はやぶさ2リフトオフに際して:孵卵~ポストはやぶさの DNA ~
April 17, 2021 Modified

TPSJ 寄稿 December 03, 2014 : 矢野創


矢野創

ISAS/JAXA

 



あなたの手で、星の王子様のふるさとへ探査機を送り出しませんか?
 

そんな呼びかけをネット上に発し、期間限定 e グループとして2000年5月に船出した MEF(小天体探査フォーラム)。今も脈々と続くこの有志団体の歴史の中で、間もなく深宇宙航海に旅立つ探査機「はやぶさ2」の DNA は紡がれた。そのことを再確認するために、今こそ改めて「MEF レポート:ポストはやぶさ時代の小天体探査(改訂版)」(小天体探査フォーラム(MEF)編、2004年、全 237 ページ)」をひも解いてみたい(図 1)。

図 1. MEF - Report 表紙(Credit : A. Ikeshita). Credit : TPSJ/MEF
 

 

1. はやぶさは零号機

「はやぶさ」は、旧宇宙科学研究所が JAXA 統合前の最後のプロジェクトとして手掛けた工学試験探査機で、世界初の深宇宙往復探査による小惑星サンプルリターンに挑んだ。内之浦からの M-V 5号機による打上げは、2003年5月。MEF はその3年前に発足し、その八ヶ月後には MEF レポートの最終版を完成させ、ISAS 理学委員会のもとに次期小天体探査ワーキンググループを発足する際のたたき台を提供した。つまり「ポストはやぶさ」構想は、はやぶさが小惑星イトカワに到着する前から提唱されていたのだ。

はやぶさは試験機、いわば「零号機」であった。そこで試される数々の探査技術や科学観測機器を1号機、2号機と段階的に洗練していき、より遠方にあって、より始原的な小惑星や彗星を系統立てて訪ねていく。そうして原始太陽系の物質と構造を解明していく「始原天体探査プログラム」というコンセプトは、月や分化惑星の探査計画と相補う手法として、MEF から次期小天体探査ワーキンググループへ引き継がれていった。
 

2. ポストはやぶさの DNA

「ポストはやぶさ」の検討は、試験機からのフルモデルチェンジを意味する「はやぶさ Mk-II」構想として、深まっていく。やがて欧州の小天体科学者の目に留まることとなり、日欧共同計画の枯渇彗星核サンプルリターン&着陸探査「マルコポーロ」として、欧州宇宙機構(ESA)のコズミックビジョン中型クラスの公募に提案された。

一方、イトカワ離着陸後のはやぶさ探査機は数々の不具合に見舞われ、2005年12月には一時通信途絶となった。プロジェクトチームの地道な救出運用が続く中、最悪の事態も想定し、はやぶさミッションを早急にリカバリーするオプションの検討も2006年01月に始まった。これは「仮称はやぶさ2」と呼ばれた。2010年頃の運用開始を目指して、世界各地の打上げロケットを想定したミッションデザインも含めた、様々な検討が集中的に行われた。

しかし、今日種子島にある探査機は、はやぶさ Mk-II でも仮称はやぶさ2でもない。様々な紆余曲折を経て両者がマージし、さらに独立型衝突機との二機構成から小型搬送衝突機(SCI)へと変貌した「はやぶさ2」探査機である。その詳細は、すでに様々なメディアで紹介されているので改めて述べる必要はないだろう。今確認しておくべきことは、そのような「はやぶさ2」にも、MEFが検討した「ポストはやぶさ」の DNA が息づいており、「はやぶさの雛」の卵が孵るための内なる力となっている点である。
 

3. 有機物試料サンプルリターン

始原小天体探査プログラムの考え方では、S 型小惑星のイトカワに続くサンプルリターンは C 型小惑星であり、その科学的意義は初期太陽系だけでなく、地球上の水や生命前駆物質の起源を探究することにある。「はやぶさ2」が近地球型小惑星の中で希少なC型である 1999 JU3 を唯一の現実的な探査候補としている根拠はここにある。MEF レポートの 58 ページには、以下のような記述がある。

C,P,D タイプといった未分化の天体では様々な有機物が存在している可能性がある.・・・これらの天体ではアストロバイオロジー(宇宙生物学)との関係が大きなテーマとなる. ・・・水の H/D 比の調査が興味深いテーマにあげられるが, やはり一般的な関心は有機物の分析に主眼が置かれ, 観測項目としては炭素化合物の存在確認が重要なテーマとなる.

4. 着陸探査と内部構造探査
 

また MEF レポート 24 ページにある通り、サンプルリターンと並ぶ始原天体の科学調査に重要な探査技術として、その獲得が唱えられたのが、微小重力天体上の着陸探査と内部構造探査である。採取サンプルの分析スケールにまで連続的に理解を進めるクロススケール的調査に不可欠だからだ(図 2)。

図 2. スケール別, 不規則形状小天体地形(MEF レポート 66 ページより). Credit : TPSJ/MEF
 

次期小天体探査においては,小惑星内部の rubble pile 構造やバルク密度,引っ張り強度などの実測が,天体の成り立ちやその後の熱的履歴を推定する上で新しく挑戦すべき,極めて重要な計測項目となる.・・・小惑星の内部構造探査を成立させる着陸・移動サブシステムと,小惑星環境に適切な物理計測方法の確立は,サンプリング装置の改良と並んで,次期小天体探査における新規開発の最重要項目である.

5. 着陸機とローバ

この課題はマルコポーロ提案でも重要視され、先ごろチュリモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸した DLR のフィラエ探査機の後継となる 100kg 級の「MASCOT」着陸機や、レーダーサウンダやクレータ内部や岩塊上を移動調査する「MINERVA」発展型ローバなどが含まれた。マルコポーロ提案は第二選抜までコマを進めたが、最終的には天文観測ミッションに敗れた。しかしそのときの日独の共同検討が、同じ「MASCOT」という名を戴く 10kg 級の DLR 製着陸機を「はやぶさ2」探査機へ搭載する道を切り拓いた。「MINERVA」発展型のコンセプトも、「はやぶさ2」に搭載される二台の MINERVA-IIA ローバの相互通信・協調探査や、目標地点へにじり寄っていく新しい移動機構として結実した。ローバ/ランダに関する MEF レポートの記述は 202 ページに見られる。

ランダに,移動できる能力を付加したローバである.Boulder など特定の興味深い地形になるべく近づき観測を行なうのが,その任務である.・・・移動メカニズムは,大きな移動をホッピングにより行い,小さな移動を表面接地型のメカニズムによるハイブリッド方式を採用する.・・・MINERVA のような小型・単機能のローバを複数,小天体表面に投下して,全球観測,あるいは,全球ネットワークの構築を行なう.

6. EFP による人工クレーター形成

着陸探査機と並んで「はやぶさ2」の新たな探査技術として知られる「SCI(Small Carry-on Impactor)」は、小惑星内部を露わにしたり、地下物質を採取するために自己鍛造弾(EFP)を子機から発射し、人工クレーターを形成する。このアイディアの原型は、MEF レポートの 29 ページに記述されている(図 3)。

図 3. EFP 弾頭を使った人工クレーター形成コンセプト。(MEF レポート 29 ページより). Credit : TPSJ/MEF
 

 

7. アウトリーチペイロード

他にも、MEF レポートにアウトリーチ案として記載された、サポーターの寄付と参加による「アウトリーチペイロード」構想は、JAXA 寄付金で賄われた、サンプラーホーンを撮像する CAM-H カメラではからずも実現した。探査機の「自分撮り」画像はアウトリーチペイロードの最有力ミッションとして、次期小天体探査ワーキンググループでも検討され、はやぶさ原寸モデルを使った撮像試験まで行われていた。
 

8. 紳士協定第一項

以上見てきたように、現在の「はやぶさ2」探査機の、特にはやぶさ初号機から改良・追加された機能の多くは、MEF レポートにその原型を見つけることができ、はやぶさ MK-II の開発項目もいくつか継承されていることが分かる。

MEFは2000~2004年にかけて、「はやぶさ」に続く約10年後の日本の次期小天体探査について全国からアイディアを募り、科学的意義や工学的な実現可能性を検討し、JAXA/ISAS が実施できる規模の有力なミッション候補を創り出す活動を全うした。当時のメンバーは宇宙理学・工学の研究者にとどまらず、小・中学生,大学生,中・高校教師,公開天文台・博物館学芸員,アマチュア天文家,宇宙企業エンジニア,科学ジャーナリスト,SF 作家,海外在住の日本人研究者などが200名以上が集まっていた。

その後10年余りが過ぎ、MEF が先導した活動の多くは、主にはやぶさの地球帰還を境に、全国に浸透し、その中から多くの新しい潮流が生み出されてきた。当初 MEF が目指した目標、「太陽系探査を身近に感じる日常」と「一般市民が自分たちの探査機だと実感できるプロジェクト」は、すでに実現した感がある。

それでも、「はやぶさ2」が打ち上がり、人類二度目の深宇宙往復探査を始める今日は、MEF の DNA を持つはやぶさの雛の卵が孵る、特別な一日だ。

MEF 会員ページは実名主義で、いくつかの紳士協定に同意して入会する。紳士協定の第一項は、2000年の創立以来ずっと次のように書かれている。

(A)次期小天体探査を全国の仲間と創り、ミッションが実現した暁には、各自の立場で積極的に計画を支援する意欲を持つ。

 

探査機はノーズフェアリングの卵殻を割り、宇宙空間に躍り出てから、その使命が始まる。MEF メンバー一人ひとりのアイディアと行動力が真に問われるのも、そのときからである。今日、その日が来たことを喜ぼう。卵を孵すことに努力した、全ての人に感謝しよう。そしてこれからも、皆で力を合わせよう。
 

矢野創
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office