次世代太陽系探査
太陽系形成・生命起源
Renazzo 隕石 ~ 先太陽系-初期太陽系の始原的物質の痕跡 ~
Renazzo 隕石 ~ 先太陽系-初期太陽系の始原的物質の痕跡 ~
エポックメイキングな隕石たち その13. February 20, 2020. Published
橋口未奈子 : 九州大学惑星微量有機化合物研究センター
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
1824年にイタリアに落下した Renazzo 隕石は CR コンドライトを代表する隕石で,プレソーラー粒子の存在や,水,有機物が示す同位体異常から,その始原性を知らしめた隕石である.また,コンドリュール内部及び外縁部に多くの金属鉄を含んでおり,コンドリュール形成時の金属粒子とケイ酸塩の挙動についても多くの知見をもたらしている.
1. はじめに
コンドライトは,組織,鉱物組成,全岩化学組成,酸素同位体組成によって,複数の化学グループに分類される.炭素質コンドライトは CI, CM, CO, CV, CK, CR, CH, CB の 8 グループに分類され,Cの後ろのアルファベットは代表する隕石の頭文字に対応している.Renazzo 隕石は,CR(炭素質 Renazzo-like)コンドライトを代表する隕石である.
2018年07月20日現在,180 個の CR コンドライトが発見されており[1],特に,CR コンドライトの全岩やマトリックスの粘土鉱物,有機物が示す特異な同位体組成には多くの研究者が着目し研究が進められている.Renazzo 隕石は,希ガスや水素・窒素の同位体組成から,CR コンドライトが最も始原的な隕石種であることを最初に示した隕石である.また,コンドリュール中の金属粒子の分析によって,コンドリュール形成時の金属粒子とケイ酸塩の挙動についても様々な議論が行われており,落下後 200 年近く経つ現在も数多くの研究が行われている.本稿では,Renazzo 隕石の概略とエポックメイキング的研究を紹介する.
2. Renazzo 隕石
1824年01月15日午後20時30分頃,イタリアのフェラーラ県レナッツォ村(44° 46'N,11° 17'E)に一条の光と複数の火球が目撃された.総重量 10 kg の隕石として回収されたのが Renazzo 隕石である.破片は計三つ,最も重いものは 5 kg の重量があったと記録が残されている[1?3].Renazzo 隕石は,落下が目撃された非常に貴重な隕石で,他に落下が目撃されている CR コンドライトは Al Rais 隕石(1957年落下)と,Kaidun 隕石の一部(1980年落下)のみである[1].
Renazzo 隕石は落下時期こそ古いものの,長らく研究が行われなかった.最初に岩石記載を行ったのは Mason らで,サイズの大きなコンドリュールや Fe-Ni 金属に富む特徴などが報告された[4].当初は岩石組織が CV コンドライトに類似していることから,Fe-Ni 金属に富む例外的な CV コンドライトと考えられていた[5].しかし,1900年代に入って落下した Al Rais 隕石や Kaidun 隕石,南極で発見された隕石など,Renazzo 隕石と類似した化学的特徴を示す隕石が発見され,その後議論を経て,1993年に CR コンドライト(Renazzo-likechondrite)という新しい分類が確立された[6].実に,回収されてから 169 年後のことだった.
Renazzo 隕石は,コンドリュール,難揮発性包有物,暗色包有物,Fe-Ni 金属,硫化物,細粒マトリックスから構成される.Fe-Ni 金属の存在度が炭素質コンドライトとしては異例に高く(7.4 vol % ; [6])(図 1),これは CR コンドライトの大きな特徴である.
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図 1. Renazzo隕石薄片の電子顕微鏡写真.濃い灰色の球状物質はコンドリュール,白色の物質は主に金属粒子に対応する.数100 μm~mmサイズのコンドリュールを多く含み,コンドリュール内部や外縁部には多数の金属粒子が含まれる.スケールバーは3 mmに対応する.
データ提供 : 阿部憲一博士(ウェズリアン大学),北海道大学大学院理学研究院圦本研究室.
また,層状ケイ酸塩や炭酸塩を含み水質変質の痕跡を示すことから,岩石学タイプ 2 に分類され[6,7],CR2 コンドライトの中でも特に強い水質変質を受けている隕石である[6].
3. Xe 同位体異常とプレソーラー粒子
プレソーラー粒子は,太陽系形成以前に赤色巨星や超新星で形成された星間塵のことで,始原的な地球外試料に保存されている.太陽系物質とは著しく異なる同位体組成(同位体異常)を示すことから発見され,ダイヤモンドや SiC,グラファイト,Al2O3などの酸化物,ケイ酸塩などが報告されている.プレソーラー粒子の存在は,1970年代の始原的隕石中の酸素同位体異常の発見[8]から広く受け入れられるようになったが,Renazzo 隕石は,それ以前に,初期太陽系における同位体不均一と,始原的隕石中のプレソーラー粒子の存在を示唆した隕石である.
1964年,Renazzo 隕石の段階加熱による希ガス同位体分析によって,2 タイプの Xe 同位体異常が報告された[9].一つは,放射性核種である 129I の壊変を起因とする 129Xe の大きな過剰,もう一つは,134Xe と 136Xe の過剰である.129Xe の 過 剰 は Reynolds によって Richardton 隕石(H5 普通コンドライト)や Indarch 隕石(エンスタタイトコンドライト)から既に報告されていた[10, 11].後者は Xe 同位体組成のバリエーションや 244Pu の影響を考慮しても,核分裂成分,地球大気に加えた少なくとも一つは第三の成分を必要とすることが示唆された.この第三の成分の発見は,後の様々なグループによる Murchison 隕石などの詳細な希ガス研究(e.g. [12])につながっており,太陽系形成前に存在したプレソーラー粒子の単離・発見への引き金となったのである.このような種々の起源による希ガス同位体異常は,Renazzo 隕石の始原性を反映したもので,Renazzo 隕石は CR コンドライトの始原性を最初に示した隕石であると言える.
4. 高い D/H 比をもつ水の起源についての論争
Renazzo 隕石は,コンドライトに保存されている水の起源についての論争のきっかけになった隕石でもある.低温環境下で生成する星間空間の水分子や彗星氷は高い D/H 比を示す(e.g.[13]).また,コンドライトからも高い D/H 比をもつ含水鉱物が報告されており,水素同位体組成を元にコンドライト中の水の起源が議論されてきた(e.g.[14]).
高い D/H 比をもつ水がコンドライトから最初に報告されたのは1979年で,普通コンドライトの Chainpur 隕石の水(最大 D/H 値 9 x 10-4: ~4,800 ‰)であった[15].このような水の起源として,原始太陽系星雲での H2 ガスと H2O の同位体交換による熱的なプロセスなどが提唱されていた[16].しかしその後,星間空間での化学反応で生成したことを示唆した隕石の一つが Renazzo 隕石である.
1995年,Deloule らによる二次イオン質量分析装置(SIMS)を用いた局所分析で,Renazzo 隕石のコンドリュール,マトリックス,炭素質包有物などの水素同位体組成が測定された[14].その結果,マトリックスが最も高い D/H 比(δD≧1,050 ‰)を示し,Si+ や K+ イオン強度と D/H 比の明らかな正の相関が見られたことから,高い D/H 比のキャリアはマトリックスの層状ケイ酸塩であることが示された(図 2).そして,マトリックスの水素同位体組成は,原始太陽系星雲の圧力・温度範囲における熱力学的プロセスで説明することが出来ず,120 K 以下の星間空間でのイオン - 分子反応によって形成されたと主張された.
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図 2. Renazzo 隕石構成物の D/H 比と,H2O および K+ 濃度の比較.マトリックスが最も高い D/H 比を示し,H2O, K+ に富むことから,高い D/H 比のキャリアが層状ケイ酸塩であることが示唆された.[14]のデータと Fig.5 を基に作成.
Image Credit : 遊星人
しかしながら,マトリックス中の含水鉱物は,空間的に有機物と複雑に絡み合っており,その場分析によってそれぞれの同位体組成を区別することは非常に困難である(e.g. [17, 18]).次節で述べるが,Renazzo 隕石の有機物は非常に高い D/H 比をもつため[19],有機物の影響を考慮する必要があった.近年,Alexander らのグループは,炭素質コンドライトの全岩水素同位体組成が有機物と含水鉱物の単純な混合と考え,コンドライトの水の D/H 比を求めた[20].その結果,炭素質コンドライト中の水の D/H 比は 0.2-1.7x10-4 程度で,地球と原始太陽の間の値を示した.太陽からの距離と水の D/H 比には相関は見られず,コンドライトの水の水素同位体組成は,星間空間ではなく太陽系内の水の組成を反映していると結論づけられた.また,Renazzo 隕石を含むCRコンドライトマトリックス中の D/H 比は数 10 ミクロンスケールの不均質性があることから,その値は星間氷の組成を直接反映しているのではなく,水質変質時の有機物との同位体交換などにより,二次的に獲得したものであると考えられている[18].さらに近年,Yurimoto らによる SIMS を用いた局所分析で,普通コンドライト中の流体包有物の水素同位体組成と酸素同位体組成が測定された[21].その結果,コンドライトの水は,初期太陽系において,普通コンドライトや炭素質コンドライト母天体に集積した水と彗星起源の水との混合で獲得されたものであると解釈されている.
5. 始原的な有機物の存在
炭素質コンドライトの有機物の研究は,Murchison 隕石(CM2)を用いた研究により数多くの知見がもたらされているが,Renazzo 隕石をはじめとした CR コンドライトは始原的な有機物を保存している隕石として注目を浴びてきた.
コンドライト有機物の大部分(70 % 以上)は酸や有機溶媒に溶けない不溶性有機物(Insoluble organic matter, IOM)である[22].これらは,酸を用いた化学処理によって,鉱物を溶解した後の残渣として得られる.IOM は複雑な構造をもつ高分子有機物であり,芳香族の骨格に,脂肪族炭化水素を初めとした多様な官能基が架橋したモデル構造が提唱されている[22, 23].炭素質コンドライト IOM は,重い水素や窒素に富む[19, 24].このような同位体組成は,分子雲などの極低温環境下でイオン-分子反応や塵表面反応で説明可能[19, 25]なことから,コンドライト IOM は極低温の星間起源であると考えられている[e.g. 19, 24].特に CR コンドライト IOM は著しく高い D/H 比,15N/14N 比を示す[e.g.19, 24]が,その証拠を最初に示したのは Renazzo 隕石だった.
Renazzo 隕石の IOM の水素・窒素同位体組成はそれぞれ最大 +2,500 ‰,+150 ‰ で,これは Murchison 隕石や Orgueil 隕石の IOM より 2 倍以上高い δD,δ15N 値である[19].また,炭素質コンドライト IOM には,著しく D や 15N に富むミクロンスケールの局所的な領域(ホットスポット)が存在し,Renazzo 隕石を含む CR コンドライトからも多数のホットスポットが報告されている[26, 28].ホットスポットは,酸処理によって抽出した IOM からだけでなく,隕石岩片試料のその場分析でも多数報告されており[27, 30],極低温環境下で形成されたナノメートルサイズの有機物粒子(有機ナノグロビュール)がそのキャリアであると考えられている[e.g. 27, 29].一方,炭素質コンドライト IOM の,少なくとも水素同位体組成は,隕石母天体上の熱変成や水質変質により地球物質の値に近づく δD が小さくなる)傾向が見られている[e.g. 24, 28].IOM が高い δD,δ15N 値を示すことから,CR コンドライトには最も始原的な有機物が保存されていると考えられている(e.g. [24, 28]).
6. 金属粒子とコンドリュール形成
Renazzo 隕石は,コンドリュール形成時の金属粒子とケイ酸塩の挙動について重要な知見をもたらした隕石でもある.Renazzo 隕石のコンドリュールには多数の金属粒子が存在する[4, 6](図 1).コンドリュールの内部,または外縁部に分布しているのが特徴的で,これは多くの CR コンドライトに共通した特徴である.
Renazzo 隕石のコンドリュールは,当初,原始太陽系円盤における直接凝縮物であると考えられていた(e.g. [30]).これは,コンドリュール内側に存在する金属粒子が,外縁部の粒子よりも Ni と Co に富む傾向があること,また,金属粒子の P や Cr 含有量が凝縮プロセスで説明できることが理由として挙げられている.しかし,その後の研究によってこの説は否定されている.
コンドリュール中の金属粒子の多くは,中揮発性元素の Au に乏しく,また,コンドリュール外縁部の金属粒子にはその傾向は見られず,難揮発性親鉄元素である Os や Ir に乏しいという微量元素パターンを示した(e.g. [31]).これらの結果から,コンドリュール中の金属は,一旦高温で蒸発した後に,コンドリュール表面に再凝縮したと主張された(e.g. [31]).また,溶融の程度の高いコンドリュールほど,各々の金属粒子の Co,Ni 含有量が均質で宇宙存在度に近い傾向が見出され,金属粒子の Co,Ni 含有量は,ケイ酸塩や周囲の星雲ガスとの Fe の交換に伴う Co,Ni の移動で説明されている[32].さらに,溶融の程度の大きいコンドリュールはオリビンの Mg/Fe 比(Forsterite mol %)が高く,これは,コンドリュール形成中の Fe の消失の証拠であると解釈されており,また,リム付近よりコンドリュール中央付近の金属粒子の P 含有量が多いことからも,金属粒子の蒸発・再凝縮プロセスが支持されている[33].さらに,当初,直接凝縮物の根拠とされた金属粒子の Cr 含有量については,コンドリュール形成時に,ケイ酸塩と反応した結果であると考えられている[33].
近年では,放射光 X 線トモグラフィーを用いて Renazzo 隕石のコンドリュールが分析され,3D イメージと化学組成データを組み合わせた解釈がなされている.その結果,加熱によって,コンドリュール中でケイ酸塩-金属粒子のある程度の分離が生じているか,あるいは,コンドリュール形成前や形成時に,コンドリュールの外側で,局所的なケイ酸塩-金属粒子の分別が生じた可能性も指摘されている[34].
7. おわりに
以上のように,Renazzo 隕石は,CR コンドライトの始原性を示すきっかけとなったプレソーラー粒子,始原的な水や有機物,コンドリュール形成プロセスに至るまで,多くのエポックメイキング的発見をもたらした隕石である.特に,Renazzo 隕石を含む CR コンドライトの有機物は,その同位体的特徴から,隕石有機物の起源や進化の解明の重要なヒントを握る物質であると期待される.Renazzo 隕石は,強い水質変質を受けていることから,変質で有機物の酸化・分解が生じたことも指摘されている(e.g. [35])が,一方で,近年の分析では,サブミクロンスケールの微小領域において,水質変質作用で有機物-水-鉱物が密接に関わり進化した重要な証拠ももたらしてくれている[18].また,MET 00426 隕石など非常に始原性の高い CR コンドライトの研究の比較対象としても,未だ多くの知見が得られている[36].落下が目撃された数少ない CR コンドライトであり,また,回収された重量も多いため,Renazzo 隕石からは今後も様々な情報が得られるだろう.
謝辞
本稿を執筆する機会を頂き,最後まで丁寧かつ建設的なご意見を頂いた野口高明博士,山口亮博士,岡崎隆司博士に厚く御礼申し上げます.また,査読者である小松睦美博士には多くの有益なコメントを頂きました.深く感謝致します.
参考文献
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Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan