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太陽系形成・生命起源
Acfer 094 隕石 ~ 初期太陽系微粒子の宝庫 ~
Acfer 094 隕石 ~ 初期太陽系微粒子の宝庫 ~
エポックメイキングな隕石たち その 07. June 27, 2017. Published
牛久保孝行:海洋研究開発機構高知コア研究所
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
コンドライトという種類の隕石には,微惑星形成以前に原始太陽系星雲に存在した微粒子を初生的な状態で含有しているものがある.こうした隕石は,太陽系初期に存在した微粒子を研究するために欠かせない試料である.サハラ沙漠で発見された Acfer 094 隕石は特にそうした微粒子の保存状態が良く,Acfer 094 隕石を用いた研究で新粒子の発見等の多くの新しい知見が得られている.
1. はじめに
スミソニアン研究所の Glenn J. MacPherson 博士が,2007年に当時私が所属していたウィスコンシン大学 WiscSIMS 研究室を訪れた際に「今度,スミソニアン(博物館)でも Acfer 094 隕石を所有する事になった」と嬉しそうに話していたのを良く覚えている.Acfer 094 隕石(図 1)は Ungrouped 炭素質コンドライトで,組織や同位体比を指標として細分化したどの炭素質コンドライトグループにも入らないマイナーな種類の隕石である.Acfer 094 隕石は,強烈な閃光と轟く爆音を伴いながら地表に落下して多くの人達を驚かせたわけでも,発見に至るまでの経緯や発見後の数奇な運命の物語が人口に膾炙したわけでも無い.サハラ沙漠で見つかった僅か 82 g の小さな石のつぶては,原始太陽系星雲に存在したダストを殆ど未変成のまま保持している“極めて始原的”な隕石として注目された.そして,その後の研究で多くの新しい知見が得られたことで,初期太陽系物質を研究する上での第一級の試料と認められるまでに出世した.Acfer 094 隕石は,エポックメイキングというよりは知る人ぞ知る玄人好みの隕石かも知れない.
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図 1. Acfer 094 隕石薄片の実体顕微鏡写真.白から明るい褐色の様々な形をした包有物がコンドルールとCAI. 殆ど不透明の黒い部分は数ミクロン以下の微粒子が集積しているマトリックス.大小の割れ目に添って細粒の風化生成物が沈着し,コンドルールが褐色がかって見える傾向がある.写真の横幅は約 15 mm.
2. Acfer 094 隕石
Acfer 094 隕石は1990年にアルジェリア民主人民共和国内のサハラ沙漠,Reg el Acfer 地域(27° 44' N,4° 26' E)で発見された,僅か 82 g の小さな隕石試料である[1].南極の氷床上では岩石の露出が無い為に過去に落下した隕石を効率よく発見出来る事が広く知られるが,砂沙漠(すなさばく)地域も同じ理由で隕石を効率良く発見できる事から,1990年代後半からアフリカ北部やアラビア半島,中国内陸部等の砂沙漠地域で隕石発見の報告が数多くされるようになっている[2].Acfer 094 隕石は,記載と分類が行われる過程で炭素質コンドライトの CM グループと CO グループの両方の特徴を併せ持つ風変わりな隕石である事が明らかになった[3].さらに,ケイ酸塩鉱物の Fe/Mg 比の分散が大きく,熱変成による組成の均一化の傾向が見られない事,細粒のマトリックスと呼ばれる部分に非晶質珪酸塩が見つかる一方で,含水鉱物は殆ど含まれず水質変成の影響も見られないという特徴を持つ.これらの事から,原始太陽系星雲を漂っていた微粒子が隕石母天体に集積した後も極めて始原的な状態で保存されている隕石である事が明らかになった[3,4].その後の研究から,これまで見つかったコンドライトの中では母天体での熱変成の影響が最も少ない隕石であると考えられている[5,6].
但し,Acfer 094 隕石は地表へ落下後に沙漠の過酷な環境に晒されていたため,部分的に風化作用の影響がみられる.Acfer 094 隕石の薄片を見ると,細かい割れ目にそって細粒の風化生成物が沈着して褐色がかって見える部分があり(図 2),何とも残念である.
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図 2. コンドルールの顕微鏡写真.透過光と反射光を組み合わせて撮影.細かい割れ目に添って網目の様に沈着物が分布している.透過光では割れ目のある部分は沈着物のせいで褐色がかって見える.隕石オリジナルの鉱物が変質しているわけでは無い.写真の横幅は約 1.5 mm.
3. 原始太陽系星雲のダストに関する二つの重要な発見
ここでは Acfer 094 隕石の価値を決定的に高めた二つの発見について紹介する.これらの発見には多くの日本人研究者達が決定的な役割を果たした事は特筆に値すると思われる.
3 - 1. プレソーラー珪酸塩粒子の発見
プレソーラー粒子は,赤色巨星や超新星で形成された星間塵が初生の特徴を保持したまま隕石等の惑星物質試料中に存在している粒子の事で,太陽系物質の起源や形成当時の周辺環境の情報を得るための貴重な試料である.隕石に酸処理等を施して取り出せるダイヤモンドや SiC,Al2O3 等の酸化物のプレソーラー粒子は早くに発見されていたが,固体物質の大部分を占める珪酸塩の組成を持つプレソーラー粒子が見つけられずにいた.2004年に Nagashima et al. [7] と Nguyen and Zinner [8]がそれぞれ独自の酸素同位体比イメージング手法を用いて,Acfer 094 隕石のマトリックスから([7]では NWA 530 という隕石からも)プレソーラー珪酸塩粒子を発見した.少し遅れて別のグループも Acfer 094 隕石での発見を報告している[9].隕石中のプレソーラー珪酸塩粒子の探索に際して,Acfer 094 隕石の始原的な特徴が高く評価され,最新の分析技術と多くの努力が Acfer 094 隕石の分析に向けられた事が窺い知れる.発見された粒子はオリビン,パイロキシン,非晶質珪酸塩相等と多様で,これらの典型的な大きさは約 200 nm でマトリックス中の濃度は 200 ppm であった.
今日では他の隕石にもプレソーラー珪酸塩粒子がある事が明らかになり,中には Acfer 094 隕石に匹敵する含有量を示す隕石も報告されている[10].また,成層圏で回収された CP-IDP(Chondritic Porous Interplanetary Dust Particle:コンドライト的な組成を持ち,細粒な無水珪酸塩や有機物からなる地球外起源の微粒子.大きさは 10μm 程度で,成層圏を飛行する特殊な航空機で採取される)や Stardust 探査機で持ち帰られた試料などの彗星由来の試料の方が,プレソーラー珪酸塩粒子を多く含む(最大で 15,000 ppm)事が判っている[11].しかし,含有濃度は高くても一つ一つの大きさが 100 μm にも満たない彗星由来の試料と異なり,Acfer 094 隕石試料ならば多くの研究者が同質の試料を研究する事が出来る.プレソーラー珪酸塩粒子と太陽系物質の起源の解明に向けて,データの多様化と分析技法及び議論の高度化を進めて行く上で,Acfer 094 隕石は重要な役割を果たし続けて行くに違いない.
3 - 2. 宇宙シンプレクタイト(COS)の発見
Acfer 094 隕石のマトリックスからは,宇宙シンプレクタイト(COsmic Symplectite, COS)(図 3)という変わった粒子も見つかっている[12,13].COS は磁鉄鉱(Fe3O4)と鉄・ニッケルの硫化物(Fe5.7Ni3.3S8)が nm スケールで複雑に入り組むシンプレクタイト組織を持つ,大きさが数 μm 程度の不定形の粒子である.酸素の三つの同位体(16O, 17O, 18O)のうち,16O だけが極端に欠乏した特異な酸素同位体比を持っている(δ17O ~ δ18O ~ +180‰,図 4)[12].
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図 3. COS の反射電子画像.シンプレクタイト組織は細粒すぎるため,走査電子顕微鏡による観察ではのっぺりした粒子に見える.画像の横幅は約 60 μm.
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図 4. Acfer 094 隕石のコンドルールの酸素同位体比データ(濃赤:オリビン,淡橙:パイロキシン)と COS,CAI との関係.TF(Terrestrial Fractionation line)は地球物質の典型的な同位体分別線,CCAM(Carbonaceous Chondrite Anhydrous Mineral line)と Y & R( Young and Russell line)はコンドライトの無水珪酸塩について提唱されている相関直線.PCM(Primitive Chondrule Minerals line)が Acfer 094 隕石のコンドルールのデータの回帰直線.COS は[12]の点分析データを引用.([17]の図に加筆修正)
図 4 は酸素 3 同位体比の図で,δ18O と δ17O はそれぞれ 18O/16O と 17O/16O の標準海水の値(VSMOW)からの差を表す[δiO = {(iO/16O)/(iO/16O)VSMOW - 1} × 1000(‰)].殆どの地球物質は傾き約 0.52 の Terrestrial Fractionation(TF)line 上に分布する.地球外物質は TF 線とは異なる傾き約 1 の線上に分布する傾向がみられる.珪酸塩鉱物の多くは CAI を端成分とする様に TF 線の下側に分布する.これに対して,COS の酸素同位体比は CAI とは逆の TF 線の上側,しかも同じ傾き約 1 の線上に分布する.こうした酸素同位体比分布の議論については本誌の過去の論文[14]に詳しい.COS は金属あるいは硫化物粒子が原始太陽系星雲中に存在した H2O と反応して出来たと考えられ,特異な酸素同位体比は水の同位体組成を反映していると解釈されている.水は揮発性も反応性も高いために,隕石母天体に集積しても脱ガスや周囲の物質との反応で初生の同位体比は簡単に失われてしまう.COS という水との反応生成物が発見された事で,原始太陽系星雲にあった水成分の同位体比を調べる事が出来るようになった.
COS は隕石母天体の変成作用に極めて弱いらしく,他のコンドライトでは存在が確認出来ずにいたが[15],最近になって MIL 07687 という炭素質コンドライトから COS に似た粒子が発見された[16].その粒子は酸素同位体比異常の大きさや化学組成で Acfer 094 にある COS と違う点があり,その解釈はまだ未確定である.この後続の研究を端緒として,Acfer 094 以外の隕石からより多くの COS に似た粒子が見つかるようになり,粒子の起源や母天体の変成作用の影響,原始太陽系星雲の水成分の同位体比の違いの有無について議論が発展して行く事が期待される.
4. コンドルールや CAI 研究への貢献
Acfer 094 隕石の始原的な特徴は,プレソーラー粒子の様なマトリックス中の極微細な物質の研究ばかりでなく,他のコンドライトにも普通に存在するコンドルール(図 2)や CAI(Ca-, Al-rich Inclusion)等の大きな包有物の研究にも役立っている.大きな包有物にも変成の影響を受けやすい μm スケールの多重の層構造や非晶質珪酸塩を含む構造があり,その部分が隕石母天体での変成作用の影響を受けていない事を明確に否定するのは難しい場合がある.Acfer 094 隕石であれば,マトリックス中の Sub-μm の粒子が初生情報を保持している事から,コンドルールや CAI の μm スケールの構造も初生情報を保持している事が期待される.
例えば Acfer 094 隕石のコンドルールの結晶と非晶質部分の酸素同位体比を調べる事で,コンドルールを形成した珪酸塩メルトの酸素同位体比には幾つかの特徴的な値が見られる事,しかもその酸素同位体比とメルトの酸化還元状態に強い相関がある事が初めて明らかになった[17].類似の特徴は他の炭素質コンドライトや彗星試料のコンドルールでも見られる事から[18],コンドルール形成期に原始太陽系星雲内でダストと水の濃集に伴う酸素同位体比の変動が起きた,あるいは濃集の結果としてコンドルール形成が起きた,その記録を留めていると考えられる.また,図 4 が示す通り,Acfer 094 隕石のコンドルールの酸素同位体比データの回帰直線(PCM 線)を外挿すると,CAI(16O に富む成分)と COS(16O が欠乏した成分)の両端成分の分布域とピタリと重なる.この事は,コンドライト母天体に集積した原始太陽系星雲中の微粒子の酸素同位体比の変動が,CAI と COS が代表するガスもしくはダストと水の端成分の混合によって引き起こされていた事を示していると考えられる.
5. 最後に
Acfer 094 隕石は始原的な炭素質コンドライトではあるが,有機物の先駆的研究は連載第 6 回で紹介された Murchison 隕石等の他の隕石試料で行われている.その理由には,総量が 82 g と少なく炭素濃度も高くない事(炭素質コンドライトの分類に炭素濃度は関係無い)の他に,沙漠での風化作用で有機物が変質してしまっている事がある[19].
コンドライトは異なる起源を持つ物質が集まった原始太陽系星雲起源の堆積岩であり,研究対象やその成果は一つの結論に収斂するというよりはそれぞれが個別に発展して行く傾向が強く,隕石がもたらしたインパクトを全体として理解するのは難しい.しかし,Acfer 094 隕石での研究が端緒となって他の隕石試料にも展開して発展した研究例が示す通り,挑戦的な研究の起点として,そして複雑なデータを解釈する上での基準として,Acfer 094 隕石は抜群の存在感を示している.
謝辞
木村眞博士,野口高明博士,岡崎隆司博士からこの原稿を執筆する機会をいただきました.伊藤正一博士には原稿を読んでいただきました.この場を借りて感謝いたします.
参考文献
[1] Meteoritical Bulletin, No.71.
[2] Meteoritical Bulletin Database (http://www.lpi.usra.edu/meteor/metbull.php)
[3] Newton, J. et al., 1995, Meteoritics 30, 47.
[4] Greshake, A., 1997, Geochim. Cosmochim. Acta 61, 437.
[5] Grossman, J. N. and Brearley, A. J., 2005, Meteorit. Planet. Sci. 40, 87.
[6] Kimura, M. et al., 2008, Meteorit. Planet. Sci. 43, 1161.
[7] Nagashima, K. et al., 2004, Nature 428, 921.
[8] Nguyen, A. N. and Zinner, E., 2004, Science 303, 1496.
[9] Mostefaoui S. and Hoppe, P., 2004, Astrophys. J. 613, L149.
[10] Trigo-Rodriguez, J. M. and Blum, J., 2009, Publ. Astron. Soc. Aust. 26, 289.
[11] Floss, C. et al., 2013, Astrophys. J. 763, 140.
[12] Sakamoto, N. et al., 2007, Science 317, 231.
[13] Seto, Y. et al., 2008, Geochim. Cosmochim. Acta 72, 2723.
[14] 坂本直哉, 2009, 遊星人 18, 25.
[15] Abe, K. et al., 2009, Meteorit. Planet. Sci. Suppl. 72, 5042.
[16] Nittler, L. R. et al., 2015, Lunar Planet Sci. Conf. 46, #2097.
[17] Ushikubo, T. et al., 2012, Geochim. Cosmochim. Acta 90, 242.
[18] Nakashima, D. et al., 2012, Earth Planet. Sci. Lett. 357-358, 355.
[19] Alexander, C. M. O’D. et al., 2007, Geochim. Cosmochim. Acta 71, 4380.
Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan