4 - 2. ソーラー電力セイル

工学的には,土星圏における電力確保と推進手段の高効率化が最も大きな技術課題である.想定するミッションの実現時期において,10 天文単位の太陽距離で使える可能性のある電力供給源は,熱電変換効率を改善した発展型原子力電池である ASRG(Advanced Stirling Radioisotope Generator)と,ソーラー電力セイルの二つである.ASRG については米国で研究開発中であり,これを用いる場合,米国との技術協力は必須である(表2).しかし,上述のようにタイプ 2 の土星周回軌道投入であっても,要求される大きな ΔV レベルに対して,ASRG で発生可能な電力レベルでは非効率な化学推進に頼ることになり,ペイロード重量を十分に確保できず(図 1),搭載する観測機器をかなり絞った探査にならざるを得ない.

一方,ソーラー電力セイルは,外惑星領域においても大電力の発電が可能な我が国独自の電力供給技術であり,2010 年に 200 m2 規模の電力セイル技術が IKAROS により世界で初めて実証されている[18].現状,土星圏で高効率な電気推進を可能にするのは,日本独自のソーラー電力セイル技術のみである.図1から分かるように,電気推進を用いると,同じ ΔV とペイロード重量を確保する場合,化学推進に比べて電力推進の探査機の総重量を数分の一に軽くすることができる.いいかえれば,従来の化学推進ではフラッグシップクラスに相当する予算が必要となるような複数の観測分析機器を積んだ外側太陽系の大型探査計画が,大電力供給が可能なソーラー電力セイルによる大幅な探査機の総重量減により,数百億円の予算規模で行える可能性があることを示している(表 2).我が国の深宇宙探査技術における大きなアドバンテージを活かした,電気推進によるエンセラダスの探査は工学的にも大変魅力的なものと言えるが,その一方で,エンセラダス探査を行うためには,今後ソーラー電力セイルのさらなる大型化(2000 m2 規模,地球軌道付近で数 100 kW 規模の発電能力)に向けた研究開発と技術実証が必要となる.

以上のように,電力・推進システムにおける技術課題含めた実際のミッション設計においては,サンプリング速度や確保できるペイロード重量で決定される科学目標のみならず,必要となる技術開発と実現までの年数,予算規模や国際協力形態,理・工学も含めた我が国の長期的な宇宙開発戦略等を総合的に考慮することが重要となる.
 

4 - 3. LIFE 探査計画

最後に,海外における本提案と類似のエンセラダスのプリューム物質のサンプルリターン計画との関連性や協力関係について述べる.現在,米国において NASA ジェット推進研究所を中心に,ライフ(LIFE:Life Investigation For Enceladus)探査計画が検討されている[19].このライフ探査は,スターダスト探査におけるサンプル捕獲や地球帰還の知見と経験を使い,我々の提案するタイプ2 に似たミッション設計により,エンセラダスのプリューム物質のサンプルリターンを行うという計画である.我々は,この計画の主要立案者である Tsou 氏を日本に招き,米国側の強みであるサンプル捕獲や外側太陽系における探査機の運用・通信の技術と,日本の独自性である惑星検疫対策とリターンサンプルの分析施設,その場質量分析技術を組み合わせた,国際協同関係の構築を目指し議論を行った.さらに,継続してライフ探査計画会議に参加することで,国際共同ミッションとしての可能性を議論している.ライフ探査計画と我々の提案はまったく独立ではあるが,どちらか一方が不採択になった場合でも,残りの提案を協力して推進していくことで,エンセラダスからのサンプルリターンと,地球外生命の発見という究極の目的の実現を目指している.
 

5. まとめと波及効果

本提案は“宇宙に生命は存在するのか”という根源的な問いに対して,人類史上初めて,地球外生命の発見という可能性も含んだ直接的な答えを導こうとするものである.具体的には,氷衛星の内部海サイエンスに,物質科学や化学,極限環境生物学を展開するための礎となるデータを取得することこそが目指す目的である.本提案の特徴は,「氷衛星の海洋・化学・生命」という従来の惑星科学の学問領域ではカバーしきれない挑戦的課題に対し,惑星科学のみならず,有機地球化学,海洋化学,地質学,極限環境生物学,分析化学,深宇宙探査工学において,20 年後にそれぞれの分野で中心的役割を果たすであろう若手研究者が参入・結集し,超分野型でこれを推進していく点にある.このような動きは,欧米においては近年の火星地質探査で見ることができたが,氷衛星ではまだ始まっていない.惑星探査における我が国の存在感を世界に見せるためにも,近未来において重要な探査ターゲットとなるエンセラダスに対し,諸外国に先んじて探査を遂行する必要があると考える.

我が国の地球惑星科学関連分野における,JAXA による宇宙開発と JAMSTEC による海洋開発の影響や役割は大きく,分野の二大旗艦ともいうべき存在である.2012 年 2 月の JAXA と JAMSTEC 間の連携協力協定の締結が示すように,環境問題や防災などの我が国が直面する喫緊の課題対応においても,これまで関わりの少なかった海洋と宇宙の連携関係の強化が急務といわれている.“宇宙における海洋の探査”ともいえる本提案は,我が国の宇宙と海洋の研究開発に新たな交点を与えるものであり,それが成功した際の科学的・技術的価値のみならず,推進する過程で生じる研究者レベルでの分野全体の意識共有という付加価値も含めて,コミュニティ全体に及ぼす波及効果も極めて大きいと考える.
 

謝辞

本稿を執筆する機会を与えて下さった「来る 10 年の月惑星探査事務局」,および本論文を査読していただいた千秋博紀氏と匿名の査読者に感謝申し上げます.本研究の一部は,宇宙環境利用科学委員会研究チーム予算(宇宙航空研究開発機構)の助成金のもとに行われました.併せて感謝いたします.
 

参考文献

[1] Porco, C. C. et al., 2006, Science 311, 1393.
[2] Waite, J. H. et al., 2009, Nature 460, 487.
[3] Postberg, F. et al., 2011, Nature 474, 620.
[4] McKay, C. P. et al., 2008, Astrobiology 8, 909.
[5] Spencer, J. R. et al., 2009, in Saturn from Cassini - Huygens, 683.
[6] Robert, J. H. and Nimmo, F., 2008, Icarus 194, 675.
[7] Nimmo, F. et al., 2007, Nature 447, 289.
[8] Waite, J. H. et al., 2011, LPSC abstract 42, 2818.
[9] Yurimoto, H. and Kuramoto, K., 2004, Science 305, 1763.
[10] Lyons, J. R. and Young, E. D., 2005, Nature 435, 317.
[11] Marty, B. et al., 2011, Science 332, 1533.
[12] Sekine, Y. et al., 2011, Nature Geosci. 4, 359.
[13] 市原敏雄ら,2007, Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan 55, 363.
[14] Rummel, J. D. et al., 2001, PNAS 98, 2128.
[15] Takano, Y. et al., 2012, Abstract of 39th COSPAR meeting, 39.
[16] Lipp, J. S. et al., 2008, Nature 454, 991.
[17] Schrenk, M. O. et al., 2010, Annu. Rev. Mar. Sci. 2, 279.
[18] Tsuda, Y. et al., 2011, Acta Astronautica 69, 833.
[19] Tsou, P. et al., 2011, Proc. 42nd LPSC 42, 2478.
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office