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Tenham 隕石 ~ 小惑星から探る地球マントル物質 ~
Tenham 隕石 ~ 小惑星から探る地球マントル物質 ~
エポックメイキングな隕石たち その 08. June 28, 2017. Published
富岡 尚敬:海洋研究開発機構高知コア研究所
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
激しい衝撃変成を経験した隕石には,衝撃時の高温高圧下で形成された高圧鉱物が含まれている.これらの高圧鉱物は隕石の主要な母天体である小惑星における衝突現象についての情報のみならず,地球マントル物質の物理化学的性質にも様々な示唆を与えてくれる.
1. はじめに
今から一世紀以上前に遡る1879年,オーストラリア・クイーンズランド州のステップ地帯(25° 44'S, 142° 57'E)で流星雨が観察された.そこで多数発見された石質隕石は,地名にちなんで Tenham(テンハム)隕石と名付けられた.このうち,大英博物館に所蔵されているコレクションは最大で,数量 102 個,総重量約 49 kg に及ぶ[1].Tenham は普通コンドライトに分類されており,一見しただけではありふれた隕石である.そのためか,その後 90 年近くもの間,Tenham が研究されることはなかった.しかし,1960年代の終わりに始まった詳細な鉱物学的記載により,Tenham は数々の高圧鉱物を内包していることが明らかとなり,衝撃変成の研究で最も有名な隕石の一つとなった.
2. 高圧鉱物の発見史
地球深部を構成する鉱物の多くはケイ酸塩や酸化物の高圧相と考えられている.そのため,鉱物物理学者はレーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル,川井型マルチアンビル装置といった高温高圧発生技術を駆使し,高圧相の安定領域を探る研究を1960 年代より精力的に続けている.その結果,主要な造岩鉱物組成における高温高圧下での相関係が明らかとなった.天然試料については,合成された試料から得られた結晶学的データに基づいてキャラクタリゼーションが行われるケースが大半である.当初は人工物でしかなかった石英の高圧相が,1960年代初めにコーサイト,スティショバイトとしてアリゾナのバリンジャー隕石孔から発見されたことで,高圧鉱物は衝撃変成に伴う高温高圧発生の直接的な証拠として一躍脚光を浴びることになった.しかし,それら高圧鉱物の存在量は非常に小さく,隕石孔試料から高圧鉱物を抽出するには大量の砂岩のフッ化水素酸処理という根気のいる作業が必要であった.
一方,地球外物質である隕石からは,十数 GPa を越える超高圧下で安定なケイ酸塩高圧相が数々発見されている.中でも高圧鉱物について最も多くの報告がされている普通コンドライト隕石は,カンラン石,輝石,斜長石,Fe-Ni 金属,トロイライトを主要構成鉱物とする.1969年に Tenham 中からカンラン石の化学組成を持つスピネル構造相が天然で初めて発見され,地球科学の巨人である A. E. Ringwood にちなんでリングウッダイトと名付けられた[2](表 1).その翌年には,Coorara 隕石から輝石組成を持つ立方晶ガーネット相が発見された(鉱物名:メージャライト)[3].強い衝撃を受けた隕石中の高圧鉱物は隕石孔の試料と比べると生成率が高いが,それでも試料のごく限られた領域にしか存在しない.また,隕石の鉱物組み合わせは複雑であることが多いため,一般的な粉末X線回折による結晶構造同定は容易ではない.しかし,1970年代初頭から透過電子顕微鏡(TEM)が用いられるようになったことで,サブミクロンスケールの微小な結晶粒子一つ一つから,電子線回折パターンが取得できるようになった.この技術革新により,Tenham 中にカンラン石組成の変形スピネル相(鉱物名:ワズレイアイト)が新たに発見された(表 1).
表 1. Tenham 隕石中の高圧鉱物.
鉱物名 | 結晶構造 | 化学組成* | 文献 |
wadsleyite | 変形スピネル | Mg2SiO4 | Putnis and Price(1979)† |
ringwoodite | スピネル | Mg2SiO4 | Binns et al.(1969)†, ‡ |
majorite | ガーネット(立方晶) | MgSiO3 | Price et al.(1979) |
majorite | ガーネット(正方晶) | MgSiO3 | Xie and Sharp(2007)†, Tomioka et al.(2016) |
akimotoite | イルメナイト | MgSiO3 | Tomioka and Fujino(1997)†, Tomioka and Fujino(1999)‡ |
bridgmanite | ペロヴスカイト | MgSiO3 | Tomioka and Fujino(1997)†, Tschauner et al.(2014)‡ |
lingunite | ホランダイト | NaAlSi3O8 | Tomioka et al.(2000)† |
*化学組成は端成分(主要成分)で表されている.
