ディスカバリー計画一次選定に際して
April 17, 2021 Modified

原文 - 小天体探査フォーラム「ブラウン惑星人の日々」2015/10/07 掲載


廣井孝弘

米国ブラウン大学上席研究員

 



さて、NASA はディスカバリープログラムの 28 の応募の中から第一段階の選考で五つを選びましたね。以下の米国惑星協会のブログに詳しく説明してありますが、それら五つのミッション構想はこれから一年くらいかけて A 段階の調査に進んで、もちろんそのための予算もつくのです。
http://www.planetary.org/...

ご存知の方も多くいると思いますが、ディスカバリープログラムというのは NASA が Faster, Cheaper, Better をスローガンに掲げて NASA が1992年に当時の局長であった Dan Golden の指揮のもとに始まったものですね。Cheaper(より安い)といっても、今回はロケットや運用費用を除いた分でも 5 億ドル(600 億円)以下というので、日本がロケットを入れて 300 億円とかで「はやぶさ2」を打ち上げているのを考えると、やはりアメリカは規模が大きいなあと思わされますね。まあでも人口が日本の二倍ですから、それで良いのかも知れませんね。

しかし、JAXA の「はやぶさ2」の対抗馬として出してきたような NASA の OSIRIS-Rex はディスカバリープログラムではなく、最近冥王星をフライバイした New Horizons と同様のニューフロンティアプログラムの一つで、やはりロケットを除いた予算が 8 億ドル(960 億円)程度です。これだと、「はやぶさ2」の三倍以上になってしまいます。
https://en.wikipedia.org/...

まあ日本のように JAXA 職員も、大学の研究者も、企業の社員も酷使されて切り詰めて、「欲しがりません勝つまでは」の精神ではアメリカはやらないということを匂わせる予算で、大東亜戦争が思い起こされますが、今回は、我々日本人チーム員達は、おそらく酷使や特攻で死ぬ必要はないのは感謝ですね。私は更に、NASA から公募された Hayabusa 2 Participating Scientist に応募していて、そこから旅費や給料の支援を受けようと希望しているので、それに受かれば、状況はかなり好転します。競争は激しいので、それに落ちてもチーム員としての協力は続けると思いますが、自分や家族にどれだけの負担がかかるかと思うと、軽い気持ちではやれません。300 億円を 10 年で割っても 30 億円で、その 1 % だけを旅費として使ったとしても三千万円で、100 人で割っても年間 30 万円あります。その程度の旅費なので、ぜひ某研究機関には切にお願いしたいと感じます。

最近、日本の将来ミッションとしては、月にピンポイント着陸をする SLIM と、フォボスかデイモスから試料を持ち帰るミッションが浮上していますが、今回の五つの中にはそのようなものは入りませんでしたが、以下の Space Review のサイトによると、今回の 28 の応募の中には、火星の衛星に関するミッション提案が三つあったようです。
http://www.thespacereview.com/...

日本がやろうとしているフォボスかデイモスからの試料回収は、私の元ボスの Carle Pieters が以前提案してぎりぎりで落ちた Aladdin というミッション提案がありました。
http://www.lpi.usra.edu/... - PDF

今回も Carle は PANDRA というミッション提案に名を連ねていたようですが、残念ながら落ちてしまいました。やっぱり、試料回収にこだわった方がよかったのではという気がしますが、米国ではそれは 5 億ドル以下ではできないのかもしれませんね。
http://www.hou.usra.edu/... - PDF

一方、PADME というミッション提案には宇宙研の矢野さんをはじめとする、私には見覚えがあるような名前が見えます。隕石や惑星間塵などの物質科学と衝突とかの地球物理学の関連の専門家たちの集団かもしれません。以下の LPSC アブストラクトを見ると、PADME には表面近くの元素組成を測定するための二つの独立した機器が搭載されるようです。それで物質が本当に同定できれば良いですが。
http://www.hou.usra.edu/...

また、この MERLIN というミッション提案にも、ブラウン大出身者や RELAB ユーザーが入っていますね。より火星の研究者が多いように思います。
http://www.hou.usra.edu/... - PDF

どれも試料回収はしないので、安価かつ安全でありながらも、NASA の強みのリモセンやその場測定の実力を発揮するようなミッション提案だったのでしょう。反対に、JAXA はそのあたりがそれほど強いとは言えないので、試料回収にこだわるのは大正解だと思います。

さて、A 段階まで進めた5つのミッション提案ですが、その3つは小惑星関連で、残りは金星です。それらは、Psyche、NEOCam、Lucy と呼ばれるミッションです。

Psyche は、その名の通りの M 型小惑星 16 Psyche に行って、原始惑星の金属中心核(コア)とも考えられるその天体から分化した惑星の内部の過程を直接探るスリルがあると言えます。確かにそうなんですが、もしそれがコアの生き残りでなかったらどうなるのだろう、という危惧もしてしまいます。
http://www.planetary.org/...

次の NEOCam は非常に単純なミッションで、NEO(近地球天体)つまり地球軌道に接近するような小惑星や彗星を WISE ミッションのように二つの熱赤外バンドで測定して、それらの大きさや軌道を求めて、地球に衝突する可能性や有人またはロボットによる探検ミッションの可能性を探るというものです。素人にもわかりやすくて面白いとは言えますね。
http://neocam.ipac.caltech.edu/...

3つ目の Lucy ミッションは、太陽―木星系の2つの安定ラングランジュ点(L4とL5)にあるトロヤ群小惑星に行くものです。これが一番、太陽系生成論にとって有用な情報を与えてくれるミッションだろうと思います。
https://planetary.s3.amazonaws.com/.. - PDF

このミッションは非常に野心的で、2021年の10月に打ち上げて、2024年の12月に地球スイングバイをして、L4 に行く途中2025年4月に主ベルトの C 型小惑星 1981 EQ5 にフライバイし、2027年8月から2028年10月にかけて L4 トロヤ群の三つの C 型や D 型の小惑星と遭遇し、何と2031年1月に地球に戻ってきてまたスイングバイし、2032年3月に L5 トロヤ群の P 型の二重(バイナリ―)小惑星に遭遇するというものです。

これを知った時に、そこまでやれるならば、小さい D 型のトロヤ群小惑星から試料を持って帰れないのか、と思ってしまいました。実際、日本の将来ミッション、特に、はやぶさ2後継機とも考えられるミッション構想にトロヤ群小惑星の探査と試料回収がありますが、ミッションが 30 年とか長くかかるということです。それは JAXA だからなのか、NASA ならできるのか、などはわかりません。とにかく、いきなりは無理だろうということで、フォボス・デイモス試料回収計画が出たのではないかと憶測していますが、それが「はやぶさ3」になるのであれば、「はやぶさ4」でトロヤ群を目指してもらいたいものです。

結論を申し上げれば、私は Lucy ミッションが一番好きですね。悔しい気持ちもしますが、その場観測ではやはり不十分な部分が残る限り、やはり試料回収したものが最終的な組成情報を得ると思います。それにしても 11 年にわたる壮大なミッションを現実的な形で NASA に提案する科学者たちがいる米国はすごいところです。でも、日本もきっと将来負けていないですよ。おそらくきっと。。。

廣井孝弘
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office