アミノ酸
始原天体有機物研究の今とこれから I. : October 15, 2016. Published

薮田ひかる:大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻(当時)

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

アミノ酸の生成には液体の水を要することから,隕石中のアミノ酸から母天体上の水質変成過程を評価する研究が近年発展してきている.種々の炭素質コンドライト中のアミノ酸の総濃度は水質変成の進行に伴い減少することが明らかとなった.またアミノ酸の成分比についても,水質変成をあまり経験していない隕石では α - アミノイソ酪酸が多いのに対し,水質変成を著しく経験した隕石では β - アラニンが多いという特徴が見出されている.従来ではアミノ酸の L - エナンチオマー過剰は分子雲の円偏光紫外線による不斉光分解によると考えられてきた.しかし,近年の研究では CM2,CI1 コンドライトでは L - イソバリンの高い過剰率が検出されたのに対し,始原的な CR コンドライトのイソバリンはほぼラセミ体であったため,アミノ酸の不斉の起源は隕石母天体上での水質作用が関わっている可能性が示された.最近の隕石・彗星中のアミノ酸研究をレビューする.
 

1. 隕石有機物研究のあゆみ

隕石有機物研究のそもそもの始まりは,アミノ酸に代表される私達の生命前駆物質が宇宙に存在するのだろうかという,生命の起源にまつわる興味からであった.1970年に,溶融や分化を経験していない始原的な隕石(コンドライト)の中でも有機炭素の豊富な炭素質コンドライト,Murchison 隕石から隕石固有のアミノ酸が初めて検出された [1] のをきっかけに,その後1990年代に至るまでの間,生体関連分子をはじめ 400 種類を超える有機分子が,主に炭素質コンドライトから発見された.1997年には,Murchison 隕石中の幾つかのアミノ酸の L - 鏡像異性体(エナンチオマー)過剰が初めて発見され [2] ,不斉の起源を宇宙に探求する先駆的研究となり,さらには地球生命が L 体のアミノ酸を選択した起源は地球外に存在するのかもしれないとの考えも生まれた.これらの成果については諸総説に詳しく述べられている [3-5] .

一方で,最近の研究動向において,隕石有機物は「太陽系の起源と進化に重要な役割を担った物質の一つ」として大いに注目を集めている.これは,分子雲中の塵の主成分と考えられている有機物が,分子雲から原始惑星系円盤の形成,太陽系の誕生に至るまでの歴史と共に化学的に進化したとの考え方に基づく.隕石の化学・同位体組成の違いに基づき岩石学的タイプ,隕石グループに分類された種々のコンドライト(図 1)に含まれる有機物の構造的,同位体的特徴を明らかにすることによって太陽系で起こった化学プロセスを解明する諸研究が,ここ数年で飛躍的に発展した.2006年にはスターダストミッションが 81P/Wild 2 彗星の塵を地球に持ち帰ることに成功し,太陽系でより始原的な小天体の有機物研究にも恵まれた .
 

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図 1. コンドライトの分類と,有機炭素の主要構成成分の概略.一般に,岩石学類タイプが 1 と 2 のコンドライト(CI,CM,CR グループ)は水質変成を経験し,熱変成を経験していない.タイプ 1 の方が 2 よりも水質変成の進行が著しい.Murchison 隕石は,岩石学類タイプが 2 で,隕石グループが CM の,CM2 コンドライトに分類される.これらの分類に属するコンドライトの全有機炭素量は約 2 - 3 % で,そのうちの 1 - 20 % をアミノ酸などの可溶性有機分子が占める.残り(80 - 99 %)の有機炭素は不溶性高分子有機物と称されることが多い.不溶性高分子有機物は部分的に熱・化学分解性を有し,一部の可溶性有機分子は不溶性有機物が分解して生じたとも考えられている.岩石学類タイプが 3 ~ 6 のコンドライトは 300 ℃ 以上の熱変成を経験しており(水質変成の度合いは様々),タイプの番号が大きくなるほど一般に熱変成の温度が高い.タイプ 3 ~ 4 の全有機炭素量はタイプ 1,2 に比べて非常に乏しく,試料に固有の可溶性有機分子が検出された報告はほとんどない.図は[6, 7]を改変.
 

つまり,かつては生命の起源と特別に連結した分野と位置づけられていた隕石有機物研究は,今日では他の宇宙惑星物質科学と同じ土俵の上に立てるようになりつつある.本論文では,隕石有機物研究の歴史が最も長いアミノ酸に焦点を置き,アミノ酸が現在どのような位置づけで研究されているかを紹介する.始原天体有機物研究が今後どのように展開されるべきか,考えてみたい.
 

2. アミノ酸組成と隕石母天体での水質変成

アミノ酸をはじめとする可溶性有機分子は,タイプ 1,2 の炭素質コンドライトの全有機炭素(2 - 3 wt %)における 1 - 20 % を占める [8] .Murchison 隕石はこれまでに最もアミノ酸研究が行われた CM2 コンドライトで,1980年代で既に 74 種類のアミノ酸が検出された [9].これらのアミノ酸の生成を説明するために最も主要とされている反応機構には,(1)シアン化水素(HCN),アンモニア(NH3),そしてアルデヒドやケトンなどのカルボニル化合物(R(C = O)R’),水(H2O)が反応して α - アミノ酸を生じるストレッカー反応,(2)α, β - 不飽和ニトリル,NH3 ,H2O が反応して β - アミノ酸を生じるマイケル付加反応,(3)ラクタムと H2O が反応して γ - アミノ酸を生じる反応,がある(図 2).ここで注目すべきは,いずれの反応も「水」を要する点である。このことから,分子雲または原始太陽系星雲に存在するアンモニアやカルボニルなどのアミノ酸前駆分子が隕石母天体に取り込まれ、液体の水と反応した結果,アミノ酸が生成すると考えられている [10].その意味で,母天体で水質変成を経験した岩石学類タイプ 1, 2 に属する隕石グループ(CM,CI,CR)(図 1)がアミノ酸研究の主要な研究対象とされている.
 

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図 2. アミノ酸生成反応機構.いずれの反応も「水」を要する.カルボキシル基(COOH)に隣接した炭素原子にアミノ基(NH2)が結合しているアミノ酸を α - アミノ酸,α - 炭素の隣にアミノ基が結合しているアミノ酸を β - アミノ酸,β - 炭素の隣にアミノ基が結合しているアミノ酸を γ - アミノ酸という.図は[5]を改変.
 

2 - 1. 濃度と成分比

表 1 に,12 種の異なる炭素質コンドライト中のアミノ酸総濃度をまとめた.GRA95229 隕石に次いでアミノ酸総濃度が高い EET92042 隕石は,それに含まれる不溶性高分子有機物中から重水素と窒素 15 の局所的な同位体濃集が検出されており [11] ,母天体上での変成をあまり経験していない,始源的な CR2 コンドライトとして知られる.その次にアミノ酸総濃度が高いのは,CM2 コンドライトの中でも水質変成度が低いことが知られる Yamato 791198 隕石 [12] である.この値は GRA95229,EET92042 隕石に比べ一桁低いが,その他の CM2 コンドライトより 4 ~ 7 倍高い.そして CR2 コンドライトの Renazzo 隕石,CI1(Orgueil,Ivuna),CR1(GRO95577),Tagish Lake の順にアミノ酸総濃度は一桁ずつ低くなっている.これらの傾向から,隕石中のアミノ酸濃度は母天体の水質変成の度合いや条件を反映すると考えられた [13] .水質変成の度合いが高い隕石ほどアミノ酸が少ないのは,水質変成の進行に伴う化学酸化が有機分子の分解・除去を促進しているためと考えられている [13, 14] .
 

表 1. 12 種の異なる炭素質コンドライト中のアミノ酸総濃度.データの出典について,各隕石名に上付き番号を付した.

隕石 隕石グループ アミノ酸濃度 (ppm)
GRA95229[13] CR2 249
EET92042[13] CR2 180
Yamato791198[28] CM2 68
Murchison[18] CM2 17
Murray[18] CM2 12
ALH83100[34] CM2 10
LEW90500[34] CM2 9
Renazzo[15] CR2 4.8
Orgueil[18] CI1 4.2
Ivuna[18] CI1 4
GRO95577[13] CR1 0.9
Tagish Lake[15] C2 < 0.1

 

アミノ酸総濃度が最も高い GRA9522 9,EET92042 隕石は共に CR2 コンドライトであるが,同じ CR2 でも Renazzo 隕石中の各アミノ酸の濃度はそれらよりも 2 桁下回る [15] .これは Renazzo 隕石が南極 CR2 コンドライトよりもより著しい水質変成を受けている[16] ことを良く反映している.加えて,同じ隕石グループでも,各々の隕石は多様な度合いの水質・熱変成を経験していることを示している.また,CM1 コンドライト(例えば MET01070,ALH88045 隕石)のアミノ酸総濃度は CM2 コンドライトのアミノ酸総濃度の平均に比べ非常に低いことも報告されており,CM1 が CM2 よりも水質変成の著しい母天体環境であったことが示唆されている [17] .

アミノ酸の成分比も,隕石によって変動することが見出されている.Ehrenfreund et al. (2001)[18]により CM2,CI1 コンドライト中のアミノ酸の分子組成に明らかな相違が見出されてから,より多くの炭素質コンドライトについて,主要なアミノ酸の成分比が調査された(図 3).この図から,水質変成の度合いが比較的低いコンドライト(EET92042 ,Yamato791198,LEW90500,Murchison)はα-アミノイソ酪酸(α - AIB)の相対量が多い一方で,水質変成の度合いが比較的高いコンドライト(Renazzo,GRO95577,Orgueil,Ivuna)は β - アラニン(β - Ala)の相対量が多いことがわかる.また,GRA95229,EET92042 隕石では α - アラニン(α - Ala)の相対量が非常に多い.α - Ala がストレッカー反応で生成したと仮定すると,α - Ala の前駆分子であるアセトアルデヒド(CH3CHO)が母天体に多量に存在した可能性が考えられる [13].これらのバリエーションを生じる反応機構については未解明だが,母天体水質変成がアミノ酸およびアミノ酸前駆分子の成分比に影響を及ぼしていることは確かなようである.
 

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図 3. 10 種の異なる炭素質コンドライトの熱水抽出,酸加水分解で回収された,アラニン(Ala,斜線),β - アラニン(β - Ala,白色),α - アミノイソ酪酸(α - AIB,黒色),イソバリン(Iva,灰色)の相対濃度の比較(ppb.グリシンの濃度を 1 とした場合).図は[34]を改変.GRA95229,EET92042,GRO95577は[13],Yamato791198は [28],Murchison,Murray,Orgueil,Ivunaは[18] ,LEW90500,ALH83100 は [34],Renazzoは [15]を引用.
 

2 - 2. キラリティー

キラリティーとは対掌性,すなわち分子をそれ自身の鏡像に重ね合わせることができない性質のことである.互いに鏡像関係にある立体異性体をエナンチオマーという.また,不斉炭素を 2 つ以上持つ分子では,エナンチオマーの他に互いに鏡像関係にはない立体異性体,ジアステレオマーも存在する(図 4).これまでにアミノ酸の L - エナンチオマー過剰が発見されたのは,Murchison,Murray 隕石といった限られた CM2 コンドライトであった.また L - エナンチオマー過剰が検出されたアミノ酸は,最も高い過剰率(Lee(%) = ([ L - D)/(L + D)] × 100)を示したイソバリン(Lee = 15.2 %)[2]を含む数種の α - メチルアミノ酸である.これらの α - メチルアミノ酸は生物圏に殆ど存在しないアミノ酸であり,且つ他のアミノ酸に比べて水質作用や放射線等の条件でラセミ化(D,L 体が等モル量存在)しにくい性質を持つために [19], 初期に発現した L - エナンチオマー過剰が保存されやすいと考えられている.Glavin and Dworkin (2009) [20] は,CM2 コンドライト中のアミノ酸の L - エナンチオマー過剰に制約を加える目的で,南極 CM2 コンドライトの LEW90500 隕石と未分類 C2 コンドライトの LON94102 に加え,CI(Orgueil),CR コンドライト(EET92042,QUE99177)中のアミノ酸のキラル分析を初めて行った(図 5).その結果, イソバリンの Lee は,Murchison,Orgueil 隕石ではそれぞれ 18. 5± 2.6 %,15.2 ± 4.0 % と,これまで報告されているいずれの Lee よりも高い値で得られた.LEW90500,LON94102 隕石のイソバリンの Lee はそれぞれ 3.3 ± 1.8 %,2.4 ± 4.1 % と低かった.その一方で,2 つの始源的な CR コンドライト(QUE99177,EET92042)ではイソバリンの Lee は検出されなかった(ほぼラセミ体であった).
 

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図 4. エナンチオマーとジアステレオマーの関係図.(a)イソバリン(炭素数 5),(b)イソロイシン(炭素数 6).イソロイシンは不斉炭素(*)を 2 つ持つ.本文で述べられているイソロイシンのジアステレオマーは,L - イソロイシン(L - Ile(2S,3S))とD - アロイソロイシン(D - Allo(2R, 3S)).不斉炭素を中心に対する 4 つの置換基について,不斉炭素に結合する原子の原子番号が最も小さい置換基を奥に向け、残りの置換基を原子番号が高い順にたどるとき、右回りになる立体配置を R、左回りになる立体配置を S で表記している。図の出典[27].
 

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図 5. 六種の異なる炭素質コンドライトの熱水抽出,酸加水分解で回収されたアミノ酸の高速液体クロマトグラフィー / 蛍光検出 / 飛行時間型質量分析(LC - FD / TOF - MS)で得られたシングルイオンクロマトグラム(m / z = 379.13 ± 0.015).ピーク 9(D - イソバリン),11(L - イソバリン)の比に注目すると,Orgueil,Murchison 隕石でL-エナンチオマー過剰が見られる一方,QUE99177,EET92042 隕石ではほぼ 1:1(ラセミ体)である.ピーク番号 1,3 - アミノ - 2,2 - ジメチルプロパン酸;2,DL - 4 - アミノペンタン酸;3,DL - 4 - アミノ - 3 - メチルブタン酸;4,DL - 3 - アミノ - 2 - メチルブタン酸;5,DL - 3 - アミノ - 2 - エチルプロパン酸;6,5 - アミノペンタン酸;7,DL - 4 - アミノ - 2 - メチルブタン酸;8,3 - アミノ - 3 - メチルブタン酸;9,D - 2 - アミノ - 2 - メチルブタン酸(D - イソバリン);10,DL - 3 - アミノペンタン酸;11,L - 2 - アミノ - 2 - メチルブタン酸(L - イソバリン);12,L - 2 - アミノ - 3 - メチルブタン酸;13,D - 2 - アミノ - 3 - メチルブタン酸;14,D - 2 - アミノペンタン酸;15,L - 2 - アミノペンタン酸.*印は非蛍光性人工物. 図の出典[20] .
 

また,彼らの研究では,各隕石について得られた Lee と,水質変成度の指標となる β - Ala / AIB 比の分布を比較した(図 6).すると,Lee の高い隕石(Murchison,Orgueil)ほど β - Ala の割合が高く,Lee が低い隕石(QUE99177, EET92042)ほど AIB の割合が高い傾向を示し,Lee と母天体水質変成の度合いが概ね相関することが示された.
 

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図 6. 六種の異なる炭素質コンドライトから検出されたイソバリンの L - エナンチオマー過剰率と,水質変成度指標としてのβ - アラニン(β - Ala)/α - アミノイソ酪酸(α - AIB)の比較.図の出典 [20] .
 

これまでは,イソバリンを含む隕石中のアミノ酸の L - エナンチオマー過剰は,分子雲の円偏光紫外線(UV - CPL)による不斉光分解によって生じるとの考え方が有力であった [21] .数々の室内実験でも UVCPL によるアミノ酸の不斉光分解は検証されてきたが,報告されている Lee は 2 - 3 % 程度 [22] かそれ以下で,Murchison,Orgueil 隕石で検出されている値に比べ非常に小さい.上の研究結果は従来の UV - CPL 説とは一致し難く,むしろ,Murchison,Orgueil 隕石が経験したような母天体上での水質変成が,イソバリンの不斉増幅が起こる重要な場である可能性を示している.イソバリンの合成に最適な前駆分子である炭素数 4 のケトン(2 - ブタノン)はキラリティを有さず(アキラル),またストレッカー反応で生成するのは α - アミノ酸のラセミ混合物である.このことからも,Murchison,Orgueil 隕石におけるL-イソバリンの過剰は,隕石母天体上でイソバリンが生成した“後に”発現したと考えられる.また,Pizzarello et al.( 2003)[23]では,Murchison 隕石のイソバリンの Lee と含水ケイ酸塩の相対量との間にほぼ相関が見出されており,母天体水質変成がアミノ酸の L 体過剰に影響する可能性が示唆されている.

イソバリンは炭素数 5 のアミノ酸であるが,炭素数が異なるアミノ酸では L - エナンチオマー過剰を生じる機構が異なることも議論されている.Pizzarello et al.( 2008) [24] は,別の始源的な CR コンドライト,GRA95229 隕石から,炭素数 6 の L - イソロイシンの過剰(Lee = 12 - 14 %)を検出している.この Lee はマーチソン隕石における L - イソロイシンの Lee にほぼ近かった.しかしながら,GRA95229 隕石中の L - イソバリンの過剰率は低かった(Lee = 3 %).L - イソロイシンと L - イソロイシンのジアステレオマーである D - アロイソロイシン(図 4)がストレッカー反応で生成するとすれば,これらのアミノ酸の前駆物質である炭素数が 5 のアルデヒド自身がキラルであるので,L - イソロイシンの過剰の要因は,L - イソロイシンが生成する“前に”存在すると考えられる.すなわち,L - イソバリンと L - イソロイシンの不斉が生じる化学作用・環境条件はそれぞれ異なるようである.
 

2 - 3. 同位体組成

炭素質コンドライト中のアミノ酸をはじめとする多種の可溶性分子の同位体組成は長く研究されており,それらの起源や生成過程を理解するために非常に重要な情報である.特に,1990年代以降に個別分子安定同位体質量分析法が適用されるようになってから,さらなる研究発展を遂げている [5] .例えば,Murchison 隕石中の α - アミノ酸と α - メチルアミノ酸の個別炭素同位体比(δ13C)は炭素数の増加とともに減少したので,炭素数の小さい分子に反応性の高い 12C が付加することによって炭素数の大きい分子が生成する過程が考えられた [25] .それに対して,同一隕石中のその他のアミノ酸(β -, γ - アミノ酸や α - アミノジカルボン酸)では,α - アミノ酸とは逆に炭素数の増加とともに δ13C は増加する傾向を示した( 図 7)[25] .また,Murchison,Murray 隕石中の,分岐鎖構造をしたメチル - α - アミノ酸の個別水素同位体比(δD = +2700 ~ +3600 ‰)は直鎖構造をした α - アミノ酸の値(δD = +400 ~ +1630 ‰)に比べて有意に高かった [26] .これらの結果はアミノ酸生成経路の多様性を反映している.
 

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図 7. Murchison 隕石中のアミノ酸の炭素数 vs. 炭素同位体比(δ13C).α - アミノ酸(▲実線),メチル - α - アミノ酸(▲破線),β - アミノ酸(●破線点線),α - アミノジカルボン酸(*実線).図の出典 [25] .
 

一方で Pizzarello et al. (2009)[27]は,CR コンドライト(LAP02342 ,GRA9522 9 隕石)中のアミノ酸の個別水素・窒素同位体比をそれぞれ測定したところ,α - メチルアミノ酸は低い δ15N と高い δD を示し,α - アミノ酸はその逆で,高い δ15N と低い δD を示した.これは,有機物の δ15N と δD が共に高い場合に始原的であると評価されるものとは異質な結果であった.この結果から,LAP02342 ,GRA95229 隕石の 2 種のアミノ酸あるいはその前駆分子は,星形成の別々の段階で生成し,CM2 コンドライト中のアミノ酸で仮定されている母天体生成プロセスとは異なると考えられている.つまり,δD が高く δ15N が低い α - メチルアミノ酸は極低温の星間物質中で生成するのに対し,δD が低く δ15N が高い α - アミノ酸は,それより後の星形成段階,つまり温度が上昇する結果生じる液体の水と 15N に富んだアンモニアが存在する環境でラジカル分子が反応することにより生成すると考えられている [27] .
 

2 - 4. アミノ酸重合物

CM コンドライトの Murchison 隕石と Yamato791198 隕石から,最も単純なアミノ酸であるグリシンが 2 つ重合したジペプチド(2 量体)(図 8)が検出されている[28].これらの濃度(それぞれ 27, 29 pmol / g)は,併せて分析したグリシンの濃度の約 10000 分の 1 と非常に微量であった.アミノ酸重合反応は,層状珪酸塩鉱物が伴う乾湿サイクル条件下で促進されることが知られており,おそらく隕石母天体の水質変成においてもそのような乾湿サイクルが起こり,アミノ酸を濃縮させ,重合反応で生じた水分を除去しやすい含水率の低下した条件が存在したのではないかと考えられている[28].グリシンは他のアミノ酸に比べ非常に反応性が高く,鉱物が共存する乾湿サイクル条件下ではグリシンの 2 量体はアラニンの2量体よりも 19 倍多く生成するとの研究結果 [29] を考慮すると,グリシンの 2 量体が優先的に多く他のアミノ酸によるジペプチドは検出限界以下(< 1 pmol / g)であった理由が説明できる.
 

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図 8. グリシン,グリシンのジペプチド(グリシルグリシン,ジケトピペラジン),ヒダントインの構造式.
 

また,上の二つの隕石(Murchison 隕石,Yamato791198 隕石)からは 7 種のヒダントイン(図 8)も検出されており [28],アミノ酸とシアン酸エステル(R - O - CN)との反応生成物である N - カルバモイルアミノ酸の分子間脱水縮合反応がこれらの隕石母天体で起こった可能性が示唆された.
 

3. 81P/Wild 2 彗星塵中のアミノ酸

スターダストミッション初期分析では,彗星塵捕獲トレイに並ぶエアロジェルとそれを覆っていたアルミホイル(スターダスト・ホイル)をそれぞれ熱水抽出・酸加水分解して回収されるアミノ酸の分析が行われた [30] .ブランク測定との比較から,唯一グリシンが地球外起源であると推測され,それ以外のアミノ酸は地上からの汚染であると考えられた.特にスターダスト・ホイルの分析結果では,エアロジェルに接していた面(つまり,彗星に露出した面.図 9 参照)だけから超微量のグリシン(21 pmol / cm2 Foil surface)が検出されたことから [30] ,グリシンは彗星に固有であると推測された.対照的に,比較的多量に見積もられた ε - アミノ - n - カプロン酸(EACA)はアルミホイルの両面から検出されたため,試料キュレーションに使われたナイロン - 6 製バッグからの汚染であると判断された.そこで最近,スターダスト・ホイルに含まれるグリシンと EACA の個別安定炭素同位体分析が行われ,グリシンの δ13C 値は +29 ± 6 ‰ で,地球上の有機炭素の値(δ13C = -6 ‰ ~ -40 ‰)と有意に異なることが明らかとなった [31] .またこの値は,Murchison,Orgueil 隕石の熱水抽出・酸加水分解で検出されたグリシンの δ13C 値(それぞれ +22 ‰, +22 ‰ ~ +41 ‰)の範囲に良く一致したので,スターダスト・ホイルから検出されたグリシンは地球外起源であることが確実となった.一方で EACA の δ13C 値は -25 ± 2 ‰ で,地上からの汚染であることがわかった.
 

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図 9. スターダスト彗星塵捕獲トレイとホイル(C2103N, 0)の方向関係.図の出典 [31] .
 

初期分析では,スターダスト・ホイルの 1 つを熱水抽出した後,抽出液を酸加水分解するものと酸加水分解しないものに分け,それぞれアミノ酸分析を行っている(注:試料中に遊離に存在するアミノ酸を取り出すには熱水抽出だけでよいが,他の分子と結合した状態で存在するアミノ酸を取り出すには,H+(プロトン)を触媒として水分解を速める必要がある.この操作を酸加水分解という).その結果,スターダスト・ホイルに含まれるグリシンの 40 % は遊離態で,残り 60 % は他のアミノ酸前駆分子として存在することが示唆されている [31] .遊離のグリシンは,ホイルに隣接したエアロジェルを通って拡散した彗星起源の揮発性成分に由来する可能性が高い [31] .スターダスト探査機がフライバイ中の彗星・星間塵分析器(Cometary and Interstellar Dust Analyzer, CIDA)による測定では,衝突してくる彗星塵粒子中から遊離のグリシンは全く検出されなかったが,この分析器は塵粒子の最外層しか測定していない.また,氷を含む揮発性成分はおそらく分析前に消失しているだろう [32].しかし CIDA は相当量のニトリルイオン(CN-)を検出しており,グリシンの酸加水分解前駆物質として知られ星間物質からも見つかっているアミノニトリルの存在を示唆しているのかもしれない[32].一部のグリシンは捕獲による衝突熱で分解したか,あるいはメチルアミンなどの他の分子に変化した可能性も考えられる[31].過去の室内実験研究では,Murchison 隕石の微粒子試料を 550 ℃ で真空加熱すると,グリシンだけが試料から昇華したという報告がある [33].したがって,彗星からまだ検出されていない多種のアミノ酸やそれらの関連物質が見出される可能性への期待は大いに残る.今後の Wild 2 彗星塵粒子のアミノ酸分析や将来の彗星核サンプルリターンが待たれる.
 

4. 将来の展望とまとめ

以上のように,隕石や彗星に含まれるアミノ酸は,宇宙における生命前駆物質としてだけでなく,初期太陽系あるいは先太陽系で起こった化学の歴史をその組成や個々の分子構造に敏感に記録している意味でも非常に魅力ある物質である.アミノ酸の生成は母天体水質変成との関係が強いことから,日本の次期始原小天体探査が目指すC型小惑星は,アミノ酸研究に最適なターゲットとなるだろう.

キラリティーを有する隕石中のイソバリンやイソロイシンを,生命が L - アミノ酸を選択した起源に直接結びつけるのはやや飛躍しすぎかもしれない.しかし,隕石中に共存する水や鉱物との相互作用によってイソバリンやイソロイシンのキラリティーが獲得されたならば,その始原物質から生まれた地球と海においても,L - アミノ酸を増幅させるプロセスがあった可能性は十分にあると考えられる.あるいは,イソバリンのラセミ化しにくい特性を生かし,地球上のタンパク性アミノ酸に自身の不斉を転写するようなプロセスがあったかもしれない [20, 35] .

また,スターダストミッションでは彗星起源のグリシンが発見された.より多種のアミノ酸が彗星の非揮発性成分に含まれている可能性も未解明のまま残っている.この意味で,枯渇彗星への探査も,太陽系のアミノ酸の起源に迫ることができるに違いない.
 

謝辞

匿名査読者には適切なコメントをいただきました.本論文の執筆を勧めてくださいました中村良介氏(産総研)にお礼申し上げます.
 

参考文献

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Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Akira IMOTO. TPSJ Editorial Office