†天然試料として初めての記載を行った文献.
‡新鉱物として命名を行った文献.
その後の 20 年近くは高圧鉱物の記載は忘れられた感があったが,1990年代後半に入り,ドイツ・バイロイト大,米国・アリゾナ州立大,日本では筆者らのグループがエネルギー分散X線分光装置(EDS)付きの透過電子顕微鏡(ATEM)を,衝撃を受けた隕石の研究に応用した.ATEM はサブミクロンスケールで複数の鉱物が入り交じり合う試料において,個々の粒子の結晶構造と化学組成の決定を可能にした.また,放射光による高輝度 X 線を用いた微小試料の回折実験が身近になったこともあり,現在に至るまで高圧鉱物の発見と命名の激しい競争が繰り広げられている.
このような微細試料の分析技術の発展により,カンラン石の高圧相以外でも,Tenham からは輝石組成のイルメナイト相(アキモトアイト),ペロヴスカイト相(ブリッジマナイト),斜長石組成のホランダイト相(リングンアイト)が次々に発見された(表 1)[4].天然に見出された鉱物は,その化学組成と結晶構造の組み合わせが既知の鉱物と異なることが国際鉱物学連合(IMA)に認められると,鉱物種として固有の名前が与えられる.リングウッダイト同様,上記に示した高圧鉱物の名前はいずれも高圧物性や高圧地球科学に貢献のあった研究者に由来している.新鉱物としては承認されていないが,最近,低 Ca 輝石組成をもつ低対称の正方晶ガーネット相(メージャライト)が,著者らの詳細な ATEM 観察により完全に記載された[5].
3. Tenham の衝撃組織と高圧鉱物の産状
Tenham は母天体の熱変成作用におけるコンドルールとマトリックスの組織的,化学的均質化が進んだ平衡コンドライトであり(岩石学タイプ 6),化学的グループは L 型の普通コンドライトに属する.この隕石の大きな特徴は,試料全体にわたって主要構成鉱物のケイ酸塩鉱物に特徴的な割れや変形の組織が見られることである.また局所的にも幅 1 mm 以下程度の黒色の脈状組織(ショックベイン)(図 1)や局所的な溶融組織(メルトポケット)を持つ. これらの組織は,Tenham がかつて強い衝撃変成に晒され,母岩のコンドライトが局所的に融解したことを示している.また,これらのメルト近傍を偏光顕微鏡で観察すると,カンラン石が再結晶化していたり,斜長石が屈折率の高い高密度ガラス(マスケリナイト)になっていることが分かる.
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図 1. Tenham コンドライト(L 6)の衝撃溶融脈(ショックベイン)の光学顕微鏡写真.脈中に見られる青い粒子はリングウッダイト[(Mg,Fe)2SiO4 スピネル].
高圧ケイ酸塩鉱物は二種類の産状を示す.一つはショックベインやメルトポケットの黒色部を構成する比較的粗粒(数ミクロン以下)な粒子で,複数の種類の結晶質ケイ酸塩,非晶質ケイ酸塩が混在している.また,Fe-Ni-S に富む物質やFe酸化物がケイ酸塩の粒間物質や包有物として散在しているのが特徴である.Tenham のショックベインでは,立方晶メージャライトや単斜エンスタタイトが卓越する(図 2).
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図 2. Tenham のショックベイン中に見られる高圧鉱物の透過電子顕微鏡写真.Maj:メージャライト[(Mg,Fe,Ca)(Al,Si)O3 - 立方晶ガーネット],Mw: マグネシオヴスタイト[(Mg,Fe)O].高圧下でのコンドライトメルトから結晶化したメージャライトには,Fe-Ni-S に富む球状の包有物が多数含まれる.
もう一つは,ショックベインに取り込まれた母岩の破片としての産状である.粒形 1 ミクロンに満たない粒子からなり,その集合体の化学組成は母岩のケイ酸塩鉱物のものとほぼ同じである.粒間には上記の Fe に富む物質は含まれない(図 3).前者は高圧下でのコンドライトメルトの急冷に伴う結晶化,後者は母岩の構成鉱物の固相反応による相転移で形成されたと解釈されている[6].
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図 3. Tenham のショックベイン中の岩片に見られるメージャライト[(Mg,Fe) SiO3 - 正方晶ガーネット]集合体の透過電子顕微鏡写真.母岩中の低 Ca 輝石の固相転移により形成された.
4. 高圧鉱物研究の意義
衝撃圧縮では,衝撃波が鉱物粒子間を何度も反射して圧力が平衡化するため,圧力の不均質は小さい.従って,高圧鉱物の産状を相平衡実験の結果を比較することで,それぞれの隕石の衝撃圧力に関する情報を得ることができる.例えば,ブリッジマナイトは約 22 GPa 以上の圧力で安定である.この圧力は Tenham が経験した衝撃圧の下限を示している.また,隕石母天体で生じた衝撃圧力は他の天体との相対衝突速度の関数である.この隕石の物性値を主要な構成鉱物であるカンラン石の値で近似することで衝突速度を見積もると,Tenham の母天体は約 2 km/s 以上の相対速度で他の小天体と衝突をしたと推定される.
一方,衝撃による温度上昇は極めて不均質である.特にずれ破壊による摩擦が生じやすい部分では,母岩の平均的な衝撃温度より高い温度が生じる.ショックベインが形成されるのはこのためである.Tenham のショックベイン自体の温度は,リキダス相(メルトの冷却時に最初に晶出する相)である立方晶メージャライトの安定条件から約 2000 ℃ と見積もられる.ショックベインが形成された後の冷却プロセスは,非溶融の母岩との間の熱伝導で制約される.新たにショックベイン中の岩片に発見された正方晶メージャライトの結晶構造では,6 配位サイト中の陽イオンの秩序度は,冷却速度が高いほど小さくなると考えられている.そこで,陽イオン秩序度に敏感な(101)結晶面の電子線回折強度を合成試料のものと比較することで,溶融脈の冷却速度は 103 ℃/秒をこえると見積られた[5].このように大きな冷却速度を達成するためには,衝撃圧縮による Tenham の平均的な温度上昇は約 900 ℃ を越えないことも,熱拡散の計算から明らかになった[5].
衝撃圧縮による温度発生は,衝撃前のターゲット物質の空隙率に大きく依存する.上記のように鉱物学的に推定される隕石試料の平均的な衝撃温度と,衝撃の状態方程式から理論的に得られた値を相互比較できれば,隕石の母天体を形成する物質の初期密度を知る手がかりとなるに違いない.更に個々の隕石の温度圧力履歴に加えて,アルゴンーアルゴン法などによる隕石の衝撃年代が蓄積されれば,太陽系小天体の初期物性・衝突速度・衝突頻度の時間変遷を追うことができるようになることが期待される.
前述のとおり,隕石中の高圧鉱物は地球深部ではマントル遷移層(410 - 660 km)から下部マントル(660 - 2900 km)にかけての主要鉱物でもある.惑星物質としての高圧鉱物もまた,地球深部を理解する上で重要な示唆を与えてくれる.高圧相の変形実験が一般的でなかった1980年代初めには,透過電子顕微鏡により隕石中の高圧鉱物の欠陥組織の観察が行われた.Tenham においてもリングウッダイトの転位のすべり系が決定され,マントル深部のレオロジーに関する議論が行われている[7] .また,隕石母岩の鉱物とその高圧相の共生組織や結晶方位関係は,地球深部でのケイ酸塩鉱物の相転移メカニズムを知る手掛かりともなる.Tenham では,低 Ca 輝石とその高圧相のアキモトアイトとの間に特定の結晶方位関係をもつ互層組織が発見され,その結果を元にマントルに沈み込む海洋プレート内での輝石からアキモトアイトへの無拡散型高圧相転移モデルが提案されている[8] .
最後に余談になるが,筆者は大学院生であった1990年代半ばに,指導教官に Tenham の試料を入手していただいた.アメリカの隕石ディーラーから購入した Tenham は,握りこぶし半分程度の大きさ(約 144 g)でわずか 5 万円ほどの価格であった.これだけの投資で,著者が関わった分だけでも多くの発見があった.今後も長い付き合いになりそうな隕石である.
謝辞
木村眞氏,野口高明氏,岡崎隆司氏には本稿執筆の機会を与えて頂き,粗稿を読んで頂きました.久保友明氏には高圧地球科学の立場から丁寧な査読をいただきました.また,Tenham 隕石の鉱物記載に関して,藤野清志氏,森寛志氏,宮原正明氏,伊藤元雄氏とは多くの議論をさせていただきました.これらの方々にこの場を借りてお礼申し上げます.
参考文献
[1] Spencer, L. J., 1937, Mineral. Mag. 24, 437.
[2] Binns, R. A. et al., 1969, Nature 221, 943.
[3] Smith, J. V. and Mason, B. 1970, Science 168, 832.
[4] 例えば,Gillet, P. et al., 2000, Science 287, 1633.
[5] Tomioka, N. et al., 2016, Sci. Adv. 2, e1501725.
[6] Stoffler, D., 1997, Science 278, 1576.
[7] Madon, M. and Poirier, J. P., 1980, Science 207, 66.
[8] Tomioka, N., 2007, J. Mineral. Petrol. Sci. 102, 226.
Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan