次世代太陽系探査
太陽系形成・生命起源
「はやぶさ」粒子の有機化合物分析と「はやぶさ2」
「はやぶさ」粒子の有機化合物分析と「はやぶさ2」
特集「はやぶさ帰還試料の分析で分かったこと」 : July 02, 2017. Published
奈良岡 浩:九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った粒子の有機化合物分析に関する顛末について記述した。S 型小惑星表面上に有機化合物が存在するかはおもしろい問題であるが,今のところ,はやぶさ粒子にイトカワ固有の有機物は発見されていない.これからの「はやぶさ2」や NASA「OSIRIS-REx」計画に期待するとともに,このような惑星物質研究を成功させるためには,長期の視点で積極的な若い研究者を育てることが必須である.
本稿では化学構造のわかった有機物(化合物名を命名できる)を有機化合物とし,CHON などからなる構造の定まらないものを単に有機物としている.
1. はじめに
2010年06月に帰還した「はやぶさ」が持ち帰った粒子の有機化合物分析を担当させていただいた[1].現時点では残念ながら,はやぶさ粒子にイトカワ固有の有機物は発見されていない.そもそもS型小惑星表面上に有機化合物が存在し得るかはおもしろい重要な問題であるが,それについては後述する.2003年05月の打ち上げ以来,幾多の困難を乗り越え,小惑星物質のサンプルリターンという人類初の快挙を成し遂げた宇宙研の研究者をはじめ,プロジェクトメンバーの皆様に敬意を表する.「はやぶさ」を契機として,「はやぶさ2」や NASA「OSIRIS-REx」計画が進行中で,アポロ計画以来の惑星探査による新しい太陽系物質科学が始まった.本稿では筆者の個人的立場から,「はやぶさ」計画への関わり,「はやぶさ」粒子の分析計画と実際,さらに太陽系物質に含まれる有機化合物を研究する意義,「はやぶさ2」への期待などについて記したい.
2. MUSES-C 計画
筆者が最初に小惑星サンプルリターン計画に関わったのは1995年であり,当時,東京都立大(現,首都大東京)で地球環境試料や炭素質隕石中の有機化合物とその同位体比を研究していた.「はやぶさ」計画のサイエンスリーダーであられた宇宙研・藤原顕教授から「小惑星から物質を持ち帰ったら何を研究したいか,そしてその意義は何か」話してほしいと要請され,08月のある暑い土曜日に相模原の宇宙研でセミナーをおこなった.その当時のターゲット天体は 4660 ネレウスであり,もしかしたら炭素質な表面を持つかもしれないと言われていた.そのような観点から筆者にセミナー依頼があったようだ(単に,相模原と八王子が近いだけかもしれないが).
セミナーの多くの部分は忘れたが,地球環境に置かれる前の宇宙有機化合物を分析し,とくに,地球外アミノ酸の右左(D,L)の優位性をはっきりさせたいことを話した.当時,地球外有機物の研究はほとんどが1969年にオーストラリアに落下した炭素質隕石 Murchison(CM2)を用いて行われていた.落下後回収され,すぐ分析された研究ではアミノ酸は DL 体等量混合物のラセミ体化合物として存在すると報告された[2].しかし,落下から 20 年後に,同位体比も含めて分析されたアミノ酸は L 体過剰であった[3].筆者が南極氷床上で採集した Asuka 881458 のアミノ酸についても,帰国後すぐに分析したときにはほぼラセミ体であったが,数年後の分析ではL体過剰であった.この L 体過剰は地球上での汚染であるとの見方が一般的であった.アメリカでの学会において,Asuka 881458 の結果について報告した時も,地球上での汚染を受けていない試料とのコメントをもらった.しかし,1997年に Murchison 隕石から地球上の生命が用いていないアミノ酸に L 体過剰が報告されたことから[4],地球外アミノ酸は L 体過剰であるとの考えが主流になっている.このような経過は2000年にカナダに落下したTagish Lake 隕石でも同じであり,落下後すぐの分析ではアミノ酸はほとんど含まれないと報告されたが[5],10 年後に行われた分析では L 体の大過剰が報告されている[6, 7].これらは隕石中の不均一性のためとされている.地球外有機物の研究にとって,左右対掌体の優位性は,生命を構成する有機化合物とも関連して,最も謎の多い興味深い未解決な問題である.
その後,ロケット計画の遅れから,MUSES-C の対象天体はネレウスから 1989 ML に変更され,さらに 1998 SF36(イトカワ)となった.2003年05月09日の MUSES-C 打ち上げ時はちょうど学部の授業中で,「今,日本の小惑星探査機が人類初となるサンプルリターンを目指して打ち上げられたところです」と学生に話した記憶がある.
3. 分析コンペティション
MUSES-C の打ち上げ前に,リターン試料を想定した分析コンペが開催された.これに参加し,合格評価を受けなければ初期分析に参加できないということであった.下山晃教授(当時,筑波大)を代表とし,三田肇さん(当時,筑波大),古宮正利さん(当時,地調),筆者の四名でチームを編成し,有機化合物分析の計画を立てた.アミノ酸や多環芳香族炭化水素(PAH)の有機化合物と,炭素含有量と安定同位体比の分析をすることとした.MUSES-C 模擬試料として,サンプル 1D と 2D の二種類の粉末試料それぞれ約 100 mg が宇宙研より配分された.それぞれガラスバイアルに入っており,テフロンバックに包まれていた.標準試料として Murchison 隕石とブランク試料も合わせて,2000年秋に試料調製を筑波大のクリーンルーム内でおこない,化合物の質量分析を筑波大で,同位体比分析を都立大でおこなった.分析結果は公表されているが[8],配分された試料には生体構成 L- アミノ酸や機械油などに用いられる炭素数 25 程度までの奇数偶数優位性のない n- アルカンが入っており,配布時にはすでに地球由来有機物の汚染を受けていた.試料の履歴やキュレーション作業がいかに大事であるかという認識を持った(配布試料にこれらの化合物を意図的に混入させた可能性もある).審査はどういう基準でおこなわれたかは知らないが合格という評価で初期分析に参加できることになった.審査コメントとして,二段階レーザー質量分析などで化合物の局所分析を考えてはという意見があったが,当時そのような分析装置は米国スタンフォード大学に自作1台があったのみで,分析の対象化合物はイオン化されやすいものに限られており,事実上,PAH しか分析できない.現在でも,ほとんどの有機化合物研究は溶媒を用いて抽出物について解析されている.特に,アミノ酸についてはその多くの部分が水による抽出物を酸加水分解することによりアミノ酸となる前駆体有機物として存在しているので,抽出分析に頼らざるを得ないのが現状である.
4. 小惑星イトカワ上の有機物
イトカワは S 型小惑星であり,隕石では LL 5-6 コンドライトに相当することがはやぶさからのスペクトル観測から明らかになっていた[9, 10].岩石学タイプ 5-6 の隕石は一般的に高い変成温度(600.950 ℃)を経験しており,有機物などからなる揮発性元素は元々あったとしても,変成過程で完全に失われていると考えるのが普通である.しかしながら,イトカワ形成後の表面に彗星塵などを含む炭素質粒子が宇宙空間から降り注いでいただろうし,太陽から揮発性元素からなる CN などがイトカワ表面粒子に打ち込まれた(インプランテーション)可能性もある.実際,原田馨筑波大名誉教授(当時,マイアミ大学)により,アポロ計画で持ち帰られた月表層土壌約 1 g の水抽出物を加水分解したものにグリシンやアラニン,アスパラギン酸などのアミノ酸が ppb レベルで検出された[11].この結果は後年,高感度蛍光検出を用いた高速液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography, HPLC)による追試でも確かめられ,原田教授は月アミノ酸研究のパイオニアであると論文中で賛辞を送られている[12].月土壌から,はっきりとした炭素質粒子が見つからないことや土壌粒子から太陽からのインプランテーションによる可能性が強いHCNなどが検出されたことから,これらが反応してアミノ酸前駆体になったと思われる.また,炭素質隕石や彗星などが月面に衝突した際に蒸発した有機物が残存した可能性も指摘されているが確固たる証拠はない.これらアミノ酸などの有機化合物の存在量は低すぎて,同位体組成は測定されたことがないので,月表層アミノ酸の成因については未だに決着していない.
いずれにしても,ターゲット天体が S 型小惑星であるイトカワに変更になっても,表層に有機化合物が存在するかどうか分析してみる価値はあるということで,分析チームには残っていた.
5. はやぶさ帰還延期
ご存じのように当初の計画では,はやぶさ地球帰還は2007年06月であったが,2010年に延期となり,また,採取量もかなり少ないだろうということで,分析チームの再編成をおこなうこととなった.初期分析コンペティッションに参加した八チームのうち,七つの大学連合が大学コンソーシアムチームとされた(表 1).土'山明さん(当時,阪大;現,京大)を代表として,種々の一連の分析の流れの中で有機化合物分析をおこなうこととなった.構成は北大から九大までであったので,繁く集まって分析計画を練る必要があった.筆者は当時,岡山大に異動していたので,鉱物グループの SPring-8 での実験の合間に,計画を話し合ったこともあった(議論を終えて,真夜中の山陽道は高速トラックばかりで非常に怖かった).放射光を用いたトモグラフィーや XRD では,試料粒子を最初に,有機樹脂に包埋することから始まるので,有機化合物分析は一連の操作の中の一番上流に入れてくれるように主張した.一方で,有機分析の際には大気や溶媒に晒されるので鉱物の宇宙風化の研究にはマイナスとなる.分析の対象・手法が異なると,相互に影響が出てくるので,話し合いが幾度となく繰り返された.初期分析に供される試料量が数十 mg,数 mg,粒子毎のそれぞれの場合の分析フロー作成では土'山さんのご苦労は相当なものであっただろう.
表 1. 「はやぶさ」粒子初期分析の大学コンソーシアムチーム一覧
氏名(*代表) | 所属 | 分析項目 | |
1 | 海老原充* 関本俊 |
首都大・理工 京都大・原子炉 |
元素組成 |
2 | 北島富美雄* 小嗣真人 大河内拓雄 |
九州大・理 JASRI/SPring-8 JASRI/SPring-8 |
高分子有機物質の有無と構造 |
3 | 土'山明* 上杉健太朗 |
大阪大・理 JASRI/SPring-8 |
粒子の3次元形状および3次元内部構造 |
4 | 中村智樹* 野口高明 田中雅彦 |
東北大・理 茨城大・理 物質・材料研究機構 |
鉱物の種類と存在度,全岩元素組成 岩石組織と鉱物元素組成 |
5 | 長尾敬介* 岡崎隆司 |
東京大・理 九州大・理 |
太陽風および宇宙線起源希ガスの存在量と 同位体組成に基づくイトカワ表面環境 |
6 | 奈良岡浩* 三田肇 浜瀬健司 福島和彦 |
九州大・理 福岡工大・工 九州大・薬 名古屋大・農 |
有機化合物の有無と種類 |
7 | 圦本尚義* | 北海道大・理 | 同位体組成,微量元素組成 |
注 : JAXAから当初公表された名簿で,実際に参加した人数は表より多く,NASAから Zolensky氏,Sandford氏も参加している.
粒子受け入れとキュレーションのための施設の建設も始まった.有機分析の立場からクリーンルームの設計に関して,何度か宇宙研に呼ばれて,藤村彰夫・加藤学両教授,平田岳史さん(当時,東工大;現,京大),香内晃さん(北大)と議論させていただいた.あまり役に立つ仕事はできなかったが,真空系では油ポンプは用いないこと,用いる器具の有機物汚染を除くベーキング炉の設置,有機溶媒を扱う専用のクリーンルームとベンチの設置,使用する有機物はテフロンコーティングのものをお願いした.真空に引いているのだから,その空間はきれい(汚染がない)と考えがちであるが,低圧化で蒸気圧をもつ油炭化水素はポンプで引いている全空間に広く遍く行き渡り,吸着されて大きな汚染となる.一般に,微量無機化学元素の分析者は施設・容器に金属やガラスを使用することを極端に嫌がるが,微量有機化合物を分析する我々は有機素材を嫌い,450.500 ℃ で数時間,加熱処理したガラス器具を用いる.プラスチックなどの可塑剤として広く用いられ,環境中に普遍的に存在するフタル酸エステル類は容易に検出される.有機物分析に用いる唯一の有機素材はテフロンであるが,高価で硬くて扱いにくい.キュレーション施設が完成して,作業する段階になって有機用のクリーンルームは二人が入って作業するには非常に狭い空間であることに気付かされた.設計時の,私の主張が足りなかったことを反省している.
より少ない試料で有機化合物分析をおこなうための検討も順次行った.それまでは,隕石中のアミノ酸分析には数 100 mg 以上の試料を用いることが一般的だったが(現在もそうである),高感度蛍光検出による液体クロマトグラフィーにより,西村佳恵さん(当時,岡山大・九大院生)が苦労して,数mgの炭素質隕石粒子を用いて,サブピコ(10-12)モルオーダーでのアミノ酸分析を可能にしてくれた.単なる純粋なアミノ酸のフェムト(10-15)モル程度の蛍光分析は難しくない.しかし,実験室内で隕石を熱水抽出し,塩酸で加水分解を行い,さらに誘導体化をおこなってからの実際の分析では,いかにバックグラウンドを低く抑えるかが分析の成否を決める.分析のバックグラウンドをゼロにすることは残念ながら不可能である.高感度にすればするほど,グリシンやアラニンなどの地球上に遍く存在するアミノ酸のピークがバックグラウンドに必ず現れる.g 単位の試料を用いて,ppb レベルで存在するアミノ酸を分析することは可能でも,mg 単位の試料で ppb しか存在しない化合物を分析するのは至難の業である.
また,分析コンペでは念頭に置いていなかった溶媒抽出に依らない有機化合物分析の検討も必要と感じた.ある企業が持つ飛行時間型二次イオン質量分析計(Time of Flight-Secondary Ion Mass Spectrometer, ToF-SIMS)を使用させてもらって,一次イオンとして Ga イオンを炭素質隕石に照射して高質量分解能分析をおこなった.有機フラッグメントイオンが得られることはわかったが,イオン化されるものは限られていた.企業の ToF-SIMS 分析は非常に人気が高く,ほとんどマシンタイムが取れなかったし,有機物のイオン化には一次イオンビームとしてAuイオンがよい.そこで,有機物の ToF-SIMS を専門に分析を開始されていた名古屋大学の福島和彦教授と齋藤香織さん(現,京大)のお世話になって,炭素質隕石の ToF-SIMS 分析も検討し始めた.
6. はやぶさ粒子の有機化合物分析
2007年に筆者は九州大に異動し,炭素質物質のラマンスペクトルや赤外分光スペクトルを担当する北島富美雄さんと分析作業の流れを同じ建物でおこなうことができることとなった.また,福岡工大に三田さんが異動していたので,有機化合物分析を自分だけの作業でおこなわずにすんだ.分析最中に常時,間違いがないかチェックし,記録を残しておいてくれる共同研究者は必須であるので助かった.さらに,鉱物の中村智樹さん(現,東北大),希ガスの岡崎隆司さんもいたので,粒子分析に関する議論もしやすくなった.とくに,両氏はキュレーション施設が完成してから,はやぶさ粒子受け入れのために ISAS にほぼ常駐していたので,分析のための進行状況を把握することができた.
2010年が明けた頃には,最終的に粒子毎の分析スキームが現実的になり(実際にそうなったのだが),粒子径で 50 ~ 100 μm 程度 1 粒を念頭においた水を使用しない有機化合物分析をする必要に迫られた.重量でいうとマイクロ g 以下であり,μg 以下の試料で ppb レベルの化合物を検出するにはサブフェムトモル(10-15 モル以下)の分子を検出することになり,今まで開発してきた分析法ではほぼ不可能な分析であった.幸い,九大薬学部には二次元 HPLC を駆使して生体 DL- アミノ酸の世界最高感度での蛍光分析を達成されていた浜瀬健司さんがいらしたので,ご協力をお願いした.何度か理学部と薬学部を往復し,分析のバックグラウンドを可能な限り下げる方法を考え,実際の分析に備えた.もし,ppm レベルのアミノ酸を含むような炭素質隕石のような粒子が発見されれば,μg 程度の粒子一つでアミノ酸分析が可能になった.
有機化合物分析は九大で北島さんによる粒子のラマン分光と赤外分光スペクトル測定後に,粒子を理学部本館の四階から三階に移動して行うこととし,宇宙研からはやぶさ粒子を移送する容器が必要になった.移送容器をそのまま測定容器としたいとの北島さんの希望で,10 mm x 10 mm,厚さ 0.7 mm のダイヤモンドに 0.5 mm 直径で深さ 0.25 mm の円筒溝が 8 個あるダイヤモンドホルダーを作成し,その溝にはやぶさ粒子を入れて移送する計画を立てた.分析の流れで,有機化合物分析もその溝内で行うこととし,実際に粒子の溶媒洗浄が可能かどうか検討するため,ダイヤモンド板にダイヤモンドドリルで直径 0.5 mm の円溝の作成をおこなった.ダイヤモンド板上でダイヤモンドドリルが滑り,予想以上に多大な時間を要することとなったが,どうにか試験に使える 1 個だけは作成することができた.ダイヤモンドとダイヤモンドを擦りあわせると,黒い粉(グラファイト)が魔法のように出てくるという熱力学を実感した.作成した円溝に模擬粒子を入れ,溶媒をマイクロシリンジで注入して粒子を洗浄して,そのまま引き上げることは予想通りうまくいった.実際の宇宙研からのはやぶさ粒子の移送に用いるダイヤモンドホルダーは外注により作成してもらった.
宇宙研キュレーション施設のクリーンルーム内ではやぶさ粒子をダイヤモンドホルダー円溝に収容する作業には藤村彰夫教授,石橋之宏さんをはじめ多くの方々にお世話になった.ダイヤモンドホルダーを有機溶媒および超純水で洗浄・乾燥・組立するのに約三日間かかり,リハーサルを含めて何度か行った.静電マニピュレーターを使った粒子の移動は藤村教授にお願いし,静電気で粒子は動き回って収容が困難で,5 個の粒子を収容するのに丸々二日を要した.藤村教授の心身はたいへんお疲れになったことと思う.作業が終了したのは真夜中で,次の日の朝一番の電車と新幹線で,相模原から福岡まで粒子を北島さんと二人で移送した.キュレーション施設の皆さんには感謝するのみである.
九大に戻ってからは北島さんの分光分析終了を待って,日曜夜10時頃に溶媒抽出を三田さんとクリーンベンチ内に設置した実体鏡下でおこなった(図 1).溶媒抽出後の粒子は月曜午前には放射化分析のために海老原充教授(首都大東京)にわたすことになっていたので,原子炉でのマシンタイムの制限から時間的余裕はなかった.何度か練習はしていたので,抽出自身は 1 時間程度で終了した.実体鏡下で見たイトカワ粒子はキラキラと輝いており,何か神秘的なものを感じた.
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図 1. ダイヤモンドホルダーの円溝での粒子洗浄操作.ダイヤモンド板の直径 500 ミクロンの円溝中のはやぶさ粒子にマイクロシリンジを用いて溶媒を注入(左)して粒子を洗浄し,さらに溶媒を用いて洗浄液を回収(右)している様子.(福岡工大・三田さん写真提供)
配分された 5 個のイトカワ粒子(RA-QD02-0017, -0033, -0044, -0049, -0064)は 30 μm ~ 200 μm で,主要構成鉱物はカンラン石であり,北島さんによるラマン分光スペクトルでも炭素質隕石に含まれるような不溶性有機物は検出されなかった[13].-0033 と -0049 粒子の抽出物はそれぞれアミノ酸分析に用い,残りの三つの粒子の抽出物は合わせて石英板に塗りつけて ToFSIMS 分析に使用した.ダイヤモンドホルダーの合計八つの円溝のうち,五つにはイトカワ粒子が入っており,残りの三つの溝は空だったので,その溝を同じように溶媒で洗浄し,粒子に対する同じ操作をおこない,分析ブランクとした.実際の分析データは Geochemical Journal のサイト(http://www.terrapub.co.jp/journals/GJ/pdf/free/4601/46010061)から自由にダウンロードできるので参考にしてほしい.結果はアミノ酸蛍光分析にしても,ToF-SIMS 分析にしても,分析時のバックグラウンドを有意義に超えるような量は検出されなかった.一方で,同時に行った CM2 南極隕石である Yamato791191 の約 50 μm の粒子 3 個を塩酸抽出した分析では,グリシン,ほぼラセミ体のアラニン,および地球上にはあまり存在しない α- アミノイソ酪酸が ppm オーダーで検出された.アミノ酸分析では水抽出が有効であるので,水抽出をおこなっていない本研究の論文報告では preliminary analysis という題目にさせていただいた.ただし,水抽出して数 ppb レベルのアミノ酸が入っていたとしても,試料量が 1 μg 程度では現段階では検出は難しい.よって,今回の分析結果として,イトカワ粒子には有機化合物は検出されず,もし存在していたとしても ppm 以下の量である.分析結果は2011年03月の LPSC で藪田ひかるさん(阪大)によって発表された(筆者は入試作業で出席できなかった).また,2012年8月のロンドンでの国際隕石学会でも発表したが,アメリカの隕石アミノ酸の研究者から蛍光分析のみではなく,質量分析もおこなうべきとの指摘を受けた.地球上の生体構成 20 種アミノ酸とは異なり,隕石中には DL 立体異性体を別として,構造異性体をもつ 70 種以上のアミノ酸が存在するので,質量分析は必須である.
7. はやぶさ2計画
はやぶさ2が向かう 1993 JU3 は C 型のスペクトルタイプに属する炭素や水などの揮発性物質に富む表面を持つ小惑星と考えられている.将来,人類が宇宙空間に飛び出し,C 型小惑星表面に訪れた時に資源として利用できる水は本当に存在するのであろうか.C 型小惑星の反射スペクトルは波長 0.9 ~ 2.4 μm の近赤外領域が平坦である(例えば,[14]).そのような特徴的なスペクトルを示さない小惑星には他にも C 型のサブグループとも言えるような G 型や B 型などがあり,加熱を受けて水をほとんど失い,炭素も有機物というよりはグラファイトとして存在している可能性もある.また,我々が手にしている炭素質隕石にも CI, CM, CR, CV, CO, CK, CH, CB などのサブグループが存在し,隕石母天体となる小惑星との関係はよくわかっていない.はやぶさ2ミッションによって,これら複雑な対応関係が明らかにされる可能性が高い.
また,太陽系小天体の有機物・水をはじめとする揮発性物質を研究することは,我々地球における海・生命の起源を探求することにつながる.水・有機物を構成する元素である H, O, C, N は宇宙で最もありふれた元素であり,太陽系元素存在度においても,希ガスである He, Ne を除くと,原子数で上位四つを占める.しかしながら,現在の地球海洋に存在する水の質量は 1.4 x 1021 kg であり,地球質量の 0.023 wt% でしかない.マントル岩石中に存在する水を海水の 10 倍と見積もっても 0.23 wt% と非常に少ないことがわかる.地殻の代表的な元素である Si で規格化してみると,地球表層では H/Si = 2.7 x 10-2 であり,太陽系存在度 H/Si = ~ 3 x 104 に対して,約百万分の一まで枯渇している.炭素についても同様で,現在の地球表層(地圏・大気圏・生命圏)に存在する見積炭素量は約 1 x 1020 kg で,地球質量の 0.0017 wt% である.近年,研究が進みつつある Deep Carbon(深層炭素)の存在量が表層の 10 倍だとしても 0.017 wt% とその存在量は少ない.太陽系存在度での C/Si = ~ 10 に対して,地球表層では C/Si = 1.7 x 10-3 と約六千分の一まで枯渇している.つまり,地球上では満ちているように思われる水・生命も宇宙や太陽系全体からみると,極めて限られた量の HOCN からなっていることがわかる.例えば,水 10 wt% と炭素を 1.3 wt% を含む典型的な炭素質隕石が地球質量の 0.2 wt% 分(1.4 x 1022 kg)だけ地球上に降り注げば,地球表層の水・炭素の現在量に相当する量になる.このように太陽系レベルでいうと極めて存在量の少ない地球上の水の起源は未だに謎である(例えば,[15]).
このように少量の地球上の水・炭素はどこ(どのような小天体)に起原を持つのであろうか.炭素について言えば,地球全体の平均同位体組成(δ13C)が起原を示している.地球表層の炭酸塩と生物を含めた有機物の量と同位体比,中央海嶺からの脱ガスする CO2 や深層からの炭酸塩マグマ(カーボナタイト),およびダイヤモンドなどからの全地球の平均同位体比は δ13C = -5 ‰ 程度と考えられている(図 2).一方で,炭素質隕石の加重平均 δ13C 値は約-6‰であり,地球平均値と最もよく一致する[16].また,水はほとんど含有されておらず,炭素(グラファイト)量は数千 ppm 以下であるが,エンスタタイトコンドライトの δ13C 値の範囲も一致する.しかし,普通コンドライトの δ13C 値は -20 ~ -13 ‰ と例外なく,地球に比較して同位体的に軽い.つまり,普通コンドライトだけをどんなに集めても地球の炭素は説明できない.重い成分との混合で地球炭素の同位体組成を作り出すことができるかもしれないが,そのような重い炭素はどこにあるのだろうか.天文学的観測によって,太陽や彗星には重い炭素をもつ CO や有機分子が存在しているようだが,極めて大きな同位体組成幅を持つ(図 2).はやぶさ2や OSIRIS-REx による炭素質小天体,およびはやぶさ Mk II による枯渇彗星核の探査は,アミノ酸をはじめとする有機化合物の種類や立体構造の他にも,地球炭素の起原(地球生命物質の起原)を知る上で非常に重要なミッションである.
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図 2. 地球外物質の炭素同位体組成.記号はおおよその中央値,[ ]内は参考文献番号を示す.
8. これから
2016年打ち上げ予定の NASA による OSIRIS-REx は炭素質な小惑星 1999 RQ36 からのサンプルリターンを目指し,始原天体と生命の起原(Origins),小惑星のスペクトル解釈(Spectral Interpretation),資源の同定(Resource Identification),地球の安全(Security)を目的とした岩石採取探査機(Regolith Explorer)で,科学目的は事実上はやぶさ2と同じである.失敗に終わったが,一昨年にロシアがサンプルリターンを目指した火星の衛星フォボスも炭素質な表面からなる.より始原的な天体を探査したいという思いは世界共通のようだ.宇宙研のはやぶさ Mk II にも期待したい[17].
筆者が小惑星サンプルリターン計画に出会ってから 20 年弱が過ぎた.惑星探査計画は人類にとって大いに夢のある未知なるものへの挑戦であるが,長いタイムスパンと多くの人々の貢献が必須である.とくに,サンプルリターンのような惑星物質研究を成功させるためには長期の視点で,惑星物質科学に興味を持ち,実行力のある若い研究者を育てていく必要がある.
謝辞
本特集「はやぶさ帰還試料の分析で分かったこと」では有機化合物分析に関しては現時点で書くことがなく執筆を辞退していたが,エディターの矢田達氏から執筆して下さいとのことで,急遽本文を書くことになった.記憶違いなどによる間違いがあれば,責任はすべて筆者にある.初期分析を遂行するにあたってお世話になった非常に多くの方々に感謝いたします.とくに,研究畑の全く違う名古屋大学生命農学研究科の福島和彦教授と斎藤香織さん,および九州大学薬学研究院の浜瀬健司准教授には分析協力の申し出を快くお引き受けいただきました.また,九大・北島富美雄さん,福岡工大・三田肇さん,京大・土'山明さん,北大・圦本尚義さん,および査読者には原稿に有益なコメントをいただきました.最後に,拙文を読んでいただいた皆さんと本稿の執筆を勧めていただいた矢田達氏に感謝を申し上げます.
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Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan