Monahans(1998)とZag ~ 太陽系最初期の水を取りこんだ岩塩を持つ隕石 ~
エポックメイキングな隕石たち その12. December 23, 2019. Published

馬上謙一 : 北海道大学大学院理学研究院

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

Monahans (1998)と Zag は1998年に地球に落下した普通コンドライトである.これらの隕石には岩塩であるハライト(Halite : NaCl)が含まれており,そのハライト中には水を主成分とする流体包有物が存在していた.そのため,小惑星帯に存在する天体の水の起源を考える上で非常に興味深い試料として,様々な研究がなされてきた.これらの二つの隕石の岩石的な特徴と年代学的な研究,及び,ハライトの成因について紹介する.
 

1. はじめに

Monahans(1998)(以下 Monahans)は1998年03月22日にアメリカ,テキサス州西部モナハンズに二つの火球として落ちてきた.共に回収され,それぞれ 1.34 kg,1.24 kg だった [1]. 一方,Zag は1998年08月04 - 05日ごろに,西サハラからモロッコにかけて隕石シャワーとして降りそそぎ,現在までに 175 kg が回収されている[2].Zag の名前はモロッコのアサ・ザグ州に由来する.

これらの隕石が一躍注目を浴びたのは,Monahans 隕石中にハライト(NaCl)を含み,そのハライト中に水が発見されたからである[3].その後,Zag からも同様のハライトが発見された[4].これらふたつは共に H コンドライトの角礫岩であり,天体表層での衝突・混合過程を反映した様々な岩相が見られる.図 1 に示すように,大別すると白っぽい岩相と黒っぽい岩相が存在することが分かる.
 

Image Caption :
図 1. Zagのチップ写真.白っぽい明岩片と黒色の暗マトリクスが分布している.
Image Credit : 遊星人
 

2. 岩石学的タイプとハライトの特徴

これらの隕石は H コンドライト隕石の角礫岩である.Monahans を構成する岩片(クラスト)は全て H5 に分類されるため,隕石全体としてもタイプ H5 に分類される[3].一方で,Zag を構成する岩片の岩石学的タイプは 4 から 6 とさまざまであるため,隕石全体としては H4 - 6 と表記される[5].Zag は,45 % ほどを占める白っぽい砕屑岩片[light-colored metamorphic clas(t 明岩片)],50 % ほどを占める黒っぽいマトリクス[clastic matrix (暗マトリクス)],5 % を占める黒い砕屑岩クラスト[dark clas(t 暗岩片)],ごくわずかのインパクトメルト岩片(impact-melt-rock clast)からなる[5].ハライトはこの中の暗マトリクスから発見された[3-5].Monahans と Zag の全岩希ガス同位体分析から,太陽風起源希ガスが捕獲されていることが分かった[6, 7].太陽風起源希ガスは特に暗マトリクスに卓越していた.太陽風起源希ガスが捕獲されているということは,これらの角礫岩は母天体存在時にレゴリスとして母天体表層に存在していたということを示している.

Monahans にはハライトに伴い,シルバイト(KCl)が存在していた[3]が,Zag にはシルバイトは認められなかった[5].いずれの隕石中のハライトも,色は深い青から紫,大きさは大きいもので数 mm 程度である.太陽風,宇宙線などの放射線によってハライト結晶内に欠陥が生じ,呈色すると考えられている[8, 9].また,ハライトには流体包有物が見られ,主成分は水であった[3].ハライト中の流体包有物は Zag の方が数多く見られ,これは Zag のハライトが Monahans より低温で流体をトラップしたことを示唆している [5].
 

3. 年代学的な研究

これらのレゴリス角礫岩は一般的な H コンドライトと同じく,太陽系形成直後の 45 - 46 億年前に形成されたと考えられている[3, 7, 10].Monahans の Ar - Ar 年代は暗マトリクスで43.8 ±1.0 億年,明岩片は 44.4 ± 0.6 億年であった[7].しかしながら,39 Ar/40 Ar 比で示される年代スペクトルは複雑で,おそらく角礫化過程での衝撃変成もしくは熱変成によるものと考えられる.また,変成前の,母天体形成年代は Ar - Ar 年代の中で最も古い 45.3 億年と見積もられた[7].Monahans 中に存在するハライトの Ar - Ar 年代はホストである角礫岩部分より若干若く,43 億年程度であった[7].

Zag の Ar - Ar 年代および I - Xe 年代は Whitby らによって測定された[10].Ar - Ar 年代は Monahans よりも若く,暗マトリクスが 42.5 ± 0.3 億年,明岩片は 42.9 ± 0.3 億年であった.また,ハライト 2 試料を測定したところ,40.3 ± 0.5 億年及び 46.6 ± 0.8 億年であった.そして同じハライト試料のI-Xe年代を行ったところ,その年代はともに 45.62 億年であり,ホストの岩相よりも古い年代を示した.この古い I - Xe 年代はハライトが Zag 母天体形成より以前(もしくは同時期)に生まれ,その後 I - Xe 系は擾乱されていないことを示唆している.

これら二つの隕石の宇宙線照射[Cosmic-ray exposure(CRE)]履歴はレゴリス角礫岩であるため複雑である.CRE 起源 21Ne 量はともに明岩片よりも暗マトリクスの方が圧倒的に多い[6, 7].これは母天体から放出され地球に落下するまでの期間,つまり隕石として宇宙空間に存在した期間生成された CRE 起源ネオンに加え,母天体表層(天体表面から数mより浅い)において当時の宇宙線との核反応によって生成された,レゴリスとして存在した期間に生成された CRE 起源ネオンが,母天体放出イベント以前より存在していたためであると考えることができる.この 21Ne 過剰量をもとに,母天体での暗マトリクスの CRE 年代は,明岩片に比べ,短くとも 1000 万年の照射があったと見積もられている[7].この CRE 起源ネオンの存在は,暗マトリクスが太陽風起源希ガスを持つ,つまり母天体表層に存在していたことと調和的な結果である.
 

4. 母天体の形成とハライトの成因

上記の岩石学的な特徴と年代学的な特徴を組み合わせてこれらの隕石の母天体とハライトの成因を考えてみる.母天体形成年代が 45.3 億年[7]とすると,母天体集積後に短寿命核種崩壊による天体内部での加熱により,H4 - 6 程度に対応する熱変成が 200 - 1000 万年程度の期間で起きた[11, 12].その後,多重の小天体衝突により,母天体表層での破砕・混合によるレゴリスが形成され,同時に太陽風及び宇宙線に 1000 万年程度曝された.太陽風を浴びたレゴリスはその後,母天体深くに移動し,上載圧力による続成作用により角礫岩になった.最終的に母天体から放出され隕石として地球に落ちてきた.

一方,ハライトの成因について,Zolensky らは二つの可能性を示唆した[3].一つは,母天体上でハライトの析出した可能性,もう一つは,H コンドライト母天体外からの供給であり,具体的には塩を含むような氷天体からもたらされた可能性である.ハライトの流体包有物中には二価のカチオン(Fe2+,Mg2+,Ca2+ など)が存在している[5]ことから,なんらかの熱水が鉱物を溶かしたことが示唆される.そのようなカチオンを含む熱水が母天体上で”水たまり”を形成し,そこでハライトが析出しつつ流体をトラップしたと考えることができる.この場合,流体包有物を含むハライトの形成は熱水反応(含水珪酸塩の脱水反応だとするとおよそ 500 ℃ [13])も 100 ℃ 以下の低温で起こらなければならない[3, 5]ため,ハライト形成と鉱物- 熱水反応とは異なる領域で起きたはずである.

ハライトが母天体などの含水鉱物を含む天体で形成したとすると,ハライト及び流体包有物の起源は母天体形成時に含水ケイ酸塩が脱水した際に放出された熱水であると考えられる.H コンドライト母天体の場合,ほぼ現存しない含水鉱物がHコンドライト母天体に存在しなければならない.また,ハライト形成がその後の角礫化のステージと関係ないとするならば,なぜ,暗マトリクスからのみしかハライトは見つからないのか.上記二つの矛盾と疑問は,流体包有物の水が H コンドライト母天体起源でなく C コンドライトなど他の母天体起源と考えればうまく説明できる.

含水鉱物を多量に含む C コンドライトの一つである CI や CM コンドライト的な天体や氷が主成分の彗星などがハライト中の水の起源ならば,水の水素・酸素同位体組成はその起源を判別する極めて有用な指標になる.それぞれの隕石・彗星は水素・酸素同位体組成が異なる[14 and references therein] ことから区別することができる.Yurimoto らは Monahans と Zag の流体包有物の水素・酸素同位体分析を試みた[14].流体包有物を研磨により試料表面にむき出しにすることができないため,真空の試料室内で,流体が凝結するように試料を冷やしながら(- 190 ℃),一次イオンで数 10μm 掘り進めた後,同位体分析が行われた.同位体分析の結果,Hコンドライト母天体起源の酸素と彗星起源の酸素の成分が混ざったような同位体比を示し,これはそれぞれの成分の非平衡な流体包有物への取り込みを示唆しているのかもしれない.いずれにせよ,水の起源は H コンドライト母天体だけでなく,炭素質コンドライトや彗星などの他天体起源の水も混ざっているらしい.
 

5. おわりに

Monahans と Zag という,レゴリス角礫岩中にハライト(及びシルバイト)結晶を含む隕石の特徴とその成因を紹介してきた.これら二つの隕石は非常によく似た特徴を持つが,ハライトの特徴や年代学的特徴がお互いに少しずつ異なることからペア隕石ではなさそうである.コンドライト母天体の水の起源は,地球の水の起源にもかかわる可能性のある重要な情報である.また,ハライトの形成年代とホストの岩相の年代の関係は,流体の形成順序を考える上で必要不可欠である.共に,より詳細な研究が行われ,コンドライト形成領域での水の挙動とその歴史が解き明かされることが期待される.
 

謝辞

本稿を執筆するにあたり,建設的な意見をいただいた中嶋大輔氏,岡崎隆司氏,野口高明氏,山口亮氏に感謝申し上げます.
 

参考文献

[1] Meteoritical Bulletin No. 82, 1998, Meteoritics & Planetary Science 33, A221.
[2] Meteoritical Bulletin No. 83, 1999, Meteoritics & Planetary Science 34, A169.
[3] Zolensky, M. E. et al., 1999, Science 285, 1377.
[4] Zolensky, M. E. et al., 1999, Meteoritics & Planetary Science 34 (Supplement), A124.
[5] Rubin, A. E. et al., 2002, Meteoritics & Planetary Science 37, 125.
[6] Schultz, L. and Franke, L., 2004, Meteoritics & Planetary Science 39, 1889.
[7] Bogard, D. D. et al., 2001, Meteoritics & Planetary Science 36, 107.
[8] Chang, F-R. et al., 1996 in Rock-Forming Minerals, 369.
[9] Nassau, K., 1983, in The Physics and Chemistry of Color.
[10] Whitby, J. et al., 2000, Science 288, 1819.
[11] Huss, G. R. et al., 2006, in Meteorites and the Early Solar System II, 567.
[12] McSween Jr., H. Y. et al., 2002, in Asteroids III, 559.
[13] Lipschutz, M. E. et al., 1999, Proc. NIPR Symp. Antarct. Meteorites 12, 57.
[14] Yurimoto, H. et al., 2014, Geochem. J. 48, 549.
 

 



Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Akira IMOTO. TPSJ Editorial Office